今日の日記は、皇太子さま御自身の誕生日に先立って行なわれた記者会見での、皇太子さまの御言葉です。以下に、その一部を抜粋してここに掲載します。
『自分としてはもう50になったのかという感じがする一方で、まだまだ研さんを積まないといけないという、これからだという思いがいたしております。ご質問の冒頭にあった「天命を知る」という孔子の言葉は、自分がこの世に生まれた使命を知るという意味ですが、単に知るだけではなく、この世のために生かす、つまり人のために尽くすという意味を含んでいるように思います。孔子の言葉といいますと、確か天皇陛下が50歳になられた時の会見で「夫子(ふうし)の道は忠恕(ちゅうじょ)のみ」との孔子の言葉で質問に答えていらっしゃいます。「忠恕」とは自分自身の誠実さと、そこから来る他人への思いやりのことであり、この精神は一人一人はもとより、日本国にとっても「忠恕」の生き方が非常に大切なのではないかとおっしゃっておられます。「忠恕」と「天命を知る」という教えに基づいて、他人への思いやりの心を持ちながら、世の中のため、あるいは人のために私としてできることをやっていきたいとあらためて思っております。』
この皇太子さまの誕生日報道を目の当りにして、もう皇太子さまも「天命を知る」50歳になられたのかと、私はとても感慨深い思いを持ちました。そして逆に、私は天命を知る齢に成りながら、その使命を果たせず、人生のターミナルに近づきながら、己の信念を強く貫けなかった男です。私はとても弱い男として、自分の過去の生き様を回想し、ただ愚痴るばかりの体たらく失格人間です。
この皇太子さまの会見を聞いて、私は強い自己嫌悪に陥ってしまいました。だから、「天命を知る」年齢になられた皇太子さまには、劇場悪行客に迫害され自己信念を放棄、強く挫折し失意の思いを抱く私に替わり、孔子が説く「王道の道」を強い御意志を抱き着実に歩んでほしいと、私は今思っています。
そして、皇太子さまが御自身の思いを真摯に語られたこの決意を、私は日本国民の一人として大いに尊重し、これかも皇太子さまを強く支援していきたいです。
『自分としてはもう50になったのかという感じがする一方で、まだまだ研さんを積まないといけないという、これからだという思いがいたしております。ご質問の冒頭にあった「天命を知る」という孔子の言葉は、自分がこの世に生まれた使命を知るという意味ですが、単に知るだけではなく、この世のために生かす、つまり人のために尽くすという意味を含んでいるように思います。孔子の言葉といいますと、確か天皇陛下が50歳になられた時の会見で「夫子(ふうし)の道は忠恕(ちゅうじょ)のみ」との孔子の言葉で質問に答えていらっしゃいます。「忠恕」とは自分自身の誠実さと、そこから来る他人への思いやりのことであり、この精神は一人一人はもとより、日本国にとっても「忠恕」の生き方が非常に大切なのではないかとおっしゃっておられます。「忠恕」と「天命を知る」という教えに基づいて、他人への思いやりの心を持ちながら、世の中のため、あるいは人のために私としてできることをやっていきたいとあらためて思っております。』
この皇太子さまの誕生日報道を目の当りにして、もう皇太子さまも「天命を知る」50歳になられたのかと、私はとても感慨深い思いを持ちました。そして逆に、私は天命を知る齢に成りながら、その使命を果たせず、人生のターミナルに近づきながら、己の信念を強く貫けなかった男です。私はとても弱い男として、自分の過去の生き様を回想し、ただ愚痴るばかりの体たらく失格人間です。
この皇太子さまの会見を聞いて、私は強い自己嫌悪に陥ってしまいました。だから、「天命を知る」年齢になられた皇太子さまには、劇場悪行客に迫害され自己信念を放棄、強く挫折し失意の思いを抱く私に替わり、孔子が説く「王道の道」を強い御意志を抱き着実に歩んでほしいと、私は今思っています。
そして、皇太子さまが御自身の思いを真摯に語られたこの決意を、私は日本国民の一人として大いに尊重し、これかも皇太子さまを強く支援していきたいです。