いつか海外暮らし!

旅行が好きで若い頃は国内旅行、今は海外旅行、いつか海外で暮らしたい。

スリランカ旅行 10月20日 ニゴンボ滞在

2010年12月29日 | スリランカ旅行
6時30分起床。
散歩に出た。通りには車もほとんど走っていないし、トックトックもまったく停まっていない。
これでは、明日早朝の空港へのタクシーを予約する必要があるようだ。
ビーチを歩いて30分ほどでホテルに戻った。

ビーチが見える庭にテーブルが置かれている。庭にはヤシの木が数本あるだけだ。
その庭で朝食を取った。
トースト、オムレツ、パパイヤ、コーヒーと朝食フルコースであった。
ウエイターが空港までタクシーは要らないか?と言って来た。
先ほど予約が必要だと考えていたところでタイミングがいい。
値段を聞くとRs.1,500(1,140円)との事、ホテルタクシーの安心を買うので、良いかと思い依頼した。
飛行機に乗り遅れてもいけないので高いが予約したのである。

9時過ぎ、ニゴンボの町を目指して歩き出した。30分ほどで着くだろう。
道なりに真直ぐに行くとマーケットがあり、大変賑わっていた。
その横に警察署があり、真直ぐ進むと広いグランドに出た。グランドでは、フットサル?をしていた。
グランドの東側にフイッシュ・マーケット(魚市場)があるので行って見た。
もう10時であるが賑わっていた。ホテルから1時間掛かったことになる。
手の平サイズの小魚ばかりである、カラフルな魚はいなかった。
竹ざるに小魚を入れて、2人で運び込んでいる。
そのまま東に進むと漁民の住居区に入って行った。
竹ざるに小魚を入れて運んだり、大きな魚を2人でかかえて運んでいた。
村を通り抜けると、ラグーンへの入口が見えた。浜が見え、漁船が浜に上げられていた。
岬に行った、海から帰ってくるカタマラン(帆掛け舟)が前を通過して行った、迫力を感じた。

浜の方へ行くと、魚市場に魚を運ぶ者、浜で加工し日干しの為浜に並べる者が大勢働いていた。
道は砦の高い塀に突き当たった、村の中にもどりグランドからラグーンに出た。
ラグーンには、多数の漁船が係留されていた。
ラグーン沿いに歩くと運河に出た、オランダ支配時代に造られた幅10mほどの運河である。
1隻のボートがラグーンから運河に入って行った。
道なりに真直ぐ行くと昨日のバス停に出た。
905番のバスが停まっていたので乗り込んだ。
市街巡回後、ビーチに向かった。このバスは住民の足である、ほんの1kmの距離でも乗って来る。
ホテル前で降りることが出来た。
11時過ぎであった。

午前中の散策であったが、汗だくになった。
10月のスリランカは、思っていたより暑く、汗だくになることが多かった。
海外旅行と言えば日本の冬 1月or2月に出かけていたので、東南アジアでも暖かい程度で、汗だくになく事は、稀であった。
今回汗だくで洗濯回数が多かった、また持って来たホロシャツが、洗濯しても乾きが悪くて困った。

13時ごろ、トマト・サンドイッチとビールを取った。
ポロンナルワやキャンディでは、サンドイッチにポテトフライが付いてきたが、ここでは付いて来なかった。
ビールの摘みにいいのだが断念である。

昼からビールで、気持ちよく昼寝をした。

夕日を見るためビーチに出た。
太陽が大きく感じる。
ビーチを歩いた、海は汚い。
来たビーチを戻るのも、なんなので、道路への小道を探したがない。
大きなホテルを通り抜ける事にした。
大きな顔をしてレストランから入り、ホテル内を抜けて道路に出た。

ホテルに戻り、レストランでエビカレー&ライスとビールにした。
昨日の蟹カレーをエビに変えたカレーである、美味い、日本人が好む味である。
明朝早いチェックアウトなので、今支払ってくれとの事で支払った。宿泊費2、昼食1、夕食2、ビール4、締めてRs.6,880(5,220円)であった。
タクシー代は、明朝でいいとの事。ホテル・タクシーの予約確認をしなければと思っていたが、これで済んだ。
ウエーク・アップ・コールを5時で頼んだ。
朝食をどうするか?聞かれ、コーヒーだけ頼んだ。

ホテルを出てぶらぶらする。隣のオープンバーのカウンター内に、韓国人?の女が数名いた。こんなところにもいるのか!
土産物屋にパソコンが並んでいるのが見えた。夜になると店の内部が良く見える。
やっとインターネットカフェを見付けた。
店員にインターネットを使いたいと話していると、西洋人夫婦が入って来て端のパソコン前に座った。
続いて私が他のパソコンを使おうとすると壊れている事が分かり、西洋人夫婦は、1~2分で終わると言って申し訳なさそうにしていた。
パソコン5台中4台が故障とは、何なのか!!
30分ほどインターネットを使い、ホテルに戻った。

21時寝た。
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スリランカ旅行 10月19日 ニゴンボへ

2010年12月27日 | スリランカ旅行
7時起床。
バンダーラナーヤカ国際空港に近いニゴンボへ向かう。
ホテル代の支払いにスリランカ・ルピーが足りないかも知れないので、銀行のATMに行く事にした。
部屋を出てまっすぐ出口に向かうと、フロントの横が真っ暗で、そこに何かがある様な感じで凝視しながら近付くと男が座っていた。
大変驚いて朝の挨拶の言葉も出なかった。夜間のガードマンの様だ。
ゴール・ロードを銀行に向かって歩いていると、後から自転車に乗った男にお早う!と言われた、その男はホテルのスタッフであった。
ガードマンを見て驚いた客を怪しいと思って追いかけて来たのか? 妄想か??

ホテルに近い銀行に行ってATMでクレジットカードを使ったが駄目であった。暗証番号が間違っていると出る。
しかたなく、一昨日、キャッシングした銀行まで行き、クレジットカードを使ったが、やはり駄目であった。一昨日は使えて今日は駄目?????訳が分からない?
為替手数料が高い楽天銀行カードを使いたくなかったが、しかたなく使ってRs.10,000を引き出した。
帰り、ビーチを歩いた、ゴール・ロードに戻って歩いていると、また自転車に乗った先ほどのホテル・スタッフにあった。
どう考えても怪しまれて見張られている。荷物を置いたまま、ホテル代を踏み倒して逃げると思われているのか? 妄想か??
1時間ほどの散歩を兼ねた銀行往復を終えホテルに着いた。

9時過ぎチェックアウトの為部屋を出ると、プール前のレストランに3組の西洋人が、朝食を取っていた。嘘のように賑やかで華やかであった。
フロントで支払いをしているとオーナーが、日本語で話し掛けてきた。締めて、3泊、朝食1、洗濯代、ビール1でRs.7,909(6,000円)であった。
日本に帰る飛行機が朝早いので、今日ニゴンボに向かう。電車でコロンボまで行くと話すと、スリランカには電車は無いと突っ込みを入れられた。オーナーはスリランカ人だが日本語が上手い。
ヒッカドゥワ駅から乗ろうかと思ったが座れなかったら困るのでゴール駅から乗ると話した。
ヒッカドゥワ駅からでも座れるが、時間があるならゴール駅まで行けばいいと行っていた。コロンボからニゴンボまではバスが便利だそうだ。
このオーナー、胡散臭い!!

バス停からバスに乗ってゴールに向かった。
10時にゴール駅に着き、10時55分発 コロンボ 2等の切符を買った。Rs.180(140円)であった。
懐かしい硬い厚紙の切符を駅員に渡した、まだ早いという感じで切符を切ってくれた。
改札を入り、左側に売店があったので行った。
ホッドドッグとコーヒーを頼んだ。
奥にテーブルが並んでいたので、ここで飲むのかと聞かれ、そうだと答えると、コーヒーカップに入れてテーブルに運んでくれた。
ホッドックは玉子焼きとラッキョウの様な根菜が入ったスパイシー味で美味かった。

駅員にプラットホームを聞くとあの列車と教えてくれた。
列車の乗車は3回目になっていたので、2等席は見れば分かる様になっていた。しかし、プラットホームから車両を見て2等車両がどれかはまったく判断がつかない。
海側の席になる様に、進行方向に向かって左側の席に座った。窓が独り占めできる特等席だ。
列車は定刻に発車した。
ゴール~ヒッカドゥワ間は、民家や木々の中にヤシの木が見えるが、海はほとんど見えなかった。
アンバランゴダやベントタでは、ラグーンの景色が見られたが、それ以外は、海から離れたところを列車が走っていた。
海から順に民家、ゴール・ロード(国道)、民家とあり、その次に線路が走っているので、民家や木々の風景ばからいである。
それがカルタカの手前で線路と入れ換わり、ゴール・ロードが内陸側になった為、海が見える様になった。
インド洋の沖合いには大きな貨物船?も見え、ヤシの木も見える。ヤシの木は、ロープで数本を繋いで海風から守っていた。
パナドゥナを過ぎると海が10~20mまでにせまり、更に波のしぶきがかかりそうになる頃、遠くに高層ビルが見えてきた。それがコロンボであった。
13時30分ごろ、コロンボ駅に着いた。

この列車が、15日前コロンボ駅からアヌラーダプラに向かった列車であった事に気付いた。
スリランカ列車の旅 お薦め景勝区間が3区間あるが、今日のヒッカドゥワ~コロンボ間で3区間共に乗車した。
クルネーガラ~アヌラーダプラ間は2日目に乗ったが、後半は日没で真っ暗!!
キャンディ~バドゥッラ間は、アジアで一番美しい車窓と一部で言われているそうだが、残念ながら窓側の座席に座れず、また区間の半分であるキャンディ~ナーヌ・オヤ間しか乗車できず、美しい車窓を堪能する事が出来なかった。
今日のヒッカドゥワ~コロンボ間が、私に取っては最も良かった。海岸とヤシの木、青々とした木々を2時間半、堪能されてもらった。

コロンボ駅からバスターミナルに向かった、暑い、菩提樹を目印に歩いた。
菩提樹まで来ると青空マーケットがあった。ごちゃごちゃしてマーケットが混雑していた。
マーケットを通り奥に行くとバスターミナルがあり、守衛にニゴンボ行きバスはどれか?と聞き、向かった。
車掌にニゴンボ行きか確認して乗り込んだ。
コロンボ市街は、渋滞していた。中心地から外れ渋滞も解消した頃、国道をフォークリフトや耕うん機まで走っていた。
1時間強でニゴンボに着いた。トックトックがたくさん停まっている。

トックトックの運ちゃんが近付いて来る前に食堂に入った。
揚げパン(カレーパン)とコーラーを買って食べた。
食堂のスタッフにホテルエリアまでトックトックの料金はいくらか?と聞いたつもりが、9××と言うので聞き返すと電卓で905を示された。
トックトック代では高過ぎる! いったい何の数字か?
バス乗場を聞き行って見ると空き地で、車掌にホテルエリア行きバスがどれか聞き乗り込んだ。そのバスが905番のバスであった。
地図を見ながらこの辺りだろうとブザーを鳴らした、車掌がまだ降りるのは早いという感じであったが下車した。
歩いてホテルに向かっていると先ほどのバスに乗っていた家族連れが歩いて来た、私は早く降りすぎ、彼らは降りるのに遅れた様だ。
すれ違う時、お互いににっこり笑った!!
16時前に、オアシス・ビーチ・リゾートに着いた。ホテルはレストランFish&Lobsterが玄関で奥にプールが見え、通り抜けるとプール前にフロントがあった。
部屋が空いているか尋ねた、エアコン無し、ホットシャワー、朝食付きでRs.2000(1,520円)との事で1階の部屋を見て決めた。当然エヤコン有りもある。

シャワーを浴びた後、通りを奥に歩いて見た。
ホテルの横にオープンバーがあり、前にはレストランがある、レストラン、ショップが並ぶ。
ヒッカドゥワの様に国道が走っている訳でもないので、のんびりできる。
ビーチに出て見た、長さは何kmあるのか? それよりビーチの幅が広い、波打ち際からホテルの敷地まで100mは無いかも知れないが広い。
ビーチ側の出入口からホテルに戻った。

19時ごろ、ホテルのレストランFish&Lobsterで蟹カレー&ライスとビールにした。
蟹カレーは、タイ料理のプーパッポンカリーとよく似て美味かった。

20時寝た。
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スリランカ旅行 10月18日 ヒッカドゥワ滞在 ゴール日帰り

2010年12月24日 | スリランカ旅行
7時起床。
ホテルで朝食を取る事にした。
プールの前にテーブルが並びレストランになっている。
今日は、西洋人シニア男性が座っていた。朝食を食べていたのだ。
スタッフに朝食を頼んだ。
トースト、オムレツ、パパイヤ&バナナ、コーヒーであった。
3日振りに、しっかり食べた。
スタッフが日本人が4人も宿泊していると言っていた。

11時ごろ、ゴールへ行く為ホテルを出た。
バス停まで歩き、バスを待った。直ぐに来た。
ゴール駅前で降りた。約30分、Rs.25であった。
ゴール駅に寄って、コロンボ行きの時刻を調べた。10時55分発がある。
ゴール駅東側のバスターミナルが改装工事中でフェンスで覆われていた。
使い捨てカメラが無いか探す為、工事中のフェンス沿いの店舗に行った。
富士フイルムの看板が目に付いたので入ると、混雑していて奥まで入れない。
平日なのにこの混雑は? インターネットカフェも兼ねている様だ。
使い捨てカメラは、あきらめて旧市街に向かった。

クリケット・グランドが見え、グランド沿いに歩くと前方に石造りの時計塔と砦の高い塀が見えた。
メイン・ゲートをくぐると、右にテニスコートが見た、ロータリーでテニスコート側に曲がり、道なりに時計台を目指した。
時計塔から左周りに城壁を歩いた。


インド洋を眺めながら、城壁を歩く。
スマトラ沖地震の大津波の被害は、新市街では大きく、城壁で囲まれた旧市街は被害が無かった。
この城壁が、昔は海賊から守り、現在は大津波から守ったのか!!!!
岬の先端に灯台があった。


灯台を過ぎると間もなく城壁を歩けなくなった。
町並みを見て歩いたが、オランダ、イギリス植民地時代の建物が残っている。東南アジアには、よくある中国人居住地はここにはない。
1時間ほどで1周出来た。
ゴール駅前のバス停に向かった。

トイレがしたくて駅向かいの公園に入った。
公園事務所前で事務所の人らしき男性にトイレの場所を聞くと事務所のトイレに案内された。
しかし、この男、事務所の人ではなかった。トイレを終え出てくるとパンフレットを取れと言われた。
ここは、観光案内所であった。
いったいこの男何者か?
せっかくなので公園を散策し、売店でコーラーを飲んだ。
観光案内所前にいた別の男が近付いて来て、新市街の観光をしないかと誘ってきた。
4kmほどの距離を回るそうだが断わった。
トックトックの料金は安いと言いたかったのか、1km当たりの料金がいくらだと思う?と尋ねてきたのでRs.50/kmと答えるとその通りだと言って驚いた顔をした。
Rs.50が正解で驚いたのか、そんな安値で乗られたら、あがったりという顔だったのか分からないが離れていった。
観光案内所前にいた男達は、客引きだったのだ。

ゴール駅前からバスに乗った。
小学生低学年の女の子がお母さんに付き添われてバスに乗って来た、下校時間帯の様だ。どこの国も子供は可愛らしい。
ヒッカドゥワに入り、ブザーを鳴らした。コーラル・ガーデンズ・ホテル前で降ろしてくれた。

昨日の磯歩きで見付けたレストランに行った。
入って行くと2~3匹のロブスター入った水槽があり、テーブルに西洋人が、ぽつぽつと座っていた。
更に奥に行くと西洋人団体さんが食事を終わりくつろいでいた。
その横のテーブルに座った。目の前に海が見え、波が荒かった。
取り敢えず、ビールを頼んで、メニューを見た。
団体さんの精算処理で忙しく、中々注文を取りに来なかった。
ビールを飲んで海を見た。波は、大変大きい。白波の中に小さなトンネルが出来ている。
サーフィンに良い波ではないのか? 同じ宿の日本人サファーは、どうしているのだろう、サーフィンしているのか??
ミックス・スープ・ヌードルを食べ終え、ウェーターに今日の波は大きいのか?と話し掛けた。
波は大きい方だ、先週は、穏やかだったと言っていた。
津波の話を持ち出すと、このレストランの被害状況を撮った写真を持ってきた。写真はラミネート加工されていたがボロボロになっていた。この写真でお客さんと数え切れないほど話したのだろう。
津波は、3回来て段々大きくなっていった、被害はそれほど大きくなかったが、1ヶ月間停電と飲み水には困ったと言っていた。

15時過ぎにホテルに戻った、フロントに洗濯物が出来ているか聞くが、まだであった。
部屋で小説を読み、白夜行(東野圭吾)を読み終わった。
この文庫本は800ページもあり分厚い、未読本で持ち歩くのは仕方が無いが、読書中の本としてディバックに入れて持ち歩くのに不適である。

インターネットカフェで15分ほどニュースを読んだ後、レストランで夕食を取った。
スパゲティーとビールにした。5日間ライスを食べていない。フライド・ヌードル、スープ・ヌードル&スパゲティー等麺類ばかりである。
海外旅行に行き、麺類がある国であれば、後半麺類ばかりになる。

本も残り1冊になってしまった、バンコクまで行けば日本の本が手に入るが、スリランカ滞在も2日間残っており、1冊では持ちそうにない。
20時寝た。
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スリランカ旅行 10月17日 ヒッカドゥワ滞在

2010年12月21日 | スリランカ旅行
7時30分起床。
久し振りに遅くまで寝てしまった。
9時ごろ、朝食に近くのレストランに行った。
私の部屋の前がプールで、プール前にテーブルが並んでいた、レストランの様だが誰もいない、それで外のレストランに行ったのだ。
トマトサンドイッチとコーヒーにした。
ホテルに戻り小説を読んで12時ごろまでゆっくりした。

ヒッカドゥワをぶらぶら歩いた。
ホテルから北にバスターミナルや鉄道駅があり、そこまで行った。
ホテル、レストランや商店が並ぶ国道のゴール・ロードをバスや車が音を立てて走る。
スリランカの有数のリゾート地とは思えない雰囲気である。

鉄道のヒッカドゥワ駅に行こうとしたが、見付からずにいると、老人にどこに行くのか?と声を掛けられた。
駅まで案内された、目の前であった。コロンボ行きの列車が時刻表で7時52分&11時17分だと教えてくれた。
宝石を見に行こうと誘われたが断わったが、しつこく、うるさいのでチップにRs.20札を渡そうとするとRs.100といわれた、しかたなく、Rs.50札を渡した。
仕舞った、チップなど渡さず、立ち去ったらよかった。

バスターミナル横に銀行が2軒並んでいて、セイロン銀行にATMが見えたので入った。
クレジットカードでのキャッシングに再挑戦した。
暗証番号を入力し、withdraw、クレジット、金額を入力、Correctを押すと、暗証番号が間違っていると表示された。
再度、暗証番号を入力すると、現金が出てきた。
クレジットカードによるキャッシングは初めての経験であった。
これまで利用しなかった理由は、支払日までの日数分に金利がかかるからである。
2月に行ったハワイでクレジットカード支払いが有利であったので、クレジットカードのキャッシングはどうか?と今回試して見た。
(後日談 結果、クレジットカードのキャッシング手数料2.8%(金利含む)、クレジットカード支払い2.3%、円両替3.1% 楽天銀行カードのキャッシング3.4%)
ハワイと同じ傾向である。しかし、スリランカでクレッジトカード支払いができるところが少ない。
また、こんな国もある。タイでは、クレジットカード支払いには、2~3%の手数料を取られる。即ち、10,000バーツのホテル代が10,200~10,300バーツの支払い金額になり、その支払い金額に上記の為替手数料が掛かる。
タイでは、日本円をバーツに両替して使うのが最も有利である。

ゴール・ロードに面した、ビーチが見えるレストランに入った。
奥に入って行くと砂浜に面したところにテーブルが並んでいた。
ビーチ&海が見えるように座った。
スパゲティとビールを頼んだ。
久し振りの昼からビールである。
今日は日曜日で、スリランカの家族連れや若者グループがビーチに繰出していた。
隣のレストランに西洋人シニア女性が本を読んでいた。ゆったりした時間が過ぎている。
ヒッカドゥワの10月は、シーズン・オフで外国人が少ない。来月からシーズンが始まるそうだ。


小さな岬のようになったところがあり、沖には岩場がある。
ホテルまでビーチを歩いて帰れないかと思い、その岬まで歩いた。
岬までは広い砂浜が続くが、岬の先は磯と狭い砂浜が混在する海岸であった。
靴を脱げば歩けるので、トレッキングシューズを脱いだ。
岩があるわけでなく、フラットな磯を膝まで浸かって歩く、足裏が痛い。
雰囲気のいいレストランが多い。ゴール・ロードにはレストランの看板はあるが、決して入って見ようとは思わない、海岸からはその好さがよくわかる。
広い庭のあるホテルの前を通った、ガードマンにホテル名を聞くとニホン・ビラがもう近い。
この辺りの砂浜は、やせて後退しているようだ。
ニホン・ビラに着いた、土のうを積んで侵食を防いでいた。

夕方、フロントに洗濯物を依頼した、明日の夕方に出来上がるとの事。
その足で、インターネットをしに出かけ、1時間ほど使った後、夕日を見に昼間見付けたレストランに行った。
残念ながら、雲が多くて美しい夕日は見られなかった。

20時ごろ、夕食に昨日と同じレストランに行った。
今日も野菜スープ・ヌードルにした、味が違ったスープ・ヌードルが出てきた。

22時に寝た。
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スリランカ旅行 10月16日 ヒッカドゥワへ

2010年12月18日 | スリランカ旅行
6時起床。
停電している。外は明るいのでカーテンを開けた。
バックパックのパキングを終え、フロントへ朝食を頼みに行った。
町で食べてくれと言われたが、コーヒーだけでも入れてくれと頼んだ。
部屋にコーヒーを持って来たが、フロントで飲んだ。停電で部屋では暗いからだ!
7時半ごろ、チェックアウトした。
請求は、宿泊費(Rs.850)、焼き飯(Rs.275)、コーヒー(Rs.275)、ビール大(Rs.170)、ブランケットレンタル(Rs.90)、締めてRs.1,660(1,260円)であった。
徒歩15分でバスターミナルに着いた。
おっちゃんが近付いてきて、どこへ行くのか?と聞いてきた。
ティッサマハーラーマに行くと答えると、行き方を話してくれた、直行バスが無いようだ。3△番と8×番のバスに乗れと言っていた。
おっちゃんは道路向かいの食堂の主人であった。
食堂でバスを待たないかと誘われ、朝食を食べていなかったのでそうした。
揚げパンにした。スパイスの効いた野菜入り揚げパンである。
バスターミナルを眺めながら揚げパンを食べた。美味かった。
おっちゃんが、友達のところに行くと言っていなくなった。
この食堂は出前もしている様だ、奥さんがバスターミナルまで運んでいた。
おんぼろバスがバスターミナルに入って来た。
10人ほどが乗り込んでいる。
バスの前で、私の方を向いて手招きしている。
俺か? 行って見るとヘルメットを被りバイクにまたがったおっちゃんであった。
車掌に何か言って、私をバスに乗せた。

座席はすべて埋まっていた。立ったまま2~3時間乗らなければいけないのか!!!
しばらくすると、子連れのお父さんが席を少し詰めてくれ、辛うじてお尻を乗せる事ができた。
山も見えない平坦な地をバスは走って行った。
何もないところでバスは停まった、大勢が降りて行った。
席が空いたので席を移り、ここに何があるのか?と尋ねるとチェックポイントと返ってきた。
あなたと私は行かなくてもいいのか?と聞くと、あなたは、荷物があるので行く必要があると言われた。
バスを降りると前方に列が出来ていた、私も並んだがノーチェックで素通りした???
運転手&車掌が警官に腕時計を指差し、大声で怒鳴っていた。
バス以外の車は、チェックポイントを素通りしている??

貯水池が点在するようになってきた。
ウェッラワーヤから1時間30分ほどで車掌に下車するように言われ、バスを降りた。
そこは分岐点で車掌が別れ道を指差した。
トックトックの運ちゃんがどこへ行くねん? ティッサマハーラーマと言うべきところを、舌がもつれるのでティッサと答えた。
ティッサで通じた、あそこや!とバス停を教えてくれた。
すぐにバスは来た。混雑している、乗車口近くで立った。
5分ほどでティッサの時計塔に着き、大勢の人が降りた。
次にバスターミナルに向かうのだろうと思っていると、町を通り抜けて田園風景の中をバスは走った。
てっきり次の町に向かったと思い、人が降りたので私も降りた。
時計塔まで戻ろうとバス停でバスを待ったが、バスは、外国人と気付くと通過して行った。
車が停まった、どこへ行くのか?と聞かれ、ティッサと答えると、ここがティッサだと言われた!!!!!!!
バスターミナルはどこですか? この先だ! 歩いて行けますか? 10分ほどだ! 有難う!
やっと、ティッサマハーラーマのバスターミナルに着いた。

ティッサマハラーマは、ヤーラ国立公園のサファリへ行くための玄関口である。
ヤーラ国立公園は、スマトラ島沖地震の津波で10人以上の日本人の命が失われたところです。
動物に興味が無いのでティッサマハラーマは、ただの経由地であった。

マータラ行きバスが停まっていた。
乗り込むと直ぐに発車した。10時40分であった。
ウェッラワーヤからのバスを降りた分岐点まで来た時には、バスは混雑し立ち客がいた。
始発のティッサのバスターミナルまで行って正解であった、見通しの利く座席を確保できたのだから、マータラまでの3時間のバスドライブを楽しめる。
20分もすると低木が茂る砂丘地帯?に出た、また塩田も見えるようになった。
新しい直線の道路をバスは走った。バイパス道路の様だ。
漁港のハンバントタに着いた。賑やかな町であった。
ハンバントタを過ぎると、タンガッラまで海は見えなかった。
タンガッラからマータラまでは、2~3ヶ所ビーチがあった。

タンガッラだったと思うが兵士が約100m毎に立ち、厳重な警備であった。何かあったのか。
バスに乗って来た若い男性乗客が兵士に向かって怒った顔で何か言っていた。
過去に住民と軍隊が衝突でもしたのか???
13時40分にマータラのバスターミナルに着いた。ティッサマハラーマから3時間掛かった。

コロンボ行きインターシィバスがあり、ヒッカドゥワまで乗る事にした。
世界遺産のゴール旧市街に宿泊し、その後ヒッカドゥワで泊まるつもりでいたが、ヒッカドゥワで連泊する事にしたのだ。
ゴールへは日帰りで行けばいい。
14時にインターシティバスは、客を拾いながらマータラ市街を走り、ゴールに向かった。
海沿いに走り、ビーチが見えた。
名も知れないビーチだが雰囲気がいい、この辺りで泊まるのもいい。
インターシティバスは、マイクロバスなので車高が低く、車高の高いバスであれば、もっとビーチがよく見えただろう。
15時にゴールに着いた、ゴール駅前で客の乗り降りがあり、ヒッカドゥワに向かった。
15時40分、ヒッカドゥワの大きなホテル名を言って、そこで降ろしてもらった。

ニホン・ビラ・ビーチ・リゾートに行った。
ホットシャワー、エアコン無し、朝食無しでRs.2,000(1,520円)であった。
エアコン無しの部屋があるとは思っていなかったので、驚いた。
掃除中の為、ビールを頼み、飲んで待った。
この部屋でRs.2,000はお得感がある。
3日振りにシャワーを浴び、すっきりした。ヌワラ・エリヤは寒過ぎて浴びず、昨日は、水シャワーしかなくて浴びなかった。
夕食は、近くのレストランに行った。
スープ・ヌードルがあった、野菜スープ・ヌードルとビールを取った。
ヌードルは、やはりソーメンの様に細い麺であった。

21時に寝た。

キャンディからここヒッカドゥワまで、親切なスリランカの人々のお蔭でスムーズな旅行が出来た、空軍の若者、ムスリムの年配男性、中年男性、食堂のおっちゃん等、まともにお礼が言えなかったが、スリランカの人々は親切であった。

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スリランカ旅行 10月15日 ウェッラワーヤへ

2010年12月15日 | スリランカ旅行
7時前起床。
昨日と同じ朝食でトースト、オムレツ、バナナ、紅茶を取った。
8時過ぎ、チェックアウトした。
フロントで宿泊費と朝食代、夕食代でRs.7,205(5,460円)の請求があった。
クレジットカードでの支払を依頼すると現金にしてほしいと言われ、現金はかつかつ足りたが、無いと答えた。
雇われ主人は、若いフタッフを呼んでクレジットカードリーダーをセットさせた。この主人、自分では何も出来ない。
しかし、通信できないのか?読取れないのか? 利用できなかった。
しかたなく、現金を数えてかろうじて足りた。Rs.数100しか残らなかった。
バスターミナルに向かった。
バックパックを担いで歩いても大丈夫だ、風邪は大した事もなかったようだ。
郵便局横の銀行に寄り、ATMでキャシングをした。
VISAカードでのキャシングを試みたが駄目であった。何が駄目なのか解らない。
次にeBankカード(×天銀行)でRs.10,000の出金を試すと成功した。

今日の旅程は、ヌワラ・エリヤ→バドゥッラ→エッラ→ウェッラワーヤの予定である。
バスターミナルの案内所でバドゥッラ行き乗場を教えてもらい、乗場に行くとバスが停まっていたのでバドゥッラ行きか尋ねると違うらしい。
次のバスを待つが、その後、この乗場にはバスは停まらなかった。
と言うのも、一緒にバス待ちしていた人々が、この先に来て停まったバスに行って乗り込んだ、私は満杯で乗れなかった。
次のバスも同じであった。駐車場に停まっているバスに乗客が乗り込んでいるのではないかと、駐車場に行ってみると、やはりそうだった。
車掌にバドゥッラ行きか尋ねると一呼吸置いて乗れと言われた。
9時過ぎにバスが発車した、隣の乗客に確認の為、バドゥッラ行きか聞くとそうではないと言われた。
私はパニックた、降りるなら今だと判断してブザーを鳴らした。
運転手は、驚いて一瞬減速した、車掌に座れと言われてしまった。
若者が私に何か言ってきた、説明してくれている様だが、まったく理解できなかった。英語で話しているのか?
車掌を信用するしかないか!

なだらかな山麓風のところをバスは走った、段々畑が広がっていた、多分野菜を栽培しているのだろう。
ムスリムのおわん型帽子をかぶった年配男性が私の横に座った。
日本人か中国人かと話し掛けてきた。少し話すと彼の話す英語は聞き取れた。
バドゥッラに行くと話すと、乗換えが必要だと言っている。
このバスはどこ行きなのか尋ねると、ウェリマダであった。
地図を見るとヌワラ・エリヤとバドゥッラの中間にある町であった。
今日は、エッラまで行くと話すと、遠回りだと言われた。
11時前にウェリマダに着いた、狭い谷間にある小さな町であった。
年配男性と一緒に降りた、車掌がバドゥッラ行きバスを指差して教えてくれた。
しかし、年配男性は別のバスを停めて、私を乗せてくれた。
お礼を言う暇が無かった。

座席配列が2席、3席のバスで、混んでいたので3席の通路側に座った。
乗客が乗ってきて、私に詰めてくれと言ってきた。
狭い3人席の真ん中席は嫌なので、あなたが真ん中に座れと態度で示した。
乗客は何か言っているが理解できない。
窓側に座っていた中年男性が英語で「直ぐに降りるから詰めてくれ!」と言っていると伝えてくれた。
しかたなく、席を譲った。
英語の話せる中年男性に「このバスはエッラ行きか」と聞いた。
バンダーラウェラ行きであった。
昨日、旅程変更でのルート選びでエッラ方面に行くのにバンダーラウェラからが便利であるのを知ったが、ヌワラ・エリヤからは遠回りしなければならなかった。
今、通っているウェリマダ~バンダーラウェラ間の道路は、私の地図には書かれていない。
12時ごろ、バンダーラウェラに着いた。ウェリマダから1時間ほどである。
サッカーが出来るほどの大きさのグランドが目に入った、ホテルもあり、人も多く歩いている大きな街であった。
中年男性と一緒にバスを降りた、彼がエッラ行きバスに乗せてくれた。

車掌にエッラと言って切符を買った。
30分ほどでエッラに着いたらしい、通り越してから車掌に降りろと降ろされた。
こんな山の中で降ろすのか? 人家は点在していたがエッラの町を通過したとは気付いていなかった。
坂道を100mほど上るとガラスバリ風建物内に仏像が安置さていた。
その中に工事作業中のおっちゃんがいて、見て行けと言われ、案内されたのは仏像裏からの眺めであった。
大きな広い谷と絶壁の山、美しい景色であった。

こんなに綺麗な風景が見られるのであれば、エッラで泊まろうかと思った。
エッラまで歩いて行けるのか?尋ねるとそこだと言われた。
エッラに泊まるのか?と聞かれ、考えていると答えた。
泊まるなら、サン・トップ・インがいいと薦められた。
500mほど歩くと三叉路があり3軒ほどの店があった。
トックトックが前に停まる食堂に入り通りを見渡せる席に座った。
カレーパンとコーラーを頼んだ。
先ほどの美しい景色は、ここからはまったく見えなかった。
エッラは、標高1000mにある。ヌワラ・エリヤ標高1900mから900m下ったが、まだ朝晩は寒いだろう。
やはり、ウェッラワーヤへ行く事にした。
バスを降ろされて30分近く経つので、もう直ぐバスが来るだろう。
バス停に向かっていると、先ほどのおっちゃんにあった。
エッラに泊まらないのか! ウェッラワーヤまで行くと言って分かれた。美しい景色を有難う。

バスは直ぐに来たが座席はすべて埋まっていて、立たなければならなかった。
仏像裏から眺めた大きな広い谷をバスは下って行った。
数ヶ所のヘアピンカーブを通過し、どんどん高度を下げていった。
1時間でウェッラワーヤのバスターミナルに着いた。
14時であった。暑い! 
ガイドブックには、2軒のホテルしか紹介がない。
バスターミナルから約500mの1軒目のホテルは、特設マーケット前にあった。マーケットは大変混雑していた。
レストラン&バーに隣接する部屋があるホテルで、部屋のドアを開けるとテーブルが並んでいるのが見える。
夜、客が多ければ騒がしくて寝られないだろう。部屋には、窓も無い、最悪である。
更に500mほど行ったところにあるウェッラワーヤ・レスト・ハウスに行った。
ファン、水シャワー、部屋は広いが古さが目立つ、バスタオル&シーツ無しでRs.850(650円)である。
できたらお断りしたいが、ここしかない。ブランケット2枚を借りて宿泊する事にした。
宿泊費最安値更新!!! そこそこのホテルを目標にしていたが残念だ。

まだ、15時であった。
ブドゥルワーガラに行く事にした。
大乗仏教の磨崖仏(まがいぶつ)がある。それを見る為にウェッラワーヤに寄ったのである。
バスターミナルの北にある交差点がウェッラワーヤの中心地で、トックトックがたむろしている。
運ちゃんから声が掛かるが、まったくひつこくない。
若い運ちゃんにブドゥルワーガラまで、いくらか聞くと、回りの運ちゃんに相談してRs.500(380円)と答えてきた。
往復運賃か確認して乗り込んだ。
運ちゃんは、まず、ガソリンスタンドに行って燃料を入れた、ブドゥルワーガラは、そんなに遠いのか?
ティッサマハーラーマ方面に10分弱行って西に入る。
民家が点在する未舗装の道を行く、民家が途切れ綺麗な田園風景に変わるがすぐに終わり、右手に仏塔跡が見える。
池に突き当たり池沿いに進む、石橋を渡ると駐車場に出た。国道から15分ほどである。
横に寺があり、運ちゃんに案内されて入場料Rs.200を払った。
駐車場から200~300mのところに30m×17mほどの岩壁があり、そこに磨崖仏が彫られている。
3体の像を1セットに、3セットが浮き彫りされている。
岩壁中央に最も高い仏陀像と両側に低い仏陀像が彫られている。
岩壁の左右端には、日本で見慣れた仏像が彫られていた。観世音菩薩だそうだ。
上座部仏教のスリランカにあって、こんな田舎に大乗仏教の石仏が、何故残っているのか今も謎であるそうだ。


トックトックでホテルまで送ってもらった。
ホテル入口の横に酒屋があり、その前の東屋で客が酒を飲んでいた。
私も東屋に座りビールを飲んだ。
本を読みながらビールを飲んでいると蚊に刺された。
3日間丘陵地帯にいて寒かったので、蚊などいなかったが、また注意しなければいけない。
部屋に戻る時、裏庭が見えた、木陰の下にもテーブルがあり客がいた、食事or酒を飲んでいるのか?
多分、酒だろう。酒場として賑わっており、ホテルとしては、もう終わっている様だ。

夕食は、焼き飯にした。

20時に寝た。
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スリランカ旅行 10月14日 ヌワラ・エリヤ滞在 ラブーケリー・ティー・センターへ

2010年12月12日 | スリランカ旅行
昨夜、寒かった。
風邪を引いたかも?
朝食を取りに食堂に行った。
窓から外の風景を眺めながら、スタッフに何故ホテル名がグレン・フォールなのかと聞いた。
すると、そこにグレン・フォールが見えるだろうと言われた。
目の前の山に切立った屏風岩があり、そこに滝(ウォーター・フォール)が見えた。それがグレン滝であった。
カメラが壊れていなければ、写真を撮るのだが!!!
朝食が運ばれてきた、トースト、オムレツ、バナナ、紅茶であった。
3日振りのまともな朝食である。しっかり食べた。
その後、無理せず、ゆっくりした。

11時過ぎ、ティー・ファクトリー(紅茶の精製工場)に行く為、バスターミナルに向かった。
ラブーケリー・ティー・センター行きバス乗場は、昨日確認していたので、そこに停まっているバスに乗り込んだ。
乗る前に確認し、更に乗ってから横の客に確認すると後の女性客がラブーケリー・ティー・センターに行くと答えてくれた。
スリランカの人々が、もっと英語が話せるのかと思っていたが、そうでもなかった。しかし、今回の様に回りに誰か英語が話せる人はいる。
ヌワラ・エリヤは標高1900mほどにあり、そこから少し上り、峠を越えると茶畑と畑が交互に現れバスは下っていった。
30分ほどすると美しい茶畑が続き、バスはまだ下っていた、うしの女性があそこがラブーケリー・ティー・センターだと教えてくれた。
慌てて、ブザーを鳴らしバスを降りた。慌しく降りたので女性にお礼を言うのを忘れた。

ラブーケリー・ティー・センターの精製工場の門を入る。左に工場があり、奥に駐車場があった。どこへ行けば工場見学できるのか??
奥に行くと右手に建物があったので行ってみた。
入口で日本の方ですかとスリランカ人に日本語で話し掛けられた。
1人ですか?ガイドは?何にで来たのか?
1人でバスで来たと答えると大変驚いていた。
彼は、ガイドで客を連れて来ていた。今日の客は日本人ではないようだった。
彼が面倒を見てくれた、まずは、紅茶を飲むと言いながら、カフェに案内してくれた。
紅茶を飲んで待っていると呼びに来てくれ見学できるそうだ。
紅茶を飲んで待っていると、時々彼が来て話し掛けてくれた。
彼は、日本で働いていた事があり、日本から帰ってワンボックスカーを買い、ガイドの仕事をしていると言っていた。
中々見学が始まらない、紅茶を飲み過ぎた。紅茶は無料である。
彼が呼びに来てくれた、2グループの混成に入れてもらえた。彼にお礼を言った。
彼は、車に戻り次の目的地?に向かった。
紅茶の精製工場の見学は、簡単なもので英語の説明はまったく解らなかった。
精製工程が見られるのかと思ったが、最初と最後だけであり、がっかり!!!
カフェの横に直売所があり、土産にレモンティーのティーパックを2箱買った。1箱(25パック入り) Rs.160(125円)
奥に茶畑が見えるので行って見た。
展望台があり、目の前に茶畑があり、谷には小川が流れ、反対側の山には茶畑が広がっていた。
この展望台だけでここに来た甲斐があった。

ラブーケリー・ティー・センター前の道路は見通しが悪いので、バスが上って来るのが見えるポイントを探して道路を上がって行った。
大きな岩に腰掛けて小説を読もうとすると前方にマイクロバスが停まっていた。
それは路線バスであった。近付くと車掌に早く乗れと言われ乗り込むと出発した。
ここで折り返す路線バスであった。
下校時間帯なのか、低学年の小学生が大勢乗り込んで来た。可愛らしい。高学年は、歩いている。
バスは途中でエンジンが故障した。
運転席の左横にエンジンルームがあり、車掌がカバーを開け、運転手は工具を持ってエンジンルームに手を突っ込み何かをしていた、するとエンジンが掛かった。
運転手に代わって車掌がエンジンルームに手を突っ込んだ、運転手がハンドルを握ってバスは出発した。

スリランカの路線バスは、インドのタタ自動車製が多い。
大型も中型も運転席の左横にエンジンルームがあるのは同じである。
大型バスは、エンジンルームを囲むように柵があり、荷物置場になったりもする。その為、前の乗車口が大変狭い。
開発途上国に行けば、バスの運転手は、整備士も兼ねる事が多い。

アクセル・レバーの故障の様だ、車掌がエンジンルームに手を突っ込んでエンジンを噴かしている。
途中、乗客を普通通り乗り降りさせながら峠まで上がった。残りヌワラ・エリヤまで下りである。
バスのエンジンは掛かっているのか?? エンジン音がしない、エンジンブレーキ無し、ブレーキだけで下り坂を下っていた。
下り坂が長ければブレーキが利かなくなると心配していると、なだらかな道になりバスターミナルに着いた。

昨日行ったレストランに入った。
カレーパンと野菜だけの八宝菜風を食べた。野菜が美味い。
遅い昼食を終えて、町をぶらついた。
バスターミナルから北に200mほどの通りがメイン・ストリートである。
左側は現代風のショッピング街や私が入ったレストランがあり、右側はスーパーマーケットや裏側にはスパイスや米が並ぶ野菜マーケットであった。
メイン・ストリートの北外れまで行ったが興味を引く様なものがなかった。
バスターミナルまで戻り、案内所でマータラ行きバスの時刻を聞いた。マータラ行きバスは7時30分発であった。
マータラは、スリランカの南端にある。
こんな寒いヌワラ・エリヤはもういい、暖かいところに行こう。

ホテルに戻ると夕食はヌードルと言って現物を持って来た、それは透明感のある乾麺で春雨の様であった。
夕食はフライド・ヌードルでいいかと聞いて来たのでOKした。
部屋に戻り、残りのスリランカ滞在が6泊あるので、その予定を考えた。
明日、ヌワラ・エリヤ→マータラ→ゴール(泊)は、旅程が長いので変更し、途中2泊してゴールに向かう事にした。
明日は、ウェッラワーヤまで行こう。
食堂に行き、ミックス・フライド・ヌードルを食べた。ビースは寒いので断わる。
スリランカでフライド・ヌードルを何回か食べたが今日も同じ、ソーメンをぶつ切りにしたヌードルであった。これは春雨???
食後、インターネットを使ったが日本語が文字化けして表示もしない!!! 使い物にならない。
寒いので暖炉に火を点けてもらった。
薪があるわけでなく、廃材の板が数枚あり、それに火を点けてくれた。
若いスタッフは火を起こすのに、あまり慣れているとは言えない。
暖炉前に椅子を移し座った、からだが温まってきたのでビールを頼んだ。
ビールを飲みながら小説を読んだ。
火が小さくなれば、ヤシの実の殻をくべた、これがよく燃える。
からだが温まっている間に部屋に戻りベッドにもぐりこんだ。
21時に寝た。
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スリランカ旅行 10月13日 ヌワラ・エリヤへ

2010年12月09日 | スリランカ旅行
6時起床。
7時に野菜サンドイッチとコーヒーを頼み、部屋に持って来てもらったが、ゆっくり食べるひまがなかった。
半分残し、残ったサンドイッチを包んで列車の中で食べる事にした。
キャンディ駅8時20分発Badulla(バドゥッラ)行きに乗るので7時30分にはホテルをチェックアウトする必要があった。
フロントで宿泊費と朝食代でRs.3,597(2,730円)の請求があり、クレジットカードで支払を依頼するとフロントで手続き出来ず、2階の女子事務員が下りて来て処理してくれた。
思ったより時間が掛かり、ホテルを出るのが遅くなった。
ホテルスタッフにトックトックで行こうかと相談すると歩いて行けると言われてしまった。
キャンディ駅まで歩いて10分であった。予想外に近かった。
切符売場の1,2等窓口で、時刻、行き先、1等と書いた紙を出すと1等は無いと言われ、2等切符を買った。
ヌワラ・エリヤの最寄の駅ナーヌ・オヤまでRs.180(140円)であった。
改札で切符を切られ構内に入った。切符は懐かしい厚紙製の切符で、切符の端をパンチで切られた。

構内、プラットホームを写真に撮ろうとデジタル・カメラを出して、電源スイッチを入れたが作動しない。
電池が入れ換えたが作動しない。
昨夜、SDメモリーを交換した。
そう言えば、日本を出る前も、同じ様にSDメモリーを挿入して、電源スイッチを入れたが作動しなかった。
しかし、直ぐに作動したので故障の前兆だとは思わなかった。
SDメモリーの出し入れをして電源を入れたが、やはり作動しなかった。
駄目だ、デジカメが壊れた!!!!!!!

スリランカの若者が声を掛けて来た、切符を買う時、私の後ろに並んでいた男だ。
俺に付いて来いという感じで、20分遅れて入って来た列車に乗り込んだ。
乗客がいる、マータレーから来た列車の様だ。キャンディ駅始発ではないのか?
彼は、空軍のIDカードを見せて、ハブタレーの空軍に戻るところだと言った。
私は、その手前のナーヌ・オヤまで行くと伝えた。
彼は、22歳で次男、3男1女で長男は千葉にいると言っていた。
彼が乗り換える様な事を言っている。
キャンディ駅の時刻表に8:20 Badulla(バドゥッラ)と書かれている。
私は、当然、この列車がBadulla(バドゥッラ)まで行くのだと思い込んでいた。
彼も私も片言英語で、私は「Transfer?」と言うと、ペーラーデニヤ・ジャンクションと言っている。
昨日行ったペーラーデニヤ植物園近くにジャンクションがある。キャンディからの線路、コロンボからの線路&バドゥッラからの線路が合流する。
合流地点があるのは知っているがそこで乗り換えるのか????
三角形のプラットホームが見えて来た、最後尾車両に外国人が大勢乗っていた。
彼が立ち上がり、付いて来いという感じであった。バックパックを持って続いた。
列車は満席で座れそうにない、最後尾車両まで行ったが1等席で、ここは空き席がある様であった。
しかたなく、適当な2等列車に乗り込んだ。乗り移った人はみんな立っているのではないか?
空軍の彼がいなかったら、乗り換えていなかっただろう。

1等が空いている様なので行って、車掌に1等席に変えてくれと頼んだが駄目であった。
彼のところの戻ろうとしたが、速度を上げていて列車の揺れが激しく、戻れずに立っていた。
10分ほど立っていると男性が席を譲ってくれた。
直ぐ降りるので、構わないと言っている様だ。
1つ目の駅で停まったが、彼は降りなかった。2つ目の駅でも降りなかった。恐縮である。
1時間ほど経って彼が降りるので、お礼を言った。
列車はゆっくりと高原地帯を進んでいった。少しづつ高度をかせいでいくようだ。
茶畑をチラホラ見掛けるようになってきた。

ハットン駅の1つ手前のRozelle駅で列車は停まった、単線の為の列車待ちと思っていたが、一向に発車しなかった。
プラットホームに下りていると、空軍の彼に会った、アクシデントと言っている。
何かアクシデントが起きて列車が停まっているらしい。
日本のシニア女性2人を見掛け、何かあったのですか?と声を掛けた。
この先でライフラインの修理をしているので1~2時間停車するとの事。
お互いのスリランカ旅行の話をした、彼女らはサファリが好かったと言っていた。
彼女らは1等車に乗っていたので、よく座席が取れましたね!と聞くと、ガイドさん曰く人気の鉄道ルートで中々取れないが裏ルートがあって手に入れたそうだ。
座席に戻り小説を読んでいると、先ほどの彼女らが「これから面白いものが見れるよ!」と呼びに来てくれた。
列車の最後尾に小さな保線作業用軌道車を長いロープで繋いで牽引しようとしていた。
彼女らのガイドが説明してくれた。上り坂の勾配がきついので列車に牽引してもらい、上り切ると後は惰性で下る。
それは解るが、こんな山間部に人力の軌道車がある事が理解できない。
昔、日本にも2人が対面で遊戯のシーソーの様に手で上下させて進む軌道車があったが、それと似た人力の軌道車をここで見るとは!!
対向列車が通過して行ったので列車に乗り込んだ。
Rozelle駅に列車は2時間ほど停車していた。
ハットン駅に着いた、ここから1時間でナーヌ・オヤ駅に着く。

スリランカの鉄道のお奨め景勝区間にキャンディ~バドゥッラ間があげられている。
「どこまで行っても広がる茶畑の緑とその間を縫って流れる小川や滝の風景を見る事ができる。」とある。
その様な風景が続くようになってナーヌ・オヤ駅に着いた。15時になっていた。
空軍の彼が、下車するのを確認に来ていた、お礼を言って降りた。
プラットホームに降りると、客引きがぴったりと私に付いて来た。
客引きが駅前に停まっているワンボックスカーに案内し、ヌワラ・エリヤまでRs.100で乗って行けと行った。
車に西洋人の新婚さん風が出発を待っていた、新婚さんを迎えに来た車?らしい。それに便乗する感じである。
車に乗り込み、ヌワラ・エリヤに向かった。
車の中で客引きがホテルのパンフレットを見せて、ここに泊まらないかと言ってきた。それは、グレン・フォール・インであった。
ガイドブックにも乗っているホテルで、気に入らないければ、他のホテルにも歩いて行けるので行く事にした。
山小屋風のゲストハウスでまだ新しい。
ワンボックスカーは、私を降ろして別のホテルに向かった。
3階のスイートに案内された、宿泊費はRs.3,000との事、広すぎると言うと2階の部屋に案内されRs.2,000(1,550円)で泊まる事にした。
客引きは、次にホートン・プレインズとワールズ・エンドへのツアーに誘ってきたが断わり、Rs.100を払って部屋に入った。
部屋内は、ひんやりしていた。

列車が遅れたので夕方まで残り時間が少なくなったが、ビクトリア・パークとヌワラ・エリヤの中心街に行く事にした。
半袖では、少し寒いので長袖Tシャツを着た。
畑の中に民家やホテルが点在する中を歩く、帰り道に迷わない様に目印を見付けながら歩いた。
イギリス植民地時代に避暑地として栄えたそうで、その頃の雰囲気が残っている。
ビクトリア・パークを通り抜け出来て中心街に出られるのであれば入ろうと思ったが、チケット売場で「ワン ゲート」と言われてしまった。
ビクトリア・パークとゴルフ場に挟まれた道路を中心街に向かった。
大木2本が切り倒すれていた???
すぐに中心街に着いた。グレン・フォール・インから15分ほどであった。
中心街への入口にバスターミナルがあり入った。
明日、ティー・ファクトリー(茶の精製工場)のラブーケリー・ティー・センターに行く予定にしているので、そこ行きのバス乗場を探したが分からず、案内所で聞き確認した。
バスターミナルの向かいに郵便局が見えた、コロニアル建築であるそうだがピンク色が色あせ、みすぼらしく見えた。
バスターミナル近くのレストランに入った。パンが陳列ケースに入り、その奥にカレーや中華があった。
夕食が近いので、細長いパンにカレーを挟んだカレーパンにしておいた。

ホテルに戻ると、夕食はカレーで良いかと聞かれ、OKした。
先ほどパンを食べたので、夕食は遅めにして、部屋に入った。
寒い、ベッドにもぐり込み小説を読んだ。
19時ごろ、長袖Tシャツにトレーナーを重ね着して食堂に行った。
ビールを飲みながら待つと、数種のカレーが小皿に載って並べられた。
ご飯に2~3種類のカレーを掛けミックスして食べた。美味い。

20時ごろ寝た。寒い。
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スリランカ旅行 10月12日 キャンディ滞在 ペーラーデニヤ植物園

2010年12月06日 | スリランカ旅行
6時起床。
昨日、スーパーマーケットでひげ剃りを見付け購入した。それで、9日ぶりにひげを剃った。すっきりした。
7時、ホテルのレストランに行った。
狭い部屋にテーブルが並んでいるだけで誰もいない。
スタッフを呼びに行き、お薦めの野菜サンドイッチとミルクコーヒーを頼み、部屋に持ってくる様に言った。
歯茎の痛みも無くなった。柔らかい食べ物としてベジタリアンに近かい状態だったが、野菜が美味しいのでベジタリアン継続である。
10時ごろまで部屋でゆっくりした後、ペーラーデニヤ植物園に出掛けた。
キャンディ・マーケット裏のバスターミナルから路線バスに乗った。
20分ほどでペーラーデニヤ植物園に着いた。
正面玄関に行くと右側のチケット売場に行けと言われた、そこは小奇麗にしたチケット売場で、Rs.600(460円)でチケットを買った。
入って右手にスパイス・ガーデンがあるので行った。
背の高い木々があるだけで、これがスパイス・ガーデン?といった感じであった。
マーケットで見るスパイスは種、果実や粉末で、今日見た背の高い木をイメージしていなかった。
 Myristica fragrans(ナツメグの木)


次に温室に行くと蘭園であった。
 蘭園


蘭を見るだけでなく、写真に撮った。
  
  
  
  
  
   


   

フラワー・ガーデンを通って記念樹園に行った。
木陰はアベックばかりだ!!
フラワー・ガーデン


大王ヤシの並木を見て、南洋杉の並木を通り大ジャワ・ビンローに行った。
 大ジャワ・ビンロー


大ジャワ・ビンローを眺められるカフェで昼食を取った。
チーズ&トマト・サンドイッチとライム・サイダーにした。Rs.450(340円)
20人ほどの日本の大学生グループが大ジャワ・ビンローの下から現れ、双子ヤシの木の方に抜けて行った。

私も双子ヤシの木、竹のコレクションを見て正面玄関に戻った。
ヤシの実が直列に繋がっていた。 
 双子ヤシの木


 竹のコレクション


植物園を出て右に行き、路線バスを待った。私一人の時はバスは停まってくれなかったが、現地の人が集まるとバスは停まった。
キャンディ駅の近くをバスが通ったので降りてキャンディ駅に行った。
明日、ヌワラ・エリヤに向かう事にしたので、1等切符を買う為である。
窓口で、1等は無い、明日買えと言われてしまった。1等が売り切れか? 1等の設定がないのか?

インターネット・カフェでメールチェックと日本のニュースを読んだりして1時間過ごした。Rs.40(30円)/時間。
今日、サッカー日韓戦がある。もう直ぐ始まるだろう。後でもう一度インターネット・カフェー来よう。

16時ごろホテルに戻った。
シャワーを浴び、ゆっくりした。
17時までビールを辛抱した。
キャンディは飲酒禁止に厳格そうなので、このホテルも17時以降でなければビールを出さないだろうと思った。
17時を過ぎたのでビールを頼むと、何とビールを置いていない。こんなホテルがあるのか!!!!
Food City(スーパーマーケット)の裏でビールを売っていると言われた。
昨日、Food Cityの店員が言っているのと同じだ。
ホテルにビールがあれば夕食を取るつもりであったが、出掛けた。

酒屋があると言うFood Cityの裏に行って見た。
Food Cityの搬入路?を行くと店の真裏に鉄格子越しに店員2人とウイスキーやビールが並ぶ棚が見えた。
男達が2列に並んで順番に買い、酒と分からない様に自分で包んで持ち帰っていった。
これが、スリランカの酒屋か!!
ガードマンに聞くと21時で閉まるそうだ。

隣のデボン・フード・コートに行って夕食を食べた。
玉子野菜フライド・ヌードルとライムジュースにした。約Rs.400(300円)
どこで何を食べても請求額は、Rs.400台である。外国人が好む軽食やスリランカのカレーやぶっかけ飯でも!?!?!?

昨夜のバーに行くには、時間的に早過ぎるのでインターネット・カフェに向かった。
日本人学生グループとすれ違った。
キャンディに来るまでは、ほとんど日本人に会わなかったが、スリランカの京都と言われるだけあって日本人も多く来ている様だ。
インターネットでサッカー日韓戦速報を読んだ、映像でないのが断念だ。
日韓戦の結果は引き分けであった。
バーに寄り、ライオン・ビールを飲んで帰った。
 
20時に寝た。 
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スリランカ旅行 10月11日 キャンディへ

2010年12月03日 | スリランカ旅行
                                  仏歯寺&キャンディ湖

ゲストハウスの主人にキャンディにバスで行きたいと話すと、前の道路がキャンディ・ロードだからと、キャンディ行きインターシティバスを停めてくれた。
インターシティバスとは、エアコン付きのマイクロバスで主な町しか停まらない。路線バスの2倍の料金である。
私の乗ったインターシティバスは、漢字で自動扉と残っており、日本の中古マイクロバスであった。
途中、鴻池幼稚園と書いたマイクロバスを見掛けた。マイクロバスは、ほとんど日本の中古車である。
キャンディまで運賃Rs.150(115円)であった。
周りに岩山が多くなり、それが坂道を登る様になりキャンディに着いた。
ダンブッラから2時間弱で、12時頃にキャンディに着いた。
市街地に入ると客は順に降りていった、私もキャンディ湖沿いで降りようと思ったが、終点のキャンディ・マーケット裏まで行ってしまった。
ここから徒歩で10分も掛からないキャンディ湖に面したデボン・レストを候補に選んでいた。
そこそこのホテルと考えていたが、歩くには遠かったり、丘の上にあったりで適当なホテルが無かった。
湖畔にあるエコノミーホテルとあるデボン・レストを第1候補にしていた。
部屋を見せて貰った、窓からキャンディ湖越しに仏歯寺が見えた。
下の部屋の写真で綺麗に見えるが、古さを感じてしまうのは否めない。
ファン、ホットシャワー、朝食無しで宿泊費Rs.1,650(1,250円)であった。
 デボン・レストの部屋


2泊する事にしてチェックインした。
連泊する時は必ず洗濯する。洗濯していて、バスルームにバスタオルが無いのに気付いた。タオルを持っているのでいいか!
窓が少し空いていて閉まらない、。デング熱が怖いので蚊取り線香を2ヶ所でたこう。
スリランカ・ルピー現金が少なくなったので銀行で両替して、その後、仏歯寺に行く事にした。
メインストリートに銀行、レストラン、商店があるとの事で向かった。
Food Cityというスーパーマーケットがあった。後から来よう。
隣にピープルズ銀行があり、両替ができるカウンターで椅子に座って待ったがまったく進まない。
諦め、向かいのセイロン銀行に行った。受付で両替カウンターを聞き、行くとすぐに両替してくれた。1万円=Rs.13,210であった。
手続きをしていると女子行員が担当者に話し掛けてきた。その女子行員がビックリするほど綺麗であった。
スリランカ美人がどういうものかを知った気がする。
Food Cityに行った、食料品や日用品 などがあり、価格表示もある。
スリランカに来てはじめてのスーパーマーケットであった。やはり便利である。
ひげ剃りRs.100(75円)、クッキーRs.30(25円)、アイスクリームRs.65(50円)を買った。
ビールは、置いていないのか尋ねると置いていない、Food Cityの裏にあると言っていた。???

アイスクリームを食べながら仏歯寺に向かった。
クイーンズ・ホテル前が入口で、横に大きな靴預かり所があった。しかし、利用されていない様だ。
入口に行くと手荷物検査をされ、入場した。
警察官or兵士?日本人は服装から兵士だろうと思うが警察官で、警備が厳重である。
キャンディ湖沿いに進む、正面に八角形の堂が見える。
 仏歯寺


八角形の堂前で左に曲がり堀沿いに進むと、靴預かり所があり、靴を預け裸足になった。
チケット売場でRs.1,000札を出すと、Rs.1,000と言ってチケットとミニディスク?を渡された。
入場料Rs.500だからRs.1,000札を出して崩すつもりだったのが!!! 入場料が値上がりしているのか?ミニディスクを押し売りしているのか?
Rs.500ではないのか?と尋ねるとRs.1,000と言われてしまった。
しかたなく、仏歯寺入口に行った。チケットを渡し、手荷物検査があり入場した。
仏歯があるのは知っていたが、それ以外に何があるのか?
スリランカの人達が2階へ上がって行くので私も行って見ると仏歯の部屋があった。
仏歯の部屋の廊下に多くのスリランカ人が座ってお祈りをしていた。私も座って拝んだ。
1日3回のプージャの時に仏歯の部屋が開扉されるそうだ。
 仏歯の部屋の扉


1階には、多数の石柱を見掛けた。
アヌラーダプラ、ポロンナルワの遺跡で基壇に石柱だけが残っている風景を多く見た。
石柱の上に、桁や梁とを接合する役目の組物が乗っていた事が実感できた。
 石柱と組物
 

仏歯部屋の後にある白い建物に入ると、透き通った石で造られた仏像の坐像があり、スリランカ人達が座ってお祈りをしていた。私も座って拝んだ。
寺男が私に手招きするので何かと思い近付くと仏像前に招き入れられた。
白い花びらを渡され、祭壇に供え、座れと指示され、座って仏像を拝んだ。
立上がり振り返ると、盆の上にRs.1,000札が載っていた、暗にRs.1,000(750円)の寄付を要求された。
カチンときた、Rs.100札を置いて出て来た。大変不愉快な思いをした。
スリランカ物価は、日本の1/10だと言われている。即ち、暗に7,500円の寄付を要求していたのだ。
寄付金が仏歯寺に渡るのか? 寺男の懐に入るのか? もともと、白い花びらのお供え物代としてRs.1,000で売り付けてきたのかも知れない。

屋外に出ると、石柱の上に屋根が載った東屋があった、床に座り本を読んだり、話をしている。
(東屋:庭園や公園に設ける休憩用の小さな建物。萱(かや)・藁(わら)・杉皮などで葺いた寄せ棟形式の屋根で四方を吹き放しにしたもの)
私もその東屋に行った。床に座り、ガイドブックを出しキャンディ滞在の予定を組んだ。
明日は、ペーラーデニヤ植物園には行こう。
明後日は、「ピンナワラのゾウの孤児園」は行こうかどうしよう! あまり気が進まない。
 東屋


仏歯寺を出て、靴預かり所で靴を受取り、Rs.40を渡そうとするとRs.100と言われた。また、カチンときた、相場はRs.25だ、チップだろうが!!! しかたなくRs.100を渡した。日本円にしたら僅かな金額であるが、カチンとくる。

キャンディ国立博物館に向かった。仏歯寺の東側にあるので仏歯寺の横を抜けていくと警察官の警備が厳重であった。クイーンズ・ホテル側より断然警備が厳重であった。なぜだろう?
キャンディ国立博物館は、思ったより遠い。数人に聞きながら歩いたがこの先と言われてしまい、行くのを諦めた。

遅い昼食を取ろうとメインストリートに行った。レストランでウエーターにビールはあるかと聞くと無いとの事。夜、2階で飲める様だ。
キャンディ駅方向にリヨン・カフェ&レストランがあり、中華がメインとなっているので、ここならビールがあるだろうと思い向かった。
先にキャンディ駅に行き、ヌワラ・エリヤ行き列車の時刻を調べた。8時20分発がある。前売りチケットもある、出発の30分ほど前から切符を売り出すそうだ。
その足でリヨン・カフェ&レストランに行き、2階のレストランに入った。
もう15時であった、遅い昼食になった。
ビールを頼むと、17時以降でなければ駄目であった。
野菜フライド・ヌードルとペットボトル水を頼んだ。
食べ終わった頃、アイスクリームはどうですかと言われ、アイスクリームを頼んだ。
締めて、Rs.430であった。
一人の私が退屈しない様にいろいろ話し掛けてくれたのでチップRs.50を置いて出た。

メインストリートに戻り、近くのインターネット・カフェに入った。
10月8日のサッカー日本vs.アルゼンチン戦の結果を見た。驚いた、日本が勝っていた。
明日、日韓戦がある。テレビで見れないのが残念だ。

17時ごろホテルに帰った。
シャワーを浴びてゆっくりした。
その後、ビールが飲みたくて、メインストリートに行った。
ザ・ベイク・ハウスの2階がバーになっていて、バルコニーがあり、客は、バルコニで飲んでいた。
私もバルコニーに出て、メインストリートを眺めながら、ライオン・ビールを飲んだ。
この店は、外国人が多く、ハイネッケンを飲む人が多かった。
ライオン・ビールRs.390(300円)を払って出た。
昼食が遅かったので夕食はビールのみにした。

20時に寝た。
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