○根津美術館 開館70周年記念特別展『春日の風景:麗しき聖地のイメージ』(2011年10月8日~11月6日)
其の一「月」編は、春日宮曼荼羅についての雑感を述べたが、ここでは『春日権現験記絵』の感想を中心に述べたい。高階隆兼筆、全20巻、鎌倉時代、宮内庁所蔵。私の大好きな絵巻のひとつであるが、ホンモノはめったに見たことがない。書き始めて7年になるこのブログでも、2005年と2009年に登場しているだけである。
本展では、巻1と巻19を展示。巻19は、一度見たら忘れられない、アイシングしたような雪景色の春日山が描かれている。私は、たぶん1999年、東博平成館の開館記念展で、この場面を見て、『験記絵』のファンになってしまった。しかし、2009年の『皇室の名宝』展の感想にも書いているように、この絵巻のストーリーは、よく理解していなかった。今回は、巻19の冒頭から三分の二くらいまでが開いているので、かなり物語を読み込むことができる。
巻19は、正安3年(1301)10月、春日社に押し入った悪党が、神鏡14面を強奪した事件の顛末を記している。絵巻制作のわずか10年ほど前の出来事である。冒頭、興福寺の衆徒軍が、悪党追捕のため、社殿に参集する。これに続くのが、時ならぬ雪景色の春日山。そして、悪党と衆徒の合戦が描かれ、神鏡3面を取り戻す。その後、瑞光に導かれ、山寺の堂内や土中から、次々に神鏡が発見され、最終的には全て取り戻すことができた。
これについては、本展図録のコラム「雪にこめられた神威(松原茂)」が興味深い。御正体の神鏡14面を奪われるという屈辱的な災難に遭った春日山の雪景色を、歴史家の五味文彦氏は「春日山が深い悲しみをたたえているさま」と解釈しているそうだ。松原氏は「むしろ春日神の静かな怒りを表しているようにも思える」と評している。どちらの解釈も感銘深い。
日本の野山は、人間の行為に対し、怒りや悲しみ、あるいは喜びや慈しみなど、いつも豊かな感情を表してきた。絵師はそれを表現し、見るものはその意味を理解することができたのだ。そのことを忘れて、「わあ、きれい!」だけで、やまと絵を見てはいけないな、と感じた。
『験記絵』は、痛みやすい絹本であるにもかかわらず(←ここ強調!)700年も伝えられてきたことも驚きであるが、上記コラムの補注によれば、宮内庁は、平成16年(2004)から15年計画で、全巻の本格修理に踏み切ったという。痛みやすい表紙ははずして別置保存し、「皇后陛下が飼育された日本純産種の蚕・小石丸の糸を用いて復元模造した綾で新調された」という。なんと、ありがたい。平成の世に皇室があってよかった、と素直に思ってしまった。
以上のとおり、今回の展示図録は、豊富な情報を含んでいて、お買い得(まだ全部読んでいないけど)。絵巻の図版が大きいのも嬉しい!
このほかの展示品では、工芸の優品が多数。青いビーズ(ガラス玉)の瑠璃燈籠は、灯を入れたところを見てみたい。会場のキャプションボードに、『験記絵』に同じものが描かれている、とあったので、探してみたが、見つけることができなかった。いま図録を読んだら、巻1の冒頭、社殿の軒下に小さく描かれている。東博所蔵の『春日宮曼荼羅彩絵舎利厨子』は、厨子の奥壁に、まっすぐ伸びる参道、朱塗りの鳥居、春日山を描く。遠近法の効果が感じられる。
初めて知った豆知識として「南都八景」というのを挙げておこう。「東大寺鐘」「春日野鹿」「三笠山雪」「猿沢池月」「佐保川蛍」「雲井坂雨」「轟橋行人」「南円堂藤」だそうだ。文献上の初出は『蔭涼軒日録』の由。雲井坂と轟橋は、「奈良きたまち」のサイトに詳しい(面白いな。このサイト)。
展示室5は「古代織物の美」を開催中。中国および日本の7~8世紀の織物が、端切れとはいえ、50点も見られる貴重な展示なのだが、夏の中国旅行で、紀元前の衣服がまるごと残っている(荊州博物館)のを見てしまったインパクトから立ち直れていないので、いまひとつ感興が湧かない。展示室6は、今年も「名残の茶」。やっぱり、この時期(晩秋~冬)の茶道具取り合わせが、私はいちばん好きだ。
其の一「月」編は、春日宮曼荼羅についての雑感を述べたが、ここでは『春日権現験記絵』の感想を中心に述べたい。高階隆兼筆、全20巻、鎌倉時代、宮内庁所蔵。私の大好きな絵巻のひとつであるが、ホンモノはめったに見たことがない。書き始めて7年になるこのブログでも、2005年と2009年に登場しているだけである。
本展では、巻1と巻19を展示。巻19は、一度見たら忘れられない、アイシングしたような雪景色の春日山が描かれている。私は、たぶん1999年、東博平成館の開館記念展で、この場面を見て、『験記絵』のファンになってしまった。しかし、2009年の『皇室の名宝』展の感想にも書いているように、この絵巻のストーリーは、よく理解していなかった。今回は、巻19の冒頭から三分の二くらいまでが開いているので、かなり物語を読み込むことができる。
巻19は、正安3年(1301)10月、春日社に押し入った悪党が、神鏡14面を強奪した事件の顛末を記している。絵巻制作のわずか10年ほど前の出来事である。冒頭、興福寺の衆徒軍が、悪党追捕のため、社殿に参集する。これに続くのが、時ならぬ雪景色の春日山。そして、悪党と衆徒の合戦が描かれ、神鏡3面を取り戻す。その後、瑞光に導かれ、山寺の堂内や土中から、次々に神鏡が発見され、最終的には全て取り戻すことができた。
これについては、本展図録のコラム「雪にこめられた神威(松原茂)」が興味深い。御正体の神鏡14面を奪われるという屈辱的な災難に遭った春日山の雪景色を、歴史家の五味文彦氏は「春日山が深い悲しみをたたえているさま」と解釈しているそうだ。松原氏は「むしろ春日神の静かな怒りを表しているようにも思える」と評している。どちらの解釈も感銘深い。
日本の野山は、人間の行為に対し、怒りや悲しみ、あるいは喜びや慈しみなど、いつも豊かな感情を表してきた。絵師はそれを表現し、見るものはその意味を理解することができたのだ。そのことを忘れて、「わあ、きれい!」だけで、やまと絵を見てはいけないな、と感じた。
『験記絵』は、痛みやすい絹本であるにもかかわらず(←ここ強調!)700年も伝えられてきたことも驚きであるが、上記コラムの補注によれば、宮内庁は、平成16年(2004)から15年計画で、全巻の本格修理に踏み切ったという。痛みやすい表紙ははずして別置保存し、「皇后陛下が飼育された日本純産種の蚕・小石丸の糸を用いて復元模造した綾で新調された」という。なんと、ありがたい。平成の世に皇室があってよかった、と素直に思ってしまった。
以上のとおり、今回の展示図録は、豊富な情報を含んでいて、お買い得(まだ全部読んでいないけど)。絵巻の図版が大きいのも嬉しい!
このほかの展示品では、工芸の優品が多数。青いビーズ(ガラス玉)の瑠璃燈籠は、灯を入れたところを見てみたい。会場のキャプションボードに、『験記絵』に同じものが描かれている、とあったので、探してみたが、見つけることができなかった。いま図録を読んだら、巻1の冒頭、社殿の軒下に小さく描かれている。東博所蔵の『春日宮曼荼羅彩絵舎利厨子』は、厨子の奥壁に、まっすぐ伸びる参道、朱塗りの鳥居、春日山を描く。遠近法の効果が感じられる。
初めて知った豆知識として「南都八景」というのを挙げておこう。「東大寺鐘」「春日野鹿」「三笠山雪」「猿沢池月」「佐保川蛍」「雲井坂雨」「轟橋行人」「南円堂藤」だそうだ。文献上の初出は『蔭涼軒日録』の由。雲井坂と轟橋は、「奈良きたまち」のサイトに詳しい(面白いな。このサイト)。
展示室5は「古代織物の美」を開催中。中国および日本の7~8世紀の織物が、端切れとはいえ、50点も見られる貴重な展示なのだが、夏の中国旅行で、紀元前の衣服がまるごと残っている(荊州博物館)のを見てしまったインパクトから立ち直れていないので、いまひとつ感興が湧かない。展示室6は、今年も「名残の茶」。やっぱり、この時期(晩秋~冬)の茶道具取り合わせが、私はいちばん好きだ。