見もの・読みもの日記

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「公共」の意味/未来をつくる図書館(菅谷明子)

2006-11-06 12:41:13 | 読んだもの(書籍)
○菅谷明子『未来をつくる図書館:ニューヨークからの報告』(岩波新書) 岩波書店 2003.9

 著者の菅谷明子さんには、とある研修の講師をお願いしたことがある。そのとき、ビジネス支援を中心に、日本の公共図書館ではまず考えられないような、積極果敢な市民サービスに取り組むニューヨーク公共図書館の事例を聞いて、目が覚めるような気持ちがした。それからしばらくして本書が出たのだが、ずっと読む機会を逸していた。それを、突然、読む気になったのは、来週に控えたアメリカ出張の準備である。

 とりあえず、読んでおいてよかった。そもそも”公共”の意味が、日本と全く違うことを、私は本書を読んで初めて理解した。ニューヨーク公共図書館は、日本のように地方自治体が運営する”公立”図書館ではなく、非営利民間団体(NPO)によって運営されている。

 同館は、19世紀半ば、篤志家の個人図書館を端緒とし、1901年、鉄鋼王カーネギーの大口寄付によって、基礎が作られた。カーネギーは寄付に際して、ニューヨーク市は建設用地を提供し、「維持・運営費用を永久に負担しなければならない」という条件をつけた。つまり、寄付を受ける自治体の側にも、相応の努力と責任を求めたのである。この「パブリック・プライベート・パートナーシップ(PPP)」の伝統は、今日にも生かされているという。

 とにかく、そのサービスの質と量はすごい。ウェブサイトには、図書館が独自に作成したデータベースもあれば、高額な外部データベースへのアクセスも用意されている。ニューヨーク市民である著者は、東京にいながらでも、図書館カード番号を入力すれば、これらの資源を無料で利用できるのだそうだ。

 デジタル・リソースを積極的に取り入れながら、同時に、人と人の結びつきを重視しているのが、同館の活動のユニークなところである。同館では、データベースの講習会のほか、履歴書の添削や面接のテクニックを教える就職支援講座、医療情報講座など、さまざまなイベントが開かれている。利用者は「インターネットでは得られない」具体的なアドバイスを、講師から得ると同時に、同じ悩みや希望を持つ人々と、情報交換のネットワークを作ることができる。図書館は、その「顔合わせ」の場を提供しているのである。

 この「顔合わせ」重視をつきつめたのが、付設の「研究者・作家センター」で、世界各国から15名の研究員を集め、1年間、自由な研究をさせるというプロジェクトである。研究員は、図書館が主宰する公演、セミナー、読書会などへの参加を求められるが、唯一の義務は「何があっても毎日一緒に昼食を取ること」(!)だそうだ。資金集めのプロモーションの側面もあるのだろうが、面白い試みだと思う。

 もちろん、厳しい現実もある。2001年の同時多発テロ以後、ニューヨークでは景気後退が続き、市は大幅な予算削減を断行した。図書館に対する資金援助もマイナスとなり、人員削減や開館日数の縮減に迫られるところも多くなっている。しかし、図書館の「資金集めのプロ」たちは、諦めることなく、熱い思いを胸に、知恵をしぼって、動きまわっている。

 本書は、アメリカ社会の「明るい面」が、次から次へと繰り広げられるレポートである。うらやましいといえば、うらやましい。一方では、こんな社会に生きていくのはチョット大変だなあ、とも思う。

 しかし、ニューヨーク公共図書館のように、「行政」から独立するということは、「公共」の真の理念を実現する上で、不可欠の条件なのではないか。日本人は、「Public」を「公儀(おかみ)」の「公」に置き換えた時点で、何か大事なものを見落としたのではないかと思った。福沢諭吉の大学民営化論を思い出す。

 「行政」から独立した組織であればこそ、同館は、政治的に微妙な問題にも堂々とコミットできると言う。ちなみに、現在の The New York Public Library のサイトを見にいくと「Branch Libraries」→「Readers and Writers」→「Staff Picks(RECOMMENDED READING - Booklists from The New York Public Library)」に、「Gay and Lesbian Pride, 2006」という推薦書リストが載っていて感心させられた(日本で考えるほど「微妙な問題」ではないのかも知れないけど)。

■The New York Public Library(英語)
http://www.nypl.org/
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