〇世田谷文学館 企画展『あしたのために あしたのジョー!展』(2021年1月16日~3月31日)
『あしたのジョー』 (原作:高森朝雄、作画:ちばてつや)は、講談社の『週刊少年マガジン』に1968年1月から1973年5月にかけて連載されたスポーツマンガの金字塔である。連載開始から50年を経て、今も多くのファンに愛されている。
連載当時、小学生だった私は、さすがにリアルタイムの熱狂は経験していない。近所の床屋(美容院ではない)に散髪に行くと、少年マンガ誌がたくさん置いてあって、そこで触れた記憶はある。年下の従弟(男子)の家には『巨人の星』や『タイガーマスク』が揃っていたが、『あしたのジョー』は無かった気がする。いや、私が、この作品を避けていたのかもしれない。殴り合いシーンが暴力的だから? そうではなくて、高度成長期以降の東京しか知らない小学生には、ドヤ街とか泪橋とか、この作品の根底に織り込まれた社会構造、貧富の差、階級格差みたいなものが分からなくて、ちょっと難しかった気がする。
会場には、名場面をつないだパネルで、作品のあらすじが紹介されていた。これを見ると、ジョーの少年院入りから力石徹との死闘までの前半は、だいたいおぼろげな記憶があった。どこかで一、二回は原作を読んでいるのだろう。後半は、1980-81年放映のTVアニメ『あしたのジョー2』の記憶が強くよみがえった。このアニメは、出崎統・杉野昭夫の作品で、かなり熱烈にハマって見ていたのだ。今回、会場で原作のパネルを見て、アニメのセリフや登場人物の服装などが、かなり原作に忠実だったことを感じた(もちろん意識的に改変した点もあるだろうが)。
高森城(高森朝雄=梶原一騎氏の長男)氏とちばてつや氏は、それぞれ「名場面15R」を選んで、熱い言葉で解説を付している。さらに生前の高森朝雄氏が作品を語った言葉など、貴重な文章が会場の壁いっぱいにちりばめられてて、ひたすら貪り読んでも飽きなかった。最終回をどうするか、考えあぐねていたとき、そのずっと前、ジョーが紀子にボクシングについて語る中に「真っ白な灰」という言葉があることを思い出し、あのシーンになった、という証言が強く印象に残った。作ろうとして作ったものでなく、自然に生まれたラストシーンなのだな、と思った。
会場冒頭のあいさつパネルに記された、ちばてつや氏の直筆サイン。
高森朝雄氏の筆跡はまさかの丸文字!(生原稿は撮影できないので写真パネルから)
これは『あしたのジョー』最終回が掲載された少年マガジンの表紙。ちばてつや先生(左)若い! 右のこわもては高森朝雄氏。そしてリングのまわりには、ホセ・メンドーサとかカーロス・リベラとか、登場人物たちが勢ぞろいで、力石徹も交じっているのが微笑ましい。
「戦後」の混沌が終わろうとする時代の、爆発的なエネルギーを背負っていて、大衆文学と純文学のいいとこ取りみたいな作品だと思う。あの頃の日本社会の光と影を知るためにも、何度も読み返されてよい作品。取り上げてくれてありがとう、世田谷文学館。