ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

タンゴ・エレクトリカの成熟

2010-09-10 04:20:26 | 南アメリカ

 ”Lima Nueva”by Narco Tango

 タンゴ・エレクトリカ。エレクトリック・ポップ化されたタンゴというわけで、はじめて接した頃は(考えてみれば、もうずいぶんな昔のことだ)いかにもゲテモノ、ひとときの仇花で消え去ってしまうに決まっている、などと外角低めに見送っていたのだが、いつの間にかそれなりに表現を深め、簡単にバカには出来ない勢力として、その存在を主張しはじめている。
 と言うわけで、そんなタンゴ・エレクトリカ勢力の大物、ナルコタンゴの新作。先に述べたようにタンゴ・エレクトリカの連中もキャリアを重ねるごとに表現を深め、独自の世界を主張しはじめているのだが、ここのところの彼らの新譜にはやや戸惑いを感じさせられないでもない。なんだかちょっと芸術として高尚になり過ぎてはいませんか?という意味において。

 登場時の、打ち込みのリズムが無機的に時を刻み、その上を昔ながらの哀感を呟きながらバンドネオンが漂う。呟くように読み上げられる一節の詩。などという、ある種山っ気の溢れたインチキ臭いタンゴ・エレクトリカを、どうやら私は愛していた、と言えるようだ。ひとときの仇花ではないか、などと怪しみながら、そのインチキ臭い見せ物っぽさに溢れる人間臭さを、多分私は愛していた。
 だからこうして、彼らが”それなりの巨匠”として芸術性とか深めてちゃんとしたミュージシャン然としたアルバムなどリリースされてしまうと、これは凄いなと感心しつつも、何だか話が違うぞ、なんてとまどいをも感じているのも事実なのだった。

 このアルバムでも、もはや電子のピコピコ音は聴こえない。代わりに目立つのは早弾きのジャズィーなフレーズをまき散らすギターやピアノ、タイトなリズムを打ち出すドラムやベース、昔ながらのタンゴの郷愁を胸に秘めつつ、新時代の都会の夜をリードする(?)乾いた感傷をまき散らすバンドネオン。
 そこにはジャズやロックの影響も受けつつ、それを見事に自分の音楽へと昇華させた、渋いオトナの音楽としての”タンゴの新しい地平”が広がっている。ことにアルバムの後半部分、バンドの表現がどんどん深まっていって、名演奏の連発となるあたり、もう何も言うことはありません、なのである。それはそうだ。

 やっと登場した電子音が濃厚な都市の迷宮を描く中を、何ごとかを求めて手探りで歩き出すバンドネオンの独白が印象的なオープニングから、各楽器がソロを受け渡しながらどんどん意識の底へ突き進んで行くような最終曲の繰り広げた闇は、ちょっと忘れがたいものがある。
 うん、それもいい、それもいいんだけど、次回作ではまた電子楽器炸裂の怪しげなタンゴ・エレクトリカも聴かせてほしいなあと、小さな声でリクエストする私なのであった。