わ! かった陶芸 (明窓窯)

 作陶や技術的方法、疑問、質問など陶芸全般 
 特に電動轆轤技法、各種装飾方法、釉薬などについてお話します。

青磁5(汝青磁 謎の窯柴窯)

2011-08-14 22:06:03 | 各種の釉(鉄、銅、その他)
引き続き、中国の著名な、青磁について、話します。

④-1 汝窯(じょよう)の青磁 

  北宋時代(947~1125年)の末に、宮中で使用される日用品として、焼成された青磁での中でも、

  汝窯の青磁は古来から、文献に登場する、気品のある、名器と言われています。

  明時代の五大名窯と呼ばれ、その筆頭に上げられる、汝窯の伝世品は、北京、台北の両故宮博物館に

  70点余り存在しているのみです。

 ) 特徴は、淡い青色の釉で、全面に貫入が入っています。丁寧に成形され、底部も含めて、全てに

   釉が掛けられています。その為、底裏には、小さな目痕が着いています。

 ) 窯址の発見

   1986年、この種の青磁を焼いたと、思われる窯が、河南省の清涼寺で、発見されます。

   この窯は、「官窯」ではなく、宮廷に献上させる為の窯「貢窯」でもなく、宮廷が民間の窯に、

   見本を示して、発注した方式の様です。

   2000年に、河南省汝州市で、発掘された窯から、清涼寺の青磁に似通った、作品群が出土します。

   但し、清涼寺の作品よりも、胎土は白く、薄手で精巧に作られていました。

 ) 「北宋官窯」の登場により、汝窯も大きな影響を受け、衰退して行きます。

   即ち、政和年間(1111~1118年)以降、北宋宮廷自ら「窯」を築き、青磁の制作に取り掛かります。

 ) 耀州(ようしゅう)窯

   陜西省銅川市で発掘された窯からは、唐時代以降、白磁、黒釉、三彩などが、発掘されていますが、

   五代時代に成ると、淡い青磁が多数生産される事が、解かります。

   尚、我が国で、一時この窯が、「汝窯」と思われていた時代があった様です。

 ④ー2 柴窯(さいよう)

  文献上では、存在していても、実在が証明されていない、青磁の焼き物があります。

  それが、柴窯です。文献上では、高い評価を受け、各地で探索が行われていますが、今だに作品は

  勿論、窯址も見つける事が出来ず、幻の青磁と言われています。

 ) 五代十国の時代の、951年に、今の河南省地域に、後周が建国されます。

   二代目国王の世宗が、「雨過天青(うかてんせい)、雲破れるところの、青色の器を作れ」と命じ、

   後周の首都で、国王の為に、焼成された青磁とされています。

 ) 清時代編纂された「陶説」や「景徳鎮陶録」などに、「後周柴窯」として、記述されています。

   「釉の青き事、天の如し。薄き事紙の如し。響きは磬(けい:*印)の如し。」とあり、

   「釉は潤いがあり、釉面には貫入が走り、高台畳付は、釉が掛からず、粗い黄土が表れている」と

    記されています。(理想の青磁像が、記載されている物とも、読み取れます。)

  * 磬(けい):中国古代の打楽器。枠の中に「へ」の字形の石板を吊り下げ、角(つの)製の槌で

    打ち鳴らすもの。石板が1個だけの特磬と、十数個の編磬とがある。

    宋代に朝鮮に伝わり、雅楽に使用されます。

 ) 世宗の時代はほぼ、5年間しかなく、例え、当時実在していても、作られた数も限られていたと、

    思われています。

    又、空想上の作品であるとか、「北宋官窯」の作品の一部が、「誤認されている物だ。」等

    色々な説が存在しています。

    それ故今後、窯址や作品が見つかるかどうかは、不明です。

⑤ 米色青磁

以下次回に続きます。
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