ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

深き淵より

2012-11-14 21:39:54 | いわゆる日記

 ”銀座ブルース”by 松尾和子&和田弘とマヒナスターズ

 誰が言い出したんだか、「人生で大事なことは皆、幼稚園の砂場で学んだ」とかいう言い方があって、これをタイトルに人生について重い話軽い話、いろいろ語ったりする。
 こいつはあっという間に酒場バージョン、露悪バージョン、エロバージョン、バカバージョンと、さまざまなパロディも呼んだ。皆、いろんなところでいろんな人生を学んでいるのだった。
 なんて書き出しだと、こうやって音楽ネタの日記など書いている身としては、「重要な事は皆、音楽から教わった」なんて文章が始まるかと期待される向きもあるかもしれない。いや、そうたいした話にはならないだろう、申し訳ないが。
 そういや高校時代、「くっだらねえなあ、俺は先に帰るぜ。そんなことやるこたあねえって、ローリングストーンズが教えてくれたぜ」てなセリフを言い捨ててみたことがあったが、フォーク好きな学友諸君からは失笑を買っただけだった。

 そこで、「銀座ブルース」(作詞: 相良武 /作曲: 鈴木道明 )である。”たそがれゆく銀座 いとしい街よ♪”なんて歌い出しが記憶にある人も多いだろう。
 これは1966年、ムードコーラス・グループの和田弘とマヒナスターズがゲスト歌手に松尾和子を迎えて放ったヒット曲である。夕闇迫り、並木の通りに明かりが灯り、モダンな時代のおしゃれな人々が恋の予感に胸躍らせながら行き交う、シックスティーズ・トウキョウの風景を描いた、当時流行りの都会派歌謡曲の秀作である。
 この曲にはちょっと学んだ。この歌には下のような歌詞がある。

(男)゛あの娘の笑顔が可愛い ちょっと飲んで行こうかな゛
(女)゛ほんとにあなたっていい方ね でもただそれだけね゛

 どうだ。この歌を聴いたときはまだほんのガキだった私だが、そんな私なりに、人生そのものに対する、どうにもならない絶望のようなものを覚えたものだ。「まだ頑是ないガキである自分であるが、これから始まる人生を多分、ついに手に入れずに終わるのだろう」と、そんな決定的な予感を。 

 だってそうじゃないか。いいか、ここに出てくる男は”いい人”なんだぞ。少なくとも、次に登場する女には、そのような評価を得ている。
 が、その舌の根も乾かぬうちに(という言葉の使い方があっているのか分からないが)女は言い放つのだ、「でも ただそれだけね」と。ひどい話じゃないか、あんまりな話じゃないか。
 人に”いい人”と言ってもらえる、思ってもらえるなんて、素晴らしいことじゃなかったのか。なんか、授業で習ったか大人に教わったか、ともかくそう信じ込んでいた、ガキの自分だった。
 でも、”いい人”と人に認めてもらうのは、それはそれは大変な作業である。すくなくとも電車に乗ったら100回くらいおばあさんに席を譲ったり、学校では掃除当番を一回もサボらなかったり、帰り道では捨て犬を拾ったり捨て猫を拾ったり、そして毎日、給食にどんなものが出ても残さず食べたりしなくちゃならないんじゃないのか。

 いいや、そんなんじゃきっとダメだ。なんかこう、想像もつかない素晴らしいことを平気で日常的に出来る人がきっと、そう呼ばれる資格があるのだ。
 そしてその”素晴らしいこと”をさっぱり思いつけない自分ゆえに、それこそまさに、”いい人”からは思い切り縁遠いダメ人間である。実際、”いい人”なんて言われたこともないしさ。
 しかも、それだけではダメだ、とこの歌に出てくる女は言っているのだ。「ただそれだけね」と。”いい人”であるだけでも、まだ足りないのだ。まだ、その上に何ごとかをなさねばならぬ。

 ともかく、このオトナの歌の中で、そのようなハードな人格評価が当たり前のように表明され、そしてそれは、それを歌詞の一部に持つこの曲のヒット、という形で世の中の人々に認知されているのだ。そして、”いい人”なんて言われたこともないこれからも言われることはないであろうバカガキの自分は、これから送る人生を、そのような価値観の中に飛び込み、生きて行かねばならないのだ。
 なんてこった・・・自分にはとても無理だ。途方にくれて見つめる、山の端の夕日だった。

 そして人生は幻のごとく過ぎ去り。”いい人”なんて一度も言われることなく人生を見送った男、ここに一人、老境にいたり、「銀座ブルース」を一人口ずさむ。”いい人”である、その上に、なんでなければならなかったのかは、ついにわからなかった。別にいいけど。”いい人”という最初の目標さえ、クリアできなかったのだから。同じことさ。
 以上。これが俺が歌謡曲から学んだ人生だ。恐れ入ったか。




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