見もの・読みもの日記

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いつか大人になる彼ら/映画・少年の君

2021-07-19 20:43:04 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇デレク・ツァン監督『少年の君』(2019年)

 話題の中国映画を見てきたので、以下【ネタバレ】込みで紹介する。舞台は現代中国の地方都市。陳念(チェン・ニェン)(周冬雨)は大規模な進学校で大学受験を目指す高校3年生の少女。ただひとりの家族である母親は留守がちで、陳念が北京の大学に合格する日を夢見て、インチキ化粧品販売で娘の学費を稼いでいる。陳念は親しい友だちもつくらず、受験以外のことは考えずに過ごしていた。あるとき同級生の胡(フー)が校内で飛び降り自殺をする。その直前、たまたま胡にいじめの悩みを打ち明けられていた陳念は、胡の遺体に自分の上着をかけてやったが、教師に問いただされても、それ以上のことは話さなかった。しかし、このことがあって以来、陳念はいじめグループの新たな標的にされる。

 学校帰りの陳念は、街角で複数のチンピラ少年が一人の少年をリンチしているのを見る。通りすがりに携帯で通報しようとしたのを見つかり、巻き込まれかけるが、リンチされていた少年・小北(シャオベイ)(易烊千璽)に助けられる。小北は両親に捨てられ、ケンカ三昧で生きてきたストリート・チルドレン。進学を目指す陳念は、そんな小北に軽蔑を抱く。

 しかし、母親が商売のために家を離れ、学校では同級生にいじめられ、身の置きどころがなくなった陳念は、小北のもとに身を寄せる。小北は陳念を守ることを宣言し、二人は孤独な心を通わせていく。陳念は胡をいじめていた少女たちの名前を刑事に告発する。リーダー格の魏莱(ウェイライ)は、停学処分になった恨みから、仲間とともに陳念を襲い、ハサミで髪を切り、服をずたずたにし、その様子を動画に撮影して笑う。事件の後、互いにバリカンで髪を剃り落とす陳念と小北。無言の二人が共有する怒りと絶望の深さが沁みる。

 高考(統一試験)当日、受験会場に向かう陳念を雨傘の下で見送る小北の姿があった。同じ日、魏莱の遺体が工事現場の泥の中から発見され、小北と陳念は容疑者として警察に確保される。小北は自分が暴行目的で魏莱を殺害したもので、陳念は関係ないと主張するが、刑事たちは疑う。

 襲撃事件の後、両親に叱られた魏莱は、陳念に許しを乞いに来ていた。うるさくつきまとう魏莱を陳念が振り払うと、魏莱は階段から足を滑らせて死んでしまった。その死体を小北が工事現場に運んで遺棄したのである。

 やがて陳念が希望の大学に合格したことが明らかになる。合格祝いに訪れた鄭刑事(尹昉)は「小北は死刑に決まった」と告げる。動揺する陳念。鄭刑事は「嘘だ。まだ判決は出ていない」と告げ、このままでよいのか?と詰め寄る。陳念は刑務所の小北に面会し、二人は正しい裁きを受けることに決める。ここもセリフは何もないのに、二人の気持ちがひとつに溶け合っていくのが伝わる。

 字幕とナレーションにより、その後、二人は情状酌量により、比較的早く刑期を終えることができたこと、中国政府が「いじめ」問題に取り組んだことが示される。そして、映画冒頭の場面に戻り、(たぶん大学を卒業した後)英語教師として教壇に立つ陳念と、その仕事帰りを少し離れて見守る小北の優しい笑顔で終わる。

 重たい社会問題に切り込んだ中国映画を久しぶりに見た。日本で公開される中国映画は、娯楽作品が多いせいかもしれない。その一方、本作は、最近の中国ドラマ(社会派の話題作が続々と作られている)のテイストと共通していると感じた。社会の理不尽、格差や金儲け主義の被害者となるのは、しばしば、少年少女たちである。

 また、法の公正な裁きが強調されるのも近年のトレンドではないかと思う。この作品、小北が陳念の罪をかぶって終わってもいいような気がしたのだが、中国当局として、あるいは中国大衆の感覚として、それは許されないのかな。きちんと法の裁きを受けたうえで、主人公の二人には救いのある結末が待っている。

 監督は主演の二人に絶対の信頼を置いているのだろう。抑制的な演出で、最少限のセリフと音楽しかないのに、深く心を揺さぶられる。周冬雨さんは初めて知った。易烊千璽(Jackson Yee)くん、『長安十二時辰』の天才貴公子・李必もよかったが、こういう男っぽい役もできるのだな。ほぼ同じ時期に撮影していることに驚く。少年(中国語では男女を問わない)たちを導く「善き大人」を代表する鄭刑事を演じたのは尹昉。『猟狼者』の秦川とよく似た役どころで嬉しかった。なお作品の舞台は「安橋市」という架空の街だが、撮影は重慶で行われている。坂と階段の多い風景が、現代中国の格差社会の隠喩のようにも見える。この作品を見た人たちが、最近の中国ドラマにも関心を持ってくれると嬉しい。


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