679)イベルメクチンはPAK1/STAT3経路を阻害して乳がん幹細胞の増殖を阻害する

図: STAT3(シグナル伝達兼転写活性化因子-3)は受容体性および非受容体性のチロシンキナーゼによってリン酸化されると、二量体を形成して核内に移行する(①)。核内に移行したSTAT3二量体は、標的となるIL-6遺伝子のプロモーター領域に結合する事でIL-6の転写を活性化する(②)。ヤーヌスキナーゼ2(JAK2)によってリン酸化して活性化したPAK1はSTAT3二量体に結合して遺伝子転写活性を促進する(③)。産生されたIL-6は細胞外に移行し(④)、さらにIL-6受容体を刺激し、このJAK2/PAK1/Stat3/IL-6経路ががん幹細胞の形成と幹細胞特性の維持に働く(⑤)。イベルメクチンはPAK1の活性化を阻害し(⑥)、オーラノフィンとジインドリルメタンはSTAT3活性化を阻害する(⑦)。その結果、がん幹細胞の特性維持を阻止できる。(参考:Cancers (Basel). 2019 Oct; 11(10): 1527.)

679)イベルメクチンはPAK1/STAT3経路を阻害して乳がん幹細胞の増殖を阻害する

【STAT3はがん細胞の増殖を促進する】

STAT3は、STAT (Signal Tranducer and Activator of Transcription:シグナル伝達兼転写活性化因子) ファミリーに属する蛋白質で、その名の通り、「シグナル伝達」と「遺伝子転写活性化」の両方において働きます。
STAT3は非活性化状態においては細胞質に存在しますが、ヤーヌスキナーゼ(Janus Kinase; JAK)が活性化されることによってリン酸化を受け、核内へ移行して目的遺伝子を活性化する転写因子として機能します。

JAK(ヤーヌスキナーゼ)はサイトカイン受容体のサブユニットとして存在し、チロシンをリン酸化する酵素(チロシンキナーゼ)の一種です。
IL-6ファミリーのサイトカインあるいは上皮成長因子(EGF)等の成長因子がそれらの受容体に結合することによりヤーヌスキナーゼ(JAK)が活性化されると、活性化されたJAKがSTAT3のチロシン705をリン酸化します。

チロシン705がリン酸化されたSTAT3二分子のSH2ドメインがそれぞれ他方の分子のリン酸化チロシンと相互作用することにより二量体を形成して核内に移行し、核内に移行したSTAT3二量体は標的となるDNAに結合する事で転写を活性化します。これをJAK-STAT経路と言います。

STAT3のリン酸化はJAKを介する以外に、増殖因子や成長因子の受容体が直接リン酸化する場合や、Srcなどの非受容体性チロシン・キナーゼによっても起こります。つまり、様々な細胞刺激に応答してSTAT3がリン酸化されて、増殖や生存を促進する作用を発揮します(下図)。

図:JAK(Janus Kinase;ヤーヌスキナーゼ)はサイトカイン受容体のサブユニットとして存在し、チロシンをリン酸化するチロシンキナーゼ活性を持つ。IL-6や上皮成長因子(EGF)などの受容体が刺激されるとJAKが活性化されてSTAT3がリン酸化される。STAT3のリン酸化は受容体性チロシンキナーゼや非受容体性チロシンキナーゼ(Srcなど)でも起こる。STAT3は不活性な状態では細胞質に存在し、JAK(ヤーヌスキナーゼ)などでチロシン705がリン酸化されると、STAT3二分子のSH2ドメインが、それぞれ他方の分子のリン酸化チロシンと相互作用することにより二量体を形成して核内に移行する。核内に移行したSTAT3二量体は、標的となるDNAに結合する事で転写を活性化する。STAT3は細胞をアポトーシス抵抗性にするBcl-2やBcl-XL、細胞周期を促進するサイクリンD1(Cyclin D1)などの遺伝子発現を誘導することによってがん細胞の増殖や転移を促進する。

【PAK1はSTAT3の転写活性を促進する】
転写因子のSTAT3はほとんどすべての固形がんで活性化されており、細胞のがん化に重要な働きを担っていることが明らかになっています。活性化されたSTAT3が核内に移行するメカニズムに、低分子量G蛋白質Rac1の関与が報告されています。PAK1(p21活性化キナーゼ1)はRacおよびCdc42のような低分子量GTPaseによって活性化されます。
乳がん幹細胞形成にPAK1-STAT3経路が重要で、この経路をPAK1阻害剤のイベルメクチンが阻害できることが最近報告されています。以下のような報告があります。

The PAK1-Stat3 Signaling Pathway Activates IL-6 Gene Transcription and Human Breast Cancer Stem Cell Formation(PAK1-Stat3シグナル伝達経路はIL-6遺伝子の転写とヒト乳がん幹細胞形成を活性化する)Cancers (Basel). 2019 Oct; 11(10): 1527.

【要旨】
PAK1は、シグナル伝達兼転写活性化因子-3(Stat3)と相互作用し、PAK1とStat3は核内で共局在している。
電気泳動移動度シフトアッセイ、クロマチン免疫沈降、およびレポーターアッセイを用いた解析で、PAK1 / Stat3複合体がIL-6遺伝子プロモーターに結合し、IL-6遺伝子の転写を制御することを示す。
乳がん細胞塊でのPAK1およびヤーヌスキナーゼ2(JAK2)の阻害は、核のリン酸化Stat3および細胞外IL-6レベルを低下させる。
PAK1不活性化は、リン酸化STAT3および細胞外IL-6レベルを低下させることにより、がん幹細胞形成を阻害する。
これらの実験結果は、JAK2 / PAK1経路の阻害がStat3シグナル伝達経路とがん幹細胞形成を阻害することを示している
PAK1 / Stat3複合体がIL-6遺伝子発現を調節し、PAK1 / Stat3シグナル伝達ががん幹細胞形成を調節し、PAK1が乳がん治療の重要な標的である可能性がある。

この論文の結果をまとめると以下のようになります。

図: STAT3(シグナル伝達兼転写活性化因子-3)はヤーヌスキナーゼ2(JAK2)によってリン酸化されると、二量体を形成して核内に移行する(①)。核内に移行したSTAT3二量体は、標的となるIL-6遺伝子のプロモーター領域に結合する事でIL-6の転写を活性化する(②)。JAK2によってリン酸化して活性化したPAK1はSTAT3二量体に結合して遺伝子転写活性を促進する(③)。産生されたIL-6は細胞外に移行し(④)、さらにIL-6受容体を刺激し、このJAK2/PAK1/Stat3/IL-6経路ががん幹細胞の形成と幹細胞特性の維持に働く(⑤)。イベルメクチンはPAK1の活性化を阻害し、IL-6遺伝子の転写を阻害する(⑥)。(参考:Cancers (Basel). 2019 Oct; 11(10): 1527.)

PAK1は物理的にJAK2と相互作用し、PAK1-JAK2がSTAT3の活性化を介してIL-6遺伝子の発現を亢進し、乳がんの幹細胞形成を制御しているという結果です
STAT3がIL-6遺伝子のプロモーター領域に結合して、IL-6の発現を亢進します。
乳がん幹細胞の細胞質と核にPAK1が高度に発現し、全体に分布しています。通常のがん細胞に比べて乳がん幹細胞にPAK1の発現が亢進していることが明らかになっています。
そこで、PAK1活性を阻害すると、がん細胞の増殖が阻害されます。動物実験でもPAK1の阻害は腫瘍の増大を抑制します。
PAK1とSTAT3はがん幹細胞に重要で、この2つを阻害すれば、乳がん幹細胞の活性を抑制できるという結果です
PAK1阻害剤のイベルメクチンはがん幹細胞のマーカー(CD44とALDH)をもつがん細胞の数を減らすことを明らかにしています。イベルメクチンはPAK1阻害作用によってSTAT3活性を抑制し、がん幹細胞の活性を低下します。
つまり、乳がんの幹細胞の形成においてPAK1/STAT3経路の活性化が重要で、PAK1阻害作用のあるイベルメクチンは乳がんの幹細胞形成を阻害するということです。

【炎症はがん細胞の増殖と転移を促進する】
がん組織は、がんの実質細胞である「がん細胞」とそのがん細胞を養う「間質組織」の相互作用によって成り立ちます。間質組織には血管やマクロファージなどの炎症細胞や結合組織を作る線維芽細胞などが存在し、これらの細胞ががん細胞の生存や増殖を維持するために様々な働きを行っています。

がん細胞は様々なケモカインや増殖因子を分泌して、血管内皮細胞や炎症細胞や線維芽細胞などの間質細胞をがん組織に動員しています。一方、動員された線維芽細胞やマクロファージやリンパ球も様々な因子を産生・分泌してがん細胞の増殖や浸潤や転移を促進しています。
正常組織は異物や病原菌の侵入を受けると炎症反応を起こして異物や病原菌を排除し、ダメージを修復すると、炎症反応は収束します。

自己免疫疾患(膠原病)の場合は、免疫系の異常によって自己の成分を自分の免疫細胞が攻撃するため、炎症反応が慢性化し、その結果、組織のダメージが持続し、さらに炎症が悪化するという悪循環を形成しています。
がん組織も炎症が起こっています。がんは「治ることのない創傷」(Tumors are “wounds that do not heal.”)」という考えがあります。がん細胞は正常組織を浸潤してダメージを与え、組織修復と炎症反応が持続し、いつまでたっても収束しない状況です。慢性炎症と同様に、炎症が収束せず、永遠に創傷治癒過程(=炎症反応)が続いている状態と同じということです。

つまり、関節リュウマチのような自己免疫疾患と「がん」には慢性炎症という点で共通点があります。したがって、がん組織の間質における慢性炎症状態を正常化すると、あるいはがん細胞と間質細胞の相互作用を断つと、がん細胞の増殖や生存を阻害できる可能性があります。

図:がん組織にはがん細胞(①)だけでなく、マクロファージやリンパ球や顆粒球などの炎症細胞が存在する(②)。炎症応答に応じてマクロファージなどの炎症細胞からIL-6が分泌され(③)、がん細胞のIL-6受容体を刺激してJAK/STAT3シグナル伝達系が活性化される(④)。その結果、がん細胞の増殖が促進され、細胞死(アポトーシス)に抵抗性になる(⑤)。

【外科手術や抗がん剤治療ががん細胞のがん幹細胞の性質獲得を促進する】
外科手術ががん細胞の悪性進展や再発を促進することが以前から指摘されており、その理由としてIL-6/STAT3系などの炎症過程の関与が推測されています。 
以下のような論文があります。

Surgery-induced wound response promotes stem-like and tumor-initiating features of breast cancer cells, via STAT3 signaling. (手術によって誘導される創傷応答はSTAT3シグナル系を介して、乳がん細胞のがん幹細胞様の性質を促進する) Oncotarget. 2014;5(15):6267-6279.

【要旨】

臨床的に炎症はがんとの関連が強いが、そのメカニズムに関してはまだ十分に解明されていない。手術はある種の炎症反応を引き起こすので、手術ががんの局所再発や転移形成の過程に関与している可能性が示唆されている。
乳がん患者から得た手術後の創傷部の浸出液(post-surgery wound fluid)にはサイトカインや増殖因子が多く含まれており、乳がん培養細胞を使った実験で、この創傷部浸出液は乳がん細胞の増殖を促進し、STATの転写活性を強力に活性化する作用を示した。
そこで、この手術後炎症過程による乳がん細胞の増殖促進にSTATシグナル系が関与しているかどうかを検討した。
創傷部浸出液は、乳がん細胞のSTAT3活性を高め、がん幹細胞の性質をもった乳がん細胞の数を増やした。
培養細胞を用いた実験で、創傷部浸出液は乳がん細胞の腫瘍様塊形成と自己複製能を高度に活性化した
動物実験での検討では、移植した乳がん細胞の腫瘍形成と、外科切除後の局所再発の過程においてSTAT3シグナル系の活性化が必須であった
以上の結果から、手術によって引き起こされる炎症が、乳がん細胞のがん幹細胞様の性質の獲得を促進することが示された。この過程(手術後の炎症によって乳がんの幹細胞化が促進されること)は、手術の前後にSTAT3シグナル伝達系を阻害することによって阻止することができる
乳がん幹細胞と周囲組織の環境の間の相互作用を理解することは、乳がんの発生や再発を防ぐ重要な手段を提供することになる。

stem-like(幹細胞様)tumor-initiating(腫瘍起始)がん幹細胞(cancer stem cell)のことを意味しています。「stem-like and tumor-initiating features」というのは「がん幹細胞の性質」ということです。
がん細胞の培養で腫瘍様塊(mammosphere)を形成するのはがん幹細胞の性状を持っていることを意味します。「自己複製能」も幹細胞の性質です。
がん幹細胞(cancer stem cell)は腫瘍始原細胞(tumor initiating cell)とも呼ばれ、がん細胞を生み出すもとになる細胞であり、がん組織中に少数(数%程度)存在しています。そして、がん幹細胞は正常な組織幹細胞と同様、特別な微小環境(ニッチ)中に存在し、ニッチより分泌される液性因子などによって、多分化能の維持や分裂増殖が制御されていると考えられています。
通常の抗がん剤治療や放射線治療に対して、成熟したがん細胞は死滅しやすいのですが、がん幹細胞は様々な機序で抵抗性を示します。
つまり、がん細胞が「がん幹細胞様の性質」を獲得することは、抗がん剤などで死ににくいがん細胞になることを意味します

手術後の創傷治癒過程では、炎症反応、血管新生、細胞外マトリックスの産生、細胞の増殖と組織の再生、組織幹細胞の増殖と自己複製などが起こっており、これらの過程には様々な炎症性サイトカインや増殖因子や化学伝達物質が関与しています。そして、このような因子ががん細胞の増殖や転移を促進する可能性が以前から指摘されています。
この論文は、「手術を行うと、創傷治癒の過程で起こる炎症反応が乳がん細胞のがん幹細胞様の性質の獲得を促進する」「そのメカニズムは、STAT3の活性化を介している」という実験結果を報告しています。つまり、手術によって引き起こされる炎症ががん細胞の再発や転移を促進する可能性があるということです(下図)。

図:手術でがん細胞の取り残しがあると、手術行為が原因となってがん細胞の転移や再発を促進され、抗がん剤抵抗性などの性質を獲得する可能性が指摘されている。その理由として、手術後の創傷部位では炎症反応や血管新生が起こり(①)、炎症細胞などから様々な炎症性サイトカインや増殖因子や成長因子や化学伝達物質などが産生され(②)、がん細胞のIL-6/STAT3シグナル系が活性化される(③)。STAT3の活性化はがん細胞をがん幹細胞様の性質に変え(④)、その結果、がん細胞の増殖や転移が促進され、がん細胞は抗がん剤などの治療に抵抗性を獲得する(⑤)。

抗がん剤治療ががん細胞の幹細胞特性を誘導し、抗がん剤耐性の獲得に関与すること多くの研究で明らかになっています。
つまり、抗がん剤治療を長期間行うと
、がん幹細胞の性質をもった抗がん剤抵抗性の高いがん細胞が増えてくることが知られています。
抗がん剤で治療していると、がん細胞は細胞死(アポトーシス)を起こしにくくする細胞内のメカニズムを利用して死ににくくしようとします。この細胞死(アポトーシス)抵抗性を獲得するために、がん細胞ではNF-κB/IL-6/STAT3シグナル伝達系の活性化を利用していると考えられています。
がん細胞はIL-6の産生とIL-6受容体の発現を亢進しています。増殖因子や成長因子の受容体の発現も亢進し、非受容体性チロシンキナーゼの活性も恒常的に亢進しています。その結果、STAT3が恒常的に活性化され、細胞増殖やアポトーシス抵抗性に関与する遺伝子の発現が亢進します。
酸化ストレスやTNF-αなど炎症性サイトカインは転写因子のNF-κBを活性化し、NF-κBはIL-6の発現を亢進します。IL-6はNF-κBの発現を亢進する作用もあります。
つまり、がん細胞ではNF-κB/IL-6/STAT3シグナル伝達系がpositive feedback によって恒常的に活性化することによって増殖とアポトーシス抵抗性の性質を獲得しています。
このfeedback loop(悪循環)を断ち切れば、がん細胞は死にやすくなります。
手術や抗がん剤治療のように「がん細胞を攻撃する治療」には、がん細胞を悪化させる作用があるというのが「がんの放置治療」派の根拠の一つになっています。
がん治療を行う場合は、その悪影響を除去する治療を併用することが重要だと言えます。この目的でイベルメクチンが有効だと言えます。

【炎症応答はIL-6/STAT3シグナル経路を活性化する】
「慢性炎症は、がんの発生や進展を促進する」というのは、多くのエビデンスがあり、がん研究では常識的な考えになっています。
がんと炎症との関連においては、炎症性サイトカイン(TNF-α、IL-1、IL-6など)や、転写因子のNF-κBや、シグナル伝達系のSTAT(シグナル伝達兼転写活性化因子)ファミリーのタンパク質や、化学伝達物質のプロスタグランジンなどが複雑に関与しています。
この中で、IL-6/STAT3シグナル伝達系が炎症とがんの治療のターゲットとして注目されています。多くのがんでは炎症過程が亢進しており、この炎症過程の中心にいるのがIL-6とSTAT3の連携です。
インターロイキン6(IL-6)はB細胞に作用して抗体産生を誘導するT細胞由来のサイトカインとして発見されました。サイトカインというのは、リンパ球や炎症細胞から分泌されて、免疫や炎症や創傷治癒など様々な生理機能の調節を担うタンパク質です。
サイトカインは細胞表面の膜上にある受容体に結合することによって、受容体に特有の細胞内シグナル伝達の引き金となります。
炎症過程に関与するものは炎症性サイトカインと呼ばれています。
IL-6は代表的な炎症性サイトカインであり、自己免疫疾患など慢性炎症性疾患の発症や進展に重要な役割を担っており、IL-6の働きを阻害する薬は関節リュウマチのような慢性炎症性疾患の治療に使用されています。
IL-6は免疫や炎症のみならず、乳がんや前立腺がんを始めとする様々ながん細胞の増殖や悪性化にも深く関わっていることが明らかになっています。
慢性炎症によってIL-6の体内での産生が高い状態はがんの発生や進展を促進します。IL-6の血中濃度が高いほどがん患者の予後が悪いという報告もあります。
IL-6の作用は主にシグナル伝達分子であるSTAT3によるものであることが明らかにされています。
STAT3はさまざまなサイトカインや成長因子からのシグナルを統合して免疫や炎症を制御する転写因子です。炎症に起因した発がんに重要な働きをすることが報告されています。

図:細菌感染や組織の傷害やがんは炎症応答を引き起こす(①)。細菌のLPS(リポポリサッカライド)と炎症反応で産生されるIL-1βやTNF-αや活性酸素は炎症性転写因子のNF-κBを活性化し(②)、活性化したNF-κBはIL-6遺伝子の発現を亢進する(③NF-κB依存性経路)。炎症応答でTGFβ(Transforming Growth Factor β)とCOX-2(シクロオキシゲナーゼ-2)の発現が誘導され(④)、COX-2はPGE2(プロスタグランジンE2)の産生を高める(⑤)。TGFβとPGE2はIL-6の産生を亢進する(⑥NF-κB非依存性経路)。IL-6はIL-6受容体を介してJAK(ヤーヌスキナーゼ)を活性化し(⑦)、細胞の増殖と生存を制御するSTAT3経路、PI3K/AKT経路、MAPK経路を活性化し(⑧)、その結果、がん細胞の増殖や転移やアポトーシス抵抗性が促進される(⑨)。PGE2は直接的に作用してがん細胞の増殖や転移を促進する(⑩)。(参考:Cancer Manag Res. 2011; 3: 177–189.)

【オーラノフィンのSTAT3阻害作用】
オーラノフィン(Auranofin)は、関節リュウマチの治療に使われる経口金製剤です。最近、オーラノフィンの抗腫瘍効果が注目されています。
オーラノフィンの抗腫瘍作用のメカニズムとして様々な作用が報告されていますが、特にチオレドキシン還元酵素の阻害による抗がん剤作用が注目されています。これに関しては424話で解説しています。
オーラノフィンがSTAT3の活性化を阻害する作用が報告されています。つまり、オーラノフィンの抗炎症作用と抗がん作用の共通の作用メカニズムとしてSTAT3の阻害作用が提唱されています。以下のような報告があります

Auranofin blocks interleukin-6 signalling by inhibiting phosphorylation of JAK1 and STAT3.(オーラノフィンはJAK1とSTAT3のリン酸化を阻害することによってインターロイキン-6シグナル伝達系を阻害する)Immunology. 122(4):607-14.2007年
【要旨】
オーラノフィンはイオウ含有の金製剤で、抗炎症作用と免疫抑制作用を有し、関節リュウマチの治療薬として広く使用されている。しかしながら、その作用機序については十分に解明されていない。
オーラノフィンの抗炎症作用の作用メカニズムを解明する目的で、インターロイキン-6(IL-6)に対する細胞応答に対するオーラノフィンの作用を検討した。
ヒト肝臓がん細胞HepG2を用いた実験で、オーラノフィンはIL-6によるヤーヌスキナーゼ1(JAK1)とSTAT3のリン酸化と、STAT3の核への移行を阻害した
この実験結果と一致して、オーラノフィンはIL-6で産生が誘導されるハプトグロビン、フィビリノーゲン、補体C3、α1-酸性糖タンパク質などの急性期タンパク質(炎症の急性期に肝臓から産生されるタンパク質)の産生、および血管内皮細胞増殖因子の遺伝子発現を抑制した。これらの遺伝子の転写活性はSTAT3によって活性化されることが知られている。
関節リュウマチ患者の滑膜細胞、ヒトの𦜝帯静脈の血管内皮細胞、ラットのアストロサイトを使った実験でも、オーラノフィンによるSTAT3のリン酸化の阻害作用が確認された。
オーラノフィンによるSTAT3リン酸化の阻害作用は、チオール基をもつ抗酸化剤を添加することによって減弱した。
これらの結果は、オーラノフィンの抗炎症作用にはJAK1/STAT3シグナル伝達系の阻害作用が関与していることを示唆している。この作用にはチオール基反応性のタンパク質がJAK1/STAT3リン酸化に関与していることを示唆している。

オーラノフィンはチオレドキシン還元酵素を阻害する作用があります。
チオレドキシン(Thioredoxin: Trx)は、分子内に酸化還元活性を有するSH基(チオール基)を持つ抗酸化酵素です。
還元型チオレドキシンは、酸化された標的タンパク質に結合し、標的タンパク質のジスルフィド結合(S-S)をチオール基(-SH)に還元し、チオレドキシン自身の チオール基は酸化されます。酸化型チオレドキシンは、NADPHの存在下でチオレドキシン還元酵素の作用により還元され、 再び還元型に戻ります(下図)。

図:チオレドキシンは-Cys-Gly-Pro-Cys-という大腸菌から哺乳類までよく保存された活性部位を持ち、この活性部位の2つのシステイン基の間でジスルフィド(S-S)結合を作る酸化型(①)とジチオール(-SH-SH)を作る還元型(②)が存在する。還元型チオレドキシンは、酸化された標的タンパク質に結合して標的タンパク質のジスルフィド結合(S-S)をチオール基(-SH)に還元し、チオレドキシン自身のチオール基(-SH)は酸化されてジスルフィド(S-S)になる(③)。酸化型チオレドキシンは、NADPHの存在下でチオレドキシン還元酵素の作用により還元され、再び還元型に戻る(④)。NADPHはペントースリン酸回路で産生される(⑤)。オーラノフィンはチオレドキシン還元酵素を阻害する(⑥)。

つまり、チオール基(-SH)をもつタンパク質がJAK/STAT3の活性化に関与しており、オーラノフィンのJAK/STAT3活性化阻害作用はチオレドキシン還元酵素阻害作用が関与していることを示しています。これはチオール基をもつ抗酸化剤(N-アセチルシステインやグルタチオン)を添加するとオーラノフィンのJAK1/STAT3活性化阻害作用が阻止されたことから示されています。
NF-κBは炎症や細胞のがん化を促進する転写因子です。NF-κB活性が高まると、アポトーシスが起こりにくくなり、がん細胞の増殖や転移が起こりやすくなります。
NF-κBはリポポリサッカライド(LPS)、IL-1、TNF-α、酸化ストレス(活性酸素)で活性化されます。
NF-κBはIL-6の遺伝子発現を促進します
オーラノフィンはNF-κBを阻害する作用もあるようですが、STAT3とNF-κBを同時に阻害すると、抗炎症作用と抗がん作用が強化できるという話です。

【ジインドリルメタンのSTAT3阻害作用】
ジインドリルメタン(3,3′-diindolylmethane)がJAK-STAT経路を阻害して抗腫瘍効果を示すことが報告されています。
ジインドリルメタンはアブラナ科の植物に含まれるインドール化合物で、欧米ではサプリメントとして販売されています。
ジインドリルメタンはがん細胞のシグナル伝達系に作用して、増殖や浸潤や転移を抑制し、細胞死(アポトーシス)を誘導し、抗がん剤感受性を高めるなどの抗がん作用を発揮します。
ジインドリルメタンのターゲットとしてAktとNF-κBが重要だと考えられています。

図:アブラナ科野菜に多く含まれるグルコシノレートの一種のグルコブラシシン(①)は、ミロシナーゼによって加水分解してインドール-3-カルビノールになり(②)、さらに胃の中の酸性の条件下では、インドール-3-カルビノールが2個重合したジインドリルメタンになる(③)。がん細胞内ではAkt キナーゼや転写因子のNF-κBなどのシグナル伝達系が亢進し(④)、がん細胞の増殖・浸潤・転移が亢進し、抗がん剤抵抗性が高まっている(⑤)。ジインドリルメタンはAktやNF-κBを阻害する作用があり、その結果、がん細胞の増殖や転移を抑え、抗がん剤感受性を高めることができる。

ジインドリルメタンがSTAT3を阻害するメカニズムで卵巣がんに対するシスプラチンの抗がん作用を増強することが報告されています。以下のような論文があります。

Diindolylmethane suppresses ovarian cancer growth and potentiates the effect of cisplatin in tumor mouse model by targeting signal transducer and activator of transcription 3 (STAT3).(ジインドリルメタンはシグナル伝達兼転写活性化因子-3(STAT3)に作用して、マウスの動物実験モデルで卵巣がんの増殖を抑制し、シスプラチンの抗腫瘍効果を増強する。)BMC Med. 2012 Jan 26;10:9. doi: 10.1186/1741-7015-10-9.

【要旨】

研究の背景:シグナル伝達兼転写活性化因子3(Signal transducer and activator of transcription 3 :STAT3)は卵巣がんの多くにおいて活性化されており、卵巣がんのシスプラチンに対する抵抗性獲得に関与している。我々は、以前の研究において、ジインドリルメタンが卵巣がん細胞の増殖を阻害することを報告している。しかし、ジインドリルメタンの増殖抑制作用の作用機序については明らかにされていない。本研究では、ジインドリルメタンの作用機序を検討した。
実験方法:ヒト卵巣がん細胞株6種類を用いた培養細胞の実験系と、マウスに卵巣がん細胞を移植した動物実験モデルを用い、ジインドリルメタン単独の効果とシスプラチンとの併用効果について検討した。
結果:ジインドリルメタンは培養細胞の実験系で、6種類のヒト卵巣がん細胞全てに対してアポトーシス(細胞死)を誘導した。STAT3のTyr-705(チロシン705)とSer-727(セリン727)におけるリン酸化は、ジインドリルメタンによって用量依存的に抑制された。
さらに、ジインドリルメタンはSTAT3の核内への移行とDNA結合と転写活性を阻害した。インターロイキン-6によって誘導されるTyr-705におけるSTAT3のリン酸化もジインドリルメタンによって顕著に阻害された。
遺伝子導入によってSTAT3を過剰発現させると、ジインドリルメタンによって誘導されるアポトーシスは阻止された。
さらに、卵巣がん細胞および移植腫瘍の卵巣がん組織におけるインターロイキン-6の発現量はジインドリルメタンによって減少した。
ジインドリルメタンは低酸素誘導性因子1α(HIF-1α)と血管内皮細胞増殖因子の発現を抑制してがん細胞の浸潤と血管新生を阻害した。
さらに重要なことは、ヒト卵巣がん細胞SKOV-3細胞におけるシスプラチンの作用をSTAT3を介する機序で増強した。マウスの実験で1日に3mgのジインドリルメタンの経口投与とシスプラチンの投与は移植腫瘍の増殖を著明に抑制した。腫瘍組織におけるアポトーシスの増加と、STAT3活性の抑制が認められた。
結論:以上の実験結果より、ジインドリルメタン単独あるいは抗がん剤との併用の有用性について卵巣がんの臨床例を対象に検討する価値がある。

多くの実験で、ジインドリルメタンが抗がん剤治療や放射線治療の抗腫瘍効果を高めることが明らかになっています。ジインドリルメタンの生体利用性(バイオアベイラビリティ)を高めたDIM-Proというサプリメントが米国で販売されています。 

【COX-2阻害剤のcelecoxibのSTAT3阻害作用】
シクロオキシゲナーゼ(cyclooxygenase,COX)はアラキドン酸からプロスタグランジンを産生するときに最初に働く酵素です。COXには、多くの組織において恒常的に発現しているCOX-1と、炎症性刺激や増殖因子によりマクロファージなどの炎症細胞やがん細胞などにおいて合成されるCOX-2の2つの種類が知られています。

プロスタグランジンには多くの種類がありますが、COX-1によって産生されるプロスタグランジンは消化管や腎臓や血小板など多くの臓器や細胞の生理機能において重要な役割を果たしています。
一方COX-2は、炎症や発がん過程で合成が刺激され、大量のプロスタグランジンを産生して、がんの発育を促進する働きをします。COX-2の働きを抑えてやるとがんの発生や増殖を抑制する効果があります(下図)。

図:プロスタグランジンはアラキドン酸からシクロオキシゲナーゼ(COX)の働きにより合成される生理活性物質で、炎症の代表的なメディエーターとなる。細胞外から種々の刺激に反応して生体膜のリン脂質がホスホリパーゼA2 (PLA2)により、まず不飽和脂肪酸のアラキドン酸に変換される。この遊離したアラキドン酸を基質として、脂肪酸酸化酵素であるCOXの作用により、PGG2, PGH2へと変換され、さらに各種細胞に存在する特異的な合成酵素により生理的に重要な4種類のプロスタグランジン(PGD2, PGE2, PGF2a, PGI2)とトロンボキサン(thromboxane; TX)A2が合成される。COXにはCOX-1とCOX-2の2種類のアイソザイムが知られている。COX-1は生理的な役割を担い、COX-2は炎症や発がんに関連している。COX-2は炎症性刺激や増殖因子やサイトカインによって産生や活性が増強される。

プロスタグランジンE2はIL-6の産生を促進する作用があるため、COX-2阻害剤はIL-6の産生を抑えます。さらに、COX-2阻害剤のセレコキシブ(celecoxib)には、がん細胞のSTAT3の活性化(リン酸化)を阻害する作用も報告されています。
以下のような報告があります。

Anticancer effects of celecoxib through inhibiton of STAT3 phosphorylation and AKT phosphorylation in nasopharyngeal carcinoma cell lines.(セレコキシブは鼻咽頭がん細胞株においてSTAT3リン酸化とAKTリン酸化を阻害することによって抗腫瘍作用を示す)Pharmazie. 2014 May;69(5):358-61.

鼻咽頭がん細胞株の培養細胞を用いた実験系で、セレコキシブ(celecoxib)は用量依存的にがん細胞の増殖を抑制し、その作用機序としてSTAT3の活性化(リン酸化)を阻害して、STAT3の標的遺伝子であるSurvivin、Mcl-1、Bcl-2、サイクリンD1の発現を抑制することを報告しています。 

Celecoxib suppresses the phosphorylation of STAT3 protein and can enhance the radiosensitivity of medulloblastoma-derived cancer stem-like cells.(セレコキシブはSTAT3のリン酸化を抑制し、髄芽腫由来のがん幹細胞様細胞の放射線感受性を高める)Int J Mol Sci. 2014 Jun 18;15(6):11013-29. 

髄芽腫(medulloblastoma)は、神経系に発生する悪性腫瘍で、非常に予後が悪い脳腫瘍です。がん幹細胞が抗がん剤や放射線治療に抵抗性を示すので、治療を行っても再発を高頻度におこします。
この論文では、COX-2阻害剤のセレコキシブがSTAT3のリン酸化を阻害して、がん幹細胞様の性質を抑制することによって放射線感受性を高める効果を報告しています。 

セレコキシブはCOX-2阻害作用だけでなく、COX-2非依存性の機序での抗腫瘍効果も知られています。
IL-6/JAK/STAT3の阻害作用も関連していることが示唆されているので、がん治療に積極的に利用する価値は高いと思います。 進行がん患者の多くで血中のIL-6の濃度が高くなっており、IL-6の量が多いほどがんの進行が早く、予後が悪いことが知られています。
がんとの共存を考えるとき炎症性サイトカインの産生やIL-6/JAK/STAT3経路や血管新生の過程を阻害する方法の組合せが期待できます。この目的には、セレコキシブ、ジインドリルメタン、オーラノフィン、サリドマイドの組合せは効果が期待できます。

図:がん組織内では組織傷害や細菌感染などによって線維芽細胞やマクロファージが活性化されて炎症応答が起こる(①)。炎症反応で産生されるIL-1βやTNF-αや活性酸素は炎症性転写因子のNF-κBを活性化し、IL-6遺伝子の発現を亢進する(②)。炎症応答でTGFβ(Transforming Growth Factor β)とCOX-2(シクロオキシゲナーゼ-2)の発現が誘導され、COX-2はPGE2(プロスタグランジンE2)の産生を高める。TGFβとPGE2はIL-6の産生を亢進する(③)。IL-6はIL-6受容体を介してJAK(ヤーヌスキナーゼ)を活性化し、細胞の増殖と生存を制御するSTAT3経路、PI3K/AKT経路、MAPK経路を活性化する(④)。その結果、がん細胞の増殖や転移やアポトーシス抵抗性が促進され、がん細胞はがん幹細胞の性質を獲得し、さらに血管新生が亢進する(⑤)。PGE2はがん細胞に直接的に作用して増殖や転移を促進する(⑥)。セレコキシブはCOX-2活性を阻害し(⑦)、イベルメクチンとオーラノフィンはSTAT3の活性化を阻害する(⑧)。ジインドリルメタンはNF-κB/IL-6/JAK/STAT3経路を阻害し(⑨)、サリドマイドとオーラノフィンはTNF-αの発現とIκBキナーゼを阻害してNF-κBを阻害する(⑩)。このような抗炎症作用はがん細胞の増殖や浸潤を抑制し、抗がん剤感受性を高める。

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