【岩崎俊夫BLOG】社会統計学論文ARCHIVES

社会統計学分野の旧い論文の要約が日課です。

時々、読書、旅、散策、映画・音楽等の鑑賞、料理とお酒で一息つきます。

久世光彦『一九三四年冬-乱歩』新潮文庫、1997年

2012-09-04 00:00:31 | 小説

                      

          
 1934年(昭和9年)、江戸川乱歩が『悪霊』を雑誌連載中スランプに陥り休載。麻布箪笥町の<張ホテル>に4日間、隠遁(失踪)という状況設定。乱歩40歳。

 この<張ホテル>で、乱歩はこの世のものとは思えぬエロティシズムにあふれた中編小説「梔子姫(くちなしひめ)」の執筆(もちろん贋作)にとりかかかわる。小説のなかで探偵小説家、乱歩が小説を書きつづっていくという形でストーリーが進んでいく。

 外国人が多く滞在するこのホテルには、中国人のボーイ(翁華栄)、栗色の髪をした探偵小説マニアの西欧人の人妻(ミセス・リー)がいて、乱歩と絡む。他にアナーキーな猫。そして乱歩が滞在している202室の隣の201室からは女の咽び泣きが聞こえ、姿がみえないインド人やメキシコ人の影が白い漆喰の壁に揺れている。

 奇妙奇天烈な世界、官能、グロテスク、夢、が現実と架空の境界で妖しくないまぜとなり、昭和初期の時代の匂いが醸し出される。

 「解説」で井上ひさしが書いているように、作者の久世光彦は乱歩という作家の人間像を克明に調べ上げて、練り上げている。無類の風呂好き、食卓で料理を一品づつ食べる癖があったこと、温めたミルクが嫌いだったこと、口に仁丹を三つぶ含んで覚醒していたこと、手帳は講談社のものを使い、万年筆はペリカンを愛用していたこと・・・。

 そして、この小説の優れたところが、半死半生語(誰もがまだ使っているようで、実は半分死んでいる感じがある語。それでいていかにも日本語らしく日本人の気持ちによく似あった言葉)を使っていることだと明言している。