いつも読ませていただいているブログ『Peace Philosophy Centre』に掲載されていた、ふたつの記事を紹介させていただきます。
ひとつは、アメリカの医療産業、消費者金融、営利目的で運営される刑務所から、いわゆるデリバティブ金融商品の取引、公的教育の民営化、非正規雇用、兵器や傭兵などの戦争ビジネスまでに至る、
一部の権力者、金持ちの人間や企業による、大いなる詐欺行為と病的なサディズムに覆われた社会の姿が書かれた文章。
もうひとつは、わたしが子どもの頃に読んで、涙を流した絵本『かわいそうなゾウ』の、隠されていた本当の話についてです。
ここアメリカの医療保険については、これまでも何度となく愚痴ってきました。
なんせ高い!
高い上に、契約してる保険会社が指定した病院と医者でないと診てもらえんし、
検査待ちの間に、診てもらえたはずの病院や医者が、他の保険会社とつながったりして、またまた予約をし直さなあかんような事態に陥ったりもします。
なので、病院に行く前に、しつっこく、念には念を入れて、あんたとこ(あるいはあんた)は、この保険でええんよねと確認の電話をかけなあきません。
その面倒なことったら……。
そんなんやから、目と鼻の先に、評判のいい病院があったとしても、そこが自分の契約してる保険会社とつながってなかったら行けません。
ひと月10万円以上もの保険料を払てても、救急車を頼んだら100ドルちょっと払わなあきません。
緊急医療なんて受けようもんなら……とんでもない金額の請求書がきます。
さらに、歯と目は、保険には組み込まれてないので、それぞれ別々に保険に入らなあかんのやけど、それもまたべらぼうに高いので、ほとんどの人は保険無しで治療してもろてます。
虫歯治療に何十万、なんて話は全然珍しいことではありません。
そやし、こちらに来てからは特に、病院に行かんでもええよう、自然に気をつけるようになりました。
ありがたいことに、気をつけてさえいたら、とりあえず無事に生きてこれたのは、ほんまに幸運なことやと思います。
息子らが幼かった頃、おっきな怪我をしてよう救急に飛び込んだもんですけど、こっちであんなことをした日にゃあ、何ヵ月分かの生活費がぶっ飛んでしもたやろと、背筋が冷とうなります。
90才過ぎてから、乳ガンの手術をした旦那のおばあちゃんも、手術後3日目に退院して、痛い痛い言いもって暮らしてました。
大腿骨骨折の後もやっぱり、ほんの3日入院してただけ。
そら、できたら、傷口がちゃんと塞がって、普通に生活していけるだけの力がついてから退院したいけど、一日の医療費と入院費を考えたら、一分でも早う出ていかなと、誰もが思うんです。
それと、これはまあ、特殊な例としてですけど、
うちの旦那は鍼灸師やってまして、そやからどちらかというと、医療保険を使てもらう側の人間でもあるんですね。
で、ネットワークに入ってない鍼灸師でもカバーしますっていう保険会社がたまにあって、そういう患者さんへの施術費の請求は、当然その方が入ってはる保険会社にするわけです。
ところが、請求してもなかなか支払うてくれません。
時間がかかるだけならまだしも、難癖つけて額を減らそうとしたり、請求する住所をコロコロ変えて、請求できんようにしたり、
もうなんちゅうか、あんたら詐欺師かっ!と怒鳴りつけとうなるようなことを平気でします。
そやから、たまに、弁護士に頼んで法的に圧力かけなあかんようなことも出てきます。
保険会社っちゅうのは、ほんまに、煮ても焼いても食えん、というのがぴったりの、どうしようもない団体なわけです。
わたしらは、完全に、食い物にされてしもてます。
この、アメリカがすでに晒してる姿をよう見て、あんなんはかなんなあと少しでも思わはるんやったら、
どうか、どうか、両足踏ん張って、立ち向こてください。
今ならまだ間に合います。
けど、人数が必要です。
集めなあきません。
メディアは人食いの手先です。
絶対に味方にはなりません。
あてになんかしたらあきません。
ひとりひとりが、ひとり放送局にならなあかんのです。
「清教徒の神学者たちが酷たらしく描いた地獄が、もし今も存在しつづけているとしたら、それこそ、彼らの多くが堕ちていく先なのだ、と思いたい」
わたしもほんまにそう思います。
↓以下、転載(その1)はじめ
医療:現代アメリカの残酷 Health Care: The New American Sadism
安倍政権の下、日本はTPP交渉に参加しようとしている。
後発国は交渉力を持たず、脱退の自由すらないということを隠したまま、日本が生き残るには不可避であるかのようにマスコミは宣伝し、その内容を国会にも秘密にして、交渉を進めている。
これは、民主主義に対する重大な挑戦であるが、この裏で動いているのは、利益追求を唯一最大の目的にしたグローバル企業であって、
あらゆる分野で、無限の力を企業に与えようとする策略である。
新自由主義と規制緩和の動きは、アメリカに始まって、小泉政権以後は、明らかに日本をも飲み込みつつあるが、その病的な側面はやはり、アメリカで先に露呈している。
もし日本が、TPPに組み込まれたなら、その先に待っている将来、サディズムに覆われた社会の姿が、ここに紹介する文章には暗示されている。
これは、2013年3月4日付のタイム誌に掲載された、スティーブン・ブリルの記事「苦い薬:なぜ医療費は私達を殺すのか」(Bitter Pill: Why Medical Bills Are Killing Us)に対する、チャールズ・シミック氏の書評である。
米国で定評のある書評誌 『The New York Review of Books』の、オンライン版ブログとして掲載された。
翻訳・前文:酒井泰幸

Health Care: The New American Sadism
医療:現代アメリカの残酷
チャールズ・シミック
「君子は義に諭り、小人は利に諭る」~論語~
(善人は何が正しいかを理解し、悪人は金儲けを理解する)
スティーブン・ブリルがタイム誌に書いた、「苦い薬:なぜ医療費は私達を殺すのか」という優れた長文の記事を、既にお読みになったかも知れない。
もし、自分には関係ないと思うなら、その考えにあまり自信を持たないことだ。
ブリルは書いている。
胸の痛みで救急外来にかかり、それが消化不良だとわかったものの、その請求額は、大学の1学期分の学費を上回ることがある。
2~3日の入院で受けた簡単な検査が、新車1台よりも高いことがある。
製造原価が3百ドルの薬を、製薬会社は3千~3千5百ドルで病院に売り、それが処方される患者には、1万3千702ドルも請求されることがある。
ブリルは、病院の請求明細書に書かれている法外な金額をつぶさに見て、
個別の診療行為の一つ一つに、同じ診療を別々に受けた場合の、2倍から3倍の値が付けられていることを見つける。
その理由は、患者に理解不可能で、病院も説明できない。
そして彼が語るのは、何らかの健康保険に加入しており、銀行にお金があり、大した病気ではかかったにもかかわらず、
短期の入院のあと、困窮生活に転落した人々の、恐ろしくなるような物語である。
要するに、ブリルが書いているのは、このような請求書から分かるのは、私達の医療制度に、自由市場など無いということであり、
痛みに苦しみ、自分の命に不安を抱えた人は、検査や治療に同意する前に、まず価格表を見せてくれ、などとは言わないものだと知っているから、病院は好き勝手に値段を付ける、ということである。
毎年自己破産を申請する、私達アメリカ人同胞の60パーセントは、医療費が原因であるのも不思議ではない。
もちろん、あなたがもし、メディケア(アメリカ連邦政府が管轄する、高齢者、または障害者向け公的医療保険制度)や、高額の医療保険に加入しているのなら、医療費は安くなる。
というのも、病院は、契約で値引きを義務づけられているし、保険会社自身も、医療行為にずっと安い料金を求めて交渉する力を持っているからである。
しかしもし、保険に入っていないか、入っていても不十分な保険であったなら、あなたは最高額を請求される。
どちらにしても、製薬会社、医療機器メーカー、病院、それに検査会社は、利益を得ることが約束されていて、
問題なのは、その額がどれだけ大きいか、ということだけである。
そしてこれこそが、医療から政府を締め出したがっている人々が、声を合わせて叫んでいることなのだ。
彼らは、医療産業をはじめとするあらゆる分野での利益追求から、一切の規制を取り除こうと目論んでいるのだ。
今日、財産の獲得、それも、短期間で大金持ちになることが、人間の営みの中で最高位に置かれる時代にあって、
その野望を達成してもなお、あらゆる救急・急病が、金のなる木に見える人々がいる。
アメリカの医療は、世界中の他のどの先進国より高く付く、というのも無理はない。
他国のほうが、医療費がずっと低いだけでなく、アメリカ人より長生きする。
アメリカと違って他の国々では、人が互いに支え合って、基本的な人並みの生活を送ることが最優先の問題であるような状況には、
利益の入り込む余地はない、という特別の考えがあり、このため、救命医療や救急医薬品の価格を規制している。
言い換えれば、他国の人々は、アメリカ人ほど欲深くなく、はるかに人道的なのだ。
これは、耳障りに聞こえるかも知れない。
しかし、ブリルの記事を読めば、メディケアとメディケイド(低所得者向け公的医療保険)を、「市場指向」の医療に置き換えることが絶対に必要だ、というワシントンでの談話の真意だけでなく、
このような変化が、人々に何を強いることになるのかも、理解することができる。
もし、政府による数少ない保護制度を、高齢者や低所得者から奪い取ってしまったら、医療産業や保険会社の思いのままになり、
既に得ている巨万の利益は、ますます膨らむことになる。
彼らの言う、これは財政赤字を削減するという、高邁な理想に向けての提案なのだ、という主張や、政治支配層とマスコミによる諸手を挙げた礼賛とは反対に、
今まさに、アメリカ人に押し付けられようとしているのは、見え透いた偽装を施された、金儲けのための詐欺に他ならないということだ。
昔は、最も腐敗した政治家でさえ、時には、人の心を持っているところを見せたものだ。
それも絶えて久しい。
今では、金が、これまで以上に政治を支配するようになり、公益よりも私腹を肥やすことがいつでも重大事であるような者たちが、二大政党に資金をもたらすようになり、
病人やホームレス、高齢者の窮状を口にすることは、政治生命を捨てるようなものになった。
世論調査によれば、社会で不運をこうむっている人々の、苦しみに対するアメリカ政治支配層の薄情さを、多くの米国民は支持していない。
しかし、中には共感する人々もいる。
昨年春に、フロリダ州タンパで開かれた、共和党大統領候補の討論会で、自由主義者で元医師のロン・ポール候補が、
保険に入っていない人が昏睡状態で横たわっているなら、何の努力もせず見殺しにする、と発言した時、聴衆の間に沸き起こった歓声を覚えていてほしいと思う。
「これこそが、自由とは何かということです。自己責任です」と彼は言った。
「お互いの境遇を見比べて、お互いに面倒を見なければならないというという考え方自体が…」と言った時、数人の聴衆が「いいぞ!」と叫んで、議員の発言を遮ってしまった。
これが、アメリカにおける、新しいサディズムの姿である。
頼る者のなく弱い人々に、痛みを負わせることを考えると、あふれ出る笑いを隠そうともしない。
この冷酷さこそ、私達の社会が、どのように変貌しつつあるかを象徴している、と私は思う。
医療産業、消費者金融、営利目的で運営される刑務所から、いわゆるデリバティブ金融商品の取引、公的教育の民営化、非正規雇用、兵器や傭兵などの戦争ビジネスまで、
進行しつつある、何百という詐欺行為の全てに共通するのは、人を食い物にする、という性質である。
あたかも、それは自分の国のことではなく、どこか財産を略奪するために侵略した国で、後先のことなど考えず、住民から金を巻き上げているかのようである。
この利益追求者たちが、私達に期待しているのは、低賃金労働者、戦場に行く兵士、それに金をだまし取るためのカモになることだけである。
ここに、警察国家ができつつあるとすれば、それは、私達が一夜にしてファシズム信奉者になったからではなく、
人々を一斉検挙して、刑務所に入れれば儲かる、と見る人たちがいるということだと、私は考えている。
ジョナサン・エドワーズなど、清教徒の神学者たちが酷たらしく描いた地獄が、もし今も存在しつづけているとしたら、
それこそ、彼らの多くが堕ちていく先なのだ、と思いたい。
2013年4月2日 午後6:15
チャールズ・シミック(Charles Simic)
詩人、エッセイスト、翻訳家。
約20編の詩集、6冊のエッセイ、1冊の回顧録、数々の翻訳書を出版。
ピューリツァー賞、グリフィン賞、マッカーサー・フェローシップを始め受賞多数。
ひとつは、アメリカの医療産業、消費者金融、営利目的で運営される刑務所から、いわゆるデリバティブ金融商品の取引、公的教育の民営化、非正規雇用、兵器や傭兵などの戦争ビジネスまでに至る、
一部の権力者、金持ちの人間や企業による、大いなる詐欺行為と病的なサディズムに覆われた社会の姿が書かれた文章。
もうひとつは、わたしが子どもの頃に読んで、涙を流した絵本『かわいそうなゾウ』の、隠されていた本当の話についてです。
ここアメリカの医療保険については、これまでも何度となく愚痴ってきました。
なんせ高い!
高い上に、契約してる保険会社が指定した病院と医者でないと診てもらえんし、
検査待ちの間に、診てもらえたはずの病院や医者が、他の保険会社とつながったりして、またまた予約をし直さなあかんような事態に陥ったりもします。
なので、病院に行く前に、しつっこく、念には念を入れて、あんたとこ(あるいはあんた)は、この保険でええんよねと確認の電話をかけなあきません。
その面倒なことったら……。
そんなんやから、目と鼻の先に、評判のいい病院があったとしても、そこが自分の契約してる保険会社とつながってなかったら行けません。
ひと月10万円以上もの保険料を払てても、救急車を頼んだら100ドルちょっと払わなあきません。
緊急医療なんて受けようもんなら……とんでもない金額の請求書がきます。
さらに、歯と目は、保険には組み込まれてないので、それぞれ別々に保険に入らなあかんのやけど、それもまたべらぼうに高いので、ほとんどの人は保険無しで治療してもろてます。
虫歯治療に何十万、なんて話は全然珍しいことではありません。
そやし、こちらに来てからは特に、病院に行かんでもええよう、自然に気をつけるようになりました。
ありがたいことに、気をつけてさえいたら、とりあえず無事に生きてこれたのは、ほんまに幸運なことやと思います。
息子らが幼かった頃、おっきな怪我をしてよう救急に飛び込んだもんですけど、こっちであんなことをした日にゃあ、何ヵ月分かの生活費がぶっ飛んでしもたやろと、背筋が冷とうなります。
90才過ぎてから、乳ガンの手術をした旦那のおばあちゃんも、手術後3日目に退院して、痛い痛い言いもって暮らしてました。
大腿骨骨折の後もやっぱり、ほんの3日入院してただけ。
そら、できたら、傷口がちゃんと塞がって、普通に生活していけるだけの力がついてから退院したいけど、一日の医療費と入院費を考えたら、一分でも早う出ていかなと、誰もが思うんです。
それと、これはまあ、特殊な例としてですけど、
うちの旦那は鍼灸師やってまして、そやからどちらかというと、医療保険を使てもらう側の人間でもあるんですね。
で、ネットワークに入ってない鍼灸師でもカバーしますっていう保険会社がたまにあって、そういう患者さんへの施術費の請求は、当然その方が入ってはる保険会社にするわけです。
ところが、請求してもなかなか支払うてくれません。
時間がかかるだけならまだしも、難癖つけて額を減らそうとしたり、請求する住所をコロコロ変えて、請求できんようにしたり、
もうなんちゅうか、あんたら詐欺師かっ!と怒鳴りつけとうなるようなことを平気でします。
そやから、たまに、弁護士に頼んで法的に圧力かけなあかんようなことも出てきます。
保険会社っちゅうのは、ほんまに、煮ても焼いても食えん、というのがぴったりの、どうしようもない団体なわけです。
わたしらは、完全に、食い物にされてしもてます。
この、アメリカがすでに晒してる姿をよう見て、あんなんはかなんなあと少しでも思わはるんやったら、
どうか、どうか、両足踏ん張って、立ち向こてください。
今ならまだ間に合います。
けど、人数が必要です。
集めなあきません。
メディアは人食いの手先です。
絶対に味方にはなりません。
あてになんかしたらあきません。
ひとりひとりが、ひとり放送局にならなあかんのです。
「清教徒の神学者たちが酷たらしく描いた地獄が、もし今も存在しつづけているとしたら、それこそ、彼らの多くが堕ちていく先なのだ、と思いたい」
わたしもほんまにそう思います。
↓以下、転載(その1)はじめ
医療:現代アメリカの残酷 Health Care: The New American Sadism
安倍政権の下、日本はTPP交渉に参加しようとしている。
後発国は交渉力を持たず、脱退の自由すらないということを隠したまま、日本が生き残るには不可避であるかのようにマスコミは宣伝し、その内容を国会にも秘密にして、交渉を進めている。
これは、民主主義に対する重大な挑戦であるが、この裏で動いているのは、利益追求を唯一最大の目的にしたグローバル企業であって、
あらゆる分野で、無限の力を企業に与えようとする策略である。
新自由主義と規制緩和の動きは、アメリカに始まって、小泉政権以後は、明らかに日本をも飲み込みつつあるが、その病的な側面はやはり、アメリカで先に露呈している。
もし日本が、TPPに組み込まれたなら、その先に待っている将来、サディズムに覆われた社会の姿が、ここに紹介する文章には暗示されている。
これは、2013年3月4日付のタイム誌に掲載された、スティーブン・ブリルの記事「苦い薬:なぜ医療費は私達を殺すのか」(Bitter Pill: Why Medical Bills Are Killing Us)に対する、チャールズ・シミック氏の書評である。
米国で定評のある書評誌 『The New York Review of Books』の、オンライン版ブログとして掲載された。
翻訳・前文:酒井泰幸

Health Care: The New American Sadism
医療:現代アメリカの残酷
チャールズ・シミック
「君子は義に諭り、小人は利に諭る」~論語~
(善人は何が正しいかを理解し、悪人は金儲けを理解する)
スティーブン・ブリルがタイム誌に書いた、「苦い薬:なぜ医療費は私達を殺すのか」という優れた長文の記事を、既にお読みになったかも知れない。
もし、自分には関係ないと思うなら、その考えにあまり自信を持たないことだ。
ブリルは書いている。
胸の痛みで救急外来にかかり、それが消化不良だとわかったものの、その請求額は、大学の1学期分の学費を上回ることがある。
2~3日の入院で受けた簡単な検査が、新車1台よりも高いことがある。
製造原価が3百ドルの薬を、製薬会社は3千~3千5百ドルで病院に売り、それが処方される患者には、1万3千702ドルも請求されることがある。
ブリルは、病院の請求明細書に書かれている法外な金額をつぶさに見て、
個別の診療行為の一つ一つに、同じ診療を別々に受けた場合の、2倍から3倍の値が付けられていることを見つける。
その理由は、患者に理解不可能で、病院も説明できない。
そして彼が語るのは、何らかの健康保険に加入しており、銀行にお金があり、大した病気ではかかったにもかかわらず、
短期の入院のあと、困窮生活に転落した人々の、恐ろしくなるような物語である。
要するに、ブリルが書いているのは、このような請求書から分かるのは、私達の医療制度に、自由市場など無いということであり、
痛みに苦しみ、自分の命に不安を抱えた人は、検査や治療に同意する前に、まず価格表を見せてくれ、などとは言わないものだと知っているから、病院は好き勝手に値段を付ける、ということである。
毎年自己破産を申請する、私達アメリカ人同胞の60パーセントは、医療費が原因であるのも不思議ではない。
もちろん、あなたがもし、メディケア(アメリカ連邦政府が管轄する、高齢者、または障害者向け公的医療保険制度)や、高額の医療保険に加入しているのなら、医療費は安くなる。
というのも、病院は、契約で値引きを義務づけられているし、保険会社自身も、医療行為にずっと安い料金を求めて交渉する力を持っているからである。
しかしもし、保険に入っていないか、入っていても不十分な保険であったなら、あなたは最高額を請求される。
どちらにしても、製薬会社、医療機器メーカー、病院、それに検査会社は、利益を得ることが約束されていて、
問題なのは、その額がどれだけ大きいか、ということだけである。
そしてこれこそが、医療から政府を締め出したがっている人々が、声を合わせて叫んでいることなのだ。
彼らは、医療産業をはじめとするあらゆる分野での利益追求から、一切の規制を取り除こうと目論んでいるのだ。
今日、財産の獲得、それも、短期間で大金持ちになることが、人間の営みの中で最高位に置かれる時代にあって、
その野望を達成してもなお、あらゆる救急・急病が、金のなる木に見える人々がいる。
アメリカの医療は、世界中の他のどの先進国より高く付く、というのも無理はない。
他国のほうが、医療費がずっと低いだけでなく、アメリカ人より長生きする。
アメリカと違って他の国々では、人が互いに支え合って、基本的な人並みの生活を送ることが最優先の問題であるような状況には、
利益の入り込む余地はない、という特別の考えがあり、このため、救命医療や救急医薬品の価格を規制している。
言い換えれば、他国の人々は、アメリカ人ほど欲深くなく、はるかに人道的なのだ。
これは、耳障りに聞こえるかも知れない。
しかし、ブリルの記事を読めば、メディケアとメディケイド(低所得者向け公的医療保険)を、「市場指向」の医療に置き換えることが絶対に必要だ、というワシントンでの談話の真意だけでなく、
このような変化が、人々に何を強いることになるのかも、理解することができる。
もし、政府による数少ない保護制度を、高齢者や低所得者から奪い取ってしまったら、医療産業や保険会社の思いのままになり、
既に得ている巨万の利益は、ますます膨らむことになる。
彼らの言う、これは財政赤字を削減するという、高邁な理想に向けての提案なのだ、という主張や、政治支配層とマスコミによる諸手を挙げた礼賛とは反対に、
今まさに、アメリカ人に押し付けられようとしているのは、見え透いた偽装を施された、金儲けのための詐欺に他ならないということだ。
昔は、最も腐敗した政治家でさえ、時には、人の心を持っているところを見せたものだ。
それも絶えて久しい。
今では、金が、これまで以上に政治を支配するようになり、公益よりも私腹を肥やすことがいつでも重大事であるような者たちが、二大政党に資金をもたらすようになり、
病人やホームレス、高齢者の窮状を口にすることは、政治生命を捨てるようなものになった。
世論調査によれば、社会で不運をこうむっている人々の、苦しみに対するアメリカ政治支配層の薄情さを、多くの米国民は支持していない。
しかし、中には共感する人々もいる。
昨年春に、フロリダ州タンパで開かれた、共和党大統領候補の討論会で、自由主義者で元医師のロン・ポール候補が、
保険に入っていない人が昏睡状態で横たわっているなら、何の努力もせず見殺しにする、と発言した時、聴衆の間に沸き起こった歓声を覚えていてほしいと思う。
「これこそが、自由とは何かということです。自己責任です」と彼は言った。
「お互いの境遇を見比べて、お互いに面倒を見なければならないというという考え方自体が…」と言った時、数人の聴衆が「いいぞ!」と叫んで、議員の発言を遮ってしまった。
これが、アメリカにおける、新しいサディズムの姿である。
頼る者のなく弱い人々に、痛みを負わせることを考えると、あふれ出る笑いを隠そうともしない。
この冷酷さこそ、私達の社会が、どのように変貌しつつあるかを象徴している、と私は思う。
医療産業、消費者金融、営利目的で運営される刑務所から、いわゆるデリバティブ金融商品の取引、公的教育の民営化、非正規雇用、兵器や傭兵などの戦争ビジネスまで、
進行しつつある、何百という詐欺行為の全てに共通するのは、人を食い物にする、という性質である。
あたかも、それは自分の国のことではなく、どこか財産を略奪するために侵略した国で、後先のことなど考えず、住民から金を巻き上げているかのようである。
この利益追求者たちが、私達に期待しているのは、低賃金労働者、戦場に行く兵士、それに金をだまし取るためのカモになることだけである。
ここに、警察国家ができつつあるとすれば、それは、私達が一夜にしてファシズム信奉者になったからではなく、
人々を一斉検挙して、刑務所に入れれば儲かる、と見る人たちがいるということだと、私は考えている。
ジョナサン・エドワーズなど、清教徒の神学者たちが酷たらしく描いた地獄が、もし今も存在しつづけているとしたら、
それこそ、彼らの多くが堕ちていく先なのだ、と思いたい。
2013年4月2日 午後6:15
チャールズ・シミック(Charles Simic)
詩人、エッセイスト、翻訳家。
約20編の詩集、6冊のエッセイ、1冊の回顧録、数々の翻訳書を出版。
ピューリツァー賞、グリフィン賞、マッカーサー・フェローシップを始め受賞多数。