しろみ茂平の話

郷土史を中心にした雑記

感動と興奮の、映画史上最大のヒット作品「明治天皇と日露大戦争」

2023年06月19日 | 昭和の歌・映画・ドラマ

 

娯楽=映画、という時代があった。
町に住む人も、田舎に住む人も、映画が最大の娯楽だった。
その映画の全盛期に、空前絶後の大ヒット映画が生まれた。
それが「明治天皇と日露大戦争」。

その頃は茂平の人が町へ遊びに行く=映画を見に行く、ことだった。
だが、町(茂平の場合、町とは福山または笠岡を意味する)に行くことは滅多にない。
そこで金浦座が月に2度ほど、茂平の集会場に出張して映画を上映していた。
「明治天皇と日露大戦争」は東京や大阪で上映されてから2年ほど経って、茂平に来た。

茂平の会場は超満員だった。
父は、
「やっぱし勝つ映画はええのう」
というような事を言っていた。
当時の日本は、戦争=敗戦の意識が強かった。

公開後2年も経った映画でも、観客ほぼ全員が面白さで興奮したような記憶がある。
上映中、フィルムが切れて中断が20回ぐらいあったのがご愛嬌だった。


・・・

文藝春秋社の池島信平氏は、
都会人として映画の論評を遺している。

・・・

「歴史好き」  池島信平 中公文庫  昭和58年発行

「国民皆泣き」

「明治天皇と日露大戦争」という映画を見た。
見ているうちに、涙が出て困った。
ハンケチが間に合わない。
まわりの人も、注意して見ていると、みんな泣いている。
「国民皆泣き」の映画である。
いい年をして、なんでこんなに涙が出て・・・と恥ずかしくなった。
涙腺がひろがりっぱなしである。
このへんで、
ひとつ泣かせてやろう、
という製作者の計略が、手にとるように分かるものであるが、
だらしなく涙が出てくるのである。
三笠艦上の東郷大将、
水師営の乃木大将、
そして、日本の奉天入城
----みんな子供の時に絵や写真で見た通りが、
天然色で出てくるので、見ていて、何か心が安心なのである。
その間に、御製の朗読や詩吟や、小学唱歌が出てくるのだから、
タマラない。

見終わって、すっかりくたびれてしまった。
しかし、いい気持であった。
そして、次に何かバカバカしい気持ちと、
一杯やられたような、ふしぎな気持ちがしてきた。
頭がよくて、商売のうまい人が、映画会にはいるものである!!
しかし、
こんなことは、一回でいい。
二度はご勘弁ねがいたい。
--そのことを強く申し上げておく。

・・・

 

新東宝映画「明治天皇と日露大戦争」

明治天皇

 

出兵

 

 

「すぎの~ぉ! 杉野は何処!!」

 

 

激戦「203高地」

 

 

皇国の興廃この一戦にあり「日本海海戦」

 

♪庭に一本(ひともと) 棗の木 ・・「水師営の会見」

 


・・・

池島先生の「ご勘弁」は無視され、
新東宝は二匹目、三匹目のどじょうを狙った。
二作目は多少注目されたが、さすがに三作目はまったく無視され
まもなく新東宝映画は倒産していった。

 

・・・

 

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