千の天使がバスケットボールする

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『鳩の翼』

2013-02-10 22:17:05 | Movie
気がつけば、実にたくさんの映画を観てきた、つもりだ。その中でも忘れられないとびきりの登場人物がいる。容姿ともに品格があり優雅で美しく、それだけでも感動した存在感をもつ役。それは、『鳩の翼』のミリーだ。

1910年のロンドン。没落した中産階級のケイト(ヘレナ・ボナム=カーター)は、上流階級の伯母モード(シャーロット・ランプリング)にひきとられて暮らしている。恋人のジャーナリストのマートン(ライナス・ローチ)は貧しい労働者階級出身で、後見人の伯母からは彼と会うことすらも禁止されてしまった。伯母の価値観と対立しても、ケイトの父親がモードの仕送りで生活を維持しているという弱みがあった。社交界デビューしてもなじめず鬱屈していたケイトの前に現れたのが、アメリカからやってきた係累はいないが裕福な女性ミリー(アリソン・エリオット)だった。お互いにひかれあい、たちまち親しくなる若いふたりの女性。ケイトとミリー。
ところが、ケイトとの関係を知らずに端整なマートンに恋心をいだきはじめたミリーが病のため余命いくばくもないことを知ったケイトは、あるたくらみを思いつく。やがて、ふたりの娘は南の光に満ちたベネティアへ旅たつ。ミリーは、由緒ある宮殿を借り切る。美しい娘ふたりを追いかけて、まもなくマートンもベネティアにやってきたのだが。。。

原作者のヘンリー・ジェームスはアイルランドからの移民2世として米国に生まれた。父親は非常に裕福で教育上の観点から、何度も息子たちを欧州に旅行させて教養を積ませる。ヘンリーはハーバード大学に進学するものの、わずか1年で中退して作家として生きる決意をする。30代でロンドンに居を移し、晩年は英国に帰化する。映画を観て、ヨーロッパ人に米国人を描き、米国人にヨーロッパ人を見出す作家でもあると感じる。

鳩の翼は英国では”無垢”を意味するそうだ。(以下、内容にふれてまする)
ケイトは美貌が勝り、支配的な伯母を嫌悪しているが父親を見捨てることもできない情もあり、愛だけでは食べていけないことも知っている計算高さもある。しかし人を愛することと生きることに関しては、貪欲でたくましい女性。因習と社会的制約に縛られた英国の未婚の女性が、階層の違う男と結婚する自由を得るためには、裏切ることも、策略することもできるが、自らしかけた罠から嫉妬心に苦しむ難しいケイト役を、ヘレナ・ボナム=カーターが小悪魔の魅力をふりまきながら演じている。映画のヒロインは、こんな女優にやりがいを感じさせるキャラクターのケイトにある。そんなケイトにおされ気味のマートンは、人がよい優男。マートン役のオーディションでもライナス・ローチは際立っていたそうだが、ふたりの女性の間でゆれる繊細だが、何が真実かを知っている青年役を演じている。

さて、ミリーはアメリカからやってきた女性だ。資産家でもある彼女にとっては、階級差や社会的なしきたりもそれほどの意味はない。自由で無垢な心でケイトと友情を結び、マートンには控えめながらまっすぐに恋をしていく。それでは、彼女は単なる無邪気な女性かというとそれは違う。自らの病の進行に毎日向き合い、死への恐怖におびえながらも短い人生を精一杯生きている女性だ。ベネティアの教会に登り上から街をのぞみ、街を、人々を、生命を愛し慈しむように輝くような笑顔を見せている。ほんの短い場面だが、病を隠し矜持をもつ彼女の生き方を象徴する重要なシーンだと思う。それでいて、カーニバルの夜に消えたケイトとマートンへの詮索よりも、ふたりの関係をただす率直さ。残酷さに打ちのめされながら、最後にはケイトとマートンの幸福を願うミリー。彼女の仕草、表情、言葉のひとつひとつに豊かな慈愛と清らかさ、精神的な強さがオーラのように感じられる。アリソン・エリオットの優美な顔立ちと演技に、劇場で観てから歳月を経て、私は再びいつのまにかひきこまれていった。映画の中では、あくまでも主役はケイトにあり、ミリーはその次。しかし、私の中では生き生きとしたベネティアの由緒ある宮殿に住む気品ある王妃だ、忘れることのできない。

鳩がその翼を静かに永遠に閉じた時、マートンは確かに生きている時には愛していなかったのに、その面影を生涯忘れることができなくなる。人を愛することの残酷さと悲しさ、それでも愛すること。ひとりベネティアの街に戻るマートンを、淡く黄金色の光があたたかくも優しく迎え包んでいく。

文芸ものの映画が大好きな私だが、なかでも『鳩の翼』は特等席にある。映像、衣装、音楽、キャスティングのどれも完璧。最近、忘れ去られたような古い名作が次々とDVD化して映画館で観た名作と再会できるとは!そして、何度も映画の舞台になったベネティアは、今では狂おしいくらいに一生に一回は訪問したい街になってしまった。

監督:イアン・ソフトリー
1997年英国製作

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