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見もの・読みもの日記

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権力闘争を離れて/中華ドラマ『笑傲江湖』(2001年版)

2021-12-06 19:51:58 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『笑傲江湖』全40集(張紀中制作、CCTV放映、2001)

 『笑傲江湖』は武侠小説の古典だが、私は小説(翻訳)を読んだことも映像作品を見たこともなく、ずっと気になっていた。先だって佐藤信弥氏の『戦乱中国の英雄たち』で、2019年のドラマ『陳情令』は『笑傲江湖』のいわば本歌取りであるという説明を読んで、これは『笑傲江湖』を見なくては、と決めた。では、どのバージョンを見るか。2001年版が原作の改変によって多くの非難を受けたことは承知していたが、私は張紀中プロデュースの『射鵰英雄伝』『天龍八部』にハマった過去があるので、やっぱり同じシリーズが見たかった。YouTubeで簡体字字幕版を見つけて視聴し、結果としては大満足である。

 主人公の令狐冲(李亜鵬)は、酒好きで気のいい青年。孤児だったが、崋山派の掌門・岳不群と妻の寧女侠に拾われて育ち、一門の大師兄(一番弟子)となっている。この頃、江湖では、五岳(東岳泰山、南岳衡山、中岳嵩山、西岳華山、北岳恒山)に各派があり、嵩山派の左冷禅が五岳の総帥の位置を占めていた。これら正派の武門とは別に、魔教(日月教)と呼ばれる一派があった。衡山派の副総帥・劉正風は、魔教の長老・曲洋と音楽を通じて親交を深めていたが、そのことを左冷禅らに追及され、友と二人で命を絶つ。劉正風が作曲した簫と琴の合奏曲「秘曲 笑傲江湖」の楽譜は、たまたま通りかかった令狐冲に託された。その後も令狐冲は、偶然に導かれ、さまざまな秘技や武功を身につけていく。

 同じ頃、崋山派は、林平之という青年を一門に加えることになった。林平之は青城派の余滄海に両親を殺され、敵討ちを志していた。しかし岳不群の本心は、林家に伝わる剣術の奥義書「辟邪剣譜」を手に入れることにあった。岳不群の一人娘で令狐冲と兄妹同然に育ってきた岳霊珊は、林平之に恋心を抱く。

 令狐冲は魔教の聖姑と呼ばれる少女・任盈盈に出会い、次第に惹かれ合っていく。令狐冲は、偶然から、西湖の湖底に監禁されていた任盈盈の父親・任我行を救出し、魔教の武功「吸星大法」を身につける。さらに、任我行を排除して魔教を牛耳っていた東方不敗と蓮弟(楊蓮亭)を倒し、任我行が教主の座に返り咲くのを助けることになる。

 嵩山派の左冷禅は、五岳を全て我が物にしようと画策していたが、「辟邪剣譜」を修得した岳不群に敗れる。令狐冲は(これも偶然から)尼僧集団の恒山派の掌門となっており、岳不群から距離を置こうとつとめる。しかし、江湖を統一し「天下第一」の称号を得ることに取りつかれた岳不群と、同じ野望を抱く魔教の教主・任我行は、令狐冲を味方に取り込もうと暗闘する。その過程で、華山派の師娘・寧女侠や岳霊珊、さらに多くの好漢たちが犠牲になっていく。

 ついに岳不群は魔教の本拠地・黒木崖に攻め入り、任我行を倒すが、令狐冲と恒山派の尼僧たちによって討ち取られる。恒山派の掌門を尼僧の儀琳に譲った令狐冲は、深山で任盈盈と心ゆくまで「秘曲 笑傲江湖」を合奏する。

 序盤から中盤まではコミカルなシーンも多いのだが(軍爺に変装した令狐冲が好き)、終盤は善人も悪人も怒涛のように死んでいく。しかも、首が飛んだり身体がちぎれたり、時代を反映して、けっこう演出がエグいのだが、嫌いじゃない。あと、アクションも、合成でどんなシーンでも撮れるようになった現代と違って、生身の肉体の迫力を感じた。

 『戦乱中国の英雄たち』によれば、この物語には、文革時代の政治的なレッテル貼りや政治闘争が反映されているという。まあそうだろうなあ。無益な覇権争いが多くの犠牲者を生み出す構図(それが中国の現実だった)にうんざりする気持ちは、痛いほど分かった。

 【ネタバレ】になるが、東方不敗は武功高手の太監(宦官)が残した「葵花宝典」を修得することで無敵となった。過去に「葵花宝典」を修得した者が、その要点を書き残したのが「辟邪剣譜」で、この剣法を修めるには必ず自宮(去勢)しなければならないと書かれている。「辟邪剣譜」を修得した岳不群、そして林平之も、自らの欲望のために、家族を棄てて自宮したのである。これは恥ずべき振舞いとして描かれているが、そういえば金庸の他の作品に宦官って出てきたか?どんなふうに描かれていたかな?と気になった。

 俳優さんを調べたら、任我行に振り回される中間管理職・向左使役の巴音さんは『射鵰英雄伝』の哲別、女好きだが尼僧の儀琳を師匠と慕う田伯光を演じた孫海英さんは『射鵰英雄伝』の洪七公じゃないか!任盈盈役の許晴さんは『九州縹緲録』の長公主。20年経って、ますます美しい。あと東方不敗役の茅威涛さん(女性)は越劇の名優で、張紀中らしいキャスティングだと思った。

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中国電脳演義/中華ドラマ『啓航:当風起時』

2021-11-04 19:53:34 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『啓航:当風起時』全36集(企鵝影視、2021)

 タイトルは簡体字で『启航』と書く。船や飛行機の「出航」の意味らしい。1991年、燕京大学計算機研究所の譚主任は、国内のあらゆる企業・行政部門にコンピュータを普及させるため、米国のコンピュータ企業・康朴(Conpo)社の輸入代理業を始めたいと考えていた。数人の学生が、譚主任に従って「下海」(ビジネスへの転身)を決意する。目端が利き、熱血漢で仲間思いの蕭闖(呉磊)。漢卡(高速の漢字処理カード)を設計するなど、高度な技術力の持ち主だが、商売よりも研究生活に未練を感じている斐慶華(侯明昊)など。

 はじめに、康朴コンピュータの販売実績でライバルの八通公司を退ける必要があった。蕭闖は上海で、斐慶華は広州で、契約を勝ち取り、翌年、研究所長の同意を得て「華研」公司が正式に設立されたが、その総経理(社長)に任ぜられたのは、譚主任のライバルの林主任だった。

 蕭闖は上海で銀行員をしている聡明な女性・謝航と出会い、惹かれ合う。謝航は両親の望む勤め先と恋人を去り、自力で外資系企業に再就職し、実力を認められていく。斐慶華は、譚主任の娘の譚媛と知り合い、何度もすれ違いながら自分の気持ちに気づく。米国に留学した譚媛とは遠距離恋愛を続ける。

 宝松公司の第二期契約を担当することになった蕭闖と斐慶華は、相手方から難題を持ちかけられる。斐慶華は、必要な付属品を二手(中古品)で賄うことを提案し、宝松側の予算内で契約を獲得するが、ライバル社の密告で業界紙にすっぱ抜かれてしまう。これは国家資産の過大な流出を防ぐためにとった措置で、華研は一切の利益を得ていないことを証明し、市場の信用を回復するが、康朴の米国本社から責任を追及され、蕭闖が華研を退職することになる。

 蕭闖は広州で影碟(LD)再生機の輸入販売で儲けようとするが、口の巧い詐欺師に騙されて大損。弟分になった張萍萍とともに佛山へ赴き、執念で詐欺師の銭東来を探し当てる。さらに普及前のVCDを発見し、VCD再生機を製造販売する領航公司を起こして大成功する。しかし、巨額の富を得たことで、ずっと蕭闖を助けてきた相棒・魯哥(魯海牛)との間に齟齬が生じ、魯海牛は全財産を持ち逃げしてしまう。蕭闖は、給料未払いの工場労働者たちから命を狙われ、張萍萍と逃げるも、乗った車が湖へ転落してしまう。

 一方、華研では、国産コンピュータの製造に着手したい譚主任と、康朴製品の販売だけを続けたい林主任が対立。康朴社の総代理店契約をめぐって林主任は失脚するが、その陰に譚主任の画策があったことに斐慶華は気づく。いよいよ華研は風神と名付けた自社製パソコンを発売。最大のライバルは傑弗森(Jeferson)社で、その販売戦略を担当していたのは謝航だった。しかし斐慶華は譚媛の助言もあって傑弗森社を出し抜き、国内パソコン市場で圧倒的な優位を占めることに成功した。

 そこに蕭闖の事故の知らせが飛び込む。謝航、斐慶華、そして急遽帰国した譚媛は広州に向かう。湖で発見されたのは張萍萍の遺体のみ。蕭闖の行方は杳として知れない。その後、テレビに出演した斐慶華は、カメラを通して蕭闖に連絡を呼びかける。そして、どこかの街角の電気屋のウィンドウで、その映像を眺める蕭闖の姿で「本季終」。中国ドラマのぶった切りには慣れているのだが、さすがにここで終わりかい!と毒づいてしまった。蕭闖を演じているのは『琅琊榜』の飛流が出世役の呉磊くんなのだが、これは第2季では、梅長蘇みたいに顔を変え名前も変えて戻ってくるしかないのではないか(笑)と思った。第2季あるのかな。あってほしい。

 原作は王強の『我們的時代(Our times)』という三部構成の小説で、百度百科(中国語)によれば、1990年代から2018年までのIT業界の「事業興衰」と「命運沈浮」を描くのだそうだ。斐慶華は「本土精英創業者」、謝航は「外資企業精英創業者」、蕭闖は「野蛮生長起業家」(笑)の典型だという。さらに譚主任は「改革開放後第一代創業者」、譚媛は「企業家第二代創業者」として造形されているというのを読んで、よく考えられているなと思った。ちゃんと女性に、しかもそれぞれ個性的な複数の女性に社会的役割が割り振られているのも好ましい(中国社会の反映でもあるのだろう)。華研の起業メンバーに、吃音者だが総務担当として着実に仕事をこなす満歓声(方文強)と、激化する競争から落伍する許洋(張暁謙)が配されているのも味わい深い。どちらも好きな俳優さんなのだ。

 なお、華研には、中国科学院の計算機研究所員たちが設立し、現在に至る聯想集団(レノボ)の歴史が投影されているようである。中国の90年代の変化のスピードは、日本の60-90年代が四倍濃縮で詰め込まれているような感じだ。猛勉強したという呉磊くんの広東語、それから実はアイドル出身でノリのいいED曲も歌っているのに、地味なおじさんファッションが似合う侯明昊くんも可愛くて、とても楽しかった。

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思い出の2003年版と比較/中華ドラマ『天龍八部』(2021年版)

2021-09-27 19:17:44 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『天龍八部』全50集(企鵝影視、新麗伝媒等、2021)

 原作は、何度も映像化されている金庸の武侠小説。時代は北宋。宋の周辺には、女真(のちの金)、契丹(遼)、西夏、大理などの諸民族・諸王朝が勃興していた。大理国の皇帝の甥・段誉、契丹人でありながら漢人として育てられ、丐幇の幇主となる蕭峰(喬峰)、父母を知らず少林寺で僧侶として育てられた虚竹の三人は、義兄弟の契りを結び、それぞれ武功の奥義を窮め、愛する女性に出会い、自身の出生の秘密を知って、運命に翻弄されていく。

 古い話から始めるが、私が初めて出会った『天龍八部』は、ドラマの2003年版である。当時、スカパーで『射鵰英雄伝』を見て、世の中に「武侠」というジャンルがあることを知り、続けて『天龍八部』を見た。こちらは『射鵰』に比べると物語が複雑で、私の中国語力では十分理解できた自信がなく、あとで小説の日本語訳を読んで理解を補ったが、名作ドラマに出会ったという記憶は長く残っていた。

 2013年に久しぶりにドラマ化されたことは知っていたが、評判がよくないので見なかった。この最新版も、当初、中国視聴者の評価はかなり低かったが、期待せずに見てみた。結果は、それなりに楽しめたと思う。

 男性主人公のうち、蕭峰は圧倒的に2003年版の胡軍がいい。段誉もやっぱり2003年版の林志穎だろう。虚竹は、2003年版の高虎の印象があまり残っていないので、最新版の張天陽を推す。特に武芸を身に着ける前の、純朴で愚鈍な虚竹がチャーミングだった。第四の主人公である慕容復は、従妹の王姑娘をめぐって、段誉の恋のライバルとなる。2003年版では修慶が嫌味たっぷりに演じていたが、最新版ではあまり重きを置かれていない様子だった。

 女性陣では、阿朱の劉涛、王姑娘の劉亦菲は、やはり圧倒的に2003年版がよい。最新版は、このヒロインポジションに魅力ある女優さんを配役できなかったのが痛いと思う。悪女陣は、けっこうハマっていた。阿紫の何泓姗、天山童姥の曾一萱は、宮廷ドラマの悪女役よりも生き生きして、楽しそうに見えた。木姑娘を演じた劉美彤(『慶余年』の北斉皇帝!?)は、本作随一の正統派の美人さん。このひとを阿朱か王姑娘というのはなかったのかなあ。

 その他、最新版でわりと好きだったのは、チベット僧・鳩摩智の朱暁漁。過去作品では、いかにも強敵らしい醜怪な造形だったので、本作はイケメン過ぎるという意見も見たが、これはこれでよいのではないか。全体に悪役の造形、残酷なエピソードが薄味だったのは、時代の要請だろうか。

 近年、中国古装劇のアクション撮影テクニックはずいぶん進化したと思う。本作の見せ場、たとえば、段誉と西夏武士の李延宗(正体は慕容復)の対決とか、少室山(嵩山)での丁春秋と虚竹、段誉と慕容復の対決は、スピーディでけれん味たっぷりでわくわくした。また、江南の水辺から西北の荒れ地まで、変化の多い自然風景を楽しめるのも金庸ドラマの醍醐味である。

 だが、私が物足りなく思うのは、主人公・蕭峰の民族アイデンティティへの拘りが薄いこと。2003年版の蕭峰は、漢人として契丹を敵視していたにもかかわらず、実は自分の両親が契丹人で、漢人に殺害されたと知って苦悩する。その苦悩の深さが、彼に寄り添おうとした阿朱に死を選ばせたと私は思うのだが、最新版は、この蕭峰の悲劇性が弱い。

 その後、蕭峰は遼(契丹)に身を投じ、遼皇帝の耶律洪基に重用されるが、耶律洪基が宋に攻め入ろうとするのを止め、「二度と国境を侵さない」ことを約束させる。このとき、最新版の蕭峰は「遼人にも宋人にも、民の安寧こそが大事」という平和主義者的な理屈で、義兄弟である遼皇帝を切々と口説く。そして不戦の約束を得ると、遼の重臣としての不忠、宋で養育されながら遼に仕えた不孝、さらに武林で様々な騒ぎを起こした不仁と、自分の罪を数え上げて自決する。う~ん、分かりにくくないかな。

 気になって、youtubeで2003年版の最終回を見直してみたら、こっちの蕭峰は、理屈は同じでもかなり強圧的に遼皇帝に迫り、遼皇帝は怒りをこらえて「契丹人一諾千金」と明言し、剣を折る。そして蕭峰は、契丹人としての不忠を償って自決するのだ。遼軍の撤兵を確認した蕭峰が、満足気な笑みを浮かべて最期につぶやく「我們契丹人一諾千金」に泣いた記憶がよみがえる。このへんが最新版は、どうもふわふわしている。最後を仏教の無常思想につなげるのも、あまり説得力が感じられない。

 なんだか2003年版を全編あらためて見直したくなってしまった。しかし2021年版で初めて『天龍八部』に出会う日本の中国ドラマファンも多いことだろう。どんな反応が起きるか、注目したい。

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近代中国の選択/中華ドラマ『覚醒年代』

2021-08-27 20:30:57 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『覚醒年代』全43集(北京北広伝媒影視股份有限公司他、2021)

 「慶祝中国共産党成立100周年」という冠詞つきで、1910年代の新文化運動から中国共産党結成までを描く。そんな「共産党お墨付き」ドラマが面白いのか、視聴者評価の高得点に驚いて、半信半疑で見てみた。

 主人公は陳独秀(1879-1942)と李大釗(1889-1927)で、日本留学中の李大釗が亡命中の陳独秀に出会うところから始まる。陳独秀は、帰国後「20年は政治を語らない」と宣言して、上海で雑誌「新青年」を創刊し、啓蒙活動に励む。北京大学学長の蔡元培に招かれて文科学長(文学部長)となり、「新青年」の拠点も北京大学内に移す。北京大の図書館主任(教授を兼務)となった李大釗、アメリカ留学帰りの胡適、小説家の魯迅と弟・周作人、そして毛沢東(図書館助理員として勤務)などが徐々に集結する様子にわくわくした。知らない名前があるとWiki等で確認していたが、見た目を実物に「似せる」度も、かなりのものだった。

 新文化運動グループと対立する保守派の描き方も好ましく、辜鴻銘や林紓には、知識人の矜持が見てとれた。陳独秀が「現在の保守派は過去の進歩派、現在の革新派も未来には保守派となる」と言っていたのが印象に残る(蔡元培のWikiにあり)。過激化する学生運動を取り締まり、陳独秀を投獄する警察庁総監の呉炳湘は「食えないヤツ」の感じがよく出ていた。

 新旧知識人のどちらからも慕われ、政治家とも渡り合う蔡元培は理想の学長である。「兼容并包」(どんな思想も受け入れる)を掲げ、温和で腰の低い大人物だが、若い頃は立派な過激派で、爆弾づくりに取り組んでいたことを序盤でちらりと語らせている。まあしかし北京大学の文科(文学部)が中国共産党の誕生にこれだけ深くかかわっているのでは、日本みたいに「文系廃止論」は出ないだろうな。それだけでも羨ましい。

 1919年、第一次大戦後のパリ講和会議で、日本が山東省の権益を主張したことから、五四運動と呼ばれる大規模な学生運動が起きる。北京政府は学生を捉えて大学構内に監禁し、蔡元培は大学を去り(辞職、のち復帰)、陳独秀は投獄される。なお、ドラマで悪役となるのは、日本に対して弱腰な政府とそのシンパたちで、日本そのものへの批判はあまり描かれない。このへん、規制があるのかなと思う。

 五四運動の終息後、出獄した陳独秀は、いま祖国に必要なのは啓蒙や教育ではなく実際の行動だと考えるようになる。北京大を離れ、上海で「新青年」の編集刊行を続けるが、その主張は政治性が強まる。同様にロシア革命こそ中国を救う道だと確信した李大釗と語らい、中国共産党の結成を構想する。ドラマでは、北京郊外の縹渺たる冬の平原で、極貧の流民の集団に出会った二人が、彼らに衣食住と人間の尊厳を取り戻すため、共産党の結成を誓う。武侠世界の英雄の盟約みたいだった。

 そして1921年、中国共産党の結党会議(二人は参加していない)の開催でドラマは静かに終わる。調べてみると、その後の陳独秀は、共産党を除名され、トロツキズムに転向、失意のうちに四川省江津に隠棲して、1942年に死去した。息子の陳延年と陳喬年(ドラマにも登場)が父親より先に、相次いで処刑・殺害されたというのも辛い。李大釗は、国共合作下の1927年、張作霖によって絞首刑に処せられた。ドラマの、希望に満ちた終わり方は何だったんだと思うような史実である。

 ドラマでは、中国はアメリカをモデルにすべきと考える胡適が、ロシア革命とマルクス主義こそ最善と考える陳独秀・李大釗と、ついに思想的に袂を分かつまでが、執拗なくらい繰り返し描かれている。共産党お墨付きドラマであるから、陳独秀・李大釗の選択こそ「正解」なのだが、正直、いまの中国人はこれをどう思って見たのか知りたい。

 また、五四運動の学生たちには、近年の香港民主化デモの若者たちが投影されているように思えてならなかった。愛国心にはやる学生たちは、自分たちが命を捨てることで民衆が覚醒すれば本望と訴えるが、陳独秀は大笑いして「何千年も奴隷的な封建制に慣らされた民族が覚醒するには幾世代もかかる」と言い放ち「だからお前たちは生きて戦え」と促す。この絶望と希望の交錯。共産党お墨付きドラマでありながら、様々な解釈を誘うところが実に面白かった。

 監督は『軍師聯盟』の張永新。出演者はみんなよいのだが、蔡元培役の馬少華さん、2003年のドラマ『走向協和』で孫文を演じた方と分かって懐かしかった。

 以下は蛇足のつぶやき。コロナ禍が終わったら、台北・中央研究院の胡適紀念館と傅斯年図書館に行きたい(傅斯年は北京大の学生としてドラマに登場)。胡適公園にある胡適先生の墓園にお参りし、台湾大学にあるという傅斯年紀念墓園にも行きたい。

 北京大学の図書館があった紅楼旧跡は、新文化運動紀念館になって一般公開されているそうだ。行きたい!(人民網:北京大学紅楼旧跡が一般公開再開 革命関連の貴重な文化財展示 2021/6/30

 魯迅と蔡元培の故郷である紹興にも、もう一度行きたいなあ。

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派手に楽しく/映画・唐人街探偵 東京MISSION

2021-08-06 23:56:37 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇陳思誠監督『唐人街探偵 東京MISSION』(2021年)

 ぱあっと楽しい映画が見たくなって、映画館で見てきた。中国映画の人気シリーズ「唐人街探案」の第3作である。冒頭に短い解説編があり、作品世界には、世界の探偵たちを順位づけするクライマスタ―(CRIMASTER、犯罪大師)というランキングがあることが示される(琅琊榜みたい)。登場する探偵たちは、いずれもその上位ランカー(唐仁を除く)。ただし最上位の「Q」の正体は謎に包まれている。

 本作では、中国の若き天才探偵・秦風(劉昊然)とその叔父でやはり探偵業の唐仁(達者なのは口だけ)が、日本の名探偵・野田昊(妻夫木聡)の招きで東京にやってくる。東京では、ニューチャイナタウンの開発利権を巡って、ヤクザの黒龍会とタイ・マフィアの東南アジア商会との間で争いが起きていた。先だって、黒龍会組長の渡辺(三浦友和)と、東南アジア商会の会長スーチャーウェイが二人きりで会談をおこなったが、スーチャーウェイは殺され、渡辺に殺人の嫌疑がかかっている。しかも現場は密室である。

 秦風と唐仁と野田は、渡辺の無罪を証明すべく奔走する。一方、東南アジア商会側が渡辺の犯罪を追究するためにタイから呼び寄せた探偵がジャック・ジャー(トニー・ジャー)。日本の警視正の田中(浅野忠信)も捜査に乗り出す。

 さらに事件の鍵を握る、スーチャーウェイの秘書・小林杏奈(長澤まさみ)が誘拐され、その救援に駆けつけた秦風は、強姦殺人容疑の指名手配犯である村田(染谷将太)の罠に嵌り、村田を高所から突き落として死に至らしめ、殺人容疑で逮捕されてしまう。秦風を救うため、唐仁、ジャックらは世界に散り、隠された人間関係を掘り出し、スーチャーウェイ殺害事件の真相を明らかにする。

 隠されていた人間関係(血縁)が明らかになると、その関係に起因する愛憎が見えて、事件の真相が腑に落ちるというのは、横溝正史作品などを思い出すところがあった。陳思誠監督は、映画作品を見るのは初めてだが、彼が監督・主演をつとめた連続ドラマ『遠大前程』はものすごく面白くて、何でもありのサービス精神、ジェットコースターのような展開のスピード感に加えて、歴史と人情を大切にする作劇が大好きだったので、本作にも通じるところが多いように感じた。

 本作に描かれる「東京」は、秋葉原のコスプレパレード、渋谷の交差点、全身刺青のヤクザ、大浴場、パチンコ屋、女子高生、相撲レスラー、剣道、東京タワー、レインボーブリッジ、打ち上げ花火など、ああ、なるほどね~と納得する「いまの東京」の魅力がてんこ盛りで、同時に、現実から少しズレた「虚構」であるところが面白い。

 劇中では、超小型の自動翻訳機を耳につけているという設定で、日本語・中国語・タイ語・英語のセリフが飛び交う。これは虚構なんだけど、多様なルーツの人々が行き交う、現実の東京からそんなに遠くない気がした。コロナの影響で、そうした光景をやや忘れかけていたけれど。

 日本人俳優は、癖があって魅力的な俳優さんを実に巧く使っていた。誰の趣味なのかなあ。ネタバレになるので詳しく書いていないが、染谷将太くんがよいし、六平直政さん、鈴木保奈美さんもよい。妻夫木聡さんは、中国語?タイ語?も堂々としたものだった。劉昊然(リウ・ハオラン)くんは、古装ドラマの悩める貴公子でしか見たことがなかったけど、こういう作品も楽しそうでよかった。日本人ファンが増えてほしいな。

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大家族の幸不幸/中華ドラマ『知否知否応是緑肥紅痩』

2021-08-04 20:22:39 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『知否知否応是緑肥紅痩』全73集(東陽正午陽光影視、2018)

 本国では放映当時から良作と評価され、日本でも『明蘭~才媛の春~』のタイトルで何度も放映され(現在も放映中)人気を博していることは知っていたが、私の好みではないと思って敬遠していた。何しろ売り文句は「心温まる夫婦の愛の物語」なのだ。しかし、試しに視聴してみたら、ここから想像されるようなほのぼのドラマではなく、陰謀・復讐・殺人・焼き討ち・危機に次ぐ危機で、特に終盤は目の回るような展開だった。

 時代は北宋、盛家には正妻の王氏のほか、林氏と衛氏という二人の側室がおり、多くの子女にめぐまれていた。林氏は衛氏を妬み、そのお産がうまくいかないよう画策する。産気づいた母のために医者を探す幼い明蘭を助けてくれたのが、顧廷燁少年だった。しかし二人の奔走も空しく、衛氏はお腹の子とともにこの世を去る。明蘭は、母の遺言「万事目立たないように生きよ」を守り、祖母の庇護を受けて盛家で成長していく。

 年頃になった明蘭は、斉国公府の御曹司・斉衡と相思相愛になる。しかし心優しすぎる斉衡は、気位の高い母の反対に遭い、皇族の女性から横恋慕されるなど、結果的に明蘭を裏切ることになる。この頃、明蘭は、生母の死の原因をつくった林氏を盛家から追い出して復讐を遂げる。

 斉衡に代わって明蘭を妻にしたのは顧廷燁。新帝・英宗の即位に大功を挙げ、寧遠侯爵家の後継ぎとして飛ぶ鳥を落とす勢いであったが、顧家の女主人・秦氏は、継子の顧廷燁の失脚を願っていた。また、顧廷燁が若い頃、側室にしていた朱曼娘は、財産目当ての本性がばれて追い出された後、顧廷燁を恨んで復讐の機会を狙っていた。

 秦氏は康王氏(盛家の女主人である王氏の姉)と語らって、康王氏の継娘を顧廷燁の側室に入れようとするが、顧廷燁夫妻は断固拒絶する。面子を潰されたことに怒る康王氏は、妹の王氏をそそのかし、明蘭の後ろ盾である盛家の祖母の毒殺を企むが露見する。盛家の長男・長柏は、実母の王氏を厳しく罰し、康王氏を監禁して収拾を図ろうとする。しかし隙を見て逃げ出した康王氏は、顧家の秦氏のもとに身を寄せ、明蘭と生まれたばかりの赤子の命を奪おうとし、駆け付けた顧廷燁に返り討ちにされる。

 その頃、皇帝は、血のつながらない皇太后との対立、辺境の情勢不安に悩んでいた。顧廷燁は康王氏殺害の罪を問われ、沈将軍の一兵卒として辺境に赴いたが、宋軍大敗の報が届く。守りの手薄な皇城に、突如、謀反の火の手が上がり、皇帝の寵臣である顧廷燁の留守宅にも軍勢が押し寄せる。時を同じくして、秦氏の差し向けた暗殺者・朱曼娘とその一団もなだれ込む。絶体絶命の明蘭を救ったのは顧廷燁。全ては謀反人をおびき出すためのはかりごとで、沈将軍と顧廷燁の軍勢は都の近くに潜んでいたのだ。謀反の首謀者である劉貴妃は処罰された。皇帝は皇太后に皇宮を出ることを勧め、関係を修復する。秦氏は自殺し、顧家にもようやく平和な日々が訪れる。

 あらすじではだいぶ省略したが、とにかく大勢の人物が登場し、変化に富んだ物語を紡いでいく。当時の倫理として、男も女も「家」を守ることが最重要であり、同じ家の中では「血筋」に肩入れするのが当然というのはよく分かった。それから女性は、安定した家に生まれるか、安定した家の正夫人になるのでなければ、生きていくことが難しい。だから林氏にしろ、その娘の盛墨蘭にしろ、狙った男性の寵愛をつなぎとめるため、無垢を装い、媚びを売り、必死で陰謀をめぐらすのは当然で、どこか憎み切れない。

 本作の女性たちは、年齢・善悪にかかわらず、実に陰謀・策略好きである。主人公の明蘭でさえ、孔明か張良かみたいな言い方で顧廷燁に知謀を誉められている。それに比べると男性陣は善良で単純な人物が多かった。

 明蘭(趙麗穎)は、最初は控えめすぎて、あまり魅力を感じなかったが、子どもを産んだあたりから、どんどん強気になっていくのが面白い。顧廷燁(馮紹峰)は、明蘭が危機に瀕すると必ず救いに駆けつけるというお約束を、最後まで違えない。たぶん脚本も「お約束」を楽しませようと思って作っていると思う。斉衡(朱一龍)は、明蘭との結婚に失敗したあと、闇落ちしかかるが、理解ある後妻の支えで、身近な幸せを見つめ直す。中国ドラマにしては優しい結末にちょっと泣けた。

 いろいろなドラマで見てきた俳優さんを見つけるのも楽しかった。老け役の多い王仁君(盛長柏)は珍しく年相応の役かも。中間管理職イメージの強い馮暉さんの皇帝役には笑ってしまったが、役作りで体重を増やしたようで、貫禄があった。『瑯琊榜』の蒞陽長公主役で視聴者の感涙をしぼらせた張棪琰さんの康王氏は、振り切った悪女ぶりが怖かった。

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いつか大人になる彼ら/映画・少年の君

2021-07-19 20:43:04 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇デレク・ツァン監督『少年の君』(2019年)

 話題の中国映画を見てきたので、以下【ネタバレ】込みで紹介する。舞台は現代中国の地方都市。陳念(チェン・ニェン)(周冬雨)は大規模な進学校で大学受験を目指す高校3年生の少女。ただひとりの家族である母親は留守がちで、陳念が北京の大学に合格する日を夢見て、インチキ化粧品販売で娘の学費を稼いでいる。陳念は親しい友だちもつくらず、受験以外のことは考えずに過ごしていた。あるとき同級生の胡(フー)が校内で飛び降り自殺をする。その直前、たまたま胡にいじめの悩みを打ち明けられていた陳念は、胡の遺体に自分の上着をかけてやったが、教師に問いただされても、それ以上のことは話さなかった。しかし、このことがあって以来、陳念はいじめグループの新たな標的にされる。

 学校帰りの陳念は、街角で複数のチンピラ少年が一人の少年をリンチしているのを見る。通りすがりに携帯で通報しようとしたのを見つかり、巻き込まれかけるが、リンチされていた少年・小北(シャオベイ)(易烊千璽)に助けられる。小北は両親に捨てられ、ケンカ三昧で生きてきたストリート・チルドレン。進学を目指す陳念は、そんな小北に軽蔑を抱く。

 しかし、母親が商売のために家を離れ、学校では同級生にいじめられ、身の置きどころがなくなった陳念は、小北のもとに身を寄せる。小北は陳念を守ることを宣言し、二人は孤独な心を通わせていく。陳念は胡をいじめていた少女たちの名前を刑事に告発する。リーダー格の魏莱(ウェイライ)は、停学処分になった恨みから、仲間とともに陳念を襲い、ハサミで髪を切り、服をずたずたにし、その様子を動画に撮影して笑う。事件の後、互いにバリカンで髪を剃り落とす陳念と小北。無言の二人が共有する怒りと絶望の深さが沁みる。

 高考(統一試験)当日、受験会場に向かう陳念を雨傘の下で見送る小北の姿があった。同じ日、魏莱の遺体が工事現場の泥の中から発見され、小北と陳念は容疑者として警察に確保される。小北は自分が暴行目的で魏莱を殺害したもので、陳念は関係ないと主張するが、刑事たちは疑う。

 襲撃事件の後、両親に叱られた魏莱は、陳念に許しを乞いに来ていた。うるさくつきまとう魏莱を陳念が振り払うと、魏莱は階段から足を滑らせて死んでしまった。その死体を小北が工事現場に運んで遺棄したのである。

 やがて陳念が希望の大学に合格したことが明らかになる。合格祝いに訪れた鄭刑事(尹昉)は「小北は死刑に決まった」と告げる。動揺する陳念。鄭刑事は「嘘だ。まだ判決は出ていない」と告げ、このままでよいのか?と詰め寄る。陳念は刑務所の小北に面会し、二人は正しい裁きを受けることに決める。ここもセリフは何もないのに、二人の気持ちがひとつに溶け合っていくのが伝わる。

 字幕とナレーションにより、その後、二人は情状酌量により、比較的早く刑期を終えることができたこと、中国政府が「いじめ」問題に取り組んだことが示される。そして、映画冒頭の場面に戻り、(たぶん大学を卒業した後)英語教師として教壇に立つ陳念と、その仕事帰りを少し離れて見守る小北の優しい笑顔で終わる。

 重たい社会問題に切り込んだ中国映画を久しぶりに見た。日本で公開される中国映画は、娯楽作品が多いせいかもしれない。その一方、本作は、最近の中国ドラマ(社会派の話題作が続々と作られている)のテイストと共通していると感じた。社会の理不尽、格差や金儲け主義の被害者となるのは、しばしば、少年少女たちである。

 また、法の公正な裁きが強調されるのも近年のトレンドではないかと思う。この作品、小北が陳念の罪をかぶって終わってもいいような気がしたのだが、中国当局として、あるいは中国大衆の感覚として、それは許されないのかな。きちんと法の裁きを受けたうえで、主人公の二人には救いのある結末が待っている。

 監督は主演の二人に絶対の信頼を置いているのだろう。抑制的な演出で、最少限のセリフと音楽しかないのに、深く心を揺さぶられる。周冬雨さんは初めて知った。易烊千璽(Jackson Yee)くん、『長安十二時辰』の天才貴公子・李必もよかったが、こういう男っぽい役もできるのだな。ほぼ同じ時期に撮影していることに驚く。少年(中国語では男女を問わない)たちを導く「善き大人」を代表する鄭刑事を演じたのは尹昉。『猟狼者』の秦川とよく似た役どころで嬉しかった。なお作品の舞台は「安橋市」という架空の街だが、撮影は重慶で行われている。坂と階段の多い風景が、現代中国の格差社会の隠喩のようにも見える。この作品を見た人たちが、最近の中国ドラマにも関心を持ってくれると嬉しい。

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追う者、追われる者/中華ドラマ『猟狼者』

2021-06-15 21:25:47 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『猟狼者-Hunter-』全8集(芒果TV、湖南衛視、2021)

 西暦2000年、新疆の高山地帯。雪の岩山で、森林警察の警官である魏疆(秦昊)と趙誠は、密猟団「狼子」と銃撃戦を繰り広げていた。魏疆は狼子のひとりを射殺するも、撃たれて崖下に落下する。狼子に追いつめられた趙誠は、動けないよう脚を撃たれ、雪の中に放置されて凍死した。

 5年後、奇跡的に生き延びた魏疆は、警官の職を辞し、森林保安員として酒浸りの日々を送っていた。あるとき、密猟者を追って山林に入った若い警官が戻ってこない事件が起きる。警官の捜索には賞金がかかっている。魏疆は、旧友・老伊が息子を学校に行かせるため、金銭を必要としていることを知り、賞金稼ぎに山に入り、密猟者たちに捕まっていた若い警官・秦川(尹昉)を助け出す。その密猟者たちは、五年前、彼の同僚・趙誠を奪った狼子の一味だった。

 魏疆は五年前の悪夢を振り払い、狼子の殲滅を決意する。相棒となった秦川。魏疆は老伊(かつて狼子の一味だったが、回心して森の中で幼い息子とひっそり暮らしている)を訪ね、狼子について情報を得ようとする。しかし魏疆が動き出したことを察知した狼子一味は、先回りして老伊を殺害し、魏疆らを待ち伏せていた。以下、銃と火薬、馬と車を使ったアクションの連続。さすが『長安十二時辰』の曹盾監督作品である。

 狼子の大ボス・毒鷂子(鷂=ハイタカ)(尹鋳勝)、三狼・刀子(趙魏)、五狼・狐狸(隋咏良)、六狼・周煬(余皑磊)、七狼・巴図(何晨)は、見事にタイプの違う悪党ヅラが揃っている。四狼は回心した老伊。二狼・薩木は五年前、雪山で魏疆に撃たれて死亡した。その妻である花翻子(沈佳妮)は女狼子として密猟に加担し、夫の仇である魏疆をつけねらう。長い手足、化粧っ気のない無表情で躊躇なくライフル銃をぶっ放す姿がカッコいい。

 狼子集団は一枚岩ではなく、基本的には自分の利益が最優先。スキがあれば仲間を裏切り、命を奪うことも辞さない。その最たるものが六狼である(余皑磊、相変わらず小悪党ぶりが巧い)。大ボスの毒鷂子も、子分思いは見せかけで、自分ひとりが助かればいいと思っている。五年前、二狼・薩木を殺害したのは魏疆ではなく、背後にいた毒鷂子だった。

 そして、死すべきものは死し、捕まるものは捕まり、亡き趙誠の恨みは晴れ、魏疆と秦川の新しい人生が始まることを示唆して、気持ちよくドラマは終わる。基本的には、アクションの撮り方(特殊効果と雄大な自然と俳優さんの身体能力!)に、ふえ~と驚き呆れて楽しめる作品である。その一方、亡き趙誠の妻に偶然再会した趙魏の動揺とか、異動や昇進を避け、狼子逮捕の機会を待ち続ける警官の孫海洋とか、魏疆に協力的な遊牧民の少女・賽娜(黄子星)が幼い頃から姉と慕っていたのが花翻子であるとか、複雑な人間関係と人情がちゃんと盛り込まれているのもよい。警官の理想を愚直に信奉する頑固青年の秦川が、その愚直さで死に際の三狼・刀子の心を動かすところも。原作はなく、オリジナル脚本らしい。

 アクションシーンは、森林地帯、草原、雪山、閉じ込められた小屋の中など、舞台を変え、手を変え品を変えて登場するが、最も印象的だったのは、魏疆と秦川が、砂嵐のロードサイドで狼子たちに遭遇する段。メイキング映像を見たらスタジオで撮影しているのだが、種明かしを見ても衝撃が薄れないくらいすごかった。主演の秦昊、私は『隠秘的角落』→『無証之罪』の順に見てきたのだが、ボサボサ頭の無精ひげにも色気があっていい役者さんだなあ。次回作が楽しみである。

 蛇足。オープニングのアニメーションは、はじめ手抜きのようで気に入らなかったが、回が進むと意味が分かって、だんだん愛着が湧いた。携帯電話を持っている人物が少ないことが不思議だったが、2005年の新疆だとあんなものかな。私は90年代後半にツアーで新疆を旅しており、ロードサイドの荒涼とした風景が懐かしかった。

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古装劇中の新時代カップル/中華ドラマ『御賜小仵作』

2021-06-07 20:05:45 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『御賜小仵作』全36集(企鵝影視、霊河文化、2021)

 軽めの古装ドラマが見たくなって、評判のいい本作を見てみた。仵作(wu3zuo4)は、中国古代の官衙で働いていた専門職で、現代でいう検死官、監察医のことだ(日本の「検視官」は遺体解剖をしない役職だが、このドラマの主人公・楚楚は真相究明のため、ガンガン解剖をする)。舞台は唐の宣宗の時代。犯罪捜査と裁判を統括する三法司では、新たに仵作を雇い入れることになり、黔州(重慶から貴州のあたり)で代々仵作を生業としている家系の少女・楚楚(姓も楚、名も楚)は、採用試験を受けるため、長安を訪れ、三法司の若き長官である安郡王こと蕭瑾瑜と知り合う。蕭瑾瑜は楚楚の卓越した技量と真摯な人柄に惹かれていく。一方、宮中では黔州に関係する官吏の不審死が続き、黔州で偽の貨幣が鋳造されていることが発覚する。

 蕭瑾瑜は「採用試験を継続するため」として楚楚を帯同し、気心の知れた景翊、幼なじみの冷月(高貴な家柄だが江湖を渡り歩いている女性)らとともに、黔州へ下り、双子の兄の蕭瑾璃と再会する。瑾璃・瑾瑜兄弟の父である蕭恒は、かつてこの一帯で行方を断ち、死亡したものと考えられていたが、二人の母である西平公主は夫の最期に疑念を抱いていた。貨幣偽造事件の捜査の傍ら、父の行方を捜索する二人は、楚楚の幼い頃、楚家に居候していた謎の男・巫医こそが、彼らの父親であると確信する。しかし巫医はすでに自ら命を絶っていた。蕭瑾瑜はそのダイイング・メッセージから、宮中に大きな陰謀の根源があることを読み解く。

 一方、楚楚の出自も次第に明らかになっていく。楚楚の母親・許依香は名家の出で、雲易という武官に嫁いだが、雲易は上官である剣南節度使・陳瓔の反乱に従い、命を落とした。妊娠中だった許依香も殺害されたが、検死にあたった楚楚の父親が赤子を取り上げ、楚家の子として育てたのである。「逆賊」雲氏の生き残りと分かって、楚楚の立場も危うくなるが、蕭瑾瑜は、次第に女性として愛し始めた楚楚を守り抜く。

 【このへんからネタバレ】黔州の貨幣偽造の首謀者を突き止めた蕭瑾瑜は、楚楚とともにひそかに長安に帰還。皇帝側近の宦官・秦欒が、かつて蕭兄弟の父親の命を奪い、まさに皇帝暗殺を計画していたことも暴く。秦欒は、蕭兄弟が双子だというのが捏造で、一人は「逆賊」陳瓔の遺児を、旧交ある西平公主が引き取って育てていたことを主張するが、証拠の古文書が偽造であることを指摘され、万事休する。この功績によって、皇帝は蕭瑾瑜と楚楚の結婚を許すが、その条件として、仵作の職を辞することが命じられる。当の楚楚よりも悩む蕭瑾瑜。

 ここにもう一人、秦欒と共謀して帝位簒奪を企てている人物がいた。蕭瑾瑜の学問の師である薛汝成。彼は先帝・武宗の子・昌王の直系を自称し、ひそかに協力者を集めていた。蕭瑾瑜と楚楚は、盛大な結婚式を挙行し、敢えて皇帝の来臨を仰ぐことで薛汝成一味をおびき出し、ついに一網打尽にする。皇帝は二人の勇気ある行動を称え、楚楚が仵作を続けることを許可する勅旨が伝えられた。

 この作品、若手俳優中心の低予算ドラマで、知名度の高い人気スターは不在(私が知っていたのは宗峰岩くらい)、宣伝もほとんど無かったのに、口コミでどんどん視聴回数ランキングを伸ばしたという。ストーリーとしては、それほど驚く仕掛けはないのだが、キャラクターの魅力で引っ張るドラマである。女主人公の楚楚(蘇暁彤)は小柄でベビーフェイスだが、人々から蔑視されることの多い仵作という職業に強い誇りを持っている。自分の専門知識で恋人を支え、守っていこうとする、迷いのない態度が男前。逆にイケメンで知力抜群の貴公子・蕭瑾瑜(王子奇)のほうが、楚楚の助けなしで心の安定を得られないところがヒロインっぽい。中盤で蕭瑾瑜が真剣にプロポーズするも、楚楚が受け入れない展開があって、驚きながら笑ってしまった。しかし結果として、二人は本当に相手のことを思いやり、一緒に生きていくことを選択する。

 皇帝に結婚を許されたものの、楚楚が仵作の職を続けられないことに悩むのは蕭瑾瑜。楚楚は、この機会に謀反人たちを捕えることができ、正義と人々の安寧が守られるなら、それでよい、と達観した意見を述べる。すごいのだ、この女主人公。もちろん「史実」としては、この時代にこんな女性像はあり得ないかもしれないけれど、いま中国の時代劇ファンは、こういうドラマを見たがっているのである。最後にめでたく楚楚は「結婚」も「仕事」も手に入れる。そう、21世紀のハッピーエンドはこうでなくちゃ。

 楚楚と蕭瑾瑜を取り巻く男女混合の若者チームは、いつも仲良しで風通しがよく、気持ちよかった。数々の危機に臨んで剣を振るって楚楚を守るのが、女性の冷月というのもよい。冷月は武芸ばかりでなく、毒薬や医術の心得でも活躍する。悪役陣はちょっと弱いが、秦欒を演じた穆懐虎さんは、終盤に渋い歌声も聞かせてくれてよかった。

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復讐と家族愛/中華ドラマ『無証之罪』

2021-05-13 21:23:00 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『無証之罪-Burning Ice-』全12集(愛奇藝、2017年)

 近年、話題作続出の華流サスペンスドラマの先駆けとなった作品である。公開当時はこのジャンルに興味がなかったのだが、今でも評判を聞くので、あらためて視聴してみた。いや納得である。見逃したままにしなくてよかった。

 舞台は中国東北地方の架空の都市・哈松(ハーソン)。冬のある日、運送会社社長の絞殺死体が雪だるまに括りつけられた状態で見つかった。「私を捕まえてください」という挑戦的な貼り紙。4年前から続いている「雪だるま連続殺人事件」である。捜査当局の局長は、万事型破りの刑事・厳良を応援に呼び寄せる。

 殺害された社長の本妻は、夫が若い愛人に貢いだ金銭を取り戻そうと懇意の法律事務所に協力を依頼する。自分の学費と兄が営む食堂の開店資金のため、やむなく愛人をしていた朱慧茹は困り果てる。法律事務所の見習い・郭羽は、朱慧茹のむかしの同級生だった。郭羽は朱慧茹の保護をチンピラの黄毛に頼むが、女好きの黄毛は、人気のない場所に朱慧茹を呼び出し、彼女に暴行しようとする。止めに入った郭羽と朱慧茹は、黄毛を殺害してしまう。呆然とする二人。そこへ通りかかった謎の男から「助けてあげよう」と提案される。男は、現場から二人の犯行の痕跡を消し、今後、二人が警察にどのように証言すべきかも教える。

 郭羽は、黄毛の車にあったバッグをひそかに持ち出していた。これは郭羽の上司・金弁護士のバッグで、中には危ない商売で被害者から巻き上げた大量のキャッシュカードが入っていた。金弁護士は、ヤクザの顔役・老火への支払い期限が迫っているため、闇預金を失って慌てる。老火の依頼を受けた殺し屋・李豊田は、バッグの隠匿を疑われる人々を次々に殺していく。

 その頃、厳良は「雪人」(雪だるま)を追って、謎の男、駱聞に迫っていた。駱聞は、かつて厳良の同僚で優秀な法医だったが、妻と娘の失踪以来、職を辞して、ひとりで犯人を追っていた。彼が掴んだ手がかりは、指紋がひとつ、安煙草の吸い口と動物の骨(嘎拉哈/ガラハ)、そしてネットカフェのPCに犯人が残したハンドルネーム「雪人」。以来、駱聞は「雪人」の犯行を匂わせる殺人を繰り返し、警察の捜査を煽ってきたのだ。しかし駱聞は尿毒症を患い、余命わずかと宣告されていた。

 殺し屋・李豊田は、ついに郭羽の前に現れるが、大金への執着から大胆になった郭羽は、李豊田に「協力」を提案する。郭羽は朱慧茹の兄に「黄毛を殺したのは朱慧茹」と告げて絶望させ、死に至らしめる。さらに病床の駱聞を「雪人に会える」と呼び出し、李豊田に殺させる。李豊田は、たまたま巡り合わせた厳良の息子(再婚相手の連れ子)・東子をも殺害して逃亡する。

 1年後。郭羽は弁護士として成功し、朱慧茹と暮らしていた。すっかり人が変わった郭羽に疑念を抱く朱慧茹。厳良は李豊田と郭羽の関係に確信を抱くが、何も証拠がない。捜査チームの林隊長(女性刑事)は、息子を失った厳良が、駱聞と同じ道を行くことを恐れるが、厳良は警察を去り、ひとり李豊田に立ち向かう。

 最後は万事解決するのだが、そこまでの道のりのハードなこと。何より善人と悪人の差が紙一重なのが怖い。気は優しいがビビりで愚図の郭羽が、金と独占欲から悪魔に豹変していく様子。殺人狂みたいな李豊田さえ、かつて妻と子がいて、駱聞の妻子を誘拐して殺したのは復讐(逆恨み)だったことが語られている。

 腹の底まで凍りつくような陰惨な物語だが、娘を失った駱聞と朱慧茹のつかの間の交流とか、無頼な厳良と血のつながらない息子の親子愛とか、疎外された者どうしの心の通い合いに慰められる。男女の仲を超えて林隊長と厳良が築き上げる信頼関係もよい(最後の見せ場!)。中国の警察ドラマには、等身大で共感できる女性刑事役が多いが、本作の林隊長(王真児)は随一だと思う。厳良役の秦昊、駱聞役の姚櫓も魅力的。李豊田役の寧理さんは、トボけた顔なのに怖い。そして、ロケ地・哈爾濱(ハルピン)の街並みが味わい深い。

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