千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  TB&コメントにも☆

「絶望に効く薬」山田玲司著

2007-03-17 23:33:33 | Book
カラダがねじれそうな満員電車で朝から漫画を熱心に読みふけるビジネスマンの姿を見かけると、ある読書家の課長が新人に伝えた言葉を思い出す。
「漫画は読んでもいいけれど、電車の中では読むよな。」
こんなことを言ってしまうと多くの反論がありそうだが、その課長の気持ちもわからなくもない。手塚治虫氏の漫画で育った世代だから、決して漫画を小説よりも低く評価しているわけではない。単に金融業界という戦場で働く男としてのふるまいの、ひとつの美学のこだわりであろう。私だって電社内では、「HANAKO」やファッション雑誌の類はひろげない。

しかしこの「絶望に効く薬」は、悩みたちどまる若手ビジネスマンにたとえ公共の場でも堂々と読書をすすめたい漫画である。
以下、本書の著者である山田玲司からの紹介を引用。
「1日平均86人が自殺すると言われる日本。この国で、希望はいったいどこにある…? 漫画家・山田玲司が体を張ってオンリーワンな人々に訊く、悪夢な時代の歩き方!!」
このように著者の内容紹介をサイトからコピーするのは私にとっては禁じ手なのだが、この言葉の皮膚感覚がどのレビューよりも本書のすべてを簡潔に、尚且つあまりにもすべてを伝えているように思われる。
多くの方が自ら命をたってしまう理由と「希望のない日本」を安易に結びつける宣伝には、少々疑問を感じる。つまり極限的でもっとも個人的な行為とマクロな国家観を関連させるには、かっての旧ソ連などの密告社会や恐怖心で国民をコントロールした暗い社会主義国家だったらいざ知らず、生活保護も行き届き、差別の少ない日本はそれほど悪夢な時代の希望のない国とはいえないのではないだろうか。そういう考えもうかぶ。
しかし先進国でそこそこ満たされた生活の中で、心を病んでいく人が多いのは事実である。整った顔立ちとスタイル、難関私大に合格した頭脳、それにも関わらず病から仕事を続けられずに職場を去っていかざるをえない人。あまりにも痛ましいのだが、多分、今の日本では格別珍しい光景ではなさそうだ。そういう意味で単純にこの国に”希望”があるかどうかの検討は別にして、今の日本が生きにくいのは残念ながら事実なのだ。

インタビューアーの選択は、オノ・ヨーコのような著名人になってしまうとすべてはもう知っていることであり、かえって漫画という枠の中ではあまりにも掘り下げ方が足りなかったり、また予備校講師の西きょうじなどは、もっと素敵な話がたくさんあるのに・・・などとファンだったらものたりなさを感じてしまう。むしろ国連WFP協会専務理事の蟹江雅彦氏や東北大学の研究者芳賀洋一氏のような世間的な知名度はそれほどないが、よいお仕事をされている方の紹介とインタビューは、漫画という形式とそれなりの深い語りがうまく枠の中におさまっているように感じられた。(ついでながら、漫画の大好きな芳賀さんが手塚治虫氏の48年に描いた「吸血魔団」が、66年SF映画の傑作「ミクロの決死圏」そのものだという逸話を紹介しながら、これがナノテクで医療工学の目的だと伝えている部分がもっとも興味深かった。手塚治虫さんは、本当に偉大だったなと別の感慨深いものもある。)

いずれにしろオンリーワンの人生をピン(←下品な表現だが)で生きている人に共通するのは、独特の個性とある種こどものような無邪気さがある。この無邪気さは強い!哲学的な根本治療薬にはならないかもしれないが、軽症だったら即効薬にはなる。諸々積み重なり、少々落ち込み気味で低空飛行だった私が元気になった。つまり、最後の”悪夢な時代の歩き方!!”と最後に”!!”をつけるぐらいのノリを寛容できる軽めの症状にはオススメである。本物の絶望には、効くクスリなどない。あったら、私は欲しい。
著者の山田氏自身、学生時代漫画家を志していた時に、周囲から「絵が下手だから漫画家になるのは絶対無理」と言われ続けたエピソードを披露しているところに、この本のスタンスがうかがえる。山田氏は、すごく誠実な方だ。
希望というのは、可能性の一歩。そしてすべてのはじまりでもある。