井上ひさし『頭痛肩こり樋口一葉』集英社、1984年。
井上ひさしの傑作です。もう17年ほど前に紀伊国屋ホール(新宿)で「こまつ座」のこの演劇を観ました。そのころは、一葉についての知識もあまりなく、印象に残っていることはと言えば、「花蛍」を演じた新橋耐子がすごかったことぐらいでしたが、今回、脚本を読んで、圧倒されました。よく練られていて、今日のブログの最後に書くように、一葉の人生、周囲の人間模様、それが舞台に見事にはまるように作られています。たくさん歌が出てきますが、これも「ひさし」さんの脚本のすぐれたところです。
時代は明治23年(1890年)から明治31年(1898年)。それぞれの年のお盆(一回例外)です。
場所は5箇所です(芝西応寺町60番地樋口虎之助の家、本郷区菊坂町70番地樋口夏子の借家、同69番地樋口夏子の借家、下谷区竜泉寺町368番地樋口夏子の借家、本郷区丸山福山町4番地樋口夏子の借家,福山町4番地樋口夏子の借家)。
お盆が一年ごとに来るたびに、近しい人が亡くなり、その橋渡し、あの世と現世の仲介役を「花蛍」が演じます(新橋耐子)。
「花蛍」は吉原のお抱え女郎の源氏名、身請けしてもらい損ね、餓死したのです。「現世」に怨念をもち、仇打ちに虎視眈眈、あの世への道連れを探し、樋口家にも必ず盆礼に来ます。
主人公は夏子(樋口一葉)、樋口家の柱として、家計のやりくりに苦慮、「物書き」として頭角をあらわしますが、貧乏から抜け出せません。身体の健康は損なわれて、頭痛、肩こりが日常茶飯事でした。最後は病気で、亡くなります。
世間体ばかり気にする母親の多喜、甲斐甲斐しい妹の邦子、旗本稲葉家の娘であるが(かつて多喜が乳母だった)、夫の「武士の商法」がうまくいかず、樋口家に無心にくる鉱。樋口家で世話になっていたものの転落の人生をしょいこんだ八重。そして花蛍。場面展開、人物配置が見事です。
作者は、一葉が生きた明治の時代、江戸の情緒がいまだ残っていた東京の下町を背景に、一葉の小説の一部を織り込み、この女流作家の暮らしぶりと感覚とが滲み出る脚本です。
おしまい。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます