千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  TB&コメントにも☆

『眺めのいい部屋』

2012-06-09 17:08:27 | Movie
最近、いつも利用しているレンタルショップでは旧作映画が100円になった。人生があまりにも短いことを考えて、これまで一度観ていた映画よりも未知の映画に出会いたいと本も再読することはなかったのだが、同じ時間を消費するなら、そこそこの新作を観るよりは不朽の名作をもう一度!
・・・と、そんな気分で探していたら、真っ先に目がついたのがケースもくたびれていたこのジェームズ・アイヴォリー監督の『眺めのいい部屋』だった。長年通ったレンタルショップで、すっかり見飽きた棚だったはずなのに、このDVDを手に取った時の喜びは、全く小躍りしたいような嬉しさだった。

映画は、オペラ歌手キリ・テ・カナワが歌う「私のお父さん」(プッチーニの「ジャンニ・スキッキ」)のアリアではじまる。以前観たのは、ビデオだったのだが、これは、絶対に映画館で観たかった映画だと感じる。キリテ・カナワの上品で美しい声が素晴らしく、又、夢見る乙女を情熱的にかりたてるこの歌も私は大好きだ。そして、具体的な人物や景色のないエレガントな紋章のような絵画を背景に流れるこの歌は、これからはじまる物語の”運命”をほのめかしている。そう、あるささやかながらロマンティックな運命がこれからはじまる。

1907年、産業革命の発達から黄金のヴィクトリア朝からエドワート朝に向かうイギリス帝国の時代、良家の娘のルーシー・ハニーチャーチ(ヘレナ・ボナム・カーター)は、年上の従姉シャーロット(マギー・スミス)に付き添われてイタリアのフィレンツェを訪問した。英国人観光客の定宿でもあるペンション”ベルトリーニ”に到着したふたりは、希望していたドゥオモをのぞむアルノ河に面した部屋ではないことに失望を感じ、なかでもシャーロットは腹を立てていた。ディナーの時にも怒りのおさまらないシャーロットに、息子のジョージ(ジュリアン・サンズ)と宿泊している元新聞記者のエマソン氏は、自分たちの部屋は眺めがいいからと交換を申し出る。そんな親切な申し出にも関わらず、不躾だとシャーロットは益々怒って席を立つのだが、結局、ビーヴ牧師の説得で好意を受けることになった。

女流作家のミス・ラヴィッシュ(ジュデイ・デンチ)と案内人なしにフィレンツェの街を散策するシャーロットから解放されて、ルーシーもひとりでサンタ・クローチェ教会に出向くとそこでエマソン親子に出会うのだったが。。。

少女ルーシーが、結婚する前の初めてのイタリア旅行でエマソン親子に会ったのも運命。いつも世界のことを心配して教会でひざまずくジョージを見かけて微笑むのも、広場でイタリア人青年が喧嘩によって刺される事件に遭遇して失神して彼に介抱されるのも、宿泊客たちとフィエーゾレ渓谷にでかけて偶然ジョージとふたりっきりになるのも、彼を忘れようとするかのように貴族の青年と婚約した後に、やがてジョージと再会してしまうのも運命。日頃は、安直な”運命”という言葉を使わない私だが、かようにロマンチックで美しい”運命”にも関わらず、エレガントに心に輝くように響くのは、映像、衣装、脚本、音楽、物語、キャスティングと、すべてに調和と美しさが完璧に整然とあるからだ。

『モーリス』の陰にかくれた本作が、これほど素敵な映画だったとは。
おそらく前回観た時は、ただきれいな恋愛映画でおわっていたのだろう。監督は米国人だが、これはまぎれもなく英国映画だ。付添い人なしでは、ひとりで旅行にも行かれない良家の娘という保守性。又、イギリス人にとって風光明媚であかるいイタリアは憧れの地である。そのイタリアで、ひとりの娘が心を少しずつ解き放ち、真実の愛と性、自己にめざめる成長物語でもある。ルーシーは良家の子女だが、婚約者セシル(ダニエル・デイ=ルイス)の上流階級に比較すれば中産階級である。そしてエマソン親子は、もう少し低い階層だが自由な精神の知識人。この階級のちょっとした”差”が感じられると、この映画は更におもしろい。自由な思想をもつエマソン父子とビーヴ牧師に対比して、因習にしばられる独身のシャーロットが狂言回しになり、教養は高いが女性の愛しかたを知らないセシルは滑稽にうつる。そのふたつの階層のはざまで一番のびのびと演じているのが、ルーシーのやんちゃな弟役のルバート・グレイヴズだ。

そして、もうひとつ、音楽にも重要な意味がある。フィレンツェの宿のピアノで、音楽好きなルーシーはベートーベンを演奏する。すると、その演奏を聴いていた牧師が「ベートーベンを弾く情熱と人生があうならば、あなたは素晴らしい人生をおくるでしょう」と語る。その後、セシルと婚約した彼女は、彼の邸宅で義理の母にも満足してもらえるシューベルトを弾く。彼女が好きであっているのは、ベートーベンなのに。りっぱな青年と婚約をしたということで、一人前のおとなの女性としてふるまいたいルーシーだが、溌剌とした精彩さが失われていく。本当のキスの妙薬を知ってしまった彼女の心の窓は、人を愛する情熱でまさに開かれようとしている。

ユーモラスな場面もあり、深遠な会話もあり、こんな映画だったのかと再発見もあり。もっと年齢を重ねたら、さらに味わいも深くなりそうな不思議な映画だ。それにしても「眺めのいい部屋」というのは、なんと奥のある優れたタイトルなのだろう。眺めのいい部屋だったら、何度でも訪問して観たくなるではないか。。。

監督:ジェームズ・アイヴォリー
1985年イギリス映画

■イギリス映画は美味しい
「スクリーンの中に英国が見える」狩野良規著
『炎のランナー』
「『チャタレー夫人の恋人』裁判」倉持三郎著


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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
>同じ時間を消費するなら、 (十瑠)
2012-06-10 10:46:00
>そこそこの新作を観るよりは不朽の名作をもう一度・・・

よ~く分かります。最近は特にネ^^
僕も大好きな映画なので、昔の記事TBいたしました。
同じ、アイヴォリー監督の「日の名残り」は観られましたか?
こちらも不朽の名作と思います。
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十瑠さまへ (樹衣子)
2012-06-10 17:31:57
コメントをありがとうございます。

十瑠様のブログのサブタイトルを拝借しますと、
まさに「~いい映画は忘れたくない!~」ですね。

「日の名残り」はブログに書いておりませんが、もう一度観なおしした映画です。
アイヴォリー監督だったんですね。うっかりしていました。
「日の名残り」は、イシグロ・カズオの原作があまりにもよいのです、映画よりも本の方が私好みでした。

最近、名作は時代の変遷に耐えうることに気がつきました。映画の力をあらためてみなおししています。
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