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770)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する水素ガス吸入療法

図:新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が感染すると(①)、肺組織に炎症反応を引き起こし(②)、活性酸素の産生が亢進して、細胞や組織の酸化傷害が引き起こされる(③)。活性酸素の一種のヒドロキシル・ラジカル(・OH)は肺胞上皮細胞を傷害し、さらに肺間質組織の酸化傷害や炎症によって肺胞壁の浮腫や炎症細胞の浸潤が起こって急性肺損傷や急性呼吸窮迫症候群(Acute Respiratory Distress Syndrome: ARDS)を引き起こし(④)、さらに重症化すると敗血症や多臓器不全を引き起こして死に至る(⑤)。分子状水素(H2)はヒドロキシル・ラジカルの消去作用や、シグナル伝達系や遺伝子発現に作用して抗酸化酵素の誘導や抗炎症作用を示す(⑥)。炎症に起因する急性肺損傷やARDSの発症予防や治療の対策として水素ガス(分子状水素)吸入の効果が報告されている。

770)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する水素ガス吸入療法

【新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療は重症化を抑えることが鍵になる】
新型コロナウイルス感染症のCOVID-19(Coronavirus Disease 2019)はコロナウイルスのSARS-CoV-2(Severe Acute Respiratory Syndrome CoronaVirus 2)の感染によって発症します。現在、日本を含め多くの国で感染が拡大しています。
COVID-19感染症の人の中には、症状がほとんど、あるいは全くない人もいますが、重症化して死亡する人もいます。一般的に、約8割の患者は自然に軽快して治癒していますが、約2割の患者は肺炎を合併しています。肺炎に進展した患者のさらに⼀部が、重症化して集中治療や⼈⼯呼吸を要する状態になります。

新型コロナウイルスに感染してウイルスが体内で増殖し、5から7日間程度の潜伏期を経て発熱、倦怠感、咽頭痛、咳などのウイルス感染症状が出て発症します。この時期にはコロナウイルスが体内で増殖しています。
ウイルスが感染してから1週間くらいするとIgM抗体が産生され始めます。IgMは感染の最初に作られる抗体で、2週間ほど(感染してから3週間程度)で体内から消失します。
ウイルスに感染してから2週間目くらいからIgG抗体の産生が始まります。IgGは長期間持続して産生される抗体です。

新型コロナウイルスに感染してから2〜3週間後(発症してから1〜2週後)にIgG抗体が検出されると報告されています。IgG抗体が血中に増えてくるとウイルス量は減少します。
したがって、抗体が十分に産生できた人は、ウイルスに感染してから2週間後(発症してから1週間後)くらいしてから症状は軽快し、回復期に入ります。

図:コロナウイルスが感染してから5日〜7日ほどで発熱などの症状で発症する。ウイルスが感染して1週間くらいするとIgM抗体が産生され始め、感染して3週間後にはIgMは体内から消失する。感染して2週間目くらいからIgGの産生が始まり、IgG抗体が十分に産生できた人は、ウイルスに感染してから2週間後(発症してから1週間後)くらいしてからコロナウイルスの量は減少し始め、症状は軽快し、回復期に入る。

以上のように、多くの患者は発症から1週間から10日間くらいで症状が軽快して自然に良くなりますが、一部の患者では発症から約7日目前後くらいから、息切れなどの肺炎の症状が増悪し、さらに一部は重症となり集中治療室での治療が必要になることがあります。
重症化したCOVID-19は、呼吸困難、低酸素症、広範な肺機能障害から呼吸困難になり、酸素吸入が必要になります。さらに、不整脈、心筋症、血栓塞栓症および肺塞栓症、播種性血管内凝固症候群、敗血症、ショック、多臓器不全など重篤な合併症によって死亡します。
この時期は、ウイルスの量は減少しており、免疫反応による過剰な炎症が症状悪化の原因と考えられています。
SARS-CoV-2感染で重症化したり死亡のリスクは、年齢とともに高くなり、肥満や糖尿病、高血圧、心臓疾患など基礎疾患を持つ人々で増加します。
COVID-19の治療は、ウイルスが増殖している発症早期に抗ウイルス作用を持つ治療薬を投与し、過剰な炎症反応が起こっている発症約7日目以降には抗炎症作用を持つ治療薬を投与する、というのが現在の標準的な考え方となっています。

図:新型コロナウイルス感染症では、感染の早期には風邪やインフルエンザのようなウイルス性呼吸器感染症の症状(発熱、咳、倦怠感など)を呈し、体内ではコロナウイルスが増殖し、ウイルスに対する防御反応(抗ウイルス反応)が起こる(①)。多くの患者はこの時期に自然に良くなる。一部の患者では発症から7日目前後から息切れや低酸素症などの肺炎の症状が現れる(②)。さらに一部の患者は重症化して、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)や敗血症や多臓器不全を引き起こして、場合によっては死に至る(③)。ステージIIとIIIの状況では、感染者の免疫反応による過剰な炎症が症状悪化の原因となっている(④)。治療においては、ウイルスが増殖している発症早期には抗ウイルス作用を持つ治療薬を投与し(⑤)、過剰な炎症反応が起こっている中等症以降には抗炎症作用を持つ治療薬を投与する(⑥)。

最近増えている変異型コロナウイルスは、従来のコロナウイルスより感染力が高く、重症化率と死亡率が高いことが問題になっています。感染症の症状(発熱や咳など)が治っても、後遺症(倦怠感、味覚・嗅覚異常、脱毛、睡眠障害など)に苦しむ人が多いことも問題になっています。重症化した人ほど後遺症の発症率が高く、症状が強く、持続期間が長いことが明らかになっています。
新型コロナウイルスは肺炎を発症して重症化しなければ、普通の風邪やインフルエンザと同じように自然に治癒します。つまり、重症化することを防ぐことが重要です

ウイルスの増殖を抑える抗ウイルス薬は早期の段階に使うと重症化を抑えます。抗ウイルス薬のレムデシビルが使用されていますが、現在の日本では中等症から重症患者しか使用できません。この時期は肺炎が進行している状態でウイルスの増殖を抑えても、あまり効果がないと考えられています。WHOの臨床試験を含め、複数の臨床試験の結果は、レムデシビルの有効性に否定的です。
ワクチンの接種は重症化予防に有効です。しかし、ワクチンを接種したから安心ではなく、日頃から免疫力を高めておくことが重要です。ワクチンを接種していても、免疫力が低下すると、感染予防効果は低下します。実際に、免疫抑制作用のあるステロイド剤を服用していたり、抗がん剤治療を受けているがん患者さんは、ワクチンの効果がかなり低下することが報告されています。

最近は感染者が増えたので、軽症者や呼吸困難がないレベルの中等症であれば、自宅療養が優先されるようになっています。自宅で待機している間に肺炎が急速に進行し、重症化して自宅で死亡する人も増えています。
COVID-19は初めは軽い発熱レベルであったのが、急速に病状が悪化し、救急搬送される人は増えています。さらに、医療機関にかかる前に死亡する人もかなり存在するようです。

入院できない中等症の患者さんも増えています。肺炎が進行して呼吸困難になると酸素吸入が必要になります。入院できない場合は、在宅で酸素療法を導入する必要があります。
容体が悪化した自宅療養者に酸素を投与する「酸素ステーション」を設置する動きが各地で広がっています。
家庭用の簡易型の酸素発生器が通販でも販売されています。

【新型コロナウイルス感染症に対する水素ガス吸入の有効性が報告されている】

酸素ステーションの設置に関して、東京都の担当者が「容体が悪化した自宅療養者が安心感を得られるし、重症化の予防にもつながる」と説明しています(ヤフーニュースから)。
酸素吸入は呼吸苦を軽減し、症状の軽減に有効です
しかし「重症化の予防にもつながる」というのはエビデンスがありません。酸素自体には抗ウイルス作用も抗炎症作用もありません。酸素吸入自体は対症療法であり、その場しのぎの治療に過ぎません。呼吸苦による苦痛を軽減しても、死亡数を減らす効果はありません。
酸素吸入で呼吸困難が軽減しても、肺炎の病状は進行して、さらに重症化すると、吸入する酸素量を増やしても血液の酸素飽和度は上がらなくなります。
重症化の進行を防ぐにはステロイドホルモンやIL-6受容体遮断薬などの抗炎症作用のある薬との併用が必要です。

炎症を抑制する方法として水素ガス吸入の有効性が報告されており、中華人民共和国国家衛生健康委員会(National Health Commission of China)が発表した「新型コロナウイルス肺炎の診断と治療プロトコル7版(Diagnosis and Treatment Protocol for Novel Coronavirus Pneumonia, 7th Edition)」では66.6%水素(H2) / 33.3%酸素(O2)の混合ガスの吸入を推奨しています。
以下のような論文があります。

Hydrogen: A Potential New Adjuvant Therapy for COVID-19 Patients.(水素:COVID-19患者のための潜在的な新しいアジュバント療法)Front Pharmacol. 2020; 11: 543718.

【要旨】
水素ガスは抗酸化作用、抗炎症作用、内分泌系の調節、アポトーシス(細胞死)に対する保護作用を有している。今までの研究から、水素ガスの吸入は新型コロナウイルス感染症(Corona Virus Disease 2019:COVID-19)中に新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)によって引き起こされる破壊的なサイトカインストームと肺損傷を軽減し、痰の排出を促進し、肺炎の進行を抑制し、回復を促進する効果が期待できる。
水素分子治療は、COVID-19の新しい補助療法になる可能性があるが、その有効性と安全性には、大規模な臨床試験によるさらなる確認が必要である。

現時点では、COVID-19に対する水素ガス吸入を用いた臨床試験の報告は1件のみです。
以下のような報告があります。

Hydrogen/oxygen mixed gas inhalation improves disease severity and dyspnea in patients with Coronavirus disease 2019 in a recent multicenter, open-label clinical trial(水素/酸素混合ガス吸入は、最近の多施設非盲検臨床試験で、新型コロナウイルス感染患者の重症度と呼吸困難を改善する)J Thorac Dis. 2020 Jun; 12(6): 3448–3452.

中国の7つの医療機関が参加した臨床試験です。
コロナ感染症に対処する緊急性のため、無作為化(ランダム化)は適用されませんでした。
患者は、主治医の裁量で治療群と対照群に割り当てられました。
標準の治療に加えて、治療群の患者は、水素/酸素発生器を使用して、水素66%と酸素33%の混合ガスを鼻カニューレを介して3リットル/分で吸入しました。
対照群の患者は、退院するまで標準治療(毎日酸素療法を伴う)のみを受けました。
主要評価項目は、疾患の重症度が改善した患者の割合でした。副次的評価項目は、酸素飽和度と症状スケールのベースラインからの変化でした。
呼吸困難の症状がある患者のみが評価の対象になり、治療群が44人、対照群が46人でした。

治療2日目の重症度の改善は対照群が2.3%で水素・酸素混合ガス吸入群が20.5%、3日目が対照群が11.5%に対して水素・酸素混合ガス吸入群が31.8%でした。
治療終了時の重症度の改善は、対照群が31.8%に対して水素・酸素混合ガス吸入群が70.5%でした

つまり、対照群(標準的治療+酸素吸入)に比べて標準治療+水素・酸素混合ガス吸入群が、重症度の改善度において有意に高い効果を示しました。
治療開始2日目の呼吸困難スケールの改善は対照群が23.9%に対して水素・酸素混合ガス吸入群が50.0%でした。
水素・酸素混合ガス吸入は胸痛や咳の程度も大きく軽減しました。さらに、安静時酸素飽和度は、水素・酸素混合ガス吸入後に改善しました。(全て、P<0.05)
治療群の水素吸入時間の中央値は64時間(24〜175)時間であり、1日あたり7.7(6.0〜18.3)時間に相当しました。対照群の酸素療法は、1日あたり中央値24時間(22.6〜24.0)持続しました。

COVID-19の患者は、呼吸困難、咳、胸痛と苦痛、および酸素飽和度低下を高頻度で示しましたが、他の既存の治療法(酸素療法を含む)では迅速に改善することはできません。水素・酸素混合ガス吸入の治療効果は、早くも2日目と3日目に有意になり、ほとんどの呼吸器症状の改善は治療が終了するまで持続しました。このような効果は、酸素療法を含むその他の支持療法では得られません。

この論文では「水素ガスは、水の電気分解による市販の機器でも生成できる。これにより、自宅や病院での臨床応用が可能になる(特に、酸素供給が著しく不足している医療施設で)」と考察しています。
まだ呼吸困難が軽度で、酸素吸入まで必要のないステージIIAくらいのレベルで早期に水素吸入を開始すると、重症化を予防できると思います。
実際に、発症から7日以上経過して肺炎症状が出た人に、がん治療目的で当院で使用している「自宅でできる水素ガス吸入器」を用いたところ、症状の改善と重症化を防げた症例を数人経験しましたので、水素ガス吸入は新型コロナウイルス感染症の治療に有効だと実感しています。

【免疫反応や炎症反応によって炎症性サイトカインが産生される】
細菌やウイルスなどの病原菌や、体にとって害になる異物の侵入や、体内で発生したがん細胞に対して、体は免疫細胞によってこれらを排除するシステムを持っています。
これらの病原菌や異物やがん細胞は、まずマクロファージ樹状細胞に取り込まれて分解され、その抗原となる部分がマクロファージや樹状細胞の表面に移動してきます。これを抗原提示といい、マクロファージや樹状細胞を抗原提示細胞と言います。
抗原提示細胞の表面に提示された抗原はTリンパ球によってよって認識され、その抗原を排除するために他のリンパ球を活性化します。活性化されたリンパ球には、病原菌や異物やがん細胞を直接殺す働きをするキラーT細胞や、B細胞からの抗体の産生を指令するヘルパーT細胞などがあります。これらのリンパ球の働きによって、病原菌や異物やがん細胞は処理され排除されます(下図)。

図:活性化したマクロファージはナチュラルキラー細胞(NK細胞)を活性化する(①)。活性化されたマクロファージやNK細胞などが病原菌(細菌やウイルスなど)やがん細胞を攻撃する(②)。破壊された病原菌やがん細胞から放出された抗原が樹状細胞に取込まれる(③)。抗原による感作の必要のない第一次防衛機構が「自然免疫」となる(④)。病原菌やがん細胞由来の抗原を貪食した樹状細胞(⑤)は最寄りのリンパ節に移行し、抗原の情報をT細胞やB細胞に渡して活性化し(⑥)、抗原特異的な攻撃が起こる(⑦)。抗原特異的な免疫応答による病原菌やがん細胞の攻撃が「獲得免疫」となる(⑧)。

このような免疫細胞が活性化される過程で、抗原提示細胞(マクロファージや樹状細胞)やリンパ球(T細胞、B細胞、ナチュラルキラー細胞)などは、サイトカインというタンパク質を産生して、お互いを制御したり活性化するための伝達物質として使っています。
サイトカインは、傷の修復や炎症反応でも重要な役割を果たしています。サイトカインは、細胞の増殖、分化、細胞死などの情報を伝達し、免疫や炎症や創傷治癒など様々な生理機能の調節を担うタンパク質です。
サイトカインはタンパク質で、リンパ球や炎症細胞などから分泌されます。サイトカインは細胞表面の膜上にある受容体に結合することによって、受容体に特有の細胞内シグナル伝達の引き金となり、極めて低濃度で生理活性を示します。
白血球が分泌し免疫系の調節を行なうインターロイキン、ウイルス増殖阻止や細胞増殖抑制の働きをもつインターフェロン、様々な種類の細胞増殖因子など数百種類のサイトカインが知られています。炎症反応に関与するものを炎症性サイトカインと呼んでいます。
体内に病原菌が侵入すると、マクロファージなどの炎症細胞からインターロイキン-1β(IL-1β)インターロイキン-6(IL-6)腫瘍壊死因子アルファ(TNF-α)といった炎症性サイトカインや様々な種類のケモカイン(細胞遊走活性を主機能とするサイトカインの一群)が分泌され、感染部位に他の免疫細胞や炎症細胞を集め、炎症反応や免疫応答を開始します。

図:炎症刺激によってマクロファージやリンパ球などから炎症性サイトカイン(TNF-α、IL-1β、IL-6など)や活性酸素や化学伝達物質のプロスタグランジンE2(PGE2)などが産生される。さらに、転写因子のNF-κBや、シグナル伝達系のJAK/STAT3(シグナル伝達兼転写活性化因子3)が活性化されて、炎症反応が促進される。

【炎症性サイトカインには2面性がある】
免疫細胞や炎症細胞は、これらが適切に働くと、感染症の発症と進行を抑制する効果があります。
しかし、免疫細胞や炎症細胞が、感染症の病態を悪化させる場合もあります
つまり、感染症が進行して、炎症反応が過剰になると、病状を悪化させる場合があり、その状況では、免疫細胞や炎症細胞の働きを抑制する治療(ステロイドホルモンや免疫抑制剤やIL-6受容体遮断薬など)が有効になります。
感染症の初期においては、ステロイドホルモンや免疫抑制剤やIL-6受容体遮断薬の使用は病状を悪化させるので使用は禁忌です。しかし、進行した状況で炎症が過剰になると、この生体防御機構の暴走を止めないとショックや多臓器不全の原因になります。
このメカニズムを理解するには炎症性サイトカインの2面性を知る必要があります。

マクロファージは白血球の1種で、細胞内に消化酵素を持ち、細菌、ウイルス、死んだ細胞などの異物を細胞内に取り込んで消化するので、大食細胞貪食細胞とも呼ばれます。
分解した異物をいくつかの断片にして細胞表面に抗原として提示する(抗原提示という)役割を持ち、リンパ球による免疫反応の最初のシグナルとして重要な働きをします。
さらに、各種のサイトカインを放出してナチュラルキラー細胞やT細胞などを活性化し、感染症やがんに対する生体防御機構において重要な役割を果たします。
しかし、感染症患者においてマクロファージの活性を高めることは、病原菌の増殖を抑える良い面だけでなく、状況によっては、炎症反応を増悪させ、組織の破壊殖を促進する悪い面の2面性があるので注意が必要です。(下図)

図:炎症性刺激によって活性化されたマクロファージ(①)は、活性酸素や一酸化窒素やシクロオキシゲナーゼー2や炎症性サイトカイン(TNF-αやIL-1βやIL-6など)などを産生する(②)。これらは、感染症においては、病原体に対する生体防御力を増強して感染症の発症や進展を抑制するが(③)、炎症性サイトカインの過剰発現でよってサイトカインストームが発生すると、敗血症や多臓器不全を引き起こす原因となる(④)。マクロファージの活性化(炎症反応)には二面性があることに注意する必要がある。

炎症性サイトカインの代表と言えるTNF-α(Tumor Necrosis Factor-α:腫瘍壊死因子-α)は腫瘍の壊死を誘導する作用を有するサイトカインとして発見されたため、当初は悪性腫瘍に対する「夢の治療薬」「奇跡の抗がん剤」として期待されました。しかし一方、悪性腫瘍の末期にみられ、がん患者の衰弱を促進する悪液質(cachexia)を誘導する物質として発見されたカケクチンも遺伝子クローニングの結果、TNF-αと同じ物質であることが判明し、その副作用が問題になって、がんの治療薬としてはまだ成功していません。

TNF-αにはがん細胞を殺す作用があるのですが、食欲不振や倦怠感や体重減少などの副作用が問題になります。
また、炎症にともなって大量に産生されるTNF-αが細胞の酸化ストレスを増大して発がん過程を促進したり、がん細胞を悪化させる作用も指摘されており、がん治療においては、TNF-αはむしろ悪玉ととらえられることも多くなりました。

しかし、TNF-αの働きが低下すると感染症やがんの発生に対する抵抗力が弱まることも確かです。
慢性関節リュウマチに対するTNFα阻害療法による感染症や発がんの副作用が問題になっています。特に感染症の誘発は明らかであり、肺炎を始めとする感染症が起こりやすくなります。なかでも結核症は、抗ヒトTNF-αモノクローナル抗体のインフリキシマブ(商品名:レミケード)使用によってその頻度が5~10倍上昇することが報告されています。
TNFα阻害療法を施行された患者に、悪性腫瘍が合併する頻度が高いことも報告されています。

図:マクロファージが炎症性刺激によって活性化されて産生される腫瘍壊死因子-α(TNF-α)は、がん細胞や病原菌に対する生体防御力を高めるが、炎症を増悪させ、発がんを促進し、がん細胞の増殖を促進し悪液質を悪化させる場合もある。がんと感染症におけるマクロファージとTNF-αの働きには、生体にとって良い場合と悪い場合の2面性がある。

【急性呼吸窮迫症候群(ARDS)はびまん性の肺胞傷害で起こる】
は鼻と気管支を通して肺胞に空気を取り込み、空気中の酸素を体内に取り込んだり老廃物の二酸化炭素を排出する「呼吸」を行う器官です。
気管支は分岐を繰り返して無数の細気管支になり、細気管支の先端に肺胞がぶどうのように密集しています。この肺胞でガス交換が行われます。肺胞から取り込んだ酸素は間質(結合組織)にある毛細血管の中の赤血球に取り込まれて全身に酸素が運ばれます。
間質とは血管やリンパ管や神経などがある結合組織です。肺の場合、気管支粘膜の上皮細胞や肺胞上皮細胞を支持する結合組織(線維芽細胞やコラーゲン線維や血管やリンパ管や神経などが存在する)です。(下図)

図:細気管支の先端に肺胞がぶどうのように密集しており、この肺胞でガス交換が行われる。肺胞から取り込んだ酸素は間質(結合組織)にある毛細血管の中の赤血球に取り込まれて全身に酸素が運ばれる。間質には血管やリンパ管や神経や免疫細胞や線維芽細胞やコラーゲン線維などが存在する。

肺炎(pneumonia)とは肺の炎症性疾患の総称です。気管支に細菌感染などで炎症が起こると「気管支炎」と呼ばれ、肺胞に細菌や真菌などが感染すると「肺胞性肺炎」になります。
肺の間質組織に炎症を来す疾患を「間質性肺炎(interstitial pneumonia)」あるいは「間質性肺臓炎(interstitial pneumonitis)」と言い、間質性肺炎が進行して結合組織が増えて線維化した状態を「肺線維症(pulmonary fibrosis、lung fibrosis)」と言います。

ウイルス感染によって肺胞に炎症が起こると、肺胞上皮にダメージが起こって血管の透過性が亢進し、肺胞内に浸出液が溜まり、肺水腫が起こります。
さらに経過すると、間質には線維芽細胞を主体に細胞増殖が生じ、膠原線維などの細胞外基質の沈着が起こります。このような肺胞や間質に炎症による水腫や線維化が起こるとガス交換機能が大きく障害されるので、呼吸困難(息切れ)が起こります。
急性呼吸窮迫症候群(ARDS)は、肺炎や敗血症などがきっかけとなって、肺水腫を引き起こし、重症の呼吸困難や呼吸不全をきたす病気です。
ARDSの発症から 3~4 週間以降で膠原線維の増生等によって肺胞組織の改築が進行し、肺胞腔内には膠原線維が沈着し、空気血液関門間の肥厚が顕著となり重度の呼吸不全に進行します。

肺胞の表面を覆う上皮には2種類があります。I型肺胞上皮細胞は非常に薄く扁平な細胞で、毛細血管内皮細胞と基底板を介して接着し、血液空気関門を形成します。この部位で肺胞内の酸素と血液中の二酸化炭素とのガス交換が行われます。
II型肺胞上皮細胞は細胞表面には微絨毛が存在し、細胞質内にはリン脂質に富む分泌顆粒が存在します。肺サーファクタントの分泌を担っています。
肺サーファクタント(Pulmonary surfactant、肺表面活性物質)は、肺胞の空気が入る側へと分泌されている界面活性剤で、単一の成分ではなく、リン脂質を主成分とした混合物です。肺サーファクタントは肺呼吸をするに当たって、肺胞を広げるのに必要なエネルギーを少なくする働きがあります。
肺胞の炎症によってII型肺胞上皮細胞がダメージを受けて肺サーファクタントが減少すると、肺胞が潰れやすくなって、呼吸困難を増悪します。

図:正常な肺胞はI型とII型の2種類の肺胞上皮細胞で覆われ、表面にはサーファクタントが存在して肺胞が広がりやすくしている(①)。肺胞内にはマクロファージも常在する。ウイルスが感染すると免疫応答が起こり、活性化したマクロファージ(②)やウイルスが感染した肺胞上皮細胞から炎症性サイトカイン(TNF-α, IL-6, IL-1βなど)やケモカインの産生・分泌が亢進する(③)。肺胞内は好中球やマクロファージなどの炎症細胞が増え、炎症細胞から産生される活性酸素などによって肺胞上皮細胞は傷害され、浸出液によって肺胞水腫が発生し、肺胞上皮表面には硝子膜(血漿成分が固まったもの)が形成され、びまん性肺胞傷害が起こる(④)。

【サイトカインストームがCOVID-19の病状悪化に関連する】
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)で死亡する場合は、肺と全身で重度の炎症反応が起こって、急性肺損傷、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)、敗血症、多臓器不全が起こることが主な原因となっています。急性呼吸窮迫症候群(Acute Respiratory Distress Syndrome:ARDS)は様々な原因によって肺の血管透過性が亢進した結果、血液中の成分が肺胞腔内に移動して肺水腫を起こします。
このような病態は、サイトカインストームが関与していると考えられています。
COVID-19で死亡した患者はフェリチンとIL-6の上昇が認められており、ウイルスによって誘発された過剰炎症による可能性を示唆しています。このようなIL-6が上昇した過剰炎症状況では、IL-6受容体遮断薬のトシリズマブ(tocilizumab;商品名;アクテムラ)の有効性が報告されています。

体内に細菌やウイルスが侵入すると、体に備わった免疫システムが、これらの病原菌を排除するために働きます。このとき、サイトカインやケモカインというタンパク質が免疫細胞や炎症細胞から産生され、免疫細胞が活性化され、病原菌を排除します。敵が打倒されれば、免疫システムは自らオフになるように制御する仕組みがあります。
しかし、一部の人では、炎症反応や免疫応答が過剰に発現し、サイトカインが過剰に産生され、そうしたサイトカインがあやまって肺や肝臓など複数の臓器を傷害し、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)や多臓器不全を引き起こします。
このようにサイトカインが過剰に産生される状態がサイトカイン・ストーム(cytokine storm)です。ストーム(Storm)は嵐という意味です。

図:ウイルスは肺胞上皮細胞(①)や肺胞内のマクロファージ(②)に感染し、細胞内で増殖して数を増やし放出される(③)。感染した上皮細胞からサイトカインやケモカインが産生される(④)。マクロファージはT細胞にウイルス抗原を提示し(⑤)、活性化されたT細胞(⑥)や活性化したマクロファージ(⑦)からも炎症性サイトカインやケモカインが産生される。このような炎症応答が過剰に起こりサイトカイン産生抑制の制御が不能な状態になるとサイトカインストームが起こる(⑧)。サイトカインストームは、敗血症や急性呼吸窮迫症候群(ARDS)を引き起こす(⑨)。

サイトカインストームによる急性呼吸窮迫症候群(ARDS)が発症したときには、IL-6やヤーヌスキナーゼ(JAK)やTNF-αなどの働きを阻害して、過剰に活性化している炎症反応を強制的に抑制する治療が有効であることは容易に理解できます。しかし、炎症反応を抑制することにはマイナスの作用もあります。つまり、病原体の増殖を促進する可能性があるという点です。

つまり、COVID-19を含めてウイルスや細菌などの感染症に対しては、免疫細胞の働きを抑制する薬を使用することは通常は禁忌に近いと言えます。
IL−6受容体阻害剤のトリシズマブ(アクテムラ)やJAK阻害剤のルキソリチニブリン(ジャガビ)や抗ヒトTNFαモノクローナル抗体製剤(レミケード)は、いずれも添付文書には「本剤投与により、敗血症、肺炎等の重篤な感染症があらわれ、 致命的な経過をたどることがある」などの警告が記載されています。
しかし、免疫細胞や炎症細胞が過剰に反応して暴走したために組織障害が起こっている場合は、免疫細胞や炎症細胞の働き自体を止めることが有益になる場合もあります。
過剰な炎症によって敗血症や多臓器不全が発生すれば死に至りますが、薬を使って炎症を阻止すれば救命できる可能性があります。しかし、ウイルスが残っていればウイルスが再増殖してウイルス感染を広げる可能性もあり、また2次的な細菌感染のリスクも出てきます。

そこで、免疫細胞や炎症細胞の働きを阻害せず、過剰な炎症反応による組織障害を阻止するターゲットに何があるかということになります。それが活性酸素、特にヒドロキシルラジカルです。そしてヒドロキシルラジカルの有効な消去剤として水素ガスの吸入があります。

【水素ガスは敗血症による急性肺損傷を軽減する】
過剰な炎症反応によって活性酸素の産生が増え、細胞や組織の酸化傷害によって、組織や臓器の機能が障害されます。特に、敗血症や多臓器不全ではミトコンドリアの酸化傷害の制御が重要です。以下のような総説があります。

Oxidative Stress and Mitochondrial Dysfunction in Sepsis: A Potential Therapy With Mitochondria-Targeted Antioxidants(敗血症における酸化ストレスとミトコンドリア機能障害:ミトコンドリアを標的とした抗酸化剤による潜在的な治療法)Infect Disord Drug Targets. 2009 Aug;9(4):376-89.

【要旨の抜粋】
敗血症と敗血症性ショックは、集中治療室における主な死因である。敗血症および敗血症性ショックのメカニズムに関する一般的な仮説は、この症候群が活性酸素種、一酸化窒素および炎症性サイトカインの大幅な増加を特徴とする過剰な防御および炎症反応によって引き起こされることを示している。
これらの症候群の結果は、全身性の血管内皮の損傷、組織のダメージ、全身の呼吸障害、グルタチオンの枯渇、ミトコンドリアの呼吸機能障害であり、ATPと酸素の消費量が低下する。
一般に、活性酸素種は細胞、特に免疫細胞の機能に不可欠であるが、過剰な活性酸素種生成による有害な細胞損傷から保護するには、適切なレベルの抗酸化防御が必要である。
ミトコンドリアの酸化ストレスによる損傷と機能障害は、敗血症を含むさまざまな病態で現れる細胞病変の原因となる。
このレビューでは、ミトコンドリアの視点から敗血症のプロセスを検討し、現在開発中のミトコンドリアへの抗酸化剤の標的化送達の戦略について議論する。

敗血症や多臓器不全の治療としてミトコンドリアをターゲットにした抗酸化剤の有効性の可能性をまとめています。以下のような論文もあります。

Role of Mitochondrial Oxidative Stress in Sepsis (敗血症におけるミトコンドリアの酸化ストレスの役割)Acute Crit Care. 2018 May;33(2):65-72.

【要旨】
ミトコンドリアは細胞のエネルギーを産生する細胞内小器官であり、酸化的リン酸化を介してアデノシン三リン酸(ATP)を産生している。
ミトコンドリアは活性酸素種も放出するが、この活性酸素種は生理的レベルでの代謝の正常な副産物である。しかし、敗血症のような病的条件下での活性酸素種の過剰産生は、疾患プロセスの一部と見なされる。
敗血症に固有の炎症反応は、正常なミトコンドリア機能の変化を引き起こし、臓器の損傷を引き起こす可能性がある。
酸化ストレスを軽減し、ミトコンドリアの損傷を防ぐために、複雑な抗酸化防御のシステムが存在する。
酸化ストレスを介した損傷が臓器不全の発症に重要な役割を果たすことは広く受け入れられている。しかし、敗血症と臓器不全の患者における全身性の抗酸化剤の補充の有益な効果に関しては、十分な証拠は欠けている。それにもかかわらず、特にミトコンドリアに送達される抗酸化療法が有用である可能性があることが示唆されている

ARDSや敗血症や多臓器不全の治療として、過剰な炎症反応によるミトコンドリアの酸化ストレスの軽減が有効である可能性を示唆する研究結果は多く報告されています。ミトコンドリアの酸化ストレスを軽減する方法として水素が注目されています。

【水素は生体にとって理想的な抗酸化物質】
私たちが呼吸によって取り込んだ酸素がエネルギーを産生する過程で スーパーオキシド・ラジカル(O2-という活性酸素が発生します。ふつうの酸素分子は16個の電子の持っていますが、スーパーオキシド・ラジカルは17個の電子をもっており、そのうち1個が不対電子になりフリーラジカルになります。
スーパーオキシド・ラジカルは体内の消去酵素(スーパーオキシド・ジスムターゼ)によって過酸化水素(H2O2)に変わり、過酸化水素はカタラーゼグルタチオン・ペルオキシダーゼという消去酵素によって水(H2O)と酸素(O2)に変換され、無毒化されます。
しかし、スーパーオキシドや過酸化水素の一部は鉄イオンや銅イオンと反応して、ヒドロキシルラジカル(・OH)が発生します。本来、鉄や銅などの遷移金属はタンパク質を結合して存在しますが、がん組織や炎症が起こっている部位ではこれらの遷移金属はイオンの形で存在するようになり、これら遷移金属イオンが触媒となって、大量のヒドロキシラジカルが産生されるようになるのです。
ヒドロキシルラジカルも一つの不対電子をもっており、その酸化力は活性酸素のなかで最も強力で、細胞を構成する全ての物質を手当たりしだいに酸化して障害を起こします。
また、誘導型一酸化窒素合成酵素(iNOS)によって炎症細胞から産生される一酸化窒素(NO)スーパーオキシド・ラジカル(O2-が反応すると、ペルオキシナイトライト(・ONOO2-という酸化力の強いフリーラジカルが発生します。ペルオキシナイトライトは炎症疾患における組織の酸化障害や発がん促進の原因となります。
水素ガス(分子状水素)はヒドロキシルラジカルとペルオキシナイトライトを消去することによって、炎症における組織の酸化傷害を阻止します。(下図)

図:酸素(O2)がエネルギーを産生する過程や酵素反応や炎症などで1電子還元されて スーパーオキシド(O2-)が発生する(①)。スーパーオキシドは体内の消去酵素(スーパーオキシド・ディスムターゼ)によって過酸化水素(H2O2)に変わり(②)、過酸化水素はカタラーゼやグルタチオン・ペルオキシダーゼという消去酵素によって水(H2O)と酸素(O2)に変換されて無毒化される(③)。スーパーオキシドや過酸化水素の一部は鉄イオンや銅イオンと反応して、ヒドロキシルラジカル(・OH)が発生する(④)。さらに、誘導型一酸化窒素合成酵素によって炎症細胞から産生される一酸化窒素(NO)とスーパーオキシドが反応すると、ペルオキシナイトライト(・ONOO2-)という酸化力の強いフリーラジカルが発生する(⑤)。水素ガスはヒドロキシルラジカルとペルオキシナイトライトを消去して、酸化障害を阻止する(⑥)。

体内で発生する活性酸素は、体の構成成分を酸化することによって、老化を促進し、動脈硬化性疾患やがんなど多くの疾患の原因となっています。また、慢性関節リュウマチや潰瘍性大腸炎などの自己免疫疾患や慢性炎症性疾患では、組織の炎症によって産生される活性酸素が疾患の進行や増悪を引き起こしています。
したがって、活性酸素の害を取り除くことは、老化関連疾患や慢性炎症性疾患の治療に有効です
しかし、活性酸素には体に必要な「善玉」もいて、全ての活性酸素を消去すると体の機能に悪影響を及ぼす可能性もあるというジレンマがありました。
その点水素は、活性酸素の中でも体の組織や細胞にダメージを与える「悪玉活性酸素(=ヒドロキシルラジカルやペルオキシナイトライト)」だけを消去し、善玉の活性酸素の働きを妨げないことが明らかになっています。
しかも極めて小さいので体内のどこにでも容易に浸透できます。例えば、水素ガス(H2)の分子量は2ですが、ビタミンCの分子量は176、ビタミンEは431、コエンザイムQ10は863という大きさで、水素ガスの数十倍から数百倍の大きさです。
水素ガス以外の抗酸化物質は分子量が大きいことや脂溶性や水溶性のどちらかの性質を持つため、体の中で働ける場所が限定されます。一方、水素ガスは小さいので、血管が閉塞していても組織に浸透して働き、血液脳関門も容易に通過できるので、脳内にも到達して抗酸化作用を発揮します。ミトコンドリアにも自由に到達できます。
このように、水素ガスは生体にとって「理想的な抗酸化物質」と言えます。

近年、水素分子(H2)の医療応用の研究が急速に進んでいます。虚血再還流障害や急性肺障害や神経変性疾患や潰瘍性大腸炎などの様々な動物疾患モデルでの実験や、2型糖尿病やメタボリック症候群など人間における臨床試験において、水素分子の有効性が示されています(下図)。

図:水素ガス治療は、日本人の3大死因の悪性腫瘍、心血管疾患、脳血管疾患を始め、患者数の多い糖尿病、メタボリック症候群、慢性呼吸器疾患、肺炎、アルツハイマー病などの認知症、パーキンソン病、腎炎・ネフローゼ、抗がん剤や放射線治療の副作用、自己免疫疾患などの慢性炎症性疾患、精神疾患(双極性障害や統合失調症など)など、数多くの疾患や病態の治療において有効性が報告されている。

水素ガス(分子状水素:molecular hydrogen)はヒドロキシルラジカルを選択的に消去したり抗酸化酵素を誘導する作用(抗酸化作用)、炎症性サイトカインの産生抑制や炎症性の転写因子の抑制などの抗炎症作用、細胞の増殖シグナル伝達系への作用、血管新生阻害作用などによってがん細胞の発生や進展を抑制する作用があります。
抗がん剤や放射線治療の副作用(腎臓障害や間質性肺炎など)を軽減する効果も報告されています。
さらに、水素ガスは様々な炎症性疾患(自己免疫疾患など)や神経変性疾患(アルツハイマー病やパーキンソン病など)、呼吸器疾患、循環器疾患、糖尿病、腎障害など多くの疾患に対して治療効果を示すことが報告されています。
例えば、水素ガスが、その抗酸化作用と抗炎症作用によって関節リュウマチの治療に有効である可能性が指摘されています。次のような論文があります。

Molecular Hydrogen: New Antioxidant and Anti-inflammatory Therapy for Rheumatoid Arthritis and Related Diseases.(分子状水素:関節リュウマチと関連疾患に対する抗酸化と抗炎症作用の新しい治療)Curr Pharm Des. 19: 6375–6381. 2013年

【要旨】
関節リュウマチは関節の進行性の破壊を引き起こす慢性炎症性疾患である。この疾患は動脈硬化のリスクが高く、心疾患の進行が死因になることも多い。関節リュウマチの治療の目標は全身性の炎症状態を軽減し、症状の寛解だけでなく、全身の健康状態を良くすることである。
炎症性サイトカインの働きをターゲットにした最近の生物学的免疫抑制治療は関節リュウマチの治療効果を高め、予後の改善に寄与しているが、これらの治療はその作用固有の副作用を有している。また、この病気の早期診断も困難である。
関節リュウマチの発症原因はまだ十分に解明されていないが、この病気の成り立ちに活性酸素種が重要な関与をしていることが指摘されている。
NF-κBとTNF-αのシグナル伝達系において、活性酸素種は重要な役割を果たしている。
活性酸素種には幾つかの種類があるが、このうち炎症性疾患の成立ちに重要なのがヒドロキシルラジカルであり分子状水素(H2)はこのヒドロキシルラジカルを選択的に消去する
このように、水素は患者の酸化ストレスを軽減するので、関節リュウマチの通常の治療に水素治療を併用することはメリットがあることが最近の研究で示されている。特に、病気の早期の段階では、水素は有効な治療効果を有している。
水素の投与が炎症や酸化ストレスを軽減し、関節リュウマチの治療に有用な効果を与える可能性を考察する。水素は関節リュウマチやこれに関連する動脈硬化の発生や進行を抑制し、関節リュウマチの治療法としての有用であることを考察した。

関節リュウマチは自分の免疫細胞が自己の成分を攻撃するという自己免疫機序で発生します。炎症性サイトカイン(TNF-α、IL-1、IL-6など)や活性酸素や炎症性ケミカルメディエーターなどの産生を増えて慢性炎症が起こります。そのため、これらの炎症過程を抑制することが治療に効果を発揮します。
関節の炎症部位では、好中球やマクロファージなどの炎症細胞から活性酸素が産生され、これらの活性酸素(特にヒドロキシルラジカル)が組織を破壊します。
分子状水素(水素ガス)は慢性炎症において組織破壊の主要な原因であるヒドロキシルラジカルを消去するので、関節リュウマチの症状の軽減に有効であると考えられています。
またヒドロキシルラジカルや炎症性サイトカインは動脈硬化を促進するので、関節リュウマチの患者は心血管疾患のリスクが高くなります。
日頃から水素を摂取しておくことは、関節リュウマチの症状の緩和だけでなく、動脈硬化の進行を抑制して死亡リスクを減らす効果もあるということです。
また、日頃からヒドロキシルラジカルの発生を抑制し、酸化ストレスを軽減しておけば、自己免疫疾患などの慢性炎症性疾患の発症を予防できる可能性もあります。
水素ガスはヒドロキシラジカルの消去だけでなく、細胞の遺伝子発現やシグナル伝達にも影響する作用が報告されており、病気の予防や治療における可能性が高いことが指摘されています。

【水素ガス吸入は低流量でも効果がある】
中国の「新型コロナウイルス肺炎の診断と治療プロトコル7版(Diagnosis and Treatment Protocol for Novel Coronavirus Pneumonia, 7th Edition)」では66.6%水素(H2) / 33.3%酸素(O2)の混合ガスの吸入を推奨しています。
中国で行われた臨床試験では66.6%水素(H2) / 33.3%酸素(O2)の混合ガスを3L/分の流量で行なっています。しかし、この論文の考察では、「水素ガスは、水の電気分解による市販の機器でも生成できる。これにより、自宅や病院での臨床応用が可能になる(特に、酸素供給が著しく不足している医療施設で)」と考察しています。
以下の論文は慶應大学医学部からの報告です。

Low-Flow Nasal Cannula Hydrogen Therapy(低流量鼻カニューレ水素療法)J Clin Med Res. 2020 Oct;12(10):674-680.

【要旨】
背景: 水素分子(H 2)は、ヘルスケア分野で広く使用されている生物学的に活性なガスである。近年では、水の電気分解で高純度の水素ガスを発生する機器が病院や診療所や美容院やフィットネスクラブなどで導入されている。
一般に、これらの発生器による水素ガスの産生は低流量なので、水素ガスを鼻腔カニューレを通して吸入した時、水素の血中濃度が十分に上昇するか懸念する意見もある。
本研究では、水素ガス発生器から鼻腔カニューレを通して水素ガスを吸入した場合の血中濃度を測定した。

方法: H 2ガス発生器によって生成された 100%H 2を、鼻カニューレを介して250 mL / minの低流量で、3頭の自発呼吸する超小型ブタに投与した。鼻腔カニューレからの水素ガスの漏れを少なくする目的で、酸素マスクを鼻腔カニューレの上に装着した。頸動脈にカテーテルを挿入して動脈血の水素濃度を測定した。

結果: H 2吸入の最初の1時間の間に、3匹の子ぶたの動脈血中の平均濃度と飽和度は1,560nL / mLおよび8.85%、1,190nL / mLおよび6.74%、1,740nL / mLおよび9.88%であった。これらの値は、水素ガス発生器から放出される水素ガスを100%吸入した場合に期待できる濃度に匹敵するものであった、

結論: 水素ガス発生器から放出される低流量の水素ガスでも、血液中の水素濃度を治療効果が得られるレベルに上昇できる。鼻カニューレと酸素マスクの組み合わせは水素ガスの漏れを少なくする有効で便利な方法である

例えば、当院でがん治療に使用している「自宅でできる水素ガス吸入器」では60分から90分で12リットルの水素ガスが発生します。1分あたり200mL程度に相当します。
実際にこの器具で発生する水素(12L)を60分から90分かけて吸入すると、呼吸が楽になったというコロナ感染患者さんからの結果を確認しています。
コロナを発症して1週間以上経過して咳や呼吸苦を自覚する場合には、水素ガス吸入を試してみる価値はあります。
水素ガスを吸入する美容サロンのような所もあります。しかし、水素ガスを吸入する美容サロンだと、コロナ感染者は入店を拒否される可能性はあります。したがって、自宅で実施するのが良いと思います。
水素ガス入浴用の水素発生材がインターネットで購入できます。これを水にいれて発生する水素ガスをネブライザーのようにして吸入するだけでも、効果は期待できます。
水素ガス吸入を試したコロナ患者さんの結果から、試してみる価値はあります。

分子状水素ガス(H2)を大量に発生できる発泡水素発生材(水素発生材)がアマゾンや楽天などで販売されています。
この水素発生材の素材は全て食品添加物(アルミニウム粉末や酸化カルシウムなど)で調合され、水に沈めるだけで始まる化学反応で、純度99.9%の分子状水素ガス(H2)を水素発生材1グラムあたり500ml~600mlと大量に発生させます。

1モルの水素(H2)は2グラムで、体積は22.4リットルになります(22.4リットルの中にアボガドロ数の約6x(10の23乗)個の水素分子が存在する)。したがって、25グラムの水素発生材から発生する12.5リットルの水素ガスは約1.1グラムの水素分子に相当します。現在販売されている水素水の水素分子の濃度は1ppm前後です。1ppmというのは、その水素水1リットルの中に1mgの水素分子が溶けていることを意味します。
1mg(ミリグラム)は1g(グラム)の1000分の1ですので、25gの水素発生材が発生する水素ガスの量は、市販されている水素水の約1000リットルに相当する量だと言えます。(発生した水素ガスを全て吸入できるわけではないので、あくまでも利用できる水素の量での比較です)。

大きな洗面器やバケツに水を入れて、水素発生材(15g〜25g程度)を入れると、60分間以上、水素が発生します。15gで約7リットル、25gで約12リットルの水素ガス(分子状水素)が発生します。
化学反応で熱が発生するので、水が少ないと沸騰します。大きな洗面器やバケツに水を入れて水素を発生させます。
この原理を使った水素吸入器も多くの種類が販売されています。

図:①布の中に水素発生材(アルミニウム粉末や酸化カルシウムなど)が入っている。②水素発生材を水に入れると、水素発生材1g当たり500〜600mlの水素ガスが発生する。③この原理を利用して発生させた水素を鼻腔カニューラを使って吸入する器具も販売されている。

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