”Silhouette”by Catherine MacLellan
カントリー・ロック調を得意とするカナダの女性シンガー・ソングライターなどという、いつも自分が聴いている音楽とあまり関係のない人のCDを買ってしまったのは、彼女の歌に漂う不思議な懐かしさが気になって仕方がなかったから。
それは子供の頃に食べた、今は縁の切れてしまったなにものかの匂い、あともう少しでそれが何だったのか思い出せるようで思い出せない、懐かしい食べ物の記憶であるとか、小学校からの帰り道、ふと見上げた台風の迫る夕方の曇り空の禍々しい気配、空気の感触、そんなもの。切なさや不安や予感や肌触りの記憶。
あの道をあのあと、自分はどのように歩いて帰ったのか。一緒にいた、あの友達は誰だったのか。彼はどこに行ってしまったのか。
そして歌い手の Catherine MacLellanは見開き3面のCDジャケの中で、野原を覆う深い霧の中へ歩み去って行こうとしているのだが、そう、こんな具合の霧の中に、私たちは大事な思い出をいくつも置き忘れてきた。
まあ、このような感傷というのは、きちんと分析してみれば勘違いや思い込みの交錯の向こうに浮かび上がった蜃気楼のようなものなのだろうけれども。ただ、その蜃気楼が無価値なものと決まったわけではない。
”カラス”や”ツバメ”や”古い空き缶”などの曲の登場するアルバム中盤以降が特に良い。冷たい空気の中を一人、凛と歩む彼女の心の中の一番柔らかい部分に浮かんだ幻想が、優れたメロディと歌詞の中で静かに揺れている。ゆっくり噛み締めたい。