いつか海外暮らし!

旅行が好きで若い頃は国内旅行、今は海外旅行、いつか海外で暮らしたい。

スリランカ旅行 10月23日 帰国

2011年01月08日 | スリランカ旅行
今日は、19時30分発ベトナム航空でホーチミンに行き、3時間の乗継待ち後、関西空港に向かう。
夕方まで、時間をどう潰すか? 
まだ、のどが痛む、熱はないが気力が湧かない。
チェックアウトの12時まで、ホテルの部屋で小説を読み、昼からMBKセンターでぶらぶらして時間を潰そう。

ホテルにバックパックを預けて、MBKセンターに行った。
8番らーめんで冷麺を食べた。相変らず麺類ばかりだ。
映画館のある最上階?までエスカレーターで上がって行くが、途中、以前は携帯電話機の小さな店舗が多数あったが、今回は半減している様に思った。
スマートフォンのiPhoneや BlackBerryが主流になっていた。
映画館のある最上階?にインターネット・カフェがあり、子供がゲームをしている、その中で外国人がインターネットしていた。私も1時間ほど使った。
小説を読むためにレストランに入って、コーヒーとジュースで1時間半ほど粘った。
バンコク銀行に寄り、バンコク出国までに必要なバーツを残し、余ったバーツをバンコク銀行のキャッシュカードで私の口座に入金した。

16時、まだ早いが空港へ向かった。
スカイトレインでパヤタイに行き、エアポート・レール・リンクに乗換えスワンナプーム国際空港に向かった。
エアポート・レール・リンク地下駅から4階の出発ロビーに上がった。
フライト情報モニターでベトナム航空のホーチミン行きを確認するとチェックインは始まっていたのでチェックインした。
バックパックを預け、バンコク~ホーチミン、ホーチミン~関空の2区間の搭乗券を受取り、荷物は、関空受取りか確認した。

19時30分ごろベトナム航空でホーチミンに向った。
1時間30分ほどのフライトでホーチミンに着いた。
2年前にホーチミンで乗換えした経験があるので、それを思い出しながら進んだ。
入国審査場前に乗り継ぎカウンターが目に付いた、確かこの横に出発フロアへ向かう入口があったと思い、乗り継ぎカウンターで確認して入った。
荷物検査とボディチェックを終え、3階に行った。
バンコクで受取ったホーチミン~関空間搭乗券には、ゲートNo.の記載がないのでフライト情報モニターで確認した。
3時間の乗り継ぎ時間がある。

前回時間をつぶした4階に行った。レストラン3軒と椅子が並んでいるが薄暗く、小説を読むには辛い。
3階の出発フロアに戻り、ぶらぶらゲートに向かった。
途中、サンドイッチや飲み物を売っている店舗があり、缶ビールを買ってテーブルに座った。
ビールを飲みながら小説を読んだ。
店の前を歩く見覚えのある顔を発見した。間違いない、在職中であった頃の総務部長Tだ。
相手は気付いていない様だ、サッカー友達か?数人で来ている様だ、同じ便に乗るのだろう!

もう1缶、缶ビールを買って飲みながら小説を読んだ。
隣のテーブルに韓国人ビジネスマン3人が座った。
1人が大きな声で話し、残り2人が相槌を打つ、徐々に声が大きくなる、いつものパターンだ。
声が大きくなったので、私は、そ知らぬ顔をして缶ビールでテーブルをコンコン、コンコンと叩いた。
相手は気付かず、再度、そ知らぬ顔をして大きくコンコンとテーブルを叩いた。韓国人達は気付き、声が小さくなった。

搭乗時間が近付いたのでゲートに向かった。
ゲート前待合室が混雑していたので、入らずに手前の椅子に座って小説を読んだ。
○△君と違うんか?と呼ばれて、声の方を見るとエスカレータで待合室に下りて行くTさんがいた。
しばらくして、待合室でTさんと会い、ベトナム旅行ですかと尋ねるとマレーシア旅行の帰りとの事、私はスリランカ旅行の帰りなど話した。

23時40分ごろ搭乗が始まった。
混雑しているし、通路側座席なので最後の方で乗り込んだ。
私の席は、何とTさんの前の席であった。何と言う事や!と言いながら座った。Tさんの友人から笑いが起こった。

24時過ぎベトナム航空は関空に向かって離陸した。
すぐに寝た。
関空には、朝7時過ぎに着いた。
22日間のスリランカ旅行は無事に終わり、日本に帰国した。

ホームページ団塊のバックパッカーの写真集にスリランカの写真をアップしますので、また、覗いてみて下さい。
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スリランカ旅行 10月22日 バンコク滞在

2011年01月05日 | スリランカ旅行
朝起きると、のどが痛い。
昨日朝から夜まで冷房の効いたところにいて、特に飛行機内は乾燥がひどいのでその影響か?

9時半ごろ、ホテルを出た。
まず、ラチャプラソン交差点北のラチャダムリ通りを行き、Bic-C近くの両替商スーパーリッチで両替する為向かった。
ラチャプラソン交差点でセントラル・ワールド(Zen)が見え、赤シャツ暴動で放火された為まだ工事中であった。
Bic-Cも放火されたのか、やはり工事中であった。伊勢丹はもう工事が終わったようだ。
スーパーリッチで3万円を両替した。3万円=THB11,010(2.73円/THB)であった。
タイでは日本円現金が最も有利なので、帰りの関西国際空港行き片道航空券を買う為に、日本円現金を残しておいたのだ。
実は、昨夜バンコクに着いてから空港で1万円を両替した、そのレートが1万円=THB3,485(2.87円/THB)で、やってはいけない事をしていた。空港でのレートが悪い事忘れていたのだ。

伊勢丹に古本屋が無いか寄る事にした。
まだ開店前だ、2分後に開店するので待つ。
受付嬢2人に深々とお辞儀をされ入店した。開店を待って入店するなんてはじめての経験だ。
古本屋は当然無いが紀伊国屋があったので行った、広いスペースに日本の本が並んでいた。
アジアを題材にしたコーナーがあった、「インドシナ王国遍歴記」や「マレーの虎ハリマオ伝説」などである。
ハリマオと言えば、小学生の頃、「快傑ハリマオ」と言うテレビ番組があった。
東南アジアを舞台に、頭を白いターバンで巻き、黒いサングラスをかけたハリマオが活躍する。
今から思えば、はじめて東南アジアを感じさせてくれたのがハリマオだった。
「インドシナ王国遍歴記」、「マレーの虎ハリマオ伝説」の価格は、日本の約1.5倍するので今買う必要もない、日本で買おう。
薬局があったので、のど薬を買う事にした。
伊勢丹だから日本で話しかけてみた、まったく通じない、sore throat!と言うと、「イソジンのどフレッシュ」と日本語とタイ語で書いたものが出て来た。
日本で聞いた事があるので安心して購入した。

帰りの関西国際空港までの片道航空券を買う為に、スカイトレインでアソークまで行った。
タイム・スクエアに日本の旅行会社であるHISやプログラムDが入っている。
いつもプログラムDで航空券を買っているので、今回も行った。
明日発のベトナム航空 ホーチミン乗換え関西空港行きの航空券を依頼した。明日駄目なら明後日の便を頼んだ。
明日発の便が取れた、航空券価格THB10,775(29,310円)(運賃THB8,150+燃油サーチャージTHB1,930+空港使用料THB700)であった。
先ほど3万円を両替したが、それで足りた。
プリントアウトされたElectronic Ticket Receiptを受取り、30分ほどで終了した。
    今回の航空券価格
      関空~台北            16,150円 片道 ジェットスター航空(LCC)
      台北~クアラルンプール     11,689円 片道 エアアジア(LCC)
      クアラルンプール~コロンボ   10,197円 往復 エアアジア(LCC)
      クアラルンプール~バンコク    3,636円 片道 エアアジア(LCC)
      バンコク~関空          29,310円 片道 ベトナム航空
               計 70,982円

スカイトレインでサラデーンに行った。
ここには、古本購入、ラーメン亭で昼食、タイ・マッサージで来る。
今日は、のどが痛く2時間の冷房がきついのでタイ・マッサージはやめよう。
タニヤプラザの古本屋で小説を買い、ラーメン亭で五目麺とビールを取った。

ホテルに戻り、小説を読んだ、読んでいるうちに寝てしまた。

夕食に出た。
MBKセンターの8番らーねんでみそラーメンを食べた。
昨日食べたイカと野菜の和えものが、スパイシーで美味かったので、サイアム・スクエアまで行って、それとビールを飲んだ。

セブン・イレブンに寄り、缶ビールを買ってホテルに帰った。
小説を読んでいると眠たくなったで寝た。
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スリランカ旅行 10月21日 バンコクへ

2011年01月02日 | スリランカ旅行
5時にドアをノックされた、ウェイク・アップ・コールである。
コーヒーセットが部屋に運ばれてきた。
5時50分、部屋を出る。
スタッフがタクシーを予約しているのか?と聞いてきたので、6時にホテル・タクシーを頼んでいると答えた。
スタッフはそんなん聞いてない!と言う感じで、フロントの奥に入って行って戻ってきた。
トックトックでいいのに!と言われてしまった。
ホテル前に停まっている車が、そうだと思っていたが違った。
6時5分、車が来た。
空港まで20分で着いた。

エアアジアのチェックイン・カウンターは、4列で搭乗手続きをしていた。
直ぐに順番がきて、インターネットからプリントアウトした旅程表を提示して、レシートの様な搭乗券を受取った。
出国手続きも直ぐに終わった。
朝食を取っていないので、売店に行き野菜ホットドッグと水を買って食べた。Rs.110(83円)と安い、ここは国際空港の売店か!!!
7時30分の搭乗時間が近付いたのでゲートに行った。
手荷物検査があり、X線検査で引っかかった。蚊取り線香とマッチをコンビニ袋に入れていたのを没収された。
8時に飛行機は搭乗ブリッジを離れ、10分後には離陸していた。3時間30分のフライトである。
座席は窓側で窓から地上を見ていた、スリランカ横断は15分で終わってしまった。
機内販売が回って来た、隣のスリランカ?男性が搭乗券を渡して鳥めしを受取っていた。
インターネットで航空券を購入する時、ホットドッグを予約した様に思ったので、搭乗券を見たが分からない。
隣の男性がチケットを渡してチェックして貰えと言うのでそうした。
そうすると暖かいホットドッグを手渡された。

14時過ぎクアラルンプール LCCターミナルに着いた。
タラップを降り、歩いてイミグレーションに向かった。
入国審査場は混んでいた。選りに選って中々進まない列に並んでしまった。
バンコク行きフライトは、エアアジア18時45分発で十分過ぎるほどの時間がある、だから問題ないが並ぶのは嫌である。
4時間の待ち時間がある、本は、すべて読んでしまい捨てて無い、何をして時間を潰そうか!
クアラルンプール LCCターミナルのフロア・マップを作ろうと、ターミナル内を見て歩いた。

往路のスリランカへの乗換え時、乗換え時間が短く、上記フロア・マップがあれば最短でチェックイン・カウンタに行けただろう。

16時30分にチェックインし搭乗券を受取り、イミグレーションに向かった。
17時にはゲート前待合室に座っていた。
広い待合室に5m毎にゲートが並んでいる。
従来の空港では、ゲート専用待合室があり、専用の搭乗ブリッジがあるのが普通であるが、LCC専用ターミナルではすべてが兼用であったり、搭乗ブリッジが無い。
飛行機が着いたようだ、乗客が列を作って外を歩いている。
乗客の服装が黒っぽい、バスターミナルや列車の駅で見掛ける様な雰囲気である。
エアアジアは、低料金で飛行機に乗れる様にして客層を広げているのが実感できた。
これから乗るクアラルンプール~バンコク間の運賃は、何と133マレーシア・リンギット(3,640円)である。

18時45分定刻にバンコクに飛び立った。
座席の背もたれの後から背中を押される。足で押しているのだろう。
その頻度が多くなってきたので、ひじで背もたれを殴った。
しばらくして、後が動く気配がした、通路に大男が立っていた、トイレに行くようだ。
あんな大男が後に座っているのか、膝で私の背もたれを押している様だ。これは、仕方が無い。
格安航空会社の座席は狭いと言われているが、私は体が大きくないので問題ないと思っていたが、運悪く横や後に大きなor太い人に座られたら大変だ。

約2時間のフライトで20時前にバンコクに着いた。
入国審査を受け、いつものように何事もなく入国した。出国用航空券を持っていなかったが無事入国。
電車マークの案内表示に従い地下のエアポート・レール・リンクに向かった。
エアポート・レール・リンクは、スワンナプーム国際空港とバンコクの中心部を結ぶ高速鉄道で、2010年8月23日に正式開業した。
案内所があったので、パヤタイへ行きたいと話し、指示された方向に行き窓口で切符を買った。
運賃がTHB100~200(バーツ)だと思い、THB1,000札を出したところプロモーション運賃THB15で、駅員はぶつぶつ言いいながらつり銭をくれた。
エスカレーターで更に下りホームに停まっていた電車に乗り込んだ。
驚くほどの音をたててドアが閉まった。ドアが閉じて尚カムで内側に押し込む時の音だろう。すごい音がする。
各駅停車で7番目が終点パヤタイ駅であった、空港から20分であった。
スカイトレインに乗換え、ナショナル・スタジアム駅に向かった。
ナショナル・スタジアム駅横のソイ・カセムソンにある定宿ホワイト・ロッジに着いたのは、21時過ぎになっていた。
そこそこのホテルと言うことで、ホワイト・ロッジの手前にあるレノ・ホテルに、途中寄って宿泊費を聞くとTHB1,400と料金表を見せられた。
THB1,000程度だと思っていたが、THB1,400とは!! そんなに出すなら、他にもっと良いホテルがある。

食事に出た、MBKセンターが近くていいが、もう直ぐ閉まるのでサイアム・スクエアに行った。
よくお粥を食べに行くタイ・レストランに入った。
イカと野菜の和えものとビールを頼んだ。
イカと野菜の和えものが、スパイシーで美味かった。1年半振りのタイの味である。
最後にお粥を食べて出た。

23時寝た。
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スリランカ旅行 10月20日 ニゴンボ滞在

2010年12月29日 | スリランカ旅行
6時30分起床。
散歩に出た。通りには車もほとんど走っていないし、トックトックもまったく停まっていない。
これでは、明日早朝の空港へのタクシーを予約する必要があるようだ。
ビーチを歩いて30分ほどでホテルに戻った。

ビーチが見える庭にテーブルが置かれている。庭にはヤシの木が数本あるだけだ。
その庭で朝食を取った。
トースト、オムレツ、パパイヤ、コーヒーと朝食フルコースであった。
ウエイターが空港までタクシーは要らないか?と言って来た。
先ほど予約が必要だと考えていたところでタイミングがいい。
値段を聞くとRs.1,500(1,140円)との事、ホテルタクシーの安心を買うので、良いかと思い依頼した。
飛行機に乗り遅れてもいけないので高いが予約したのである。

9時過ぎ、ニゴンボの町を目指して歩き出した。30分ほどで着くだろう。
道なりに真直ぐに行くとマーケットがあり、大変賑わっていた。
その横に警察署があり、真直ぐ進むと広いグランドに出た。グランドでは、フットサル?をしていた。
グランドの東側にフイッシュ・マーケット(魚市場)があるので行って見た。
もう10時であるが賑わっていた。ホテルから1時間掛かったことになる。
手の平サイズの小魚ばかりである、カラフルな魚はいなかった。
竹ざるに小魚を入れて、2人で運び込んでいる。
そのまま東に進むと漁民の住居区に入って行った。
竹ざるに小魚を入れて運んだり、大きな魚を2人でかかえて運んでいた。
村を通り抜けると、ラグーンへの入口が見えた。浜が見え、漁船が浜に上げられていた。
岬に行った、海から帰ってくるカタマラン(帆掛け舟)が前を通過して行った、迫力を感じた。

浜の方へ行くと、魚市場に魚を運ぶ者、浜で加工し日干しの為浜に並べる者が大勢働いていた。
道は砦の高い塀に突き当たった、村の中にもどりグランドからラグーンに出た。
ラグーンには、多数の漁船が係留されていた。
ラグーン沿いに歩くと運河に出た、オランダ支配時代に造られた幅10mほどの運河である。
1隻のボートがラグーンから運河に入って行った。
道なりに真直ぐ行くと昨日のバス停に出た。
905番のバスが停まっていたので乗り込んだ。
市街巡回後、ビーチに向かった。このバスは住民の足である、ほんの1kmの距離でも乗って来る。
ホテル前で降りることが出来た。
11時過ぎであった。

午前中の散策であったが、汗だくになった。
10月のスリランカは、思っていたより暑く、汗だくになることが多かった。
海外旅行と言えば日本の冬 1月or2月に出かけていたので、東南アジアでも暖かい程度で、汗だくになく事は、稀であった。
今回汗だくで洗濯回数が多かった、また持って来たホロシャツが、洗濯しても乾きが悪くて困った。

13時ごろ、トマト・サンドイッチとビールを取った。
ポロンナルワやキャンディでは、サンドイッチにポテトフライが付いてきたが、ここでは付いて来なかった。
ビールの摘みにいいのだが断念である。

昼からビールで、気持ちよく昼寝をした。

夕日を見るためビーチに出た。
太陽が大きく感じる。
ビーチを歩いた、海は汚い。
来たビーチを戻るのも、なんなので、道路への小道を探したがない。
大きなホテルを通り抜ける事にした。
大きな顔をしてレストランから入り、ホテル内を抜けて道路に出た。

ホテルに戻り、レストランでエビカレー&ライスとビールにした。
昨日の蟹カレーをエビに変えたカレーである、美味い、日本人が好む味である。
明朝早いチェックアウトなので、今支払ってくれとの事で支払った。宿泊費2、昼食1、夕食2、ビール4、締めてRs.6,880(5,220円)であった。
タクシー代は、明朝でいいとの事。ホテル・タクシーの予約確認をしなければと思っていたが、これで済んだ。
ウエーク・アップ・コールを5時で頼んだ。
朝食をどうするか?聞かれ、コーヒーだけ頼んだ。

ホテルを出てぶらぶらする。隣のオープンバーのカウンター内に、韓国人?の女が数名いた。こんなところにもいるのか!
土産物屋にパソコンが並んでいるのが見えた。夜になると店の内部が良く見える。
やっとインターネットカフェを見付けた。
店員にインターネットを使いたいと話していると、西洋人夫婦が入って来て端のパソコン前に座った。
続いて私が他のパソコンを使おうとすると壊れている事が分かり、西洋人夫婦は、1~2分で終わると言って申し訳なさそうにしていた。
パソコン5台中4台が故障とは、何なのか!!
30分ほどインターネットを使い、ホテルに戻った。

21時寝た。
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スリランカ旅行 10月19日 ニゴンボへ

2010年12月27日 | スリランカ旅行
7時起床。
バンダーラナーヤカ国際空港に近いニゴンボへ向かう。
ホテル代の支払いにスリランカ・ルピーが足りないかも知れないので、銀行のATMに行く事にした。
部屋を出てまっすぐ出口に向かうと、フロントの横が真っ暗で、そこに何かがある様な感じで凝視しながら近付くと男が座っていた。
大変驚いて朝の挨拶の言葉も出なかった。夜間のガードマンの様だ。
ゴール・ロードを銀行に向かって歩いていると、後から自転車に乗った男にお早う!と言われた、その男はホテルのスタッフであった。
ガードマンを見て驚いた客を怪しいと思って追いかけて来たのか? 妄想か??

ホテルに近い銀行に行ってATMでクレジットカードを使ったが駄目であった。暗証番号が間違っていると出る。
しかたなく、一昨日、キャッシングした銀行まで行き、クレジットカードを使ったが、やはり駄目であった。一昨日は使えて今日は駄目?????訳が分からない?
為替手数料が高い楽天銀行カードを使いたくなかったが、しかたなく使ってRs.10,000を引き出した。
帰り、ビーチを歩いた、ゴール・ロードに戻って歩いていると、また自転車に乗った先ほどのホテル・スタッフにあった。
どう考えても怪しまれて見張られている。荷物を置いたまま、ホテル代を踏み倒して逃げると思われているのか? 妄想か??
1時間ほどの散歩を兼ねた銀行往復を終えホテルに着いた。

9時過ぎチェックアウトの為部屋を出ると、プール前のレストランに3組の西洋人が、朝食を取っていた。嘘のように賑やかで華やかであった。
フロントで支払いをしているとオーナーが、日本語で話し掛けてきた。締めて、3泊、朝食1、洗濯代、ビール1でRs.7,909(6,000円)であった。
日本に帰る飛行機が朝早いので、今日ニゴンボに向かう。電車でコロンボまで行くと話すと、スリランカには電車は無いと突っ込みを入れられた。オーナーはスリランカ人だが日本語が上手い。
ヒッカドゥワ駅から乗ろうかと思ったが座れなかったら困るのでゴール駅から乗ると話した。
ヒッカドゥワ駅からでも座れるが、時間があるならゴール駅まで行けばいいと行っていた。コロンボからニゴンボまではバスが便利だそうだ。
このオーナー、胡散臭い!!

バス停からバスに乗ってゴールに向かった。
10時にゴール駅に着き、10時55分発 コロンボ 2等の切符を買った。Rs.180(140円)であった。
懐かしい硬い厚紙の切符を駅員に渡した、まだ早いという感じで切符を切ってくれた。
改札を入り、左側に売店があったので行った。
ホッドドッグとコーヒーを頼んだ。
奥にテーブルが並んでいたので、ここで飲むのかと聞かれ、そうだと答えると、コーヒーカップに入れてテーブルに運んでくれた。
ホッドックは玉子焼きとラッキョウの様な根菜が入ったスパイシー味で美味かった。

駅員にプラットホームを聞くとあの列車と教えてくれた。
列車の乗車は3回目になっていたので、2等席は見れば分かる様になっていた。しかし、プラットホームから車両を見て2等車両がどれかはまったく判断がつかない。
海側の席になる様に、進行方向に向かって左側の席に座った。窓が独り占めできる特等席だ。
列車は定刻に発車した。
ゴール~ヒッカドゥワ間は、民家や木々の中にヤシの木が見えるが、海はほとんど見えなかった。
アンバランゴダやベントタでは、ラグーンの景色が見られたが、それ以外は、海から離れたところを列車が走っていた。
海から順に民家、ゴール・ロード(国道)、民家とあり、その次に線路が走っているので、民家や木々の風景ばからいである。
それがカルタカの手前で線路と入れ換わり、ゴール・ロードが内陸側になった為、海が見える様になった。
インド洋の沖合いには大きな貨物船?も見え、ヤシの木も見える。ヤシの木は、ロープで数本を繋いで海風から守っていた。
パナドゥナを過ぎると海が10~20mまでにせまり、更に波のしぶきがかかりそうになる頃、遠くに高層ビルが見えてきた。それがコロンボであった。
13時30分ごろ、コロンボ駅に着いた。

この列車が、15日前コロンボ駅からアヌラーダプラに向かった列車であった事に気付いた。
スリランカ列車の旅 お薦め景勝区間が3区間あるが、今日のヒッカドゥワ~コロンボ間で3区間共に乗車した。
クルネーガラ~アヌラーダプラ間は2日目に乗ったが、後半は日没で真っ暗!!
キャンディ~バドゥッラ間は、アジアで一番美しい車窓と一部で言われているそうだが、残念ながら窓側の座席に座れず、また区間の半分であるキャンディ~ナーヌ・オヤ間しか乗車できず、美しい車窓を堪能する事が出来なかった。
今日のヒッカドゥワ~コロンボ間が、私に取っては最も良かった。海岸とヤシの木、青々とした木々を2時間半、堪能されてもらった。

コロンボ駅からバスターミナルに向かった、暑い、菩提樹を目印に歩いた。
菩提樹まで来ると青空マーケットがあった。ごちゃごちゃしてマーケットが混雑していた。
マーケットを通り奥に行くとバスターミナルがあり、守衛にニゴンボ行きバスはどれか?と聞き、向かった。
車掌にニゴンボ行きか確認して乗り込んだ。
コロンボ市街は、渋滞していた。中心地から外れ渋滞も解消した頃、国道をフォークリフトや耕うん機まで走っていた。
1時間強でニゴンボに着いた。トックトックがたくさん停まっている。

トックトックの運ちゃんが近付いて来る前に食堂に入った。
揚げパン(カレーパン)とコーラーを買って食べた。
食堂のスタッフにホテルエリアまでトックトックの料金はいくらか?と聞いたつもりが、9××と言うので聞き返すと電卓で905を示された。
トックトック代では高過ぎる! いったい何の数字か?
バス乗場を聞き行って見ると空き地で、車掌にホテルエリア行きバスがどれか聞き乗り込んだ。そのバスが905番のバスであった。
地図を見ながらこの辺りだろうとブザーを鳴らした、車掌がまだ降りるのは早いという感じであったが下車した。
歩いてホテルに向かっていると先ほどのバスに乗っていた家族連れが歩いて来た、私は早く降りすぎ、彼らは降りるのに遅れた様だ。
すれ違う時、お互いににっこり笑った!!
16時前に、オアシス・ビーチ・リゾートに着いた。ホテルはレストランFish&Lobsterが玄関で奥にプールが見え、通り抜けるとプール前にフロントがあった。
部屋が空いているか尋ねた、エアコン無し、ホットシャワー、朝食付きでRs.2000(1,520円)との事で1階の部屋を見て決めた。当然エヤコン有りもある。

シャワーを浴びた後、通りを奥に歩いて見た。
ホテルの横にオープンバーがあり、前にはレストランがある、レストラン、ショップが並ぶ。
ヒッカドゥワの様に国道が走っている訳でもないので、のんびりできる。
ビーチに出て見た、長さは何kmあるのか? それよりビーチの幅が広い、波打ち際からホテルの敷地まで100mは無いかも知れないが広い。
ビーチ側の出入口からホテルに戻った。

19時ごろ、ホテルのレストランFish&Lobsterで蟹カレー&ライスとビールにした。
蟹カレーは、タイ料理のプーパッポンカリーとよく似て美味かった。

20時寝た。
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スリランカ旅行 10月18日 ヒッカドゥワ滞在 ゴール日帰り

2010年12月24日 | スリランカ旅行
7時起床。
ホテルで朝食を取る事にした。
プールの前にテーブルが並びレストランになっている。
今日は、西洋人シニア男性が座っていた。朝食を食べていたのだ。
スタッフに朝食を頼んだ。
トースト、オムレツ、パパイヤ&バナナ、コーヒーであった。
3日振りに、しっかり食べた。
スタッフが日本人が4人も宿泊していると言っていた。

11時ごろ、ゴールへ行く為ホテルを出た。
バス停まで歩き、バスを待った。直ぐに来た。
ゴール駅前で降りた。約30分、Rs.25であった。
ゴール駅に寄って、コロンボ行きの時刻を調べた。10時55分発がある。
ゴール駅東側のバスターミナルが改装工事中でフェンスで覆われていた。
使い捨てカメラが無いか探す為、工事中のフェンス沿いの店舗に行った。
富士フイルムの看板が目に付いたので入ると、混雑していて奥まで入れない。
平日なのにこの混雑は? インターネットカフェも兼ねている様だ。
使い捨てカメラは、あきらめて旧市街に向かった。

クリケット・グランドが見え、グランド沿いに歩くと前方に石造りの時計塔と砦の高い塀が見えた。
メイン・ゲートをくぐると、右にテニスコートが見た、ロータリーでテニスコート側に曲がり、道なりに時計台を目指した。
時計塔から左周りに城壁を歩いた。


インド洋を眺めながら、城壁を歩く。
スマトラ沖地震の大津波の被害は、新市街では大きく、城壁で囲まれた旧市街は被害が無かった。
この城壁が、昔は海賊から守り、現在は大津波から守ったのか!!!!
岬の先端に灯台があった。


灯台を過ぎると間もなく城壁を歩けなくなった。
町並みを見て歩いたが、オランダ、イギリス植民地時代の建物が残っている。東南アジアには、よくある中国人居住地はここにはない。
1時間ほどで1周出来た。
ゴール駅前のバス停に向かった。

トイレがしたくて駅向かいの公園に入った。
公園事務所前で事務所の人らしき男性にトイレの場所を聞くと事務所のトイレに案内された。
しかし、この男、事務所の人ではなかった。トイレを終え出てくるとパンフレットを取れと言われた。
ここは、観光案内所であった。
いったいこの男何者か?
せっかくなので公園を散策し、売店でコーラーを飲んだ。
観光案内所前にいた別の男が近付いて来て、新市街の観光をしないかと誘ってきた。
4kmほどの距離を回るそうだが断わった。
トックトックの料金は安いと言いたかったのか、1km当たりの料金がいくらだと思う?と尋ねてきたのでRs.50/kmと答えるとその通りだと言って驚いた顔をした。
Rs.50が正解で驚いたのか、そんな安値で乗られたら、あがったりという顔だったのか分からないが離れていった。
観光案内所前にいた男達は、客引きだったのだ。

ゴール駅前からバスに乗った。
小学生低学年の女の子がお母さんに付き添われてバスに乗って来た、下校時間帯の様だ。どこの国も子供は可愛らしい。
ヒッカドゥワに入り、ブザーを鳴らした。コーラル・ガーデンズ・ホテル前で降ろしてくれた。

昨日の磯歩きで見付けたレストランに行った。
入って行くと2~3匹のロブスター入った水槽があり、テーブルに西洋人が、ぽつぽつと座っていた。
更に奥に行くと西洋人団体さんが食事を終わりくつろいでいた。
その横のテーブルに座った。目の前に海が見え、波が荒かった。
取り敢えず、ビールを頼んで、メニューを見た。
団体さんの精算処理で忙しく、中々注文を取りに来なかった。
ビールを飲んで海を見た。波は、大変大きい。白波の中に小さなトンネルが出来ている。
サーフィンに良い波ではないのか? 同じ宿の日本人サファーは、どうしているのだろう、サーフィンしているのか??
ミックス・スープ・ヌードルを食べ終え、ウェーターに今日の波は大きいのか?と話し掛けた。
波は大きい方だ、先週は、穏やかだったと言っていた。
津波の話を持ち出すと、このレストランの被害状況を撮った写真を持ってきた。写真はラミネート加工されていたがボロボロになっていた。この写真でお客さんと数え切れないほど話したのだろう。
津波は、3回来て段々大きくなっていった、被害はそれほど大きくなかったが、1ヶ月間停電と飲み水には困ったと言っていた。

15時過ぎにホテルに戻った、フロントに洗濯物が出来ているか聞くが、まだであった。
部屋で小説を読み、白夜行(東野圭吾)を読み終わった。
この文庫本は800ページもあり分厚い、未読本で持ち歩くのは仕方が無いが、読書中の本としてディバックに入れて持ち歩くのに不適である。

インターネットカフェで15分ほどニュースを読んだ後、レストランで夕食を取った。
スパゲティーとビールにした。5日間ライスを食べていない。フライド・ヌードル、スープ・ヌードル&スパゲティー等麺類ばかりである。
海外旅行に行き、麺類がある国であれば、後半麺類ばかりになる。

本も残り1冊になってしまった、バンコクまで行けば日本の本が手に入るが、スリランカ滞在も2日間残っており、1冊では持ちそうにない。
20時寝た。
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スリランカ旅行 10月17日 ヒッカドゥワ滞在

2010年12月21日 | スリランカ旅行
7時30分起床。
久し振りに遅くまで寝てしまった。
9時ごろ、朝食に近くのレストランに行った。
私の部屋の前がプールで、プール前にテーブルが並んでいた、レストランの様だが誰もいない、それで外のレストランに行ったのだ。
トマトサンドイッチとコーヒーにした。
ホテルに戻り小説を読んで12時ごろまでゆっくりした。

ヒッカドゥワをぶらぶら歩いた。
ホテルから北にバスターミナルや鉄道駅があり、そこまで行った。
ホテル、レストランや商店が並ぶ国道のゴール・ロードをバスや車が音を立てて走る。
スリランカの有数のリゾート地とは思えない雰囲気である。

鉄道のヒッカドゥワ駅に行こうとしたが、見付からずにいると、老人にどこに行くのか?と声を掛けられた。
駅まで案内された、目の前であった。コロンボ行きの列車が時刻表で7時52分&11時17分だと教えてくれた。
宝石を見に行こうと誘われたが断わったが、しつこく、うるさいのでチップにRs.20札を渡そうとするとRs.100といわれた、しかたなく、Rs.50札を渡した。
仕舞った、チップなど渡さず、立ち去ったらよかった。

バスターミナル横に銀行が2軒並んでいて、セイロン銀行にATMが見えたので入った。
クレジットカードでのキャッシングに再挑戦した。
暗証番号を入力し、withdraw、クレジット、金額を入力、Correctを押すと、暗証番号が間違っていると表示された。
再度、暗証番号を入力すると、現金が出てきた。
クレジットカードによるキャッシングは初めての経験であった。
これまで利用しなかった理由は、支払日までの日数分に金利がかかるからである。
2月に行ったハワイでクレジットカード支払いが有利であったので、クレジットカードのキャッシングはどうか?と今回試して見た。
(後日談 結果、クレジットカードのキャッシング手数料2.8%(金利含む)、クレジットカード支払い2.3%、円両替3.1% 楽天銀行カードのキャッシング3.4%)
ハワイと同じ傾向である。しかし、スリランカでクレッジトカード支払いができるところが少ない。
また、こんな国もある。タイでは、クレジットカード支払いには、2~3%の手数料を取られる。即ち、10,000バーツのホテル代が10,200~10,300バーツの支払い金額になり、その支払い金額に上記の為替手数料が掛かる。
タイでは、日本円をバーツに両替して使うのが最も有利である。

ゴール・ロードに面した、ビーチが見えるレストランに入った。
奥に入って行くと砂浜に面したところにテーブルが並んでいた。
ビーチ&海が見えるように座った。
スパゲティとビールを頼んだ。
久し振りの昼からビールである。
今日は日曜日で、スリランカの家族連れや若者グループがビーチに繰出していた。
隣のレストランに西洋人シニア女性が本を読んでいた。ゆったりした時間が過ぎている。
ヒッカドゥワの10月は、シーズン・オフで外国人が少ない。来月からシーズンが始まるそうだ。


小さな岬のようになったところがあり、沖には岩場がある。
ホテルまでビーチを歩いて帰れないかと思い、その岬まで歩いた。
岬までは広い砂浜が続くが、岬の先は磯と狭い砂浜が混在する海岸であった。
靴を脱げば歩けるので、トレッキングシューズを脱いだ。
岩があるわけでなく、フラットな磯を膝まで浸かって歩く、足裏が痛い。
雰囲気のいいレストランが多い。ゴール・ロードにはレストランの看板はあるが、決して入って見ようとは思わない、海岸からはその好さがよくわかる。
広い庭のあるホテルの前を通った、ガードマンにホテル名を聞くとニホン・ビラがもう近い。
この辺りの砂浜は、やせて後退しているようだ。
ニホン・ビラに着いた、土のうを積んで侵食を防いでいた。

夕方、フロントに洗濯物を依頼した、明日の夕方に出来上がるとの事。
その足で、インターネットをしに出かけ、1時間ほど使った後、夕日を見に昼間見付けたレストランに行った。
残念ながら、雲が多くて美しい夕日は見られなかった。

20時ごろ、夕食に昨日と同じレストランに行った。
今日も野菜スープ・ヌードルにした、味が違ったスープ・ヌードルが出てきた。

22時に寝た。
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スリランカ旅行 10月16日 ヒッカドゥワへ

2010年12月18日 | スリランカ旅行
6時起床。
停電している。外は明るいのでカーテンを開けた。
バックパックのパキングを終え、フロントへ朝食を頼みに行った。
町で食べてくれと言われたが、コーヒーだけでも入れてくれと頼んだ。
部屋にコーヒーを持って来たが、フロントで飲んだ。停電で部屋では暗いからだ!
7時半ごろ、チェックアウトした。
請求は、宿泊費(Rs.850)、焼き飯(Rs.275)、コーヒー(Rs.275)、ビール大(Rs.170)、ブランケットレンタル(Rs.90)、締めてRs.1,660(1,260円)であった。
徒歩15分でバスターミナルに着いた。
おっちゃんが近付いてきて、どこへ行くのか?と聞いてきた。
ティッサマハーラーマに行くと答えると、行き方を話してくれた、直行バスが無いようだ。3△番と8×番のバスに乗れと言っていた。
おっちゃんは道路向かいの食堂の主人であった。
食堂でバスを待たないかと誘われ、朝食を食べていなかったのでそうした。
揚げパンにした。スパイスの効いた野菜入り揚げパンである。
バスターミナルを眺めながら揚げパンを食べた。美味かった。
おっちゃんが、友達のところに行くと言っていなくなった。
この食堂は出前もしている様だ、奥さんがバスターミナルまで運んでいた。
おんぼろバスがバスターミナルに入って来た。
10人ほどが乗り込んでいる。
バスの前で、私の方を向いて手招きしている。
俺か? 行って見るとヘルメットを被りバイクにまたがったおっちゃんであった。
車掌に何か言って、私をバスに乗せた。

座席はすべて埋まっていた。立ったまま2~3時間乗らなければいけないのか!!!
しばらくすると、子連れのお父さんが席を少し詰めてくれ、辛うじてお尻を乗せる事ができた。
山も見えない平坦な地をバスは走って行った。
何もないところでバスは停まった、大勢が降りて行った。
席が空いたので席を移り、ここに何があるのか?と尋ねるとチェックポイントと返ってきた。
あなたと私は行かなくてもいいのか?と聞くと、あなたは、荷物があるので行く必要があると言われた。
バスを降りると前方に列が出来ていた、私も並んだがノーチェックで素通りした???
運転手&車掌が警官に腕時計を指差し、大声で怒鳴っていた。
バス以外の車は、チェックポイントを素通りしている??

貯水池が点在するようになってきた。
ウェッラワーヤから1時間30分ほどで車掌に下車するように言われ、バスを降りた。
そこは分岐点で車掌が別れ道を指差した。
トックトックの運ちゃんがどこへ行くねん? ティッサマハーラーマと言うべきところを、舌がもつれるのでティッサと答えた。
ティッサで通じた、あそこや!とバス停を教えてくれた。
すぐにバスは来た。混雑している、乗車口近くで立った。
5分ほどでティッサの時計塔に着き、大勢の人が降りた。
次にバスターミナルに向かうのだろうと思っていると、町を通り抜けて田園風景の中をバスは走った。
てっきり次の町に向かったと思い、人が降りたので私も降りた。
時計塔まで戻ろうとバス停でバスを待ったが、バスは、外国人と気付くと通過して行った。
車が停まった、どこへ行くのか?と聞かれ、ティッサと答えると、ここがティッサだと言われた!!!!!!!
バスターミナルはどこですか? この先だ! 歩いて行けますか? 10分ほどだ! 有難う!
やっと、ティッサマハーラーマのバスターミナルに着いた。

ティッサマハラーマは、ヤーラ国立公園のサファリへ行くための玄関口である。
ヤーラ国立公園は、スマトラ島沖地震の津波で10人以上の日本人の命が失われたところです。
動物に興味が無いのでティッサマハラーマは、ただの経由地であった。

マータラ行きバスが停まっていた。
乗り込むと直ぐに発車した。10時40分であった。
ウェッラワーヤからのバスを降りた分岐点まで来た時には、バスは混雑し立ち客がいた。
始発のティッサのバスターミナルまで行って正解であった、見通しの利く座席を確保できたのだから、マータラまでの3時間のバスドライブを楽しめる。
20分もすると低木が茂る砂丘地帯?に出た、また塩田も見えるようになった。
新しい直線の道路をバスは走った。バイパス道路の様だ。
漁港のハンバントタに着いた。賑やかな町であった。
ハンバントタを過ぎると、タンガッラまで海は見えなかった。
タンガッラからマータラまでは、2~3ヶ所ビーチがあった。

タンガッラだったと思うが兵士が約100m毎に立ち、厳重な警備であった。何かあったのか。
バスに乗って来た若い男性乗客が兵士に向かって怒った顔で何か言っていた。
過去に住民と軍隊が衝突でもしたのか???
13時40分にマータラのバスターミナルに着いた。ティッサマハラーマから3時間掛かった。

コロンボ行きインターシィバスがあり、ヒッカドゥワまで乗る事にした。
世界遺産のゴール旧市街に宿泊し、その後ヒッカドゥワで泊まるつもりでいたが、ヒッカドゥワで連泊する事にしたのだ。
ゴールへは日帰りで行けばいい。
14時にインターシティバスは、客を拾いながらマータラ市街を走り、ゴールに向かった。
海沿いに走り、ビーチが見えた。
名も知れないビーチだが雰囲気がいい、この辺りで泊まるのもいい。
インターシティバスは、マイクロバスなので車高が低く、車高の高いバスであれば、もっとビーチがよく見えただろう。
15時にゴールに着いた、ゴール駅前で客の乗り降りがあり、ヒッカドゥワに向かった。
15時40分、ヒッカドゥワの大きなホテル名を言って、そこで降ろしてもらった。

ニホン・ビラ・ビーチ・リゾートに行った。
ホットシャワー、エアコン無し、朝食無しでRs.2,000(1,520円)であった。
エアコン無しの部屋があるとは思っていなかったので、驚いた。
掃除中の為、ビールを頼み、飲んで待った。
この部屋でRs.2,000はお得感がある。
3日振りにシャワーを浴び、すっきりした。ヌワラ・エリヤは寒過ぎて浴びず、昨日は、水シャワーしかなくて浴びなかった。
夕食は、近くのレストランに行った。
スープ・ヌードルがあった、野菜スープ・ヌードルとビールを取った。
ヌードルは、やはりソーメンの様に細い麺であった。

21時に寝た。

キャンディからここヒッカドゥワまで、親切なスリランカの人々のお蔭でスムーズな旅行が出来た、空軍の若者、ムスリムの年配男性、中年男性、食堂のおっちゃん等、まともにお礼が言えなかったが、スリランカの人々は親切であった。

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スリランカ旅行 10月15日 ウェッラワーヤへ

2010年12月15日 | スリランカ旅行
7時前起床。
昨日と同じ朝食でトースト、オムレツ、バナナ、紅茶を取った。
8時過ぎ、チェックアウトした。
フロントで宿泊費と朝食代、夕食代でRs.7,205(5,460円)の請求があった。
クレジットカードでの支払を依頼すると現金にしてほしいと言われ、現金はかつかつ足りたが、無いと答えた。
雇われ主人は、若いフタッフを呼んでクレジットカードリーダーをセットさせた。この主人、自分では何も出来ない。
しかし、通信できないのか?読取れないのか? 利用できなかった。
しかたなく、現金を数えてかろうじて足りた。Rs.数100しか残らなかった。
バスターミナルに向かった。
バックパックを担いで歩いても大丈夫だ、風邪は大した事もなかったようだ。
郵便局横の銀行に寄り、ATMでキャシングをした。
VISAカードでのキャシングを試みたが駄目であった。何が駄目なのか解らない。
次にeBankカード(×天銀行)でRs.10,000の出金を試すと成功した。

今日の旅程は、ヌワラ・エリヤ→バドゥッラ→エッラ→ウェッラワーヤの予定である。
バスターミナルの案内所でバドゥッラ行き乗場を教えてもらい、乗場に行くとバスが停まっていたのでバドゥッラ行きか尋ねると違うらしい。
次のバスを待つが、その後、この乗場にはバスは停まらなかった。
と言うのも、一緒にバス待ちしていた人々が、この先に来て停まったバスに行って乗り込んだ、私は満杯で乗れなかった。
次のバスも同じであった。駐車場に停まっているバスに乗客が乗り込んでいるのではないかと、駐車場に行ってみると、やはりそうだった。
車掌にバドゥッラ行きか尋ねると一呼吸置いて乗れと言われた。
9時過ぎにバスが発車した、隣の乗客に確認の為、バドゥッラ行きか聞くとそうではないと言われた。
私はパニックた、降りるなら今だと判断してブザーを鳴らした。
運転手は、驚いて一瞬減速した、車掌に座れと言われてしまった。
若者が私に何か言ってきた、説明してくれている様だが、まったく理解できなかった。英語で話しているのか?
車掌を信用するしかないか!

なだらかな山麓風のところをバスは走った、段々畑が広がっていた、多分野菜を栽培しているのだろう。
ムスリムのおわん型帽子をかぶった年配男性が私の横に座った。
日本人か中国人かと話し掛けてきた。少し話すと彼の話す英語は聞き取れた。
バドゥッラに行くと話すと、乗換えが必要だと言っている。
このバスはどこ行きなのか尋ねると、ウェリマダであった。
地図を見るとヌワラ・エリヤとバドゥッラの中間にある町であった。
今日は、エッラまで行くと話すと、遠回りだと言われた。
11時前にウェリマダに着いた、狭い谷間にある小さな町であった。
年配男性と一緒に降りた、車掌がバドゥッラ行きバスを指差して教えてくれた。
しかし、年配男性は別のバスを停めて、私を乗せてくれた。
お礼を言う暇が無かった。

座席配列が2席、3席のバスで、混んでいたので3席の通路側に座った。
乗客が乗ってきて、私に詰めてくれと言ってきた。
狭い3人席の真ん中席は嫌なので、あなたが真ん中に座れと態度で示した。
乗客は何か言っているが理解できない。
窓側に座っていた中年男性が英語で「直ぐに降りるから詰めてくれ!」と言っていると伝えてくれた。
しかたなく、席を譲った。
英語の話せる中年男性に「このバスはエッラ行きか」と聞いた。
バンダーラウェラ行きであった。
昨日、旅程変更でのルート選びでエッラ方面に行くのにバンダーラウェラからが便利であるのを知ったが、ヌワラ・エリヤからは遠回りしなければならなかった。
今、通っているウェリマダ~バンダーラウェラ間の道路は、私の地図には書かれていない。
12時ごろ、バンダーラウェラに着いた。ウェリマダから1時間ほどである。
サッカーが出来るほどの大きさのグランドが目に入った、ホテルもあり、人も多く歩いている大きな街であった。
中年男性と一緒にバスを降りた、彼がエッラ行きバスに乗せてくれた。

車掌にエッラと言って切符を買った。
30分ほどでエッラに着いたらしい、通り越してから車掌に降りろと降ろされた。
こんな山の中で降ろすのか? 人家は点在していたがエッラの町を通過したとは気付いていなかった。
坂道を100mほど上るとガラスバリ風建物内に仏像が安置さていた。
その中に工事作業中のおっちゃんがいて、見て行けと言われ、案内されたのは仏像裏からの眺めであった。
大きな広い谷と絶壁の山、美しい景色であった。

こんなに綺麗な風景が見られるのであれば、エッラで泊まろうかと思った。
エッラまで歩いて行けるのか?尋ねるとそこだと言われた。
エッラに泊まるのか?と聞かれ、考えていると答えた。
泊まるなら、サン・トップ・インがいいと薦められた。
500mほど歩くと三叉路があり3軒ほどの店があった。
トックトックが前に停まる食堂に入り通りを見渡せる席に座った。
カレーパンとコーラーを頼んだ。
先ほどの美しい景色は、ここからはまったく見えなかった。
エッラは、標高1000mにある。ヌワラ・エリヤ標高1900mから900m下ったが、まだ朝晩は寒いだろう。
やはり、ウェッラワーヤへ行く事にした。
バスを降ろされて30分近く経つので、もう直ぐバスが来るだろう。
バス停に向かっていると、先ほどのおっちゃんにあった。
エッラに泊まらないのか! ウェッラワーヤまで行くと言って分かれた。美しい景色を有難う。

バスは直ぐに来たが座席はすべて埋まっていて、立たなければならなかった。
仏像裏から眺めた大きな広い谷をバスは下って行った。
数ヶ所のヘアピンカーブを通過し、どんどん高度を下げていった。
1時間でウェッラワーヤのバスターミナルに着いた。
14時であった。暑い! 
ガイドブックには、2軒のホテルしか紹介がない。
バスターミナルから約500mの1軒目のホテルは、特設マーケット前にあった。マーケットは大変混雑していた。
レストラン&バーに隣接する部屋があるホテルで、部屋のドアを開けるとテーブルが並んでいるのが見える。
夜、客が多ければ騒がしくて寝られないだろう。部屋には、窓も無い、最悪である。
更に500mほど行ったところにあるウェッラワーヤ・レスト・ハウスに行った。
ファン、水シャワー、部屋は広いが古さが目立つ、バスタオル&シーツ無しでRs.850(650円)である。
できたらお断りしたいが、ここしかない。ブランケット2枚を借りて宿泊する事にした。
宿泊費最安値更新!!! そこそこのホテルを目標にしていたが残念だ。

まだ、15時であった。
ブドゥルワーガラに行く事にした。
大乗仏教の磨崖仏(まがいぶつ)がある。それを見る為にウェッラワーヤに寄ったのである。
バスターミナルの北にある交差点がウェッラワーヤの中心地で、トックトックがたむろしている。
運ちゃんから声が掛かるが、まったくひつこくない。
若い運ちゃんにブドゥルワーガラまで、いくらか聞くと、回りの運ちゃんに相談してRs.500(380円)と答えてきた。
往復運賃か確認して乗り込んだ。
運ちゃんは、まず、ガソリンスタンドに行って燃料を入れた、ブドゥルワーガラは、そんなに遠いのか?
ティッサマハーラーマ方面に10分弱行って西に入る。
民家が点在する未舗装の道を行く、民家が途切れ綺麗な田園風景に変わるがすぐに終わり、右手に仏塔跡が見える。
池に突き当たり池沿いに進む、石橋を渡ると駐車場に出た。国道から15分ほどである。
横に寺があり、運ちゃんに案内されて入場料Rs.200を払った。
駐車場から200~300mのところに30m×17mほどの岩壁があり、そこに磨崖仏が彫られている。
3体の像を1セットに、3セットが浮き彫りされている。
岩壁中央に最も高い仏陀像と両側に低い仏陀像が彫られている。
岩壁の左右端には、日本で見慣れた仏像が彫られていた。観世音菩薩だそうだ。
上座部仏教のスリランカにあって、こんな田舎に大乗仏教の石仏が、何故残っているのか今も謎であるそうだ。


トックトックでホテルまで送ってもらった。
ホテル入口の横に酒屋があり、その前の東屋で客が酒を飲んでいた。
私も東屋に座りビールを飲んだ。
本を読みながらビールを飲んでいると蚊に刺された。
3日間丘陵地帯にいて寒かったので、蚊などいなかったが、また注意しなければいけない。
部屋に戻る時、裏庭が見えた、木陰の下にもテーブルがあり客がいた、食事or酒を飲んでいるのか?
多分、酒だろう。酒場として賑わっており、ホテルとしては、もう終わっている様だ。

夕食は、焼き飯にした。

20時に寝た。
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スリランカ旅行 10月14日 ヌワラ・エリヤ滞在 ラブーケリー・ティー・センターへ

2010年12月12日 | スリランカ旅行
昨夜、寒かった。
風邪を引いたかも?
朝食を取りに食堂に行った。
窓から外の風景を眺めながら、スタッフに何故ホテル名がグレン・フォールなのかと聞いた。
すると、そこにグレン・フォールが見えるだろうと言われた。
目の前の山に切立った屏風岩があり、そこに滝(ウォーター・フォール)が見えた。それがグレン滝であった。
カメラが壊れていなければ、写真を撮るのだが!!!
朝食が運ばれてきた、トースト、オムレツ、バナナ、紅茶であった。
3日振りのまともな朝食である。しっかり食べた。
その後、無理せず、ゆっくりした。

11時過ぎ、ティー・ファクトリー(紅茶の精製工場)に行く為、バスターミナルに向かった。
ラブーケリー・ティー・センター行きバス乗場は、昨日確認していたので、そこに停まっているバスに乗り込んだ。
乗る前に確認し、更に乗ってから横の客に確認すると後の女性客がラブーケリー・ティー・センターに行くと答えてくれた。
スリランカの人々が、もっと英語が話せるのかと思っていたが、そうでもなかった。しかし、今回の様に回りに誰か英語が話せる人はいる。
ヌワラ・エリヤは標高1900mほどにあり、そこから少し上り、峠を越えると茶畑と畑が交互に現れバスは下っていった。
30分ほどすると美しい茶畑が続き、バスはまだ下っていた、うしの女性があそこがラブーケリー・ティー・センターだと教えてくれた。
慌てて、ブザーを鳴らしバスを降りた。慌しく降りたので女性にお礼を言うのを忘れた。

ラブーケリー・ティー・センターの精製工場の門を入る。左に工場があり、奥に駐車場があった。どこへ行けば工場見学できるのか??
奥に行くと右手に建物があったので行ってみた。
入口で日本の方ですかとスリランカ人に日本語で話し掛けられた。
1人ですか?ガイドは?何にで来たのか?
1人でバスで来たと答えると大変驚いていた。
彼は、ガイドで客を連れて来ていた。今日の客は日本人ではないようだった。
彼が面倒を見てくれた、まずは、紅茶を飲むと言いながら、カフェに案内してくれた。
紅茶を飲んで待っていると呼びに来てくれ見学できるそうだ。
紅茶を飲んで待っていると、時々彼が来て話し掛けてくれた。
彼は、日本で働いていた事があり、日本から帰ってワンボックスカーを買い、ガイドの仕事をしていると言っていた。
中々見学が始まらない、紅茶を飲み過ぎた。紅茶は無料である。
彼が呼びに来てくれた、2グループの混成に入れてもらえた。彼にお礼を言った。
彼は、車に戻り次の目的地?に向かった。
紅茶の精製工場の見学は、簡単なもので英語の説明はまったく解らなかった。
精製工程が見られるのかと思ったが、最初と最後だけであり、がっかり!!!
カフェの横に直売所があり、土産にレモンティーのティーパックを2箱買った。1箱(25パック入り) Rs.160(125円)
奥に茶畑が見えるので行って見た。
展望台があり、目の前に茶畑があり、谷には小川が流れ、反対側の山には茶畑が広がっていた。
この展望台だけでここに来た甲斐があった。

ラブーケリー・ティー・センター前の道路は見通しが悪いので、バスが上って来るのが見えるポイントを探して道路を上がって行った。
大きな岩に腰掛けて小説を読もうとすると前方にマイクロバスが停まっていた。
それは路線バスであった。近付くと車掌に早く乗れと言われ乗り込むと出発した。
ここで折り返す路線バスであった。
下校時間帯なのか、低学年の小学生が大勢乗り込んで来た。可愛らしい。高学年は、歩いている。
バスは途中でエンジンが故障した。
運転席の左横にエンジンルームがあり、車掌がカバーを開け、運転手は工具を持ってエンジンルームに手を突っ込み何かをしていた、するとエンジンが掛かった。
運転手に代わって車掌がエンジンルームに手を突っ込んだ、運転手がハンドルを握ってバスは出発した。

スリランカの路線バスは、インドのタタ自動車製が多い。
大型も中型も運転席の左横にエンジンルームがあるのは同じである。
大型バスは、エンジンルームを囲むように柵があり、荷物置場になったりもする。その為、前の乗車口が大変狭い。
開発途上国に行けば、バスの運転手は、整備士も兼ねる事が多い。

アクセル・レバーの故障の様だ、車掌がエンジンルームに手を突っ込んでエンジンを噴かしている。
途中、乗客を普通通り乗り降りさせながら峠まで上がった。残りヌワラ・エリヤまで下りである。
バスのエンジンは掛かっているのか?? エンジン音がしない、エンジンブレーキ無し、ブレーキだけで下り坂を下っていた。
下り坂が長ければブレーキが利かなくなると心配していると、なだらかな道になりバスターミナルに着いた。

昨日行ったレストランに入った。
カレーパンと野菜だけの八宝菜風を食べた。野菜が美味い。
遅い昼食を終えて、町をぶらついた。
バスターミナルから北に200mほどの通りがメイン・ストリートである。
左側は現代風のショッピング街や私が入ったレストランがあり、右側はスーパーマーケットや裏側にはスパイスや米が並ぶ野菜マーケットであった。
メイン・ストリートの北外れまで行ったが興味を引く様なものがなかった。
バスターミナルまで戻り、案内所でマータラ行きバスの時刻を聞いた。マータラ行きバスは7時30分発であった。
マータラは、スリランカの南端にある。
こんな寒いヌワラ・エリヤはもういい、暖かいところに行こう。

ホテルに戻ると夕食はヌードルと言って現物を持って来た、それは透明感のある乾麺で春雨の様であった。
夕食はフライド・ヌードルでいいかと聞いて来たのでOKした。
部屋に戻り、残りのスリランカ滞在が6泊あるので、その予定を考えた。
明日、ヌワラ・エリヤ→マータラ→ゴール(泊)は、旅程が長いので変更し、途中2泊してゴールに向かう事にした。
明日は、ウェッラワーヤまで行こう。
食堂に行き、ミックス・フライド・ヌードルを食べた。ビースは寒いので断わる。
スリランカでフライド・ヌードルを何回か食べたが今日も同じ、ソーメンをぶつ切りにしたヌードルであった。これは春雨???
食後、インターネットを使ったが日本語が文字化けして表示もしない!!! 使い物にならない。
寒いので暖炉に火を点けてもらった。
薪があるわけでなく、廃材の板が数枚あり、それに火を点けてくれた。
若いスタッフは火を起こすのに、あまり慣れているとは言えない。
暖炉前に椅子を移し座った、からだが温まってきたのでビールを頼んだ。
ビールを飲みながら小説を読んだ。
火が小さくなれば、ヤシの実の殻をくべた、これがよく燃える。
からだが温まっている間に部屋に戻りベッドにもぐりこんだ。
21時に寝た。
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