見もの・読みもの日記

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麒麟と『黄山八勝画冊』を見に行く/石井波響(千葉市美術館)

2018-12-20 23:52:48 | 行ったもの(美術館・見仏)
千葉市美術館 生誕135年『石井林響展-千葉に出づる風雲児-』(2018年11月23日~2019年1月14日)

 石井林響という名前を聞いてもピンとこなかったが、ポスターになっている『童女の姿となりて』にはなんとなく見覚えがあった。クマソタケルを騙し討ちするため、女装したヤマトタケルを描いた作品である。ニニギノミコトとの出会いの場面を描く『木華開耶姫』(この表記は珍しい)も。私は、日本神話をモチーフにした明治・大正の絵画の、どこかぎこちない感じが好きなので、そういう特集の展覧会で見たのだと思う。

 石井林響(1884-1930)は千葉県山辺郡(現在の千葉市!)に生まれ、下村観山のすすめで橋本画邦に入門し、「天風」の号でデビューして歴史画を中心に高い評価を得たという。初期の作品には、日本神話のほかに、中国の仙人・仙女、弘法大師や布袋や観音を描いたものもある。確かに巧いが単調だなあと思っていたら、光琳や抱一を思わせるやまと絵ふうの『歌仙』が出てきたり、幻想的な高峰を背景に一羽の鶴を描く『蓬嶋孤鶴』(極端で大胆な構図は芦雪を思わせる)があったり、だんだん面白味が出てきた。

 大正初期の大作『桃源』『漁樵』は洋画のような色遣いで、冒険的な作品だと思うが、あまり好きではない。こっちの方向に行っちゃうのかなあと思ったら、大正中期には、水墨とわずかな色彩で、にじみや点描など効果的に使った作品が目立つ。華やかなのに知的でストイック。『巌礁之鶴図』について解説が、同時代の横山大観や今村紫紅の作との類似を感じさせる、と書いてあるのは分かる。でも私はこの構図にも芦雪を感じる。

 などと和んでいるところにガツンと衝撃を与えられるのが『王者の瑞』。金屏風の右端に黄色い中国風の衣を着た、灰色の長い顎鬚を垂らした老人。聖人(孔子)なのだろうか。左端には麒麟。長い首を垂れ、細い顔の両目は正面をにらんでいる。実在のキリンをモデルにしたというが、白い体に青い斑点(網目ではない)に置き換えることで、地獄の門番のような風情になっている。赤いたてがみと尻尾は、焔を纏っているようだ。この作品、本展の二つ折りチラシにもちゃんと掲載されているのだが、まさか2メートルを超す屏風だとは。しかし「千葉市美術館所蔵」とあるのに、どうして一度も見た記憶がないのだろう。いや、遅ればせながら見られてよかった。

 その後も林響の作品は変化していく。クレパスのようにふわりと包み込む色彩。変幻自在な点描の美しさ。表情豊かな動物たち。ここで閑話休題、「林響の愛したものたち」というコーナーが設けられている。浦上玉堂、久隅守景の墨画や墨画淡彩など。しかし、なんといっても驚きなのは、泉屋博古館所蔵の名品、石濤の『黄山八勝画冊』が一時、林響のコレクションにあったということだ。正直、私はこの作品が見たくて本展を見にきた。ついでに、この作品の図版が大きく載っていたので図録も購入した。この日、開いていたのは第1図で、山道を辿る男性が、立ち止まって杖を横たえ、眺望を楽しんでいる。一瞬、弁髪っぽく見えたのだが、垂らしているのは頭巾の紐なのかな。暖色と寒色をバランスよく配した淡彩の美しさよ…。

 たいへん興味深かったのは、林響が金策のため、この図冊を手放した際の書簡が、今も図冊と一緒に伝わっていることだ。林響は杖田春雷宛ての書簡で、画冊への愛着を縷々述べたあと「せめて壱萬円位を投げ出していただきたい」と率直に訴えている。画冊は杖田の仲介で、住友寛一のコレクションに入り、今に至る。住友家がこの書簡を後世に残してくれたことに感謝したい。林響は、円熟した宋画より意気旺盛なる明清の文人画の方が面白い、という発言をしていたそうだ。すごく共感できる。

 また、図冊の内箱(木箱)の蓋裏には、林響と親交のあった中国の篆刻家・銭痩鉄の揮毫があって、林響は八大山人と謂う可く、鉄斎は石濤に連なるという文言がある。うーん、ちょっと受け難いところもあるが、このように日本の画家と中国それも明清の画家が近かったというのは嬉しい。

 林響の晩年の作品は、色数をしぼった墨画淡彩が多いが、おそろしいほどの濃彩の金屏風も描いている。『野趣二題』は日本画でも洋画でもない、新しい表現を追求しているように思える。最後まで変化に継ぐ変化で、冒頭に見たのが日本神話を題材にした歴史画であったことなど、忘れてしまいそうだった。

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