いつか海外暮らし!

旅行が好きで若い頃は国内旅行、今は海外旅行、いつか海外で暮らしたい。

スリランカ旅行 10月10日 ダンブッラ、シーギリヤへ

2010年11月28日 | スリランカ旅行
6時起床。
荷物をまとめ、バックパクに詰めた。
朝食が終われば、いつでもチェックアウトできる様にして、7時30分にレストランに行った。
トースト、オムレス、、ジュース、パパイヤ&パイナップル、今日はコーヒーにした。
食後、チェックアウトした。
2日間の宿泊費と夕食代&ビール代で締めてRs.8,255(6,230円)であった。
トックトックを呼んで貰った。
一昨日の貸し自転車屋が来て、携帯電話で話している。
貸し自転車屋だと思っていた男は、携帯電話1本で何でも手配する手配師か?
間もなく、トックトックが来た。
バスターミナルまでの運賃は、トックトックの運ちゃんと交渉しろとの事で聞くとRs.500と言う。
交渉でRs.300(230円)から下がらなかった。
距離からRs.200が妥当な運賃だが、ホテル&手配師と入れば仕方ないか!
8時30分ごろバスターミナルに着き、9時に出発した。混雑している。
旧市街のバス停では、乗れない人もでた。
バスターミナルまで行ったお蔭で座れている。
10時45分ごろダンブッラに着いた。
トックトックの運ちゃんに声を掛けられ、ダンブッラ・レストハウスまで運賃を聞くと、Rs.100との事。
リーズナブルな運賃で一発OKでこのトックトックに乗った。
運ちゃんの知っているゲストハウスG.H.に連れて行かれたが、ダンブッラ・レストハウスへ行けと指示した。
ダンブッラ・レストハウスに着くと西洋人団体がいた。
フロントで部屋が空いているか聞くと満室で駄目であった。満室で断わられる事は稀有な事だ。
ダンブッラで、そこそこのホテルはダンブッラ・レストハウスだけである。
トックトックの運ちゃんが、静かなゲストハウスG.H.があるとの事で行ったが、田んぼの中のG.H.でホットシャワーが無いので断わる。
運ちゃんにホットシャワーのあるG.H.はダンブッラには無いと言われた。
ガイドブックにホットシャワー付き部屋がある事になっているヒーリー・ツーリスト・インに行って貰った。
ヒーリー・ツーリスト・インは、最初に運ちゃんに連れて行かれたG.H.であった。
はじめに案内された部屋は、水シャワーで、ホットシャワー付き部屋を見せて貰い、Rs.2,000(1,520円)でOKした。
古く暗い部屋でRs.2,000は、高いと思うが、値段交渉が億劫になってきたので簡単にOKしたのだ。
ただし、2泊の予定を1泊のみにした。そこそこのホテルであれば2泊して、ゆっくりするのだが!!
予定変更、今日午後、シーギリヤに行き、明日朝、ダンブッラ石窟寺院を見て、その足でキャンディに行く事にした。
部屋にバックパックを置いて、シーギリヤに行く事にした。
運ちゃんに、シーギリヤまでいくらか?と聞くと、Rs.600(455円)との事。
運ちゃん曰く、ローカル・プライス、安いと言いたい様だ。
決して吹っかけていないのでOKした。ただし、つり銭を持っているか確認した。
トックトックは、ガソリンスタンドに寄り、ガソリンを入れた。その時、スタンド・スタッフに両替を頼めと言われRs.1,000札を両替して貰った。

12時前にシーギリヤに着いた。ダンブッラから45分ほど掛かった。
運ちゃんに帰りも乗らないか、2時間、ここで待つと言われたが時間に拘束されるのが嫌で断わった。
チケットは持っているのか? チケット・オフィスは、後ろにあると教えてくれたが持っていると言って別れた。
メイン・ゲートのチケット・チェックで周遊券を見せ、蓮の水路(堀)を渡った。
今日は、日曜日でスリランカの家族連れや若者グループで混雑していた。
木々の中にシーギリヤ・ロックが見えて来た。


 水の広場からのシーギリヤ・ロック


頂上まで高さ180mを階段で始まった。
 シーギリヤ・ロックへの登り口


階段を登り高度を上げて行くとミラー・ウオール(濃いベージュ色)と美女のフレスコ画への螺旋階段が見えて来た。
 ミラー・ウオールと美女のフレスコ画への螺旋階段


螺旋階段を登った。鮮やかな色彩と妖しい姿態の美女の壁画が残っていた。
写真撮影時のフラッシュ禁止であった。スタッフが監視していた。
 美女のフレスコ画


螺旋階段を降りる。
螺旋階段はフレスコ画を見に行く為の階段であった。
ミラー・ウオールは、絶壁をトラバースする只の通路だと思った。
絶壁を横切ると広場に出た。ライオンの足が門となった登り口がある。
 ライオンの入口


急な階段を一歩一歩登った。
やっと頂上に着くと座り込んでしまった。
頂上から360度見渡せる。
ここからの絶景を見て疲れも取れる。
 頂上からの眺望


こんなロックの頂上によく宮殿を造ったものだ。狂気の王が造ったそうだ。
 王宮跡


 王のプール


帰りはライオンの入口までは、来た道を引き返した、ただし下り専用階段で降りる。
ライオンの入口から絶壁を横切るのではなく、下り専用階段でひたすら階段を下った。
麓の木々の中を登り口に向かった。
蓮の水路(お堀)の写真を撮りたくてメイン・ゲートに向かった。
来た道を戻り、水の広場で写真を撮った時、デジカメの電池が切れた。
いつもなら、予備の電池を持っているが、補給し忘れ持っていない。残念!!!

しかたなく、お堀の側を歩いてバス停に向かった。
バス道が見えて来た。
今、14時だ、若いスリランカ青年2人が私を追い抜いて行った。
彼らがバス道に着くと同時にバスが来た。
私は、100mほど手前だ、バスに乗れなかった。
彼らが乗った所はバス停ではない、そこから100mほどにシーギリヤ・レストハウスがあり、その前がバス停である。
バス停を通り越し雑貨屋に入り、コーラーを飲んだ。
乾電池単三を売っていたので買った。
次のダンブッラ行きバス時刻を聞くと15時との事。
お堀まで行くのは遠いのでシーギリヤ・ロックが見えるところまで行って写真を撮った。

バス停に行くと、「From?(どこから来た?)」、日本と答えた。
スリランカでよく話し掛けられるのは、「From?」である、「Where are you from?」を単にFrom?と声を掛けてくる。
毎日放送のテレビ番組「ちちんぷいぷい」に「道案内しよう!」と言うコーナーがあり、大阪駅前で道に迷っている外国人との会話で、同様に「From?」と聞くと外国人は国名を言ってどこから来たか答えている。
それとまったく同じであった。「From?」で通じる。
現地の人がバス待ちで座っている女性は日本女性だと教えてくれた。
日本の方ですか?と声を掛け、日本のどこからですか?と聞いた。
大学院生でインターンシップでコロンボのJICA(国際協力機構)に1ヶ月いるとの事。
残り1週間の滞在で、日曜日の今日、はじめての観光にシーギリヤを選び、日帰りで来たそうだ。
スリランカでは、JICAが活発に活動している様だ。私もJICA関係者と間違われた事がある。
バス停にいたトックトックの運ちゃんが、ダンブッラまでトックトックで行けば早く着くから2人で乗らないか誘って来た。料金は、Rs.600と言っていた。来る時と同料金で協定価格がある様だ。
時計を見ると15分待てばバスが来るので断わった。
ダンブッラ行きバスが来て乗った。
就職活動が大変ですね!と話すと、就職が決まらず、院生になり今回インターンシップに逃げ込んでいると話していた。
私達の時代も、ドルショック&石油ショックで就職が決まっても自宅待機があったり、仕事が無く掃除ばかりしていた時期があった事を話した。
バスは45分ほどでダンブッラのバス停に着いた。時間的にはトックトックと変われない。
ここで別れ、私は、ヒーリー・ツーリスト・インまで2kmを歩いた。

 ヒーリー・ツーリスト・イン付近 

本来ならバスターミナルがあるのだろうが、コロンボ、クルネーガラ行きバス停は、道路沿いにある。私には、どこがバス停かわからない。
すぐに時計台があり、右斜めにコロンボ、クルネーガラへの国道が分かれていた。
まっすぐに進んだ。国道の反対側を同じ方向に西洋人男性が歩いていた。
バスターミナルがあり、キャンディ行き乗場を捜したが無い、案内所で尋ねると案内してくれた、それは国道であった。バスターミナル内にバスが入る事無く、バスターミナル前がバス停であった。
更に歩くと野菜を積んだトラックが大渋滞していた。それは野菜マーケットまで続いていた。
ヒーリー・ツーリスト・インに着いた、バス停から30分ほどであった。

玄関の椅子に男性が座っていた、日本語で話して来た。G.H.のスタッフか?
ビールを頼み、フロントのソファーに座った。
ビールを飲みながらスタッフと日本語で話した。
野菜を積んだトラックで渋滞していたと話すと、これから野菜マーケットがオープンし朝まで取引をするそうだ。この一帯(ポロンナルワも含む)の野菜がここに集まるそうだ。
西洋人男性が戻って来て、私達の話に加わった。彼は先ほど道路の反対側を歩いていた男であった。
フランス人でタイに行く途中でスリランカに寄ったそうだ。
タイのチェンマイに奥さんがいてネールサロン?をしていて、そこへ行くそうだ。奥さんの単身赴任か?
遺跡には興味が無いらしく、東海岸のトリンコマリーに小さなビーチがあり、明日、そこに向かうと言っていた。
ガイドブック「地球の歩き方」の地図を出してトリンコマリーを捜していると、「地球の歩き方」に興味を示し、渡すとぱらぱらと見て写真が多いんだと言っていた。
私は、この本が無ければ海外に行けないと言った。
日本人以外は「ロンリープラネット」を持っている事が多い。
「地球の歩き方」と「ロンリープラネット」の違いは、情報量に関していえば「地球の歩き方」は足元にも及ばないらしい、しかし「地球の歩き方」は写真が多い。
G.H.の奥さんが夕食は隣で食べてくれといって来た。今日は日曜日なので仕事がしたくないのか???

部屋に戻り、シャワーを浴びた。
湯沸かし器からお湯が出るが、いたるところから洩れ出た。湯が出るだけでもましか!!!
少し休憩した後、夕食に行った。
奥さんが隣で食べてくれと言っていたが、隣に何があるのか?
外国人向けの大きなレストランであった。
西洋人親子、娘&父親が食事をしていた。
ビールとスパゲティを頼んだ。
ウェイターに聞くと、ここはホテルだそうだ。ここに泊まれば良かった。

20時に寝た。
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スリランカ旅行 10月9日 ポロンナルワ滞在

2010年11月25日 | スリランカ旅行
6時起床。
7時前にレストレンに行ったが、まだ開いていない。
しかたなく散歩に出た。
国道に出て見た、バスターミナル方面に歩くとガソリンスタンドの横にバス停があった。
ハバラナ方面行きのバスを待つ客が大勢いた。
明日、ハバラナ経由でダンブッラに行くがこんなに混雑しているのか!!
小さな雑貨屋の前を通ると細長い箱が積まれてのに気付き、これは、何か?と聞くとツースペーストとかえってきた。
やっと練り歯磨きを手に入れた。Rs.55(42円)
昨日まで、歯ブラシだけで歯磨きをしていたが練り歯磨きも使える。
ホテルに戻り、朝食を取った。
トースト、スクランブルエッグ、ジュース、パパイヤ&バナナ、紅茶であった。
スクランブル・エッグに味がない!!!
毎日同じであるが飽きない。しっかり食べた。

8時前にホテルを出て、遺跡地区入口に向かった。
ママチャリで国道の側道をハバナラ方向に数百m走り、入口に着いた。
開閉バーがあり職員がいて、チケット・チェックをしていたので周遊券を渡した。
ゲートから真直ぐ地道を行くと南北の地道に突き当たる。
右に曲がると城壁があり、昔、門があったのだろう入口を入る。
木々の中を進むと駐車場の様な広場に出た、そこから宮殿跡が見えた。
 宮殿跡

7階建ての建物だったそうで、今は3階の壁しか残っていないらしい。
どんな建物だったのか想像もつかない。
この一帯を歩くと、東の城壁の外に沐浴場があった。その横に売店があり用水路沿いの一般道に繋がっていた。ここから入れるではないか??
 沐浴場


沐浴場の北に閣議場の跡があった。多くの石柱が残り各大臣の名が彫られているそうだ。
 閣議場の跡


遺跡地区入口からの道まで戻り、北に直ぐのところにアンコールワットで見かける寺院とよく似たヒンズー教寺院があった。
 シヴァ・デーワーラヤNo.1

寺院奥の部屋にリンガがあった。
四角形の石を石積みしているだけの壁は、すき間があき崩れ掛けていた。クスコのバターナイフで切ったような多面体の石を石積みしていたら崩れないのだろうと思い巡らした。

更に進むと直ぐにクワドラングルが見えた。

トゥーパーラーマが南入口との事で、そこから入ろうと思っていたが、入口がない。
運ちゃん付き客は、シヴァ・デーワーラヤNo.1から木々の中を歩いていた。
戻って私もそうしょうかと思ったが、見学後、そこまで戻らなければないので止めた。
売店が並ぶ広い駐車場に出た、その前にクワドラングルへの階段があり、そこから上がった。
クワドラングルは、シンハラ王朝時代に仏歯寺があったところで仏教の中心地であったそうだ。
 ワタダーゲ 


 ハタダーゲ

先ほどのヒンズー教寺院の石積みが崩れかけっていたが、ここハタダーゲの壁には、6面体の石が使われ石積みされ、その為か崩れはなかった。

 小仏像とアタダーゲ


 ラター・マンダパヤ


 トゥーパーラーマ


 ガルポタ


北に300mほど行くと十字路に出る。そこを右に曲がって悪い地道を400mほど行くとタミル人が建てたシヴァ・デーワーラヤNo.2があった。
 シヴァ・デーワーラヤNo.2


シヴァ・デーワーラヤNo.2の横が城壁になっていた。
城壁は、この辺りが北端と東端で、南に約1,700m、西に800mを囲んでいたが、良い保存状態で残っているのは、この辺り北部だろう。
 城壁


十字路からシヴァ・デーワーラヤNo.2に来る途中の右手にパバル・ヴィハーラがある。
 パバル・ヴィハーラ


十字路に戻り、北上を続け城壁門跡を通り抜けると木々と道の両側に遺跡基壇が続いた。


城壁門跡から700mほどで大きな仏塔が見えて来た。ランコトゥ・ヴィハーラである。
ママチャリを降り、階段前で靴を脱ぎ、靴は階段下に置いておいた。
裸足で仏塔の周りを歩き、写真を撮っていると西洋人女性とガイドがやって来た。
彼らは、手に履き物を持っていた。置いておくと野猿に持って行かれるのか???
そうではなかった、北方向に通り抜けるのでサンダルを持っていたのだ。
 ランコトゥ・ヴィハーラ




ランコトゥ・ヴィハーラから北方向に通り抜けると遺跡の中の雰囲気の良い通りが続いている。
ママチャリで入っても良いのか?
靴とママチャリを取りに戻ると、その方向に木々の中をバイクが入って行くのが見えた。
私も自転車で後に続いた。


この通りはランカティラカやキリ・ヴィハーラに続いているが300mほどでT字路に突き当たった。
突き当りには階段があり徒歩では通行できる。
ママチャリを担ぎ上げ様かと思ったが止めて戻った。
通りの途中でアイスクリーム売りに会い、自転車で通り抜けられないのか聞くと抜け道はあるそうだ。
仏塔のランコトゥ・ヴィハーラまで戻り、道路を北上した。
ランカティラカやキリ・ヴィハーラがありそうなところに進入路があったので、自転車を置いて歩いて進んだ。
沐浴場があり、階段を上がるとランカティラカが見えた。
 ランカティラカ


ランカティラカの隣に木々の間から仏塔が見えた。キリ・ヴィハーラである。
 キリ・ヴィハーラ


ランコトゥ・ヴィハーラからからランカティラカ&キリ・ヴィハーラは、綺麗に整備された遺跡公園の様になり雰囲気の良い散策コースである。

北に進んでいた道路が西に曲がるところに池が見え、その先にガル・ヴィハーラがある。
自転車で前まで行った。チケット・チェックがあった。
靴を脱ぎ、裸足で歩くが砂地の地面が熱い。慌てて影に入る。
涅槃像、立像、坐像の3体の前で拝んだ。
 ガル・ヴィハーラ


道路に戻り少し行くと多くの売店が並んでいた。
休憩の為、寄ってコーラーを飲んだ。
西へ直進すれば出口であるが、右折して北に向かった。
これまでは、ほとんど平坦な道路であったが、この道は自転車では少しきつい。
道路から100mほど入ったところに、ぽつんと蓮の池があった。
 蓮の池


更に北上すると坂道がきつく、自転車を押して歩かなければならなかった。
ティワンカ・ピリマゲ寺院で道は終わった。
ティワンカ・ピリマゲ寺院は工事中で、ここまで来た甲斐が無かった。
 ティワンカ・ピリマゲ寺院


これで、ポロンナルワ仏教遺跡巡りが終わった。
12時30分ごろ、ホテルに戻った。
8時前にホテルを出たので、約4時間の遺跡地区巡りであった。

シャワーを浴び、ビールを頼んだ。
ビールを飲みながら本を読んでいると寝てしまった。
4時ごろ目覚めた。また、本を読んだ。
昼食を食べていないが夕食まで辛抱できそうだ。
夕方、夕日が見られるかも知れないと思い、湖の様なパラークラマ・サムドラ(貯水池)に行った。
しかし、すでに遅かった、太陽は雲の中に沈んでいた。


夕食を取りにホテルのレストランに行った。
ビールを頼み、メニューを見ていると、スタッフが何を注文されるのか心配している風であった。
昨日、フライド・ヌードルを注文してあの状態だったので!!!
フライド・ライスを頼むとスタッフは安堵した様に見えた。
このホテルのレストランは、私にとってはもう一つであった。
食事が終わると、明日の朝食の時間を聞かれ、7時と言いかけると7時30分と言われてしまった。
朝に弱いホテルの様だ。施設は新しく綺麗にしているが、サービス面はゲスト・ハウスである。

21時に寝た。
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スリランカ旅行 10月8日 ポロンナルワへ

2010年11月22日 | スリランカ旅行
6時起床。
荷物をまとめ、バックパックに入れた。
7時前に朝食を食べに、レストランに行った。
先客に西洋人男性がいた。
いつもと同じ、トースト、オムレツ、バナナ、そして今日はコーヒーにした。
ベトナムやインドネシアのコーヒーとよく似ているので、スリランカでコーヒーが取れるのか尋ねると、やはり取れるそうだ。
朝食を終え、宿帳の記入と精算を行なった。
3日間分の宿泊費、夕食代&貸し自転車代等で、締めてRs.13587(10,300円)。
宿帳に記入している時、数行上に「謝謝」と書かれているのを発見した。
ホテルのレストランで2日間見掛けた東洋人女性(台湾、中国or韓国の女子学生?)が、台湾or中国人であった。
若い人の日本人、中国人、韓国人の見分けが付かなくなってきた。

流しのトックトックを停め、新バスターミナルまで運賃を聞くと、Rs.150(115円)と昨日と同じだったので乗った。
8時前に新バスターミナルに着き、ポロンナルワ行きバスの前で降りた。
ポロンナルワ行きバスか確認して乗ると、朝食時、ホテルのレストランで見掛けた西洋人男性が乗っていた。
彼に目で挨拶して、運転席後ろの座席に座った。
8時発のバスだと思っていたが、いっこうに出ない、本を読んで待った。
車掌が料金を徴収に来た、Rs.110(83円)を払った。
8時45分になって出発した。
昨日行ったミヒンタレーへの道を途中で右折し南下する。それがミヒンタレーから続くキャンディ・ロード(国道9号線)に合流した。
 キャンディ・ロード


バスは、車をどんどん追い越して行く、車体が一番大きいバスは、怖いもの無しである。対向車が来てギリギリのタイミングの時もある。
小さなトックトックが、最も悲惨である、ハンドルを切って赤土の路肩に追い遣られる。
それを見ていると、恐くてトックトックには乗りたくない。
キャンディ・ロードから離れ東に向かい、40分ほどで大きな街に着いた、横に座っている兄ちゃんにハバラナかと聞くとそうであった。
銅像が立つロータリー(ハバラナ・ジャンクション)とその横にバスターミナルがあった。
ハバラナを過ぎて、直ぐに1車線の舗装状態の悪い道路になった。
こんな道がポロンナルワまで続くのかと思っていたら、20分ほどで新しい道路に替わった。
湖の様な貯水池を何個か過ぎ、12時ごろポロンナルワ旧市街に着いた。
バスを降りると、トックトックの運ちゃんが近付いて来た。
Siyanco Holiday Resortまで、いくらか聞くと要らないから乗れと言う。
「ただほど高いものはない!」ので再度聞いたらRs.20(15円)との事、近いのか?

計画時に、ポロンナルワ旧市街には、そこそこのホテルが無い事が分かっていて、どうしょうか考えていた。
そんな時、スリランカ旅行のブログを読んでいると、Siyanco Holiday Resortが登場した。
そこそこのホテルである事が分かり、このホテルに宿泊しようと思っていた。
しかし、場所が見当も付かなかったのだ。それで、トックトックに乗った。

やはり近かった。バス停から100mほどである。
国道には、面していない、パラークラマ・サムドラ(貯水池)側に回り込んだところにSiyanco Holiday Resortがあった。
トックトックにRs.20を払った。遺跡巡りを誘ってきたが断わる。
部屋を見せてもらった、真新しい綺麗な部屋でホットシャワー、エアコン、朝食付きで宿泊費がRs.3,150との事。
アヌラーダプラで泊まったホテル・シャリニと同クラスだろう、ホテル・シャリニがRs.3,000(2,280円)であったので、同料金にしてもらった。
トックトックの運ちゃんの誘いが、しつこいので、そのまま部屋に入り鍵を掛けた。
荷物を解いてシャワーを浴びようとしていると、しつこい運ちゃんに困ったスタッフがドアをノックした。
ドアを半開きにすると、スタッフとその後に運ちゃんがいた。
遺跡巡りはレンタル・バイシクルで回ると言ってドアを閉めた。
仕舞った、運ちゃんにチップを渡せば良かった。いや、どうせ運ちゃんは、ホテルから紹介料を取るからいいか!!
 部屋


シャワーを浴び、洗濯した。
もう運ちゃんもいないだろうと部屋を出た。
オープンエアーのフロントにスタッフがいたので、貸し自転車を頼んだ。
ホテルは、自転車を持っていない様だ。どこかへ電話をしていた。
アヌラーダプラでも貸し自転車で遺跡巡りをした事を話すと、レンタル料はいくらだったと聞いてきたのでRs.200と答えた。実際はRs.300であったが!!
そうこうする内に、レンタル屋が来た。
ホテル・スタッフが、レンタル屋に何か小声で話している。シンハラ語で何を話しているのか理解できないが、内緒話の雰囲気から私がレンタル料Rs.200で借りた事を話しているのだろう。
日本製自転車を持って来ているとの事で見に行った。日本のママチャリであった。
レンタル料を聞くとRs.500と吹っ掛けて来た。私がRs.200と言うと、Rs.350と言ってきたのでOKした。
ホテルへのマージンRs.50?をのせたのだろう。2日分Rs.700を払った。
スタッフとレンタル屋が遺跡地区は明日に行く様にアドバイスしてくれた。同じ遺跡には1日間しか入れないそうだ。
だから、今日はもう午後なので、遺跡地区以外のポロンナルワ博物館と南部遺跡だけにして、明日、遺跡地区を回れという事である。

遅い昼食にした、ホテルのレストランは、ホテルの規模に比べて広かった。
チーズサンドイッチとコーラーにした。
ビールを飲みたかったが、遺跡巡りがあるので止めておいた。
ツアー客だろう西洋人5人グループが昼食に来た。
広いレストランは、その為のものか! 入口も別で駐車場がある。

また、暑いので部屋で休んだ。
15時前にホテルを出てポロンナルワ博物館に向かった。
ホテルからの道がパラークラマ・サムドラ(貯水池)から流れ出る用水路に突き当たり、その用水路が流れ出るところにポロンナルワ博物館がある。ホテルから300mほどであった。
ポロンナルワ博物館に着いた時、大型バスからスリランカ人団体客が降り、入場していた。
私も入って行くと、受付でこちらへ来いと手招きされた、チケットのチェックであった、周遊券を渡した。
展示場は、混雑していたので奥の空いているところから見て回った。
アヌラーダプラ遺跡で石柱だけが残っているのを多く見かけた。
石柱とは字の如く、石の柱であるが、下写真の様に屋根を支える柱をまったくイメージしていなかった。
しかし、東屋風の屋根付き建物に仏像や仏塔が置かれていたらしい。
 博物館は、写真撮影禁止の為、この写真は、別のものである。


次にパラークラマ・サムドラ(貯水池)の堤上にある道路を南下して石立像&ポトグル・ヴィハーラに向かった。
湖の様なパラークラマ・サムドラを眺めながら自転車のペダルを漕いだ。
しかし、はじめはよかったが、砂利道で後半ペダルを漕ぐのが辛くなり、2kmの距離が長く感じた。
砂利道がパラークラマ・サムドラ湖畔から離れて行き、少しすると駐車場と小さな入口があった。
チケットのチェックも無く、入って真直ぐ行くと左手に石立像が見えた、右手にポトグル・ヴィハーラがあるが木々で見えない。
先にポトグル・ヴィハーラに行った、100mほど行ったところにあった。
昔の図書館らしく、上空から見れば鍵穴型になっている。奥の部屋が円形だ。
伽藍が分かる状態で残っている。石柱も数ヶ所で残っており、仏教経典の保管庫だったのか???
 ポトグル・ヴィハーラ




石立像は、白い岩に彫られている。周りに何も無くポツンという感じである。
裏に回ると白い岩より大きな普通の色をした岩があり、白い岩に違和感を感じた。
 石立像


来た道を帰らず、新市街と旧市街を結ぶ道路を走り、田園や村を通った。
旧市街に国道が直角に曲がるところがあり、ロータリーになっていて、そこに出た。
ここが旧市街の中心地である。
ここからバスターミナル方向に行くとガソリンスタンドがあり、その横にスーパーマーケットらしき店があったが鍵が掛かっていた。
歯磨きがほしいのだが!!
17時ごろ、ホテルに帰った。

日が暮れてレストランに行った。
メニューを見ていると、ヌードルがあった。スリランカにも麺類があるのだ!
ミックス・フライド・ヌードルとビールを頼んだ。
ビールを飲んで、本を読んで待った。
チャーハンの様にドーム状に皿に盛ってフライド・ヌードルが運ばれて来た。
はじめてフライド・ヌードルを料理した様な雰囲気だ。
3人が取り囲んで、私が食べているのを見て、どうや?と言っている、OKと答えると安心していた。
しかし、食べ続けるには、塩辛い。
スリランカのヌードルは、そうめんの様に細い麺であった。

部屋に戻り、蚊取り線香を点けた。
スリランカの蚊取り線香は、10時間も使える。一晩点いたままである。日本製は、短く一晩もたない。
21時に寝た。

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スリランカ旅行 10月7日 ミヒンタレー日帰り

2010年11月18日 | スリランカ旅行
6時過ぎ起床。
7時前に朝食に行ったが誰もいなかった。
食事が出来るまで、結構待たされるのでいつも本を読んでいる。
それを忘れたので部屋に戻る時、スタッフに会った。
今日の朝食は、私だけの様だ。
2階のレストランから見える大きな木がマンゴであった。青いマンゴが沢山ぶら下がっていた。
高さは、2階から遥か見上げなければならないほどだ。
マンゴ・ツリーかと聞くと、そうだ、5本あると言っていた。
昨日と同じ、トースト、オムレツ、バナナ、そして今日は紅茶にした。

8時過ぎにホテルを出て、流しのトックトックを停めた、新バスターミナルまで運賃を聞くと、Rs.150(115円)で予想価格だったので乗った。
運ちゃんがどこへ行くのか聞いて来たので、ミヒンタレーと答えると、このトックトックでミヒンタレーへ行かないかと誘ってきたが断わった。
新バスターミナルに着くとミヒンタレー行きバス前で停まり、このバスに乗れと教えてくれた。
バスに乗る前に再度ミヒンタレー行きか確認して乗った。
8時半ごろバスは出発したが、旧市街まで20分ほど掛けてゆっくり客を拾いながら走った。
車掌が運賃を取りに来た、ミヒンタレーと言うとチケットに料金を書いて渡された、Rs.25(19円)であった。
旧市街を出て、速度を上げた、20分ほどでミヒンタレーに着いた様だ。
バスの後部にいた車掌を見ると、ここで降りろと目で合図してくれた。
降りて進行方向にロータリーがあった。ミヒンタレー・ジャンクションと言うらしい。
 ミヒンタレー・ジャンクション


ジャンクションを右折して進むと石碑があり、更に歩くと右手の離れた所に古代病院跡が見えた。
次に考古学博物館(工事中)の横を進むと左側に僧院跡に出る。
 僧院跡


僧院跡の先から広い階段が始まる。


階段の両側にはプルメリアの花が咲いていた。


広い階段が終わり、踊り場に出た。
通常は直進するが、右にカンタカ・チェーティヤや石窟への道が続いていた。
前を歩いていた9人の家族連れが、その急な長い階段を登っていた。
私も登った。途中、小さな遺跡跡があり地図で調べたが載っていなかった。
私のその姿を見て、家族連れが、ここは何だ?と聞いてきたが分からないと答えた。
どこから来た? 日本だ。
しばらく、この家族連れと一緒になった。
階段を上がると仏塔があった。狭い所一杯に仏塔があるのでカメラでは全体が写せない。 
 カンタカ・チェーティヤ


大きな岩が見えたので行って見た。巨大な石窟であった。ここからの眺めは絶景である。
 巨大な石窟(アムバスタレー大塔より)


カンタカ・チェーティヤから下った所は駐車場横であった。
ガイドをしようかと誘われた、いつもなら「No, thank you」で済ませるが、英語が理解できないの結構ですと言ったら、日本語の話せるガイドが飛んできた。
その時、家族連れと一緒にシンハ・ポクナと言う遺跡まで来ていた、私は、「No, thank you」と言って離れた。
ガイドは仕方がないので家族連れにシンハ・ポクナの説明をして立ち去った。
私がシンハ・ポクナに戻ると、家族連れの中で1人だけだが英語が話せ、ガイドから聞いたシンハ・ポクナの説明をしてくれた。
水路で水槽に水を貯め、水槽から水を落とし水浴びする。人が立つ位置に動物の石像があった。
 シンハ・ポクナ


私は先に進んだが、彼らは来なくて下って行った。
登って行くと食堂跡や会議場跡があった。
 食堂跡


坂道を上って行くと売店の横に平らな岩にスリランカ最古の文字があった。
 スリランカ最古の文字


靴預かり所があり、靴を預けて裸足で進んだ。
チケット・オフィスがあり、坊さんがいた、入場料Rs.500(380円)を払った。
3日前アヌラーダプラで買った周遊券(Rs.5,750)は、ここでも使用できなかった!!
目の前にアムバスタレー大塔があった。名前に大塔が付いているが小さな白い仏塔である。
 アムバスタレー大塔


アムバスタレー大塔の奥に巨大な岩がそそり立つ様に見える。
インビテーション・ロックである。
 インビテーション・ロック


岩の上からの眺めが素晴らしいとの事で登った。
裸足であるが、足裏に砂が付いている為、岩の上を歩くと滑る。手すりを放せない。
岩の上は風が強かったが、眺めは抜群であった。
平らな地に木々と貯水池があり、ミヒンタレーの様な岩山が所どころにあるのがスリランカ北部の風景である。
 木々と貯水池、そして地平線


隣の丘にマハー・サーヤ大塔が見えた。別の丘には大仏も見える。
 マハー・サーヤ大塔


インビテーション・ロックから下りて、またマハー・サーヤ大塔まで登るのがきついのであきらめた。
帰る事にして、チケット・オフィスの前を通ると坊さんに呼び止められた。
何かと思い近寄るとジャパニーズ・マネーをくれと言われ、持っていないと言うと変な顔をされた。
海外でたまにあることで、100円硬貨を遣ると、次の日本人に100円を見せ両替を頼む、労せずしてRs.130を手にいれられるという事だ。
靴預かり所でチップRs.20を渡し、靴を履いた。
スリランカ最古の文字のある岩まで戻った時、左手にナーガ・ポクナの道標が見えたので行ってみた。
300mほども歩けば着いた。途中、野猿が目の前にいて恐かったが目を合わさない様にして進んだ。
昔の沐浴場の跡で、岩に彫られたコブラの彫刻が薄っすらと見えた。 
 ナーガ・ポクナ


食堂跡や会議場跡付近に入口への階段があるはずが見当たらない、駐車場に出たので、そのまま道路を下り始めると運ちゃんorガイドがキャンディ・ロードと言って道を間違えていると教えてくれたが、そのまま進んだ。
地図を持っているので大丈夫だ。三角形の2辺を行く遠回りだが、ミヒンラレー・ジャンクションに戻れる。
ダラダラと下って行くとキャンディ・ロードに出た。
キャンディ・ロードとは、スリランカの古都キャンディと最北部を繋ぐ幹線道路である。
キャンディ・ロードをミヒンタレー・ジャンクションに向かった。
途中、道路横に遺跡が見えたり、遠くにマハー・サーヤ大塔が見えた。
 木々の中の遺跡


 マハー・サーヤ大塔


ミヒンタレーは、スリランカで最初に仏教が伝えられたとされる聖地である。
広い階段から始まり、階段の両側にはプルメリアの花が咲く、登って行くと食堂跡、会議場跡など遺跡が残り、上りきると仏塔がある。
階段とプルメリアで思い出したのは、ラオス南部にある世界遺産ワット・プーである。
急な階段の両側にプルメリアが咲き、山の中腹の巨大岩の麓に本堂がある。本堂はヒンズースタイルだが仏像が安置されている。本堂からは、メコン川越しに平原が広がる。
ミヒンタレーが東南アジアの仏教、ヒンズー教の伽藍のモデルになった様に思う。

12時ごろ、ミヒンタレー・ジャンクション横の歩道でバスを待った。
キャンディから来た青年がアヌラーダプラ行きバスはここで待てば良いのかと聞いて来た。
外国人の俺に聞くか? それとも私はスリランカ人と思ったのか?
「多分、ここだろう!」と答えた。
娘さん連れの親子が来て同じ様に待ったので、彼に聞けと振った。
バスが来た。アヌラーダプラ行きか確認して乗った。
車掌がバス代を取りに来た、Rs.13(10円)との事。
往路のバス代は、Rs.25であった。バス代の外国人価格は、2倍の様だ。

30分ほどで新バスターミナルに着いた。
明日、このバスターミナルからポロンナルワに向かうので、バスを確認しておいた。おんぼろバスであった。
ターミナル向かいにある食堂に入った。
ビールはあるかと訪ねると、出て左に行ったらある様な感じだったので行って見た。
しかし、見付からなかった。
良く考えるとスリランカの酒屋?が、どんなのか知らない。ビールがどこで売られているのかも分からない。
あきらめて食堂に戻った。
ぶっ掛けご飯とペットボトルの水を頼んだ。締めてRs.410(310円)。
歯磨きと蚊取り線香が欲しいので売っていそうな店を捜した、薬局の様でシャンプを売っている店に入った。
モスキート・コイル(蚊取り線香)はあった、ツース・ペースト(歯磨き)のベーストが思い出さず、ボディ・ランゲージで試したが、通じなかったのか?、歯磨きが無かったのか?
ひげ剃りは置いてあったが、ひげをはやす事にして買わなかった。

トックトックを拾ってホテルに帰った。13時30分頃であった。
シャワーを浴びて、ビールを飲むと寝てしまった。

18時に夕食に2階のレストランに行った。
スープ、チーズ&トマトサンドイッチとビールを取った。
スタッフが、ポロンナルワ~シーギリヤ~ダンブッラ~キャンディを1泊2日で宿泊費込みUS$300で行かないかと誘って来た。
4泊で回る予定のコースを1泊で行ってしまたら、する事がなくなると断わった。
それでも余った日数はビーチで過ごせばいい、更に料金交渉もしていないのにUS$200まで下げてきた。
ちょっと、しつこい誘いであったが断わった。
スリランカでの外国人の観光スタイルは、車をチャーターし、希望観光地を告げてアレンジしてもらうやり方が多い様だ。
スタッフが今回勧めてきたのもそれである。

20時に寝た。

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スリランカ旅行 10月6日 アヌラーダプラ滞在

2010年11月15日 | スリランカ旅行
6時起床。外が明るくなったので起きた。
7時にレストランに行った。
昨夜、ここで見た東洋人女子学生が朝食を取っていた。
朝食は、トースト、オムレツ、バナナ、コーヒーor紅茶でコーヒーにした。
東洋人が朝食を終え出て行った、入れ違いに西洋人夫婦が上がって来た。
朝食は、しっかり食べた。
若いオーナーだと思っていたが、そうではなかった。そのスタッフが今日はトックトックでTemple巡りをしてはどうかと言ってきた。
昨日、レンタル・バイシクル(貸し自転車)で回ったので、今日は、筋肉痛で再度自転車で回る事など出来ないだろう予測していた。
しかし、体はどうもなく、のんびりと風景を眺めながら自転車で回るのに心地良さを感じ、今日も自転車にする事にした。
スタッフに今日も貸し自転車で回る事を伝えると、元気だと驚いていた。

8時20分にホテルを出た。
今日は、昨日の続きでルワンウェリ・サーヤ大塔以北をまわる。
スリー・マハー菩提樹まで来たところでルワンウェリ・サーヤ大塔へ向かわず、昨日とは別の道を北に向かった。
右手に巨大な茶色いダーガバ(仏塔)が見えて来た。ジェータワナ・ラーマヤであった。
仏塔だけでなく、僧院?の跡がたくさん見える。
行ってみようと思うが、川があり自転車では渡れなかった。
 ジェータワナ・ラーマヤ


三叉路に出た、道標に従いトゥーパーラーマ・ダーガバに向かった。
小さな白い仏塔が見えてた。トゥーパーラーマ・ダーガバである。
石畳がルワンウェリ・サーヤ大塔まで続いている様だ。
スリー・マハー菩提樹からここトゥーパーラーマ・ダーガバまで石畳で繋がっている。歩行者専用である。
どこで靴を脱げばいいにか?分からない。
気付いた時には、大半のスリランカ人は裸足であるが、草履を履いている人もいる。
慌てて靴を脱ぎ手に持った。
 トゥーパーラーマ・ダーガバ


更に北に向かった、民家が続く、遺跡地区内に居住区があるのだ。
見通しもきかず、少し寂しい道が4差路に出た、道標に右クッタム・ポクナ、左サマーディ仏像となっていた。
先にクッタム・ポクナに行った。
沐浴場であったそうだ。 
 クッタム・ポクナ


サマーディ仏像に向かった。
土産物屋が並ぶ道を進むと樹木の下で座っていた担当者にチケットと言われた。
周遊券(各遺跡入場券)を思い出し、提示した。周遊券は、昨日購入したが、今まで必要なかったので驚いて出した。
自転車を置き、靴を預けた。
裸足で歩いていくと木々の中に仏像があった。穏やかな顔の坐像である。
 サマーディ仏像


靴の預かり所に戻り、チップRs.20(15円)を渡すともっとくれと言うので追加でRs.20を渡した。
ここは、行き止まりでアバヤギリ大塔への道を聞くと抜け道を教えてくれた。
木々に阻まれてアバヤギリ大塔が見えなかったが、サマーディ仏像と目と鼻の先にアバヤギリ大塔はあった。
アバヤギリ大塔は修理中であった。
工事中の中を一周したが、歩いている基壇もガタガタで、仏塔の茶色いレンガは崩れ、草木が生えていた。
スリランカの仏教は、上座部仏教(南伝仏教、小乗仏教)であるが、ここは、かつてスリランカにもあった大乗仏教の総本山であるそうだ。
大乗仏教の仏塔なので、打ち捨てられていたのか??
平成の大修理でなく、21世紀の大修理をしている感じである。
 アバヤギリ大塔


コーラーを飲んで休憩した。
アバヤギリ大塔の南側は、遺跡の宝庫である。木々の中に何かの基壇が残っているだけの遺跡である。
この中を縫う様に小道があり、自転車で走った。
青々した木々の中をゆっくりと遺跡を見ながら走った。


アバヤギリ大塔の西にあるクイーンズ・パビリオンに向かった。
駐車場からの導入路が崩壊状態であった。雨で流失した様である。
 クイーンズ・パビリオン


 クイーンズ・パビリオンの入口にあるムーンストーン


道路を挟んで反対側にラトゥナ・プラサーダがある。


ラトゥナ・プラサーダ入口にあるガードストーン


青々した木々の中の小道を当ても無く、遺跡を見ながらペタルを漕いでいると大きな池に出た。
象の池であった。
 象の池と貸し自転車


更に、小道を西に行くと地道に出た。これで遺跡は見終わった様だ。
帰る為に南下した。
途中、小さな白い仏塔があった。
ランカラーマ・ダーガバであった。入らずに外から写真を取っただけだ。
 ランカラーマ・ダーガバ


今日最初の見学先であったトゥーパーラーマ・ダーガバに戻って来た。
次にラワンウェリ・サーヤ大塔、スリー・マハー菩提樹の近くを通り、アヌラーダプラ遺跡地区を後にした。
アヌラーダプラ遺跡巡りをして思ったのは、ホテルスタッフが「Temple巡り」と言っていた様に、スリランカの人々にとっては遺跡ではなく、祈りの対象としてのお寺参りである。
今日のアバヤギリ大塔周辺に残る青々とした木々の中の基壇と石柱が遺跡らしい遺跡で、雰囲気も良くお気に入りだ。

アヌラーダプラのメインストリートを自転車で走った。
渋滞で車は進まない。自転車を降りて歩く。
地図では、銀行、郵便局、スーパーマーケット、レストラン等がこの通りにある事になっているが、銀行以外よく分からない。
銀行に寄り、1万円を両替した。
行内に入り、正面の受付の様なところで「Exchange」と言うと場所を教えてくれた。
そこは両替専用カウンターではないが、1万円札を渡すとRs.13,120になった。
Rs.2,000札、Rs.1,000札、Rs.500札、Rs.100札、Rs.20札といろんな札でくれ便利だ。
空港での両替で2万円がRs.1,000札だけというのは、何だったのか!!!
次に昨日見付けた食堂に入った。
漢字の看板があったので中華レストランかと思っていたが、パン屋兼カレー兼中華であった。
ビールを頼むとビールは無いと言う!!!!! ペットボトルの水を頼んだ。
作り置きした料理をケースに入れていて、指差しで焼き飯と野菜炒め?を注文した。
パサパサの焼き飯は不味い、半分残した。
締めてRs.320(243円)であった。スリランカ人の食堂でも、外国人価格がある様だ。
コロンボ~アヌラーダプラ間約200kmが、Rs.290に対し焼き飯&野菜炒めがRs.320は高すぎる。

14時前にホテルに戻った。
シャワーを浴び、ポロシャツを水洗いしてバスルームに干した。
ビールを頼み、部屋に持ってきてもらった。
エアコンをつけなくても、ファンで十分だ。
ビールを飲んで寝てしまた。

6時半ごろ、腹が減ってレストランに行った。
東洋人(台湾or中国、韓国)の女子学生?が今日も食事をしていた。2泊目or3泊目?
昨日のカレーが美味く、歯も痛まなかったので、今日もカレーで、野菜カレーを頼んだ。
昨日のカレーとの違いが分からない。そんな事関係なく、美味かった。
スタッフに明日の予定を聞かれ、ミヒンタレーに行くと答えた。
トックトックで行くか?と言われたがバスで行く、どこから乗るのか聞いた。
ニュー・バスターミナルから出ているとの事。
ホテルからニュー・バスターミナルまで、トックトックでRs.150(115円)との事。

20時30分に寝た。日本時間で過ごしている。

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スリランカ旅行 10月5日 アヌラーダプラ滞在

2010年11月12日 | スリランカ旅行
7時起床。10時間も寝た。
ホテル裏のヌワラ・ウェワ(ヌワラ貯水池)に散歩に出た。
プール横の庭先からヌワラ・ウェワの畔に出た。
湖畔を歩いた。天気が悪い。
ヌワラ・ウェワから流れ出る川で、道は行き止まりになった。
そこに野猿がいた。こんな所に猿がいるのだ。
 ヌワラ・ウェワ 


旧市街の中心地に行って見たが、旧バスターミナルがあった、小さな間口の店が道路沿いにたくさん並んでいる。
まだ朝早いので開店している店は少ないが、スーパーマーケットらしき店もコンビニも見当たらない。
スリランカには、スーパーもコンビニもないのか??
歯磨き、ヒゲそりと蚊取り線香を買いたいのだが!

ホテルに戻り、虫除けスプレーを足や腕に着け、朝食に行った。
トースト&紅茶、オムレス、バナナ&パパイヤが出て来た。
トーストの耳を食べると歯茎が痛むので耳だけを残した。ウェイーターが不思議がっていた。
本場のセイロン紅茶を飲んだが、美味しいとは思わなかった。
私には紅茶の味が分からないのか?
朝食をしっかり取った。

雨が降って来た。間もなく土砂降りになった。
荷物を入れ替えた。トレーナーや長袖Tシャツをバックパックの底に入れ、使用頻度の多い物や貴重品をデイバック(小型リュックサック)に入れ替えた。
虫除けスプレーも虫刺されクリームもデイバッグに入れた。
まだ、雨が降っている。

雨が上がったのでチェックアウトした。
朝食付き1泊US$55と言っていたのでUS$払いかと思っていたらスリランカ・ルピーで請求された。
クレジットカード払いが可能であったのでカードで支払った。
トータルRs.6729(5,132円)であった。昨夜の食事代は、サンドイッチRs.290(220円)、スープRs.190(144円)、ビール大瓶Rs.250(190円)であった。

チェックアウトし今日はホテル・シャリニに宿泊する積もりだ。
1kmもないので歩いて行くつもりでフロントを出ると、トックトックが待っていた。
行き先を聞かれたので答え、いくらと聞くと、Rs.100と言ってきた。
運賃Rs.50/kmからすると高い、「ノー サンキュー!」と言って歩いた。
トックトックが追いかけて来てRs.60と言うので、歩くつもりだったが乗ってしまった。

ホテル・シャリニに着いた。どこがフロントか? うろうろしていると若いオーナーが現れた。
部屋を見せて貰った。
靴を脱ぎ、大理石風床を進む、キングベッド、鏡付き箪笥&荷物台があるだけのシンプルな部屋でまだ新しく綺麗であった。
天井ファン、エアコン、テレビ、ホットシャワー付きで宿泊費を聞くとRs.3500との事。
ガイドブックを出してRs.2500となっていると言うと、テレビでNHK国際放送が見れるし、朝食付きだと言う。
何泊するのか聞かれ、3泊と答えると、Rs.3000(2,280円)に下がった。
朝食付きでRs.3000なら納得しOKした。
Temple(寺院)をタクシーで回らないかと誘ってきた。
Temple? 遺跡の事か!
彼らは、仏教遺跡を「Temple」と言った。今でも祈りの対象なのだ!!!
貸し自転車で回ろうと思うと伝え、貸し自転車があるか聞くとホテルにあるとの事で、レンタル料を聞くとRs.300(230円)であった。借りる事にした。

荷物を解いて、洗濯後に、早速アヌラーダプラ巡りに出掛ける事にした。
オーナーに貸し自転車を持って来て貰った。マウンテンバイクであった。
ブレーキの効き具合、タイヤの空気と点検して渡してくれた。アドバイスとして、鍵のキーは抜いておけとの事。

先ずは、アヌラーダプラ遺跡地区の南端付近にあるイスルムニヤ精舎に向かった。
途中、アヌラーダプラのメインストリートに寄ってみた、ガイドブックの地図にスーパーとあったので行って見たのだ。
しかし、見付からなかった、レストランor食堂も探すと1軒だけ、中国語漢字の看板のある食堂があった。
遠回りしたがイスルムニヤ精舎に向かった。

 新市街の外れにあるロータリー 


のんびりとぺタルを漕いだ。
イスルムニヤ精舎が見えて来た。
正面には蓮池があり、それを回り込んでイスルムニヤ精舎に進む。


入場料Rs.100(76円)を払い、靴を脱げと言われ、裸足になって入った。
仏教遺跡見学のエチケットというのがあり、服装は、短パン、ミニスカートは駄目、聖地内は裸足(靴下OK)、脱帽だそうです。
ロック・テンプルとも言われ、大岩をくり貫いた御堂や仏像&涅槃像を安置された本堂、発掘物を展示している宝物館を見て歩いた。
裸足でもそれほど痛くなかった。


裏側からロック上に登れ、周りを見渡せる。
 市街地方面の風景


 裏側ティッサ・ウェワ(ティッサ貯水池)方向の風景


次にスリー・マハー菩提樹に向かったが、道に迷った。
池のある交差点に来た、警官or兵士が多い、スリー・マハー菩提樹方向だろう道は、警官or兵士は警備し通行止めになっている。
警官or兵士に呼び止められ職務質問?された、どこから来た?、職業は?
何故か?年齢を聞かれ、答えると目をむいて驚かれた!!! 
若く見られた様だ。マウンテンバイクを乗ってうろうろしているからだろう。

気が付いたら、考古学博物館の横に来ていた。
遺跡見学のチケット売場がここにある。
チケット・オフィスがあるのかと思っていたら、守衛室がチケット売場であった。
アヌラーダプラ、ポロンナルワ&シーギリヤの主な遺跡巡りが出来る周遊券Rs.5750(4,360円)を購入した。
考古学博物館を見学したが、たいした物は何も無かった。
スリー・マハー菩提樹への行き方を聞くと、予測していた方向とは逆方向を指示された。
バサワックラマ・ウェワ(貯水池)に出た。
大きな白い仏塔が見えたので言って見るとルワンウェリ・サーヤ大塔であった。
自転車も乗入れ禁止であった、自転車を駐車場に置き、歩いた。
真直ぐな歩行者専用の石畳の道がスリー・マハー菩提樹まで続いている。
石畳の道を100mほど入ったところが、ルワンウェリ・サーヤ大塔の入り口があった。
靴預かり所があり靴を預けた。
若い韓国の4人組みがチェックポイントで、短パンを指摘されサロンを借りて巻いていた。
服装チェックが厳しい様だ。
仏塔の手前に石柱が並んだところがあり、僧院があったそうだ。
 ルワンウェリ・サーヤ大塔


そこを通り抜けると象が並び、階段を上がると白い大きな仏塔が立つ。


 高さ55mのルワンウェリ・サーヤ大塔(人が小さく写っている。)


大勢のスリランカ人がお参りに来ていた。
靴預かり所に戻り靴を受取った、料金は決まっていない、チップである。Rs.40(30円)を渡すと喜んでいたので、Rs.20が適当だと思った。

スリー・マハー菩提樹に行こうとするが、なかなか行き着かない。
乗り物が入れないので周りを大回りしている感じである。
ゆっくり風景を見ながら自転車を漕いだ。
旧市街からスリー・マハー菩提樹に続く真直ぐな道路に出た。
ゲートがあり、その横に土嚢(どのう)を積上げた塹壕(ざんごう)があった。
兵士or警官が立っていたので、アーミか?と聞くとポリスと返ってきた。
自転車で通ろうとすると、駐車場に置いてこいと言われた。
歩いた、真直ぐな道の先にスリー・マハー菩提樹がある、遠く感じる。
スリー・マハー菩提樹は、高い金網フェンスに囲まれていた。
入口に犬が数匹うろついていたので、出口から入ろうとすると、警官にこっちに来いと言われた。
ドッグ!と言うと笑われた。
ここにも女性警官を含め3人もいて、荷物チェックをしていた。
やっと、門に着いた、ここにもチェック小屋があり、その前に靴を脱ぎ小屋に入った。
セキュリティが厳重だ、如何にスリー・マハー菩提樹が重要かを表している。
白壁に囲まれ、鉄柵の中に菩提樹はあった。


仏陀が悟りを開いたインド・ブッダガヤの菩提樹の分け木をここに運び植樹したと言われている。
アヌラーダプラを仏教の聖地として位置付けているのがこのスリー・マハー菩提樹であるそうだ。

東南アジアでいくつかの菩提樹を見てきたが、それぞれ違いがあり、インド・ブッダガヤの菩提樹がどんなのかと思っていた。
これがインド・ブッダガヤの菩提樹の葉である。


今日は、イスルムニヤ精舎とスリー・マハー菩提樹のアヌラーダプラの南側だけを少し回ろうとしたが、道を間違えアヌラーダプラ遺跡地区の半分以上を回ってしまった。
11時ごろから2時ごろにはホテルに帰れるだろうと考えていたが、夕方になってしまった。

18時にホテルのレストランに行った。
2階の雰囲気のよいレストランである。
台湾、中国or韓国の女子学生?の先客が1人来ていた。
カレーのコース料理Rs.750(570円)を頼んだ。ライオン・ビールRs.300(230円)も注文した。
ビールを飲んでカレーを待っている時、蚊が腕に止まろうとしてUターンするの偶然に見た。
虫除けスプレーをかけて来たので、その効果の凄さに驚いた。まったく蚊に刺されなかった。
中央部のテーブルを繋げて長いテーブルに配置し、皿やナイフ&フォークを並べていた。
パーティでもあるのかと尋ねると、アヌラーダプラで最も大きなホテルに宿泊するのイングランドの客20人が、夕食に利用するそうだ。
このレストランは、アヌラーダプラでNo.1だと自慢していた。
カレーのコース料理が運ばれて来た、器に入れられた6品が並べられた。
カレー味はその内の3品ほどで、他は豆料理や酸っぱい野菜(漬物みたい)であった。
ライスにかけて食べた。大変、大変美味い。
外国人向けにアレンジされ、スパイスも効いていない。
1品づつライスにかけて食べていると、オーナーがカレー味の3品をライスにかけてくれ、ミックスして食べる様に言われ、やってみると更に美味しくなった。
どれも日本の味と変われないので、ジャパニース・フードと言ってしまった。

部屋に備付の蚊取り線香をたき、20時には寝てしまった。

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スリランカ旅行 10月4日 アヌラーダプラへ

2010年11月09日 | スリランカ旅行
 コロンボ駅

15分遅れでアヌラーダプラ行き列車がプラットホームに入って来た。
乗客が大勢乗っている。大勢が下車するが、まだ大勢乗っている。
コロンボ駅が始発だと思っていたし、2等車両を探さなければと思っていたが、それどころではなくなった。
アヌラーダプラまで5時間掛かるので座席を確保しなければと考え、列車に乗り込んだ。
唯一空いている席に座った。何とか座れ、ほっとした。
この車両は3等車であった、2人掛けと3人掛けの向かい合わせの席がある。
3人掛けの通路側の座席しか空いてなかったので、車窓の景色は見えない。残念!!!

列車が15分も走れば、民家が少なくなり田舎風景になった。
列車は30分程毎に駅に停車している様な感じだ、その都度、人が降りて行った。
駅に着き停車してもその駅名が分からない。
車内アナウンスが無いのだ、駅に設置されている駅名案内板だけが頼りだ。
アヌラーダプラへの中ほどにあるクルネーガラまでに大半の乗客が降り、私は窓側の席に座れるようになっていた。
クルネーガラ~アヌラーダプラ間は、スリランカの鉄道おすすめ景勝区間の1つであるとガイドブックに記載されている。
今、16時前である。日没までの車窓風景が楽しみであった。
貯水池が時々見られる様になった。広い貯水池と森林、もしかして何百年もこの風景は変わっていないのではないか!!
列車がスピードをあげると経験をしたこともない激しい横揺れと縦揺れである。縦揺れは経験した事が無いのではないか。
2箇所で客車が線路脇に転がっていた。脱線したのか!!!!
18時に日暮れが訪れ、広々とした平らな森林地帯に綺麗な夕日が沈んでいった。
日が沈むと外は真っ暗であった。

時間的にもうそろそろアヌラーダプラ駅だと思っていると、小さな駅に停車した。でもやはり駅名が良く分からない。
列車が走り出した、スリランカ人もこの沿線に詳しそうな人に聞いている。
アヌラーダプラには新市街と旧市街があり、両方に駅がある。旧市街の駅がアヌラーダプラ駅だ。
次も小さな駅に着いた、私もスリランカ人に聞いて見たが、良く知らない様だ。
次に大きな駅に着いた、これがアヌラーダプラ駅であった。
19時過ぎにアヌラーダプラに着いた。
外国人は、私と西洋人女性の2人だけだ。彼女には、ホテルの迎えが来ていた。
私は、ヌワラウェワ・レストハウスを第一候補にしていた。
駅前の薄暗い中でトックトックの運ちゃんが声を掛けて来た。
ヌワラウェワ・レストハウスまで行くと言うとRs.100(76円)で行くと言ったので乗る事にした。
トックトック運賃の目安は、ガイドブックには、Rs.50/kmとの事である。
駅からヌワラウェワ・レストハウスまで1km強で、夜でもありリーズナブルであると思った。
19時過ぎだというのに旧市街は真っ暗である。

ヌワラウェワ・レストハウスに着き、部屋が空いているか聞いた。
当然、空いている。宿泊費を聞くと一覧表を出し、シングルUS$48、朝食付きUS$55との事。エアコン、ホットシャワー付である。
朝食付きにした、ホテルの周りには何もないし、スリランカのレストラン事情もよく分からないのでそうした。
今でも食事が出来るか聞くと出来るとの事。
スタッフが私のバックパックを持って部屋に案内してくれ、エアコン、ホットシャワーの使い方も説明してくれたのでチップを渡した。
短パンに着替え、ビールが飲みたいので、さっそく夕食に行った。
メニューを開いて渡された、そこはコース料理であった。
こんな重たいものはいらない、サンドイッチは何があるかと聞くとメニューを開いてくれた。
歯茎が痛いのでチーズ&トマトサンドイッチにし、スープも頼んだ、スープはスープ・オブ・ザ・デェイでいいかと聞かれOKした。
ビールは、スリランカのライオン・ビールにした。
ビールを飲んでいると、蚊に刺された。デング熱が怖い。
スタッフに蚊がいると言うとファンを回してくれた。蚊取り線香ではないのか?
昼は、カレーパン1個だけだったので、スープとサンドイッチで一息ついた。

部屋に帰り、蚊取り線香をたこうとしたがライターがないのに気付いた。
蚊取り線香は少量を日本から持って来たが、ライターは飛行機の手荷物検査でチェックされるので持って来なかった。
マッチをもらいにフロントに向かうと、荷物を運んでくれたスタッフに会い、どうしたという感じになり、マッチをするジェスチャーをするとマッチを取りに行ってくれた。
シャワーを浴びた後、ベッドで本を読もうとしたがすくに眠たくなって寝た。
今日は長い一日であった。
21時就寝。
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スリランカ旅行 10月4日 コロンボ駅 列車待ち

2010年11月08日 | スリランカ旅行
コロンボ駅10時30分発の列車でアヌラーダプラに向かう予定だ。
駅に向かうとトックトック(スリーウィラー)の運ちゃんが近寄って来てトックトックでの観光を勧められた。
断わってもまた別の運ちゃんや口利き屋が声を掛けてくる。鬱陶しい。
切符売場でアヌラーダプラ、2等と言うと、13時45分と言っている。10時30分と言うと無い様だ。
今、9時30分だ。13時45分まで4時間ある。
どうしよう? 
今日はコロンボに泊まろうかと思ったが、やはり大都市は嫌いである。
13時45分発のアヌラーダプラ行き2等席の切符を買った。290ルピー(Rs.290)(220円)であった。
どうして時間を潰そうかと考えていると口利き屋(きっちりとした服装をしている)が近寄って来たので、「バッゲージ ルームはどこですか」聞くと案内してくれた。
駅を背にして右端に手荷物一時預かり所があった。
入って行くと部屋があり、古い机が2台と大きな台車がある。決して一時預かり所という感じではない。
荷物を預かって欲しいと伝えるとちょっと待てとの事。
この人は偉いさんの様である。フタッフが戻って来た。
狭い階段を上がれと言われた。これを上るのか?という感じである。階段の踏み跡部がくぼんでいる。如何に古いか!!!
2階は鍵付きの戸棚が並んでいた。間口が1m×1mほどの戸棚に扉が付き、鍵も付いていた、これはロッカーではないのか。
コインロッカーや更衣室のロッカーは知っているが、収納家具?の様なロッカーを見るのははじめてである。
偉いさんの所に戻り、料金を聞くと後でいい、何時に受け取りに来るか聞かれ、13時45分のアヌラーダプラ行きに乗ると答えた。

まだ、10時前だ、海岸へ行こうと歩き出したが、海岸まで1kmも無いが、暑い、寝不足で気力がない、途中で引き返した。
コロンボ駅には待合室がない、ベンチもない。
パン屋の様で奥にテーブルがある店を見付けて入った。
コーラーと三角形の揚げパンを買ってテーブルに座った。
揚げパンはカレーパンであった。カレー味が美味い。
しかし、噛むと歯茎が痛む。1週間前から歯茎が痛んだが治療が間に合わず、帰国後にした。3週間歯がもつか不安である。
客が来ると何種類かのパンを載せたトレーをテーブルに置き飲み物の注文を取る。
客は好きなだけ食べて、食べた分だけを支払って出て行った。ここではその様なシステムになっていた。
あまり長居も出来ないので店を出た。
トックトックの運ちゃんがコロンボ国立博物館や観光地を周遊する2時間コースはどうかと誘ってきた。
それもいいが、何故か気だ進まず断わった。
青空市場にでも行こうと歩き出したが、途中まで行って引き返した。
パン屋が4~5軒並んでいるところがあり、その1軒に入った。
テーブル席に座り、ジュースを頼んだ。ファンを回してもらい、本を読む。
蚊に刺された。
ジュース一杯でねばっていたら、いつの間にかファンを止められていた。
今年は、東南アジアでデング熱が流行しており、スリランカでも日本人が帰国後、2人が発症している。
蚊に刺されない様に注意しなければならない。その為に虫除けスプレーを日本から持って来ているが、まだ付けていない。

まだ、12時だ。列車が出るまで、1時間45分ある。
どこか本を読める場所がないか考えた。
そこで思い付いたのは、手荷物一時預かり所であった。
ハローと言って入って行って、偉いさんの正面に置いてある台車に座った。
誰も何も言わない。
台車は、大きな牽引台車で、腰掛けると足が床から離れた。
本を読み、疲れたら、一時預かり所内を観察した。
偉いさんは、新聞を読んだり、居眠りしたりしている。まったりした雰囲気である。
人の出入りがある、しかし、駅職員なのか客なのか分からない。スリランカには、制服や共通の作業服がない。
観察しているとプラットホームから入って来る人が多く、職員だと思っていたがそうでは無さそうだ。
入口から重そうな袋を持って入って来て、大きな台秤に載せた、次々と袋を運び入れ台秤に載せた。
続いてその袋をプラットホームに運んで行った。列車で送るのだろう。
JRが国鉄時代にチッキというのがあった、送り手は、駅まで荷物を持ち込むと送り先の駅まで送ってくれ、受け手はその駅まで荷物を引取りに行く。
宅急便が開始されてからチッキは衰退していた、年号が平成に変わった頃には、無くなっていたと思う。
コロンボ駅でそのチッキを思い出した。
台車に腰掛て靴を脱ぎ、仕舞いにはあぐらをかいてくつろぎ、本を読んだ。
外国人が座っていても何も言わず、構いもしない、何とも言えない雰囲気の手荷物一時預かり所であった。
列車が出る15分前にロッカーから荷物を出し、料金を払おうとすると要らないと言われた。え~「Free?」
バックパックを担いで改札に行こうと入口に向かうと直接プラットホームに行けと言う。
チケットを持っているのかと言われ見せて、プラットホームに出た。
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スリランカ旅行 10月4日 コロンボ駅へ

2010年11月05日 | スリランカ旅行
バンダラナイケ国際空港(コロンボ空港)で両替を終え、出口に向かうと、「どこへ行くのか?コロンボならタクシーはどうだ。」と旅行会社のスタッフが声を掛けて来る。
バスで行くと断わる。また、他の者が同じ様に声を掛けて来た。鬱陶しい。
屋外に出ても「タクシーか?」と聞いてくる。「シャトルバス」と言うと、「無い」と言い捨てて離れて行った。
出来るだけタクシーに乗らないのが私の旅行スタイルで、今回もそれで通す積もりだ。
空港内にはバス乗場がなく、無料シャトルバスで近くのバスターミナルまで行かなければならない。
無料のシャトルバスは、屋根付き道路を進行方向に行き、屋根が無くなる辺りに停まっていた。
シャトルバスが動き出した、直ぐに空港出口だ、兵士が銃を持って警戒している。
バスは、ゆっくり走る。兵士が銃を持って点々と立っている。
10分ほどでバスターミナルに着いた。
「どこへ行くねん?」「コロンボ」、「向こうや!」「サンキュー」。
そちらの方に行くと、また「どこへ行くねん?」「コロンボ」「そのバスや!」といった具合にコロンボ行きのバスにたどり着いた。
コロンボ行きバスは、マイクロバスであった。
乗り込むとフロントの座席に座れと言われた。この席はフロントガラス越しによく見える。
まだ、8時過ぎだ。
空港沿いの道路には、銃を持った兵士が点々と立っている。
スリランカは、1年半前に内戦が終了しているが、いまだに警戒体勢を維持しているのか???
空港沿いの道路を左折してコロンボに向かう辺りで兵士の姿は無くなった。
車掌がRs.100(76円)を徴収に来た。
仕舞った、Rs.1000札しかない、小額紙幣に崩すのを忘れていた。
仕方なくRS.1000札を出した、つり銭は後で渡すと言われた。しかし、つり銭は戻って来ないだろう。
プーケット滞在&ハワイ滞在と2年続けて、楽な旅行をしたからか、小額紙幣を持たずに乗るという初歩的なミス、やってはいけない事をしてしまった。
1時間30分ほどでコロンボに着いた。
コロンボ市街の渋滞で30分多く掛かった様だ。
各バスが我先にと前へ行きたがり、車線変更を頻繁にする。これは昔のバンコクより酷い。
コロンボ駅前で降りた。
降りる時、車掌に「チェンジ(つり銭)」と言ったが、先に降りろと言われ、他に降車客がいたので降りた。
降りて、もう一度「チェンジ」と言ったが、ドアを閉めてバスは行ってしまった。
やはり、つり銭 900ルピー(Rs.900)は戻って来なかった。
スリランカは、個人旅行者には厳しいところかもしれない。
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10月4日 クアラルンプール経由スリランカへ

2010年11月05日 | スリランカ旅行
3時ごろ機内の灯りが点き目覚めた。
2時間ほど眠った。
座席は、僅かしか倒れない。
私の窓側2列席が空いていたので、横になって寝たのだ。
ブランケットが無かったので寒くないか心配したが、半袖ポロシャツの上に長袖Tシャツ、更にトレーナーを着たので問題なかった。

4時ごろクアラルンプール LCCターミナルの駐機場に停まった。
タラップを降りて歩いた。雨が上がったところの様だ。
建屋の前にたくさんの傘が並んでいた。雨の時の搭乗や降機は、傘を差して大変だろう。
コロンボへの乗換え時間が2時間しかない。出発の1時間前までにチェックインを済ませなければならないので実質1時間である。
入国審査とチェックイン(搭乗手続き)で混雑していれば、1時間で大丈夫だろうか。
早朝の4時でそれほど混雑しないだろうとの読みで、この旅程を組んだが心配であった。
入国審査に行くと、がらがらに空いていた。
入国カードのマレーシアでの住所欄(通常ホテル名を記入)を、台湾の時同様空欄にして提出したが、何も言われなかった。
気付かなかったのか、無視したのか? 多分後者だろう。
マレーシア人向けの自動入国機があり数人利用していた。
機内持込み手荷物だけなので、そのまま税関を通り抜け出口へ、直進すれば出口で屋外へ出る。
その手前に「出発」の案内板があり、そちらの方へ向かった。
レストランやスターバックスを横目に進むとチェックイン・カウンターが並ぶ大きな体育館の様なところに出た。
エアーアジアのコロンボ行きチェックイン・カウンターの場所を調べ様としてもフライト情報モニターも案内所も見当たらない。
誰に聞けばいいのかと思っていると、西洋人が職員風の人と話していた。
私もコロンボ行きチェックイン・カウンターを尋ねとR18と言って場所の方向を教えてくれた。
荷物検査後、チェックイン・カウンターに行った。1人がチェックインしているだけであった。
旅程表とパスポートを渡すと、このスタッフはパスポートだけで搭乗手続きを済ませた。
最悪、旅程表を無くしてもパスポートだけでチェックイン出来る事を知った。
手荷物検査後、出国審査を受けて出国した。
搭乗ゲート前待合席に座ったのは、4時30分であった。
マレーシア入国滞在時間が僅か20分ほどである。
心配していた乗継が無事出来てほっとした。
冷房がギンギンに効いていて寒い。

搭乗が始まった、歩いて飛行機に向かい、タラップを上った。
左右に3席が並ぶ中型機であった。
定刻の6時15分ごろにエアーアジア AK255は、コロンボに向かった。
機内販売が始まった、食事を受取っている人がいる。見ていると搭乗券を見せていた。
私も予約時サンドイッチを予約していたので搭乗券を渡すとチェックして、サンドイッチが渡された。
ペットボトルの水が3リンギット(MYR3)で買った。
2年ほど前に行ったマレーシアで残ったリンギットを今回持って来ていたので、それで支払った。

3時間30分ほどでバンダラナイケ国際空港に着いた。7時過ぎである。
スリランカは、マレーシア、台湾とは2時間半の時差があり、日本とは3時間半の時差がある。
搭乗ブリッジを通ってイミグレーションに向かった。
搭乗ブリッジは新明和製であった。日本製と言う事は、日本の円借款による改修工事でもあったのだろう。
入国審査を受け、税関を抜けると両替所が4軒ほどあり、旅行社が出口に向かって並んでいた。
2万円を両替した。2万円が26,000スリランカ・ルピー(Rs.26,000)になった。
Rs.1,000紙幣で26枚を渡された。1000円札を26枚も持つ様なものである。
仕舞った、1万円の両替にすれば好かった!!


格安航空会社 LCCを関空-台北-クアラルンプール-コロンボまで利用して感じた事。
1.チケット価格
 関空→台北(ジェットスター)            16,150円(空港使用料2,650円+運賃13,500円)
 台北→クアラルンプール(エアーアジア)    TW4,285(11,688円)(Airport Tax1,759円+運賃9,929円)
 クアラルンプール→コロンボ(エアーアジア)  MYR158(4,319円)(Airport Tax683円+運賃3,636円)
                     片道合計  32,157円
 これが安いのか高いのか? 少なくとも2週間以上滞在するのであれば、安い。
 何故なら、往復で無く片道(1区間)売りが基本であるからだ。
 大手航空会社は、往復チケットが基本で、2週間以上や1ヶ月FIXになると極端に高くなる。
2.サービス
 2-1.飲み物も食事も出ない。
    機内販売がある。ペットボトルの水を3リンギット(MYR3)で買った。
    使用通貨が決まっている。クレジットカードは、ジェットスターでは金額○○以上であれば、使用可能であった。
    予約時、予約購入出来る。私は、チキンサンドイッチを6リンギット(164円)で予約した。
 2-2.座席が狭い。前後が狭く、リクライニングも僅かしか倒れない。
    私は体が大きくないので問題ないが、後に大柄な男が座わったら辛い。
    前が狭いので膝で私の座席を押す、すると私の背中が膝で押され不愉快な思いをした。
    リクライニングがほんの僅かしか傾かないので夜行便は辛い。
 2-3.映画も音楽もない。
3.手荷物
 3-1.機内持込み手荷物 無料 
    大きさ×重量制限 大きさ 56cm×36cm×23cm以下
                重量  7kg以下(ジェットスターは10kg以下)
 3-2.預入手荷物 有料 
    15kg~30kgで5kg刻みで料金が決まっている。料金US$7~US$42
4.その他
 4-1.座席予約
    以前、自由席であったが、現在は座席指定になっている。ただし、チェックイン時に座席の希望を受付けない。
    予約時に、座席指定を有料で行なっている。料金5リンギット(137円)
 4-2.搭乗ブリッジ
    クアラルンプールLCC専用ターミナルには、搭乗ブリッジの設備がないので、歩いて飛行機まで行きタラップを上る。
    クアラルンプール以外は既存の空港なので搭乗ブリッジを使って搭乗、降機した。
    来年後期に全日空が関空を拠点にしたLCCを設立する。
    関空会社にLCCターミナル建設を要求しているそうだが、搭乗ブリッジの設備がないLCCターミナルにはしないで欲しい。
    日本には四季があり、冬の吹きさらしの中を歩いてタラップを上り搭乗するのはやめて欲しい。
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