今日は、天気いまいちながら、文化活動3連発。
まずは、開幕したばかりのハニワ展。
挂甲の武人 国宝指定50周年を記念した展覧会だったが、すばらしかった。
有名な埴輪総出展で、中には、シアトルから里帰りした埴輪もある。
歴史的な価値もさることながら、その造形が、素朴で、かわいらしく、若い見学者も多い。
グッズに、すみっこぐらしとのコラボ商品なども。
最初に迎えてくれるのが、これ。
熊谷市の古墳から出土したもの。
北関東から出土した埴輪も目立った。
数よりも、質とバリュエーションにこだわった展示。
これは、住居の埴輪だが、子持家型埴輪と呼ばれ、唯一のでデザイン。
しかも中央の住居は、竪穴式とのこと。
目玉の一つである挂甲の武人。
今回、シアトルにあるものも含めて、5体勢ぞろい。
再建部分も多く、1体から2体の埴輪が再建されたのではないかと疑われるケースもあるとのことだが。
映画大魔神のモデルになった埴輪でもある。
5体並んだ展示室は、壮観だ。
一部色が残っている埴輪があり、再現すると、こんな感じになるそうだ。
実際、彩色された埴輪も。
杯を捧げている。
当時の風俗がわかる貴重なもの。
明治天皇の御陵に収められた埴輪の模型。
明治天皇をお守りしている。
すばらしい展示だったので、古代に興味のある方は、是非訪れてみて欲しい。
そして、国立近代美術館で開催されているハニワと土偶の近代展へ。
埴輪・土偶が、近代の社会、芸術にどう影響を与えたかを、様々な分野、方向から総合的に展示したもので、極めてユニークなものだった。
そもそも、この国立近代美術館の地からも、土器が発掘されていたところから展示は始まる。
考古か好古か。
元は、芸術とは考えられておらず、考古学の対象だったが、明治維新により、神を中心にした政治に復古する中で、土偶・埴輪は、神代の時代のもので、戦争利用されるに至った。
これは全然知らなくてびっくり。
戦後、美術として取り上げられるようになり、そこから、イサム・ノグチ、岡本太郎などの芸術家が、土偶・埴輪の影響を受けた作品を発表するようになる。
太陽の塔などもその好例だ。
アニメにもよく取り上げられ、NHKで放送されたはに丸もヒットキャラクター。
身近なところでは、大魔神。
円谷プロの傑作シリーズだ。
影響を受けたこけしも。
埴輪が発掘された群馬県の工人が作った。
この展覧会は、好みが分かれると思うが、私は、ひじょうに興味深かった。
そして、夜は、ビートルズ:10のエレメンツ。
今回は、”1990年代。『アンソロジー・シリーズ』~3人で集まってみました!”というお題。
ますます面白みが増して来た。
というのも、このような切り口で、解散後ずいぶん経ったビートルズを掘り下げる機会などほとんどなかったから。
まずは、ニック・ドレイクさんの私の試練という曲から。
これを、1990年代初頭、ポールはコンサートで取り上げたという。
これは、ジョンが政治的な歌で、平和運動を推進したが、その役割をポールが引き継いだという見方もできるという。
肩の上にジョンが乗っかってきた感じ。
そして、これがアンソロジープロジェクトの伏線になったのではないかという。
一方、ジョージは、クラプトンとの日本公演。
これは、クラプトンがジョージをステージ活動に復帰させるためお膳立てをしたと考えられているが、結局ワールドツアーにはつながらず、日本公演単発になった。
ジョージが、クラプトンのバンドにあまり気を配らず、クラプトンとの関係が悪化したのが、原因ではなかったかという。
ライブアルバムでも、クラプトンの曲は、全曲カットされている。
リンゴは、TIME TAKES TIMEで、復活。
ポールは、最小限のオーバーダブで、Off The Ground を発表。
YOKOは、広島への原爆投下50周年に、広島の空は、青いよを発表。
と言っても、式典のプログラムについていたCDのみに収録されていて、ほとんど知られていない。
セミナー会場で流されたが、YOKOらしい、音楽としては、難解?な歌だ。
お経か朗読か呻きか?
一方で、Risingでは、Good Bye My Love など、親しみやすい歌も発表している。
そして、アンソロジー・プロジェクト。
驚きを持って迎えられたが、1980年代から、ニール・アスピノールとジョージが、計画を温めていたものだという。
ポールとYOKOの仲が雪解けに向かい、実現することになった。
CD、テレビ番組(後にDVDで完全版が発表になる)、本がセット。
ビートルズ側の視点で、ビートルズの歴史を残そうというプロジェクト。
私もこの時期は、日本にいて、プロジェクトを追っかけることができた。
ビデオは、アメリカに出張した時に買った。
本は、シンガポール赴任後に出たので、シンガポールで買った。
カーニバル・オヴ・ライトというが収録されなかったのは、ジョージが却下したからではないかとのこと。
本曲は、レイブ・パーティで、流すために作られた曲で、実際流されたこともあったという。
ビートルズ時代の音源で唯一の未発表曲を言えるかもしれないとのこと。
Noe And Then も同様に、ジョージに却下されたと考えられるが、さらにリミックスされ、やっと昨年リリースされた。
ポールのフレミング・パイが発表になったのもこの時期だが、アンソロジーの発表で、リリースが遅らされたのは、Let It BeとMcCartneyとの関係を彷彿とさせる。
ジョージが主導したプロジェクトで、ポールが追随した。
イエローサブマリンのリミックス版が発表されたのもこの時期だが、Let It Be Naked、Beatles 1のようなリマスター版、Love のような作り直し盤など様々な企画が始まるのもこの時期だが、アップル社の市場調査的な目的もあったのではないか。
実際以降、同じようなプロジェクトが、他のアーティストでも試みられるようになった。
ということで、私が、再びビートルズを聞くようになった90年代の動きを見事に俯瞰してくれた。
次回は、いよいよ21世紀。
ますます楽しみ。