見もの・読みもの日記

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職業としての兵士/幕府歩兵隊(野口武彦)

2006-05-25 11:15:27 | 読んだもの(書籍)
○野口武彦『幕府歩兵隊:幕末を駆けぬけた兵士集団 』(中公新書) 中央公論新社 2002.11

 野口武彦さんの本、4冊目。近著の『長州戦争』でも活躍する幕府歩兵隊の誕生(文久2年=1862)から崩壊(明治元年=1868)まで、7年間を追ったルポルタージュである。百年以上も前の事件をルポルタージュ(現地報告)と呼ぶのはおかしいけれど、敢えてそう呼びたいくらい、迫真の描写で綴られている。

 歩兵隊は、幕末の軍事制度の大改革によって作られた。はじめ、幕府は旗本・御家人のための武術講習所を開き、軍備の近代化を図ろうと考えたが、なかなか埒が開かない。そこで文久2年、徴集された農民と、江戸で直接雇い入れた無頼の徒によって、歩兵組が編成された。長州戦争や鳥羽伏見の戦いに駆り出されたが、戦果はゼロに等しかった。しかし、慶応4年(明治元年)、江戸開城にともない、多くの歩兵が脱走。ここから彼らは実戦経験を積むにつれて、どんどん強くなる。北関東・奥羽・箱館で官軍と戦い、敵を苦しめたが、最後は五稜郭の落城とともに、歴史の表舞台から姿を消した。

 いろいろ面白い点があるのだが、私は、当時の歩兵の銃の撃ち方に目を見張った。これは薩摩兵の例であるけれど、4列縦隊の密集隊形では、第1列は初弾を発射した後、膝打ちの構えで銃剣の槍ぶすまを作る。射撃するのは第2列だけ。第3列は空銃を左手で受け取って第4列に渡し、装填済みの銃を右手で前に渡す。第4列が弾込めをする。すごい。茶道のお作法も真っ青ではないか。これだけのことが、脱落者なく整然とできなければ「近代歩兵隊」には、なれないのだ! 映画(あまり見ないが)の戦闘シーンでは、ただ喊声をあげて突撃する兵士しか記憶にないけれど。

 また、長州戦争の見聞録で、朝から翌朝まで30発も撃って銃身が熱してしまうと、前線を交代して岩陰でぐうぐう眠り、また銃が冷めると撃ち続けたというのも、ウソのようだが本当なのだろう。

 北越戦争では、弾薬が欠乏してくると、休戦して補充と休養の時間を取る。すると両軍兵士は塹壕の上に出てきて、互いの給与の状態(!)などを語り合ったという。そう、歩兵は「職業」なのだ。

 著者は本書を「幕府歩兵隊へのファン・レター」であると言ってはばからないが、その「ファン心理」は、以下の一文に尽きると思う。「天皇」とか「将軍」とかパーソナルな忠誠対象がなくても、兵士はけっこういい戦争をする――「いい戦争をする」ね。物騒な言い方だが、著者の言いたいことはよく分かる。ここに描き出されているのは、その後の日本軍が目指した「天皇の軍隊」とは全く対極の、「職業としての兵士」なのである。

 ところで、幕府歩兵隊は「日の丸」を掲げ、官軍は「菊の紋章」を染め抜いた旗を掲げた。戊辰戦争とは「日の丸」と「菊花旗」が交戦した戦争であったという。「この一事だけでも後世に語り残しておかなければ」と著者は言うけれど、実にさまざまなことが考えられて、面白いと思う。
コメント (2)
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