がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
508)代謝をターゲットにしたがん治療(その3):ミトコンドリアを増やすとがん細胞は自滅する?

図:がん細胞の代謝の特徴であるワールブルグ効果(解糖系の亢進と酸化的リン酸化の抑制)を正常化し、がん細胞の酸化ストレスを高める方法として、がん細胞の解糖系やペントース・リン酸回路を阻害するケトン食と2-デオキシグルコース(2-DG)、ミトコンドリアでの代謝を促進するジクロロ酢酸、呼吸鎖を阻害して活性酸素の産生を高めるメトホルミンやレスベラトロール、細胞質でフリーラジカルを産生するアルテスネイトや半枝蓮、抗酸化システム(グルタチオンやチオレドキシン)を阻害するオーラノフィンやジスルフィラムがある。さらに、メトホルミンはグルタミンの利用を阻害し、PPARリガンドのベザフィブラートとケトン食とメトホルミンとレスベラトロールはミトコンドリア新生を促進して活性酸素の産生を増やす。これらを組み合わせると、がん細胞のエネルギー産生と物質合成を阻害し、さらに酸化ストレスを高めてがん細胞を自滅させることができる。
508)代謝をターゲットにしたがん治療(その3):ミトコンドリアを増やすとがん細胞は自滅する?
【ミトコンドリアは元々は細菌だった】
ミトコンドリアは赤血球以外の全ての細胞に存在する細胞内小器官です。1個の細胞当たり平均で300〜400個のミトコンドリアが存在します。肝臓や腎臓や筋肉や脳など代謝が活発な細胞には数千個のミトコンドリアが存在し、細胞質の40%程度を占めています。体全体で体重の約10%を占めると言われています。
真核細胞のミトコンドリアは好気性細菌のαプロテオバクテリアが原始真核細胞に寄生したものという「細胞内共生説」が定説になっています。
図:嫌気性の原始真核細胞に好気性細菌のαプロテオバクテリアが食作用で取り込まれ、共生するようになり、ミトコンドリアになった。αプロテオバクテリアに存在していた遺伝子の多くは真核細胞の核内に移動し、ミトコンドリアのたんぱく質の多くは核の遺伝情報によって作られる。
まだ酸素が無い太古の地球に生きていた生物は解糖系のみでエネルギーを得ていました。ところが、海中に発生した藻類が光合成によって吐き出す酸素が大気中に増えていくと、酸素の無い環境で生きていた生物は酸化力の強い酸素に触れることでダメージを受けるようになります。そのためこの時期には原始真核生物の多くが絶滅し、あるいは酸素の影響を受けることのない深海などに移動していきました。このような状況で誕生したのが、酸素を使ってATPを生成する好気性細菌です。
そして、約20億年前に好気性細菌のα-プロテオバクテリアが原始真核細胞に寄生してミトコンドリアになったと考えられています。
大気中に増える酸素による悪影響に苦しんでいた嫌気性の原始真核生物にとって、酸素を使ってATPを作り出す好気性細菌との共生は好都合でした。好気性細菌は生体にダメージを与える酸素をグルコースに結合させ、二酸化炭素と水に分解し、さらにその過程でATPを大量に生成することができるからです。この細胞内共生によって酸素が豊富な環境で生物が急速に進化することになります。
このように、ミトコンドリアはかつて細菌であったため、見かけは細菌に似ています。直径は1ミクロン(1ミクロンは1000分の1ミリ)以下で、長さは1〜4ミクロン程度で、俵型やいも虫様の立体構造をしています。
ミトコンドリアは2枚の膜(内膜と外膜)によって細胞質から隔てられ、内膜は複雑に入り組んで「クリステ」という無数の襞や管を形成しています。内膜が襞上にくびれているのは、表面積を増やすためで、この内膜でATPの産生が行われています。内膜上に電子伝達系やATP合成にかかわる酵素群などが一定の配置で並んでいます。マトリックスには、TCA回路に関わる酵素やミトコンドリア独自のDNAなどが含まれています。たんぱく質合成のためにリボソームも持っていてミトコンドリア内でたんぱく合成もできます(図)。そして、ミトコンドリア自身が増殖もします。
図:細胞内には機能を分担するために、様々な小器官が存在する。ミトコンドリアは酸素を使ってグルコースや脂肪酸やアミノ酸を燃焼してATPを産生する働きや、物質代謝やアポトーシスの制御など多彩は機能を持っている。
ミトコンドリアは酸素を使ってグルコース(ブドウ糖)や脂肪酸やアミノ酸を燃焼してエネルギーのATP(アデノシン3リン酸)を産生する働きがあります。
ミトコンドリアはATPの産生以外に、カルシウム代謝の制御、様々な物質の合成、アポトーシス(細胞死)の制御など重要な細胞機能を担っています。
このように、ミトコンドリアは細胞の生存と死の両方の制御に重要な働きを担ってます。この点が、がん治療のターゲットとしてミトコンドリアが注目されている理由です。
ミトコンドリアの働きを活性化するとがん細胞の増殖や転移が抑制されることが報告されています(506話参照)。しかし一方、ミトコンドリアの活性化が、逆に増殖や転移を促進する場合があることが報告されています。
このように、がん細胞のミトコンドリアの活性化によるがん治療には賛否両論がある状態です。これは、ミトコンドリアの活性化や活性酸素の産生のレベルが関係しています。中途半端な活性化では細胞活性を亢進し、高度な活性化では細胞活性を抑制すると考えるのが妥当です。活性酸素の発生を増やし、酸化ストレスを極度に高めるとがん細胞の機能は破綻して自滅するのです。
【PGC-1αを活性化するとミトコンドリアが増える】
細胞内のミトコンドリアの増殖を刺激することによって、細胞内のミトコンドリアの数と量を増やすことができます。
その方法として、ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体(PPAR)のリガンド(ベザフィブラートなど)、AMPプロテインキナーゼ(AMPK)を活性化するメトホルミン、カロリー制限、ケトン体のβヒドロキシ酪酸などが報告されています。
ミトコンドリアが増えることを「ミトコンドリア新生」や「ミトコンドリア発生」と呼んでいます。細胞内でミトコンドリアが新しく発生することです。通常、既存のミトコンドリアが増大して分かれて増えていきます。
ミトコンドリア新生で最も重要な働きを担っているのが、PGC-1α(Peroxisome Proliferative activated receptor gamma coactivator-1α)です。日本訳は「ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γコアクチベーター1α」です。PARのリガンド(ベザフィブラートなど)やメトホルミンやカロリー制限やβヒドロキシ酪酸はこのPGC-1αを活性化する作用があります(下図)。
図:カロリー制限はAMP/ATP比とNAD+/NADH比を高めて、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)とサーチュイン(Sirtuins)を活性化し、PGC-1αの発現を亢進する(1)。糖尿病治療薬のメトホルミンやレスベラトロールはミトコンドリアの呼吸酵素複合体Iを阻害して、カロリー制限と類似のメカニズムでPGC-1αたんぱく質の発現を亢進する(2)。ケトン体のβヒドロキシ酪酸やPPARリガンド(ベザフィブラートなど)はPGC-1αたんぱく質の発現を亢進する(3)。PGC−1αの活性化はミトコンドリアを増やし、酸化的リン酸化を亢進し、解糖系が抑制され、乳酸の産生が低下する(4)。その結果、がん細胞の代謝異常の特徴であるワールブルグ効果が是正され、がん細胞の増殖や浸潤が抑制される(5)。
ペルオキシソーム(Peroxisome)は酵母から哺乳動物までのほぼ全ての真核細胞が持っている直径0.1〜2マイクロメートルの単層の膜で囲まれた球状の細胞内小器官です。哺乳類の細胞では1個の細胞に数百から数千個が存在し、多様な物質の酸化反応を行っています。
様々な物質を酸化する酸化酵素(オキシダーゼ)が多く含まれ、これらの酸化酵素は基質となる特定の有機化合物(R)から水素原子を奪う酸化反応を行います。
RH2 + O2 → R + H2O2
その結果、有害な過酸化水素(H2O2)が生じるので、この小器官の中には、過酸化水素を分解するカタラーゼが多く含まれています。
つまり、ペルオキシソームは過酸化水素が発生するような酸化反応を行う場所で、物質を酸化する酸化酵素(オキシダーゼ)が多く含まれ、発生した過酸化水素を消去する細胞内小器官という意味で「ペルオキシソーム」と命名されました。ソーム(-some)というのは細胞内小器官を表わす接尾語です。
ペルオキシソームでは、脂肪酸のベータ酸化、コレステロールや胆汁酸の合成、アミノ酸やプリン体の代謝などが行われています。
ペルオキシソーム増殖因子あるいはペルオキシソーム増殖剤と呼ばれるペルオキシソームを増やす作用がある物質が古くから多数見つかっています。この中には、食事中の脂肪酸や、プラスチック可塑剤のフタル酸エステル類、除草剤のようなものも含まれています。
これらの物質がどのようにしてペルオキシソームを増やすのかという研究の結果、ペルオキシソーム増殖因子が結合する核内受容体が見つかり、「ペルオキシソーム増殖因子で活性化される受容体」という意味で「ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体(Peroxisome proliferator-activated receptor:PPAR)」という長い名前になっています。
このようにPPARは細胞内のペルオキシソームの増生を誘導する受容体として発見されましたが、その後の研究で、糖質や脂質やタンパク質などの物質代謝や細胞分化に密接に関連している転写因子群であることが明らかになりました。脂質や糖質の代謝を促進するので、PPARを活性化する物質は高脂血症や糖尿病の治療薬として臨床で使用されています。
PGC-1αは転写因子のPPAR-γと結合して、PPAR-γの転写活性を高める因子として見つかりました。その後、PGC-1αは核内受容体を中心とするさまざまな転写因子と結合し標的遺伝子の発現を制御するたんぱく質であることが明らかになっています。
PGC-1αはミトコンドリアの量の制御や、エネルギー供給に対する適応の制御に中心的な働きを担っています。
運動の様々な健康作用はPGC-1αによると言われています。
PGC-1αはミトコンドリア新生を亢進します。
AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)とサーチュイン-1(SIRT1)はPGC-1αのリン酸化と脱アセチル化によってPGC-1αの活性を亢進し、ミトコンドリアの新生を促進します。
AMPKとSIRT1は2つとも、PGC-1αを介するメカニズムで、脂肪酸酸化を促進し、解糖系を阻害し、タンパク質と核酸と脂肪酸の合成を抑制します。
つまり、AMPKとSIRT1を活性化するメトホルミンやカロリー制限やケトン食やレスベラトロールは、ワールブルグ効果を是正する作用がありますが、PGC-1αが重要な役割を果たしているようです。
【ミトコンドリアを増やすとがん細胞の増殖や浸潤や転移が抑制される】
がん細胞のミトコンドリア新生を刺激してミトコンドリアを増やすと、細胞のがん化や悪性進展が阻止されることが報告されています。
高脂血症治療薬のベザフィブラートはミトコンドリアを増やす作用があります。ベザフィブラートはペルオキシソーム増殖因子活性化受容体(Peroxisome proliferator-activated receptor:PPAR)の汎アゴニスト(pan-agonist)です。
PPARにはアルファ型(PPARα)、ガンマ型(PPARγ)、デルタ型(PPARδ)の3種類のサブタイプがありますが、ベザフィブラートはこの3種類のPPARを活性化する作用があります。
多くのがん細胞でミトコンドリアでの酸素呼吸が低下していますが、この現象ががん細胞の発生や悪性進展においてどのような役割を担っているかはまだ明らかになっていません。
この現象をより理解するために、培養したがん細胞にベザフィブラートを投与し、ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体(PPAR)/ PPARγコアクチベーター1α (PGC-1α)経路を活性化することによってがん細胞のミトコンドリアを増やすとどうなるかが研究されています。
実験の結果、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化を亢進させると、がん細胞の増殖能や浸潤能は低下し、がんの進展が阻止されることが明らかになっています。
がんというのは一般には遺伝子異常と考えられていますが、代謝異常という観点からミトコンドリアの異常ががん細胞の発生や進展に関与していることが指摘されています。
1920年代にオットー・ワールブルグが、酸素が十分に利用できる状況でも、がん細胞ではミトコンドリアでの酸化的リン酸化が低下し、解糖系でのエネルギー産生が亢進し、その結果、乳酸の産生が増えていることを指摘しています。
多くのがん細胞でミトコンドリアでの酸化的リン酸化が低下していることが知られています。解糖系が亢進し、乳酸が増え、がん細胞の周囲が酸性化すると、がん細胞が周囲組織に浸潤しやすくなり、転移が促進されます。血管新生も亢進します。
ミトコンドリアDNAを欠損させて、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化を阻害すると、がん細胞は悪性度を増し、浸潤や転移が促進されることが報告されています。逆に、がん細胞のミトコンドリアの機能を活性化すると、がん細胞の浸潤や転移が抑制できることが報告されています。(506話参照)
ミトコンドリア新生で最も重要な働きを担っているのが、前述のPGC-1α(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γコアクチベーター1α)です。PGC-1αは転写因子のPPAR-γと結合して、PPAR-γの転写活性を高める因子として見つかりました。
PGC-1αは核内受容体を中心とするさまざまな転写因子と結合し標的遺伝子の発現を制御するたんぱく質です。骨格筋、心筋、脂肪、脳などの臓器においてミトコンドリアの生合成および酸化的リン酸化を促進するなど細胞のエネルギー産生を制御する役割が知られています。
運動すると骨格筋のPGC-1α量が増えます。
ケトン体のβヒドロキシ酪酸はPGC-1αたんぱく質の発現を亢進します。カロリー制限はサーチュイン(Sirtuins)を活性化し、PGC-1αの発現を亢進します。糖尿病治療薬のメトホルミンはAMP依存性プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化してPGC-1αの発現と活性を亢進します。
高脂血症治療薬のベザフィブラートはPPARを活性化し、PGC-1αの発現量を増やし、ミトコンドリア新生を増加させる作用があります。
これらを使ってがん細胞のミトコンドリア機能を活性化すると、解糖系が抑制され、乳酸の産生が低下し、がん細胞の増殖や浸潤が抑制されることが明らかになっています。がん細胞のミトコンドリア(酸化的リン酸化)を活性化すると、がん細胞の悪性度は低下することになります。
転移抑制因子のKISS1がミトコンドリア新生を亢進してワールブルグ効果を正常化するという報告があります。以下のような論文があります。
Metastasis suppressor KISS1 appears to reverse the Warburg effect by enhancing mitochondrial biogenesis(転移抑制因子KISS1はミトコンドリア新生を促進することによってワールブルグ効果を正常化している)Cancer Res. 74(3):954-963, 2013
KISS1は145個のアミノ酸から構成されるポリペプチドで、これが断片化した幾つかのkisspeptins(metastinとも言う)というペプチドが、それらに対応するGたんぱく質共役型受容体に作用して転移を抑制する作用があります。
この論文では、KISS1がPGC-1αの発現量を増やし、ミトコンドリアの量と活性を高め、酸化的リン酸化を亢進し、解糖系と乳酸産生を抑制することを報告しています。
【中途半端では逆効果になる】
がん細胞のPGC-1α(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γコアクチベーター1α)を活性化するとミトコンドリアが増えて、酸化的リン酸化が亢進して、活性酸素の産生が増え、がん細胞の増殖や転移が抑制されるという考えがあります。
一方、逆の考えもあります。ミトコンドリアが活性化されるとエネルギー産生と物質合成が増えるので、増殖や転移が促進されるという考えです。活性酸素の中等度の産生で、酸化ストレスが亢進すると、増殖シグナルや血管新生が促進されるという報告もあります(下図)。
図:がん細胞は酸素を使わない解糖系でグルコースを代謝してエネルギーを産生し、ミトコンドリアでの酸素を使ったエネルギー産生(酸化的リン酸化)が抑制されている。がん細胞でミトコンドリアでの酸化的リン酸化によるエネルギー産生を増やすと、活性酸素の産生が増え、酸化ストレスが高まる。中等度の酸化ストレス亢進はがん細胞の活動性を亢進し、増殖シグナルや血管新生を亢進する。高度の酸化ストレスの場合はがん細胞は酸化傷害によるダメージを受け、増殖が抑制され、アポトーシスが誘導されて死滅する。つまり、がん細胞の酸化ストレスを高める治療では、徹底した酸化ストレスの亢進を目標にしなければならない。
DNAの構造解明でノーベル賞を受賞したジェームズ・ワトソンはがん細胞は酸化ストレスを高めて死滅させるべきだと主張しています(356話、357話参照)。
がん細胞に高度に酸化ストレスを高めることができれば、死滅させることが可能だと考えられています。しかし、中途半端な酸化ストレスだと逆に増殖や転移を促進することになります。
がん細胞に酸化ストレスを高めて死滅(自滅)させる治療を行うためには、複数のメカニズムを組み合わせ、がん細胞に選択的に徹底的に酸化ストレスを高めることが重要です。
がん細胞の解糖系を阻害するケトン食や2-デオキシ-D-グルコース、ミトコンドリアを増やしたり酸化的リン酸化を亢進するベザフィブラート、ジクロロ酢酸ナトリウム、呼吸酵素複合体Iを阻害してミトコンドリアでの活性酸素の産生を増やすメトホルミン、レスベラトロール、抗酸化システムを阻害するジスルフィラム、オーラノフィン、細胞質でフリーラジカルの産生を増やすアルテスネイト、半枝蓮などの組合せが考えられます。(トップの図)
その他、ワールブルグ効果を引き起こしている低酸素誘導因子-1(HIF-1)を阻害するシリマリンやジインドリルメタンなどの併用も有効です(364話参照)。
これらは、抗がん剤治療や放射線治療の効果を高める効果もあります。もう治療法が無いと言われたときの代替医療としても試してみる価値はあります。
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