いつか海外暮らし!

旅行が好きで若い頃は国内旅行、今は海外旅行、いつか海外で暮らしたい。

インド旅行 9月17日 夜行列車でプリーへ

2011年10月29日 | インド旅行
6時起床。
今夜22時35分発プリー行き夜行列車に乗る。ほとんど1日、コルカタに滞在することになるが、どう過ごそうか。
インド博物館には行こうと考えているが、他に候補はないかとガイドブックを読んだが、興味をひくところがなかった。
昨日昼から洗濯したポロシャツも乾いていた。天井ファンの威力だ!

8時過ぎ、朝食に行った。
今日も相席に案内された、1人だからか? テーブルの半分は空いているが?
若い西欧人が1人で入って来た、相席を要求しないで空いているテーブルに誘導した??
東洋人を差別しているのか??? 不愉快だ!
このホテルは、英国?ばあさんがオーナーである。 横のテーブルが予約席になっている。昨日、そこでばあさんが朝食を取りインド人従業員を呼んで何か長々と話していた。

10時にチェックアウトした。2泊分Rs5221(9,130円)を支払った。
バックパックを預かってくれる様に頼んだ。バックパックを受取ったのは警備員だった。
インド博物館に行った。サダル・ストリートからチョウロンギ通りに回り込んで所にあり、大変近い。
入場券Rs150(270円)を購入し、入場しようとすると横に案内された、手荷物預かり所であった。
カメラを出し、ディバックを預けた。
カメラを持っているとカメラ持込み料Rs50(90円)を取られた。
ゆっくり見たら、2日かかり、急いでいても半日程度の時間をかけ見学しようとある。
時間は十分にあるが、何時間見て歩けるか、興味をひく展示があるのか?
 インド博物館中庭
 

 石像展示場
 

 Bodhisattva(仏教菩薩)      Avalokitesvara(観世音菩薩)
       
 日本の菩薩像とは随分と違う。
 写真が小さくてよく分からないかも知れないが西欧人風の顔立ちである。

石像を中心に見た。
仏教がヒンドゥー教より古い宗教である事を知った。ヒンドゥー教の前身であるバラモン教は、仏教より古いが!!
見学に疲れたら、ベンチに座り小説を読んだ。
考古学以外に、民俗学、地理学、動物、美術工芸品の展示もあり、インド各地から集めた鉱物を展示されていて水晶原石が目を引いた。
3時間ほど見学してホテルに戻った。

13時30分ごろになっていた。
ホテルのレストランでチーズサンドイッチとビール小を取った。
昼間から大瓶ビールはいかがな物かと思って小瓶を頼んだが物足りなくビール小を追加した。

まだ、14時30分である。
どの様に時間を潰そうか?
インターネット・カフェに行く事にし、その前に両替屋に寄った。
インドの地方に行く前に両替率の良いコルカタで両替しておく事にした。
1万円がRs6,050になった。手数料は、1.57%と大変リーズナブルであった。両替屋は税金を払っていないのだから闇両替となるのか?

 サダル・ストリートの路地
 
客引きがどこへ行くのか聞いて来たので、インターネット・カフェと言うと路地を指差したのでその路地を入って行った。
インターネット・カフェの看板を見付けた、ドアに日本語で何か書いてあった。
旅行社を兼ねている様だ、いや旅行社がメインでインターネット・カフェを兼ねている様だ。小さな店だ。
インターネットを使いたいと言うとパスポートのコピーを取られた。
インターネットを使っている時、日本人女性がチケットを取りに来たり、日本語入力をしたいのですがどうすればいいのですか?と尋ねられたりと日本人の利用が多い様だ。
2時間インターネットをしてホテルに戻った。

バックパックを預けた整備員に「何時出発するのか?」と聞かれ、今夜、プリーに列車で向うと答えると、プリー・エクスプレス22時35分発だろうと言われた。レストランで21時ごろまで寝て過ごせ!と言っていた。
今、17時だ、4時間ある。
レストランでビールを飲みながら日記を書いた。
蚊に刺された、スタッフに蚊がいると言うと、天井ファンのあるテーブルに移れと言われ、天井ファンのスイッチを入れてくれた。
18時ごろから地元民が酒を飲みに集まり始め、19時ごろに宿泊客の西欧人が食事に来た。
ビールを飲みながら小説を読んでいると、後のテーブルから「なま○△は、何△×か?」と日本語で声を掛けられた。
オーストラリアの若いカップルで、女性の方が高校で日本語を取っていたとの事であった。
私が本を読んでいたので、ひらがなが目に入ったのだろう。
インドに来て何日になりますか?と英語で聞かれ、3日目ですと答え、あなた達は?と聞くと今着いたところだと言っていた。
オーストラリアから直行便があるのか尋ねると、インドへの直行便はない、バンコク乗換えでコルカタに着いたと言っていた。
今日の夜行列車でプリーに行くと話すと駅のチケットオフィスは混んでいたかと聞かれた。
昨日、イースタン・レイルウエイ予約オフィスでチケットを買ったが客は私だけであったと、ガイドブックのイースタン・レイルウエイ予約オフィスの英語表記を示した。外国人用オフィスだから便利だと伝えた。

まだ、20時で早いがハウラー駅に行く事にした。
オーストラリアの若いカップルに良い旅行をと挨拶した。
整備員からバックパックを受け取り、彼がタクシーを呼びに行った。
運ちゃんと運賃交渉した、Rs350と吹っ掛けられた、Rs80と聞いていたので大きな声でRs80と怒鳴ってやた。
警備員は逃げて行った。運ちゃんに渋滞しているのでと、気の弱そうに言われた。
Rs200でOKした。整備員は手数料を運ちゃんから取るのだろう、彼にはチップを渡さなかった。

20時30分ごろ、ハウラー駅に着いた。
列車名&列車番号、発車時刻、プラットホームNo.などの案内のための電光掲示板を見たが、早く着過ぎたのか、まだ、私の乗る列車の掲示がなかった。
コンコースに椅子が並び、床にはシートを敷いて人が座ったり横になっている区域があった。座れる椅子がないか探したがない。
 プリー行きチケット
 
コンコースに案内所?があり若い男女がいたのでチケットを見せてプラットホームを尋ねた。
プラットホームNo.17以上は橋を渡った向こうだと言われた。
長い高架の橋を渡って行くと8本ほどのプラットホームが並んでいた。
チケットを見せてプラットホームを尋ねると22番ホームで1時間前に入線すると教えてくれた。
22番ホームに行って見た。掲示板に人が群がっていたので覗いて見ると、プリントアウトされた連続紙が貼り付けられていた。ウエイティングリスト(キャンセル待ち)に対する最終座席リストであった。
ハウラー駅は行き止り駅で線路が切れた付近がコンコースになっていて、乗客はシートを敷いて荷物を置き、座ったり寝転んだりしていた。
私は柱の基礎コンクリート部にわずかな空きがあったので座った。
中国人かと声を掛けられた、日本人と答えた。
どこへ行くのか?と聞かれプリーと答えると、彼らもプリーに行くと言っていた。
彼らが荷物を持って移動した、列車が入って来たのだ。

発車の45分前に列車が22番ホームに入って来た。
チケットに車両名 B1、シート No.20とある。私の座席を捜さなければならない。
車両は、手前からファーストクラス、A1(A/C 2等)~A3、B1(A/C 3等)~B3、・・・と連結されていた。
車両の中ほどに三角柱の札が掛かっていて、そこに車両名 B1を発見し乗り込んだ。
奥に進むとシートNo.20を見付けた。
座席(ベッド)の配列は、枕木に平行な3段ベッドが向い合わせにあり、通路を挟んでレールに平行な2段ベッドがある。3段ベッドの中段は、まだセットされていない。
私の席は3段ベッドの下段であった。窓側に下から20、21、22とNo.が表示していた。下段、中段、上段であった。
エアコンが効いているので寒くなる前に、汗で濡れたポロシャツを着替え、長袖Tシャツとトレーナーを重ね着した。
荷物はどこに置くのだろうと思って見ていると、大きな荷物は座席の下に入れていたので、バックパックを座席下に置いた。
定刻の22時35分に列車は、ゆっくりと動き出した。
30分も経つとシーツ2枚、毛布1枚と枕でベットメイキングし始めた。
中段はどの様に作るのか見ていると、座席の背もたれを下から手前に上げてチェーン2本で吊って出来上がりであった。
2、3段目に人が上がってから、私は下段のベッドメイキングした。
貴重品のデイバックを枕元に置き、ネックウォーマーをして毛布の中に入って寝た。
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インド旅行 9月16日 コルカタ(カルカッタ)滞在

2011年10月26日 | インド旅行
5時に目が覚め、起きてしまった。日本時間8時30分である。
日記を書いたり、ガイドブックでコルカタの歩き方を読んだりして夜が明けるのを待った。
7時に散歩に出た。
 サダル・ストリート
 
リーズナブルなホテルが無いかと路地を入って行ったが、私の眼鏡に適うホテルは、見付からなかった。
サダル・ストリートを西に行き、チョウロンギ通りに出た。モイダン公園に行こうとしているが、公園入口が見当たらない。
チョウロンギ通りを歩いた、路上生活者が起き出していた。危険を感じたので引き返した。
サダル・ストリートに戻ると南側がに古い大きな建物があるのに気付いた、インド博物館であった。
その建物を壁にテントが並んでいた、ホームレスが生活しているのであった。
フェアローン・ホテルに戻った、ここはサダル・ストリートの中のオアシスであった。

8時過ぎに朝食に行った。
トースト、コーヒーor紅茶、オムレツ、フルーツであった。しっかり食べた。
 屋内レストラン
 
朝食後、両替屋に偵察に行った。3~4軒並んでいた。レート表示され1US$=Rs45とあった、悪くない。
ホテルに戻り、日本を出る前の為替レートのメモを見ると、1US$=Rs45.86であった。

今日は、プリー行き列車とプリー~ガヤー行き列車のチケットを買うのが唯一の仕事である。
地下鉄で2駅行き、後はオフィス街を1時間ほど歩いてイースト・レイルウエイ予約オフィスに行こうと考えている。
タクシーで行けば、一日仕事にならないし、コルカタの町並みも堪能できない。
フロントでもう1泊したいと伝え、プリーに列車で行きたいが大雨は大丈夫かと聞いた、問題ないとの事。
日本を出る時、ニュースでプリーがあるオリッサ州で「洪水、10万人避難」とあったので、プリーに行けるのか確認したのだ。
列車のチケットは旅行社で購入しない様にと、わざわざ言われた。
地下鉄の駅に向う前に、両替屋に寄った。US$200を両替した、電卓で交渉が始った。
相手はRs9,000とインプットした、私は先ほど偵察していたのでRs9,500と打った、相手はRs9,200と打った、私は強気でRs9,500と再度打った、相手は、○×△と叫んでRs9,300と打った。私は、OKした。実は大変驚いていたのだ。
US$200を渡してRs9.300を受取る時、レシートをくれと言うと、Taxが掛かるからRs250を払えと言い出した。
私はレシートが必要であった。レイルウエイ予約オフィスでのチケット購入にはバンク・レシートがいる、無ければUS$払いになるとガイドブックに書いていた為である。
結局、レシート有りでRs9,100になってしまった。

地下鉄に向かった。朝の散歩で歩いたチョウロンギ通りに地下鉄の駅がある。
インド博物館の裏を回り込む様にチョウロンギ通りに出ると市バスミニバス乗場のある大きな交差点に出た。
信号が赤になり、端にいた男がロープを引き上げた。
手動ロープ式遮断機??だ。信号青で人々が通行している時は、ロープを道に這わしておいて、赤になればロープを引き上げる。
信号無視して横断する人が多いのだろう。
その男にサブウェー・ステーションはどこか?と尋ねたがキョトンとされ通じない。メトロ・ステーションでニッコリされ、この向こうと教えてくれた。
チョウロンギ通りを歩く、地下鉄への入口が見当たらない、見過ごしたのか?と思っていると見付かった。
メトロ駅構内は薄暗い、セキュリティーチェックを追え、窓口でチケットRs4(7円)を買った。
メトロは、混雑していた、2駅目で降りた。

地上に上がると大きな交差点であった。
ここには、手動ロープ式遮断機??がない。地元の人の後に付いて道路を横断した。
30分ほど歩いた時、ユナイテッド・バンク・オブ・インディアのビルが見えた。
地図では目的地のイースタン・レイルウエイ予約オフィスの近くに、このビルがある事になっているので、店の人に「レイルウエイ予約オフィスはどこにあるのか?」と紙に書いたメモを見せた。
真直ぐ行って左へ行けと言われた。方向が違うのではないかと思いながら、行って見た。
途中、2回ほど聞いて着いたところは、○△レイルウエイ予約オフィスであった。
ここでも当然、チケットを買えるが外国人用オフィスがない。外国人用オフィスで予約するのが一番スムーズで席が取りやすいそうだ。
職員がいたので、イースタン・予約オフィスの場所を聞き、聞き取れないでいるとメモに「Fairle Place」と書いてくれた。
1ブロックを歩くたびに、店員、ガードマン、警察官にメモを見せて、道を聞いた。コルカタの中心地を歩いていた。
Fairle Placeとは、ビルの名前かと思っていたら、通りの名であった。
東レイルウエイ本社を発見、しかし、イースタン・レイルウエイ予約オフィスが見付からず本社ビルを通過してしまった。
露天商に聞くとそこと言われてしまった。ここまで来るのに、何人の人に聞きまくったか、有難う御座いました。

イースタン・レイルウエイ予約オフィスにはカウンターが2ヶ所あり、パーテーションで仕切られているだけである。
どちらが外国人用オフィスかと思っていると、こちらだと手招きされた。向かって左側カウンターがそうであった。
職員から予約フォームを受取り、記入した。
列車名&列車番号、乗車日、座席クラス、乗車駅名、下車駅名、氏名&性別&年齢(6名まで記入可能)、引続いて次の目的地の列車名&列車番号、乗車日付・・・・・・・、住所(日本の住所)、サインを記入する。
職員に記入した予約フォームを渡して、椅子に座った。
職員がコンピューター端末に入力すると直ぐに結果が出た。
明日早朝発プリー行きが満席で駄目だった。
候補列車名&列車番号が記載されているコピーを出し、この列車と指差しで、この列車はどうですか?
座席クラスを2Aと伝えると、コンピューター端末を覗き込む様にボディランゲージで言われた。見ると「Waitlist 5」となっていた。
「Waitlist 5」とは、キャンセル待ち5番目と言う事である。
座席クラスを3Aに変更すると、Available(使用できる)になった。二人でニッコリであった。
明日(9/16)、ハウラー駅(コルカタ)22時35分発、プリー駅7時30分着の夜行列車で、エアコン3等寝台のチケットが取れた。
引続きプリー駅からガヤー駅(ブッダ・ガヤー)へのチケットに移った。
直通のガヤー行き列車の本数が少ないので希望の列車が取れるか心配していたが、座席クラスが3Aですんなり取れた。
9月18日、プリー駅21時50分発、ガヤー駅14時着の夜行列車で、エアコン3等寝台のチケットが取れた。
予約フォームを予約確定した内容に訂正をして最提出した。
61歳かと言われ、パスポートの提示を求められた。シニア割引があるとの事。(後日談:シニア割引30~40%であった。)
チケット代Rs1,011(1,770円)を支払った。バンク・レシートの提示は求められなかった。
コルカタからプリーのチケット運賃Rs425(750円)とプリーからガヤーのチケット運賃Rs586(1,030円)を受取った。
運賃が安い、日本と比較すると、京都-品川間507kmの運賃が7,980円、コルカタ&プリー間502kmの運賃が運賃Rs425(750円)と1/10である。

鉄道予約オフィスからフーグリー河が近いので向かった。
途中、歩道に椰子の実を積み上げて、客が来たら、なたで実を器用にカットして手渡していた。
私も頼んだ、私にはストローをくれた。甘くなく、薄味で水代わりに良い。
Rs70かと思ったら、Rs7(13円)であった。
フーグリー河沿いに線路があり、踏切の遮断機が降りていた。
踏切を渡り、進むとフーグリー河に出た。
ハウラー駅と船着場が見えた。
船が着き、船着場に乗客が降りて来た。
乗客の女性が抜け道を通って、こちらに向って来た。
私もその抜け道を通り船着場に行こうとして、小便臭く、人糞がしてあるのに気付き引き返した。
汚い、オフィス街から少し外れたら、この有様だ。

 フーグリー河越しのハウラー駅
 
明日、このハウラー駅からプリーに向う。

往きは、鉄道予約オフィスへの道に迷ったので、コルカタの街を体感するどころではなかった。
それで、帰りもサダル・ストリートまで歩くことにした。コルカタの中心地の街並みを見たいからだ。
ダルハウジー広場周辺には、英国植民地時代の建物だろう?が多く残っている。日本の明治、大正&戦前の昭和時代の建物の感がある。
ダルハウジー広場を南に歩くと公園地区に入って行った。
人の多くが歩いて行く方向に私も行った。
大きな通りを横断するとショッピング街に出た、大変な人出だった。
ここはいったいどこだろうと思っているとサダル・ストリートへの道標があった。
100mも行くとサダル・ストリートに出た。

ホテルに着いたのは14時ごろであった。コルカタの中心地を5時間もうろついていたのか!!!
今日は、曇天で暑くはないが湿気が半端ではない、歩き始めた時に大量の汗が出た。
時々、小雨も降り濡れた。ポロシャツは汗と雨で重くなっていた。
ポロシャツは3枚しか持ってきていない。この蒸し暑さでは、まめに洗濯しなければならない。
ポロシャツ2枚を洗濯した。
細引きを張って、朝洗濯したアンダーシャツとあわせて部屋に干し、エアコンで風を送った。
明日、チェックアウトする頃には乾いているだろう。

19時ごろ、ホテルのレストランに行った。
ホテル内にレストランがあるのは便利である。お腹をこわす事もないだろう。
焼きそばとビール大を注文した。ビール大小&焼きそばRs350(620円)。
雨が降って来た、屋根のあるテーブルに座っていたので良かったが、そうでない客は移動して来た。
まったりとした時間が過ぎる、ビール小を追加した。

エヤコンは切り、天井ファンを回して22時に寝た。
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インド旅行 9月15日 インド コルカタ(カルカッタ)へ

2011年10月23日 | インド旅行
6時30分、起床。
まだ、外は暗い。明るくなったら散歩に出ようと思った。
しかし、興味をひく散歩コースを思い付かない。
マラッカを発ちLCCT(クアラルンプール国際空港 ロー・コスト・キャリア・ターミナル)に向かうことにした。
8時にチェックアウトし、タクシーでマラッカ・セントラル・バスステーションに向かった。
20分ほどで着き、奥のバス乗場に行くと、たまたま、トランスナショナル社のLCCT行きバスが停まっているのを見付けた。
チケット売場に行き、LCCT行きチケットを買おうとしたが満席であった。
今頃何言ってるの「にっこり!」、事前に購入しなければ駄目でしょうと言う様な顔をされた。
しかたなく「Nextスレンバン」と言うと10A.M.と返って来た。9時のバスと持っていたが10時のバスか! 
スレンバン行きチケットはMYR7(190円)で買った。
スレンバン経由でLCCTに行くのは、予定通りであった。
直通LCCT行きバスは、5便/日ある中、8時、12時30分発が候補であるが、乗車する時間が早過ぎたに遅過ぎたりで駄目であった。

1時間以上待ち時間があったので、コーヒーが飲みたいと思っているとマクドナルドがあった。
コーヒーとハッシュドポテトMYR5.9(160円)を買った。コーヒーを飲みながら小説を読んで粘る。
15分前にバス乗場に行ったがスレンバン行きバスはまだ来ていなかった。
マレーシアの兄ちゃんに「どこへ行くねん?」という感じで聞かれ、スレンバンと答えると彼も同じだと言ってベンチを詰めてくれた。
10時にバスは出発した。途中、どこか?バスステーションで停まり、大勢乗客が乗り込んで満席になった。
私の座席は一番後で、もしかしてチケットを買うのが、もう少し遅かったら11時のバスになっていたかも知れない。予約が必要なのだ。

11時30分ごろ、スレンバン・バスステーションに着いた。
LCCTへの行き方は、スレンバン駅からクアラルンプールに行くKTMコミューターに乗り、ニライ駅で降り、LCCT行きバスに乗り換える。
バスステーションからスレンバン駅まで1kmほどだろうが、暑い中移動するのが億劫になったので、バスステーションで「LCCTに行きたい」と尋ねると、あっちと指差された。
ここから行けるのだ!!! そちらに行き、同じ様に「LCCTに行きたい」と話すと、あのバスだと教えてくれた。
LCCTまで行くのか聞くと○×△と地名を言っているが聞き取れない、バス乗場の看板を指差された、Nilaiとある。ああ、ニライかOK、OKであった。
ニライ行きローカルバスに乗り、出発を待った。
インドのコルカタ(カルカッタ)行き飛行機は、15時35分発であるので遅くても14時にはチェックインしたい。
ニライ経由LCCTまで何時間掛かるのか? 今、12時前である。タクシーで行こうか??? まだ2時間ある。
バスの運ちゃんにニライに何時に着くのか聞いた。12時30分との事。聞き取れないので書いてもらったのだ。
数字の12~15、20~50が聞き取れない。この様に海外旅行の前半は毎回同じ事を繰り返している。次回からは、日本を出る前に英数字のリスニングをする様にしよう。

12時にローカルバスは、ニライに向かって出発し、12時40分にニライに着いた。バス代MYR3(80円)
このバスに乗っていた4人組もクアラルンプール国際空港に行くので着いて来いと言う感じでバスを探してくれた。
12時50分にローカルバスは出発した。バス代MYR3(80円)
チェックインの14時まで1時間を切った。間に合うのか? しかし、所々で時間調整でバスは停車した。イライラした。
ニライでタクシーに乗れば良かったと思うが、タクシーがいたのか???
13時40分ごろ、クアラルンプール国際空港に着いた。
LCCTまで行かない様だ。運転手に「LCCT?」と言うと、隣に停まっているバスだと言われ乗り換えた。
LCCTへのシャトルバスは直ぐに出た。バス代MYR3.5(90円)
シャトルバスはエンジン全開でLCCTに向かっている。
バスの中で羽田空港でした様に荷造りし直した、バックパックとデイバックに分けていたのを1バックにして、重量も7kgになる様にした。

 フライト・モニター&案内所                   
 

14時にLCCTに着き、フライト・モニターでエアアジアのチェックインカウンターNo.を確認して向った、混雑もせず、直ぐに搭乗手続きが終わった。
エアアジアは機内食が有料なので、レストランで食事を済ませた。ヌードル・スープMYR10.5(280円)
荷物検査、出国を済ませ、ゲートに向かった。
インド コルカタ(カルカッタ)行き待合室は、何故か、透明の壁で仕切られていた。
搭乗が始った、しかし、便名が私の乗る便名と違った。 横に座っている人にコルカタ行きか尋ねるとスラバヤ(インデネシア)と言われた。
待合室の人々が出口から吐き出されて行く、出口のスタッフに「コルカタ?」と聞くとそうだと言う。
それを聞いていた西欧人夫婦が「いったいどうなっているんだ」とボディランゲージで言っていた。彼らもコルカタへ行くのか聞くとそうであった。
駐機場の飛行機まで歩いて行かなければならない。人の流れが2つに分かれた、西欧人がコルカタ行きがどちらか確認していた。私は後を付いて行った。
飛行機が見えるところでスタッフにコルカタ行きか確認して乗り込んだ。
エアアジア AK323は、30分遅れの16時ごろ出発した。

定刻の17時ごろにインド コルカタに着いた。3時間半ほどのフライトだった。
ボーデイング・ブリッジを渡り、イミグレーションへ向かう。
入国審査場は、ガラガラにすいていた。
入国審査カウンターで機内で記入した入国カードをパスポートに挟んで提出した。出国カードは出国時に貰い、記入する様だ。
すぐに、スタンプを押してパスポートが戻って来た。無事、インドに入国した。

先ずは、インドルピーRsを手に入れなければならない。
税関を抜けると、通常、両替店が2~3軒は並んでいるのだが、このコルカタ国際空港には1軒しかない、ローカル空港であった。
両替店に手数料Rs100 or 10%と掲示されていた。
コルカタ中心地までのタクシー代と1泊のホテル代になればと思いUS$50を両替した。
US$50がRs2130であった。
両替店の横にプリペード・タクシー・カウンターがあった。
サダル・ストリートまでチケットを買った。
プリペード・タクシー代Rs235(410円)をRs500札で支払い、お釣りを渡された、札が4枚もあり、念の為確かめるとRs20札3枚とRs5札1枚であった。
Rs65だけで残りRs200が無い、手を出してチェンジと言うとRs100札2枚が手のひらに載せられた。逆の手にRs200を準備していたのだ!!!
日本で買い物をして支払い後、つり銭を確認しない事が多いが、インドでは、今回の様に要求しなければ、確実にやられているところであった。
インドでは、騙されない様に気を付けろと良く聞くが、駄目もとで仕掛けてくるのだろう。日本人は、それに引っ掛かる???

ターミナルを出ると前は駐車場?車はまったく停まっていないし、人も少ない、閑散としていた。
車数台と運ちゃんがたむろしている所がタクシー乗場だろうと近付いた。
どこへ行くのか?と聞かれ、サダル・ストリートと答えてタクシーチケットを見せた。
○△×? これは英語か? 数人が尋ねて来るが何を言っているのか分からない。
その中で「ホテルネイム」と言う奴がいて、私はツーリスト・インとホテル名を答えた。
誰かがツーリスト・インと大きな声で復唱した。
ツーリスト・インを知っていると言って、運ちゃんが私をタクシーに案内したのでそのタクシーに乗った。
他にサダル・ストリートに行く客がいれば乗合タクシーになる感じであった。

まだ、完全には日が暮れていない。コルカタは古い街なのだろう、色彩的に茶色い暗い、汚い。
こんな街並みを見るのははじめてだ。想像以上だった。
日が暮れて暗くなった。渋滞していた、運ちゃんがホテル名を聞いて来た、ツーリスト・インと答えると場所を間違えたような事を言い出した。
サダル・ストリート、ツーリスト・インとはっきりと言ってやった。追加料金を取ろうとしている様だ。
1時間ほどでツーリスト・インに着いた。
「Tourlst Inn」の文字が小さく分かりづらかった。入って行くと2階のエアコン付き部屋に案内された。
だだっ広い雑然とした部屋で、真ん中に何か置いてあるので、これは何かと尋ねるとベッドカバーとの事であった。
片付けられていないとしか考えられない、ゲストハウスの部屋とも思えない、やる気があるのか?? 宿泊代Rs1000(1,750円)との事。
断わって、フェアローン・ホテルに行く事にした。ここから100mほどであるが、サダル・ストリートのどちら方向に行けばいいのか分からず聞いてから向かった。
フェアローン・ホテルは緑が多く少し奥にフロントがあった。すでに19時をまわっていて部屋が空いているか心配であったが最後の空き部屋があった。
宿泊費は、Rs2250+税16%(4,600円)との事。部屋を見せてもらった、古いが綺麗にしていてエアコン、TV、ホットシャワー、朝食付きであるが、4,600円は高い。
だが他に当ても無く、ここにした。
フロントで手続きをしていると西欧人女性が来て私の部屋No.9を指差している。
スタッフが満室になったと言っていた。私の前に1度来たが他のホテルを当たっていたのだろう。
宿泊費の支払いは、チェックアウト時であった。手持ちルピーを持っていなかったので助かった。
 フェアローン・ホテルの部屋
 

昨日は、水シャワーだったのでシャワーを浴びていなかった。早速シャワーを浴びた。
温水の温度が低いが決して冷たくはなく十分である。太陽熱温水器でも使っているのか?
シャワーを浴びた後、ホテルのレストランに行った。
緑の中にテーブルが並ぶ小ぢんまりとしたレストランで、地元の人が多かった。
嬉しい事にビールがあった、ビール大瓶Rs120(210円)と焼き飯Rs130(230円)にした。
ビールの銘柄は、キング・フィッシャーKingfisherであった。インドでのビールはこれにしょう。
地元の人が多いのは、ここで酒が飲めるからだった。
緑が多いのに蚊がいないと不思議に思っていると、蚊取り線香が周りに並べられていた。
インドの蚊事情が気になる。

今日は、マレーシアのマラッカからクアラルンプールへ、そしてインドのコルカタ(カルカッタ)と長い一日であった。
天井ファンを低速にして、ネックウォーマーを首に巻いて寝た。
天井ファンの風が心地よい。
22時に寝た。
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インド旅行 9月14日 マラッカ滞在 

2011年10月21日 | インド旅行
「クワラルンプール空港に向かって降下していきます。」と言う機内アナウンスで目覚めた。
6時間は眠れただろう。
6時に着陸し駐機場へ、タラップを降り、300mほど歩いてLCCターミナルに向った。
クアラルンプール国際空港には、滑走路の端に格安航空会社専用ターミナルがあり、それをLCCT(ロー・コスト・キャリア・ターミナル)と言う。
入国審査場は混雑し長蛇の列が出来ていた。30分並んでやっと入国できた。6時40分になっていた。
マラッカ行きバスが出るのは9時なので、まだ十分に時間がある。

マレーシア・リンギットMYRを手に入れなければならない。
1泊するだけなので、6,000円相当のリンギットを入手すれば良いだろう。
クレジットカードVISAカードで海外キャッシングをしようとATMで試みたが駄目であった。場所を変え他のATMでも試したが駄目だった。
マレーシアのATMのPIN(暗証番号)が6桁になっていた。日本では4桁だが???
両替所に併設されているATMで、両替所のスタッフを手招きして呼んだ。
4桁でも問題無いのか尋ねたところ、問題無い、横に付いてもらいカードを入れて試したがやはり駄目だった。
今回の旅費は、円&ドルの現金と海外キャッシングを予定していた。海外キャッシングが出来ないと旅費が足りない!!!!
VISAカードが駄目なら、イーバンクカードがある。楽天に買収され楽天銀行になってしまったが、楽天と人を馬鹿にした様な会社名が嫌いである。
同じVISA系の楽天銀行カードで試すとすんなりとキャッシング出来た。MYR250(6,524円)を引き出した。
実は、楽天銀行カードによる海外キャッシングは手数料が高いので利用を避けている。
国際キャッシングは一時騒がれたが、現在日本大手銀行は撤退しているのではないか? 
楽天銀行、Knt!トラベルキャッス、新生銀行等3社が残っているが改悪の方向に向かい手数料が高くなっている。
楽天銀行では、預金口座がある銀行カードにも関われず、年会費1,000円を取られる。などで、楽天銀行を解約する予定であったが今回持参して良かったが、でも、解約するだろう。
1年前のスリランカ旅行の時、VISAカードによる海外キャッシングを利用していたが、旅行後半キャッシング出来なくなっていた事があり、帰国したら問い合わせしようと思っていたが失念していた。

 LCCT(国内線側からの風景)
 
案内所でマラッカに行きたいのだがトランスナショナル社(Transnasional)のチケットオフィスがどこにあるのか?と尋ねたところ、ドメスティックとインサイドだけが聞き取れた。
それで国内線到着ロビーに行ったが見当たらない。到着出口前は、小さな麺類店がありテーブルが並んでいるだけであった。
バス乗場に行って見た、トランスナショナル社のバスが停まっていた。
バス待ちしているマレーシア人が話し掛けてきたので、チケットはどこで買うのか聞いた。
通じたのか? バスを指してインサイドと言っている。
バス乗場の先にレストランの様な平屋があったので行った。
そこはフードコートであった。ノートパソコンを開いている人が多かった。
外国人も飛行機待ちを、ここでしている様だ。確かに、LCCターミナル内は混雑しているので、ここはいい場所だ。
朝食を取ろうと麺類を注文したが、朝はやっていなかった。
仕方なく、バス乗場のベンチで小説を読んで時間を潰した。
発車の20分前に運転手が来て乗車が始った。
日本人らしい乗客はチケットを持っている。彼らが乗り込んだ後、私も乗り運転手にノーチケットと言うとドメスティックとまた言われた。
やはり、そうなのか? 真剣に探そうと思い、バックパックを預けバスを降りた。
チケットを持っていた若い日本人が降りて来て、私にチケット売場の場所を説明してくれた。有難う御座いました。
ドメスティックのターンテーブル(荷物受取り所)のある所の横に多くのブースが並んでいるとの事であった。
国内線出口から逆流して入らなければならず、通常、警備上も考えられない。日本でなら「進入禁止」とあるところだ。
LCCT案内所でドメスティックとインサイドと言われたが、まさか出口から入るインサイドとは思わなかった。
国内線出口の警備員がいるところまで行くとブースが並んでいるのが見えた。
警備員にトランスナショナル社のバスチケットを買いたい旨を伝え、中へ入れてもらった。
トランスナショナル社のブースでマラッカ行きチケットをMYR22(580円)で購入した。



バスに戻り、適当な座席に座った。座席指定に気付いたが、客が少ないのでいいか?
客が増えてきたので指定席に移ろうとしていると、「日本人シニア夫婦が座席指定ですね!」と後部から移って来た。
このバスには、チケット売場を教えてくれた若い日本人カップルとシニア夫婦が乗っていた。
2組ともスーツケースを持たず軽装である。飛行機の乗り継ぎ時間を利用してマラッカに行くのだろう。
私も計画時、乗継時間が9時間もあるのでマラッカを往復する予定であった。
しかし、コルカタ(インド)行きエアチケットを買うだんになり、その便が毎日運行で無く3便/週しかない事に気付いた。
羽田&クアラルンプール間エアチケットを購入後の事で、仕方なく、マラッカで1泊することになった。

11時前にマラッカ・セントラルMelaka Central Bus Stationに着いた、クアラルンプールLCCTから2時間弱である。
朝食を食べていなかったのでブランチを取った。焼きそばと水ペットボトルとでMYR7.5(200円)であった。
ビールが無い事が分かっていて、ビールはあるか?と尋ねるとムスリムだから無いとの事、カタコトの日本語で話していた。
マラッカ中心地まで路線バスもあるが、タクシーで行く事にした。
タクシー乗場でダッチ・スクェアー(オランダ広場)までいくらか聞くとFifteenとの事。数字が聞き取れない、いや聞き取っているが訳が反応しない。
また、はじまったのか、英語の数字に慣れるまで大変だ。
タクシー代を書いたチケットの様なものを渡された、MYR15(400円)であった。
15分ほどでオランダ広場に着いた、そこから200mほど歩いて、ヒーレン・インHeeren Innに向かった。
ヒーレン・インは、チャイナタウンにあり間口は狭いが奥に細長い、シングルMYR90(2,370円)との事で部屋を見せてもらった。
一番奥の部屋でエヤコン、水シャワー、TV付きで狭いが清潔そうなのでOKした。

13時ごろ、デジタル一眼レフカメラを持って、観光に出掛けた。
  オランダ広場
 

  セント・ポール教会跡
 
 セント・ポール・ヒルの頂上にあり、夕日がきれいだそうだ。
 日本でもお馴染みのセント・フランシスコ・ザビエルの遺骨が9ヶ月間安置された後、インドのゴアに移された。

 セント・ポール・ヒルからマラッカ海峡を望む
 

 ファモサ要塞跡(サンチャゴ砦)
 

マラッカ・スルタン・パレスに行こうと思ったが休憩中で入れなかった。
セント・ポール・ヒル周りの観光地は30分ほどで見終わってしまった。
太陽が照って暑い、ファモサ要塞跡の前にショッピングモールがあったので涼むために入った。
大きなショッピングモールで浴衣姿の女性店員がいる日本雑貨専門店があった。こんな店やって行けるのか?
エアコンがよく効き寒くなったので出た。
セント・ポール・ヒルの麓まで戻り、ビールを置いていそうなレストランがあり入った。
生ビールがあった、生ビール中とカレーヌードルにした。MYR31.5(830円)
カレー味のココナッツスープで大変美味かった。
雨が降り出した、まだ、人々は傘を差さずにあるいている。
本降りになる前にホテルに帰ろうと思いレストランを出た。
ホテルに着いた頃には、土砂降りの雨になった。

1時間ほど昼寝をした。
17時ごろ、夕日が見れないかと外出した。
雨はあがっているが、夕日は駄目そうであった。
  マラッカ川沿い
 
マラッカ川沿いに歩るく事にした、また、雨が降り出した。
海の博物館に大きな木造帆船が陸地に置いてあった。
インドネシアのスマトラ島のドゥマイ行き船着場もあった。
傘無しで歩ける程度の雨であるが、降り続いていた。
マレーシア・リンギットMYRの手持ちに不安を感じたので、昼間寄ったショッピングモールにあった両替店に行った。
US$20を両替するとMYR60であった。手数料は6.5%程度になる。
US$→MYRが手数料2.9%で、円→US$が手数料3.6%で2回両替しているので両替率が悪くなる。
仕方ないか!!

宿泊しているホテルの2軒隣にレストランの様な酒場があった。
タイであればホテルへの帰り、コンビニに寄って缶ビールを買って帰る。
しかし、ここはイスラムの国で、酒は禁止である。
でも、ここは、チャイナタウンで酒は手に入り易い。
夕食を取っていないが、ビールが飲みたくなれば、この酒場に来よう。

今、村上春樹の「ノルウェイの森」を読んでいる。
毎年、ノーベル文学賞候補になっているのに、まったく村上春樹の小説を読んだ事がなかった。
実は、前回のミャンマー旅行にもって行き、読み始めたが挫折して止めてしまったのだ。
23時まで小説を読んだ。
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インド旅行 9月13日 羽田経由クアラルンプールへ 

2011年10月18日 | インド旅行
朝、バスの時刻に合わせて家を出た。
坂を上ったところでマグライト(小型懐中電灯)を忘れた事に気付いたが、まあ、いいか!
更に、バスに乗っている時、ネックウォーマーも忘れた事に気付いた。
のど風邪に弱い私には、ネックウォーマーは必須アイテムである。取りに帰る事にした。
最寄の駅のロッカーにバックパックを入れ、バスを待った。
取りに戻ると待ち時間を入れて1時間ほどのロスになるが、羽田発 23時45分の飛行機なので時間は十分にある。

京都駅 11時発の新快速で米原に向かった。
東京の品川まで、快速電車と鈍行電車を乗り継いで行く計画を立て、実行に移したのだ。
最近、スリランカやミャンマーで列車の旅をし、今回、インドでも列車が主な移動手段になるので、日本でも新幹線以外の在来線で東京まで行かねばと考えた。
時間の十分ある私には、新幹線に乗って急ぐ必要はまったく無いし、特急料金も節約できる。

5回乗り換えて、品川に着いたのは19時30分であった。
8時間30分の日本の電車の旅をして見たが、電車は時刻通りで、この正確さはなんだ!!!!
車窓の風景は、美しい。すべてが整備され手が加えられている。

品川駅の駅ナカで食事をした。黒酢あんかけうどん(830円)、生ビール小(440円)を取った。
黒酢あんかけうどんは、1口目は不味いと感じたが徐々に美味くなって来た。
京急に乗り換えて羽田空港国際線駅に向かった。

21時に羽田空港に着いた。
エアアジアのクアラルンプール行きの搭乗手続きがオープンになっていた。
荷造りし直した。バックパックとデイバックに分けていたのを1バックにする為、カメラ、ガイドブック&トレーナーを取り出し、デイバックをバックパックに入れた。
なぜかと言うと、機内持ち込み手荷物のサイズ(56cm×36cm×23cm以内)と重量(7kg以内)であれば追加料金を取られない為で、7kgをオーバーする分を身体に付けたのである。
15kgまで2,000円(羽田&クアラルンプール間)を追徴されるので、それを節約する為の涙ぐましい努力である。
クアラルンプール&コルカタ間、ニューデリー&バンコク間の追徴料金を含めると約4,000円の節約になる。

エアアジアのチェックインカウンター前には長蛇の列が出来ていた。
日本人中年男性が大きな声でカウンターの女性スタッフに文句を付けている。
男性スタッフが出て来て対応した。文句を付けている内容がよく分からないが、手荷物の事の様だ。
男がわめいている、100kgはあると言っている。荷物の総重量の事か?? そうだとすると非常識だが!!!!
早くチェックインカウンターから退けと思っていると男性スタッフがカウンターの端に連れて行った。
男は、更に時々大声を出していた。いろんな奴がおるものだ!

搭乗手続きの順番が回って来た。トレーナーを背中に掛け、ガイドブックを手に持ち、カメラを首から掛けた不思議な姿でプリントした旅程とパスポートを渡した。
荷物をコンベアに載せてくださいと言われ、バックパックを載せた。荷物重量の確認であった。はい結構です。重量は7.2kgであった。無事、クリアした。
搭乗券を受取り、出国した。
ガイドブックを手に持ち、一眼レフカメラを首から掛けた場違いな姿が嫌で、カメラをデイバックに入れ、バックパックとの2バックに戻した。
まだ、搭乗まで時間があるが水を買ってゲートに向かった。

搭乗が始まった、搭乗ブリッジを使わず、バスで駐機場まで運ばれた。8.5kgの荷物を持ってタラップの階段に並ばされた。
私の座席周りは空席が多い。
座席の配列は、横に3席、3席、3席で真ん中の3席を私が独占できた。
24時ごろ、飛行機は駐機場をゆっくりと離れた。離陸後、高度を上げシートベルトのランプが消た。
トレーナーを着て、首にネックウォーマーを着け、3座席を独占してごろんと横になった。
エアアジアにはブランケットが無いので、前回ミャンマー旅行で買ったロンジー(巻きスカート)をかぶった。
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インド旅行 帰国

2011年10月07日 | Weblog
                              スーリヤ(太陽)寺院
昨日、24日間のインド旅行から帰国しました。
大変、疲れています。
2週間は、曇りと雨でした。
バラナシでは最悪の大雨にあいました。
落ち着いたら、旅行記を書きはじめます。
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