424)オーラノフィンのチオレドキシン還元酵素阻害作用

図:放射線や抗がん剤はがん細胞に活性酸素の産生を高めて酸化傷害を引き起こして死滅させる。これに対してがん細胞はチオレドキシン・システムを使って酸化傷害を軽減してアポトーシスに抵抗性を獲得する。関節リュウマチの治療薬であるオーラノフィンはチオレドキシン(Trx)還元酵素を阻害する作用があり、がん細胞の抗酸化力と低下させることによって、放射線治療や抗がん剤治療の効果を高めることができる。

424)オーラノフィンのチオレドキシン還元酵素阻害作用

【がん細胞はアポトーシスを起こしにくくなっている】
がん細胞は「細胞の増殖や死の制御」に異常が起こっており、周囲組織を破壊するようにして勢力を拡大していきます。
そこで、がん治療の基本は、がん細胞の増殖(細胞分裂)を阻止したり、細胞死(アポトーシス)を誘導して、がん組織の増大や正常組織の破壊を食い止めることになります。
がんの治療がうまくいかない最大の理由は「がん細胞はアポトーシスに抵抗性になっている」という点です。
アポト-シスというのは、細胞自らが死のスイッチを入れる細胞死の一種です。抗がん剤などでダメージを受けるとがん細胞はアポトーシスのスイッチを入れて死滅します。しかし、がん細胞では様々なメカニズムでアポトーシスが起こりにくくなっているため、抗がん剤治療が効きにくくなっています。
がん細胞のアポトーシス抵抗性を減弱させれば、がん細胞の抗がん剤感受性を高め、がん細胞を死滅させることができます。
特に、がん幹細胞(cancer stem cell)がアポトーシスに抵抗性を示すので、抗がん剤治療を行って腫瘍が消滅したように見えても、がん幹細胞は生き残って再発することになります。
がん幹細胞は腫瘍始原細胞(tumor initiating cell)とも呼ばれ、がん細胞を生み出すもとになる細胞であり、がん組織中に少数(数%程度)存在しています。
がん幹細胞は、分化したがん細胞よりも抗がん剤や放射線治療に対する抵抗性が高い(治療が効きにくい)ことが知られています。
その理由として、がん幹細胞は抗がん剤の排出能力や解毒能力が高いことが指摘されています。例えば、細胞内の薬剤を排出するABC(ATP-binding cassette) transporterが高発現しているために抗がん剤が効きにくいことが報告されています。
また、活性酸素などのフリーラジカルを消去する活性を高めて、抗がん剤や放射線治療が効きにくくしていることが報告されています。
さらに、がん幹細胞はダメージを受けたDNAを修復する能力が高く、抗がん剤や放射線で遺伝子がダメージを受けても簡単には死ににくい性質を持っています。

【がん細胞の酸化ストレスを高めると死にやすくなる】
がん細胞のエネルギー産生の最大の特徴である「解糖系の亢進と酸化的リン酸化の抑制」というワールブルグ効果の理由の一つは、「がん細胞が酸化ストレスを高めない」ためです。
がん細胞は細胞内に様々な異常があり、ミトコンドリアでの酸素を使ったエネルギー産生の過程では活性酸素が発生しやすい状態にあります。そのため、酸素が十分に存在する状況でも、ミトコンドリアでの酸素を使ったエネルギー産生を抑制しているのです(下図)。

図:上図で赤の矢印と文字はがん細胞で活性化あるいは増えていることを示している。がん細胞ではミトコンドリアの呼吸鎖の異常などによって酸素を使ってATPを産生すると活性酸素の産生量が増える状況にある。そこでがん細胞ではミトコンドリアでのATP産生を抑制して酸化ストレスの増大を防いでいる。そのため、非効率的なエネルギー産生系である解糖系が亢進していて乳酸の産生が増えている。また、ペントース・リン酸経路が亢進し、この経路でできるNADPHは活性酸素の消去に使われる。がん細胞ではミトコンドリアでの代謝を抑えているので、ミトコンドリアで代謝される脂肪酸やケトン体をエネルギー源として利用することができない。(参考:Redox Biology 2: 963-970, 2014年)

つまり、がん細胞のエネルギー産生は解糖系に依存していますが、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化が亢進すると活性酸素の産生量が増え、酸化ストレスが高まると細胞死を起こすことになります(下図)。その結果、がん細胞はミトコンドリアで代謝される脂肪酸やケトン体を利用できず、細胞質でグルコースを分解する解糖系が亢進しているのです。


図:がん細胞は酸素を使わない解糖系でグルコースを代謝してエネルギーを産生し、ミトコンドリアでの酸素を使ったエネルギー産生(酸化的リン酸化)が抑制されている。がん細胞でミトコンドリアでの酸化的リン酸化によるエネルギー産生を増やすと、活性酸素の産生が増え、細胞は酸化傷害によるダメージを受け、アポトーシスが誘導されて死滅する。
 
放射線や多くの抗がん剤は活性酸素を産生してがん細胞にダメージを与えて死滅させます。一方、がん細胞は細胞内の抗酸化システムを増強して活性酸素による酸化傷害からダメージを軽減しようとします。
このようなメカニズムとして、活性酸素を消去するグルタチオンチオレドキシン、抗酸化酵素の発現を誘導する転写因子(Nrf2など)の活性化などがあります。
活性酸素は細胞内のタンパク質や核酸(DNAやRNA)に非可逆的なダメージを与える作用があり、その結果、細胞死(アポトーシス)が誘導されます。
それに対して、細胞内では抗酸化酵素(スーパーオキシド・ディスムターゼ、カタラーゼなど)や抗酸化物質(グルタチオンやチオレドキシンなど)によって活性酸素を消去して、酸化傷害によるダメージを軽減しようとする防御機構が存在します。
がん細胞はこの抗酸化システムを利用して、放射線や抗がん剤から死ににくくしようとしているのです(下図)。
 
図:放射線や多くの抗がん剤は活性酸素を産生してがん細胞にダメージ(酸化傷害)を与え、アポトーシスを誘導して死滅させる。がん細胞(特にがん幹細胞)は、活性酸素を消去するグルタチオンやチオレドキシンの細胞内量を高めたり、抗酸化酵素の発現を誘導する転写因子のNrf2の活性を高めたりして、活性酸素によるダメージやアポトーシス誘導に抵抗性を示す。したがって、がん細胞の抗酸化力を減弱させる治療法は放射線治療や抗がん剤治療の効き目を高めることになる。
 
【金属製剤の抗がん作用】
金属の錯体や複合体が抗がん作用を示す例は多く知られています。
例えば、断酒薬のジスルフィラムはその代謝産物のジエチルチオカルバミン酸が銅(Cu)や亜鉛(Zn)と複合体を形成して、酸化ストレスを高めたり、プロテアソームの阻害などの作用機序によって抗がん作用を発揮します。(第419話参照)
また、現在の抗がん剤治療で重要な役割を果たしているのが、シスプラチンをはじめとしたプラチナ(白金)製剤です。シスプラチンは白金を中心としてアンモニアと塩素がそれぞれシス型に配位する構造をとっています。DNAの二重らせん構造に結合してDNAの複製を阻害して、がん細胞を死滅させます。白金製剤として、シスプラチンの他、オキサリプラチンやカルボプラチンがあります。(下図)
図:シスプラチン、カルボプラチン、オキサリプラチンは白金(Pt)の錯体で、DNAに結合してDNA合成を阻害してがん細胞を死滅させる。
 
白金(platinum)は原子番号78の元素です。元素記号はPtです。原子番号79が金(gold)です。元素記号はAuです。つまり、金は白金より原子が一つ多い金属です。
金は古くから病気の治療にも使用されています。紀元前2500年頃に中国では天然痘、皮膚潰瘍、はしかなどに使用された記録があります。
最近では、金製剤はリウマチ性関節炎に有効な治療薬(オーラフィン、シオゾールなど)として保険適用されています。
関節リウマチは自己免疫疾患の一種で、免疫細胞の異常な活性化により、手足の関節に重い関節炎が生じます。関節炎が進行すると、関節が破壊され、関節を動かすことが困難になります。金製剤は関節リウマチで生じる関節の炎症を抑制する作用を示します。
リュウマチに対する金製剤の作用機序はまだ十分に判っていません。様々な作用機序で免疫細胞や炎症細胞の活性を抑制して抗炎症作用を発揮します。
さて、関節リュウマチの治療に使われる金製剤の代表であるオーラノフィンが抗がん作用を有することが最近多く報告されています。
 
【オーラノフィンは関節リュウマチの治療薬】 
オーラノフィン(Auranofin)は、関節リュウマチにおける炎症反応や免疫異常を抑制して、寛解へと導く経口金製剤として1985年以降臨床で使用されています。通常、非ステロイド抗炎症剤を使用しても効果がないときに使われます。
作用機序は十分に解明されていませんが、炎症細胞の機能抑制や、免疫細胞に作用して自己抗体の産生を抑制して、関節における炎症を抑制します。
商品名はリドーラ(Ridaura)でジェネリック医薬品もあります。
通常、成人にはオーラノフィンとして1 日6mg(本剤2 錠)を朝食後及び夕食後の2 回に分割経口します。
主な副作用は下痢や腹痛や口内炎などの消化器症状が1~5%程度、発疹や掻痒などの皮膚症状が2~3%程度、その他1%以下の頻度で蛋白尿、貧血、浮腫、肝障害などが報告されていますが、比較的副作用の少ない安全性の高い薬です。
そして最近、抗腫瘍効果が注目されています。実際、米国ではがん治療へのオーラノフィンの効果を検討する第2相臨床試験の実施がFDA(食品医薬品局)から承認されています。
今まで報告されたオーラノフィンの抗がん作用のメカニズムは多様です。
DNAやRNAやタンパク質の合成阻害や、ミトコンドリアのチオレドキシン還元酵素やグルタチオン-S-トランスフェラーゼやプロテアソームの機能阻害など多くの機序が報告されています。
その中でも、チオレドキシン還元酵素の阻害による抗がん剤作用が注目されています。その一部は419話で解説しています。
 
【オーラノフィンはチオレドキシン還元酵素を阻害する】
チオレドキシン(Thioredoxin: Trx)とは、分子内に酸化還元活性を有するSH基を持つ抗酸化酵素で、活性酸素から細胞を保護する作用を示すほか、細胞内シグナル伝達にも関与する多機能タンパク質です。細胞内における主要な抗酸化機構の一つであり、細菌からヒトに至るまで普遍的に存在しています。
チオレドキシン・システムは、チオレドキシンチオレドキシン還元酵素NADPHより構成されます。
還元型チオレドキシンは、酸化された標的タンパク質に結合し、標的タンパク質のジスルフィド結合(S-S)をチオール基(-SH)に還元し、チオレドキシン自身の チオール基は酸化されます。酸化型チオレドキシンは、NADPHの存在下でチオレドキシン還元酵素の作用により還元され、 再び還元型に戻ります。NADPHはペントースリン酸回路で産生されます。
オーラノフィンはチオレドキシン還元酵素を阻害します
 

図:チオレドキシンは-Cys-Gly-Pro-Cys-という大腸菌から哺乳類までよく保存された活性部位を持ち、この活性部位の2つのシステイン基の間でジスルフィド(S-S)結合を作る酸化型とジチオール(-SH-SH)を作る還元型が存在する。還元型チオレドキシンは、酸化された標的タンパク質に結合して標的タンパク質のジスルフィド結合(S-S)をチオール基(-SH)に還元し、チオレドキシン自身のチオール基(-SH)は酸化されてジスルフィド(S-S)になる。酸化型チオレドキシンは、NADPHの存在下でチオレドキシン還元酵素の作用により還元され、再び還元型に戻る。NADPHはペントースリン酸回路で産生される。オーラノフィンはチオレドキシン還元酵素を阻害する。
 
【がん治療のターゲットとしての抗酸化システム】
膵臓がんや大腸がんや肺がんなど多くのがん細胞でチオレドキシンの過剰発現が報告されています。つまり、がん細胞は細胞内の酸化ストレスを軽減するためにチオレドキシンの量を多くして対応していることが予想されます。
したがって、がん細胞のチオレドキシン・システムを阻害すると抗がん作用を高めることができます
最近、以下のような論文が報告されています。
 
Combined inhibition of glycolysis, the pentose cycle, and thioredoxin metabolism selectively increases cytotoxicity and oxidative stress in human breast and prostate cancer.(解糖とペントースリン酸回路とチオレドキシン代謝の同時阻害は、ヒトの乳がんと前立腺がんにおいて細胞毒性と酸化ストレスを選択的に増加させる)
Redox Biol. 2014 Dec 10;4C:127-135. doi: 10.1016/j.redox.2014.12.001. [Epub ahead of print]
 
【要旨】
ヒト前立腺がん細胞株(PC-3とDU145)とヒト乳がん細胞株(MDA-MB231)を使った実験系において、培養細胞の解糖系を2-デオキシ-d-グルコース(2DG; 20mM, 24-48 hr)で阻害し、同時にペントースリン酸回路をデヒドロエピアンドロステロン(DHEA, 300μM, 24-48 hr)で阻害すると、チオール基を介した酸化ストレスの亢進によって細胞死が誘導できる。
驚くべきことに、2DG+DHEAを培養液に添加するときに、細胞内のグルタチオン量を90%枯渇させる濃度のグルタチオン合成の阻害薬(l-buthionine sulfoximine; BSO, 1mM)を同時に添加して48時間経過しても、2DG+DHEAでみられた細胞死のレベルを増強することはなかった。
これとは対象的に、チオレドキシン還元酵素の活性を阻害するオーラノフィン(Auranofin; 1μM)を2DG+DHEA あるいはDHEAのみを添加した培養液に添加すると、3つの細胞株全てにおいて、24時間後には細胞死は顕著に増加した。
さらに、DHEA+オーラノフィンの組合せによって増加した細胞死誘導は、チオールの抗酸化材であるN-アセチルシステイン(NAC, 20mM)の添加によってほぼ完全に阻止された。
PC-3細胞を用いた解析で、DHEA+オーラノフィンの併用投与でチオレドキシン-1の酸化が促進され、N-アセチルシステインによって阻害される事が示された。
重要な点は、正常なヒト乳腺上皮細胞は2DG+DHEA+オーラノフィンの組合せに対して、がん細胞のような細胞死が起こらなかった。
これらの結果は、解糖系とペントースリン酸回路とチオレドキシン代謝を同時に阻害する方法は、がん細胞に選択的に酸化ストレスを誘導して死滅させる有効な手段となる可能性を示唆している
 
DHEA(デヒドロエピアンドロステロン)はペントース・リン酸回路でNADPHを産生するグルコース-6-リン酸デヒドロゲナーゼ(G6PD)を阻害する作用があります。
この実験は培養細胞を使ったin vitroの実験であるため、この結果をそのまま生体内の効果に結びつけることはできません。
その理由は、この実験で使用されている20mMの2-デオキシグルコース(2-DG)と300μMのDHEA(デヒドロエピアンドロステロン)は生体内では達成できない濃度だからです。
しかし1μMのオーラノフィンの濃度は現実的な数値であり、関節リュウマチの治療に使用される服用量で生体内の細胞のチオレドキシン還元酵素を阻害することは可能です
また、ケトン食2-DGを併用すると、がん細胞に選択的に解糖系とペントースリン酸回路の阻害は可能です。
また、ジクロロ酢酸とケトン体によってがん細胞のミトコンドリアを活性化して酸化ストレスを高めると、がん細胞を選択的に死滅させることができます。
また、グルタチオンの産生を阻害するスルファサラジン(サラゾスルファピリジン;商品名サラゾピリン)の併用はオーラノフィンの抗腫瘍効果を高めることができます。ケトン食と2-DGとスルファサラジン(サラゾピリン)の併用は還元型グルタチオンを枯渇してがん細胞を死滅できます。(346話参照)
アルコールを飲まない場合は、ジスルフィラムの併用はさらに抗腫瘍効果を高めます。(419話参照)
このような治療法のメカニズムを以下の図にまとめています。 
 
 

図:がん細胞の解糖系やペントース・リン酸回路を阻害するケトン食と2-デオキシグルコース(2-DG)、ミトコンドリアを活性化してがん細胞の酸化ストレスを高めるジクロロ酢酸やメトホルミン、チオレドキシンやグルタチオンによる抗酸化システムを阻害するオーラノフィンやサラゾピリンを組み合わせるとがん細胞の酸化ストレスを高めて死滅させることができる。
 
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