【岩崎俊夫BLOG】社会統計学論文ARCHIVES

社会統計学分野の旧い論文の要約が日課です。

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吉川洋『転換期の日本経済』岩波書店、1999年

2007-04-30 12:33:37 | 経済/経営

吉川洋『転換期の日本経済』岩波書店、1999年

 

 経済学・統計学の父であるウィリアム・ペティが『政治算術』(1690年刊行)で述べた精神(思弁的な議論を避け、主張を数、重量、尺度で表現する)に学びながら(pp.2-3)1990年代の日本経済を分析しています。

 結論は、「
90年代の日本経済の低迷は長期的な『需要不足』によって生じた」というもの。「したがって需要がなぜこれほど長期にわたってしかも大きく落ち込んだのか、この点を解明することが・・最大の課題である」と述べて本書の目的を明確にしています(p.9)


 上記の課題に対する解答として、著者は9
0年代不況の要因を①設備投資の大幅な落ち込み、②消費の長期的不振、③94-96年の輸入増加、④97
年の財政政策の失敗をあげています。

 論点が極めて明確です。要するにケインズ経済学の立場から今やスタンダードである新古典派経済学の日本の経済政策論を批判しているのです。後者は日本の
90
年代の不況を「潜在成長率の低下」から解きますが、それは間違いと著者は言います。「潜在成長率の低下」の議論は「機会の平等」「自己責任」「情報開示」「ルール重視」を大原則とする市場メカニズムの改革が急務であると主張しています、これも間違いとのこと。

 著者は需要の不足が
90年代不況を生み出したのであり、資本、労働投入量、TFP [Total Factor Probability]
(全要素生産性)は総需要の動きに決定的に左右されると主張して自らの姿勢を明らかにしています。

 それでは今後、何をなすべきか? 戦略的変数は設備投資。都市環境、交通、医療システム、情報・通信基盤の拡充による需要拡大こそが喫緊の課題である言うのが著者の立場です。

 この他、「十年不況」の第一期の投資の落ち込みは「貸し渋り」ではなく、バブル期の反動としての大型の「ストック調整」であること
(p.23)、バブル期の旺盛な設備投資は「独立投資」ではなく、「循環的」要因にもとづく「能力増強」が他のそれであること(p.26)、バブル期の問題はマネー・サプライの安定化を図ることだったのではなく、ブルーデンス政策(銀行経営の健全性と信用秩序を維持するための政策)を実現することであったとの主張(p.74)、日本経済の元凶は「円高」であるから固定相場への復帰を展望する論調があるが、円高をもたらしたものは一部の製造業(電機・輸送・精密・一般機械など)の労働生産性の上昇であり、各国の生産性上昇率格差を調整するシステムは「変動相場制」でしかありえない(p.110)
など、論点提示は見事です。

 現在の支配的な経済理論と政策の誤謬をつき、それに代替する理論と政策の提言を説得的に展開している好著です。

おしまい。


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