764) mTORC1をターゲットにしたがん治療

図:インスリンやインスリン様成長因子-1や成長ホルモンなどの増殖因子が細胞の受容体(①)に作用するとPI3キナーゼ(PI3K)というリン酸化酵素が活性化され、これがAktというセリン・スレオニンリン酸化酵素をリン酸化して活性化し、さらに哺乳類ラパマイシン標的蛋白質複合体1(mTORC1)を活性化する(②)。タンパク質が分解してできるアミノ酸もmTORC1を活性化する(③)。活性化したmTORC1は細胞増殖と生存を促進する(④)。メイベルメクチンとオーラノフィンはPI3K/Akt/mTORC1経路を阻害する(⑤)。ラパマイシンはFKBP12(12kDa FK506 binding protein)と結合し、mTORC1の活性を阻害し、イトラコナゾールは複数のメカニズムでmTORC1活性を抑制する(⑥)。メトホルミンとビタミンD3はAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化し、AMPKはmTORC1を阻害する(⑦)。これらを組み合わせるとmTORC1活性を阻害して、がん細胞の増殖を抑制し、細胞死を誘導する。

764) mTORC1をターゲットにしたがん治療

【mTORC1はタンパク質と脂質の合成を促進する】
mTOR(mammalian target of rapamycin:哺乳類ラパマイシン標的蛋白質)はラパマイシンの標的分子として同定されたセリン・スレオニンキナーゼで、細胞の分裂や生存などの調節に中心的な役割を果たすと考えられています。
mTORにはmTOR複合体1((mammalian target of rapamycin complex 1:mTORC1)mTOR複合体2((mammalian target of rapamycin complex 2:mTOR2)の2種類があります。
mTORC1は成長因子や、糖やアミノ酸などを含む栄養素のセンサーとして機能し、mTORC2は細胞骨格やシグナル伝達の制御をしています。
インスリンやインスリン様成長因子やアミノ酸のロイシンによって活性化されるのはmTORC1の方です。

mTORC1は、糖やアミノ酸などの栄養素の状況、エネルギー状態、成長因子(増殖因子)などによる情報を統合し、エネルギー産生や細胞分裂や生存などを調節しています。
細胞の増殖というのは、栄養とエネルギーが利用できる状態にあるときに、新たな細胞構成成分(タンパク質、核酸、脂質など)を合成して、細胞の数を増やす生化学的プロセスのことです。
したがって、増殖するためには、細胞を新たに作る材料(栄養素)とエネルギー(糖質や脂質を分解して得られるATP)が必要です。
このような栄養素とエネルギーが存在する条件で、増殖因子や成長因子やホルモンなどによって細胞増殖の指令(シグナル)が来たときに、タンパク質や脂質の合成を促進して細胞増殖を実行するのが、mTORC1です。

図:哺乳類ラパマイシン標的タンパク質複合体1(mTORC1)は複数のタンパク質から構成されるセリン・スレオニン・リン酸化酵素で、インスリンやインスリン様成長因子-1(IGF-1)や上皮成長因子(EGF)や血小板由来増殖因子(PDGF)などの増殖因子によって活性化される(①)。mTORC1はタンパク質翻訳の開始因子であるelF4Eを抑制する4E結合タンパク質(4E-BP1)をリン酸化してその機能を抑制する(②)。また、リボソームの生合成を促進するS6K1をリン酸化して活性化する(③)。これらの作用によってmTORC1はタンパク質合成を促進する(④)。その他、多くの標的タンパク質をリン酸化することによって脂質や核酸の合成を亢進し(⑤)、細胞内小器官の消化・再利用に重要なオートファジーを抑制する(⑥)。 

【mTORC1は栄養と増殖シグナルとエネルギー量を感知して増殖を刺激する】
インスリン、インスリン様成長因子-1(IGF-1)、成長ホルモンなどの増殖刺激が細胞に作用すると、それらの受容体を介してPI3キナーゼ(PI3K)というリン酸化酵素が活性化され、これがAktというセリン・スレオニンリン酸化酵素をリン酸化して活性化します。

図:PI3キナーゼ/AKT経路は,細胞外からのシグナルを細胞内に伝える主要な経路の一つで、増殖因子やインテグリンを介した細胞接着など、様々な刺激により活性化され、細胞の生存促進,細胞増殖・大きさの制御、細胞運動、代謝の制御など多くの細胞機能に関与している。ホスファチジルイノシトール3-キナーゼ(PI3K)は,細胞膜の構成成分であるイノシトールリン脂質をリン酸化する酵素で,産生したPI3,4,5-三リン酸(PIP3)がAktをリン酸化する。Aktは多くのがん組織で活性化しておりAKTシグナル伝達系は、細胞増殖や生存、細胞サイズや栄養素利用への応答性、グルコース代謝、組織浸潤および血管新生など多くの細胞プロセスを制御している。がん細胞の生存と増殖はAKTシグナル伝達系の活性に依存度が高いので、AKTシグナル伝達系の阻害はがん細胞の増殖抑制やアポトーシス誘導を引き起こす。

ホスファチジルイノシトール3-キナーゼ(PI3K)は,細胞膜の構成成分であるイノシトールリン脂質をリン酸化する酵素です。ホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸(PIP2)の3位のOHをリン酸化してホスファチジルイノシトール3,4,5-三リン酸(PIP3)を生成する酵素です。PIP3がAktをリン酸化して活性化します。
PTENは脱リン酸化する酵素でPIP3をPIP2に変化することによってAktの活性化を阻止します。

図:ホスファチジルイノシトール3-キナーゼ(PI3K)は,細胞膜の構成成分であるイノシトールリン脂質をリン酸化する酵素で,産生したPI3,4,5-三リン酸(PIP3)がAktをリン酸化する。Aktは多くのがん組織で活性化しておりAKTシグナル伝達系は、細胞増殖や生存、細胞サイズや栄養素利用への応答性、グルコース代謝、組織浸潤および血管新生など多くの細胞プロセスを制御している。PTENはPIP3を脱リン酸化してPIP2に変換し、Akt活性化を阻止する。

活性化したAktは、細胞内のシグナル伝達に関与する様々な蛋白質の活性を調節することによって細胞の増殖や生存(あるいは死)の調節を行います。このAktのターゲットの一つがmTORC1です
AKTは結節性硬化症(Tuberous Sclerosis:TSC)の原因遺伝子産物であるTSC1/TSC2複合体のTSC2をリン酸化して活性を低下させ、低分子 GTPaseの一種である Rheb (Ras Homolog enriched in Brain)の活性を高めます。活性化したRhebは mTOR のキナーゼ触媒ドメインに直接結合してmTORC1のキナーゼ活性を高めます。
アミノ酸は別の経路でmTORC1の活性を高めます。mTORC1の活性化においてアミノ酸(哺乳類では特にロイシン)が必須であり、これはアミノ酸が十分である場合に限り細胞がタンパク合成を開始できる仕組みと言えます。
このようにして、栄養源と増殖シグナルを感知して細胞の成長や分裂を促進するのがmTORC1です

図:インスリンやインスリン様成長因子-1や成長ホルモンなどの増殖因子が細胞の受容体に作用するとPI3キナーゼ(PI3K)というリン酸化酵素が活性化され(①)、これがAktというセリン・スレオニンリン酸化酵素をリン酸化して活性化する(②)。活性化したAktはTSC1/TSC2を阻害してRheb (Ras homolog enriched in brain)を活性し、mTORC1を活性化する(③)。アミノ酸もRhebを活性化してmTORC1活性を亢進する(④)。活性化したmTORC1はがん細胞の増殖・浸潤・転移・抗がん剤抵抗性を亢進する。

【AMPKは細胞内のエネルギー量低下を感知して増殖を抑制する】
一方、細胞内のエネルギー低下を感知するのがAMP活性化プロテインキナーゼ (AMPK)です。グルコース欠乏や低酸素などにより細胞内ATP 量が減少すると、AMP/ATP 比の増加に伴いAMPKが活性化されます。AMPKはmTORC1活性を抑制して、異化作用の亢進や細胞成長の停止をもたらし、エネルギー消費の抑制(同化抑制)とエネルギー産生の亢進(異化促進)へと細胞の代謝をシフトさせます。

図:AMPKは触媒作用を持つαサブユニットと、調節作用を持つβサブユットとγサブユニットから構成されるヘテロ三量体として存在する(①)。運動やカロリー制限や虚血や低酸素などによってATPが減少してAMP/ATP比が上昇すると(②)、γサブユニットに結合していたATPがAMPに置換する(③)。これによってAMPKの構造変化が起こると、LKB1というリン酸化酵素の親和性が高まり、αサブユニットのスレオニン172がリン酸化されると、さらにAMPKの活性が高まる(④)。活性化したAMPKは異化を亢進してエネルギー産生を亢進し、物質合成(同化)を抑制するように代謝をシフトする(⑤)。活性化したAMPKはmTORC1(哺乳類ラパマイシン標的タンパク質複合体1)を阻害し、がん細胞の増殖抑制や、抗老化や寿命延長の効果を引き起こす。

AMPKは運動やカロリー制限の他、メトホルミンやビタミンD3で活性化できます(下図)。

図:AMPKの172番目のスレオニン(Thr-172)がLKB1でリン酸化されると(①)、AMPKは最大に活性化される(②)。運動やカロリー制限はATPが減少してAMP/ATP比を上昇してAMPKを活性化する(③)。メトホルミンはミトコンドリアの呼吸鎖を阻害してATP産生を低下させる機序とLKB1を活性化する両方の機序でAMPKを活性化する(④)。ビタミンD3は細胞内のフリーのカルシウムを増加させ、カルモジュリンキナーゼキナーゼβ (CaMKKβ)を活性化させてAMPK活性を亢進する(⑤)。

【mTORC1の阻害には複数の経路をターゲットにする必要がある】
mTORC1の阻害剤はすでにがんの治療薬として使用されています。mTORC1阻害剤はある種のがんに対してある程度の効果はあるのですが、やはり効果に限界があります。mTORC1が細胞増殖の制御に重要な役割を果たしていますが、mTORC1を阻害すれば全てのがん細胞の増殖が止められるほど簡単ではありません。
細胞というのはかなり複雑なシグナル伝達系で増殖や細胞死を制御しています。そこには様々なバックアップ機構やバイパス回路やフィードバック機構などがあり、mTORC1を直接阻害しても、なんらかのバックアップ機構やバイパス回路のようなものが存在して、増殖抑制効果が弱められるからです。
例えば、mTORC1が阻害されると、フィードバックによってその上流のPI3KやAktの活性化が亢進し、何らかのバックアップ機構やバイパス回路によって、細胞の増殖や生存を維持しようとするようです。
したがって、mTORC1の活性阻害を利用してがん細胞の増殖を抑えるためには、インスリン/IGF-1の産生や、PI3K/Akt/mTORC1シグナル伝達系やそれを制御するAMPKなどにも広く作用させる必要があります。
食事法としては、インスリン/インスリン様成長因子-1(IGF-1)の分泌や活性を低下させる糖質制限ケトン食(高度の糖質制限+高脂肪食でケトン体を多く産生する食事)が有効です。牛乳や乳製品の摂取を減らすことも重要です。アミノ酸のロイシンは牛乳に多く含まれるためです。
オートファジーを亢進させるために、カロリー制限や断食を時々行うのも有効です。
アミノ酸摂取が多いとmTORC1は活性化されるので、肉類も過剰な摂取は避ける方が良いと言えます。通常推奨されている1日体重1kgあたり0.8~1.0g程度が適切です。

また、mTORC1はAMPK(AMP活性化プロテインキナーゼ)によって阻害されます。したがって、AMPKを活性化するメトホルミンは有効です(308話参照)。
ブロッコリーやケールやキャベツのようなアブラナ科野菜や植物に含まれるジインドリルメタンがAMPKを活性化するという報告やmTORを阻害するという報告があります。ジインドリルメタンのサプリメントは海外では多数販売されています。
また、ミルクシスルに含まれるシリマリンがmTORシグナル伝達系を阻害するという報告もあります。
その他、コレステロールの輸送を阻害するイトラコナゾールや、PI3K/Akt/mTORC1経路を阻害するイベルメクチンオーラノフィン、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化するメトホルミンビタミンD3などを組み合わせるとmTORC1活性を阻害して、がん細胞の増殖を抑制し、細胞死を誘導できます。(トップの図)

【コレステロールの細胞内輸送の阻害はmTORシグナル伝達系と血管新生を阻害する】
コレステロールの細胞内輸送、つまり細胞内利用を阻害するとmTORシグナル伝達系や血管新生を阻害できるというメカニズムが提唱されています
コレステロールは細胞膜や様々な細胞小器官の脂質二重膜を構成する成分の1つです。血液中のコレステロールは、細胞の受容体を介して細胞内に取り込まれた後、リソソームまで運ばれ、リソソームの酵素によって遊離コレステロールが細胞質へ放出され、脂質二重膜の構成成分として利用されたり、ホルモンの原料となったり、脂肪滴として細胞内に貯蓄されたりします。
このコレステロールの細胞内輸送が阻害されると、細胞内シグナル伝達系に異常が起こり、がん細胞の増殖阻止や血管新生阻害を引き起こすことが指摘されています

図:血液中の低密度リポタンパク質(LDL)はコレステロールをリン脂質が包み込んでいる(①)。細胞膜のLDL受容体を介してLDLはエンドサイトーシスを介して細胞内に取り込まれる(②)。LDL受容体は細胞膜に戻って再利用される(③)。エンドソームはリソソームと癒合し(④)、リソソームの酵素によって遊離コレステロールが細胞質へ放出される(⑤)。

以下のような報告があります。

Astemizole Inhibits mTOR Signaling and Angiogenesis by Blocking Cholesterol Trafficking(アステミゾールはコレステロールの細胞内輸送を阻止することによってmTORシグナル伝達系と血管新生を阻害する)Int J Biol Sci. 2018 Jun 23;14(10):1175-1185

【要旨】
コレステロールは、内皮細胞の膜タンパク質機能とシグナル伝達において重要な役割を果たしている。したがって、コレステロールの細胞内輸送を阻害することは、血管新生を阻害するための効果的な方法となる。
最近、我々は、抗ヒスタミン薬であるアステミゾール(astemizole)がコレステロールの細胞内輸送の阻害剤であることを発見した。
この研究では、アステミゾールがコレステロール輸送に関与するリソソーム表面タンパク質であるニーマンピック病C1型(NPC1)タンパク質のステロール感知ドメインに結合することにより、リソソームにコレステロールの蓄積を誘導することを発見した。
アステミゾールによるコレステロール輸送の阻害は、膜コレステロールの枯渇につながり、SREBP1の核局在化を引き起こした。
膜コレステロールの枯渇は、リソソーム表面からの哺乳類ラパマイシン標的タンパク質(mTOR)の解離と、mTORシグナル伝達の不活性化をもたらした。これらの影響は、外因性コレステロールの添加によって効果的に救済された。
アステミゾールは、コレステロール依存的に内皮細胞の増殖、遊走、管形成を抑制した。さらに、アステミゾールはコレステロール依存的にゼブラフィッシュの血管新生を阻害した。
以上の実験結果は、アステミゾールが内皮細胞のコレステロール輸送と血管新生を阻害する新しいクラスのNPC1アンタゴニストであることを示唆している。

アステミゾール(astemizole)は過去に抗ヒスタミン薬として使用されていましたが、副作用の問題で販売中止になり、1999年に世界的に市場から撤退しています。したがって、現在では医薬品としては使用されていません。 
SREBP1(Sterol regulatory element-binding protein 1)は脂質生合成の重要な転写調節因子です。インスリン刺激を受けると、SREBP1は小胞体からゴルジ体へ輸送され、そこでプロセシングを受けてから、核へと輸送されコレステロールや脂肪酸の合成に関わる遺伝子を誘導します。「SREBP1の核局在化を引き起こす」というのは、脂質生合成が誘導されることを意味します。
コレステロールの細胞内輸送を阻止することは、mTORシグナル伝達系と血管新生を阻害することによってがん細胞の増殖を抑制することを示唆しています

ニーマン・ピック(Niemann-Pick)病という先天性代謝異常症があります。
酸性スフィンゴミエリナーゼが欠損するA型、B型とNPC1またはNPC2蛋白の異常によって起こるC型に分類されます。いずれも常染色体劣性遺伝形式を示す遺伝病です。肝臓、脾臓、骨髄の網内系細胞と神経細胞にスフィンゴミエリン、コレステロール、糖脂質などが蓄積します。
この論文で出ている「ニーマンピック病のC1型(NPC1)タンパク質」というのはC型のニーマン・ピック病で異常を起こしているタンパク質です。NPC1遺伝子の変異によってコレステロールが蓄積します。

前述のようにLDL(低密度リポタンパク質)はLDL受容体を介して肝臓などの細胞中にエンドサイトーシスという方法で吸収されます。吸収されたLDLはエンドソームという小胞を形成し、この小胞はリソソーム内の酵素によって分解されます。NPC1タンパク質はリソソームからコレステロールを排出するときに必要なタンパク質で、NPC1遺伝子に変異があるニーマン・ピック病C1型では、コレステロールが細胞質内に蓄積して発症します。

この論文では「アステミゾールがコレステロール輸送に関与するリソソーム表面タンパク質であるニーマンピック病のC1型(NPC1)タンパク質のステロール感知ドメインに結合することにより、リソソームにコレステロールの蓄積を誘導した」という結果です。


図:リソソーム内に輸送されたLDL(低密度コレステロール)はリソソームの酸性リパーゼ(lysosomal acid lipase)によって加水分解されて遊離コレステロールとなる(①)。コレステロールは、リソソーム内腔のニーマンピック病C型(NPC)NPC2に結合し(②)、リソソームの内膜側にあるNPC1のN末端ドメイン(N-terminal domain:NTD)に転移する(③)。コレステロールはNPC1のN末端ドメイン(NTD)からステロール感知ドメイン(sterol-sensing domain :SSD)に転送され(④)、リソソームから細胞質に輸送される(⑤)。アステミゾールはNPC1のステロール感知ドメイン(SSD)に結合し、NPC1によるコレステロール輸送を妨害する(⑥)。その結果、リソソームでのコレステロールの蓄積と細胞質の細胞内コンパートメントでのコレステロールの枯渇が誘導される。

【イトラコナゾールはコレステロールの細胞内輸送を阻害する】
イトラコナゾール(商品名イトリゾール等)は、水虫等の白癬(はくせん)菌症、口腔や食道カンジダ症等に広く使用されています真菌(カビなど)治療薬です。真菌コレステロールを形成する主な酵素を阻害して真菌を死滅します。

イトラコナゾールには血管新生阻害作用が報告されています。さらに、ヘッジホッグシグナル伝達系の阻害作用、オートファジー誘導によるがん細胞の細胞死誘導作用などの報告があり、がんの代替治療薬としても注目を集めています。
イトラコナゾールがニーマン・ピック病C1型(NPC1)の原因タンパク質のNPC1の働きを阻害して、コレステロールの細胞内輸送を阻害し、mTORシグナル伝達と血管新生を阻害することが複数の論文で報告されています。
以下のような報告があります。

Simultaneous Targeting of NPC1 and VDAC1 by Itraconazole Leads to Synergistic Inhibition of mTOR Signaling and Angiogenesis.(イトラコナゾールによるNPC1とVDAC1の同時標的化は、mTORシグナル伝達と血管新生の相乗的阻害をもたらす)ACS Chem Biol. 2017 Jan 20;12(1):174-182.

【要旨】
抗真菌薬イトラコナゾールは、強力な抗血管新生活性を示すことが最近発見され、その後、治験中の抗がん剤として再利用されている。イトラコナゾールは、mTORシグナル伝達経路の阻害を通じてその抗血管新生活性を発揮することが示されているが、作用の分子メカニズムは不明であった。
最近、イトラコナゾールがミトコンドリアタンパク質VDAC1をターゲットとし、またmTORの上流調節因子であるAMPKの活性化のメディエーターとして作用することを明らかにした。
しかし、mTOR阻害につながることが実証されているイトラコナゾールによるコレステロール輸送阻害とVDAC1阻害作用との関連は説明できない。
この研究では、イトラコナゾールによるコレステロール輸送阻害がリソソームタンパク質NPC1の直接阻害によるものであることを明らかにした
さらに、突然変異誘発、U18666Aとの競合、および分子ドッキングによる解析を使用して、イトラコナゾールの結合部位をNPC1のステロール感知ドメインに同定した。
最後に、AMPKの活性化とコレステロール輸送の阻害が同時に起こると、mTOR、内皮細胞の増殖、血管新生が相乗的に阻害されることを示す

この論文はイトラコナゾールがVDAC1とNPC1を阻害する結果、mTORC1の活性を低下させて、がん細胞の増殖と血管新生を阻害するというメカニズムです。
イトラコナゾールとAMPKを活性化するメトホルミンやビタミンD3を併用すると抗腫瘍効果が高まることを示唆しています

図:イトラコナゾールはミトコンドリアのVDAC1(Voltage-dependent anion channel-1: 電位依存性陰イオンチャネル1)を阻害し(①)、ATP産生を低下させ(②)、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)の活性を亢進し(③)、mTORC1活性を阻害する(④)。一方、イトラコナゾールはニーマン・ピック病C1型(NPC1)の原因タンパク質のNPC1を阻害し(⑤)、細胞内のコレステロール輸送を阻害する(⑥)。その結果、mTORC1の活性を阻害する(⑦)。mTORC1の活性阻害は、細胞の増殖と血管新生を阻害する(⑧)。

イタラコナゾールはニーマン・ピック病C1型(NPC1)の原因タンパク質のNPC1のステロール感知ドメイン(SSD)に結合し、NPC1によるコレステロール輸送を妨害します。その結果、リソソームでのコレステロールの蓄積と細胞内コンパートメントでのコレステロールの枯渇が誘導され、mTORC1シグナル伝達系が阻害されます。これは前述のアステミゾールと同様のメカニズムです。

図:リソソーム内に輸送されたLDL(低密度コレステロール)はリソソームの酸性リパーゼによって加水分解されて遊離コレステロールとなる(①)。コレステロールは、リソソーム内腔のニーマンピック病C型(NPC)NPC2に結合し(②)、リソソームの内膜側にあるNPC1のN末端ドメイン(N-terminal domain:NTD)に転移する(③)。コレステロールはNPC1のN末端ドメイン(NTD)からステロール感知ドメイン(sterol-sensing domain :SSD)に転送され(④)、リソソームから細胞質に輸送される(⑤)。イトラコナゾールはNPC1のステロール感知ドメイン(SSD)に結合し、NPC1によるコレステロール輸送を妨害する(⑥)。その結果、リソソームでのコレステロールの蓄積と細胞質内のコレステロールの枯渇が誘導され(⑦)、mTORC1シグナル伝達系が阻害される(⑧)。

【イベルメクチンはp21活性化キナーゼを阻害してPI3K/Akt/mTORC1経路を阻害する】
駆虫薬のイベルメクチンはPAK1阻害によってRASやPI3K/Akt経路などによる増殖シグナル経路と生存シグナル経路を阻害することによって、分化誘導作用とアポトーシス誘導作用を増強することが報告されています。
イベルメクチン(Ivermectin)は、放線菌ストレプトマイセス・アベルミティリス(Streptomyces avermitilis)の発酵産物から単離されたアベルメクチンから誘導され合成されました。日本では腸管糞線虫症と疥癬の治療薬として保険適用されています。
イベルメクチンは、中南米やアフリカのナイジェリアやエチオピアで感染者が多く発生している糸状虫症の特効薬です。糸状虫症はオンコセルカ症河川盲目症とも呼ばれ、激しい掻痒、外観を損なう皮膚の変化、永久失明を含む視覚障害を起こします。その他、リンパ系フィラリア症など多くの種類の寄生虫疾患に有効で、人間だけでなく、動物の寄生虫疾患治療薬として広く使用されています。

イベルメクチンは、無脊椎動物の神経・筋細胞に存在するグルタミン酸作動性クロール(Cl)チャネルに選択的かつ高い親和性を持って結合します。その結果、クロールに対する細胞膜の透過性が上昇して神経又は筋細胞の過分極が生じ、その結果、寄生虫が麻痺を起こし、死に至ります。哺乳類ではグルタミン酸作動性クロールチャネルの存在が報告されていないので、安全性は極めて高いと言えます。さらに、多数の前臨床試験で抗がん作用が確認されています。がん治療薬として再利用を検討する候補薬として注目されています。

がん細胞の多くは、がん遺伝子とそのシグナル伝達経路によって制御されています。プロテインキナーゼはタンパク質をリン酸化する酵素で、細胞の生存と増殖、および細胞の移動に重要な役割を果たしています。そのようなキナーゼの1つのグループであるp21活性化キナーゼ(PAK)は、膵臓がん、結腸がん、乳がん、前立腺がん、神経線維腫症腫瘍などのヒトのがんの70%以上の増殖に必要であることが知られています。
p21活性化キナーゼ(PAK)は、複数の発がん性シグナル伝達経路の連結部に位置し、細胞増殖、アポトーシス、浸潤/移動および化学療法抵抗性の調節に関与しています。PAKの阻害ががん細胞の抗がん剤感受性を高め、抗腫瘍免疫を増強することが報告されています。
イベルメクチンがPAKの活性を阻害することが複数の研究グループから報告されています。イベルメクチンのPAK阻害作用は世界中のがん研究者が注目しています。
イベルメクチンはPAK-1阻害によってRASやPI3K/Akt経路などによる増殖シグナル経路と生存シグナル経路を阻害することによって、分化誘導作用とアポトーシス誘導作用を増強します。イベルメクチンはSTAT3経路の阻害に加えて、Akt/mTORC1経路やWnt/βカテニン経路も阻害します(図)。

図:低分子量Gタンパク質のRasは細胞外の様々な刺激を受けて細胞増殖や生存を促進するRAFキナーゼ(Raf-1)やPI-3キナーゼ(PI3K)など多数のシグナル伝達系を活性化する(①)。p21活性化キナーゼ(PAK-1)はRacおよびCdc42のような低分子量GTPaseによって活性化される(②)。PAK-1はRasシグナル伝達系の主要な経路であるRaf-1/MEK1/ERK経路(③)とPI3K/AKT経路(④)を活性化する。さらに、PAK-1はβ-カテニンをリン酸化してWNT/β-カテニン経路を活性化する(⑤)。PAK-1は複数のシグナル伝達系の制御に関与し、がん細胞の増殖と転移を促進する(⑥)。イベルメクチンはPAK-1とWNT/β-カテニン経路を阻害する作用によって、抗腫瘍作用を発揮する(⑦)。

【オーラノフィンはPI3K/AKT/mTOR経路を阻害する】
オーラノフィン(Auranofin)は、関節リュウマチにおける炎症反応や免疫異常を抑制して寛解へと導く経口金製剤として1985年以降臨床で使用されています。炎症細胞の機能抑制や、免疫細胞に作用して自己抗体の産生を抑制して、関節における炎症を抑制します。
最近、オーラノフィンの抗腫瘍効果が注目されています。米国ではがん治療へのオーラノフィンの効果を検討する第2相臨床試験の実施がFDA(食品医薬品局)から承認されています。  
今まで報告されたオーラノフィンの抗がん作用のメカニズムは多様です。DNAやRNAやタンパク質の合成阻害、ミトコンドリアのチオレドキシン還元酵素やグルタチオン-S-トランスフェラーゼやプロテアソームの機能阻害、抗炎症作用(IL-6/STAT3経路の阻害、NF-κB活性化の阻害など)、ヒストン・アセチル化亢進など多くの作用機序が報告されています(オーラノフィンの抗がん作用の詳細はこちらへ)。
オーラノフィンがPI3K/AKT/mTOR経路を阻害して抗がん作用を発揮するメカニズムも報告されています。以下のような報告があります。

Auranofin-mediated inhibition of PI3K/AKT/mTOR axis and anticancer activity in non-small cell lung cancer cells(非小細胞性肺がんにおけるオーラノフィンによるPI3K/AKT/mTOR経路の阻害と抗腫瘍活性)Oncotarget. 2016 Jan 19; 7(3): 3548–3558.

【要旨】
オーラノフィンは慢性関節リュウマチの治療に使われている金複合体で、安全性が高く、さらに近年、白血病や固形がんに対する治療効果が検討されている。しかしながら、肺がんに対するオーラノフィン単独の抗腫瘍効果については十分に検討されていない。
肺がんに対してオーラノフィンが単独で抗腫瘍活性を示すかどうかを検討する目的で、10種類の非小細胞性肺がん細胞株を用いてオーラノフィンの抗腫瘍活性を検討した。
その結果、オーラノフィンは非小細胞性肺がん細胞に対して、増殖抑制効果を示し、その50%増殖阻止濃度(IC50)は最大で1.0μMであった。
オーラノフィンに感受性の肺がん細胞に対して、オーラノフィンは細胞死(アポトーシス)を誘導した。
さらに、肺がん細胞のオーラノフィンに対する感受性はTXNRD1発現と逆相関を認めた。
TXNRD1を発現するプラスミドを一過性に発現させると、オーラノフィン感受性のCalu3細胞はオーラノフィンに抵抗性を示すように変化した。これはTXNRD1の高発現がオーラノフィンに対する抵抗性の因子の一つであることを示している。
さらにメカニズムの検討によって、S6、 4EBP1、 Rictor、 p70S6K、 mTOR、 TSC2、 AKT 、GSK3などを含むPI3K/AKT/mTOR経路の多くのタンパク質の発現とリン酸化を阻害することが明らかになった。
このようなオーラノフィンによるPI3K/AKT/mTOR経路の阻害はTXNRD1の一過性の発現によって阻止された。これはPI3K/AKT/mTOR経路の制御にTXNRD1が関与している可能性を示唆している。
肺がんを移植したマウスにオーラノフィンを投与すると明らかな毒性(副作用)を示すことなく、腫瘍の増大が顕著に抑制された。これらの結果は、肺がん治療にオーラノフィンを使用する根拠を提示している。

TXNRD1というのはチオレドキシン還元酵素1(Thioredoxin reductase 1)のことです。
オーラノフィンはチオレドキシン還元酵素を阻害する作用があります。
チオレドキシン還元酵素はPI3K/AKT/mTOR経路の制御(活性化)に関与しており、チオレドキシン還元酵素の阻害剤のオーラノフィンがPI3K/AKT/mTOR経路を阻害するというメカニズムです。

【ビタミンD3は複数のメカニズムでmTORC1の活性を阻害する】

ビタミンDは、血清カルシウム濃度の恒常性や骨代謝における作用が主な働きだと考えられていますが、最近の研究によって、細胞の増殖や分化や細胞死(アポトーシス)や免疫機能など多彩な生理活性の制御に重要な役割を担っていることが明らかになっています。

ビタミンD3がmTORC1(mammalian target of rapamycin complex 1:哺乳類ラパマイシン標的蛋白質複合体1)の活性を抑制する作用も報告されています。
前述のように、ビタミンD3はカルモジュリンキナーゼキナーゼβ (CaMKKβ)を活性化させてAMPK活性を亢進するメカニズムが報告されています。AMPKはmTORC1活性を阻害します
さらに、活性型ビタミンD3(1,25(OH)2ビタミンD3)がビタミンD受容体を介するメカニズムでDDIT4(DNA-damage-inducible transcript 4)という遺伝子の発現を亢進し、このDDIT4がTuberous Sclerosis Complex 1/2(TSC1/2)を活性化し、これがRheb(Ras homolog enriched in the brain)を阻害してmTORC1の活性を抑制するという作用機序が報告されています。

メトホルミンとオーラノフィンとビタミンD3は非常に安価で安全性が高く、様々なメカニズムで抗がん作用を示します。メトホルミンやビタミンD3やオーラノフィンは「医薬品の転用(Drug Repositioning)」として、がん治療にもっと利用されて良いと思います
メトホルミン+ビタミンD3+オーラノフィンに、イベルメクチン、 イトラコナゾール、ラパマイシンを併用すると、さらに抗腫瘍活性を増強できます(トップの図)。

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