778)イノシトール6リン酸(IP6)+イノシトールの抗がん作用

図:イノシトール(①)の6個のヒドロキシ(OH)基が全てリン酸化されたのがイノシトル-6-リン酸(Inositol Hexaphosphate)で、IP6と略記される(②)。イノシトールとIP6を適切に組み合わせると(③)、IP6は体内で2分子のIP3に変換される(④)。IP3はイノシトールに3個のリン酸基が付いた構造で、がん細胞の増殖を抑制する作用がある(⑤)。

778)イノシトール6リン酸(IP6)+イノシトールの抗がん作用

【イノシトールは生物に広く存在する】
イノシトール(Inositol)は6個の炭素からなるシクロヘキサン(C6H12)の各炭素上の水素原子がヒドロキシ(OH)基に置き換わった構造の物質です。
イノシトールには9種類の異性体(cis-, epi-, allo-, myo-, muco-, neo-, D-chiro-,L-chiro-, scyllo- )が存在しますが、ミオイノシトール(myo-inositol)のみが生物活性を有するため、通常はミオイノシトールをイノシトールと呼んでいます。ミオとは筋肉を指し、筋肉の中に多く含まれる成分であることに由来しています。

図:イノシトールは、各炭素がヒドロキシル化されている6炭素環構造を持つ飽和ポリオールで、それぞれの水酸基の出る向きが上と下の2通りあるため、イノシトールには全部で9種類の異性体がある。ミオイノシトール(myo-inositol)のみが生物活性を有するため、通常はミオイノシトールをイノシトールと呼んでいる。

イノシトールは、植物中ではイノシトールまたはフィチン酸(イノシトール 6リン酸)の形態で存在し、動物体内ではイノシトールまたはイノシトールリン酸の形態で存在しています。
イノシトールは食品添加物として使用が認められています。また、人間の初乳に多く含まれ、乳児に欠かすことのできない成長物質ともいわれており、粉ミルクにも添加されています。
ほとんどの多細胞真核細胞は、食物として外因的にイノシトールを摂取することができます。さらに、真核生物の大部分は、グルコース-6リン酸から体内でイノシトールを合成することができます。

イノシトールは 100 年ほど前に哺乳動物の筋肉組織の抽出物から発見されました。その後、マウスやラットによる実験をもとに、1940年代に成育や毛髪を正常に保つビタミンとして報告され、ビタミンB群の一種と考えられていました。その後の研究によって、体内でもグルコース(ブドウ糖)から合成されることがわかり、現在ではビタミン様物質として取り扱われています。
脂肪肝や動脈硬化の予防から神経細胞の働きを助ける作用まで幅広い働きを持っています。
イノシトールには脂肪肝を防ぐ効果があり「抗脂肪肝ビタミン」とも呼ばれ、脂肪の代謝を良くして、肝臓に余分な脂肪が蓄積しないようにコントロールする働きがあります。

【イノシトール-6-リン酸は米糠に多く含まれる】
イノシトールの6個のヒドロキシ(OH)基が全てリン酸化されたのが、イノシトール-6-リン酸です。イノシトール-6-リン酸は別名フィチン酸と呼ばれ、組成式は C6H18O24P6 で、IP6と略記されます。穀物の糠や種子など多くの植物組織に存在する主要なリンの貯蔵形態です。
穀物の糠には、イノシトール-6-リン酸(IP6)がマグネシウムやカルシウムと強く結合(キレート)して存在します。マグネシウムやカルシウムとキレートした状態(フィチン酸のカルシウム・マグネシウム混合塩)をフィチン(Phytin)と言い、水に不溶性です。米ぬかにはフィチンが10%以上含まれています。

図:イノシトール(Inositol)の6個のヒドロキシ(OH)基が全てリン酸化されたのがイノシトル-6-リン酸(Inositol Hexaphosphate)で、フィチン酸とも呼ばれ、IP6と略記される。IP6はカルシウムやマグネシウムと結合した「フィチン」という形態で、穀物の糠や種子に多量に含まれている。

【イノシトール-6-リン酸は金属イオンとキレートする】
キレート(chelate)という言葉は、ギリシャ語の「カニのはさみ(chela)」から派生した言葉で、分子の立体構造によって生じた隙間に金属を挟む姿から命名されました。
カニのはさみのように物質を挟み込むことを「キレート化する」と言います。このようなキレート化作用のある物質は様々な健康作用があり、病気の治療にも用いられています。

フィチン酸には、リンや陽イオンを貯蔵する機能があります。鉄は生体内で酸化的損傷を引き起こすことが知られています。鉄によって生成されたヒドロキシルラジカルは、細胞または脂質の酸化を誘発することによって酸化的損傷を引き起こします。
一方、フィチン酸は鉄をキレート(結合)して、ヒドロキシルラジカルの産生を阻害し、それによって細胞の酸化を防止します。この機能は、食品加工の分野でも利用され、食品加工中に発生する活性酸素による食品の酸化を防ぐ目的でフィチン酸が利用されています。

イノシトールを多く含む食材は、豆類、穀類、ナッツ類などの植物種子ですが、その大部分はフィチン酸の形で存在します。
米ぬかに多く含まれるフィチンから、マグネシウムやカルシウムなどの金属イオンを除去して精製したイノシトール-6-リン酸(IP6)がサプリメントとして使用されています。イノシトール-6-リン酸(IP6)は強いキレート作用をもち、金属イオンと強く結合します。
玄米を多く食べるとカルシウムや亜鉛や鉄などのミネラルの吸収が妨げられてミネラル不足になると言われているのは、米ぬかに多量に含まれるフィチン酸がこれらの金属(ミネラル)と結合(キレート)して吸収を妨げるためです。
また、サプリメントとして販売されているIP6が体内の有毒なミネラルの排泄促進に役立つ根拠も、その強いキレート作用によります。

図:イノシトール-6-リン酸(フィチン酸)にはカニのはさみのように物質を挟み込む作用があり、これをキレート作用という。イノシトール-6-リン酸のヒドロキシル基(OH基)部分のマイナス電荷とカルシウムイオン(Ca2+)やマグネシウムイオン(Mg2+)のプラス電荷が相互作用してキレート錯体を形成する。この作用はカルシウムやマグネシウムの小腸からの吸収を阻害する。一方、細胞内のカルシウムやマグネシウムの働きを阻害する作用もある。

【イノシトール-6-リン酸は様々な健康作用を持つ】
食物繊維の豊富な食事はがん予防効果があることが報告されていますが、その理由の一つは、食物繊維に含まれるIP6(フィチン酸)に抗がん活性があるからだと言われています。
IP6は抗酸化作用や免疫力増強(ナチュラルキラー細胞活性の増強)、金属に対する強いキレート作用によって、がん予防効果や美容や健康増進効果が示唆されています
IP6(イノシトール-6-リン酸)は神経機能を正常に保つ効果があります。
イノシトールは、ホスファチジルイノシトールというリン脂質の構成成分です。リン脂質は細胞膜に含まれている成分で、特に神経細胞の膜に多く存在しています。リン脂質は脳細胞に栄養を供給したり、神経の働きを正常に保つ働きを担っています。したがって、リン脂質の構成要素であるイノシトールは、神経の伝達や脳の活動を正常に保つ上で欠かすことのできない成分といえます。

【IP6はイノシトールと一緒に服用すると抗がん作用が増強される】
IP6はイノシトールとの同時に摂取したほうが効果が吸収されやすく、さらに抗がん作用が強くなるので、IP6とイノシトールを混ぜたサプリメントががんの予防や治療の目的のサプリメントとして販売されています。
米国のメリーランド大学医学部病理学のシャムスディン教授(AbulKalam M Shamsuddin)は、IP6とイノシトールを一緒に摂取するとその効果が高まること、とくにIP6とイノシトールが4:1で含まれる商品がもっとも抗がん活性が高いこと明らかにし、特許を取得しています。以下の論文はシャムスディン教授の総説論文の一つです。

Protection against cancer by dietary IP6 and inositol(食事からのIP6とイノシトールによるがんに対する保護)Nutr Cancer. 2006;55(2):109-25.

【要旨】
イノシトール6リン酸(IP6)は、天然に存在するポリリン酸化炭水化物であり、多くの植物や、穀物やマメ科植物などの高繊維食に豊富に含まれている。IP6は植物だけでなく、ほとんどすべての哺乳類細胞に含まれており、シグナル伝達、細胞増殖、分化などの重要な細胞機能の調節に重要な役割を担っている。
長い間、IP6は天然の抗酸化物質として認識されてきた。さらに最近は、IP6はがんの発生予防効果と実験的腫瘍の成長、進行、および転移の制御における効果が注目されている。
さらに、IP6は、免疫システムを強化し、病的な石灰化や腎臓結石の形成を防ぐ効果、血清コレステロールの低下、血小板凝集の抑制などの健康作用を有している。
この総説では、IP6の作用を支配する分子メカニズムについて解説する。

外来的に投与されたIP6は急速に細胞に取り込まれ、脱リン酸化されてリン酸基のより少ないイノシトールリン酸を生成する。これらのイノシトールリン酸はシグナル伝達経路に影響を及ぼし、細胞周期を停止させる。
IP6の顕著な抗がん作用は、さまざまな実験モデルで実証された。IP6は細胞増殖の抑制に加えて、悪性細胞の分化も誘導する。
免疫増強作用と抗酸化作用も抗がん作用のメカニズムとして関与している。
ヒトでの予備試験では、IP6とIP6の前駆体分子であるイノシトールの併用が、従来の化学療法の抗がん効果を増強し、がんの転移を抑制し、生活の質を向上することが示されている
IP6とイノシトールは、通常の食事に豊富に含まれ、消化管から効率的に吸収され、安全であるため、がんの予防と治療の目的で期待されている。
ヒトでの本格的な臨床試験の開始を正当化するのに十分な証拠があることは明らかである。

イノシトールはIP6の抗がん作用と免疫力増強作用を著明に高めます。イノシトールと適切に組み合わせると、IP6は体内で2分子のIP3に変換されることが報告されています。(下図)

図:イノシトール(①)の6個のヒドロキシ(OH)基が全てリン酸化されたのがイノシトル-6-リン酸(Inositol Hexaphosphate)で、IP6と略記される(②)。イノシトールとIP6を適切に組み合わせると、IP6は体内で2分子のIP3に変換される(③)。IP3はイノシトールに3個のリン酸基が付いた構造で、がん細胞の増殖を抑制する作用がある(④)。

イノシトールはIP6の骨格構造であり、リン原子が結合できる炭素原子を6個持っています。これらの6個の炭素原子が全てリン酸エステル化したものがIP6です。6個の炭素原子のうち3個のみがリン原子と結合したものがIP3と呼ばれます。IP6の抗腫瘍活性に関わっているのは実はこのIP3であると考えられています。つまり、IP6は体内でIP3に変換して抗がん作用を発揮するのです。

培養癌細胞を持いた研究で、IP3はがん細胞増殖のon/offを調節するスイッチの役目を果たしていることが明らかになっています。細胞内のIP3の濃度が低い時には、その細胞はコントロールを失って増殖します。これはがん細胞の特徴です。
がん細胞をIP3の豊富な培養液に入れると増殖を止めます。これは、IP3が細胞の増殖や細胞間コミュニケーションなどの重要な細胞機能を調節する中心的役割を果たしていることを意味しています。
シャムスディン博士は、体内でのIP3が効率的に生成されるために必要なIP6とイノシトールの比率を4:1で投与した場合がもっとも抗がん活性が高いことを示しています。
IP6とイノシトールの組み合わせは、抗酸化作用と免疫力増強作用の効果を持つことが報告されています。特に、がん細胞に対する免疫力の中心であるナチュラルキラー細胞を活性化する作用があります。ナチュラルキラー(NK)細胞というのは白血球の一種であり、がん細胞やウイルスや多くの感染微生物などを殺す役目を果たすので、このような名前がつけられています。ナチュラルキラー細胞はがんや感染症から体を守る重要な役割を果たしている細胞です。

【IP6をサプリメントで摂取するメリット】
IP6は穀物やマメ類に豊富に含まれていますが、IP6をサプリメントとして摂取することは幾つかの利点があります。
まず第一に、穀物やマメ類に含まれるイノシトール6リン酸(フィチン酸)は、タンパク質やミネラル(カルシウム、マグネシウム、カリウムなど)と結合して複合体を形成しています。
これをフィチンと言います。フィチンは水に不溶性で消化管からの吸収が極めて悪いのが特徴です。したがって、食物繊維の形で摂取してもイノシトール6リン酸(IP6)は体の中にほとんど吸収されません。精製したIP6は、食物繊維中のIP6より極めて吸収が良いことが多くの研究で明らかになっています。

さらに、IP6はがん細胞にいち早く取り込まれることが知られています。これはIP6が抗がん作用を発揮する理由でもあります。動物の発がん実験では、食物繊維を多く与えるとがんの発生が低下することが報告されています。その食物繊維に含まれるのと同じ量のIP6を与えると、さらにがんの発生を抑制する効果が高まりました。
前述のように食物繊維に含まれるIP6は生体に利用されにくいので、純粋な形でIP6を摂取する方が抗がん活性が高いのです。食物繊維の豊富な食事を取ることは大切ですが、それに加えてIP6をサプリメントとして摂取することは抗がん力を高める上で意義があります。

サプリメントではIP-6とイノシトールを4:1で組み合わせています。このコンビネーションはメリーランド大学のシャムスディン(Shamsuddin)博士によって発見されました。イノシトールはビタミンB群の一種であり、IP-6の抗がん作用と免疫力増強作用を著明に高めます。IP6とイノシトールと適切に組み合わせると、IP-6は体内で2分子のIP-3に変換されることをシャムスディン博士は発見したのです。
イノシトールはIP6の骨格構造であり、リン原子が結合できる炭素原子を6個持っています。これらの6個の炭素原子が全てリン酸エステル化したものがIP6です。6個の炭素原子のうち3個のみがリン原子と結合したものがIP3と呼ばれます。
IP6の抗腫瘍活性に関わっているのは実はこのIP3であるという点が重要です。
シャムスディン博士は、体内でのIP-3が効率的に生成されるために必要なIP-6とイノシトールの比率を発見したのです。IP-6とイノシトールが4:1で投与した場合がもっとも抗がん活性が高いことが知られています

【IP6+イノシトールの抗がん作用に関する研究】
IP6(フィチン酸)を大量に含む穀物や野菜の摂取量が多い人は、IP6ががん抑制遺伝子(p53やWAF-1/p21など)の発現を活性化するため、結腸直腸がんの発生率が低くなります。IP6はがん細胞の増殖を減少させ、細胞分化を増加させることにより、抗がん作用を発揮します。
さらに、IP3やIP4(それぞれ3つと4つのリン酸基を含む)などの低級イノシトールリン酸は、細胞間応答の調節に重要な生物学的役割を果たし、体内のシグナル伝達システムに作用することが知られています。
IP6の抗がん作用に関する研究は多数報告されています。例えば、以下のような報告があります。

Inositol hexaphosphate inhibits cell transformation and activator protein 1 activation by targeting phosphatidylinositol-3' kinase.(イノシトール6リン酸はフォスファチジルイノシトール-3'キナーゼに作用して細胞のがん化と転写因子AP-1の活性化を阻害する)Cancer Res 57(14):2873-2878,1997

【要旨の抜粋】
イノシトール6リン酸(IP6)は植物に最も多く存在するイノシトールリン酸である。哺乳動物の細胞内には10~100マイクロモル(μM)のIP6が存在する。IP-6ががんの予防や治療に有効な物質であることが知られている。
細胞のがん化を促進するプロモーター(フォルボールエステルなど)を細胞に作用させると、activator protein 1 (AP-1)という細胞内の転写因子(遺伝子の発現を制御するタンパク質)が活性化される。
この研究では、上皮細胞成長因子(Epidermal Growth Factor, EGF)で誘導されるフォスファチジルイノシトール-3'(PI-3)キナーゼの活性化をIP6が用量依存的に阻害することを明らかにした。IP-6によるPI-3キナーゼの阻害は、EGFやフォルボールエステルによる細胞のがん化や、細胞外シグナル調節キナーゼ (Extracellular signal-regulated kinases) やAP-1の活性化を阻止する。
以上の結果は、IP-6がPI-3キナーゼを阻害することによって抗腫瘍効果やがん予防効果を発揮しているエビデンスを提供している。PI-3キナーゼ(PI3K)ががん化学予防剤の開発のターゲット分子となる。

1997年頃はフォルボールエステルなどの発がんプロモーターを用いてAP-1を活性化し、このAP-1活性化を抑制するような薬を見つける実験ががん予防の研究領域では多く行われていました。
以下の論文はWnt/βカテニン・シグナル伝達経路に対する作用を検討しています。がん研究でWnt/βカテニン・シグナル伝達経路が研究ターゲットになったのは2000年代以降です。

Preventive Inositol Hexaphosphate Extracted from Rice Bran Inhibits Colorectal Cancer through Involvement of Wnt/β-Catenin and COX-2 Pathways(米ぬかから抽出されたイノシトール6リン酸は、Wnt / β-カテニンおよびCOX-2経路の関与を通じて結腸直腸がんを阻害する)Biomed Res Int. 2013; 2013: 681027.

【要旨の抜粋】
ラットにアゾキシメタンを投与して結腸直腸がんを誘発する実験モデルでイノシトール6リン酸(IP6)のがん予防効果を検討した。オスのSprague Dawleyラットをそれぞれ6匹づつの5つのグループに分けた。ラットはアゾキシメタン(15mg/Kg体重)を2週間の間を置いて2回の腹腔内注射を受けた。
IP 6は、0.2%(w / v)、0.5%(w / v)、1.0%(w / v)の3つの濃度で、飲料水を介して16週間投与された。
結腸直腸がんの発症には、Wnt / β-カテニン・シグナル伝達経路の異常と、シクロオキシゲナーゼ(COX)-2の発現亢進が関係している。β-カテニンとCOX-2の発現は、定量的RT-PCRとウエスタンブロッティングを使用して分析した。
IP 6の投与は、コントロールと比較して、腫瘍の発生率を著しく抑制した。興味深いことに、IP 6の投与により、結腸腫瘍のβ-カテニンとCOX-2も著しく減少した
したがって、IP6はβ-カテニンとCOX-2の発現を抑制し、腫瘍の発生を抑制する効果を発揮し、有効な抗がん剤として使用できる。

以下のような報告もあります。

Combination of Inositol Hexaphosphate and Inositol Inhibits Liver Metastasis of Colorectal Cancer in Mice Through the Wnt/β-Catenin Pathway.(イノシトール6リン酸とイノシトールの組み合わせは、Wnt /β-カテニン経路を介してマウスの結腸直腸がんの肝転移を阻害する)Onco Targets Ther. 2020; 13: 3223–3235.

イノシトール6リン酸(Inositol hexaphosphate:IP6)とイノシトール(Inositol)は、それぞれがin vitroとin vivoの両方で抗腫瘍効果を示し、IP6とイノシトールの組み合わせは、IP6またはイノシトール単独よりも効果が高いことが多くの実験で明らかになっています。
この研究では、マウスの結腸直腸がん同所性移植モデルを用いて、結腸直腸がんの腫瘍進行および肝転移に対するIP6、イノシトールのそれぞれ単独投与、およびIP6 + イノシトールの併用投与の阻害効果を検討しています。
担がんマウスは、IP6あるいはイノシトールのそれぞれ単独、およびIP6 とイノシトールの併用で治療され、インビボ生物発光イメージングによって腫瘍の大きさを測定しました。6週間の治療後にすべてのマウスをし、がんの発生と転移をグループ間で比較し、Wnt /β-カテニンに関連する遺伝子の発現を分析しています。
その結果、非治療群に比べて、IP6、イノシトール、およびIP6 + イノシトールによる治療はいずれも肝転移を抑制し、生存期間を延長し、腫瘍重量を減少しました。
腫瘍増殖と転移抑制の効果は、IP6単独およびイノシトール単独投与群に比較して、IP6 + イノシトール併用投与群において顕著でした。
遺伝子発現の解析では、IP6 + イノシトール治療群で、結腸直腸がん細胞で発現が亢進しているWnt /β-カテニンに関連する遺伝子(β-カテニン、Wnt10b、Tcf7、c-Myc)の発現の低下が認められました。
以上の実験結果から、IP6 + イノシトールの併用はそれぞれの単独投与よりも結腸直腸がんの肝転移の抑制に効果が高く、その作用機序として結腸直腸がん細胞に発現が亢進しているWnt /β-カテニンシグナル伝達経路の抑制を指摘しています。

この論文では、マウスの結腸直腸がん同所性移植モデルを用いた実験で、がんの増殖抑制効果はIP6、イノシトールのそれぞれ単独投与よりIP6 + イノシトールの併用投与が大きいことを報告しています。
この抗腫瘍効果において、IP6がWnt /β-カテニンシグナル伝達経路を直接抑制するのか、他のメカニズムでがん細胞の増殖が阻止された結果としてWnt /β-カテニンシグナル伝達経路も間接的に抑制されたのかは不明です。
がん研究が進歩して新しいシグナル伝達系が発見さえると、その新規のメカニズムに対する薬の効果が研究されます。いろんな実験系でIP6の抗腫瘍効果が明らかになっています。

【ホスファチジルイノシトール・シグナル伝達系】
細胞は脂質二重層から成る細胞膜によって細胞外と細胞内が分けられています。
脂質二重層は2枚の両親媒性リン脂質で構成されています。両親媒性というのは、一部が疎水性、一部が親水性の分子を表します。
リン脂質には、親水性の 頭部と疎水性の尾部が含まれています。尾部の領域は疎水性で、水によってはじかれ、互いにわずかに引き付けられて、一緒に集まります。これにより、親水性の頭部の領域が外側に露出します。この脂質二重層は全ての細胞膜の基本構造です。(下図)

図:リン脂質は親水性のリン酸部分の頭部に、疎水性の脂肪酸が2本の尾部がついた構造をしており、これが2重の層を形成して細胞膜が構成されている。水溶性の物質は脂肪の膜を通過できないので、細胞膜を貫通するようにタンパク質が存在し、物質を通す通路や外界の刺激を細胞内に伝える受容体として働いている。

IP3やIP4はジアシルグリセロールと結合したホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸ホスファチジルイノシトール3,4,5-三リン酸の形で細胞の膜に存在しています。

図:細胞膜はリン脂質の2重層で構成される。ホスファチジルイノシトールは負に帯電したリン脂質であり、リン脂質の微量成分を構成する。ホスファチジルイノシトールは、脂質二重層の細胞質側の脂質層に存在する。ホスファチジルイノシトールは、膜脂質二重層に埋め込まれた脂肪アシル鎖で構成され、グリセロール骨格を介して細胞質に面するミオイノシトール環に結合している。

ホスファチジルイノシトール(Phosphatidylinositol) は、イノシトール環と、グリセロール骨格を介して結合した2つの脂肪酸鎖からなる小さな脂質分子であり、細胞膜の細胞質面にアンカーされた構造を有します。
ホスファチジルイノシトールは、多数の脂質キナーゼによってイノシトール環の3、4および/または5ヒドロキシ基がリン酸化されます。これにより、多様性に富むPhosphatidylinositol monophosphate (PI3P、PI4P、PI5P)、diphosphate [PI(3,4)P2、PI(3,5)P、PI(4,5)P2]、triphosphate [PI(3,4,5)P3​]が産生され、これらを一まとめにしてホスフォイノシチド(Phosphoinositide)と呼ばれます。

図:ホスファチジルイノシトール(Phosphatidylinositol) は、イノシトール環と、グリセロール骨格を介して結合した2つの脂肪酸鎖から構成される。ホスファチジルイノシトールは、多数の脂質キナーゼによってイノシトール環の3、4および/または5ヒドロキシ基がリン酸化され、多様性に富むホスフォイノシチド(Phosphoinositide)が生成される。

生存、増殖、分化、DNA損傷応答および遺伝子転写を含む複数の細胞機能は、脂質セカンドメッセンジャーのホスファチジルイノシトールを調節するキナーゼ、ホスファターゼ、およびリパーゼのネットワークによって制御されています。
ホスファチジルイノシトールは、ホスホジエステル結合を介してグリセロールに結合した親水性のイノシトール部分と、疎水性の脂肪酸から構成されます。脂肪酸の部分は主にステアリン酸とアラキドン酸が結合しています。
ホスホリパーゼCによるホスホジエステル結合の加水分解とともに、リン酸基の付加または除去によるイノシトール環の修飾は、多くの細胞においてセカンドメッセンジャーとして働きを担っています。

【IP3はセカンドメッセンジャーとして細胞機能の制御に関わる】
真核細胞は、myo-イノシトール骨格を利用して、多様なシグナル伝達分子を生成しています。これは、6炭素のイノシトール環の周りにリン酸基を配置することによって生成されています。
イノシトールリン酸は、20世紀初頭に、主要なリン酸貯蔵庫を構成する植物の豊富な成分としてイノシトールヘキサキスリン酸(IP6、フィチン酸としても知られる)が同定されて以来、生物学的に重要な分子として認識されてきました。
これらの物質への関心は、1980年代半ばにIP3(イノシトール1,4,5-三リン酸)が細胞内貯蔵からカルシウムを放出するセカンドメッセンジャーとして発見されたことで高まりました。

これまでに最もよく研究されてきたPhosphoinositideはPI(3,4,5)P3であり、PI3K(ホスファチジルイノシトール3-キナーゼ)によってPI(4,5)P2から合成され、PTENにより脱リン酸化されます。
ホスファチジルイノシトール3-キナーゼ(PI3K)は、細胞膜の構成要素でホスホイノシチドの代謝前駆体であるホスファチジルイノシトールの3'-水酸基をリン酸化するシグナル伝達タンパク質で、広範な細胞活性を調節することによって細胞生存および細胞死を制御する生物活性脂質分子です
PI3KおよびPTENは両方とも、受容体チロシンキナーゼに誘導されるAktシグナル伝達の中心的なメディエーターであり、これらの変異は多くのがん細部で高頻度に認められます。

ホスファチジルイノシトール3-キナーゼ(PI3K)は,細胞膜の構成成分であるイノシトールリン脂質をリン酸化する酵素です。ホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸(PIP2)の3位のOHをリン酸化してホスファチジルイノシトール3,4,5-三リン酸(PIP3)を生成する酵素です。PIP3がAktをリン酸化して活性化します
PTEN(Phosphatase and Tensin Homolog Deleted from Chromosome 10)はイノシトールリン脂質であるホスファチジルイノシトール-3,4,5-三リン酸(PIP3)の脱リン酸化反応を触媒する酵素です。PIP3をPIP2に変化することによってAktの活性化を阻止します。

図:インスリン、インスリン様成長因子-1(IGF-1)、成長ホルモンなどの増殖刺激が細胞に作用すると(①)、それらの受容体を介してPI3キナーゼ(PI3K)というリン酸化酵素が活性化される(②)。PI3Kは細胞膜の構成成分であるイノシトールリン脂質をリン酸化する酵素で,ホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸(PIP2)の3位のOHをリン酸化してホスファチジルイノシトール3,4,5-三リン酸(PIP3)を生成する(③)。生成したPI3,4,5-三リン酸(PIP3)がAktをリン酸化して活性化する(④)。PTENは脱リン酸化する酵素でPIP3をPIP2に変化することによってAktの活性化を阻止する(⑤)。活性化したAktは、細胞内のシグナル伝達に関与する様々なタンパク質の活性を調節することによって細胞の増殖や生存(あるいは死)の調節を行う。がん細胞においてはAktの活性化はがん細胞の増殖・転移を亢進し、アポトーシスに抵抗性にする(⑥)。

PI3キナーゼ/AKT経路は,細胞外からのシグナルを細胞内に伝える主要な経路の一つで、増殖因子やインテグリンを介した細胞接着など、様々な刺激により活性化され、細胞の生存促進,細胞増殖・大きさの制御、細胞運動、代謝の制御など多くの細胞機能に関与しています。
ホスファチジルイノシトール3-キナーゼ(PI3K)は,細胞膜の構成成分であるイノシトールリン脂質をリン酸化する酵素で,ホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸(PIP2)の3位のOHをリン酸化してホスファチジルイノシトール3,4,5-三リン酸(PIP3)を生成します生成したPI3,4,5-三リン酸(PIP3)がAktをリン酸化します。

Aktは多くのがん組織で活性化しておりAKTシグナル伝達系は、細胞増殖や生存、細胞サイズや栄養素利用への応答性、グルコース代謝、組織浸潤および血管新生など多くの細胞プロセスを制御しています。
がん細胞の生存と増殖はAKTシグナル伝達系の活性に依存度が高いので、AKTシグナル伝達系の阻害はがん細胞の増殖抑制やアポトーシス誘導を引き起こします。
PTENは脱リン酸化する酵素でPIP3をPIP2に変化することによってAktの活性化を阻止します。多くのがん細胞でPTENの変異が起こっています。

【IP6とイノシトールの組み合わせで、進行がんが消滅?】
IP6とイノシトールの組み合わせはがん治療に効果的であることが知られており、頻繁に報告されています。
前述のように、シャムスデン博士は、IP6とイノシトールを適切な比率で組み合わせると、必須の細胞調節因子であるイノシトール1,4,5-三リン酸シグナル伝達分子が生成されることを示しました。彼らは、IP6とイノシトールの組み合わせは、単独の各成分よりも抗がん作用が強いと結論づけています。以下のような症例報告があります。

Inositol hexaphosphate plus inositol induced complete remission in stage IV melanoma: a case report.( イノシトールヘキサホスフェートとイノシトールはステージIV黒色腫で完全寛解を誘発した:症例報告) Melanoma Res. 2019 Jun;29(3):322-324.

【要旨】
フィチン酸とも呼ばれるイノシトール六リン酸(IP6)は、穀物やナッツや高食物繊維含有食品に含まれるポリリン酸化炭水化物である。大腸がん、膵臓がん、肝臓がん、前立腺がん、黒色腫など多数の悪性腫瘍のin vitroおよびin vivoの両方の実験系で腫瘍細胞の増殖を阻害することが示されている。イノシトールはIP6の前駆体であり、これも抗がん作用を示す天然化合物である。
標準治療を拒否し、代わりに市販のサプリメントIP6 +イノシトールを試すことを選択した転移性黒色腫の患者の症例報告を提示する。驚いたことに、患者は完全寛解を達成し、3年後も寛解を続けている。
この症例と以前の前臨床試験に基づいて、転移性黒色腫患者におけるIP6 +イノシトールの抗がん作用および免疫刺激効果の調査には、さらなる研究が必要である。 

IP6がmTOR経路を阻害する作用が報告されています。

Inositol-6 phosphate inhibits the mTOR pathway and induces autophagy-mediated death in HT-29 colon cancer cells.(イノシトール-6リン酸はmTOR経路を阻害し、HT-29結腸癌細胞でオートファジーを介した死を誘導する)Arch Med Sci. 2018 Oct;14(6):1281-1288.

【要旨の抜粋】
初めに:イノシトール-6リン酸(IP6)は米ぬかが豊富で、多くの有益な効果が認められている。本研究では、HT-29結腸癌細胞のmTOR経路を調節することによるオートファジー媒介死に対するIP6の効果を検討した。

材料と方法:オートファジーは、アクリジンオレンジ染色、透過型電子顕微鏡、およびウエスタンブロッティングによって評価され、LC3-IIとベクリン1が解析された。Akt/ mTORシグナル伝達タンパク質の発現もウエスタンブロッティングによって分析された。アポトーシスは、アネキシンV染色によって分析された。

結果:HT-29培養細胞にIP6を添加して培養すると、3時間でリン酸化Aktの発現低下が認められた。mTOR経路はオートファジーを調節し、HT-29細胞へのIP6添加での培養は、時間依存的にmTOR経路を阻害した。
イノシトール-6リン酸(10μg/ ml、24および48時間)がオートファジーを誘導することは、アクリ人染色および透過型電子顕微鏡で確認された。また、IP6とのインキュベーション後、時間依存的にLC3-IIとBeclin1の発現が増加した。さらに、IP6がアポトーシスを誘導することがアネキシンV染色によって明らかにされた。

結論:私たちの結果は、IP6がAkt / mTOR経路を阻害することによってオートファジーを誘発することを明確に示している

【IP6とイノシトールのサプリメントの使い方】
イノシトールは、体内でグルコース(ブドウ糖)からも合成されますが、合成量には限界があり、それだけでは十分な量とはいえないため、毎日の食事やサプリメントで摂取する必要があります。
脂肪肝、肝硬変、高コレステロール血症、動脈硬化症などに対して効果を得るために1日に必要な摂取目安量は500~2000mgとされています。

Absorption and excretion of orally administered inositol hexaphosphate in humans.(ヒトにおける経口投与されたイノシトール6リン酸の吸収と排泄)Biofactors 15(1):53-61,2001

【要旨の抜粋】
7人の健康人のボランテアが、IP6の少ない食事とIP6が通常に含まれる食事を食べて、血中のIP6濃度を測定。IP6の少ない食事の場合のIP6の血中濃度は0.07±0.01mg/lで、IP-6が通常に含まれる食事を食べたときの血中のIP6濃度は0.26±0.03 mg/lであった。
IP6の少ない食事をとっている時に、IP6をサプリメントで摂取した場合、血中濃度は4時間後にピークに達した。IP6の少ない食事をしばらく続けた後に、IP6が通常に含まれる食事を再開した場合、16日間のうちにIP6の血中濃度が正常レベルに戻った。
IP-6の血中レベルを正常に戻すのに、食事中からIP6を摂取すると長期間かかるが、サプリメントとしてIP6を摂取すると短期間ですむ

IP6とイノシトールの組み合せは、乳がん、肺がん、大腸がん、前立腺がん、皮膚がん、肝臓がん、脳腫瘍、悪性リンパ腫、白血病、横紋筋肉腫など、ほとんど全ての癌および肉腫に効果があることが、動物実験などで明らかになっています。

安全性については、動物実験や人間による臨床試験が多く行われています。その結果、IP-6は極めて安全で、大量に摂取した場合でも副作用は報告されていません。

IP-6とイノシトールの摂取量に関しては、がん予防の目的には、1日にIP-6を800-1,200 mg とイノシトールを200-300 mgの摂取が必要です
がんがある場合や、発がんのリスクが極めて高い場合には、4800~7200 mg のIP-6と1200~ 1800 mg のイノシトールを1日の摂取量として推奨されています。
これらは空腹時に摂取する方が効果的です。食後だと、食事中のミネラルなどとキレートして、ミネラルとIP6の吸収率を低下させるためです。

IP-6とイノシトールは抗がん剤や放射線治療など通常のがん治療と一緒に行っても問題は起こりません。むしろ、IP-6とイノシトールはこれらの通常医療の効果を増強する働きがあります。

私自身、20年前にがんの補完・代替医療を専門とするクリニックを開設したとき、サプリメントで最初に採用したのがIP6+イノシトールのサプリメントでした。2000年頃、IP6の抗がん作用に関する論文が多く発表されていました。それなりの有効性を経験しているので、今もがん治療に使用しています。
進行がんの治療にI P6+イノシトールを1日5gから10g程度摂取してみる価値はあります。安価なサプリメントとしてインターネットで入手できます。

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