いつか海外暮らし!

旅行が好きで若い頃は国内旅行、今は海外旅行、いつか海外で暮らしたい。

バリ島旅行 2月23日 帰国

2013年04月29日 | バリ島旅行 2013/02/06~
5時20分 起床。
携帯電話のアラームを5時30分に設定していたが早く起きてしまった。

今日はバンコク9時25分発エアアジアでクアラルンプールKLに向かい、KL15時発エアアジアで関空に向かう。
自宅に着くのは深夜1時を過ぎるだろう。長い一日になりそうだ!!!

7時にチェックアウトしてドンムアン空港に向かう予定でいたが、バックパックに荷物を詰め出発準備が早く終わった。
ホテル前の屋台も準備中で朝食も取れないので6時40分にチェックアウトした。
ソイ・カセムソンの出口にタクシーが停まっていたので乗った。
行き先をドンムマン・エアポートと行って出発した。タクシーのメーターが動いていない、私は「メーター」と叫んだ。
運ちゃんが何か言ったが聞き取れない、エアポートまでいくらか尋ねるとTHB300(\940)との事。そんなもんか! タクシーを停めて降りるほどでもない!
「トールウェイ」、バンコクでタクシーで空港に向かうと運ちゃんが「トールウェイ」と言う、高速に乗るかどうかを聞くのである。今回は聞かなかった、朝早いのでその必要がないのだろう。

25分ほどでドンムアン空港に着いた。
エアアジアのチェックインカウンターは1箇所しか開いてなく長い列が出来ていた。
西欧人家族(夫婦、子供2人)の後ろに並んだ。その前には3人の中国人若者が並んでいた。
その中国人グループに次から次に合流する若者で7人のグループに膨れた。れっきとした横はいりである。
周りを見渡すと中国人が多い、バンコク市街では、それほど中国人は目立たなかったが、ここでは大変に多い。

チェックインカウンターがもう1箇所が開いた、スタッフが西欧人家族に開いたカウンターに行くよう指示した。私は身軽なので先にカウンターに並んだ。
遅れて来た西欧人家族に順番を譲ると「シェーシェー」と言われた、むっとして「Japanese!」と言った。ばつが悪そうに「Thank you!」と言い直してきた。
この追加で開いたカウンターは、いっこうに進まない。先ほど並んでいた列の方が進むのが早く、最後尾になったはずの横入り中国人若者グループが先にチェックインが終わった。
横はいり中国人若者グループが騒がしいので、余計に頭に来る。
西欧人家族がチェックインが終わり、夫婦で日本語で「ありがとう!」と言われて別れた。しかし、まさか関西空港まで一緒とはこの時点では思いもしなかった。
私のチェックインはいつもすぐに終わる。預ける荷物が無いからだ。
ボーディングパスを2枚受取った。クアラルンプール行きと、クアラルンプールから関西空港行きのボーディングパスであった。
シートNo.11DとNo.11Cと両方ともが10番で通路側の座席であった。通路側座席でラッキーと思い、なおかつ10番とは前の方だ。いつも30番台や40番台が多いが!!!
今回、バンコク-クアラルンプール-関西空港間を通しで"FLY-THRU"の航空券にした。22,362円と安かったからである。

セキュリティ・チェックも出国審査も空いていた。
マクドナルドで朝食を取った。コーヒー、ハンバーガー&ハッシュポテトのセットTHB145(\455)にした。
搭乗時間の8時45分が近付いたのでゲートに向かった。

エアアジア クアラルンプール行きは定刻に出発し、2時間強でクアラルンプールに着いた。
飛行機は駐機場に停まり、タラップを下り、ターミナルに歩いて向かった。
ターミナルに入ると階段を上がらずに左の乗り継ぎホールに行った。
チェックイン・カウンターでパスポートとボーディングパスを渡し、確認だけであった。
セキュリティ・チェックを受け、出発ホールに出た。

13時前で昼食を取りたいし、飛行機の中でビールも飲みたいのでマレーシア・リンギットに両替した。千円札が無かったのでUS$10を両替してMYR30.4になった。
レストランは無いがカフェがあり、トマト&チーズのフランスパンサンドイッチとコーヒーを買ってテーブルに移動した。
サンドイッチを食べ終わり、コーヒーを飲みながら小説を読んでいると、ドンムアン空港で会った先ほどの西欧人家族が横のテーブルに座った。ニッコリ笑顔で目で挨拶した。

ゲート前で小説を読んでいると、搭乗案内が日本語であった。ここで日本語のアナンスを聞くのは初めてだ。
関空行きの15分前に羽田行きがあり、日本行き2便が集中してした。日本人が多いと思っていたが、2便分とは知らなかった。
駐機場まで歩いて行き、タラップを上がった。
座席は横に3列、3列、3列でそれぞれ真ん中座席は空いていた。割とすいているのだ!
エアアジア関空行きは15分早く14時45分に出発した。

トイレにたって後を見ると空き座席が無いほど混んでいた。私の座席付近はすいている???
私はどうも特別?なエリアに座っている様だ。私のチケットは座席指定料金を払っている訳でもなく普通のエコノミーであるが?????
後日談:私が座っていたのは、クワイエットゾーンであった。今月から新設され、利用者がまだ少ないのでPRの為だろう? なぜ私が選ばれたのか????
クワイエットゾーンとは、
・プレミアムシートのすぐ後ろ、7列目から14列目までが「クワイエットゾーン」になります。
・ノイズを最小限に抑えた静かな空間。
・やさしい間接照明を採用。
・クワイエットゾーンは、通常どおり、標準シート(RM35)ホットシート(RM110)の座席指定料金のみのお支払いでご利用が可能。

25分早い22時に関西空港に着いた。
イミグレーションに向かうウィングシャトル内でバンコクのチェックイン・カウンターで会った西欧人家族にばったり会った。
どこへ行くのか尋ねると大阪であった。目的地が大阪だったとは!! 1週間滞在するそうだ。バンコクに住んでいるオーストラリア人であった。
今の大阪は寒いと伝えて別れた。
彼らも気まずい思いをしているだろう、順番を譲る日本人の親切に「シェーシェー」と礼を言ったのだから!!!

無事、帰国した。
コメント

バリ島旅行 2月22日 バンコク滞在

2013年04月27日 | バリ島旅行 2013/02/06~
チャオプラヤ川

6時30分 起床。

フロント前のテーブルは今日もインドネシアの観光客に占拠されていた。
屋台のセンミー(米粉の麺、タイラーメン)もまだ準備中だ、麺を茹でる釜がまだ沸いていないのだ。
セブンイレブンが改装中?なのがいたい。
セブンイレブンの横に食堂があり、そこはゆで釜が沸騰していた。フイッシュ・ボール入りセンミーB35(\110)を頼んで食べた。

ホワイト・ロッジに戻ると、インドネシアの観光客は屋台のテーブルにいたので、フロント前のテーブルは空いていて、私はそこに座った。
通りを行き交う人を見たり、屋台の準備を見ていた。どこかのチェーン店の割烹着を着た兄ちゃんが水汲みをしていた。
その兄ちゃんは、チェーン店を辞めたのか? 掛け持ちか?

今日の予定は、チャオプラヤ川を見渡せるリバー・ビュー・ゲストハウスに行き、更にタニヤ通り近くでタイ・マッサージを2時間受ける事にした。
涼しい時間帯に行こうと8時に部屋を出た、フロントで「ホアランポーン駅までバスで行きたい。」と言うと紙に73と書いてくれた。
バスNo.を知りたいという前に73と書いてくれた。宿泊客に良く聞かれるのだろう。
ソイ・カセムソン1を出た大通りの向こう側車線のバス停でNo.73バスを待っていると同宿のインドネシア観光客10人ほどがバス停に来た。
No.73バスが来た、インドネシア観光客も乗った。彼らはどこへ行くのか?
車掌が来たので運賃B20を渡そうとしたが受取らない、インドネシア観光客グループ員と間違われたのだ!!!
彼らが降りた、ここはどこだ? 前のインド人にホアランポーン駅か聞いたが分からないと言われ、すぐにホアランポーン駅が見えた。
インド人も私も分かった。ブザーを押すと車掌が何か言っている。ドアーが開いたので私は降りた。渋滞でバスが停まっていたのだ。

ホアランポーン駅前からチャオプラヤ川沿いのリバー・ビュー・ゲストハウスに歩いて向かった。直線距離にして500mほどであるが道が分かり辛く、今まで二の足を踏んで行く気にならなかったのだ。

地図を見ていると途中にワット・トライミットがあったので寄った。
駐車場側から入った。チケットと矢印が見える、チケット売場があるのだ。しかし、チケット無しでも入れる。ただ見すると罰があたるのでチケットを買った。B40+B100であった。
西欧人観光客の団体が入ってきた。
休憩した後、団体さんがいなくなってからゆっくり拝観しようと思ったが、次々と団体が来る。
ここは有名な寺院なのだ。
 黄金の仏像
  
「チャイナタウンのヤワラー通りの終わりにあるこの寺院には、約700年前に造られたといわれる仏像があります。全重量5.5トンの金で鋳造されているこの座像は、以前は漆喰で覆われていました。1953年、安置されていた廃寺ワット・プラヤーグライの取り壊しにともなう工事の最中に落下して漆喰が割れ、中から黄金の仏像が現れたといわれています。」とある。
あの有名な寺院がここワット・トライミットだったのだ。

ワット・トライミットの入口があるチャルン・クルン通りを南に歩いてリバー・ビュー・ゲストハウスに向かった。
チャオプラヤ川のチャオプラヤ・エキスプレスボート上からリバー・ビュー・ゲストハウスを見た事があり、隣に高いビルがある。
 チャオプラヤ川からのリバー・ビュー・ゲストハウス(白いビル)
 

高いビルを目印にチャルン・クルン通りから小さな通りに入った。
小さな通りにはフォークリフトが停まり、間口の狭い工場が並んでいた。そこは中古自動車部品を扱う専門店であった。
ベアリングやヘリガルギヤ、デファレンシャルギアなどが積上げられていた。
 

そこから所々にリバー・ビュー・ゲストハウスへの小さな道標があったので、何とかたどり着いた。
フロントでレストランと言うとエレベーターで8階へ行けと教えてくれた。
屋上レストランでチャオプラヤ川を見ながらビール小を飲んだ。
  
  

ホアランポーン駅まで戻り、地下鉄MRTでシーロム駅まで行き降りた。
ここはスカイトレインBTSのサラデーンの乗換え駅で、タニヤ通りに近い。
タニヤ通りのタニヤ・プラザで古本の文庫本を買った。明日帰国中に読む本が無かったのだ。
12時前に入ったので、らーめん亭はすいていた。カツ丼とビール小を取った。

タニヤ通り近くのタイ・マッサージ店の有馬温泉に行った。
タイ・マッサージ2時間コースを頼んだ。
カーテンで区切られ、マットレスが敷かれている。店が用意している上下に着替えてマットレスに横になる。
雑巾で足を拭き、足からマッサージが始まる。
今日のおばちゃんマッサージ師はツボをゴリゴリ押す。はじめは痛かったが徐々に気持ちよくなってきた。
足から腕、背中、肩、頭、顔まで全身を2時間掛けてマッサージしてくれる。サバイサバイである。
受付でTHB500(\1,570)を支払い、おばちゃんにチップTHB100を渡して店を出た。

有馬温泉を出てスリウォン通りを西に歩いた。
500mほど行くとシーフード・レストランのソンブーン(Somboon)があるはずだ。
バンコクにはよく来るが考えてみるとタイ料理レストランを知らないのだ。
3週間ほどの東南アジア旅行の最後にバンコクに寄る事が多く、旅行中日本食を食べない様に辛抱していたのをバンコクで解禁する。その為、タイ料理より日本食を食べることが多いのだ。
インターネットで検索して、今向っているソンブーンとサイアム・スクエアにあるBAN KHUN MAE (バーンクンメー)を地図に書き込んできた。
すぐにソンブーンに着いた。
あれ!! 昔、来た事がある。タニヤ通りの日本人クラブのお姉ちゃんに連れられて来たことがあるのだ。
今日は休みか?閉まっている。15時過ぎだし、昼間はやっていないのか?
BTSのサラデーン駅に戻らず、チョンノンシー駅に向った。
昔に来た時は、この道から来たのだ。

BTSサイアム駅で降り、サイアム・スクエアのタイ料理レストランBAN KHUN MAE(バーンクンメー)に向った。
ノボテル・ホテルの南側にあった。オープンしているのか?夕方で客がまったく入っていないのか?
夜にもう一度来ようとホテルに戻った。

ホテルで疲れて寝てしまった。
起きたのは19時を過ぎていた。
サイアム・スクエアのBAN KHUN MAE (バーンクンメー)へ行ったが、順番待ちで数人が並んでいた。
並んでまで入る気がしなかったので、いつもの中華系タイ料理の店に行った。
結局は、ここでスパイシーなイカのサラダ、シンハービール大とお粥を食べた。

22時、就寝。

 
コメント

バリ島旅行 2月21日 バンコク滞在

2013年04月25日 | バリ島旅行 2013/02/06~
ワット・プー 大寝釈迦仏

6時過ぎ、起床。
フロント前のテーブルは宿泊客シニア女性(アジア人)に占拠されていた。
セブンイレブンは改装?なのか閉店中だ、コーヒーが飲みたいと大通りに行ってみたがない。
ホワイト・ロッジ前の屋台に小袋に入ったインスタントコーヒーがあったので、無言でそれを取り渡すと、カップにコーヒーを作って渡してくれた。屋台のテーブルで飲んだ。

フロントで部屋を替わるのか確認され、替わると告げた。広さ過ぎ、蚊が多いし、シャワーの水はけが悪いので替わる事にした。
日本人らしい若者が延泊の為にフロントへ来て支払いと宿帳にサインしていった。漢字?と確認しているとフロントおばちゃんが日本人だと教えてくれた。
おばちゃん曰く、日本人が多い、次に台湾人だと言っていた。宿泊客シニア女性(アジア人)はインドネシア人と言っていた。
チェック・アウト時間は12時だから、それ以降でないと部屋は替われない。

荷物をまとめフロントに預け、出掛けた。
セーン・セーブ運河のボートに乗り、西の終点バンファーまで行き、そこから歩いてワット・ポー、チャオプラヤ川を 13時ごろホワイト・ロッジに戻る計画を立てた。

パヤタイ通りの橋下からボートに乗り、終点バンファーで下船した。
大通りを民主記念塔に向かい、トリムック宮殿を左に見えた。
 

民主記念塔を南(左)に曲がり進むとワット・サケットが見えるところがあり、屋台が集まっていた。
屋台でなく丸いゆで釜がある食堂に入り、センミー(米粉麺)を頼んだ。
チキン切身&フイッシュ・ボーン入りセンミーが出て来た。うまい。チキン切身入りでB35(\110)安い。
食堂横の路地に台車に載った荷物が置かれていた。そこにおばちゃんが来て荷物を解きだした。組み上がったのは何とミシンであった。
歩道の端にミシンを置いて縫い物の注文を取っているのを良く見かける。
タイのおばちゃん達は、ちょっとした商売をする。ぐうたらな亭主が多いからだそうだ。
 

更に南に行くと大ブランコに出た、その横にワット・スタットがあった。
 大ブランコ
 

ワット・スタットに入ってみた。
西欧人グループが1組いただけで静かに拝観できた。
 ワット・スタット
  

大ブランコから西に向う、国防省と外務省のある1ブロックを通り抜けるとワット・プラケオ&王宮に突き当たった。
 ワット・プラケオ
  

ワット・プラケオ&王宮を右に見て南に歩くと右手にワット・ポーが見えて来た。
バスガイドがいたのでワット・ポーの入口(正門)を尋ねた。王宮に面した通りに正門があるそうだ。
ワット・ポーは多分4回目だと思うが正門から入った事がない。
タイ古式マッサージの総本山でマッサージ学校があり、そこでマッサージをしてくれるので何回か来たことがあり、マッサージ学校に近い入口から入っていたのだ。
王宮に面した通りは観光バスが多数駐車していた。正門から入りチケット売場でTHB100(\310)を払った。
ワット・ポーは観光客で一杯だった。
日本人も多い。小学校の遠足でタイの子供も多い。
 涅槃時
 
 涅槃仏(寝釈迦仏)
   

 
番号札をもらいマッサージセンター前で順番を待った事を思い出す。
当時これほど綺麗な建物ではなかった!!
 

ワット・ポー正門からチャオプラヤ川のター・ティアン桟橋は大変近い。ワット・アルンへの渡し舟とチャオプラヤ・エクスプレスボートの乗場が並んである。
ワット・アルンへの渡し舟に、近鉄日本ツーリストの旗を掲げた若い日本人団体が並んでいた。
彼らをかき分け進み、渡し船乗場脇の食堂に入った、チャオプラヤ川とワット・アルンを見ながら缶ビールを飲んだ。
 

ワット・アルンは1度だけ行ったことがあるが、近くから見ると造りが粗雑で、また登れないのでがっかりした。それからワット・アルンは遠くから見るものだと思っている。
それがワット・アルンを見ると、人が登っているのが見えた。
これは行かなければならない。
渡し舟の運賃THB3(\10)を払い渡った。
大勢が仏塔に登っていた。
  

仏塔からの眺め
 チャオプラヤ川上流と下流
  
 ワット・プラケオ&王宮とワット・ポー
  

渡し舟でター・ティアン桟橋に戻り、チャオプラヤ・エクスプレスボートを待った。
 ター・ティアン桟橋
 

チャオプラヤ・エクスプレスボートで下流のサトーン桟橋(タクシン橋)に向った。
若い日本人が多く乗っていた。
バンコクでこれほど多くの若い日本人を見かけるのは最近なかった。日本人シニアグループはどこでも見かけることがあるが!!!
韓国、中国に向っていた日本人観光客が東南アジアに向っているようだ。

スカイトレインBTSのサパーンタークシン駅からサラデーン駅で降り、タニヤ通りで遅い昼食を取った。
らーめん亭で五目麺とビール小にした。

15時ごろホワイト・ロッジに戻り、部屋を替わった。
案内されたのは、ロッジ奥から行ける隣の民家でファミリーの家と言っていた。
1階の空き部屋だ。長い間使っていなかったのだろう、シーツと枕カバーを外していった。
フロントで宿泊費THB500(\1,570)を払い、宿帳にサインした。

マーブンクロン・センターMBKの7階に安いインターネット・カフェがあるので夕食まで時間を潰した。
今日は、トムヤム・クンを食べよう。
トムヤム・クンとなれば、いつもスクンビット通りのナナにある小さなレストランで食べる。
今日もそこへ行こうとしたが、新しくレストランを見つけようと考え直した。
サイアム・スクエアに行けばあるだろと探した。
タイ料理店は探すのが難しい、ファーストフードやラーメン・日本食やBBQはよく目に付くがタイ料理が少ない?のか、私が気付かないだけなのか?
あきらめかけた時、見付かった。
トムヤム・クンとビール大にした。トムヤム・クンの味はどこも同じか? トムヤムの素があるのだろう。

缶ビールを買ってホテルに戻った。
缶ビールを飲みながら小説を読んだ。 

20時、就寝。

 
コメント

バリ島旅行 2月20日 バリ島出国&バンコクへ

2013年04月21日 | バリ島旅行 2013/02/06~
7時前、起床。

8時、バックパックを持ってフロントへ行った。空港への車を9時に予約しているが朝食後に出発したいと伝えた。通じたのだろうか???
朝食が終わって、フロントに行くとソファーにおっちゃんが座っていて、出発しようか?と声を掛けられた。運ちゃんであった。私の意志が通じていたのだ。
8時30分ごろ、出発した。
空港近くで渋滞した為10時過ぎに着いた。ウブドから1時間40分ほど掛かった。

バリ空港は新空港を建設中であった。人の流れにのって進んだ。
国際線乗り場まで結構歩いた。
手荷物検査を受けてチェックインカウンターに向かった。
エアアジアのチェックインカウンターには数人並んでいた。
機内持ち込み手荷物の重量制限をクリアした。冬物衣料で増えた分は、日本から持って来た文庫本を読み終わると捨てるので相殺されている。
搭乗券を受取り、イミグレーションに向かった。
出国審査の手前にブースがあり、Rs150,000取られた。出国税か? ビザ代US$25と合わせると\4,000弱も取られるのか。
出国時には、滞在先の通貨が残らない様にするが、今回はそれに失敗してインドネシア・ルピアがRs300,000(\3,000)も残ってしまった。
だから、出国税?が必要な事を知らなかったが、あわてる事無く支払えた。
しかし、出国税?を取る国も珍しい。空港使用料は航空券を購入時に支払うので、最近、空港で公共のために支払う事がなかった。
無事、出国した。パスポートのスタンプを確認、問題なし。
バンコクへの飛行機内で飲もうと缶ビールとペットボトル水を買った。
搭乗口に行くと列が出来ていたので私も並んだ。ゴミ箱が空のペットボトルで一杯だ??
ゲート入口がセキュリティ・チェックになっていた。折角買った缶ビールとペットボトル水が持ち込めない、文句を言うと飲め!!と言われた。
みんな必死で水を飲んでいた。私は、それプラス缶ビールを飲んだ。
意地でも飲んだ。搭乗口にセキュリティ・チェックを設けるとは反則だ!!!

搭乗が始まった、私の座席は最後尾であった。通路側の席で隣に大男が座っていた。これは最悪だ。
エアアジアのバンコク行きは12時ごろに出発した。
バンコクまで4時間掛かるのでリクライニングして寝ようとしたが背もたれが傾かない、背もたれは壁に接していた!!!
15時過ぎ、バンコク・ドンムアン国際空港に着いた。

無事タイに入国し税関を抜けると、ホテル案内所や観光案内所、両替所が並んでいた。
エアアジアは去年10月1日にスワンナプーム国際空港からここドンムアン空港に拠点を移し、その3週間後に私は利用した。その時は各案内所や両替所の数も少なく寂しい感じがしたが、今はその数も増え賑わっている。
前回サイアム・スクエアへの行き方を教えてくれたインフォメイション・センターを探したが見当たらない。BTSモーチット駅へ行く路線バスのナンバーを教えてもらおうと思ったのだ。
大きくインフォメーションとあったので「バスでモーチット駅に行きたい」と言うとタクシーで行けと言われた。これは駄目だ、商売人の案内所だ。

到着客エリアから出るとき、両側に迎えの人々が並んでいる、その後ろに案内所があった。
「バスでモーチット駅に行きたい」と言うとエアポートバスA1と返ってきた。エアポートバスが復活していた。
タクシー乗場の手前にエアポートバスA1が停まっていた。モーチットと言って確認して乗り込んだ。
エアポートバスと言っても路線バスを流用しているのだ。

30分ほどでスカイトレンBTSのモーチット駅に着いた。運賃はTHB30(\95)であった。
ナショナル・スタジアム駅までTHB35(¥110)で切符を買った。
サイアム・スクエア経由でナショナル・スタジアム駅で降りた。
ナショナル・スタジアム駅から見えるソイ・カセムソン1に行き、ホワイト・ロッジに向った。
ホワイト・ロッジは、1階のTHB600の部屋か3階のTHB400の部屋しか空いていなかった。
1階の部屋を見せて貰った、だだっ広い部屋で不満であったが仕方が無い。
明日は部屋を替えてくれと言って、この部屋にした。
パスポートを見せ、宿帳にサインしてTHB600(\1,880)を支払い、チェックインは終わった。

着替えて食事に出た。昼食を取っていないので腹ペコだ。
途中、マーブンクロン・センターMBKの北側にバンコク芸術文化センターがあり、その裏のパヤタイ通り沿いに両替レートの良い両替商があり寄って両替した。
1万円=THB3,200であった。去年10月に、ここで両替した時は、1万円=THB3,895であった事を思うと4ヶ月で21.7%も円安が進んだ。
これからの海外旅行の費用が20%以上高くなりそうだ。

マーブンクロン・センターMBKに行き、8番らーめんで冷麺とビール小を取った。
缶ビールを買ってホテルに帰ろうと、いつものセブンイレブンに行ったが改装中かトタンで塞がれていた。
これは不便な事になった!!!!
他にコンビニはないのかと100mほど行くとコンビニではないがあったので缶ビールを買って帰った。

20時、就寝。
コメント

バリ島旅行 2月19日 ウブド滞在

2013年04月18日 | バリ島旅行 2013/02/06~
7時過ぎ、起床。

今日は、ウブドから3kmほどのところに石窟寺院や岩壁の彫刻があるのでレンタサイクルで行こうと思う。
ウブドはアップダウンが多いのでレンタルバイクが主流だ、レンタサイクルは探さなければ見付からない状態だ。
バイクを借りたいが、日本でも運転していないバイクをここで運転するのは、どう見ても危険なので貸し自転車にしておこう。

11時過ぎ、レンタサイクルを探してモンキー・フォレスト通りを歩いた。
この通りは2車線であるが西側車線は駐車場にして一方通行になっていた。
西側車線にバイクに隠れる様にマウンテンバイクが3台置いてあった、持ち主が分からず、キョロキョロするとタクシーの客引きが持ち主のショップに声を掛けてくれた。
自転車を引っ張り出してブレーキ、タイヤの点検をして、ホテル名を聞かれRs30,000を支払って貸し出しOKであった。
出かけ様とすると何時に帰ってくると聞かれ、2pmと答えて出発した。

ゴア・ガジャという石窟寺院に向った。
レンタサイクルは10段変速なので少しの坂は大丈夫であるが、川を渡る時が大変だ。
橋までは下りだが橋からは上りになり、自転車を降りて押して歩く。
大通り横に大きな駐車場があった。
行って見るとゴア・ガジャの駐車場だった。地図では大通りから1本中に入った通りであるが???
人の流れに従い進むとチケット売り場があった。その先は土産物屋が並び、サンダル300円と日本語で呼び込みをしていた。
石窟寺院へはスロープを下る。
 

沐浴場があり日本人女性が写真を撮っていた。
  

洞窟入口には迫力のある愛嬌のあるレリーフが彫られている。
   

ゴア・ガジャは、ツアーコースに入っている様で観光客が大変多い。
日本人も数組見掛けた。
 

次に、イエ・プルという岩壁の彫刻を見に向かった。
ゴア・ガジャから約1kmとなっていたが、わかり難く、いや地図が間違っていたのだ。
住民に聞いたり、キョロキョロしていると教えてくれたり、Yeh Puluとある小さな道標を頼りにやっと着いた。
道は行き止りでテーブルだけのチケット売場があった。その手前に駐車場があった。
ガイドがいて、ガイドさせてくれと言われたが断わる。
水田沿いに遊歩道が整備されていた。
  

200mほど綺麗な水田風景を見ながら歩くと岩壁の彫刻が見えて来た。
彫刻は風雨にさらされ丸みをおびて見るに耐えない3流彫刻に見えてしまった。
  
入口に戻る時、入口のガイドに連れられたカップルとすれ違った、こんにちは!と挨拶された。日本人だった。

13時になっていた。
疲れたし、もう帰る事にした。

そろそろ、来る時に見掛けたトーテンポールの様な彫刻があるはずだが、なかなか現れなかった。
道路は広いし違う、やっと道を間違えている事に気付いた。
食堂があったので入った、取り合えずビールを注文してから道を尋ねた。
この道はウブドへ行くのか? No! マスへ行くのか? ここがマスだ!
これで現在地がわかった、西に向っているつもりが南に向っていた。
引き返す前に、この食堂で昼食にしようとミーゴレンを頼んだが、ここはバーベキューの店で鳥か、新メニューの魚を薦められた。
イカはないのかと聞くとあるとの事で頼んだ。
イカリングのフライが出て来た。普通に美味しい、日本で食べるイカリングフライと同じ様な味がする。
冷凍イカリングのフライか?????

15時ごろにウブドに着き、レンタサイクルを返しホテルに戻った。
私の部屋の両側の部屋に中国人が泊まっている様だ。朝までは西欧人だったが!!!
ハンガーに掛けられた洗濯物が吊り下げられているのだ。
私の部屋にはハンガーが4ヶしかないが、10ヶほど吊り下げられている。彼らはハンガーを持って旅行しているのか???
洗濯物越しに見るプールは興ざめだ。

ベッドに寝転んで小説を読んだ。
隣が帰ってきた。話し声が聞こえる。やかましい、いったい何人で泊まっているのか???

夕食にRice View RestaurantのRaiPasti'sに行った。3日連続だ。気に入れば、そこばかりに行く。
グリル・ミックスシーフードRs55,000とビール大Rs24,000を頼んだ。
ミックスシーフードはステーキ皿に載せて出て来た。ジューと焼きたてだ。
昨夜がピザを頼み失敗したが、今日のは正解だ。

夜、ウィスキーが飲みたくなってホテル隣のレストラン&バーに行った。
ウィスキーを頼むと無い様でビールにした。
スタッフが戸棚の奥からウィスキーを探し出した。半分ほど残っていたが、もういいと断わった。
ここはワインが主流の様だった。

22時、就寝。
コメント

バリ島旅行 2月18日 ウブド滞在

2013年04月16日 | バリ島旅行 2013/02/06~
水田風景

7時前、起床。

朝食に行った。
昨日と同じ物を頼んだ。
テーブルにツアー料金表が挿んであった。その中にウブド-エアポートRs200,000(\2,000)とあった。
最終日の前日に、空港に最も近いクタで宿泊する予定でいた。
しかし、今はクタよりウブドの方が良い。今回のバリ島旅行で感じたのはクタの観光地としての地位低下である。爆弾テロの影響だろう。
ウブドから空港まで通常1時間掛かり、余裕を見ても1時間30分だろう。
後はトータル費用だ。少々高くてもウブドで滞在しようと思っていたが逆に安くなった。

フロントに2泊延泊すると伝えに行った。
今日はフロントにはオーナーのシニア夫婦がいた。
2泊延泊とエアポートまでの車の手配を依頼した。
車は8時で頼むと、朝食が取れないと何時の飛行機か聞かれ、12時と答えると夫婦で相談して9時でOKと決まった。
領収書に宿泊費Rs400,000とトランスポートtoエアポートRs200,000とあり合計Rs600,000であった。Taxなしであった。
ルピアの所持金が足らなかったので「After!」と言うと、日本語で「あとから!」と返してくれた。

ウブド観光案内所へサンセットツアーのチケットを買いに向った。
途中で一昨日両替した店に寄って1万円を両替した。1万円=Rs1020,000。
残念ながら今のところサンセットツアー開催予定はは無い、もう一度13時に来いと言われた。必要人数が集まらないようだ。
仕方なく、インターネット・カフェで1時間ほど時間をつぶした後、昼食に行った。
昨日、中国春節の提灯を吊り下げていたレストランは、今日は提灯を取り外していた。
モンキー・フォレスト通りにアイスクリームを食べながら歩く中国人を多く見掛けた。
通りから路地を入ったところにレストランがあり、ミーゴレンとビール小にした。安い!!!

13時に観光案内所に行ったが、やはり人が集まらなかったのでサンセットツアーは開催されなかった。
5年前に行った事のある「ジャラン・カジェン発~田園地帯行き」の散策に向かった。
ウブド・ウォーター・パレスの東側にあるジャラン・カジェンを北上した。
 ジャラン・カジェン入口(右へ)
 
このカジェン通りは、作成者名が入った石畳(コンクリート)が敷き詰められている。
道なりに北へ進むと田園に出た。
  

5年前は田園風景にホテルは無かった。
 

あぜ道もコンクリート道になり、バイクが建設資材を運んで往復している。
 

ホテルを建設中である。田園の中にあるホテルとして売り出すのだろう。
 

田園風景を楽しみながら進むとコンクリートのあぜ道が地道になった。
 

用水路沿いに歩く。
5年前来た時はレンタサイクルで来ていて、地元民に自転車には決して乗るな、押して行けと注意された事を思い出す。
  

用水路に掛かる橋を渡ると3mの高さの段差があり、それを登ると水田風景が広がっていた。
上がったところが南北のあぜ道で、南に行くか、北に向かうか。
西欧人カップルが追い着いて来た。
どっちに行く?と聞くと、それより雨が降りそう!と返ってきた。
  

私は、南に向った。ウブドへの道だ。
少し歩いて振り向くと西欧人カップルは、細い農作業道を通り田園の中にいた。
  

小雨が降って来た。雨カッパを着るほどでもなかった。
あー、大粒の雨だ。
寺院があったので入った。こんな田んぼの真中に寺院があるとはラッキーだ。
 

30分も経てば雨も止むだろうと思っていたが、大雨だ。
寺院内が見る見るうちに水が溜まった。
座るとこらがないので立って小説を読んだ。
1時間が経ったが止みそうにない、小降りになっても、また強い雨になった。
空が明るくなって雨が止んだのは降りだしてから1時間30分がたっていた。
 

田んぼの水はあふれ、ホテルは冠水していた。
コンクリートのあぜ道は川になっていた。
  

レストランで雨宿りしていた西欧人夫婦がバイクで帰っていた。
西欧人老夫婦も出て来て、私の後を歩いていた。
コンクリートのあざ道は水溜りや川になっているので気を付けて歩いた。
後ろの老夫婦は大丈夫だろうかと時々振り返る。
振り返ると、水田とヤシの木の遠く後ろにアグン山が見えてきた。

ラヤ・ウブド通りに出た時には16時前になっていた。
 田園からの出口付近
 

サッカー場からアグン山が見えた。
バリ島は4度目だが、アグン山をまともに見ていない。今回もこの程度であった。
ロンボク島ギリでゆっくり眺望できると期待したが駄目であった。
 

ホテルに戻り、朝のフロントでの2泊延泊と空港までの車手配を確認した。
「あとから!」が8時間後になってしまったのでそれを確認してRs600,000を支払った。

昨日夕食を取ったRice View RestaurantのRaiPasti'sに行った。
何を食べよう!!! シーフードピザにした。
ここはピザ石窯の無いレストランだった、仕舞った。
ネパール旅行からロンボク島ギリとビザ石窯のあるところでビザを食べてきたが、まったく違うピザであった。

22時、就寝。 
コメント

バリ島旅行 2月17日 ウブド滞在

2013年04月13日 | バリ島旅行 2013/02/06~
プヌスタナン村での絵画

7時過ぎ、起床。

朝食は8時からなので8時過ぎに行った。
大変混んでいた。メニューもくれないので、ガイドブックを見ながら、今日はどこに行こうか考えて待った。
スクランブルエッグ、トースト、スイカジュース、コーヒーを選んだ。
コーヒーは、ここも薄いバリ・コーヒーが出て来た。やはり薄いコーヒーの方が旨い。
 

「モンキー・フォレスト発~絵画の村プヌスタナン行き」コースの散策に出掛けた。
ガイドブックの地図にはモンキー・フォレストの南側から南下しニュー・クニンへ、そこから北上してラヤ・ウブド通りに出るコースが書かれていた。
モンキー・フォレストのチケット売場でニュー・クニンに通り抜け可能か確認しようと尋ねると、向こうに道があると言っている。
そうじゃない、通り抜け可能かを知りたいのだ。次にニュー・クニンへのゲートがあるのか?と尋ねた。
入場料Rs20,000を払えば、通り抜けられると返答があった。
疲れる会話である。
モンキー・フォレストに入るのに入場料Rs20,000が必要なことは知っているし、どうせ見るべき物が無いとも感じていた。さらに通り抜けられなければ目も当てられないので確認したかっただけだ。
チケットを買い、入った。
鬱蒼とした森と野生のサルがいるだけだ。
 モンキー・フォレスト
  

南ゲートから出た。南ゲートから南下する車道が始まる。
モンキー・フォレストの西と南の外周にバイクが通れる道があり、モンキー・フォレスト通りから南ゲートに抜けられる。
ニュー・クニンへ南下する道沿いには、ゲストハウスや彫刻民芸品店、民家が並ぶ。
雰囲気の良いゲストハウスが多い。
 ニュー・クニンへの道
 

サッカー場があった。
今日は日曜日で子供達がゲームをしていた。
更に南下すると閑静な住宅街の雰囲気があった。
 

モンキー・フォレストから南下した道が東西に走る大通りに突き当った。
大通りを西に行く。
通り沿いには彫刻専門店が並んでいた。店先で彫刻をしている店もあった。
 

西に向って15分ほどで絵画の村プヌスタナンへの分岐点に着いた。
ここまでモンキー・フォレストを通り抜け約1時間掛かった。
 

絵画の村プヌスタナンへの道を北上した。
 

村中に民家か寺院か判断がつかない家があった。
  

村外れに出ると一面の青々とした田園風景を期待していたが期待外れであった。
稲が刈取られ、狭い田があるだけだ。田園風景を写真に取るのに苦労する。
 

すでに2時間近くを歩いている、大きなバンヤン樹のある寺院で休憩した。
ここから先は田舎道も終り、村中に入った。
ペインティング・ギャラリーが点在する様になった。
ここが絵画の村プヌスタナンだ。
数軒のギャラリーを見て歩いた。
 

プヌスタナン村を過ぎると川を越えるため少しアップダウンがあった。
それを過ぎると雰囲気の良いゲストハウスが並ぶ地区があり、ラヤ・ウブド通りに突き当った。
昨日行ったプリ・ルキサン美術館の前と通り、ウブド王宮前に着いたのが13時であった。
もう疲れてくたくただ。3時間も歩いた。

ウブド王宮の向い南側にウブド観光案内所があり行って見た。
パンフレットを置いている棚がすごい事になっていた。普通、パンフレットは整頓して並べられているが、ぐちゃぐちゃだ。その上に中国反体制派のチラシがあった。中国人がぐちゃぐちゃにしたのだろう。
案内カウンターに「Ubud Tourist Information」が置いてあった。A4紙のコピーで、伝統舞踊の公演予定表が載っていた。
曜日毎に公演グループ名、上演内容、場所、開演時間、料金が一覧表になっていた、これは便利だ、もらった。

腹が減ったし、ビールが飲みたい。
モンキー・フォレスト通りでレストランを探した。
中国人客がおり、中国の春節の提灯を掛けているレストランがあった。レストラン前でメニューを見ているとウエイトレスが近付いて来たので、提灯を見て「チャイニーズ」と言って店を離れた。チャイニーズの店か?という意味だ。
モンキー・フォレスト通りも今日は中国人が多く歩いている。
サッカー場の手前に雰囲気の良いレストランがあり入った。
シーフード・ミーゴレンとビール小を頼んだ。
中国人10人ほどのグループがガイドに引率され、レストラン前に現れた。ガイドがウエイトレスと話した後、出て行った。
食事をしていると、先ほどの中国人グレープがまた現れて、ガイドがウエイトレスと話している。値段交渉をしている様だ??
ウエイトレスに断わられて出て行った。
西欧人カップルがそのウエイトレスに尋ねていた、断われ!断われ!と言っている様だ。

インターネット・ニュースで読んだ事がある。中国の団体旅行は、現地旅行会社(華人経営が多い)のガイドが、場当たりにツアー客を連れ回し、客とトラブルが起きている。
今日の場合、昼食付きツアーでガイドが予算内に収める為レストランと交渉していたのだろう。場当たりにも関わらず客はまだ怒っていない!!!

ホテルに戻ってゆっくりした。
ウブド観光案内所でもらった「Ubud Tourist Information」があったので、今夜はどこのバリ・ダンサの公演を見ようかと探した。
モンキー・フォレスト通りのサッカー場隣にあるウブド・クロッド集会場でLegong Dance(レゴン・ダンス)の公演があるのでそれに決めた。チケットはその場で買えばいい。
明日の予定も「Ubud Tourist Information」に載っていたDaily Coach Tourにサンセット・ツアーというのがあった。
14時発タナロット寺院でサンセットを見るツアーで料金はRs130,000であった。
チケットを買っていないので、取りあえず明日午前中にウブド観光案内所に行こう。

レゴンダンスに行く途中でレストランに入った。
間口の狭い入口にメニューが置いていなかったらレストランと気付かない。
入口通路から中を覗くと水田が見えたので入った。
水田に面してテーブルが並んだ、横に長いレストランであった。
1人というと奥のソファー&テーブルに案内された。1段高くなっていて奥でも水田が良く見えた。
エビのグリルとビール大にした。
 
日本人もちらほら見かける。
隣の席には西欧人の子供連れの夫婦がいた。女の子が歩き回っている、何と可愛いんだろう。私の所にもいたずらしにきた。2歳ですか?と奥さんに声を掛けるとそうだった。

彼らが帰った後に、アジア人女性が座った。
日本人ですか?と話し掛けられ、話しても良いですかと聞かれた。当然OKである。
しかし、日本人とは思わなかった。
彼女が腕にタトゥーを入れていたので、変な事聞いて申し訳ないがそのタトゥーは消えるのですか、本物ですかと聞いてしまった。消えないとの事。
ビーチで西欧人の多くがタトゥーを入れているので、休暇で来ている時だけペインティングをしているのかと思っていたのだと話した。
とうに三十路は過ぎた女性で、タトゥーを入れているので日本人と思われない、それでも普通の会社員で3回/年ウブドに来ていると言っていた。
ウブドから空港までタクシー料金はどのぐらいか聞いた。確か\2,000ほどで協定価格がある様なのでホテルで聞く事を薦めてくれた。
最終日クタで泊まる予定だが、\2,000ほどであればウブドで泊まる方が良いと話すと当然そうだと言われた。
19時15分になっていた、慌ててレゴン・ダンスを見に行くと席を立った。

サッカー場手前のウブド・クロッド集会場に着き、チケットRs75,000(\750)で買って入った。
ここは屋内の舞台での公演であった。
19時25分近くになっているのに、まだ5人しか観客がいない!!
開演時間になっても15人ほどであった。
男性が舞台に現れ、各楽器についてガムラン伴奏が始まり開演である。
 

  

  

 

ガムラン伴奏で踊る伝統舞踊は音楽も良し、女性の踊りも良く「にらみをきかす」ところなど日本の歌舞伎と通じるところがある。
21時前に終わった。

22時、就寝。
コメント

バリ島旅行 2月16日 ウブドへ&滞在

2013年04月10日 | バリ島旅行 2013/02/06~
ケチャダンス

6時30分、起床。

今日は、9時発プラマ社のシャトルバスでウブドに向かう。

8時30分にフロントで2泊分Rs400,000(\4,000)を支払い、チェックアウトした。
10分ほどでプラマ社に着いた。
ウブド行きシャトルバスは、今日は無いと言う。
今日はクタからの客が1人もいないからだそうだ。
私は昨日確認に来ただろうと、ぶつぶつ!!!!
他社のバスが10時発にあるので電話してくれた。

ビーチ沿いにチケット売場があり、ウブドRs50,000となっていてプラマ社と同じなのを知っていた。それでも歩いて10分かかるプラマ社までわざわざ来てこれである。
5年前ならクタからロンボク島ギリに安く行くにはプラマ社シャトルバスしかなく、それ以外なら車をチャーターするより方法は無かった。
だが今は、高速ボート運営会社がバスも運行させているし、パダンバイから他社バスも出ている。客が増えたのは新規参入会社のお蔭である。運賃もリーズナブルになっている。プラマ社の影響が相対に低下している様だ。

10時まで1時間以上あるのでパダンバイの居住地区を歩いて見た、こんな所にもダイブショップがあるんだ。
小学校があった。朝ビーチ沿いの道を小学生が小さなバケツにビーチの砂を入れ各々に持ってなん往復も運んでいた。何に使うのかと学校を覗いたが分からなかった。
30分ほどで散策も終わり、小説を読んでバスを待った。

10時過ぎにワンボックスカー(ハイエース?)が来た、西欧人5人が乗っていた。
1時間ほどでウブドに着いた、助手席に座っていたスタッフ(地元民?)が降りた。
ここはウブドのどの辺りか?? 雰囲気の良いところだ。
西欧人おばちゃん1人が降りると言った。
他の西欧人が心当たりのホテルがあるのかと尋ねたところ、無いが大丈夫だと言って降りた。
おばちゃんは車の後ろをドンドンと叩いた、運ちゃんが気付いて荷物を降ろしに行った。
ワンボックスカーは発車した、この車はどこへ向かっているのだろう。通常、客の行くホテルまで送ってくてる。
モンキー・フォレストの前を通った、私はドンドンとボディと叩いた。前の女性が驚いた。
運ちゃんが気付き、私はここで止まれ!と言った。
驚いた女性にソーリーと言って下車した。

インターネットのホテル予約サイトで見付けた候補2ホテルの1つでPande Permai Bunglowsが、この近くにあるはずだ。
すぐに見付かった。
ファン&ホットシャワー、朝食付きでRs300,000との事。
予約サイトでは、\2,700であったので、Rs250,000と私は言って部屋を見せて貰った。
プールサイドの2階の部屋であった。
天井ファンは金属製のアンティークなファンで、部屋は古いがきれいにしていた。
部屋を見終わって、私はツー・ハンドレット(Rs200,000)と言ってフロントに戻った。
あの部屋で泊まる事にした、スタッフが領収書を書く時要求通り宿泊費Rs200,000になり、ただしTax10%はお願いしますとの事で2泊分Rs440,000(\4,400)を支払った。
  

12時前になっていた。カメラだけを持って出かけた。
モンキー・フォレスト通り(ジャラン・モンキー・フォレスト)を北上した。
タクシーの勧誘が多い、通りを歩いているとA4紙ほどの大きさにTAXIと書いたのをかざす。無言で手に持って掲げる者、声を掛けてかざす物、いろいろいた。

先ほどホテル代を払ってインドネシア・ルピアが無くなった、昼食代もない。
店前に各国の通貨別にレートを書いたボードが置かれている、両替レートをリサーチしながら歩く。
インターネット・カフェに寄りルピアの為替レートを検索すると、1万円がRs1035,000であった。
それを参考に両替屋を探した。ウブド王宮&ウブド市場に近付くほどレートが良かった。
土産物屋の円レートが良かったので入った。店の人にマネー・エクスチェンジ、ジャパニーズ・イエンと言って1万円札を見せると電卓に1030(Rs1030,000)と打たれた。
店前のボードと同じだ、両替した。

南北に走るモンキー・フォレスト通りが、東西に走るラヤ・ウブド通りに突き当る。この2つの通りがウブド中心地である。
この通りが突き当るところにウブド王宮があり行ってみた、見る物がない、ほとんど中へ入れないのだ。中国人が記念写真を取っているだけだ。
ラヤ・ウブド通りは中国人で溢れんばかりだ。
プリ・ルキサン美術館に行こうとラヤ・ウブド通りを西に行った。
途中、レストランに入った。ここも中国人に占拠されていたが、他に見当たらなかったし13時になって腹ペコだったので入った。
隅の方に西欧人カップルがいたのでその隣のテーブルについた。
ミックス・ミーゴレンとグラスビールを頼んだ。
 

ウブド王宮から300mほどでプリ・ルキサン美術館が突然現れた。
地図ではラヤ・ウブド通りから北に入ったところにあるが、ラヤ・ウブド通り沿いに美術館の割れ門があったのだ。
 

割れ門をくぐると広い駐車場があり、その奥にチケットカウンターがあった。
チケット代Rs40,000(\400)を支払うとチケットと日本語のパンフレットを渡してくれた。いつも感心するが日本人だとよく分かるものだ。
蓮池のある庭の回りにギャラリーI、II、IIIと建物が3つある。
戦前の1930年からの絵画や木彫り作品が年代別に展示していた。
初期の絵画は細かいところまで繊細に描かれ、作家の年齢が18歳のときの作品が多く見られ驚いた。
 

モンキー・フォレスト通りに戻る途中、小さな門前にテーブルがあり、バリ・ダンスのパンフレットを置いていた。
パンフレットを見せられ、ここでレゴン・ダンスがあると言っている。
ここ? 入り辛い雰囲気で入ってもいいか聞いて入ってみた。
左手にレストランがあり、正面がウブド・ウォーター・パレスであった。
レストランの名前はカフェ・ロータスで蓮池に沿ってテーブルが並んでいる。
 ウブド・ウォーター・パレス
  

入口のテーブルに戻り、何種類かのパンフレットを選って貰おうとするとチケット、チケットと言われた。
チケット?? 意味が分からない? 
パンフレットのコーナーを見ると、もぎ取り用のミシン目があり、TICKETとあった。
パンフレットとばかり思っていたらチケットも兼ねていたのだ!!!!
KECAK FIRE & TRANCE DANCE(ケチャ&トランス・ダンス)を選らんで、料金Rs75,000(\750)を支払った。
7,30pm開演で料金もリーズナブルであり驚いた。

場所を確認しておこうとラヤ・ウブド通りを王宮を通り越して向った。
中国人が多い。ウブド市場向いのアイスクリーム屋が中国人で占拠されていた。
あれでは他国の観光客は近付けない。
ラヤ・ウブド通りから北に向かう道があり、そこでも地元民がチケットを売っていた、おばあちゃんも通りに出て売っている。
場所はこの先かと確認して戻った。
モンキー・フォレスト通りは、中国人も歩いているがラヤ・ウブド通りほどではない。中国人はアイスクリームが好きなのか、食べながら歩いている。

夕方までホテルでゆっくりした。
プール脇の全部屋は西欧人シニアが泊まっている。
ベッドで横になっていると隣の部屋前のテーブルでの話し声や椅子の移動音が丸聞こえだ。
しかし、部屋に入ったのだろう、静かだ??? 

ケチャ・ダンスの開演の前に夕食を済ませようと出かけたが、出る時間を誤って食事が取れず、中途半端な40分前にタマン・カジャ村のダレム寺院に着いた。
地元民が正装して受付にいた。
公演は何時間あるのか尋ねると1時間50分との事。日本語のパンフレットをくれた。
まだ時間があるので近くでビールを飲んでくると言うと、入口のばあさんを示した、桶に飲み物を冷やしていたのだ。
ビール小Rs20,000を買って、入口の階段に座って飲んでいると入場しろと言われた。
入場が始まり、私と西欧人シニア夫婦が座っていると、片づけが終わったのか?おばちゃん連中が現れて良い席はここよ!と言って入口から出て言った。
私達はすぐに座席を移った。その席からの全景である。
 

開演時間が近付くと観客も増えてきた。
ビール大瓶を持って入ってくる西欧人もいる。私もビール小をもう1本買った。
日本人をちらほら見かけた。
昼間の中国人が大挙して来たら・・・!と思っていたが、来なくて良かった。
  

舞台に火がともされ開演を待つ。
  

大勢の男性が現れ円陣を組み、体を前後左右に揺り動かし合唱を始めた。
 

いろいろ登場人物も変わり、2時間弱の公演は短く感じた。
  

  

9時30分ごろに終わってタマン・カジャ村のダレム寺院を出た。
食事をしていないので腹が減った。しかし、レストランは終わっていた。
モンキー・フォレスト通りの宿泊しているホテル付近は店も閉まって暗くなっていた。
ホテル横のバーが開いていたので、ミーゴレンとビール大を取った。オープンしていて助かった。

23時、就寝。
コメント

バリ島旅行 2月15日 パダンバイ滞在 (バリ島)

2013年04月08日 | バリ島旅行 2013/02/06~
7時過ぎ、起床。

部屋前のテーブルに置いてあったメニューを見て、トースト&オムレツ、パパイヤ、コーヒーはバリ・コーヒーがあったのでそれを選んだ。
朝食オーダーを紙に書いて持って行った。
部屋前のテーブルに届いた、オムレツ&トマトのトーストサンドイッチ、バリ・コーヒーは薄いコーヒーでこれが旨い。昨日まではストロングなバリ・コーヒーであったが、薄い方が私の口に合う。

ホテル前のビーチの縁台に男達がやって来た。リヤカーの準備をした。
8時30分ごろのビーチ沿いの道は、まだ静かだ。
  

間もなく、マイクロバスが着いて、バックパックやキャリーバックをリヤカーに積んでいた。客は、2階のレストランに上がっていった。
続いて、バスが2台着いた。きょうは客が多い。
9時過ぎにレストランから客が降りてきた、手にはパックに入ったサンドイッチを持っている。
リヤカーにいっぱい荷物を積んで桟橋に向かって行った。

9時30分に次々と高速ボートが出発して行った。
昨日、ギリから乗ってきたMarina Srikandiの高速ボートも出て行った。
 

午前中は、部屋前のテーブルで小説を読んだ。
昼食はナシゴレン(焼き飯)とビール大にした。ナシゴレンがもうひとつ旨くなかった。
天井ファンの心地良い風で昼寝した。

夕方、プラマ社オフィスに明日朝のウブド行きシャトルバスを確認に行った。
明日9時発ウブド行きに乗ることを伝えた。
プラマ社の横に南に向う道があり、丘の峠が見える。
これを行けばビーチに行けるらしい。
ホテル前のビーチ沿いにパダンバイの簡単な地図が掲示板になっていた。それによるとビーチがある。
ゆっくり歩いて峠を越えた。峠までは民家やゲストハウスが並んでいたが峠を越えると民家が点在するだけだ。
野良犬がやぶから出て来た、犬が私を避けて行ったのでよかったが、恐い。
道が別れていた、どちらへ行けばいいのか?
バイクの音がした、若い女性がバイクに乗ってやって来た。
ビーチへはどちらに行けばいいのか?と尋ねると、バイクの後ろに乗れと言われ、来た道を戻って送ってくれた。
行き止りに多数のバイクが停めてあった。
西欧人青年2人がビーチから上ってきて、バイクで帰っていった。
バイクの女性が、パダンバイ中心地へはビーチから山道がありそれが近道だと言っていた。
ビーチへは行かなかった。登ってくるのが辛かったし、夕方の時間帯だったのでやめた。
ここまで来たが、まったく景色が悪い。仕方なく戻った。

部屋の前で小説を読んでいると若い女の子のスタッフ10人ほどが一斉に出て来た。この時間帯になれば仕事が終り帰るのだ。バイクに乗って帰っていった。
このホテルは多くのスタッフを雇っている。
彼女達は、まず朝は、朝食作りや木に咲く白い花を竿で採ることから始まる。
白い花はお供え物に使われる。お供え物はホテルの各祠は当然、あらゆるものにお供えする。バイクや自転車までお供えする。私達がよく目にするのは玄関の地面である。日に何回もお供えする場所もある。その数は半端な数じゃないと思う、多分彼女達が作っているのだろう。
メインの仕事は掃除だ。

2階のレストランで夕食を取っていると中国人中年女性2人と西欧人シニア男性が隣のテーブルに座った。
中国人同士で話していた、中国語はかん高く耳障りである。
しかし、西欧人とは英語で話すのでそうでもない。小声で話している様だ。

21時、就寝。

 
コメント

バリ島旅行 2月14日 パダンバイへ(バリ島)

2013年04月06日 | バリ島旅行 2013/02/06~
7時過ぎ、起床。
朝食後、ATMでeバンクカードを使いRs1500,000を引き出した。(後日調べるとATM使用料が\500程度であった。バンコクでの使用料は\450である。)
その後、バダンバイ行き高速ボートのチケットを買いに行った。
シュノーケリング等の小さなチケット売場があるが、バダンバイ行きはどこで買えばいいのか?
昨日見掛けた高速ボートが停泊していた辺りに、MARINA SRIKANDIのチケット売場を見付けた。
10時30分発と15時発の2便があり、料金はパダンバイ経由クタまでRs300,000とのこと。
明日パダンバイへ向かうつもりが、急に思い立ち今日行く事にした。
今9時30分なので10時30分発は無理だ、15時発で行こう。
15時発のパダンバイまでのチケットを頼むと、Rs300,000と言われ、パダンバイまでの料金がクタまでと同じかと文句を言うとRs275,000(\2,750)にしてくれた。
14時にここに来いと言われ、チケットを受取った。

チェックアウト時間が12時だと思っていたが確認すると11時との事、あまり時間がない。
滞在中、荷物をひろげ過ぎ、バックパックにパッキングするのに時間が掛かった。
特に小物は定位置に入れなければ、行方不明になる。

11時前に、宿泊費3泊分Rs600,000(\6,000)を支払いチェックアウトは終わった。
高速ボートの集合時間14時まで3時間ある。どう過ごそうか?
取りあえず、インターネット・カフェに入った。
12時過ぎになって昼食のためレストランを探した。
ついでに、チケット売場の集合場所を確認しようとしたが見付からない。
小ぢんまりとしたレストランがあったので入った。

座敷のある東屋があり、その前にテーブルが並ぶ。客は西欧人カップルだけだった。
シーフード・ミーゴレンとビール大を頼んだ。
中国系インドネシア人家族8人が東屋に入った。更に西欧人8人グループがテーブルに付いた、そして西欧人カップルが入ってきて満員になった。
大変繁盛しているレストランであった。
食べ終わって、満員で居心地は悪いが14時ごろまで小説を読んでねばった。

小さなチケット売場がたくさんあり、集合場所の記憶もあまりなく、心配していた通り分からない。
地元も人にチケットを見せて尋ねて、ようやく着いた。
チェックインという言葉にチケットを渡すと台帳に名前を記入して半券をもぎ取って返してくれた。
後は待つだけだ。15分ほど経つと高速ボートがビーチに接岸したのが見えた。
乗客がバックパックを担いで動き出したので、私もついて行った。
高速ボートは船首をビーチに着けて泊まっていた。
船首の先端にハシゴを掛けて、乗客が降りている。
乗船が始まった。
船上のスタッフにバックパックを渡し、ハシゴを上った。
雨が降りそうだったのでデッキには行かずに船内に入った。
14時40分出発した。客が揃えば定刻より早くても出てしまうのか!
 

20分ほどでギリ・アイルに着いた。
ここはギリ・トゥラワガンよりも静かそうだ。
 

次に30分ほどでスンギギに着いた。
  

ロンボク海峡を高速ボートは猛スピードで走った。
このボートは、5日前パダンバイの桟橋で見たスズキの船外機が8台付いているタイプか?
1時間ほどでバリ島沿岸をボートは走った。
 

16時50分にパダンバイの桟橋に着いた。ギリ・トゥラワガンから2時間10分であった。
5日前まで泊まっていたKerti Beach Bongalow'sに向った。
隣の部屋に泊まっていた西欧人老夫婦がまだ宿泊していて、旦那さんと視線が会い、お互いにオーと驚いた。
スタッフも前回泊まった部屋が空いているのでチェックインは後でいいとの事で、部屋に入りシャワーを浴びて着替えてからチェックインした。

まだ、17時過ぎであったがビールが飲みたくてKerti Restaurantに行った。
急な階段を上がり入った、客はまだいない。
今日もまたイカのグリルとビール大を頼んだ。
イカ串焼き、ポテトフライ&サラダが出て来た、旨かった。
トータルRs66,000(\660)と安くて旨いレストランである。ガイドブックの地図には、Kerti Beach Bongalow'sは載っていないがKerti Restaurantは載っている。

夕日が沈むまでビーチにいた。
部屋で小説を読んでいて寝てしまった。激しい雨が降っていた。

いつもなら寝ている21時ごろにビールが飲みたくてレストランに行った。
ビールだけと言って急な階段を上がった。
この時間帯のほうが客が多いのだ。
レストランのスタッフも私を覚えていて歓迎された。

23時、就寝。

 
コメント