千の天使がバスケットボールする

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『キャピタリズム~マネーは踊る~』

2009-12-26 19:40:51 | Movie
『ボウリング・フォー・コロンバイン』では銃社会、『シッコ』では医療保険制度と、これまでもアメリカ社会の矛盾と問題をついてきた切込隊長のマイケル・ムーア監督の、次の標的はなんと「キャピタリズム」資本主義である。ムーア監督の益々体重が増加した巨体の今度の取組み相手は、とてつもなく大きい。きっかけは、サブプライム・ローン問題に端を発した世界的金融危機にあるが、監督によると「どんな映画も突き詰めれば、不公平で不公正な経済の問題に戻る。なぜ、常に貧しき者が犠牲になるのか、核心のシステムを問うべきだと思った」からだ。その言葉どおりに核心をついた彼のこれまでの集大成になる文句なしの傑作。

冒頭に住宅ローンを返済できなくなり、長年住んでいた住宅を差し押さえられ退去をせまられるある家族の映像が流れる。懸命に働いてローンを返済しても、雪だるま式に負債が積もって、毎月の返済額がどんどん増えて一家は破綻した。期限付きで自宅の退去を命じられる。さからったら、大変だ。不法占拠をたてに”市民のみかた”警察官が、即刻パトカーに乗ってやってくるからだ。しかし、こんな映像は今のアメリカ人にとっては見慣れた光景だろう。何しろ、1%の富裕層(←単なる金持ちレベルではない)が底辺の95%より多い金を独占している国なのだ。2年前から配偶者の転勤に伴いサンフランシスコに住む友人が、ドル安のために引越しをしようと考えているが適当な物権がないという。周辺には1億円以上の高額な家か、移民が住む治安に問題があるアパートしかないそうだ。
「この国は、金持ちしか貧乏人しかいないのよ」
その友人のため息を思い出したが、でも1億総中流と揶揄された日本丸も沈みかかっていてて危ないんだけど・・・。

マイケル・ムーア監督はこれまで同様、お茶目にユーモラスのシロップをかけながらアメリカ社会の皿に盛られた毒を次々とお披露目していく。ペンシルベニアの更正施設は民営化され、思春期の小さな罪を犯した反抗児たちも次々と収監していく。経営者の弁護士ロバート・パウエルとマーク・シバレラ判事は、アメリカ人お得意のwinwinの関係。本人たちも知らない間に滞在期間を延長され延泊料金もふくらみ、彼らの目的が少年少女たちの”更正”という旗に隠された小さな政府が実現する利益追求しかないことが判明した。またある金融業界の大企業は、本人及び家族に知らせずに従業員に高額な生命保険をかけていた。自社の優秀なアクチュアリーに、従業員にかける生命保険のコストとリターンの確率を計算しておけば、確実に従業員の死は会社に収益をもたらすのだろう。彼らはこの制度を”くたばった農民保険”と名称をつけている。(日本では、本人の知らない高額な生命保険を会社がかけるのは現在禁止されている。)そして経営悪化のため、一方的に突然解雇された工場の労働者たちの途方にくれて涙を流す場面も流れる。現在、55歳になるムーア監督の父上は、フリント市でGMの工場労働者だった。まじめに働けば、それなりの豊かな生活を約束された典型的なアメリカの中流程度の労働者家庭。父と息子がかって3キロも工場施設が並んでいた元職場を訪ねれば、なーーーっんにもないっ、そこは草もはえない荒涼としたほこりっぽい地がはるかかなたまで続くだけ。ここに本当に工場があって、みんな働いていたのか。彼らは、彼らの家族はいったいどこへ消えたのか。

ムーア監督が突撃取材したウォール・ストリート・ジャーナルの記事によると、2000年間からの10年間は、米経済にとって失われた10年になるそうだ。(以下、当該記事によると)日本人にとっては、散々聞き飽きた失われた10年、アメリカよおまえもか、とつぶやきたいが、日本とアメリカでは意味が違う。かっての米国の繁栄は、米国資本主義による自由市場の活力のモデルだった。21世紀に入った時点で、米国の国民純資産額はが10年前よりも44%も増えた現象に、世界の政策立案者は、柔軟な(←ものは言いようだ)労働力とダイナミックな財政市場を国の目標のモデルとした。しかし、今日では米国は資本主義のベンチマークから欠陥モデルとなりさがった。住宅購入ブームに踊らされて、本来なら融資基準に満たない層までローンを組んで借金漬け。しかも貧しい人々を利用した金融工学のきっかけは、おなじみのブラック・ショールズ方程式。この経済学が社会科学の女王であることまで証明するオプションのプレミアムの計算式は、それ自体はノーベル賞受賞に値する画期的な成果と私は思うのだが、優れた発明や研究を悪用するのも金儲けの狩猟民族の業なのか。ムーア監督は、1980年代のレーガノミックス時代からの規制緩和、新自由主義がアメリカを変えたと考える。ブッシュ大統領に、ぴったりとゴールドマンサックスの会長兼CEOのヘンリー・ポールソンが財務長官として寄り添う。まるで木偶の人形を繰る人形使いのように。おりしもクリントン元大統領とヒラリー・クリントン国務長官の一人娘チェルシーさんが、ゴールドマン・サックス勤務のマーク・メズビンスキーさんと婚約したニュースが流れた。優秀な頭脳は高額報酬をゲットできる金融業界に集まる。映画では、その昔のポリオの生ワクチンを開発したジョナス・ソークがインタビューに答える映像が流れる。彼は特許申請をするよりも、人類に貢献することを選んだ。尚、今後は、レバレッジ取引の規制がされるだろうことから、米国はダイナミックさよりも安全で公正な資本主義をめざすというんが専門家の予測である。

マイケル・ムーア監督は、あの体型と服装、キャラクターがきわだつ取材方法から損をしていると思う。映画評論家の蓮實重彦さんなどは、突撃インタビュー方式を下品きわまりないとその名前する口にすることすら不愉快と拒絶されているが、本来もっている知性を感じられたのも本作である。蓮實さんにも観てほしい。確かにインテリゲンジャー好みの整然とした美意識は彼の映画にはないが、いつも彼の視点は弱い人々のためにあることを評価してほしい。
現在は、ムーア監督は自宅のあるトラバースシティーの古い映画館を改修して非営利で運営をしている。「厳選した新旧の映画を完璧な映像と音響で楽しめる」ようにした。映画芸術を救済することにも意欲的なマイケル・ムーア監督の次回作がこの映画館で上映されるのはいつになるのだろうか。ドキュメンタリーものではないことは確かだそうだ。ところで、例の友人から届いたクリスマス・カードの最後には、「アメリカの失業率は10%以上。税金を投入した金融機関のトップは数億~数10億円のボーナスで、どうにも納得できないものであります」と結ばれていた。確かに。。。

■書き散らしたアーカイヴ

『華氏911』
『シッコ』
米医療保険制度を痛烈に批判、ムーア監督の新作が評判
米国の医療問題
クリントン大統領の「マイ・ライフ」
ドキュガンダ映画ヒットの背景
「なぜGMは転落したのか」ロジャー・ローウェンスタイン著
「資本主義はなぜ自壊したのか」中谷巌著
映画『怒りの葡萄』