黒猫書房書庫

スイーツ多めな日々です…。ブログはちょー停滞中(´-ω-`)

『ホテル・メランコリア』篠田真由美(PHP研究所)

2013-02-16 | 読了本(小説、エッセイ等)
かつて横浜の高台にあり、多くの外国人客を迎えた小さなホテル。海が見えるオープン・テラス、年末にバンケットルームで開催される豪華絢爛なダンス・パーティ、評判のシェフが作り出す珍しい料理の数々、世間の目をはばかる客も多かった長期滞在客用のアパートメント……。
ある老婦人から、幼い頃、家族と食事に出かけた、名前も覚えていない記憶の中にあるホテルを探して欲しいと依頼された私は……“赤い靴を履いて”、
元ホテルマンだった老人から聞いた話。
戦前。アパートメントに、アジアの南の方にある古い国の、尊い王様の血を引く「殿下」がいたことがあった。
ある時、ホテルのロビー階の隅にある怪しげ画廊『柘榴画廊』に、殿下が由緒ありげな翡翠の玉を売ろうとしていたことがあった……“憂鬱という名のホテル”、
柘榴画廊の主人の息子が、父から聞いた話。
その画廊にはその名を冠した、柘榴の実が描かれたステンドグラスが置かれていたという。柘榴が、ギリシア神話の悲劇的な美少年として登場するように、当時ホテルに出入りしていた両性具有めいた美少年の話をする。
馬さんと呼ばれた女写真家の助手をしていた彼は、何故か錯乱状態に陥り、ホテルから飛び降りたという事件があったという……“黄昏に捧ぐ”、
ホテルで出会った美しい女性客。幼い少女だった私は、彼女と親しくなり、一緒に外国の珍しい本などを見るようになった。作家だったという彼女は、自分は予言の能力を持つカッサンドラと同じだという。
一方、ホテルでむかし掃除婦をしていた女が語る。当時「先生」と呼ばれていた女性客がいた。怒られて以来、避けていたが、ひょんなことから話すようになった。彼女にはおかしな癖があったという……“影に微笑むカッサンドラ”、
裏通りの骨董店に並んでいたビスクドールに呼ばれたように目を留めると、人形が語り出した。
ホテルのバーテンダーだった男が、妻に似ていると贈り物にした、紫の目が美しい人形。
彼はギリシアで船乗りだったが、妻亡き後、人形とともに日本へやってきた。彼女は吸血鬼になったのだと語る男は……“ビロードの睡り、紫の夢”、
花壇は百合の花が満開だというのに、百合の花が嫌いだという老人は、元医療用医薬品の製造会社の社長で、いまは引退し悠々自適な生活を送っている人物。子供の頃、思い出の場所だと業界誌のエッセイで書いていたのを目にし、それが件のホテルだったことから話を聞くべく訪れた私。
会社の令嬢だった母は、婿養子に入った父と別居状態。ホテルの特別室で暮らしていた彼女の元へたびたび遊びに出かけていたが、彼が十歳の時、ホテルの風呂で溺死して……“百合、ゆらり”、
かつてホテルの料理長をしていた男。廃業直前にある事情で店を去ったという彼は、自分は古代ローマ時代から生きていて、不老不死だと語る。
さまざまな経歴を経て、かつて自分の構えた店を騙し取られた紆余曲折の末、ホテルで働きだした彼。六十年後、彼を騙したかつての十五の少年が老人になり、グルメ評論家として店にやってきた……“あなたのためのスペシャリテ”、
二年前、老婦人から依頼を受け、いろんな人物からホテルについて話を聞いた私。
そんな彼女から、これまでのお礼がしたいとパーティに招かれた。実は私と前からの知り合いだったというが、心当たりがない……“時過ぎゆくとも(アズ タイム ゴーズ バイ)”の8編収録の連作短編集。

老婦人から依頼を受け、今はなくなってしまった古いホテルにまつわるエピソードを集めることになった男。彼の集めた話や、それ以外嘘かまことかわからないエピソードもありつつ、語られるお話。
さまざまな出来事の舞台となったホテルの、どこか憂いを帯びつつも美しい姿が脳裏に浮かび上がる様子が印象深い。

<13/2/15,16>