680)2−デオキシ-D-グルコースのヘキソサミン生合成阻害作用

図:がん細胞はグルコース・トランスポーター(GLUT-1)からのグルコース(ブドウ糖)の取込みが亢進し(①)、解糖系(1分子のグルコースが2分子のピルビン酸に分解される過程)が亢進している(②)。グルコース6リン酸から派生するペントースリン酸経路(③)では、還元剤のNADPHと核酸合成の材料になるリボース5リン酸が産生される(④)。グルタミンとフルクトース6リン酸を基質として、グルタミン・フルクトース-6-リン酸アミノトランスフェラーゼ(GFAT)の働きで、グルコサミン6-リン酸が生成され(⑤)、UDP-N-アセチルグルコサミン(UDP-GlcNAc)が生成する(⑥)。UDP-GlcNAcは糖タンパク質や糖脂質やプロテオグリカンの合成に使われる(⑦)。UDP-GlcNAcを生成する経路をヘキソサミン生合成経路という(⑧)。2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)は、ヘキソキナーゼ(HK)で代謝されて2-DG-6リン酸(2-DG-6-PO4)に変換され(⑨)、2-DG-6-PO4はヘキソキナーゼ(HK)とホスホグルコースイソメラーゼ(PGI)を阻害する(⑩)。その結果、2-DGは解糖系とペントース・リン酸経路とヘキソサミン生合成経路を阻害して、がん細胞の増殖を阻害する。

680)2−デオキシ-D-グルコースのヘキソサミン生合成阻害作用

【2-デオキシ-D-グルコースは解糖を阻害する】
がん細胞の性質は多様で不均一ですが、ほとんどのがん細胞に共通しているのは、エネルギー産生(ATP産生)をミトコンドリアにおける酸素呼吸(酸化的リン酸化)ではなく、細胞質における解糖系に依存していることです。これは好気的解糖とかワールブルグ効果(Warburg effect)として知られています。
解糖系は細胞質内で起こる10の酵素反応からなり、1分子のグルコースが2分子のピルビン酸になる過程で2分子のATPを酸素を使わずに作り出します。
解糖系は、地球の大気に酸素が存在するようになる前から生物に存在した高度に保存された経路です。解糖の英語のGlycolysisのlysisは「分ける」という意味です。つまり解糖(Glycolysis)というのは、1分子のグルコースを2分子のピルビン酸に分けることに由来する命名です。
解糖系阻害剤の一つが、代謝されないグルコース類縁物質の2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)です。
2-DGはグルコースと同じトランスポーター(輸送担体)で取り込まれるので、細胞内の取込みの段階でグルコースの拮抗阻害剤として作用します。
細胞内では、ヘキソキナーゼによってリン酸化されて、2-デオキシグルコース-6リン酸(2-DG-6リン酸)に変換されますが、この2-DG-6リン酸は解糖系の先の代謝系には進めない(ヘキソキナーゼの先の解糖系酵素で代謝できない)ので、細胞内に蓄積します。
特に、がん細胞は2-DG-6リン酸を脱リン酸化して2-DGに戻すホスファターゼ活性が低下しているので、がん細胞内に2-DG-6リン酸が蓄積します。
蓄積した2-DG-6リン酸は解糖系酵素のヘキソキナーゼホスホグルコースイソメラーゼ(グルコースリン酸イソメラーゼ)をフィードバックで阻害する作用があり、取り込まれたグルコースの解糖系での代謝を阻害し、ATP産生や物質合成を低下させます(下図)。

図:2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)はグルコース(ブドウ糖)の2位のOHがHに変わっているグルコース類縁物質(①)で、グルコースと同様にグルコーストランスポーター(GLUT1)によって細胞内に取り込まれる(②)。細胞内のヘキソキナーゼで2-DG-6リン酸(2-DG-6-PO4)になるが、それから先の解糖系酵素では代謝できないので細胞内に蓄積する(③)。蓄積した2-DG-6リン酸はヘキソキナーゼ(HK)とホスホグルコースイソメラーゼ(PGI)をフィードバック的に阻害するので、グルコースの解糖系での代謝を阻害する(④)。

【2-DGはペントースリン酸経路を阻害する】
解糖中間体は多くの生合成系へと流れていきますが、その一つがペントースリン酸経路です。
ペントースリン酸経路とは、解糖系の中間体のグルコース6リン酸から分岐し、同じく解糖系の中間体 グリセルアルデヒド3リン酸に戻る経路(回路)です。解糖系と同様に細胞質に存在する経路で、補酵素の一つであるNADPHを産生し、核酸の原料となるリボース5リン酸などの5単糖 (ペントース) を産生します。
NADPHは還元剤です。脂肪酸やステロイドの合成、抗酸化物質のグルタチオンやチオレドキシンの還元剤として使用されます。
解糖系はATPを産生します。ペントースリン酸経路はATP産生には関与せず、核酸の原料や還元剤(NADPH)の産生を行っています。
細胞が増殖するにはエネルギー(ATP)だけでなく、核酸や脂肪酸などの物質合成や、酸化ストレスを軽減する還元剤の需要も増えます。したがって、がん細胞では、解糖系とペントースリン酸経路が亢進しています
2-デオキシ-D-グルコースはヘキソキナーゼとホスホグルコースイソメラーゼを阻害するので、グルコースの解糖系と同時にペントースリン酸経路を阻害してNADPHと5単糖 (ペントース)の産生を阻害します(下図)。

図:解糖系は1分子のグルコースが2分子のピルビン酸に分解される過程で2分子のATPが産生される(①)。グルコース6リン酸から派生するペントースリン酸経路(②)では、還元剤のNADPHが2分子産生され(③)、核酸合成の材料になるリボース5リン酸が産生される(④)。がん細胞ではグルコースの取込みが増え、解糖系とペントースリン酸経路が亢進して、細胞分裂のためのエネルギー(ATP)と物質合成(核酸、脂肪酸、NADPHなど)が亢進している。2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)は、ヘキソキナーゼ(HK)で代謝されて2-DG-6リン酸(2-DG-6-PO4)に変換され(⑤)、2-DG-6-PO4はヘキソキナーゼ(HK)とホスホグルコースイソメラーゼ(PGI)を阻害する(⑥)ので、グルコースのペントース・リン酸経路での代謝を阻害する。

【糖タンパク質の糖鎖はヘキソサミン経路で作られる】
タンパク質は遺伝子によって決められた配列によってアミノ酸が結合して作られます。タンパク質が作られるとき、まず遺伝子(DNA)からメッセンジャーRNAが転写されます。このメッセンジャーRNAからタンパク質が合成される過程を「翻訳」と言います。メッセンジャーRNAからポリペプチドへの翻訳はリボソームで行われます。
翻訳後のポリペプチド鎖は小胞体で3次元的に折り畳まれます(下図)。

図:DNA上の遺伝子からRNAポリメラーゼや転写因子の働きによってmRNAが生成される過程を転写という(①)。mRNAの情報に基づき、リボソームにおいてアミノ酸が順番に結合してタンパク質が生成されることを翻訳という(②)。翻訳後のポリペプチド鎖は小胞体で3次元的に折り畳まれる(③)。

できたタンパク質はさらにリン酸アセチル基糖鎖などが結合して、タンパク質の活性や働きが変化します。このようなタンパク質の修飾を翻訳後修飾と言います(下図)。このような翻訳後修飾によってタンパク質の働きが制御されています。

図:タンパク質はリボソームで合成され(①)、小胞体で折り畳まれ(②)、ゴルジ体で糖鎖が結合して糖タンパク質になって、細胞内や細胞外に分布して機能を発揮する(④)。翻訳後のタンパク質の多くのタンパク質はさらに、リン酸化、糖鎖付加、脂質付加、アセチル化、メチル化などの翻訳後修飾(⑥)を受けることによって機能を持つようになる。

糖鎖には、O-結合型糖鎖(セリン・スレオニン結合型糖鎖)と、N-結合型糖鎖(アスパラギン結合型糖鎖)とが存在します。
O-結合型糖鎖はアミノ酸のセリン(Ser)やスレオニン(Thr)側鎖の水酸基に結合していて、N型糖鎖はアスパラギン(Asn)残基に結合しています(下図)。

図:O-結合型糖鎖はタンパク質のセリン(Ser)やスレオニン(Thr)残基に、糖供与体のウリジン2リン酸-N-アセチルグルコサミン (UDP-GlcNAc) からのN-アセチルグルコサミンが結合している。O-結合型糖鎖では、アスパラギン(Asn)残基にN-アセチルグルコサミンが結合している。

この糖鎖結合の過程に使われるのがウリジン2リン酸(UDP)-N-アセチルグルコサミン(UDP-GlcNAc)です。UDP-GlcNAcは糖タンパク質、糖脂質、プロテオグリカンの合成に使われます。
このUDP-GlcNAcはヘキソサミン生合成経路で合成されます。
解糖系のグルコース-6-リン酸の次のフルクトース-6-リン酸はヘキソサミン生合成系に入り、UDP-N-アセチルグルコサミン(UDP-GlcNAc)を産生します。
グルタミンとフルクトース6リン酸を基質として、グルタミン-フルクトース-6-リン酸アミノトランスフェラーゼ(GFAT)の働きで、グルコサミン6-リン酸が生成され、N-アセチルグルコサミン6-リン酸はN-アセチルグルコサミン1-リン酸に変換されます。
ヘキソサミン経路の最終段階では、UDP-N-アセチルグルコサミンピロホスホリラーゼ(UAP)の働きで、N-アセチルグルコサミン1-リン酸にウリジン2リン酸(UDP)が付加され、UDP-N-アセチルグルコサミン(UDP-GlcNAc)が生成します。

図:解糖系のフルクトース-6-リン酸(①)にグルタミン-フルクトース-6-リン酸アミノトランスフェラーゼ(GFAT)の働きで(②)、グルタミンと結合して、グルコサミン6-リン酸が生成され(③)、UDP-N-アセチルグルコサミン(UDP-GlcNAc)が生成する(④)。UDP-GlcNAcは糖タンパク質の産生に使われる(⑤)。UDP-GlcNAcを生成する経路をヘキソサミン生合成経路という(⑥)。

UDP-GlcNAcはUDPガラクトース-4-エピメラーゼによってUDP-N-アセチルガラクトサミン(UDP-GalNAc)との間で相互変換できます。
タンパク質のセリンやスレオニン残基に、糖供与体のウリジン2リン酸-N-アセチルグルコサミン (UDP-GlcNAc) からのN-アセチルグルコサミンの転移を触媒するのが、O-GlcNAc転移酵素 (OGT)で、タンパク質からN-アセチルグルコサミンを除去する酵素がO-GlcNAcase(N-アセチルグルコサミニダーゼ)です。

図:タンパク質のセリン(Ser)やスレオニン(Thr)にN-アセチルグルコサミンが結合することによってタンパク質の働きが制御されている。N-アセチルグルコサミンの結合は、結合を触媒する酵素(O-GlcNAc転移酵素)と除去する酵素(O-GlcNAcase)によって制御されている。

タンパク質に結合したN-アセチルグルコサミンにさらに様々な単糖が結合して糖鎖が作られます。糖鎖が結合したタンパク質を糖タンパク質と言います。多くの膜結合タンパク質や分泌タンパク質が糖タンパク質です。
上述のように、糖質とタンパク質はN-グリコシド結合もしくはO-グリコシド結合によって結合します。
この修飾は小胞体とゴルジ体で起こります。
糖タンパク質に含まれる糖質のうち主要なものは、グルコース、ガラクトース、フコース、マンノース、N-アセチルノイラミン酸、N-アセチルガラクトサミン(GalNAc)、N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)などです。
糖鎖がタンパク質と共有結合して、たんぱく質の活性や安定性を変化させます。つまり、糖タンパク質の生成は糖代謝とシグナル伝達の接点となります。
転写因子やRNAポリメラーゼIIのようないくつかの細胞内タンパク質はO-GlcNAcの結合によって修飾されます。

【UDP-N-アセチルグルコサミンはプロテオグリカンの材料にもなる】
UDP-N-アセチルグルコサミン(UDP-GlcNAc)は細胞外マトリクスや結合組織にみられるプロテオグリカンの産生にも使われます。
プロテオグリカンの一つのヒアルロン酸はD-グルクロン酸がGlcNAcと結合した二糖単位が連結してできており、この高度に水和しているプロテオグリカンは、関節の潤滑剤として働く滑液の成分となっています。
全てのがん組織にはがん細胞(実質細胞)の他に間質が存在します。間質には線維芽細胞や炎症細胞や免疫細胞のような細胞成分の他に、ヒアルロナン(ヒアルロン酸)やコラーゲン線維のような非細胞成分や、血管やリンパ管などが存在します。このような間質は、がん細胞を支持し、生存や増殖を促進する役割を担っています。
ヒアルロン酸(hyaluronic acid)は学術上はヒアルロナン(hyaluronan)といいますが、一般的にはヒアルロン酸と呼ばれています。
多くのがんの間質ではヒアルロン酸(ヒアルロナン)が増えています。
ヒアルロン酸はN-アセチルグルコサミンとグルクロン酸の二糖単位が連結した構造で、極めて高分子量で、水分を保持し、弾力性を高めるので、シワを消す目的で美容整形で注射されている成分と同じです。水との親水性が高い為、保水力が高く、肌のハリや弾力を保つ為には必要な成分です。変形性膝関節症などで痛みを軽減する目的で関節に注入する場合もあります。

図: ヒアルロン酸(ヒアルロナン)はN-アセチルグルコサミンとグルクロン酸の二糖単位が連結した構造で、分子の間に水分子(H2O)を保持するので、保水力が高く、膨潤性を示す。

このように水分を多量に保持する作用があるので、がん組織の間質にヒアルロン酸が増えると、がん組織の体積が増え、組織に圧力が高まります。その結果、がん組織内の血管を押しつぶして、抗がん剤や免疫細胞の到達を阻害すると考えられています。さらに、低酸素状態が強くなると放射線治療の効き目を弱めます。
結合組織の多いがんが治療成績が不良であることは、スキルス胃がんや乳がんの硬がんなどでも知られています。結合組織が増えているがんは予後不良と一般的に考えられています。したがって、がん組織の結合組織(特にヒアルロン酸)を減らす方法ががん治療法として研究されています。

【2−デオキシ-D-グルコースはヘキソサミン生合成を阻害する】
もし、正常細胞には取り込まれず、がん細胞に多く取り込まれて、ヘキソサミン生合成を阻害する物質があれば、それはがん治療に効果が期待できます。
2−デオキシ-D-グルコースがヘキソサミン生合成を阻害することが報告されています。以下のような報告があります。

2-Deoxy-d-glucose increases GFAT1 phosphorylation resulting in endoplasmic reticulum-related apoptosis via disruption of protein N-glycosylation in pancreatic cancer cells.(2-デオキシ-d-グルコースはGFAT1リン酸化を増加させ、膵臓がん細胞のタンパク質N-グリコシル化の阻害を介して小胞体関連アポトーシスを引き起こす)Biochem Biophys Res Commun. 2018 Jun 27;501(3):668-673. 

【要旨】
解糖系阻害剤の2-デオキシ-d-グルコース(2DG)はエネルギー飢餓を引き起こし、多くの種類のがん細胞株の細胞生存率に影響を与える。膵臓がん細胞における2DGの作用を検討するために、2DG投与後の膵臓がん細胞株のプロテオーム解析を実施した。
2DG投与によって80個のタンパク質に発現の変化が見られた。これらの中で、ホスホヘキソース代謝に関与するタンパク質の発現亢進が認められた。
糖タンパク質を維持するために必要なウリジン二リン酸N-アセチルグルコサミン(UDP-GlcNAc)を生成するヘキソサミン生合成経路で作用するフルクトース6-リン酸アミノトランスフェラーゼ1(GFAT1)が、mRNAおよびタンパク質レベルで発現の亢進を認めた。
そこで、N糖タンパク質の総量を測定した。
予想外に、総N糖タンパク質の減少と、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)によるGFAT1のリン酸化を認めた。これらの実験結果は、ヘキソサミン生合成経路の異常を示唆している。
さらに、2DGを投与した細胞では、グルコース応答タンパク質78(glucose response protein 78:GRP78)C / EBP相同タンパク質(C/EBP-homologous protein :CHOP)などの小胞体ストレスマーカーの発現の増加を認め、2DGが小胞体ストレスを誘導することが示された。
さらに、メトホルミンによるAMPKの相加的活性化は、2DGの存在下でタンパク質のNグリコシル化の減少と細胞増殖阻害を相乗的に増強した。
これらの結果は、膵臓がん細胞において2DGがGFAT1のリン酸化を亢進し、タンパク質のNグリコシル化を低下させ、小胞体ストレスを亢進して細胞増殖の阻害を引き起こすことを示唆している。

つまり、2-デオキシ-D-グルコースは、ヘキソサミン生合成経路で作用するフルクトース6-リン酸アミノトランスフェラーゼ1(GFAT1)をリン酸化してタンパク質のN-グリコシル化を阻害し、小胞体ストレスを引き起こしてアポトーシスを誘導するということです。
さらにメトホルミンはAMPKを活性化して、GFAT1のリン酸化を相乗的に増やすので、2DGとメトホルミンの併用は、タンパク質のN-グリコシル化の阻害と小胞体ストレス誘導において相乗効果が期待できると言う結果です。
2-デオキシ-D-グルコースとメトホルミンの相乗的な抗がん作用については、他にも多くの報告があります。

【2-デオキシ-D-グルコースとメトホルミンの相乗効果】 

がん細胞のエネルギー産生経路を2-デオキシ-D-グルコースとメトホルミンで二重阻害すると抗腫瘍効果が増強することがマウスを使った移植腫瘍の実験で示されています。以下のような報告があります。 

Dual inhibition of Tumor Energy Pathway by 2-deoxy glucose and metformin Is Effective Against a Broad Spectrum of Preclinical Cancer Models(2-デオキシグルコースとメトホルミンによる腫瘍細胞のエネルギー産生経路の2重の阻害は、多くの前臨床の動物実験モデルにおいて効果がある) Mol Cancer Ther. 10(12): 2350-2362, 2011年


この論文では、様々な種類のがん細胞をマウスに移植した実験モデルを用いて、2-デオキシグルコース(2-DG)とメトホルミンを同時に投与すると、抗腫瘍効果が相乗的に高まることを報告しています。
2-DGとメトホルミンはそれぞれ単独では抗腫瘍効果は強くはありませんが、併用すると強い抗腫瘍効果が得られるという結果です。


培養がん細胞を用いた実験では、2-DGで解糖系を阻害しても、がん細胞を死滅させるだけの効果はありませんが、メトホルミンを同時に投与すると、がん細胞は死滅しました。
マウスの移植腫瘍の実験系でも、2-DGとメトホルミンを同時に投与すると、がん組織が著明に縮小しました。

メトホルミンはミトコンドリアの呼吸鎖(電子伝達系)を阻害してATP産生を阻害する作用がありますが、さらにAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化してmTORC1(哺乳類ラパマイシン標的蛋白質複合体-1)の活性を阻害することによってがん細胞の増殖を阻害します。


一方、2-DGはグルコースの解糖系とペントース・リン酸経路での代謝を阻害することによって、エネルギー産生と物質合成を抑制し、その結果、がん細胞の増殖が抑えられます。


すなわち、2-DGとメトホルミンの同時投与は、がん細胞のエネルギー産生と物質合成と増殖シグナル伝達を効率的に阻害することによって、がん細胞の増殖を阻害することができるのです。以下のような報告があります。 

Co-treatment of breast cancer cells with pharmacologic doses of 2-deoxy-D-glucose and metformin: Starving tumors.(薬理学的用量の2-デオキシ-D-グルコースとメトホルミンによる乳がん細胞の併用治療:がん細胞の飢餓)Oncol Rep. 2017 Apr;37(4):2418-2424.

【要旨】
がん細胞のエネルギー産生の特徴は、好気的解糖である。従って、解糖の阻害は、がん細胞に選択的な治療法となる。
解糖系を阻害する2-デオキシ-D-グルコース(2DG)は、多くのがん細胞においてアポトーシス(細胞死)を誘導することが示されている。さらに、糖尿病治療薬のメトホルミンの抗腫瘍活性が実証されている。
本研究では、2DGとメトホルミンの薬理学的用量の組み合わせが抗腫瘍効果を高めるかどうかを確認することを目的とした。
トリプルネガティブ乳がん(TNBC)細胞のMDA-MB-231およびHCC1806細胞を用いて、2DGとメトホルミンのそれぞれ単独の投与と併用投与の場合の細胞生存率を測定した。
アポトーシスの誘導は、ミトコンドリア膜電位の低下およびPARP(ポリADPリボースポリメラーゼ)の切断の測定によって定量した。
2DGまたはメトホルミンによる乳がん細胞の治療は、細胞生存率の有意な低下およびアポトーシスの増加をもたらした。
2DGとメトホルミンを同時に投与すると、それぞれ単一で投与した場合と比較して、細胞生存率が有意に低下した。この細胞生存率の低下は、アポトーシスの誘導によるものであった。
さらに、アポトーシス誘導に関しては、単剤で投与した場合と比較して、併用投与はより強い誘導効果を示した。
ヒト乳がん細胞の解糖系亢進は、治療のターゲットになりうる。解糖系阻害剤の2DGおよび糖尿病治療薬のメトホルミンの併用投与は副作用が少なく、乳がんに対する適切な治療法になるかもしれない

トリプルネガティブ乳がんに対してメトホルミンと2-デオキシ-D-グルコースの併用が抗腫瘍効果を高めることは他にも多数の論文があり、最近増えています。がん細胞では解糖系が亢進しているので、メトホルミンだけでは抗腫瘍効果が十分に得られないことが分ってきたからです。
メトホルミンをがん治療に使うときには、がん細胞の解糖系を阻害する方法を併用することが重要と言えます。

【ケトン食+2-デオキシグルコース+メトホルミン+ジクロロ酢酸の相乗効果】
がん細胞におけるワールブルグ効果を抑制し、エネルギー代謝を正常に是正すれば、がん細胞の増殖を抑制し、細胞死を誘導できます。絶食はがん細胞のワールブルグ効果を是正してがん細胞を死滅させる効果が期待できます。しかし、長期間の絶食は体力や栄養状態を低下させる欠点があります。体力や栄養状態を低下させないで絶食と同じような効果が期待できる方法としてケトン食があります。

図:糖質摂取を極力減らし、脂肪の摂取を増やしてケトン体の産生を増やすケトン食は、グルコースの取込みや解糖系を抑制(=正常化)し、NADPHの産生を低下させ、がん細胞内の活性酸素消去能を低下させる。さらに、ケトン食の主要なエネルギー源となる脂肪酸とケトン体はミトコンドリアでアセチルCoAに変換されて代謝されるため、これらをエネルギー源として利用すると活性酸素の産生が亢進してダメージを受けることになる。つまり、ケトン食はがん細胞に対してエネルギー産生を抑制し、活性酸素の産生を高めて酸化ストレスを亢進する2つの機序によってがん細胞を自滅させることができる。(参考:Redox Biology 2: 963-970, 2014年)

2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)は解糖系を阻害することによって乳酸とATPの産生を阻害します。
経口糖尿病薬のメトホルミンはミトコンドリアの呼吸酵素を阻害してATPの産生を阻害する作用があります。最近の研究では、メトホルミンが2-DGと同様に解糖系酵素のヘキソキナーゼの活性を阻害する作用も明らかになっています。
したがって、2-DGとメトホルミンを併用すると、がん細胞のエネルギー産生を阻害する効果を高めることができます
2-DGとメトホルミンの同時投与は、がん細胞のエネルギー産生と物質合成と増殖シグナル伝達を効率的に阻害することによって、がん細胞の増殖を阻害することができるのです

メトホルミンには乳酸アシドーシスを引き起こす副作用があります。乳酸が増えて、血液が酸性になる状態です。大きながん組織があると乳酸の産生が増えています。乳酸アシドーシスを防ぐために、肝臓では乳酸をブドウ糖に変換する糖新生が亢進します。メトホルミンは糖新生を阻害する効果があるので、乳酸産生の増加した状態でメトホルミンを服用すると乳酸アシドーシスを起こしやすくなります。
この場合、がん細胞の解糖系を抑制し、ミトコンドリアでの酸素呼吸を増やす2-デオキシグルコースやジクロロ酢酸ナトリウムやケトン食を併用するとメトホルミンによる乳酸アシドーシスの発生を防ぐことができます
特にジクロロ酢酸ナトリウムは乳酸アシドーシスの治療に古くから使用されています。

図: がん細胞は解糖系が亢進して乳酸の産生が増えている(①)。乳酸によるアシドーシス(酸性血症)を防ぐため、肝臓で乳酸をグルコースに変換する。これをコリ回路という(②)。メトホルミンは糖新生を阻害するので、乳酸アシドーシスの副作用を起こしやすい(③)。ケトン食はグルコースの利用を阻害し、脂肪酸とケトン体はミトコンドリアの酸素呼吸(酸化的リン酸化)を亢進する(④)。2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)はがん細胞の解糖系を阻害し(⑤)、ジクロロ酢酸ナトリウム(DCA)はピルビン酸脱水素酵素を活性化してピルビン酸からアセチルCoAへの変換を促進する(⑥)。その結果、2-DGとDCAはメトホルミンによる乳酸アシドーシスを防ぎ、活性酸素の産生を高めて酸化ストレスを亢進する(⑦)。これらは相乗効果で、がん細胞の増殖を抑制できる。

ケトン食だけでは抗腫瘍効果は弱いのですが、2-デオキシグルコース(2-DG)とメトホルミンとジクロロ酢酸ナトリウムを併用すると、がん細胞の増殖を抑制できます。さらに抗酸化システムを阻害するジスルフィラムオーラノフィンを併用すると、がん細胞を酸化ストレスで自滅できます。(510話参照)
以上、いろんな研究を総合すると、2-デオキシ-D-グルコースとメトホルミンとケトン食の併用は、がん治療において効果が期待できるエビデンスが高いと言えます。特に抗がん剤治療を行なっているときは、抗がん剤の抗腫瘍効果を高め、副作用を軽減する効果が期待できます。

以下に2-DGとジクロロ酢酸ナトリウム(+ビタミンB1+R体アルファリポ酸)とメトホルミンを併用したがん治療の有効性のメカニズムをまとめています。

① グルコースが解糖系で代謝されてピルビン酸に変換された後、ピルビン酸脱水素酵素によってミトコンドリア内でアセチルCoAに変換される。

② アセチルCoAはミトコンドリア内でTCA回路と呼吸酵素複合体における酸化的リン酸化によってATPが産生される。

③ R体αリポ酸とビタミンB1はピルビン酸脱水素酵素の活性に必要な補因子。

④ ピルビン酸脱水素酵素はピルビン酸脱水素酵素キナーゼによってリン酸化されることによって活性が阻害されている。

⑤ ジクロロ酢酸ナトリウムはピルビン酸脱水素酵素キナーゼを阻害する作用があり、その結果ピルビン酸脱水素酵素を活性化する。

⑥ メトホルミンは呼吸酵素複合体Iを阻害してミトコンドリアでの活性酸素の産生を増やす。

⑦ 2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)は解答系を阻害してATP産生と物質合成を阻害する。

⑧ 抗がん剤や放射線治療が最終的にがん細胞を死滅するときに活性酸素によって細胞死が誘導される。

したがって、抗がん剤治療や放射線治療を行うときに、2-DG(2-デオキシ-D-グルコース)、ジクロロ酢酸ナトリウム、R体αリポ酸、ビタミンB1、メトホルミンを併用すると、抗腫瘍効果を増強できる。

以上の治療法をがんの補完・代替療法として数年前から多くの患者さんに行っていますが、副作用はほとんど経験せず、確かに効いていますので、がん治療において検討する価値はあります。

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