見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

いつものおなじみ/袖のボタン(丸谷才一)

2007-07-16 19:58:14 | 読んだもの(書籍)
○丸谷才一『袖のボタン』 朝日新聞社 2007.7

 出たら即買いと決めている、丸谷さんのエッセイ。本書収録分は、2004年4月から2007年3月まで、「朝日新聞」朝刊に、月1回、掲載されたもの。雑誌連載に比べると、各回の分量がやや短い。そのため、丸谷エッセイの醍醐味、何気ない日常の話題に始まり、ホラ話みたいに大きく発展して、予想もつかない着地点に落ち着く、という「序破急」の味わいが削がれているように思う。また、取り上げる話題も、新聞という媒体の性質を気にしてか、穏当なものばかり選んでいるようで、ちょっと物足りない。

 そんな中で、面白かったのは「『野火』を読み返す」「中島敦を読み返す」という文学論。前者は、大岡昇平の『野火』が、「レトリックと音楽の同時的表現」という、日本の近代文学が捨ててしまった表現の型を、例外的に達成していることに注意を促す。そして、その文体が「明治訳聖書の直系に当たる」ということも。著者は、ありふれたイメージを用いて象徴性に富む比喩を作り出したイエスの説教に淵源を遡ろうとするけれど、私はむしろ、ヘボン等お雇い外国人たちの仕事(翻訳)が、日本の近代文学の血肉を作ったことに感動する。

 中島敦については、「欧米人をこれほどいきいきと描いた人がほかに誰かゐるかしら」とあやしみ、同様に、人間を国民国家的にではなく、全世界的に扱おうとしたヘンリー・ジェームスとの類似に注目する。いかにも著者らしい着目点である。

 もうひとつ、初めて知って、心に残ったのは釈迢空(折口信夫の別名)が、彼の初恋の青年に贈られたかたみであるという説。そして、迢空=超空とは『抱朴子』に載せる一足の山魅の名前であるとのこと。興味深かったのは、そのくらいか。
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