779)膵臓がんと補完・代替療法の接点

図:近年、膵臓がんの罹患数および死亡数は世界中で急激に増加している。現在日本では膵臓がんで亡くなる人の数は年間36000人を超えている。2020年のデータで男性と女性はほぼ同じで約18,400人づつで、男女計で約36,700人が膵臓がんで死亡している。全がんの死亡数の約10%が膵臓がんが原因になっている。今後、膵臓がんは世界中で増加すると考えられており、社会や医療現場において膵臓がんの負担が急速に増えることが予想されている。膵臓がんの治療成績を高めるためには、標準治療に加えて適切な補完・代替医療の利用も検討する必要がある。

779)膵臓がんと補完・代替療法の接点

【今後増えるがんと減るがん】
がんの発生は食事や生活習慣や生活環境に大きく影響を受けます。そのため、ある種のがんを発生する原因が減少すれば、20年くらいの時間を経て、そのがんの発生数や死亡数は減少してきます。細胞の遺伝子に変異が起こってがん細胞が発生し、それが増殖して臨床的ながんと診断されるのに10年から20年間くらいの期間がかかるからです。

例えば、タバコ(喫煙)肺がんの発生を増やします。米国では喫煙率は1970年ころをピークにしてそれ以降は減少しています。肺がんの発生数は1990年頃をピークに減少しています。タバコの消費量が減少して20年くらい経過してから肺がんの発生が減少しています。

肝臓がんによる死亡者数は1980年代から急激に増え始め、2000年前後にピークになり(年間死亡数約35,000人)、2019年では1年間に約25,000人になっています。肝臓がん患者が近年減少しているのは、1985 年度からの B 型肝炎母子感染防止事業や、1989年にC型肝炎ウイルス (HCV) の遺伝子が発見され、輸血用血液のHCVのスクリーニングの導入によって新規の肝炎ウイルス感染者が激減したためです。さらに、B型肝炎ワクチンや抗ウイルス薬の開発などによって肝臓がんの発生率が減少し、さらに肝臓がんの治療法が向上して死亡率が低下しています。

胃がんは、かつては日本人のがん死亡の1位でしたが、現在は肺がんと大腸がんに次いで3位です。胃がんの発生数は年々減少しています。年齢調整罹患率で比較すると、最近は1975年頃の半分くらいになっています。数年以内に、がん死亡において胃がんは膵臓がんに抜かれると予想されています。
胃がんの罹患率と死亡率の急激な低下は良く知られています。罹患率の低下に関しては冷蔵庫の普及が関連しています。冷蔵庫は1960年代にテレビ・洗濯機と共に家庭内の三種の神器ともてはやされ、急激に普及率を伸ばし、1965年には冷蔵庫の普及率は50%を超え、1975年頃には普及率は99%に達しています。
胃がんは、塩分の高い食事やピロリ菌が原因に挙げられています。冷蔵庫が普及して、塩漬けする必要もなくなり、新鮮で清潔な食物を食べるようになって、胃がんの発生が減少したということです。

大腸がんは食事の欧米化に伴い、罹患率が増えています。罹患率では胃がんや肺がんより多く、第1位です。しかし、大腸がんは早期発見が容易で、5年生存率は80% 以上と治療成績も良いので、死亡数では肺がんに次いで第2位です。

一方、膵臓がんは発生数が年々増加しており、5年生存率は10%以下と治療成績が悪いので、膵臓がんによる死亡数は増えています。死亡数の増加率は大腸がんより高く、将来的には大腸がんを抜いて肺がんに次いで2位になると予測されています(下図)。

図:日本における肺がん、大腸がん、胃がん、膵臓がん、肝臓がんの年間死亡数の年次推移(男女合計、全年齢)。がん死亡数において膵臓がんは第4位であるが、近いうちに胃がんと大腸がんを抜いて第2位になることが予想されている。

上記のグラフは死亡数の絶対数です。人口の高齢化によって、多くのがんの死亡数が増えています。
胃がんは発生数が急激に減少しているので、人口の高齢化にも拘らず死亡数は減っています。
肺がんも喫煙率の低下によって最近は減少する傾向が見えています。
肝臓がんは前述のようにウイルス感染が劇的に低下しているので、死亡数も減少しています。
大腸がんと膵臓がんの死亡数は増えています
年齢調整死亡率で比較すると人口の高齢化の影響を排除できます。年齢調整死亡率は年齢構成の違いを補正した死亡率で、日本では通常昭和60年(1985年)の年齢構成を基準にしています。
年齢調整死亡率の年次推移では、胃がん、肺がん、肝臓がんは減少しています。これらのがんの発生原因が減少しているからです。
一方、大腸がんと膵臓がんは年齢調整死亡率でわずかですが増えています大腸がんと膵臓がんは食事の欧米化や糖尿病の増加によって発生原因が増えているためです

図:年齢調整死亡率では胃がん、肺がん、肝臓がんは減少しているが、結腸がんと膵臓がんは僅かであるが増加傾向にある。

【膵臓がんの発生数は人口の高齢化によって増加する】
日本人の2020年の全がんの罹患数は約101万人(男性が約58万人、女性が約43万人)です。1年間のがん死亡数は2020年で約38万人です。男性が約22万人、女性が約16万人です。
現在日本では膵臓がんで亡くなる人の数は年間36000人を超えています。2020年のデータで男性と女性はほぼ同じで約18,400人で、男女計で約36,700人です。全がんの死亡数の約10%が膵臓がんによるものです。
膵臓がんの罹患数は2015年のデータで男女計で約37,500人です。膵臓がんの発生数は全がんの4%以下ですが、死亡数は全がんの10%を占めることは、膵臓がんの予後が悪いことを示唆しています。
男性では肺がん、胃がん、大腸がん、肝臓がんについで5番目に死亡数の多いがんです。女性では大腸がん、肺がんに次いで3番目です。男女計では、肺がん、大腸がん、胃がんに次いで4番目です。

膵臓がんは男性に多いがんと一般に考えられています。膵臓がんのリスク要因は喫煙、飲酒、糖尿病、肥満などで、これらはいずれも女性より男性に多く見られるリスク要因です。実際に人口10万人当たりの罹患率でみると、女性の膵臓がん罹患率は男性の3分の2くらいです。しかし、実際に膵臓がんになる人も死亡数も男女比は最近のデータではほとんど同じです。その理由は、膵臓がんが高齢者に多いがんだからです。
膵臓がんの罹患率の男女差は高齢になるほど少なくなってきます。膵臓がんは60歳以上になると増えてきます。65歳以上で急速に増えます(図)。

図:膵臓がんは加齢とともに発生数が増える。女性の膵臓がん罹患率は男性の3分の2くらいであるが、女性の方が高齢者が多いので、最近では膵臓がんの罹患数は男女がほぼ同数となっている。

日本の場合、平成29年9月15日の時点で65歳以上は3514万人で、男性は1525万人、女性は1988万人で、65歳以上の人口は女性は男性の約1.3倍です。つまり、膵臓がんの増える65歳以上の人口は女性の方が1.3倍も多いので、膵臓がんになるリスク要因(飲酒や喫煙など)が少なくても、高齢という要因によって、罹患数と死亡数は男女でほとんど同じになるのです。高齢になるほど女性の割合がさらに増えるので、将来的には膵臓がんの発生数と死亡数は女性が男性を超える可能性が高いと言えます

【糖尿病は膵臓がんの発生率を増やす】
膵臓がんでは、糖尿病との関連も重要です。糖尿病は膵臓がん発生のリスクを高めますが、日本では糖尿病患者が増加しているからです。
厚生労働省の平成28年「国民健康・栄養調査」によると、20歳以上の人口(約1億500万人)のうち、「糖尿病が強く疑われる者」の割合は、12.1%(男性16.3%、女性9.3%) で、「糖尿病の可能性を否定できない者」の割合は12.1%(男性12.2%、女性12.1%)となっています。
つまり、「糖尿病が強く疑われる者」と「糖尿病の可能性を否定できない者(糖尿病予備軍)」はそれぞれ1,000 万人以上で、「糖尿病あるいは糖尿病の可能性のある人」は2000万人を超えています。糖尿病は1960年代くらいまでは極めて稀な病気でしたが、現在では5人に一人が糖尿病と言われるくらいに増えています。(図)

図:日本における2型糖尿病の有病率(糖尿病+糖尿病予備軍)の年次推移を示す。1960年代まで糖尿病は極めて稀な疾患であったが、現在では人口の20%を超えている。

多くの疫学研究で、糖尿病が発がんリスクを高めることが確認されています。日本で行なわれた大規模調査では、糖尿病と診断されたことのある人はない人に比べ、20~30パーセントほどがんの発生率が高くなることが報告されています。糖尿病は乳がん、大腸がん、子宮内膜がん、肝臓がん,膵臓がんなど多くのがんの発症リスクを高めることが示されています。


米国の退役軍人管理局のデータベースを用いて、2型糖尿病と膵臓がんの発症リスクの関連を後ろ向きコホート研究で検討した結果が報告されています。2型糖尿病を有する約11万人と、性別と年齢と医療施設などをマッチさせた非糖尿病の約21万人を対象にして比較しています。
解析の結果、糖尿病の無い群に比べて、2型糖尿病患者は膵臓がんの発症率の調整ハザード比が2.17(95%信頼区間:1.70–2.77)でした。つまり、2型糖尿病があると膵臓がんの発生率は2倍程度に上昇するという結果です。(SAGE Open Med. 2016; 4: 2050312116682257.)

米国では、1990年代に肥満や糖尿病が急激に増加しているので、肥満や糖尿病によって発生リスクが高まるがんの発生率は2010年ころから上昇しています。その代表が膵臓がんです。実際、米国では膵臓がんが増えています。
肥満や糖尿病では多くのがんのリスクが高まるのですが、多くのがんは診断法や治療法の進歩の恩恵を受け、発生率が上昇しても死亡率は減っています。しかし、難治性がんの代表である膵臓がんは、いまだに5年生存率は一桁(日米とも6%程度)という状況で、発生数と死亡数がほぼイコールというがんなので、特に膵臓がんの死亡率の上昇が目立ってくるというわけです。

米国では、診断法や治療法の進歩やその恩恵によって、肺がん、大腸がん、乳がん、前立腺がんによる年齢調整死亡率は1990年以降確実に減少しています。膵臓がんは1980年ころから最近までほぼ一定でしたが、最近は年齢調整した発生率も死亡率も少しづつ上昇しています。そして、将来的にさらに上昇を続けることが予想されています。膵臓がんの発生要因が増えているのに、治療成績は向上していないので、年齢調整した発生率(罹患率)も死亡率も増えているということです。  
膵臓がんは診断されても、治療が極めて困難です。今後、膵臓がんは世界中で増加すると考えられており、社会や医療において膵臓がんの負担が急速に増えることが予想されています。

【膵臓がんの80%以上は数年以内に亡くなっている】
日本も米国も最近のデータでは、がん全体の5年生存率は65%前後です。全ての臨床病期を合わせた平均の5年生存率は、前立腺がんや乳がんや甲状腺がんは90%を超えており、胃がんや大腸がんや子宮頚がんは70%程度、食道がんや肺がんや肝臓がんは30~40%程度、胆のう・胆道がんは20%台、膵臓がんは6%程度となっています。

がんの中で膵臓がんの予後の悪さは群を抜いています。膵臓がんが比較的早期に見つかって切除ができた場合、生存期間の中央値は2年半程度です。切除手術を受けた膵臓がんの補助化学療法の生存期間中央値はジェムザール単独が25.5ヶ月、ジェムザール/カペシタビン併用療法が28.0ヶ月という臨床試験の結果が出ています。原発の切除ができても再発や転移の頻度が多いので、5年生存率は20%程度です。
しかし問題は、膵臓がんで切除手術の対象になるのは全体の2割くらいだということです。膵臓がんの80%以上は診断時にすでに切除不能の局所進行がんか、肝臓転移や腹膜播種が存在して手術の適応にはなりません。切除不能膵臓がんに対して抗がん剤治療を行なっても、多くの患者さんの生存期間は半年~1年程度です。
ステージI(がんが2cm以内で膵臓内にとどまり、リンパ節転移の無いもの)にように早期の段階で見つかって手術を受けた場合は、5年生存率は50%前後と報告されていますが、このような早期の症例は膵臓がん全体の1割以下です。このような早期の例はがん検診などで症状のない段階で偶然に見つかった場合しかありません。
腰痛や腹痛や体重減少などの症状が出てから発見された場合は、がんが進行していて、切除が不可能な場合がほとんどです。
膵臓がんの罹患者数も死亡者数も年々増加していますが、1年間の膵臓がんの死亡者数がその年の発症者(罹患数)の80%以上という状態が長く続いています。これは、膵臓がんを発症した患者の8割以上が数年以内に死亡していることを意味しています。
実際に、膵臓がんの生存期間中央値は局所進行がんでは 8〜12 ヵ月、転移がんでは 3〜6 ヵ月といわれており、診断される膵臓がんの8割が、局所進行がんあるいは転移がんなので、他のがんに比較して非常に治療成績の悪いがんと言えます。つまり、膵臓がんの発生数が増えれば、そのまま死亡数の増加に繋がることになります。(図)

図:膵臓がんの1年間の罹患数と死亡数は年々増加している。年間の罹患数に対する死亡数の割合は以前は90%を超えており、最近でも80%以上の数値を示している。これは膵臓がんに発症した人の80%以上は数年以内に死亡していることを示唆している。

【膵臓がんは早期発見が困難で、周囲に広がりやすい】
膵臓は胃や小腸や大腸や脊椎に接して隠れているために、検診などで早期に見つけようとしても腫瘍が小さい段階での発見が困難です。膵頭部がんでは黄疸で発症するため腫瘍が比較的小さい段階で見つかる場合もありますが、膵体部や尾部では、かなり大きくなるまで症状がでないため発見が遅れます。
症状として腰痛や腹痛や体重減少が自覚されるときには、かなり進行した段階であり、このような症状が出て見つかった場合は、余命1年以内というのがほとんどです

さらに、大きな血管や神経や胆管と接しているため、切除するためには複雑で高度な手術技術が要求されます。大きくなった膵臓がんの多くは大動脈を巻き込んだりして切除が不可能です。(図)

図:膵臓は周囲の臓器に囲まれて存在するという解剖学的特徴から、膵臓がんは早期に見つかりにくく、切除する場合も複雑で高度な手術技術が必要とされる。さらに、周囲組織への浸潤や転移を起こしやすいので、膵臓がんの80%以上は見つかった段階で既に手術不能の状態に進行している。

乳がんの治癒率が高いのは、乳房の解剖学的特性から、自分で気づくことも多く、マンモグラフィーなど早期診断のために有効な検査法があるからです。さらに、周囲に重要な臓器はないため切除手術は比較的簡単で、ホルモン療法や分子標的薬や、奏功率の高い抗がん剤や放射線治療など、有効な治療法が数多く用意されていることも、治癒率を高める要因になっています。
膵臓がんは全くその逆です。解剖学的特徴によって早期診断と手術が極めて困難です。

胃腸管の場合は、粘膜層、固有筋層、奨膜という組織が、がん細胞が他の臓器や腹膜へ浸潤する際のバリアになっています。しかし、膵臓にはこのような臓器壁のバリアがないため、発生した膵臓がんは膵臓内および周囲組織に進展・浸潤していきます(図)。

図:胃や大腸のような消化管から発生するがんは粘膜上皮細胞から発生し、粘膜層や固有筋層や奨膜といった組織が、がん細胞が他の臓器や腹膜へ直接浸潤する際のバリアになっている。膵臓がんはこのようなバリアがないため、腹膜や周囲の臓器や組織に直接浸潤しやすい。さらに血行性に肝臓や肺への転移も起こりやすい。

【膵臓がんは抗がん剤だけではわずかな延命しか期待できない】
膵臓がんは切除できなければ、抗がん剤が治療の中心になります。1997年にそれまでの標準的な治療であった 5-FU 単独療法とゲムシタビン(商品名:ジェムザール)単独療法を比較する臨床試験が行われました。ゲムシタビンの方が症状緩和効果が良好で、生存期間中央値も5-FU群が4.4ヶ月に対して、ゲムシタビン群が5.7ヶ月という結果で、その後はゲムシタビンが膵臓がん治療の中心になりました。

その後、ゲムシタビン に nab パクリタキセル(商品名: アブラキサン)を加えた併用療法とゲムシタビン単独療法を比較した臨床試験が行われ,併用療法の生存期間中央値は8.5ヶ月で、ゲムシタビン単独療法より優れていました。

さらにFOLFIRINOX療法が日本では膵臓がんに対して2013年12月に承認されました。FOLFIRINOX療法は5-FU・イリノテカン・オキサリプラチンの3種類の抗がん剤に、5-FUの増強剤であるレボホリナートを加えた多剤併用の治療法です。生存期間中央値は11.1ヶ月と報告されています。FOLFIRINOX療法は他の抗がん剤治療に比べて延命効果が高いのですが、副作用も強いため、若くて全身状態が良好な患者さんしか使えない治療です。

つまり、切除できなかった場合は、現行の抗がん剤治療を受けても半分以上の患者さんは1年以内に亡くなっているのが現実です。

【膵臓がんと補完・代替療法の接点】
前述のように、人口の高齢化に伴って膵臓がんが増えてきます。その多くは切除が困難な進行がんの状況で発見されます。
切除ができないと、抗がん剤治療や放射線治療や免疫療法が主体になりますが、様々な理由で、膵臓がんはこれらの治療が効きにくい悪性腫瘍です。高齢者では副作用の強い抗がん剤治療はデメリットの方が大きく、適応になりません。

積極的な治療ができない高齢の膵臓がん患者が増えることが予想されます。実際、すでにそれが現実になっています。
当院でも、この数年、70歳以上の膵臓がん患者さんが増えています。積極的な抗がん剤治療ができない状況で、補完・代替療法を希望する患者さんが増えています。

副作用の少ない抗がん剤治療を行いながら、その抗腫瘍効果を高める目的の補完療法(漢方治療やサプリメントや代用薬)や、標準治療を行わないで副作用の少ない代替医療のみを希望する患者さんが増えています。
そのような膵臓がん患者の受け皿となる補完・代替療法も必要性が高くなっています。

膵臓がんの補完・補完代替療法は多数の種類があります。その一部を以下の書籍でまとめています。

内容についてはこちらへ:

 

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