見もの・読みもの日記

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関西・秋の文化財めぐり(6):光悦と楽道入

2006-11-04 08:51:17 | 行ったもの(美術館・見仏)
○楽美術館 『光悦と楽道入 二つの楽茶碗 ふたりの交友』

http://www.raku-yaki.or.jp/museum/index-j.html

 「関西文化財めぐり」2日目。行きたいところはいろいろあったのだが、前日の「京焼」がよかったので、今回は焼きものつながりで行こう!と決断して、また楽美術館に行ってしまった。ほぼ10時の開館と同時に入ったのだが、日曜日ということもあって、小さな展示室は混雑していた。

 楽美術館は2度目である。前回7月は『手にふれる楽茶碗観賞会』に参加できたことが収穫だったが、『夏とあそぶ』と題した展示は、あまりパッとしたものではなかった。しかし、今回はすごい。前回が「ハレとケ」の「ケ」であるとしたら、今回は、目も眩むばかりの「ハレ」そのものである。

 総合芸術家の光悦は、楽家二代常慶、三代道入親子の手伝いを得て茶碗作りを始めた。伝世する光悦茶碗のほとんどは楽家の窯で焼かれ、特に黒楽茶碗は道入の釉薬と同じ釉質を認めることができるという。展示室の冒頭で待っているのは、光悦作の黒楽茶碗『雨雲』。以前、三井記念美術館の開館記念特別展で見て、たちまち魅了されてしまった逸品である。ほかにも『東』『朝霧』『水翁』と光悦の作品が並ぶ。

 ふと、ごった返す見学者の中で、ひときわ背の高いジーンズ姿の男性(ぱっと見には青年のようで、年齢が分からない)が、品のいい年配のご夫婦に、展示品の説明をしているのに気がついた。男性の横には、黒のフォーマルドレスの女性が、一歩下がって控えている。男性は『朝霧』『水翁』を指して、光悦が茶碗を作り始めた頃の作ではないか、と言い、「言葉は悪いけど、まだちょっと、どんくさいでしょ」とうれしそうに評する。誰なんだ、この人は?と不思議に思っていたら、別の観客グループから 「ご当代...」という囁き声が聞こえた。あ! そうか。どうやら、楽家十五代当主の吉左衛門氏であったらしい。連れのご夫婦はお知り合いなのであろうか。申し訳ないとは思いつつ、ご当代のギャラリートークに聞き耳を立てることにした。私以外の、その場に居合わせた人々も、同じ思いだったに違いない。

 ご当代のお話は、展示品を「茶碗」として使ったことのある者にしか分からない点が多々あって、興味深かった。道入の茶碗は薄い(破れノンコウとも言う)ので手のひらにお茶の熱さを感じるとか、ふくらみがなくて高台の低い光悦茶碗は指がかからないので持ちにくいとか、茶席で見たほうが見栄えがする茶碗と、逆に展示ケース栄えするもの(たとえば道入の『青山』)があるとか。光悦には大ぶりの茶碗が多いので、彼は手が(体が)大きかったのではないか、とか。

 楽美術館のサイトに案内が出ているが、10月16日(月)には、三井記念美術館に出品中(休館日)の『村雲』を用いて、特別茶会を開き、ご当代が席主をつとめられたという。ひえ~大胆な! いや、しかし茶碗は使われてこそ茶碗なのだから、こうした取り組みは正しいと思う。しかし、翌17日(火)に三井記念美術館を見に行った人々は、展示ケースの中の光悦茶碗が、まさか前日に茶席で使われていたとは思わなかったろうなあ。参加者は抽選だったそうだが、そんな幸運に浴した方がいたら、ぜひ当日の様子を教えてほしい。

 展示品の1つに光悦の「ちゃわんや吉左宛書状」がある。「ちゃわん四分ほど白土赤土御持候而いそぎ御出可有候」という文面で、光悦が、作陶のための土を楽家に所望したものである。しかし、「土は茶碗家の命」であり(何年もかけて練り上げる)、光悦はそのことをよく承知していたから、「ちゃわん四分ほど」のように控えめな表現を用いているのだという(四の字が、迷った末のように端に寄っている)。楽家のご先代は、この書状を非常に愛して(書いてもいいかしら→)病床に持ってこさせたというお話も、立ち聞きしてしまいました。

 2階の奥の展示室は、光悦と道入の名品が交互に並んでいて、美の競い合いは、息詰まるような迫力である。道入の黒茶碗『青山』はキラキラ輝く釉が主役。口径部では白色光が青く光る。光悦の『乙御前』は、光悦茶碗にしては小柄だが、底部が大きくふくらんでいるため、高台は意味なく本体にめりこんで浮いている状態である(”桃尻”とも)。道入の『稲妻』、光悦の『紙屋』、いずれも絶品だと思った。
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