いつか海外暮らし!

旅行が好きで若い頃は国内旅行、今は海外旅行、いつか海外で暮らしたい。

家庭菜園

2014年05月27日 | Weblog
茄子、トマト、万願寺唐辛子、ピーマンの苗を植えて3週間が過ぎた。
背丈は余り変わらない様だが葉っぱは大きくなった。


短い畝が3本しかないので、茄子、トマトを毎年連作している。連作禁止などクソくらえだ。
培養土を入れた鉢に茄子の苗1本を植えて、連作の地植えと比較した。
比べると背丈は変わらないが、培養土入り鉢の方が、葉っぱは大きく色も濃く勢いもある。
やはり土の影響は歴然としている。
 
連作の地植えは、たまたま買った苗が接木苗で連作に向くとなっているがどうなるか。

わき芽を取った。取ってはいけないわき芽も切ってしまったかもしれない!

花が咲き、実になった。
 茄子

 ミニトマト


万願寺唐辛子とピーマンを2本づつ並べて植えたが見た目も花の色も同じ白色で見分けが付かない。
実が付くまで分からないだろう。
昨日の雨で花が無くなった。

釈尊絵伝を見て来た。

2014年05月24日 | Weblog
昨日、西本願寺の前にある龍谷ミュージアムに行って来た。
「チベットの仏教世界」展を見るためである。

釈尊絵伝がメイン展示である。
釈尊絵伝(しゃそく えでん)とは、釈迦牟尼世尊絵伝(しゃか むに せそん えでん)の略である。
釈迦牟尼世尊とは、お釈迦様や仏のことだそうだ。
絵伝とは、伝記を連続した絵で書き示したものとある。

即ち、釈尊絵伝はお釈迦様の生涯を25幅(25枚の布地に書かれた絵)に約120場面の出来事で描かれている。
展示は25幅それぞれに説明文が付き、ブッダガヤの菩提樹下で悟りを開いた場面、サルナートで初めて説法をする場面、祇園精舎の場面、入滅の様子を表した涅槃図、仏舎利を積んだ象等を解説している。
釈迦族に生まれ、行者になり、悟りを開き、説法を行い、教団ができ、入滅、荼毘に付され仏舎利(遺骨等)として分け与えられる一連の出来事が描写されていた。

当然写真撮影禁止だったのでイメージとしてパンフレットの一部を下記に載せる。
 パンフレットより
 

「チベットの仏教世界」展の副題が「もうひとつの大谷探検隊」となっている。
20世紀初期に西本願寺がシルクロードなどに派遣した大谷探検隊とは別に、青木文教と多田等観の学僧2人がチベットへ交換留学した。この2人のゆかりの品を展示しているのが今回の特別展である。
青木文教は、大正元年にラサに入り3年間チベットに滞在した。ラサの街に居住し、特技の写真撮影の腕を活かして多くの当時のチベットの風景・文物を記録し、市井で多くのチベット仏教に関する文物を収集した。
多田等観は、青木文教に遅れること1年の大正2年にラサに到着し、ダライ・ラマ13世に正式なチベット仏教の修行を受ける様命じら、チベット三大寺院のうちのひとつのセラ寺に預けられる。
ダライ・ラマ13世の寵愛を受け、異例の好待遇のもとで修行を続け、10年間の修行で得たゲシェー(博士)の学位と、門外不出のデルゲ版のチベット大蔵経全巻や、薬草、医学に関する秘蔵書や稀覯本など、13世が集めさせた24,000部余りの文献とともに日本に帰国する。
帰国15年後の昭和12年にダライ・ラマ13世の遺命で贈られたのが「釈迦牟尼世尊絵伝(釈尊絵伝)」だと言われている。

なぜ、今「チベットの仏教世界」展か? 西本願寺の大谷探検隊が終了して100年が経つのを記念したものだそうだ。

日本人としてはじめてチベットへ入国したのが河口慧海(黄檗宗の僧侶)である。ネパールのポカラに行ったときにガイドブックで知った。
青木文教や多田等観より10年早い明治34年にラサに入っている。当時厳重な鎖国状態のチベットで日本人と分かってはチベット入りに支障をきたす恐れが強いため、支那人と称して行動していた。
当時、日本に伝承されている漢語に音訳された仏典に疑問をおぼえ、仏陀本来の教えの意味が分かる物を求めて、梵語の原典とチベット語訳の仏典を手に入れる為チベットに向かったのだろう。

なぜ、仏教発祥の地インドでなくチベットだったのか?
インドの仏教は、ほとんど消滅しているからだ。

河口慧海、青木文教や多田等観のチベット紀行を是非読みたいと思っている。

家庭菜園始めました。

2014年05月17日 | Weblog
去年までは親爺がトマトや茄子を作っていたが、今年から私がすることになった。
数年前から私にやれと親爺から言われていたが、親爺の健康の為にも手伝わなかった。
今年は無理なので私がやる事になった。

ゴールデンウィークにホームセンターに行って、市販している苗の種類、飼料や土を調べた。
苗、肥料、野菜の土を買う人々で混雑していた。
連休明けに作業を開始することにした。

短い畝が3本ある狭い菜園である。
冬に大根を作った後、ほったらかしで草が生えていた。
草引きをして、シャベルで掘り起こした。
親爺が残っている石灰や肥料を出してくれた。
畝の全体が白くなるまで石灰をふりかけ、鍬で掻き混ぜた。
続いて、肥料を入れて鍬で混ぜた後、平らにならした。
 完成した畝
 

今年もトマトと茄子を作ろうと思うが、いったい苗の間隔は何十センチメートルか?
Webで調べると、茄子は80cm、トマトが40cmであった。
畝の長さから苗の必要数を計算すると、茄子は3本、トマトが5本である。

早速、ホームセンターに苗を買いに行った。
茄子4本、トマト大玉2本、ミニトマト3本、万願寺唐辛子2本、ピーマン2本を購入した。
トータル¥2,385も買ってしまった。親爺に「良い苗を買って来たな!」と言われてしまった。

奥から茄子、トマト、唐辛子&ピーマンを植えた。
 

水やりは夕方にじょうろでやっているが晴天が続き、昼間はしおれ、心配になる。
夕方に水をやると朝には元気になっている。
しかし、昼間のしおれが気になり、茄子が乾燥しない様に枯れ草を敷いた。
晴天が続いていたが雨が降った。それ以降は、昼間のしおれもなくなった。
 1週間後