見もの・読みもの日記

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ひとへに風の前の塵に同じ/双調 平家物語14~16(橋本治)

2013-03-17 11:26:10 | 読んだもの(書籍)
○橋本治『双調 平家物語』14~16(中公文庫) 中央公論新社 2010.5-2010.7

 『双調 平家物語』11~13の続き。ようやく全巻読了。「治承の巻II」(14)は治承4年(1180)の以仁王の挙兵とその帰結、京都の不穏な空気を嫌って敢行された福原遷都を物語る。「源氏の巻I」(14,15)は舞台を東国に移し、頼朝の挙兵と東国武士たちの動向。「落日の巻」(15,16)は清盛の死、木曽義仲の入京。「灌頂の巻」(16)は義仲の敗北、平家の滅亡が慌しく描かれる。

 原典「平家物語」では、と言うべきか『双調平家物語』では、と言うべきか、これまでも多くの死が描かれてきたが、この3巻では、さらに多くの者が死んでゆく。これだけ多くの死を、ひとつひとつ印象的に描いた文学って、日本文学の中でも珍しいのではないかな、と思う。

 とりわけ、私が心打たれたのは、まず源三位頼政の最期。原典「平家」で、あまりこの人に魅力を感じたことはなかったので、本作品の周到な描き方が成功しているのだと思う。勝機を失った頼政に従う郎党たちも魅力的だ。あと私自身が年齢を重ねて「老武者」たる頼政の心境に共感できるようになったこともあるのかもしれない。

 それから木曽義仲。木曽殿最期は「平家物語」で最も好きな箇所だ。原典「平家」の義仲は、田舎者の愚かしさと武に生きる者の清々しさが表裏一体となって(計算の上というより結果的に)陰影のある人物像を作り上げていると思うのだが、本作品は、原典「平家」ほど、義仲の田舎者ぶりを揶揄する描き方をしない。無欲で慎重な武将・義仲に道を誤らせる役は、ちょろちょろと小賢しい叔父の行家が負っている(ほんとにダメだな、こいつ)。義仲は、原典に比べて「愚かさ」の描写が不足である分、文学的な悲劇性が薄まっているようにも感ずるが、やっぱり素敵だ。

 清盛は原典どおり熱病で、わりとアッサリ退場していくのだが、死の直前、頼朝を憎む気持ちとともに、頼朝の助命を嘆願した継母の顔がよみがえり、さらに幼い頃、わけもなく「風にそよぐ葉叢」をじっと見ていた記憶が浮かんで、闇の中に消えていく。本作品全体のトーンからすると、例外的に抒情的な描写だ。基本的に原典「平家」は、外にあらわれる行動しか描かないから、こうした内面描写を加えたくなるんだろうな、作家としては。

 印象的な「死にゆく者」の傍らには「生き抜く者」がいる。清盛の死後、天下に再臨する後白河法皇のしぶとさ。義仲の敗北、平家の滅亡を経ても、鎌倉を動かない頼朝。非常に短くしか語られないのだが、二人の対峙には、てのひらに汗がにじむような鋭い緊張感がある。朝廷の秩序に組み入れられること(=官を上らせ、やがて断崖に追い詰められること)を拒んで、武者を率いる「征夷大将軍」の官のみを願う頼朝と、それを絶対に許さない後白河院。このかけひきの政治的な意味を理解していた同時代人は少なかっただろうと想像する。院の死後、頼朝はついに征夷大将軍の官を得て、鎌倉に幕府を開く。が、その頼朝も病に倒れる。死ぬも生きるも、差はひととき。「平家」冒頭の「ひとへに風の前の塵に同じ」というフレーズがよみがえる。

 やがて、鎌倉幕府に起きる血腥い政争。「武」を取り戻そうとした後鳥羽院の挙兵。それらの後日談を足早に語って、本作は幕を下ろす。著者は最後に映像を巻き戻すように、清盛の妻・二位の尼時子が、「武=力」の象徴である宝剣を腰に差し壇ノ浦に沈んだシーンに戻り、このとき「王朝の一切は終わっていた」と結ぶ。「平家」の物語は、後世への影響の射程が長いため、どこで切り上げるかが難しいんだな、とあらためて思った。本作の結びは、納得できるものであるけれど、長い長い物語の終幕としては、もう少し余韻がほしい気もした。その点では、原典「平家」の灌頂の巻、すなわち大原御幸は、よくできたエピローグだと思う。

 最後に著者による「文庫版のあとがき」あり。この作品を書きながら感じた疑問の数々は『権力の日本人』『院政の日本人』という2冊にまとまっているという。後日、読んでみよう。
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春の準備

2013-03-17 08:30:38 | 日常生活
東京は、すっかり春の陽気。



4月1日から北国の住人になることが告げられ、先週末からその準備にかかっている。宮仕えの身は、いつもこんなもの。

もっとも、最初に慌てたより時間的な余裕があるので、東京に名残りを惜しんで、週末は適度に遊び歩き、だらだらしている。今のうちにやったほうがいいことはいくつもあるのだが、まあ何とかなるだろう。

いまの生活環境を離れるに当たっての儀式や宴が、ありがたいが面倒くさい。

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