いつか海外暮らし!

旅行が好きで若い頃は国内旅行、今は海外旅行、いつか海外で暮らしたい。

ムアンコーン へ 8日目

2006年02月12日 | 東北タイ&ラオス旅行
食堂に預けた荷物を受取り、シーパン・ドーン(4000の島)に行くべく、バスターミナルに行った。
パークセー行きソンテウに乗り国道13号線で下車して、ムアンコーン行きに乗換える予定であった。チャムパーサック行きはあるが、パークセー行きが中々来なかった。
各地からバス、ソンテウが続々と到着している。バスターミナルは、舗装も砂利石も敷いていないので大変埃っぽい、ソンテウが着き停車すると埃が立つ。
しかし、パークセー行きが中々来ない。
ガイドブックでムアンコーンへの分岐点の地名を調べた。バーン・ラックサムシップ(??30)であった。それでパークセーからバーン・ラックサムシップに行先を変えて聞くがソンテウがない。
待っている場所が間違っていた様である。私は遠くからこっちへ来いと手招きされた。乗れと言うのでバーン・ラックサムシップと行ってソンテウに乗った。
このソンテウは、チャムパーサック行きであるが渡し舟(フェリー)乗場まで行って降ろされた。
然うか、ここでソンテウを乗換えて国道13号線の分岐まで行けという事かと気付いた。
フェリーに乗込むソンテウが来たので私も乗込み、ソンテウの運ちゃんにバーン・ラックサムシップと言って乗った。
バーン・ラックサムシップで降り、食堂で待つ事15分ほどでコーン島行きソンテウが来た。
私と西洋人子供連れ夫婦が乗込んだが、西洋人2人組みは荷物が大き過ぎて取り残された。
12時に出発し、フェリーでコーン島に渡りムアンコーンに着いたのが14時であった。
2軒ホテルを回ったが空室無し、3軒目でやっと見付かった。
空室無という経験は、メキシコのカンクンであるがそれ以外での記憶が無い。
ボーンズ・ゲストハウスでエアコン、ホットシャワー付きでUS$10であった。玄関横の部屋に案内され、仕方なく決めたが、フロントに戻り記帳、何泊するか記入せず、?にすると、部屋が2階のメコン川を見渡せる部屋に替わった。現金なオッサンである。
シャワーを浴び、洗濯した。その時気付いた、下着のシャツ、ポロシャツが埃で茶色くなっていた。
バスターミナルは、舗装してないし、砂利石は敷いてない茶色い土である。道路は舗装はしいるが車が走ると埃が立つ。2日間で相当な埃を被り健康に悪い。
ゲストハウス前のメコン川に張り出してテーブルと椅子を並べられたオープンテラスがある。
テラスでビールを飲みながらメコン川を眺めていた。極楽極楽である。
夜、このオープンテラスは、団体客の予約で一杯であった。私の泊まっているゲストハウスも団体客で一杯であった。
これで2軒のホテルで空室無と言われたのも分かるが、何故かは理解できない、ワット・プー祭りの影響か?

再びワット・プーへ 8日目

2006年02月12日 | 東北タイ&ラオス旅行
今日は、再度ワット・プーへ行き、その後シーパン・ドーンのムアンコーンに向う。
7時に起き、ゲストハウス前でソンテウを拾いワット・プーへ向った。
昨夜の食堂でコーヒーとリンゴを食べ、荷物を預けてワット・プーのゲートを抜けた。
左手に遺跡展示ホールがあり、今日は休館であった。
大きなバライ(聖池)を過ぎると水溜りのある広っぱに出た。それを過ぎると南宮殿、北宮殿があり、北宮殿に入ってみた、崩れそうであり、石材が散乱していた。実は立入り禁止であった、出てくる時に気付いた。
リンガが両側に並ぶ参道が続き、その先に桜が咲いている様に白い花が満開で、急な石段をおおっていた。
急な石段を数回休憩しながら上った。
石段を上りきり本殿横から今来た道を振り返ればワット・プー全貌が見渡せた。その眺めが写真である。
水溜りのある広っぱと思ったのが、水が涸れたバライであり、そのバライの間に長い参道が続いていた。
参拝ルートに沿ってワット・プーを下って行った。