見もの・読みもの日記

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いのちを見せる/動物園巡礼(木下直之)

2018-12-15 23:41:53 | 読んだもの(書籍)
〇木下直之『動物園巡礼』 東京大学出版会 2018.11

 何の前情報もなく書店でめぐり合ったので、ええー木下先生、今度は動物園か、と目を白黒させながら購入して大事に持ち帰った。そもそも巡礼の発端をさかのぼると、2004年に文学部で開講した「上野細見」という講義で、学生たちを上野動物園に連れていったことがあるそうだ。その後、2009年には大学院人文社会系研究科で講義「近代日本の文化政策-動物園とは何か」を開催し、東大出版会の『UP』誌に2011年から2017年まで連載していた「動物園巡礼」が本書のもとになっている。

 本書に登場する「巡礼先」は、日本動物園水族館協会(JAZA)加盟の動物園だけでなく、協会に加盟していない小さな動物園や歴史の彼方に消えてしまった動物園の跡も数多く含まれる。本書に教えられたことはたくさんあるが、ひとつは動物園の動物は意外と移動しているということだ。オラウータンのミミは、密輸入されて神戸・北野異人館街で保護されたあと、神戸、豊橋、福岡、再び神戸、天王寺、再び福岡の動物園を転々とした。沖縄生まれのカバの楽平は、別府、丸亀、大牟田の遊園地を移り歩き、その後の行方は杳として知れない。古い話では、戦後、インドのネール首相から贈られたゾウのインディラは札幌、旭川、函館まで巡回した。さらに遡れば、明治22年の憲法発布式には、大阪の興行師が所有するゾウのキー坊が参加したが、大阪に戻る途中、東海道横田川(野洲川のことか?)に架かる橋を踏み抜き、怪我が悪化して死んでしまったそうだ。

 動物園の動物といえば、狭い檻の中で一生を終わるイメージで、本書は、それを簡単に不幸と言えるのかという問題提起がされているが、人間の都合であちこち連れまわされる動物たちは、やっぱり可哀想だと思う。井の頭動物園のゾウのはな子はストレスで人間を二人殺してしまい、鎖につながれてゾウ舎に閉じ込められた。飼育員との間に信頼関係を築き、完全に体を回復するまで八年を要したという。東山動物園の飼育員浅井力三は、三頭の若いゴリラの飼育に奮闘するが、神経質なゴリラは、飛行機の爆音、バキュームカーの振動、落雷、人間の侵入等、怯えるとすぐに下痢をし、食欲を失った。やっぱり、動物園暮らしは、動物にとって苦痛が大きいんじゃないかなあと思う。

 動物のストレスを緩和する努力は続けられてきた。本書には上野動物園の「おサル電車」に関する章があって、私にはなつかしかった。は1948年に開通したおサル電車は大人気を博し、1972年には不忍池畔の西園に移動して、車両も大型化する。しかし、翌年秋に「動物の保護及び管理に関する法律」が制定されたことから1974年に廃止される。本書には、開通当初の小さな電車(幼児しか乗れない)と、サルの訓練に努力した飼育員の松尾清一の写真が載っている。私は大型化したおサル電車の記憶しかないのだが、松尾は、人間の都合で車両が大型化し、サルは運転席につながれるだけになってしまったこと、それを虐待と名指されたことに怒りを表明している。

 私が子どもだった頃は、このほかにも動物園や遊園地に動物のショーはつきものだったが、今ではすっかり影をひそめ、代わって動物の本来の姿を見せる「行動展示」が主流となっている。しかし水族館では、相変わらずイルカやアシカのショーが行われているというのは興味深い指摘である。

 それから、同じ展示施設である博物館や美術館と、動物園は何が違うのかという問題も興味深かった。明治政府は博物館の付属施設として、動物園(動物学園 Zoological Garden)の導入を進めた。しかし戦後、戦争で疲弊した市民を楽しませる娯楽施設の役割を期待されたことに加え、動物園は公園管理部局の所管になることが多く、教育施設からは遠ざかってしまった。しかし、昨年行われた京都国立博物館と京都水族館の連携企画『京博すいぞくかん』を思い出してみると、今後、博物館・美術館と動物園・水族館の連携には大きな可能性がある。

 また、最終章には「日本一地味、されど最先端」をうたい文句にし、地元の動物を中心に展示する富山市ファミリーパークが紹介されている。近年、テレビやネットを通じて、珍しい動物の生態を映像レベルで見ることが容易になった反面、身近な動物に触れる機会が極端に減ってしまったことを考えると、こうした取組みには確かに先進性があると思う。

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