いつか海外暮らし!

旅行が好きで若い頃は国内旅行、今は海外旅行、いつか海外で暮らしたい。

ミャンマー旅行 2月14日 マンダレー滞在 ミングォンへ

2011年03月31日 | ミャンマー旅行
                          ミングォン・パヤーと船着場
7時過ぎ起床した。
2階のレストランで朝食を取った。
コーヒーor紅茶?と聞かれコーヒーと答え、○×△orオムレツと聞かれオムレツと答えた。
英語が聞き取り難い、昨日もチェックイン時に6時30分から朝食が取れると説明され、シックス(6)が聞き取れず、聞き返した。
トースト、玉子料理、コーヒー、オレンジジュース、フルーツがミャンマー朝食の定番である。

8時過ぎフロントでもう1泊すると伝え、宿泊費US$25を払った。つり銭を貰わないで済む様に支払った。
これからは、偽札をつかまされない様に、支払いは、つり銭をもらわない様にしよう。
ミャンマーでは、銀行カード&クレジットカード、日本円も使えないので、USドルでUS$900を、US$100札 1枚、US$50札 6枚、US$20札 17枚、US$10札 13枚、US$1札 25枚で持って来た。
トータル紙幣62枚になった。
ヤンゴンでは高額紙幣から使った。地方へ行けば高額紙幣は使い勝手が悪いだろうと考えたからである。
その結果として、つり銭としてUS$20札 1枚とUS$10札 1枚の偽札をつかまされた。偽札をマネーロンダリングされたのだ。

エーヤワディー川(イラワジ川)のマヤンチャン埠頭からミングォン行き船が出ている。
ホテルからエーヤワディー川まで2km弱で歩いて行くつもりでいたがホテルを出るのが遅くなり、ホテル前でバイクタクシーを捕まえた。
運賃を聞くと1,000K(\100)との事でバイクタクシーに乗った。
8時30分に着いた。ヘルメットを脱いで返した。
運ちゃんが船着場を教えてくれるのだが、漠然とエーヤワディー川を指差しただけで私は歩き出さなければいけなかった。
直ぐにチケットと声が掛かった。若い男が2階へ上がって行くので付いて行った。
パスポートの提示と船賃5,000K(\500)を払った。
ミングォン行き船は、9時発、まだ時間があったのでエーヤワディー川に近付き川風景を楽しんだ。
タクシーやワゴン車で川岸に乗り付ける観光客も多い、9時発の同じ船に乗るのかと思っていると、ガイドが付き、それぞれ船に乗って出て行った。
 船着場付近とエーヤワディー川


9時にミングォンに向って出航した。
 船着場とミングォン行き船

外国人専用船で20人ほどが乗っていた。


観光船、貨物船、筏が航行している。川幅は最大1kmあるのではないか??
デッキのリクライニングチェアーに座りながら景色を楽しんだ。
1時間でミングォンの船着場に着いた。ただの砂浜である、板を渡してその上を歩いて上陸した。
 船着場とミングォン・パヤー


川岸沿いに歩きサトーヤ・パヤーの階段を上がった。
振り返ると同じ船の人達が離れて各自のペースで付いて来た。私も前の若者グループの後を離れて付いて行く。
 サトーヤ・パヤー


次にミングォン・パヤーに行った。
レンガを積上げた土台は、ヒビが入り崩れているところもある。
土台の上に登れる。
 ミングォン・パヤー
 
登り口横にミングォン入域料チケット売り場があり、US$3支払い、パスポート提示をした。
登り口で草履を預け、急な階段を登った。
頂上は50m×50mほどの広さでひび割れクレパスの様に口を開けている。それを避けて小道がある。
残念ながら遠くの景色はかすんで見えない。
崩れたライオン像は、象のお尻の様で頭&胴は崩れていた。
 ミングォン・パヤー頂上                       崩れたライオン像
 

次にミングォンの鐘に行った。
写真で人と鐘を比較すれば、鐘の大きさが分かる。
 ミングォンの鐘


船着場から最も奥にシンビューメェがある。
 シンビューメェ


12時になっていた。
屋台でビールを飲んだ。缶ビール1,500K、大瓶ビール2,000Kとの事で瓶ビールにした。
しかし、ミャンマー・チャットの残りが少なく、食事まではできなかった。
帰りは13時発だと思うが確信がない、同じ船の人達を見掛けるのを確認しながらビールを飲んだ。
12時30分に船に戻った。すでに数人が帰っていた。
川岸を見ると点々と船に向う人が見えた。
13時定刻に船は出航した。

 ミングォンで出会った人々
 

 



マヤンチャン埠頭に50分ほどで着いた。
ダウンタウンまで歩くつもりでいたので歩いたが、軽トラック改造バスが停まっていたので乗り込んだ。
ダウンタウンまで真直ぐなので間違いなく行くだろう。
間もなく出発し、すぐにマーケットに着いた。運賃100K(\10)であった。

マーン・ミャンマー・プラザの貴金属店で両替した。US$100=83,000K
これで食事が出来る。ビールが飲めるところがないかサイカーの運ちゃんに聞いた。
泊まってるシルバー・スター・ホテルの前をマンダレー駅方向に行ったところにある様だ。
歩いて行き、更にサイカーの運ちゃんに聞くと2ブロック先との事、進む。
ヒンズー寺院の先にマンダレービールの看板があり、そこがレストランorビヤホールであった。
焼きそばと生ビールを頼んだ。

16時ごろ、ホテルに戻った。
シャワーを浴び、ゆっくりした。

19時ごろ食事に出た。灯りがなく暗い。
マーケットに近いので夜も賑やかだろうと思い、このホテルにしたが、日暮れと共にマーケットも閉まり、ホテル付近の店舗も閉まっていた、道具屋筋の様なところなので仕方が無い。
昨夜の中国料理店に行った。
奥には造り置きしたビルマカレーも数種類並んでいた。
地元の人がビルマカレーを注文していた、間もなくテーブルにビルマカレーが並んだ。
チキン?カレー、ライス、生野菜大皿、煮付小鉢、?小鉢で定食になっていた。
これがビルマカレーの全体像だ、はじめて見た。
チキン、マトン、ビーフカレーがあるそうだが、すべて土色をしており、私には視覚的に駄目である。また、生野菜は、お腹を壊しそうで駄目である。
ミャンマーに来てから、焼き飯、焼きそば、スープヌードルとビールである。

21時、就寝。
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ミャンマー旅行 2月13日 マンダレー滞在 マンダレーヒル

2011年03月29日 | ミャンマー旅行
7時30分起床。
チェックイン時に朝食付きか聞くのを忘れ、フロントで確認するとレストランで取って下さいとの事で行った。
中華料理中心のブッフェであった。
トースト、目玉焼き、フルーツ、オレンジジュース&コーヒーにした、ハムでもあれが、アメリカンブレックファーストが完成するがハムは無かった。

昨夜、遅くマンダレーに着いた為、駅前で部屋数の多いパシフィック・ホテルに泊まった。
しかし、中国人客のマナーの悪さ、客を残して帰って行くレストラン・スタッフ、掃除の行き届いていない通路&エレベーターと、わずか1時間の間に驚きの連続であった。
こんなホテルに二度と泊まらない。

9時ごろ、別のホテルを探す為にカメラを持って散歩がてらホテルを出た。
マンダレー駅の西側にホテルやマーケットがある、鉄道線路が横たわりている為、マンダレー駅を橋代わりにするか旧王宮の堀から回り込むしかない。
 マンダレー駅


旧王宮の堀に出た。
 旧王宮お堀


ガイドブックをホテルに忘れて来た。記憶を頼りに歩いた。
この通りに中級ホテルが2~3軒あった。
 
3軒目のホテルで西欧人5人ほどがミニバスに乗って出掛けて行った。
多くの西欧人が利用するホテルやレストランを私も利用する様にしている。西欧人の方が、要求が厳しいので優良店が多い様に思う。
そのホテルは、シルバー・スター・ホテルであった。
空き部屋があるか尋ねると空いているとの事。宿泊費は、角部屋がUS$28で他がUS$25であった。
US$25の部屋を見せてもらった。
綺麗な部屋で言う事無い、朝食付きでこの料金は安いので決めた。
フロントにもどり、宿泊費US$25をUS$20札とUS$10札で支払った。
すると、両紙幣ともミャンマー内では、使えない、他国では使えると受け取りを拒否された。
他国では使える? 偽札か???
US$20札には、左上部と右下部に黒の太マジックで点が付いていた、この印が付いているのは駄目、US$10札は、ここに線が入っていると言って受取ってくれなかった。
仕方なく、日本から持って来た新札を渡した。
US$10札は、昨夜パシフィック・ホテルで宿泊費として払った時の釣り銭として受取った。US$20札は、どこで受け取ったのか覚えがない。

荷物を取りにパシフィック・ホテルに戻った。
フロントで偽札?US$10札をチャットに両替した。
US$10札を渡すと、札を確認し一呼吸おいてOKという感じで7,800kに両替してくれた。
両替レートは、どうでもよかった、偽札をつかまされた所で偽札を処分したかったのだ。
部屋に帰り、バックパックを担いでフロントへ、キーを渡してチェックアウトが終わった。
昨夜、このホテルでわずか1時間の間に経験した中国人客のマナーの悪さ、客を残して帰って行くレストラン・スタッフ等に加えて偽札をつかまされたパシフィック・ホテルには二度と泊まらないだろう。

マンダレー駅を通り抜け、サイカーに乗ってシルバー・スター・ホテルに向った。サイカーで1kmほどが1,500K(¥150)であった。
チェックインして部屋に入る。荷物を解き、まずは洗濯した。
昨日の列車の旅で着ていたポロシャツ&アンダーシャツを洗い、すすぐと水が茶色くなった。
ラオスのバスも砂ほこりが多かったが、ミャンマーの列車の旅も大変な砂ほこりであった。

13時前、昼食を取った後、旧王宮&マンダレーヒルに行く予定で出掛けた。
ホテルの1ブロック西にゼェジョーマーケットとマーン・ミャンマー・プラザがあり、フードコートがないか行ってみた。
ビルの中にたくさんの商店が入っていたが、フードコートも食堂&レストランも見付からなかった。マーケット前の通りには屋台が出ていたが腹を壊さないか不安で食べられない。
観光地に行けば外国人向けのレストランがあるだろうと思い、旧王宮に行く事にした。
通りにたむろしているバイクタクシーに声を掛けた、旧王宮までの料金交渉で1,500k(¥150)で交渉成立した。
東入口の堀を渡ったところで降ろされ、チケット売場を教えてくれた。
マンダレー入域料US$10を払い、パスポートを提示した。
城門をくぐり、真直ぐに続く道を歩く。
 東入口城門(城内より)


一辺が2,300mの堀に囲まれた王宮の敷地内はミャンマー国軍の施設として利用されているそうだ。
隊列を組んで歩いている姿を見た。
 再建された建物正面 


王宮は、イギリス軍が占領し軍施設にしていたのを日本軍が占領し、終戦間じかに、それを再度英印軍が奪回する戦闘で王宮を焼失したそうだ。昔のまま残っているのは城壁だけだ。
 再建された建物                           城壁内風景(監視塔より)
 

建物は再建されたが中は、がらんどうであった。
1時間ほどで見学が終わった、建物から出た所にサイカーが停まっていた。
マンダレーヒルまでサイカーで行ってもらえるか聞くとOKとの事、遠過ぎて断わられるかと思ったがOKであった。運賃は1,500K(\150)であった。
東入口のお堀を渡り、堀沿いの通りをマンダレーヒルに向った。
 お堀沿いの通り (正面にマンダレーヒル)


マンダレーヒルへの入口近くでサンダムリ・パヤーがあったので降りた。
 サンダムリ・パヤー(帰りの日暮れ時)


サンダムリー・パヤーからすぐ白亜の2頭のライオンが見えて来た、そこにオープンエアの食堂が2軒並んでいて、その1軒に入った。
缶ビールとスープヌードルを食べた。
スープヌードルはインスタントラーメンであったが、それほど油っこくなく美味しかった。ミャンマーの焼きそばは、変に油っこい。

2頭のライオンからマンダレーヒルに登り始めた。
 白亜の2頭のライオン 


参道では、草履を脱いで手に持った。
 急な参道


ピーロンチャンター・パヤーで休憩した。
 ピーロンチャンター・パヤーの仏像


参道の左側に木々の間から日本人慰霊碑が見えた。
近付いて行くと売店のおばちゃんが線香とライターを持って来たので線香に火を付けて供えた。
別のおばちゃんがドリンキングウォーターを持って来たので慰霊碑に掛けた。
また別のおばちゃんが慰霊碑周りを箒で掃いた。
そして私は手を合わせた。
お参りが終わるとおばちゃんに線香代を請求されたので、2,000K(\200)を渡した。
次に水代と言われてしまった。三人まとめて2,000Kのつもりであったが、仕方なく2,000Kを渡した。
掃除してくれたおばちゃんにも2,000Kを渡した。
 日本人慰霊碑


更に登って行った。
頂上の展望台だと間違えて景色を楽しみ、写真を撮った。
時間帯が悪かったのか逆光で更に霞んでいて、残念ながらよく見えなかった。
目の前の王宮まで霞んでいる。マンダレーは大気汚染がひどいのか???


売店のおばちゃんが通ったのでエレベーターはどこにあるかと尋ねたところ、ポカーンとした顔をされた。
ここは頂上の展望台か?と聞くと違った。この奥にまだ行かなければならなかった。
高度はほぼ頂上だったが、距離は奥にまだ大分あった。
頂上の展望台からの眺めは、やはり霞んでよく見えなかった。残念だ!!
エレベーターを降りたところに軽トラック改造バスが停まっていた。

マンダレーダウンタウン行きバスには誰も乗っていなかった。乗って待ったが誰も来ない。
これではいつ出発するか分からないので降りるとバイクタクシーの運ちゃんが近寄って来た。
ダウンタウンまで料金がいくらか?聞くと2,000K(\200)安いので乗った。
2人乗りバイクのダウンヒルは危険であった。ヘヤピンカーブや対向車などでブレーキを掛けても慣性が大きいので中々効かない、こんなに危険とは思わなかった。
白亜の2頭のライオンのところで降ろされた、ダウンタウンまでのはずだと文句を言ったが通じない。 
軽トラタクシー前で降ろされたところをみると、頂上からバイクタクシーで下り、ここの軽トラタクシーに客を引き継ぐのがビジネスモデル?になっているのだろう。

来る時、お堀沿いの通りにマンダレービールのビアガーデンを見付けていた。そこまでバイクタクシーで行きたかったが、歩く事にした。2kmは無いだろう、写真を撮りながら歩いた。
 

 

この辺りにビアガーデンがあるはずだと思っているとレストランがあった、ここをビアガーデンと間違えたのか?
マンダレービールの看板がある。スタッフが通りまで出ていたので、生ビールがあるかと尋ねるとボトルビールとの事、この先に生ビールがあると教えてくれた。
オープンエアのレストラン風ビアガーデンで生ビールの樽が積上げてあった。
薄暗くなった王宮を見ながら、生ビールを飲んだ。
蚊がいたので一気飲みの様になり、2杯飲んで店を出た。

日が暮れて暗くなっていたが、お堀沿いを歩いた。地元の人も健康の為大勢歩いていた。
お堀沿いを西に歩き、お堀が終わり更に西に行くと時計塔に出た。
ゼェジョーマーケットとマーン・ミャンマー・プラザのある通りが時計塔の南にあるが、その通りが真っ暗だ。
一瞬方向を間違ったのかと思い、通行人に尋ねたほどだ。
昼間賑わっていた通りが、まだ19時なのに、もう真っ暗だった。
マンダレーヒルから歩いて1時間30分、途中ビヤホールに寄り道したが、ホテルまで歩いてしまった。

シャワーを浴び着替えて、2階のレストランに行ったが閉まっていた。
フロントに行って食事は、どこで取ればいいのか尋ねと近くにミンミン・レストランがあると紹介してくれた。
ミンミン・レストランに行くと西欧人夫婦が食事をしていた。
メニューを見ると中国料理であった。ビールは無い!!!!
焼きそばとペットボトル水にした。

ホテルに戻り、フロントでUS$20の両替を頼んだ。
間違ってUS$20札の偽札を出してしまい、ミャンマーでは使えないと同じ様に言われてしまった。
「Made in china!」と私が言うと、横に座っていた若いフロントマンがそうだと言った。
新札のUS$20札を出して両替した。US$1=790Kと両替レートが大変悪い。

21時就寝。
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ミャンマー旅行 2月12日 マンダレーへ

2011年03月26日 | ミャンマー旅行
                                         朝もや
5時50分、ドアをノックされ起こされた。
昨夜、ウエークアップコールを依頼していたのだ。その方法は、ドア・ノックであった。
チェックアウトしにフロントに行くとソファーで3人ほどが寝ていた。
ドアをノックしたスタッフだろうが起きて来て部屋のキーを渡した。
外はまだ暗い、歩いて5分ほどでバゴー駅に着いた。
駅員に切符を見せてプラットホーム番号を聞き、アッパークラスと言って前と後を指差しするとどうも前の車両の様で向った。
6時45分にヤンゴン5時発マンダレー行き列車5UPが入って来た。


駅員が来て私の座席まで案内してくれた。
アッパークラス車両は、通路を挟んで片側1列、片側2列となっていて、私の座席は1列側であった。


定刻の6時50分にマンダレーに向って出発した。
マンダレー到着予定20時10分で、13時間20分の列車の旅のはじまりである。
ヤンゴン-マンダレー間は、他にバスもあるが夜行バスである。それで、日が昇っている11時間はミャンマーの風景が見られる列車の旅を選んだのだ。
列車が走り始めると日が昇っていた。
 朝靄と太陽


バゴー近郊は畑が広がっていた、豆畑だろう。
それが水田に変わっていった。1枚の田は大変狭い。
 水田                                 豆畑
 

水田や豆畑が広がる中に村が島の様にある。
その村に仏塔がある。
 村の仏塔
 

 

座席が広く、ソフトシートで楽であるが縦揺れがひどい。
飲み物、食べ物の販売が多い、駅に着くと販売人が大勢乗り込んで来る。
ドリンク・ウォーターを買っただけで、食べ物は、腹をこわすのが恐くて買えなかった。
 列車後方部                             駅風景
 
 地元の人達の橋となっている鉄橋


線路沿いには、警戒・監視に当たる軍の基地が数え切れないほどあった。
基地内には塹壕が掘られ、やぐらを組んでその上で兵士が銃口をこちらに向けている。
写真に撮ろうかと思ったが、兵士との高さが同じであまりにも近いので恐ろしかった。

ピンマナーを13時48分に通過した、停車するものとばかり思っていたが停まらなかった。
首都をヤンゴンからネーピードに移し、その最寄の駅がピンマナー駅だと思っていたし、ガイドブックの時刻表にもピンマナーの表記がある。
新しい、まだ建設途中の駅に停まった。
この車両からも数名が下車した。
プラットホームに兵士がいたが写真を撮った。兵士に見られたが何も無かった。
乗客にネイピードと言うとそうだと言っていた。
 ネーピード駅


ネーピード駅に長く停車後出発した。
平屋の一軒家を沢山建設中であった。
この辺りから遠くに山が見え始めた。


列車は北上して行く、肥沃な土地も少なくなり村も少なくなった。
8時間も車窓からの風景を見続けるともう飽きた、小説を出して読んだ。
ターズィーを過ぎ、18時ごろ日が沈んだ。


日没後、外は真っ暗である。
列車内は薄明かりがついた。
ミニマグライトを取り出し、小説を照らし読んだ。
真っ暗な車窓が続いた2時間後、灯りが見え出し、灯りが続いた。
マンダレーであった。
20時30分にマンダレー駅に着いた。

プラットホームに降りるとバイクタクシーの運ちゃんが待っていた。
駅前の大きなホテルに泊まるので断わった。
階段で2階に上がったが、駅の出口が分からない、うろうろしていると駐車場があった。
ここが駅構内でない事に気付いた、駅正面出口から出ようと考えていたがそれがどこにあるのか?
2階からの車道スロープを降りた。
駅正面にあるパシフィック・ホテルに行った。

空き部屋があるか尋ねると有るとの事で、料金を聞くと中国人はUS$30、日本人はUS$32と言われた。
中国系ホテルであった。客も中国人ばかりである。
私は中国人!と冗談を言った。それを何度も言って笑わせた。
部屋を見せてもらい、広い角部屋であったので宿泊を決めた。
部屋は清潔にしているが、通路やエレベーター内はゴミで汚かった。
フロントにもどり、US$50札で支払いUS$18(US$10札+US$5札+US$1札3枚)を受取った。海外でUS$5札を見るのは珍しい。


21時を過ぎていたので部屋に荷物を置いて、食事に出た。
エレベーターで1階に着き、扉が開き降り様とすると中国人数人が乗り込んで来た。これには驚いた。
1歩踏み出して、降りる人に気付き立ち止まるのをよく見掛けるが、乗り込んで来るのを体験するのは初めてだ。さすが中国人だ。
ホテルから出てレストランを捜したが無い、缶ビールだけ見付かり2缶買った。
ホテルのレストランでビールと豆腐の中華を食べた。
今日は、朝からクッキイと水だけであった。それでも残してしまった。
私が食べているとレストランの従業員が帰り始めた。
レストランは22時までだろう。しかし、客を置いて帰るのか!!!!
テーブルに食べ残した皿と瓶ビールが朝まで置いたままだ!!!!!!
フロントから丸見えだが!!!!

13時間の列車の旅で、列車が巻き上げる砂ぼこりを被ったので、部屋に帰り、シャワーを浴びた。
シャワーホースが破れていて、手で塞いでも飛び散る。
シャワーが飛び散っても、バスタブから出ない様に通常カーテンがあるがここには無い。
髪の毛は洗えたが、からだは破れたシャワーでは無理なので、バスタブに湯を張った。
湯に浸かり、ゆっくりした。

この中国系ホテルでいくつかの驚きを体験して、
23時ごろ、就寝。
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ミャンマー旅行 2月11日 バゴーへ

2011年03月23日 | ミャンマー旅行
                              シュエモード・パヤー(ヒンタゴン・パヤーより)
6時30分起床。
昨日と同じ、ブッフェ朝食を取った。昼食が遅くなるかも知れないのでしっかり食べた。
朝食後、荷物をまとめてバックパックに詰める。
最後に紙製の使い捨てスリッパ(紙スリッパ)を入れた。
紙スリッパ2組が部屋に置いてあった。草履よりも楽である。残りの1組を入れたのだ。
忘れ物が無い事を確認後部屋を出た。
8時過ぎチェックアウトした。

コンシェルジュにバゴーに行きたいと言ったが、通じない!
ガイドブックのビルマ語表示を示すとバーとにアクセントを付けて発音された。
ーへバスで行きたいので、バスターミナルまでタクシーを頼むと依頼した。
コンシェルジェは、ホテル前のタクシーの運ちゃんと相談していた。
ガイドブックには、ダウンタウンの外れにバゴー行きバス乗場がある事になっていると伝えたが、どうも無くなった様だ?
ヤンゴン国際空港近くまで行かなければならない様だ。アウンミンガラー・バスセンターか?
タクシー代4,000K(\400)との事。料金からすると空港近くでは無い様だ???
乗場は運転手に任せて乗り込んだ。
やはりヤンゴン国際空港方面にタクシーは走った。
ホテルから30分で右手の方からジェット機のエンジン音が聞こえてタクシーは停まった。
空港の西側にある道路脇バス停であった。
運ちゃんにUS$4を渡そうとすると運ちゃんは固まってしまった、US$4を4,000Kに換えて渡した。
仕方がないとUS$を受取るかと思ったが、固まってしまった。
ミャンマーでは、一般にはUS$が流通していない様だ。
タクシー運ちゃんがバゴー行きバスまで案内してくれ乗り込んだ。

15分ほど待って、9時15分にバスは出発した。
ヤンゴン市街から4車線道路が続いていた。
ガイドブックで見覚えのある建物の前を通った。それは第二次世界大戦の連合軍兵士の墓地である。
間もなく、高速道路の料金所の様なゲートをくぐった。
真直ぐな道路が続いた。
 国道1号線 写真左の中央分離帯の左側にも車線がある。


10時30分ごろ、突然降ろされた、バゴーだそうだ。
バイクタクシーの運ちゃんが待っていた。
周りを見渡すとバゴー中心地ではない。何でこんな所で降ろすのか!!! バスは行ってしまった。
仕方なく、ホテル名を言ってバックパックを運ちゃんに渡し、乗った。
ミヤ・ナン・ダ・ホテルに着いた。
宿泊料US$8(\680)との事。部屋を見せてもらった。
この部屋以外はトイレ&シャワー共用で、不満であったが仕方なくOKした。


チェックイン後、着替えて観光に向った。
バイクタクシー代がUS$10からUS$3でOKとの事である。
まず、10時30分から食事の様子が見れるチャカッワイン僧院に向った。
 チャカッワイン僧院の若い僧侶達
 
炊事場や若い僧侶の居住広間も見学出来た。

次に、シュエモード・パヤーに行った。
運ちゃんにバゴー入域料US$10を要求されたので渡した。
ヤンゴンのシュエダゴォン・パヤーを見た後で、尚且つ、残念ながら改修中で竹製の骨組みが剥き出しであった為、ミャンマー3大仏塔の1つであるが、がっかりであった。
ミャンマーの仏塔は3~4年毎に改修するそうだ。
ミャンマーの仏塔は、今日で5つ目であるが改修中で無かったのは、シュエダゴォン・パヤーだけであった。
 シュエモード・パヤー 
 

運ちゃんに「歩きたいか?」と聞かれた、私は? 
この参道を歩いて丘を越え、下った所で待っていると言うので参道を歩こうとした。
参道は通常裸足で歩かなければならないが、道が汚れていたので入口の売店?の人に私の草履を指差しで尋ねたらところ草履を履いて歩いてもかまわなかった。
 ヒンタゴン・パヤーへの参道


ヒンタゴン・パヤーはシュエモード・パヤーの東の丘の上にあり、シュエモード・パヤーを一望できるが、バゴーの町はあまり見えない。

次に運ちゃんは、葉巻を造っている所に連れていった。
30人ほどの女性が広間に座り、葉巻を巻いていた。
私が葉巻を吸う真似をすると若い女性が葉巻とライターを手渡そうとしたが吸わないので断わった。余計な真似をして申し訳ない。


次に蛇寺や寝仏を見た。
 蛇寺                                 寝仏
 

13時になっていた。後は夕方の16時から回る事になった。
私がビールを飲みたいと言ったので、ビヤホールに連れて行ってくれた。
ホテルの近くにあり、オープンエアのレストラン?であった。
ジョッキーで生ビールが出て来た。缶ビール位の量で、料金は何んと600K(\60)であった。
運ちゃんに運転は大丈夫かと断わって、ビール1杯だけおごった。
メニューに焼きそばが、マレーシア風、インドネシア風、タイ風、シンガポール風とあったので、ミャンマー風焼きそばはないのかと尋ねるとミャンマーはカレーだけだと言われた。
マレーシア風焼きそばを頼んだ。
運ちゃんは生ビールを飲み終わると、16時に迎えに行く、ホテルの場所はあそこだと言って帰って行った。
生ビールが冷たくて美味かったので、3杯飲んでしまった。

16時まで昼寝した。
起きてすぐ、外に出ると運ちゃんが待っていた。
まず、ミャッ・タ・リャウン寝仏に行った。
化粧をした顔が変に艶かしい。
 ミャッ・タ・リャウン寝仏


次にロンジーを買いに行った。
シュエターリャウン寝仏の北にある村に案内され、ロンジー(3,000K)を買い、着方を教わった。
村にある織機を見せてもらった。


近くの寺の境内に日本人慰霊碑があった。手を合わせた。
マハーゼディー・パヤーに行くかと聞かれ、登れるか尋ねると登れなくなったとの事で止めた。
それでシュエターリャウン寝仏に行った。
バゴーで最も有名なのが、この寝仏だそうだ。
 シュエターリャウン寝仏


45分間ほどで「もうええわ!」という感じで、見物を終えビヤホールに行った。
運ちゃんにも生ビールをおごり、2人で飲みながら話した。
運ちゃんの元奥さんはイギリス人でイギリスに帰ってしまったので、今はイスラム教徒の女性を奥さんにしている。彼は仏教徒だと言っていた。英語が話せるのは、元奥さんのお蔭だ。
ミャンマーが第二次世界大戦後、イギリスから独立した事を知っていたが、どこの国から独立したのかと尋ねるとイギリスだと答えて観光で来るのは良いがそれ以外必要ないと言っていた。
2007年に日本人カメラマンの長井健司さんが射殺されてから日本人観光客が少なくなったと言っていた。
その1年後のリーマンショックの影響と若い人の海外旅行が少なくなった事が影響しているのだが、英語で説明するのが大変なので話さなかった。
お寺は貧乏だとも言っていた。確かにシュエモード・パヤーも掃除が行き届いていなかった。
運ちゃんも私も2杯づつ飲んだところでバイクタクシー代を請求された、「きもちだけ」と日本語で言っている。バゴー入域料US$10を懐に入れている事が分かっていたがUS$5を渡した。
明日、マンダレーに列車で行く事を話していたので、別れ際、バゴー駅6時45分発だからと念押しされた。

運ちゃんに推薦してもらったレストランに向った。
バゴー川に面した景色の良い場所だろうと思っていたが、バゴー川土手はゴミ捨て場で興ざめである。
レストランも暗いイメージで、大き目の食堂であった。
前を通り過ぎてバゴー駅に向った。
駅前で健康体操の様な事をしていた。
駅前から国道に出ると夕日が美しく見えた。


ビヤホールへ戻り、ビールと焼きそばを食べてホテルに帰った。

バゴーは個人旅行者が多く来るところでは無い様だ。ヤンゴンからツアーで来て帰って行くのだろうか?
ビヤホールで西欧人1組のバックパッカーを見ただけで、他はチャカッワイン僧院で多くの西欧人ツアー客と蛇寺で10人ほどの西欧人ツアー客を見掛けた。

シャワーを浴びようとするとバスタオルがなかった。フロントに取りに行き、ついでにウエークアップコールを頼んだ。

20時就寝。
寝ていると上部階で子供が走り回っていた、やかましくて目覚めた。上はアパートか?

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ミャンマー旅行 2月10日 ヤンゴン滞在 水中寺院へ日帰り

2011年03月21日 | ミャンマー旅行
                                   イェレー・パヤー(水中寺院)
6時に起きた。
まだ、日が昇っていなかった。
シュエダゴォン・パヤーがライトアップされ綺麗に見える。
写真に撮れるか試してみた。
一眼レフを出し、望遠レンズに付け替え、窓を開けて写真を撮った。
美しい写真が撮れた。
 ライトアップされたシュエダゴォン・パヤー


7時ごろカメラを持って散歩に出た。
 

 

30分ほどで散歩から帰り、ホテルのレストランに朝食を取りに行った。ブッフェ朝食である。
西洋人には、アメリカンブレックファースト、アジア人には、中華と言った感じである。どちらかと言えば中華がメインであった。
私は、アメリカンブレックファーストにした。朝から油っこい中華は駄目である。

朝食を終え、フロントでもう1泊すると告げた。
セントラル・ホテルを通じて、このホテルに宿泊しているが、セントラル・ホテルを通さなくても良いのかと尋ねると問題ないとの事。
宿泊費はいくらかと聞くと、フロントは調べた結果、セントラル・ホテルに連絡しろに変わった。
宿泊費が安かったのか高かったのか?? (後日談、インターネット予約で調べるとUS$29となっていたので、セントラル・ホテルのツアーデスクのUS$28の方が安い、通常、中級ホテル以上では予約無しで飛び込みでの料金は、インターネット予約よりも高い。)

セントラル・ホテルのツアーデスクが何時にオープンするのか?
ガイドブックでビジネスアワー役所9:30~16:30となっていたが、ホテルのツアーデスクは、遅くても9時にはオープンしているだろうと考え、セントラル・ホテルに向った。
しかしまだオープンしていなかった。フロントで確認すると、9時30分オープンとの事。
時間を潰し、再訪した。もう1泊することを告げ、US$28を払いバウチャーを受け取った。
ホテルに戻り、延泊の手続き完了した。

ホテルを予約・支払い済みで宿泊し、その後延泊する場合、必ず予約元に連絡してくれと言われる。
インターネット予約、空港のホテル案内所&現地旅行会社での予約でも、今回の様な事になる。私は、何回か経験している。
だから、ホテル予約するのが嫌で、現地でホテルを捜す。
ヤンゴンのホテル事情が悪いとは思ってもいなかった。2軒のホテルが満室とは想定外であった。

10時過ぎ、外出の準備をしてフロントに行った。
フロント女性にポストイットにビルマ語の数字で216と書いてもらった。でも間違って1だけアラビア数字であった為他のスタッフに駄目だしされていた。216とは、水中寺院のあるチャウタン行きバスの番号である。

バス乗場に着いた、ただの大通りでバスが適当に停まっていた。
216番のバスを捜す状態でなかったので、呼び込みをしている車掌にチャウタンと叫んでいた。
車掌が、前のバスを指差した。そちらに行くと、先ほどの車掌がチャウタン行きの車掌に私を引き渡してくれた。
バスは日本の中古バスで相当古い、右ハンドルで乗降扉は右側に改造されていた。
市街地から川を渡り郊外に出ると、車掌が慌てて私を降ろした。料金を払い忘れた。
降りたところは三叉路で乗り換える様だ。
近くにいた青年にチャウタンと言ったが通じない。
ガイドブックでチャウタンのビルマ語表記を指差した、すると100mほど先の人だかりや屋台を指差したので向った。
屋台のおっちゃんにチャウタンと言うと若い女の子に「○△×・・」と言っていた。
女の子は私を到着した軽トラック改造バスに乗せてくれた。

軽トラック改造バスは、軽トラックの荷台を改造し屋根を付け、両サイドに長いす状の座席を着けている。
すぐにバゴー川を渡った。川幅は1Km以上あったのではないか?長い。料金250K(\25)を払った。
20分ほど行くと高台に大きな仏塔が見えた。タニンのチャイッコウッ・パヤーであった。帰りに寄ろう。
タニンで大勢乗り込んで来た、荷台の中央に長椅子が置いてあり、そこに座っていった。膝と膝がぶつから狭さだ。
更に20分後、市場らしい場所で軽トラックバスが停まった。乗客が降りるのでチャウタンかと聞くとそうだった。
 イェレー・パヤー(水中寺院)全景                 イェレー・パヤー(水中寺院)
 

 船着場                                川岸の寺院と遊歩道
 
 
人の流れに乗って川岸に出た、遊歩道があり、そこからイェレー・パヤー(水中寺院)が見えた。
遊歩道を水中寺院に向うと船着場があった。
料金5,000K(\500)を払い渡し舟に乗った。
外国人専用船で外国人はこれに乗らなければいけないそうだ。私以外は中国系の人であった。
船内で靴、草履を脱ぐ様に言われ、預けた。
仏塔は残念ながら改修中で半分覆いが被っていた。
水中寺院のある島自体が狭いので、すぐに見終わってしまった。

対岸に戻り、遊歩道脇のオープンエアの食堂でビール(1,500K)と焼き飯(1,500k)を頼んだ。
焼き飯に皿に盛られた生野菜が付いて来たが食べなかった。衛生状態がわからないからだ。
水中寺院を見ながら焼き飯を食べた。しかし、焼き飯も1/3は残してしまった。
支払いをして店を出る時、店員に「○△×・・!!」と叫ばれた、多分「食べてないがな!」と言われたのだろう。

サイカーの運ちゃんに軽トラック改造バス乗場を教えてもらい向った。
対岸への渡し舟乗場前に軽トラックバス乗場があった。
車掌にタニンと言って乗り込んだ。
途中客を拾いながら軽トラックバスは走った、女子高生が4人乗って来て満杯になった。
彼女達は、写真の様なランチ・ボックスを持っていた。
どの国の女子高生も同じである、キャッキャとかしましい。


タニンに着いたので私は降りたが、車掌に乗る様に言われた。
なぜか分からないが降ろしてくれなかった???
バゴー川を越えて軽トラック改造バスを降ろされた。
来た時とは別の場所であった。
東屋風のバス停があり、茶髪の女性に「to Yangon?」と言うと「うんうん」という感じであった。
「Japanese?」と聞いてきたのでそうだと答えた。
この女性が、ヤンゴン行きのバスに乗せてくれた。





14時ごろホテルに戻った。
シャワーを浴びて、昼寝をした。

夕方、ガイドブックでダウンタウンのビルマ料理レストランを捜した。
ホテルから2ブロック横に「203」という人気店がある。
暗くなってからそこへ行ってみた。
狭い入口に肉料理が並んでいた。どれも土色をしたカレー料理の様だ。
視覚的に不味そうだ、私には、食べられそうにない。
食堂を出て大通りに出ると夜市が出ていた。
しかし、買い食い出来るものはなさそうだった。
麺類専門店があったので入った。
子供がメニューをもってきた、ビルマ語でまったく分からない。
他のテーブルを覗いて指差しで注文した。
ビーフorチキンと聞かれたのでチキンを頼んだ。
ビールが有るか聞くが無いとの事。
先ほど買った缶ビールを出して、OKか尋ねたが駄目であった。
大きな器に入ったチキンスープが出て来た、頼んだ覚えがいない。注文時に覗いたテーブルには麺しか無かったのでセットでもないはずだ。
チキン入り麺を頼んだつもりであった。
まあ、いいかとスープを飲んだ、美味くない。
相席で3人の女性が座った。
あんかけ麺を美味しそうに食べていたので注文したが、中々出来上がって来なかった。
ウエイターの子供が運んで来た、私の前に置くかと思ったら、相席客に渡した。
番台の様に高い台に座った会計担当者がその様子を見ていて、私と目が合った。
頼んだ覚えの無いチキンスープを出され、順番を飛ばされ、持込ビールを断わられ、頭に来て店を出る事にした。
会計に行って料金を聞くと800Kとの事、200K札を出して会計担当者を睨み付け、ドンと200K札を置いて店を出た。
昨日行ったスパーマーケットのフードコートに行った。
焼きそばを頼み、缶ビールを見せるとOKであった。
ビールを飲みながら焼きそばを食べた。油っこい焼きそばである。
リカーショップに寄り、缶ビールを買って帰った。

21時就寝。
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ミャンマー旅行 2月9日 ミャンマー・ヤンゴンへ

2011年03月18日 | ミャンマー旅行
                                    シュエダゴォン・パヤー
モーニングコールの電話が鳴って5時に起こされた。
今日は、7時20分発 エアアジアでミャンマー・ヤンゴン(ビルマ・ラングーン)に行くので早く起きた。
5時30分チェックアウトし、THB310の返金を受ける。
タクシーが来ていると案内された。タイ国鉄の線路を渡ったところの道路にタクシーは停まっていた。
インターナショナル・エアポートと言うとタクシーは出発した、17分後の5時55分に着いた。
タクシー代THB140(¥390)を払うと、急いで次の客を乗せて出て行った。ここで客を拾うのは禁止されている。
エアアジアのチェックインカウンターは、大変混雑していた。
30分並んでやっとチェックイン完了した。バックパックを預け、搭乗券を受取った。
6時30分になっていた。急いでイミグレーションに行き並んだ。
ここはいつも長時間並ばされる。フロアには出国者で溢れていた。
無事出国し、搭乗口に着いたのは6時55分になっていた。
搭乗は遅れていた。
バスに乗りエアアジア駐機場に着いたのは7時30分になっていた。
20分ほど遅れでヤンゴンに向った。
 エアアジア


途中、ホットドック&コーヒーを朝食に食べた。
早朝便の為朝食を取る暇が無いだろうと思い、インターネット予約時に頼んでおいたのだ。
8時15分ごろ、ヤンゴン国際空港に着陸した。バンコクと30分の時差がある。
搭乗ブリッジを通りイミグレーションへ進む。
入国審査に並んでいると2人前のロシア人夫婦のところに知り合いが1人、2人と合流してトータル5人が横入りした。
私も後ろの人も呆れていた。
無事入国した、確認の為パスポートを開けるとビザの横にハンコが押され28日間滞在が可能であった。日本でビザを取って来たのを忘れていた。
到着ロビーのタクシーカウンターでホテル名を言って料金を聞くとUS$8との事。ガイドブックのUS$7から値上がりしていた。
9時ごろタクシーでヤンゴン市街に向かった。
車は右側通行であったが、走っている車は右ハンドルの日本の中古車であった。
バス、マイクロバス、ワゴン車までが右ハンドルで左側乗降口のままである。
携帯電話の電源を入れて見た、やはり圏外になっていて時刻表示が無かった。
市街中心地のセントラル・ホテルに着き、US$8を渡しタクシーを降りた。

セントラル・ホテルのフロントで部屋が空いているか聞くと空いていないとの事。
耳を疑った、「Full!」と叫んでいた。
他のホテルを紹介しましょうか?と言う事でツアーディスクに行った。
パノラマ・ホテル US$30も満室で、次にアジア・プラザ・ホテル US$28(\2,380)が取れた。
US$28を払い、バウチャーを受取り、歩いてアジア・プラザ・ホテルに向かった。
ミャンマー最大都市のヤンゴン中心地でも、女性は、ほっぺたにタナカという白い粉を着けていると驚きながら、徒歩10分ほどで着いた。中級ホテルであった。
バウチャーを渡しチェックイン完了。
8階の角部屋で見晴らしが良かった。目の前にはヤンゴン駅が見え、その向こうにはシュエダゴォン・パヤーが見えた。
エアコン、ホットシャワー、テレビ&ミニバー、朝食付きであった。


まだ10時である。
ヤンゴン見物に出掛ける前に、財布の通貨を入れ換えた。
ミャンマーでは、日本円の両替も難しく、USドルの現金のみが使えるので、日本円とタイ・バーツを出し、すべてUSドルにした。
ボーヂョーアウンサン・マーケットに行ってUSドルをミャンマー・チャットKに両替する為に向かった。
途中、ヤンゴン中央駅予約発券窓口があるので寄った。
ガイドブックに載っている場所に行ったが、建物が見えない。
敷地内に入って行くと窓口が並んでいるが、薄暗く、薄茶一色の世界でビルマ語表示だけでさっぱり分からない。
マンダレーと言って人に聞いて窓口に行った。
行き先、日付、列車No. アッパークラス(1等)を書いたメモを渡した。
US$30で2/12 5時発マンダレー行きチケットを購入した。マンダレーには20時10分着である。

ボーヂョーアウンサン通りには、アジア・プラザ・ホテル、セントラル・ホテルやヤンゴン中央駅予約発券窓口があり、ボーヂョーアウンサン・マーケットもある。
ボーヂョーアウンサン・マーケットの貴金属店で「マネーチェンジ」と言うと向かいの貴金属店で両替できる様なので行った。
US$1が840チャット(840K)であった。US$100を両替して84,000Kで、1,000K札を何と84枚を渡された。10枚だけを財布に入れ、残りはゴムバンドでとめてデイバックに入れた。
両替が終わってから、両替レートを交渉しなかった事を後悔した。ガイドブックに記載のあった1K=約\0.1であったので変に納得してしまった。
マーケット内の外周部にケーキ?&飲み物のカフェがあった。ビールなんか置いてないだろうな?と見ていると奥にレストランがあった。
ケース内に、おかずが4or5種類並んでいた。2種類を選んでテーブルに座った。
ビールは有るか聞くと、タイガービールは無いとの事、ミャンマー・ビールを頼んだ。
なぜ、わざわざタイガー・ビールは無いと断わったのか?シンガポールのビールだから、中国系と見られたのか?
ご飯は不味いが、おかずは美味かった。ビール大瓶込みで500K(\510)であった。

ボーヂョーアウンサン通りとスーレー・パゴダ通りが交差するところをスーレー・パヤーに向かった。
スーレー・パヤーは、残念ながら改修中で覆いが被っていた。
 スーレー・パヤー

2007年9月27日に日本人カメラマンの長井健司さんが射殺される衝撃のシーンを撮ったのが、この写真のアーチの様な歩道橋らしい。
歩道橋右から左前方を撮った様である。

スーレー・パヤーの東側の風景である。
 ヤンゴン市庁舎(スーレー・パヤーを背にして撮る)
 

ヤンゴン川を見に更に南下したが、倉庫などが並び見えなかった。
タクシーでシュエダゴォン・パヤーに行く事にして、停まっているタクシーと料金交渉した。
2,000Kのところを1,500K(\150)で交渉成立した。
最後は運ちゃんが、投げやりな言い方で「ああ、ええよええよ!」と言う感じであった。
シュエダゴォン・パヤーの南参道横のエレベーター乗場にタクシーは着いた。
拝観料US$5を払い、草履を預けた。
ここから裸足である。エレベーターで上がった。
黄金に輝く仏塔には圧倒された。
仏塔の東西南北に祈祷堂があり、正座して手を合わせて健康を祈った。
傘を差した坊さんが日本人ですか?と日本語で話しかけて来て、釣鐘など3箇所ほど親切に案内してくれたが、相手するのが億劫になり、「有難う御座いました。」と言って分かれた。
 シュエダゴォン・パヤー                      大理石の床 
 

 屋根付き南参道と仏塔
 

最後に南参道を見物した。
 南参道


シュエダゴォン・パヤーを1時間掛けて見物し終わった。
南参道前に停まっているタクシーとホテルまでの料金交渉した。
来る時と同じで、最後は運ちゃんが、投げやりな言い方で「ああ、ええよええよ!」と言う感じで1,500Kで同意した。

15時ごろホテルに戻った。
明日&明後日の予定を考えた。
当初予定では、チャイティーヨー・パヤー(ゴールデン・ロック)に行くつもりでいたが、3回乗換え最後1時間は山を登って行かなければならず、がっかりするのも!!! いや感動するかも知れない?
日帰りで行けるなら、迷う事なく行ったどろう。 
予定変更してミャンマー3大仏塔のひとつになっているバゴーにあるシュエモード・パヤーに行く事にした。
そして、もう一日は、ヤンゴン近郊の水中寺院に行く事にした。ガイドブックに小さく載っていた。
日程は、明日2/10に水中寺院に行き、明後日2/11にバゴーに行く。
今日買ったマンダレー行き切符は、2/12にヤンゴンから乗るのではなく、バゴーから乗車しよう。

夕方、ビールを捜しにホテルを出た。
2ブロック横にRUBY MARTというスーパーマーケットがあった。
食料品売場もあり、部屋に持って帰って食べられる様な物を捜したが無かった。クッキーと髭剃りを買った。
リカーショップがあり、缶ビールを買った。ミャンマービール990K(\99)、タイのシンハービール660K(\66)であった。

ホテルに戻り、缶ビールを飲みながらテレビでサッカーを見たり、本を読んだ。
18時30分、日没となり、部屋が暗いのに気付く。蛍光灯が点いていないのだ。
壁にあるスイッチをすべてつけたが変わらない。
電話を使って英語で説明するのが大変なのでフロントへ行き説明した。ハウス・キーパーをよこすとの事。
部屋に戻るとハウス・キーパーが来て、机の下にもぐり、蛍光灯のコードをコンセントに差し込んだら灯りがついた。

19時前、食事に出た。
先ほどのスーパーマーケットにレストランがないか行ってみた。
最上階にフードコートがあった。
焼きそば(2,500K)とコーラー(1,000K)にした。ビールが無かったのだ。

21時ごろに就寝した。
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ミャンマー旅行 2月8日 バンコク滞在 アユタヤ日帰り

2011年03月16日 | ミャンマー旅行
                                   ワット・マハータートの仏頭
6時に起きてアユタヤに行く積りでいたが、起きたのが7時前であった。寝過ごしてしまった。
8時30分発の列車で行こうと思っていたので6時起床と考えていたが、バスで行くのであれば問題ない。
7時過ぎにフロントで、もう1泊したいと告げるとOKとの事。
列車に間に合うのでホテルを出てフォアランポーン駅に向かった。
エアポート・レール・リンクで1駅 マッカサン駅で降り、MRT(地下鉄)に乗換え、ペッチャブリ駅からフォアランポーン駅に行った。
7時50分にフォアランポーン駅に着いた。
チケット売場でアユターとにアクセントを付けて発音すると駅員に変な顔をされた、発音が間違っているのか?続いて「セカンドクラス」と言って切符を買った。
2等切符がTHB245(¥670)であった。
発車案内板でプラットホーム番号を確認しておいて、コンビニに行きカップコーヒーとパンを買った。
プラットホームのベンチでコーヒーを飲もうと思って行ったが、混雑していて駄目、立ったまま飲む羽目になった。
間もなく列車が入って来た。
2等車両がどれか分からないが、切符を手に持っていると駅員が寄って来た。「セカンドクラス」と言うと席まで案内してくれた。
2等車両は、エアコンが効いていた。
20分遅れで列車は出発し、更に直ぐに停まったり進んだりして郊外にも出ていない場所で長時間停車してしまった。
アユタヤに着いているはずの時刻9時半ごろに列車は走り出した。
右側に高い仏塔が見えて来て、車掌?がアユタヤーと言っていた。
1時間遅れの10時30分にアユタヤ駅に着いた。
 アユタヤ駅


トゥクトゥクの運ちゃんが声を掛けて来た、「No,thank you.」「No,thank you.」と言っても、しつこく付きまとうので「No」と言うと離れて行った。
駅から真直ぐ川に向かって道があり、レンタサイクルが並んでいた。
アユタヤ遺跡をレンタサイクルで回る積りでいるが、バンコクへの帰りは鉄道で無く、ミニバスで帰る予定であるので、ここでは無くミニバス乗場近くで借りよう。
真直ぐ行くと川に突き当たった、テーブルを置き2人座っていた。そこが渡し舟の料金支払い場所であった。
渡し舟代THB4(¥11)払い進むと、食堂があったのでバーミナーム(タイらーめん)を食べた。
食堂は見晴らしが良く、川を眺めたり、写真を撮った。
 渡し舟


 対岸船着場




 階段を下り船着場へ


ここで30分ほど時間を取ってしまった後、渡し舟に乗った。
処がそれまでピストン運転していた渡し舟が休憩? 電気コードを伸ばし船着場のコンセントに差し込んでいる。
おいおい!!

対岸に渡ったところはチャオプロム市場近くであった。
 チャオプロム市場付近


アユタヤ歴史公園へは、真直であった。
チャオプロム市場付近は歩道にも露店があり歩き辛い、散髪屋がある、散髪しようか!
朝起きて髪の毛を見て驚いた、天然パーマが酷く収拾がつかない、今は帽子をかぶって隠している。
商業地区を過ぎ、ミニバスが停まっていた。バンコク行きかと尋ねると、違う、バンコク行きは向こうだと私が来た方向を示された。
レンタサイクルを捜したが見付からない、もうアユタヤ遺跡が見えて来た。
どうし様かと考えているとアユタヤ歴史公園に突き当たったところに、自転車が4台ほど歩道に並べられていた。
助かった! レンタサイクル代THB50(¥140)を払い、免許証を要求され渡した。
自転車の前かごに荷物を置く場合はハンドルに通せと言われた。
日本と同じでバイクによる引ったくりがあるそうだ。
チャオプロム市場からアユタヤ歴史公園まで歩いて25分ほどであった。



自転車に乗り、風を切り、壮快である。
まずはワット・ラーチャブラナに行った。
自転車を自転車スタンドにワイヤーで掛け施錠した。
入場券は共通券THB180(¥500)を買った。8ヶ所入れる。
 ワット・ラーチャブラナ
 

 

次にワット・マハータートに向ったが、入り口が見付からず、周りを3/4周してしまった。
ワット・マハータートの南側に入口はあった。
アユタヤで最も有名な木の根元に取り込まれてしまった仏頭のある遺跡である。
 仏頭
 
 ワット・マハータート全景
 

 

公園内には池が多く、雰囲気が良いので自転車で通った。橋は太鼓橋になっていて自転車では押して通らなければならなかった。
ワット・プララームに向っていた。
道路を通れば迷う事は無かったのだろうが、池沿いに行ったものだからワット・プララームの裏側に出てしまった様だ。
入口を捜して回り込むとウィハーン・プラ・モンコン・ボピットが見え観光用の象が歩いていた。
 ウィハーン・プラ・モンコン・ボピットと象


ワット・プララームに入った。
ここは、見学者が少なく、私以外にタイ人アベックがいただけであった。
 

次にワット・プラ・シー・サンペットに行った。
ウィハーン・プラ・モンコン・ボピットと入口は一緒であった。
上の象の写真 右側にワット・プラ・シー・サンペットがある。
 ワット・プラ・シー・サンペット
 

 

アユタヤ訪問は今回で2回目である。
十数年前に来た事があるが、あまり記憶がない。ここワット・プラ・シー・サンペットの仏塔3連座とワット・マハータートの仏頭だけを覚えている。
当時、バンコク タニヤ通りの日本人クラブで遊んでいて、そこの女の子の案内でアユタヤへ来たのだ。
しかし、女の子はアユタヤ遺跡よりもお寺参りを優先した為、タイでのお寺参りの仕方を教えてもらった記憶はあるが、遺跡巡りは覚えていない。

次にウィハーン・プラ・モンコン・ボピットに寄った。
タイ人がお参りに来るお寺である。
この南側に土産物屋街と駐車場があり、タイ人の多くは、そちらから入って来る。
 

トイレを捜して、その土産物屋街に行った。
トイレもあったが食堂もあった。
腹が減っていたのでビールと焼きそばを食べた。
15時になっていた。
寝釈迦仏のあるワット・ロカヤスタに行って終わりにしようと思い向った。
川にある通りから入ったところにWat Worachetha Ramがあった。
この奥に寝釈迦仏のあるワット・ロカヤスタがあるとは知らずに次に行ってしまった。
 Wat Worachetha Ram
 

王宮跡の北側外周を行った。
 外周沿いの川

この様な川やアユタヤ駅近くの渡し舟のある大きな川で囲まれた島の中にアユタヤ歴史公園はある。

Wat Suwandawasで南に曲がり、ワット・ラーチャブラナ前を通り、レンタサイクル屋に戻った。
 Wat Suwandawas


レンタサイクルを返し、免許証を受取った。
チャオプロム市場方向に戻り、バンコク行きミニバスを捜した。
午前中来た時は、ミニバスが1台しか停まっていなかったが、多く停まっていた。
バンコクの戦勝記念塔行きミニバスは、最もチャオプロム市場寄りのミニバスであった。
ミニバス代THB60(¥170)を払い乗り込んだ。
タイでは年配者を大切にしてくれる。運転手の後ろの席に座らせてくれた。
10分ほど待った16時10分にミニバスは出発した。
途中、寝てしまった。
17時45分ごろ戦勝記念塔に着いた。
アユタヤ行きミニバスの発着場所は、時計で言うとBTSスカイトレイン駅が6時とすると2時の位置の路地にある。
 戦勝記念塔(携帯電話デジカメ)


BTSスカイトレインでサイアムに出て、イカ&野菜和えとビールを取った。
MBKに行き散髪(THB300 ¥820)をして、幅広ベルト(THB300 ¥820)を買ってホテルに着いたのは21時になっていた。

フロントで部屋番号を言ってルームキーを受取る時、デポジットTHB1,000を要求された。
昨日、デポジットTHB1,000を支払ったと言うと、それは昨日の分だと言われた。
私がTHB1,000渡すと、昨日の宿泊費THB690を差し引いてTHB310を返金された。
5時にウェーク・アップ・コールを頼み、5時30分にタクシーを依頼した。

デポジットと言っているが前金制であった。
デポジットは宿泊費+αである。
今はバンコクの安宿に泊まっているが、昔は普通のホテルに泊っていた。
当時、チェックイン時にクレジットカードを渡し、伝票は金額ブランク&未サインにしてフロントが保管する、これがデポジットであった。
そして、チェックアウト時に現金で支払いを済ませた後、デポジットのクレジット伝票をその場で破ってもらうか受取って破り捨てる。
支払いをクレジットカードで済ませれば伝票の破棄忘れるも無くてよいのだが、タイではクレジットで支払うと3~5%の手数料を取られた。今もそうか?

明日、早朝のエアアジアでミャンマーのヤンゴンに向うので、すぐに寝た。
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ミャンマー旅行 2月7日 バンコク滞在

2011年03月14日 | ミャンマー旅行
                                      ワット・アルン
2時間ほど寝ただけだ。
1時間早い、5時過ぎにバンコク スワンナプーム国際空港に着いた。
入国審査に並ぶ、10人ほどの列が何列も出来ている。空いている方だ。
ダウンジャケットを手に持ち、トレーナーは腰に巻いている。冬の服装のままである。
無事入国し、ターンテーブルで預け荷物を待つ。中々バックパックが流れて来ない。
バックパックを担いで税関検査を素通りし、到着ロビーへ、外を見ると真っ暗だ。

エアポート・レール・リンクのある地下に向かう。
エアポート・レール・リンク空港駅に着くと丁度始発の出る時刻6時前であった。
ラムカムヘン駅までTHB30(\82)である。
空港駅から4つ目のラムカムヘン駅で降りた。数人しか下車しなかった。
降りる駅を間違えていないかと地元人が言っている様なので、私がラムカムヘンと言うと間違いないと言う感じであった。
ラムカムヘン駅の空港側横50m、線路沿いにNasa Vegas Hotelがあり、そこに6時20分ごろに着いた。まだ、真っ暗であった。
部屋が空いているか聞くと空いているとの事。宿泊費は、THB690(\1,890)、Web予約と同料金であった。
パスポートのコピーを取られ、裏に日本の住所を書かされ、ローマ字で書く。
更に、デポジットとしてTHB1,000(\2,730)を請求された。
ここは、まともなホテルである。
今、チェックイン出来るか聞くとOKとの事。にっこりであった。
部屋は、少し古いがエアコン、ホットシャワー、テレビ、ミニバーがあり、この料金であればリーズナブルである。
Nasa Vegas Hotelを選んだのは、ミャンマーへ行く時や日本へ帰える時共に早朝便の為スワンナプーム国際空港に近い事、ソイ・カセムソンにあるホワイト・ロッジからそこそこのホテルに定宿を変えたい為である。

夜行便であまり寝ていなかったので、2時間程うつらうつらした。
ダウンジャケットを圧縮袋に入れ、ぺちゃんこにしてバックパックの底に入れるなど荷物を入れ換えた。
携帯電話の電源を入れ、エリア設定を日本から海外に変更すると自動的にタイに設定された。時刻もタイ時間が表示されている。
非常時、緊急以外通話やメールを使う積もりはないが、これでアラームが使える。

夏服に着替え、バンコク中心地に向かった。
エアポート・レール・リンクで3つ目の終点パヤタイ駅に行き、BTSスカイトレインに乗換え2つ目のサイアム駅で降りた。
バーツに両替しなければいけない。映画館の前に両替所があったが工事中になっていた。
10時半ごろだ、以前お腹をこわしている時、お粥を食べたくて見付けた中華店に入った。
ここのイカと野菜を和えたスパイシーな料理が好きである。ボイルしたイカと香菜、ニラ、玉ねぎ、唐辛子を混ぜ合わせたものである。
ビールの摘みにして食べ、締めはお粥をたのみ、残ったスパイシーな野菜をお粥にかけて食べる。
イカ&野菜和え+お粥+ビール大瓶、締めてTHB206(\565)。昨夜のカツカレー+生ビール中\1,520の約1/3である。
 マーブンクローン・センターMBK

マーブンクローン・センターMBKに行った。
まずは両替である。1万円がTHB3,651であった。
ポロシャツを捜したが色が原色に近く派出過ぎた、1時間ほどぶらぶらしたが思う様なものが無かった。

チャオプラヤー川に向った。
BTSスカイトレインのナショナル・スタジアム駅から乗り、サパーン・タクシン駅で降りると目の前がチャオプラヤー川である。
このタクシン駅が終点であったが、今はチャオプラヤー川を越えて先に伸びていた。
チャオプラヤー・エキスプレスボートのセントラル船着場は、混雑していた。
今、12時過ぎである。観光客で賑わう時間帯の様だ。
いつもボートに乗ってから車掌に行き先を行って支払っているが、今日はチケット売場で1日券THB150(\410)を買った。買ってから後悔した、乗り放題だがこれからでは元は取れない。
デイバックからデジタル一眼レフを出し、首に掛けた。さあチャオプラヤー川を撮ろう。
 川沿いのホテル

 砂を運ぶタグボート


ワット・アルン(暁の寺)が見えて来た。
ター・チャン船着場(Tha Tiem Pier)で降りた。
この船着場は、ワット・ポー(寝釈迦寺)が目の前にあり、渡し舟でチャオプラヤー川を渡ればワット・アルンに行ける。
渡し舟乗場の横にチャオプラヤー川に張り出したテラスにテーブルを並べた小さな食堂がある。
ここでビールを飲みながらワット・アルンを眺めるのが好きだ。
しかし、今日は、満席で空いていない、残念だ。
船着場から出ると川の上流側に広い公園が出来ていた。公園からワット・アルンがよく見える。
 ワット・アルンとチャオプラヤー・エキスプレスボート


ワット・プラケオ&王宮にも歩いて行けるので、ここから上流に行く事があまりない。
しかし、ワット・プラケオ&王宮には、もっと近い船着場があるはずなので上流へツーリスト・ボートに乗った。
 王宮


1駅目のマハラート船着場(Maharaj Pier)で降りた。
 マハラート船着場 Maharaj Pier


ワット・プラケオ&王宮まで歩いた。
 ワット・プラケオ&王宮入口付近

写真の左側にワット・プラケオ(エメラルド寺院)がある。正面のゲートが王宮からの出口で、順路はゲート手前を左に行くと入場券売り場があり、前に進むとワット・プラケオに入る。続いて王宮へと進む様になっている。
草履を履いていたので入るのを遠慮した。短パン&草履姿は入場できない。
マハラート船着場(Maharaj Pier)に戻り、船着場のレストランに入った。
まだ、14時であったが腹が減ったので、トムヤム・ヌードルとビールにした。
トムヤム・ヌードルはエビが沢山入っていて量も多かった。大変美味かった。

チャオプラヤー川上流に向かうツーリスト・ボートが来たので乗った。
2つ目の船着場プラ・アーティット ピアー(Phra Arthit Pier)が終点であった。
ここからはバックパッカーの街 カオサンに歩いて行ける。
カオサンには1度行ったことはあるが、交通の便が悪いので宿泊した事はない。
ここで降りずにツーリスト・ボートがUターンするのを待った。
英語ガイドが交代してボートは出発した。ガイドの英語は、まったく解らなかった。
チャオプラヤー川の風景を見ながら写真を撮った。






30分ほどでセントラル船着場に戻った。16時前になっていた。
BTSスカイトレインで終点のナショナル・スタジアム駅で降りてMBKに戻った。
デイバック、ベルトを探し、良いのがあれば購入しようと思って行った。
今のデイバックにデジタル一眼レフを入れると残り少ししか入らない。
バック屋の多いバンコクで購入しようと思っていたが、思う様なデイバックが見付からない。
また、Gパンに合う幅広のベルトを捜した。THB300程度である。
歩き疲れたので休憩に、散髪でもしようと思ったが、日本の美容院やヘアーサロンはあるが散髪屋がない。
美容院には入り辛く、あきらめてホテルに帰ることにした。

BTSスカイトレインに乗っているとビルの谷間に夕日が見えた。
パヤタイ駅に着き、夕日を写真に撮ろうとしたがビルが邪魔して夕日が見えない、残念だ。
今、18時30分過ぎだ、日没は18時45分ごろだろう。
エアポート・レール・リンクに乗換え、ラムカムヘン駅で下車した。
駅のガード下には、タイ国鉄の線路が走っているだけで他に何も無い。
駅近辺にコンビニが無いか探すと宿泊しているホテルの線路を挟んだ向い側のマンションにファミリーマートがあった。
缶ビールを買ってホテルに帰った。

シャワーを浴びて缶ビールを飲みながらテレビを見ていて眠たくなった。
20時、就寝。
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ミャンマー旅行 2月6日 出発 羽田経由バンコクへ

2011年03月10日 | ミャンマー旅行
17時前に家を出て伊丹空港に向かった。
1時間45分で伊丹空港に着いた。思ったより時間が掛かった。
モノレールから来るとターミナルビルに右JAL、左ANAと矢印があった。
ANAチェックインカウンターに着いた、カウンターが並び、右端にX線検査装置が置かれている。
真直ぐチェックインカウンターに行くところを、今回はバックパックを機内預け手荷物として預けるので、カウンターが先か?X線検査装置が先か?
以前はカウンターで荷物を預ける前にX線の検査を受けていたが、最近X線検査装置が無くなっている様に思う。
しかし、ここにはX線検査装置が置かれている。
やはり順番としてはX線検査が先だろう。それでX線検査装置に並んだ。
女性スタッフが前を通ったので、バンコクまで行くのですが、ここで預けた荷物はバンコクで受取れるのですか?と尋ねた。
カウンターに並んで下さいと言われ並んでいると、申し訳ありませんとX線検査装置に案内され、検査後横のカウンターに進む様に言われた。
バックパックを装置に通すと使い捨てライターがひっかかり、1個だけなら機内持ち込み手荷物にするかポケットに入れて下さいと指示された。
チェックインカウンターに行きeチケット控えを渡し、荷物を預け、伊丹-羽田、羽田-バンコク間の2枚の搭乗券を受取った。
預けた荷物は、バンコクで受取るとの事。

今回の航空券は、
全日空ANA  往路伊丹-羽田&羽田-バンコク、復路バンコク-成田&成田-伊丹 57,040円
エアアジア   往復バンコク-ヤンゴン                             12,370円
                                                 合計 69,410円
前回のスリランカ旅行と同じ様に格安航空会社LCCを検討したが2,000円程度安いだけであったので、当然、全日空ANAにした。
10日前にANAホームページで購入したので往路夜行便しか無かったが、早く予約すれば昼便もあり、滞在日数も最長28日間でありシーズナブルである。
詳しくはANAホームページを見て下さい。お勧めです。

搭乗時間まで1時間あったので2階の出発フロアのフードコートで食事をした。カツカレーと生ビール中で1,520円。
 伊丹空港 出発フロア

上写真は、携帯電話デジカメで撮影した。写りはあまり良くない。
今回初めて携帯電話を持参した。
前回デジカメが壊れ後半写真が取れなかったので予備デジカメとして、また英単語電子辞書の寿命が来たので電子辞書として、そして目覚まし時計として使える携帯電話を持って来た。
私の持っている携帯電話は、タイでは使えるがミャンマーでは使えない様だ。問題は時刻だ、取扱説明書には「基地局からの通知される時刻」とある。それでミャンマーでは目覚し時計として使えない様だ。

ANAの飛行機は、伊丹を20時20分に出発し、羽田に21時35分に着いた。
伊丹空港は、18年前にハワイに行くのに利用した時以来であったが、羽田空港はまったく初めてであった。
ましてや去年秋にオープンした国際線ターミナルがどこにあるのか分からない。
誰かに尋ねようと思っている内に外に出ると、丁度、無料連絡バス乗場があった。
この無料連絡バスに乗れば国際線ターミナルに行ける。
JALターミナルビル経由で国際線ターミナルに着いた。
エスカレーターに乗っていると、カニ箱?を床に広げ6人で食べているのを見掛けた。行儀の悪い中国人or韓国人である。


乗り継ぎ時間は3時間もある。
バンコク行き搭乗券は伊丹空港でもらっているのでチェックインの必要もなく、出発フロア3階&江戸小路4階の見物をした。
 出発フロア3階

写真右のエスカレーターを上がると江戸小路4階に行く。

 江戸小路4階


 出発フロア3階 チェックインカウンター(江戸小路より)

やはりX線検査装置は無くなっている。
機内預け手荷物の検査はされていない????(後日談、預かった荷物はベルトコンベアに流しながらチェックし、危険物が入っていると判断された荷物は搭乗ゲートで呼び出し、持ち主が立会いのもとで再チェックするそうです。)

ビールが飲みたい!
国際線ターミナルにもコンビニはあるはずだと思い、1階に行って見た、すぐに見付かった。
コンビニで缶ビールを買い、椅子に座って飲んだ。
前の椅子に海外から帰って来たところだろう若者1人がいた。
荷物を広げて土産物を整理している様だ。青年は、荷物を広げたまま、コンビニに入った。
戻って来ない、能天気な奴だ。海外でもこの様な行動を取るのか???
そんな事を言ってる私も、ベンチで缶ビールを飲んでいる!! 人の事は言えない!!

23時ごろ、手荷物検査を受けた後出国審査を受け出国した。
 デューティー・フリー・ショップ街


 搭乗口

23時過ぎには搭乗口に着いてしまい、23時50分の搭乗時間まで小説を読んで時間を潰した。

0時30分 ANA NH173便は、バンコクに向かった。
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