884)トコトリエノールはHMG-CoA還元酵素の分解を促進し、シンバスタチンの抗腫瘍活性を増強する

図:ビタミンEはトコフェロールとトコトリエノールの2種類があり、クロマン(Chromane)という分子式C9H10Oの環式化合物に炭素数16個の側鎖が付くという構造を持つ。クロマンにつくメチル基(CH3)の位置によってアルファ (α)、 ベータ (β)、ガンマ (γ)、 デルタ (δ)に分けられる。トコフェロールは二重結合の無い飽和した側鎖で、トコトリエノールは3個の二重結合をもつ側鎖で、この構造はイソプレノイドになっている。トコフェロールにはHMG-CoA還元酵素の分解促進作用や抗がん作用やシンバスタチンとの相乗効果は無い。一方、トコトリエノールにはHMG-CoA還元酵素の分解促進作用や抗がん作用やシンバスタチンとの相乗効果がある。

884)トコトリエノールはHMG-CoA還元酵素の分解を促進し、シンバスタチンの抗腫瘍活性を増強する

【HMG-CoA還元酵素はフィードバック調節で制御されている】
コレステロールは、動物細胞にとっては生体膜の構成物質の一つであり、細胞膜の流動性や機能の調節に重要な働きを行っています。さらにシグナル伝達など様々な生命現象に関わる重要な化合物で、生体内に広く分布します。
コレステロールは食物にも含まれていますが、体内のコレステロールのうち、食事由来は3割程度で、7割くらいは糖質や脂肪酸を材料にして体内(肝臓や皮膚、腸粘膜、副腎、卵巣、精巣など)で合成されています。

メバロン酸経路の律速酵素は3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリルCoAレダクターゼ(3-hydroxy-3-methylglutaryl-CoA reductase ;HMG-CoA還元酵素)です。
一連の化学反応系において、全体の反応速度を決定する反応を律速段階と言い、その反応に関わる酵素を律速酵素と言います。律速(りっそく)というのは「速さ」を「律する(制御する)」という意味で、「全体の反応速度を決める」という意味の用語です。
例えば、ボトル(瓶)に水を入れて、逆さまにして水を出すとき、水が出る速さを決めるのは、ボトルの首(ネック)の部分の大きさになります。化学反応においてボトルネックと同じ役割を担うのが律速酵素です。

HMG-CoA還元酵素を阻害すると肝臓でのコレステロール生合成を抑制することができるため、多くのHMG-CoA還元酵素阻害剤が開発され高脂血症治療薬として臨床で使われています。
このようなHMG-CoA還元酵素の働きを阻害することによって血液中のコレステロ-ル値を低下させる薬(HMG-CoA還元酵素阻害剤)の総称をスタチン(Statin)といいます。


最初のスタチンであるメバスタチンは1973年に青カビの一種から発見され、それ以降、様々な種類のスタチンが開発され、高コレステロール血症の治療薬として世界各国で使用されています。近年の大規模臨床試験により、スタチンは高脂血症患者での心筋梗塞や脳血管障害の発症リスクを低下させる効果があることが明らかにされています。

図:スタチンは肝臓においてヒドロキシメチルグルタリル-CoA(HMG-CoA)からメバロン酸に変換するHMG-CoA還元酵素を阻害することによってコレステロール合成を抑制する。

コレステロール合成やメバロン酸経路の阻害の目的であれば、スタチンの使用だけで目的を達成できるようにも思います。
しかし、これには問題もあります。スタチンでHMG-CoA還元酵素の活性を阻害すると、細胞はHMG-CoA還元酵素の発現を増やしたり、分解を阻止して、HMG-CoA還元酵素の量を増やすメカニズムが作動するからです。
多くの酵素反応はフィードバック機序で制御されており、HMG-CoA還元酵素の活性が阻害されると、その産生産物(コレステロールなど)の低下を感知して、細胞はHMG-CoA還元酵素の量を増やすのです。

代謝系のある段階の反応が、その系の下流の産物によって阻害されることをネガティブフィードバック調節と言います。代謝経路でその後に続く産物が高濃度に存在すると、その代謝系での反応がそれ以上必要ないので、酵素活性を阻害して反応を止める制御です。
一方、ある経路の産物が過剰に存在すると、それが他の経路の反応をスピードアップして、過剰に存在する物質を他の経路での代謝に振り替える調節をポジティブフィードバック調節と言います。

図:ある産物が過剰に蓄積した場合に、その産物によって上流の酵素反応が阻害されることによってその産物の合成が止められる(ネガティブフィードバック)。場合によっては、同じ材料(図のC)を使う他の反応系を促進することによって合成が調節される(ポジティブフィードバック)。

このようなフィードバック調節は生成物による酵素のアロステリック制御により行われます。アロステリック制御というのは、酵素にある物質が結合すると構造変化が起こって機能が変化する現象です。「アロステリック」とは 「別の形」 を意味する用語です。
酵素の構造の変化によって、活性が阻害される場合(アロステリック阻害)と促進される場合(アロステリック促進)があります。(下図)

図:酵素のアロステリック部位に制御物質が結合して酵素活性が促進する場合を「アロステリック促進」と言う。一方、酵素のアロステリック部位に制御物質が結合して酵素活性が阻害される場合を「アロステリック阻害」という。

コレステロールは多くの生物学的過程で必須な働きを担っているので細胞内のコレステロール量が不足すると細胞機能に支障をきたします。しかし、コレステロールが過剰に合成されると細胞に毒性を示します。従って、細胞内のコレステロールのレベルを感知してコレステロール合成を調節する仕組みが必要なのです。

【ビタミンEには8種類の異性体がある】
ビタミンE(vitamin E)は脂溶性ビタミンの1種で、1922年に米国のハーバート・エバンス(Herbert M. Evans)とキャサリン・ビショップ(Katharine S. Bishop)によって発見されました。
ハーバート・エバンスはカリフォルニア大学バークレー校(University of California, Berkeley)の教授で、栄養学、内分泌学、発生学、組織学などが専門で、下垂体から成長ホルモンを抽出・分離したことでも知られます。(The isolation of pituitary growth hormone, Science 99 : 183, 1944.)

ラットを使った実験で、ラットの不妊の原因となる食事性因子として1922年にキャサリン・ビショップとともにビタミンEを発見しています。つまり、ビタミンEが不足すると不妊になることが判明し、人間の生殖においてビタミンEが必要であることを発見しています。

ビタミンEの別名はトコフェロール(Tocopherol)と言いますが、ギリシャ語でTocos=child birth(出産)、pheros= to bear(支える)、ol=alcohol(アルコール)を組み合わせた用語です。つまり、トコフェロールは「胎児の出産に必要なアルコール様物質」という意味です。

ビタミンEの中ではα-トコフェロールが最も多く、ビタミンEの研究はα-トコフェロールが主な対象になっていました。しかし、ビタミンEは8種類の異性体から構成されています。
すなわちアルファ (α)、 ベータ(β)、ガンマ (γ)、 デルタ (δ)-tocopherols (トコフェロール)と α、 β、γ、δ-tocotrienols (トコトリエノール:T3)の8種類で、これらは全てビタミンE(vitamin E)になります。

ビタミンEはクロマン(Chromane)またはベンゾジヒドロピラン(benzodihydropyran)という分子式C9H10Oの環式化合物に炭素数16個の側鎖が付くという構造です。
クロマンにつくメチル基(CH3)の位置によってアルファ (α)、 ベータ (β)、ガンマ (γ)、 デルタ (δ)に分けられます。
クロマン構造にそれぞれ炭素数16個からなる側鎖が付いています。トコフェロールは二重結合の無い飽和した側鎖です。フィチル(Phytyl)基という脂肪族側鎖です。
 一方、トコトリエノールは3個の二重結合をもつ側鎖で、この構造はファルネシル(Farnesyl)基というイソプレノイドになっています。(下図)

図:ビタミンEはトコフェロールとトコトリエノールの2種類があり、クロマン(Chromane)というの分子式C9H10Oの環式化合物に炭素数16個の側鎖が付くという構造を持つ。クロマンにつくメチル基(CH3)の位置によってアルファ(α)、 ベータ (β)、ガンマ (γ)、 デルタ (δ)に分けられる。トコフェロールは二重結合の無い飽和した側鎖で、トコトリエノールは3個の二重結合をもつ側鎖で、この構造はイソプレノイドになっている。

イソプレノイド(isoprenoid)というのは、C5単位の「イソプレン」が複数個結合してできた天然有機化合物群です。「イソプレン」と呼ばれる構造は炭素5個と水素8個(C5H8)でできています。このイソプレン構造が鎖状や環状に結合して、低分子の精油成分(炭素10個のモノテルペン類、炭素15個のセスキテルペン類など)や、高分子のコレステロールやカロテノイドやユビキノンなどが作られます。
基本単位のイソプレンは、メバロン酸経路のイソペンテニル・ピロリン酸(イソペンテニル・二リン酸)が生合成前駆体です(下図)。つまり、植物に含まれるテルペノイドやステロイドはほとんどメバロン酸経路由来です

図:植物や動物で合成されるイソプレノイドはメバロン酸経路で合成されるイソペンテニル・ピロリン酸由来のイソプレン構造が集まって合成される。

イソプレノイドはメバロン酸経路で作られ、このようなイソプレノイドの中に、3-ヒドロキシ-3−メチルグルタリル補酵素A(HMG-CoA)還元酵素の合成を阻害したり、分解を促進して、メバロン酸経路を抑制する化合物が知られています。メバロン酸経路の阻害剤はコレステロール低下作用や抗がん作用があります。

ビタミンEの中でも、トコトリエノールは総コレステロール値とLDL コレステロール値を低下させることが示されています。
この作用はトコフェロールにはありません。
トコトリエノールがコレステロール値を低下させるメカニズムとして、トコトリエノールのイソプレノイド部分(ファルネシル基)が、コレステロール合成に必要なHMG-CoA還元酵素の量を減らす作用が明らかになっています。

すなわち、トコトリエノールはイソプレノイド構造を持つ点でトコフェロールと異なる薬効を示すことになります。

ビタミンEが発見されたのは1922年ですが、ビタミンEの研究はほとんどαトコフェロールを対象に行われました。天然のビタミンEの多くはαトコフェロールだったからです。
トコトリエノールに関しては1990年以前はほとんど研究報告はありません。
1980年代終わりから1990年代に、トコトリエノールのコレステロール低下作用と抗がん作用が報告され始めます。その後の研究で、トロトリエノールの多彩な健康作用が明らかになり、今ではスーパービタミンEと言われるほど注目されています。

トコトリエノールは強力な神経細胞保護作用、抗酸化作用、抗がん作用、コレステロール低下作用が示されています。抗酸化作用はトコフェロールの数十倍と言われています。これらの作用は老化性疾患の発症予防に効果が期待できます。
コレステロール合成のメバロン酸経路の律速酵素の3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリルCoAレダクターゼ(HMG-C0A還元酵素)の活性を抑制する作用もあります。
不飽和結合(二重結合)を持つ側鎖は飽和脂肪酸の多い細胞膜を通過しやすいので、肝臓や神経細胞に取り込まれやすいと言われています。
トコトリエノールの消化管からの吸収には胆汁酸が必要で、カイロミクロンに取り込まれて、リンパ管から吸収されます。

【トコトリエノールは多彩なメカニズムで抗がん作用を示す】
トコトリエノールの抗がん作用が具体的に示されるようになったのは1990年代になってからです。動物発がん実験でトコトリエノールの発がん予防効果が検討され、その発がん予防効果が1990年代から報告されるようになりました。その後、様々な実験系でトコトリエノールの抗がん作用が数多く報告されています。トコトリエノールはがん細胞の増殖抑制や細胞死(アポトーシス)誘導作用があります。

α型とβ型に比較してγトコトリエノールとδトコトリエノールの2つが強い抗がん作用を有することが明らかになっています。つまり、トコトリエノールをがん治療に使用するときには、γトコトリエノールとδトコトリエノールが多く、トコフェロール(特にαトコフェロール)の入っていないことが重要です。

トコトリエノールの抗がん作用のメカニズムは多彩です。以下のような報告があります。
①細胞周期を進めるタンパク質の働きを阻害して、細胞の増殖を抑制する。
②がん組織の血管新生を阻害する。
③がん細胞を排除する抗腫瘍免疫を増強する
④がん細胞の移動を阻害して浸潤や転移を抑制する
⑤細胞死(アポトーシス)を誘導するタンパク質を活性化し、細胞死を阻止するタンパク質を阻害することによって細胞死を誘導する
⑥3-ヒドロキシ-3-メチル補酵素A(HMG-CoA)還元酵素の活性を低下してがん細胞の増殖を抑制する
⑦Raf-ERKシグナル伝達系などの増殖シグナル伝達系を阻害する。
⑧炎症性サイトカインの産生を阻害する

トコトリエノールはがん細胞の増殖や浸潤・転移や生存を促進する多様な因子をターゲットにして、これらを阻害するので、強力な抗腫瘍活性を発揮します(図)。

図:トコトリエノールは環式構造のクロマンにつくメチル基(CH3)の位置によってアルファ (α)、 ベータ(β)、ガンマ (γ)、 デルタ (δ)に分けられる。クロマン構造にそれぞれ炭素数16個からなる側鎖が付いており、3個の二重結合を持ち、イソプレノイドになっている。このイソプレノイド側鎖を持つトコトリエノールはがん細胞の増殖と生存を促進する多彩な分子を阻害する。その結果、トコトリエノールは単独で強力な抗がん作用を発揮する。

トコトリエノールは、総コレステロール値とLDL コレステロール値を低下させることが示されています。そのメカニズムとして、トコトリエノールのイソプレノイド部分が、コレステロール生成に必要なHMG-CoA還元酵素の量を減らす作用が明らかになっています

HMG-CoA還元酵素の活性を阻害するスタチンが抗がん作用を示すことが明らかになっています。しかし、スタチンでHMG-CoA還元酵素の活性を阻害するとフィードバック機構でHMG-CoA還元酵素の合成を促進するメカニズムが作動します。
HMG-CoA還元酵素の合成を阻害し、分解を亢進するイソプレノイドはスタチンの抗がん作用を相乗的に強化することが明らかになっています。以下のような報告があります。

Suppression in mevalonate synthesis mediates antitumor effects of combined statin and gamma-tocotrienol treatment.(メバロン酸合成の抑制はスタチンとガンマ - トコトリエノールの併用治療の抗腫瘍効果を仲介する)Lipids. 2009 Oct;44(10):925-34.

【要旨】
スタチン類は3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリル-コエンザイムAレダクターゼ(HMG-CoA還元酵素)活性を阻害するが、ビタミンEのアイソフォームであるガンマ-トコトリエノールは分解を促進し、さまざまな腫瘍細胞株でHMG-CoA還元酵素の細胞レベルを低下させる。
スタチンまたはガンマ-トコトリエノール単独での処理は用量依存性に阻害作用を示したが、これらの薬剤の併用治療は、それぞれの有効量以下の用量で+ SA乳房腫瘍細胞の増殖を相乗的に阻害した。そこで、有効量以下での低用量のスタチンとガンマ - トコトリエノールの併用による抗増殖作用の作用メカニズムに置けるHMG-CoA還元酵素経路の関与を検討する目的で研究を行った。

8 μMのシンバスタチンによる処置はRap1AとRab6のイソプレニル化を阻害し、細胞増殖を阻害した。2 μMメバロン酸の添加はこれらの効果を逆転させた。
しかし、4μMのガンマ-トコトリエノールの投与による増殖抑制効果はメバロン酸合成の抑制に依存していなかった。

有効量以下のシンバスタチン(0.25μM)、ロバスタチン(0.25μM)、メバスタチン(0.25μM)、プラバスタチン(10μM)、またはガンマ - トコトリエノール(2μM)のそれぞれ単独での治療は、タンパク質プレニル化または細胞分裂促進シグナル伝達に影響を及ぼさなかった。
しかし、スタチンとガンマ-トコトリエノールの併用は、それぞれの有効量以下の投与で、+SA細胞増殖を有意に阻害し、HMG-CoA還元酵素の総量を減少し、Rap1A とRab6のプレニル化を低下させ、MAPKシグナル伝達系を抑制した。そしてこれらの作用は、メバロン酸の添加によって阻止された。
これらの知見は、低用量スタチンとガンマ-トコトリエノールの併用治療の相乗的な抗増殖効果が、HMG-CoA還元酵素活性の阻害およびそれに続くメバロン酸合成の抑制に直接関係していることを示唆している。

Rap1A とRab6はRas関連タンパク質で、低分子量GTP結合タンパク質の一種で、Rasと同様にイソプレニル化が阻害されると活性が阻害されます。
トコトリエノールの抗がん作用は多くの研究で示されています。
トコトリエノールはがん細胞の増殖を抑制するだけでなく、細胞死(アポトーシス)を誘導します。α-や β-tocotrienolsと比較して、γ- と δ-tocotrienolsはより強い抗がん作用を示します。

抗腫瘍作用の機序として多彩なメカニズムが報告されています。前述のように細胞周期の進行に関連するタンパク質の阻害、血管新生阻害、抗腫瘍免疫の増強、NF-kB 活性の阻害、Raf-ERK シグナル伝達系などの増殖シグナル伝達系の阻害など多彩なメカニズムが報告されています。
マウスを使った動物実験でも有効性が認められています。
抗がん剤と併用して抗がん剤の抗腫瘍効果を高めることが報告されています。

【トコトリエノールは臨床試験でも有効性が報告されている】
培養細胞や動物実験でトコトリエノール(特に、γとδ)の抗がん作用が数多く報告されています。最近では臨床試験の結果も報告されるようになりました。
例えば、手術を控えた膵臓がん患者に200mgから3200mgのδ-トコトリエノールを術前14日間投与した臨床試験が行われています。 

1日量400mg〜1600mgを14日間投与した膵臓がん患者のほとんどで、がん組織中のアポトーシスの増加を認めています。つまり、1日量400mg〜1600mgのδ-トコトリエノールの服用は膵臓がん細胞を死滅させる可能性を示しています。1日3200mgで下痢をして患者が1名いただけで、その他の副作用はほとんど認めませんでした。
ビタミンEのがん予防効果に関する臨床試験は何件が行われていますが、いずれも有効性は認められていません。しかし、これはα-トコフェロールを使っての臨床試験です。つまり、最もポピュラーなビタミンEであるα-トコフェロールには、がん予防効果もがん治療効果も無いというのが現在のコンセンサスです

しかし、もう一つのビタミンEであるトコトリエノールについては話は全く別です。トコトリエノール、特にガンマ(γ)・トコトリエノールとデルタ(δ)・トコトリエノールは多くの基礎研究(培養細胞や動物を使った研究)で発がん予防効果やがん細胞の増殖抑制効果などの抗がん作用が明らかになっています。

上記の論文の著者らは、以前にK-rasを変異させて膵臓がんを発症させるトランスジェニック・マウスを使った実験で、δ-トコトリエノールが膵臓がんの発がんを抑制する結果を報告しています。さらに、K-rasとp53を変異させたトランスジェニック・マウスを用いた実験で、δ-トコトリエノールが膵臓がんの増殖や転移を抑制して生存期間を延長する結果を報告しています。この実験では、δ-トコトリエノールが膵臓がん細胞にアポトーシスを誘導し、正常細胞には影響しないことを示しています。そこでヒトの膵臓がんで検討したわけです。

この研究では1日200mg(100mgを2回)からスタートして1回200, 300, 400, 800, 1600mgを1日2回と増量しています。手術当日以外は食後に水と一緒に服用しています。400mg/日以上を摂取した患者のδ-トコトリエノールの最大血中濃度の平均は2111 ± 1940 ng/mL (5.32 ± 4.89 μM)でした。この濃度は培養細胞やマウスの実験で示された有効濃度に達しているということです。

がん組織中のアポトーシス細胞(活性化したcaspase-3陽性細胞)の数をδ-トコトリエノールを投与していない患者と比較し、δ-トコトリエノールを400から600mg以上の投与でアポトーシス細胞の増加を認めています。
この論文では1日800mgのδ-トコトリエノール摂取が良いと言っています。マウスの実験では1日に100mg/kgのδ-トコトリエノールの投与で顕著な抗腫瘍活性が認められています。この値は人間に換算すると10〜20mg/kgに相当します。体重60kgで600から1200mgの摂取が推奨されます。

トコトリエノールはサプリメントとして市販されています。しかし、市販されているトコトリエノールのサプリメンにはトコフェロールが入っているものが多くあります。トコフェロールはトコトリエノールのHMG-CoA還元酵素阻害作用を阻害します。
シンバスタチンなどのスタチンを使ったらがん治療を試すとき、トコフェロールの含有していないデルタ・トコトリエノールのサプリメントを1日に400から800mg程度摂取すると効果が期待できます。

【トコトリエノールは他の薬剤の抗がん作用を増強する】
以下のような報告があります。

Synergistic anticancer effects of combined γ-tocotrienol with statin or receptor tyrosine kinase inhibitor treatment.(γ-トコトリエノールとスタチンまたは受容体型チロシンキナーゼ阻害薬との併用治療による相乗的な抗がん作用。)Genes Nutr. 2012 Jan;7(1):63-74.

【要旨】
進行がんまたは転移がんの患者において、長期生存の可能性を提供する治療法としては、現時点では全身化学療法しか無い。
γ-トコトリエノールはパーム油中に高濃度で見出される天然型ビタミンEの一種であり、強力な抗がん効果を示す。しかし、その消化管からの吸収および輸送における制限のため、血液中および標的組織中の濃度を治療有効レベルに維持することが困難という問題がある。

スタチンは3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリル-補酵素A(HMGCoA)還元酵素の阻害剤であり、有望な抗がん作用が示されている。しかし、抗がん作用を得るためには高用量の摂取が必要であるが、高用量の投与は毒性(副作用)を引き起こすので、スタチンの抗がん剤としての使用は制限されている。

同様に、エルロチニブ(erlotinib)やゲフィチニブ(gefitinib)はそれぞれのHER/ErbB受容体サブタイプの活性化を阻害することによって抗がん作用を発揮するが、異なるEGF受容体ファミリーメンバー間のヘテロ二量体化によって、単一の受容体サブタイプの阻害からがん細胞を救済することができるため、これらの受容体型チロシンキナーゼ阻害薬の臨床的有効性も限界がある。

最近の研究では、非常に悪性の+SAマウス乳房上皮細胞に対するin vitroでの実験系において、低用量での様々なスタチンまたはEGF受容体阻害剤の単独およびγ-トコトリエノールとの組み合わせでの抗がん効果を調べている。
スタチンまたはEGF受容体阻害剤と有効量以下の用量のγ-トコトリエノールによる併用治療は、+SA細胞の増殖と生存を相乗的に阻害した。
これらの結果は、γ-トコトリエノールと他の抗がん剤との併用治療は、治療反応を増強するだけでなく、個々の薬剤の毒性や低い生物学的利用能、または高用量単独療法の副作用による治療の制限を回避する手段も提供し得ることを強く示唆する

スタチンやEGF受容体阻害剤やその他の抗がん剤を個々に使用する場合は、有効な抗がん作用を得るためには高用量の投与が必要であるため、副作用が問題になります。
γ-トコトリエノールを併用すると、スタチンやEGF受容体阻害剤やその他の抗がん剤の、有効投与量を低下させることができるという結果です。

つまり、γ-トコトリエノールを併用すると、個々の薬剤を単独で使用した場合の有効量以下(subeffective doses)の用量で有意な有効性を示すので、副作用を減らすことができると言う事です。

【コレステロールはがん細胞の発生と増殖を促進する】
肥満やメタボリック症候群は乳がんや大腸がんなど多くのがんの発症リスクを高めます。
肥満やメタボリック症候群は、インスリンやインスリン様成長因子-1(IGF-1)の血中濃度を高めます。インスリンとIGF-1は様々ながんの発症と増殖を促進します。
さらに肥満やメタボリック症候群はコレステロールの血中濃度を高めます。

コレステロールががん細胞の発生や増殖を促進することが多くの研究で示されていますが、そのメカニズムは単純ではなく、まだ不明な点が多く残されています。
例えば、細胞膜でコレステロールが増えると、細胞膜の流動性に影響し、さらに脂質ラフト(Lipid Raft)の構造にも影響して、その結果、シグナル伝達系にも影響する可能性が指摘されています。
ラフト(Raft)とは筏(いかだ)のことで、細胞膜中に特定の脂質(スフィンゴミエリンやコレステロールなど)とタンパク質(受容体など)が集合した領域(ラフト)が浮かんでいる構造を脂質ラフトと言い、シグナル伝達や物質輸送などで重要な役割を果たしています。細胞内のコレステロールの量が脂質ラフトの働きに影響するということです。

コレステロールはアセチルCoA(グルコースや脂肪酸などの分解によって生成される)からメバロン酸を経由して合成されます。この生合成経路をメバロン酸経路と言います。
細胞内でメバロン酸経路は、コレステロールだけでなく細胞の増殖や機能に重要な働きを持つ多くの物質を産生しています。

例えば、細胞内シグナル伝達系のスイッチとして働くGTP結合タンパク質の機能にメバロン酸経路の中間代謝産物のファルネシル・ピロリン酸ゲラニルゲラニル・ピロリン酸が必要です。
GTP結合タンパク質(Gタンパク質)は内在性のGTP加水分解(GTPase)活性をもつタンパク質の総称で、この内、低分子量Gタンパク質群(Ras, Rho,など)は分子量が2万~3万のタンパク質で、これまで100種類以上報告されています。RasやRhoはがん遺伝子として知られています。
Gタンパク質はGTP結合型(on)/GDP結合型(off)として細胞内シグナル伝達に関与しています。
すなわち、Gタンパク質はGDP結合不活性型とGTP結合活性型の間をサイクル(GTPaseサイクル)することにより、細胞外からの情報を細胞内に伝達します。

RasやRhoといったGTP結合タンパク質(Gタンパク質)が機能を発揮するためにはGタンパク質がプレニル化をいう修飾を受ける必要があります。プレニル化反応(Prenylation)とは、疎水性のプレニル基を付加する反応のことです。
プレニル基とは、炭素数5のイソプレン単位で構成される構造単位の総称ですが、このプレニル基はメバロン酸経路で合成されます。
RasやRhoなどの低分子量Gタンパク質は、そのほとんどでC末端から4番目のアミノ酸残基がシステインであり、ファルネシル基やゲラニルゲラニル基などの脂肪酸が結合しており、この脂質修飾により、細胞膜に直接結合できると考えられています。

図:タンパク質にファルネシル基やゲラニルゲラニル基が結合すると細胞膜と結合できるようになる。

 

すなわち、低分子量Gタンパク質はイソプレニル化(ファルネシル基やゲラニルゲラニル基の結合)を受けた後に細胞膜に移行し、GTP結合型(on)/GDP結合型(off)としてGDP結合不活性型とGTP結合活性型の間をサイクル(GTPaseサイクル)することにより、細胞外からの情報を細胞内に伝達します

KRasは、上皮成長因子受容体(EGFR)のシグナル伝達経路において重要な役割を担うタンパク質です。そのシグナル伝達経路は複雑なカスケードを構成し、がんの発生と進行に関与しています。特に、膵臓がんのほとんどでKRas遺伝子の変異による異常活性化が認められています。
KRasは、ファルネシル化を受けて細胞膜に結合することによって機能を果たすことができます

図:低分子量Gタンパク質の一種のKRasは、GDP結合型が不活性型で(①)、上皮成長因子受容体などからの刺激を受けてGTP結合型となって活性化され(②)、エフェクタータンパク質に作用して情報を伝達し、細胞の増殖や転移を亢進し、アポトーシス(細胞死)に抵抗性になる(③)。KRasが細胞膜の脂質に接着するときにファルネシル基と結合する必要があり、これができないとKRasは活性化できない(④)。

また、がん細胞の増殖を促進するインスリン様成長因子-1(IGF-1)の受容体の働きにも、メバロン酸経路の代謝産物が必要で、メバロン酸経路の阻害がIGF-1受容体の働きを阻害して、がん細胞の増殖を抑制することが知られています。
このように、がん細胞のメバロン酸経路を阻害することは、がん細胞の増殖を抑制することになります。
つまり、シンバスタチンとデルタ・トコトリエノールの併用は抗がん作用を強化します。
この時、コエンザイムQ10の体内生産が減少するので、コエンザイムQ10をサプリメントで補うことが大切です

図:グルコースの解糖や脂肪酸のβ酸化で産生されたアセチルCoA(①)は、アセトアセチルCoAを経て3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリル補酵素A(HMG-CoA)に変換される(②)。HMG-CoAはHMG-CoA還元酵素によってメバロン酸に変換され(③)、メバロン酸からゲラニル・ピロリン酸(④)、ファルネシル・ピロリン酸(⑤)が合成され、さらにコレステロールが合成される(⑥)。ファルネシル・ピロリン酸からゲラニルゲラニル・ピロリン酸が合成され、このゲラニルゲラニル・ピロリン酸とファルネシル・ピロリン酸は低分子量Gタンパク質のRasやRhoの活性化に必要(⑦)。さらにメバロン酸経路の中間代謝産物はインスリン様成長因子-1(IGF-1)受容体の活性化にも関与する(⑧)。これらはがん細胞の増殖を促進する(⑨)。高脂血症治療薬のスタチンはHMG-CoA還元酵素とHMG-CoAとの結合を競合阻害することによってHMG-CoA還元酵素の活性を阻害する(⑩)。ビタミンEの一種のデルタ(δ)-トコトリエノールはHMG-CoA還元酵素の分解を促進する(⑪)。その結果、デルタ-トコトリエノールはスタチンの抗腫瘍効果を増強する。 

 

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