千の天使がバスケットボールする

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「想いの軌跡」塩野七生著

2013-03-09 15:50:22 | Book
塩野七生さんは、1937年生まれ。その時代に生まれた女性が、東京に憧れて都内の大学に進学するように、63年に渡欧したそうだ。大学時代、塩野さんの著作物を愛読しつつ、そんな彼女のインタビューが記憶に残っている。本書のプロフィールによると、その後、68年までイタリアに遊びつつ学んだと紹介されている。おそらく、この”遊びつつ”には、恩師のアドヴァイスにしたがって外国語は異性に学ぶことを早速実践していた時期にもあたるだろう。1年間だけ欧州を歴訪したら帰国してしかるべき相手とお見合い結婚をするという両親との約束を守ることがなかったのは、読者としては幸いだった。なんといっても、日本から旅立って初めて着いた10月のローマに、すっかり心を奪われてしまったからだそうだ。

秋のローマくらい、美しい都市もない。

この一言を何度も読んで、何故、学生時代にイタリアに遊学しなかったのか、と後悔。その後、医師であるイタリア人男性と結婚し、すべての著作物よりも最高傑作と語るアントニオ・シモーネさんを育て、40年の歳月がたった。作家として活躍をはじまた頃の1975年からの小さなエッセイを集めたのが本書である。

某ファッション雑誌で時々掲載されるのが、ミラノのマダム特集。サングラス、オープンな胸の谷間、生脚の貫禄(迫力?)たっぷりの中年女性のパワーには、異文化を感じる日本人の私だが、塩野さんによると、年を重ねても出場権を認めるイタリア男が堂々たる女を育てることになる。日本の男よ、めざめよ!しかし、姿勢が悪いと何を着ても貧相に見えるというご指摘もごもっとも、と反省。イタリア在住の日本が誇るマダムは、辛口で切れ味が鋭い。それでいて、地中海の歴史や古代ローマ時代の戦略やサッカーに詳しいので、男のフィールドで”男を語れる”彼女が男性軍に圧倒的にもてるのも当然だ。ちょっと話題になったアルマーニかと思われるパンツスーツで出席した防衛大学校の卒業式の祝辞まで掲載されている。

最も興味深かったのは、映画監督のヴィスコンティとの交流。初対面ですっかりヴィスコンティに魅了された塩野さんは、これほどすべての点で洗練された男を見たことがなかったそうだ。これこそ、ヨーロッパの男だと。そんなヴィスコンティを30年たって振り返って追記には、ただの一行も書き換える必要が全くないと記されている。亡くなった時、共産党が葬儀をあげた芸術家は、20世紀後半に生きた知識人がもった社会改造という夢に生きた人でもあった。美しい人々を愛したヴィスコンティは、俳優のその美しさゆえに悲劇がドラマティックに盛り上がることを知っていたのだろうか。1929年生まれでイタリアで暮らしていた須賀敦子さんとはかなり雰囲気が異なるのも、階級社会のヨーロッパでの結婚相手が鉄道員の息子と医師の家系の違いからもくるのではないだろうか。

さて、一方、私のような女性読者としては、塩野さんの美意識と映画に捧げる深き愛情、マダムな生活はやはり興味深い。1988年という25年前の時代に、年間家賃300万円、光熱費15万円、電話代30万円、お手伝いさんへの給料70万円、衣食で200万円の暮らしをおくっている。日本に滞在している時はいつもこどもの頃からのなじみの「帝国ホテル」を利用しているそうだ。いつのまにか、離婚していたそうで、当時合計1000万円の母子ふたり暮らし。しかし、それらを自分の文筆業で稼いで支えているところが、タイカクでは敵わない日本人マダムの貫禄だと思う。ちなみに、コラムのタイトルが「清貧のすすめ」というのが笑える。

ついでながら、塩野さんはとてもお洒落でいくつになっても素敵な女性なのだが、それもイタリア人の美意識にまかせて、お店に飾ってあるコーディネイトどおりに上から下まで、靴や時には帽子まで一式そろえて買ってしまう流儀による。最近の私も同様で、結局、着まわしだの、組み合わせなど考えても、最終的に最適な組み合わせはひとつに集約することに気がついたからだ。ひとつのお店でコーデネイトしてオトナ買いした、その年のコンセプトに基づいたさり気なく流行を意識したコーディネイトが一番活躍している。

「地中海に生きる」、「日本人を外から見ると」、「ローマ、わが愛」、「忘れえぬ人々」、「仕事の周辺」と5部構成の本書は、1980年生まれの若い編集者がひとりで国会図書館に通って集めたことから実現した。若者の上司の役職者が、そんな「彼をオトコにしてください」というセリフで塩野さんに出版をせまり、印税率も低くして安価にすることを条件にOKしたというエピソードが、塩野さんらしく粋である。やはり「清貧のすすめ」のマダムなのである。

■こんな想いの軌跡も
「ローマで語る」・・・アントニオさんとの母子対談集