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見もの・読みもの日記

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目指すふるさと/シネマ歌舞伎・風雲児たち

2022-08-17 23:02:39 | 見たもの(Webサイト・TV)

シネマ歌舞伎『三谷かぶき 月光露針路日本 風雲児たち(みたにかぶき つきあかりめざすふるさと ふううんじたち)』(東劇)

 みなもと太郎の歴史漫画『風雲児たち』をもとに、三谷幸喜が脚本・演出を担当し、2019年6月に歌舞伎座で上演された作品である。『風雲児たち』は、むかし、なぜか家に1冊だけあって、好きで繰り返し読んだ覚えがあるが、全巻通しでは読んでいない。今回の舞台も、『風雲児たち』のどのあたりが原作なのか、あまり調べずに見に来てしまった。半分くらい進んだところで、ははあ、これは大黒屋光太夫の物語なのか、と得心した。

 冒頭、徳川家康が、一本帆柱以外の船の建造を禁止したことが、みなもと太郎さんの絵で、紙芝居ふうに語られる。ヨーロッパの外航船は三本マストで安定を取りやすかったが、日本の船は嵐や高波に弱かったのだ。これは初めて知った。

 さて、天明2年12月(1783年1月)商船神昌丸に乗って伊勢を出帆した大黒屋光太夫ほか17人は、江戸に向かう途中で嵐に遇い、8ヵ月近く海上を漂流し、アリューシャン列島のアムチトカ島に流れ着く。厳しい気候と不慣れな生活に耐え切れず、命を落とす仲間たち。残った者たちは力を合わせ、カムチャツカ、オホーツク、ヤクーツク、イルクーツクと、次第にロシアの内地に進み、最後はサンクトペテルブルク(の郊外)で女帝エカテリーナ2世に謁見する。この間、涙あり笑いあり、恋もあり。着ぐるみのハスキー犬が勢ぞろいする犬橇の場面が好き。

 強い意志と行動力・判断力を持つ、バランスのとれたリーダー光太夫を松本幸四郎。異国嫌いでお調子者だが根は小心者の庄蔵を市川猿之助。喧嘩早いが仲間思いで、ロシア女性からも惚れられる色男の新蔵を片岡愛之助。ちょっと頭の足りない、のんびりやの小市を市川男女蔵。日本では特に取り柄のない若者だったが、ロシア漂着以来、語学とコミュニケーションの才能を発揮して変貌する磯吉を市川染五郎。最年長のじいさん九右衛門を演じたのは、今年『鎌倉殿の13人』の北条時政役で注目されている坂東彌十郎さんだった。私はほとんど歌舞伎を見ないので、昨年だったら、全く分からなかっただろうな。

 イルクーツクで光太夫らを歓待し、エカテリーナ2世への謁見を仲介してくれたのは、語学学者・博物学者のキリル・ラックスマン。のちに登場する息子のアダム・ラックスマンと二役で八嶋智人さんが演じている。歌舞伎役者でない出演者は彼だけだが、特に違和感はなかった。ロシア宮廷で光太夫を待ち受けるポチョムキンは松本白鸚で、さすがの貫禄。エカテリーナ2世は市川猿之助の二役だが、全然分からなかった。

 そしてエカテリーナ2世から帰国の許しを得るのだが、病により(凍傷または壊血病)片足を切断した庄蔵は、キリスト教に入信しており、帰国できないことが分かる。庄蔵を一人残すに忍びない新蔵も、同様に洗礼を受けていた。光太夫は、こうして生き別れ、死に分かれた仲間の魂とともに、約10年ぶりの日本を目指す。結局、帰国の途についたのは光太夫、磯吉、小市の3名だけで、小市は日本を目前にして船の上で絶命した(史実では根室上陸後に死亡)。

 もとになった事実が「小説より奇なり」で格別にドラマチックである上に、三谷脚本の味付けとひねりが加わり、とても面白かった。音楽(長唄、竹本)が洒落ていて、よかったことも付け加えておきたい。出演者では、やっぱり猿之助が好きだなあ。私は彼の発声が、歌舞伎らしくて好きなのだ。そしてこのひとは、テレビドラマではなく舞台で見るのがいいと思う。

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女子の生き方/中華ドラマ『夢華録』

2022-08-10 21:18:25 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『夢華録』全40集(企鵝影視他、2022年)

 中国では今年最高のヒット作と言われているドラマ。舞台は宋・真宗の時代(らしい)。銭塘に暮らす趙盼児は、役人だった父親が皇帝に諫言して罪に問われたため、少女時代に官妓(賤籍)となったが、長じて良民となり、孫三娘とともに茶舗を営みながら、婚約者の欧陽旭が科挙に及第して迎えにくる日を待っていた。あるとき、都の皇城司で「活閻羅(生き閻魔)」と恐れられている顧千帆が、『夜宴図』という絵画を求めて銭塘に下ってきた。かつて銭塘県の県令が所有していた『夜宴図』は、趙盼児の手に渡り、いまは欧陽旭のもとにあった。

 趙盼児は、料理上手の孫三娘、琵琶の名手である宋引章とともに東京(汴京=開封)に上り、欧陽旭を訪ねる。しかし、科挙で探花(第三位)の好成績を得た欧陽旭は、高官の女婿になる約束を交わしていた。悄然と東京を立ち去ろうとする趙盼児たちを引き留めたのは顧千帆。女三人で茶舗「半遮面」を開き、次に酒楼「永安楼」に商売を拡大し、「女の店など認めない」という同業者たちの嫌がらせに屈せず、さまざまな工夫で評判を呼ぶ。生き生きと仕事に励む盼児に惹かれていく顧千帆。

 一方、欧陽旭は本当に心変わりしたわけではなく、高官に睨まれた場合の盼児の身を案じて別れを言い出したはずだったが、人生の歯車が狂って、次第に闇落ちしていく。手元の『夜宴図』に劉皇后の前半生の秘密が描かれていることに気づき、それを皇帝に注進し、顧千帆と趙盼児の罪を捏造しようとするが、皇帝の皇后に対する愛情は揺るがず、失敗。悪人は去り、女性たちはそれぞれの幸せを手に入れる。

 趙盼児(劉亦菲)は、舞踊から蹴鞠まで運動神経抜群で、茶芸にも通じ、教養もあり、商売も巧い。苦境に立てば思い悩み、頭を下げて金策に走り回るが、不当な侮辱には決して屈しない。官家(皇帝)にもはっきり意見を申し上げる。今の社会ならごく普通の女性の姿だが、古装劇で、こういう女性を違和感なく描き出したところが新鮮だった。

 あらゆる困難を、不屈の闘志と才覚(と女どうしのチームワーク)で乗り越えていく盼児に対して、恋人の顧千帆(陳暁)は影が薄い。序盤こそ冷酷無比な武闘派として登場するが、父親との関係に悩んだり、怪我で病床に伏せる描写が多くて、むしろ彼のほうがヒロインぽかった。しかし、別に女主が自力で運命を切り開いても、男主が女主を守り通さなくても、本人たちが幸せならいいのでは?と思う。お互いを信頼し、尊敬しあっている関係が伝わるので、この二人、欧米の映画やドラマに登場するカップルみたいな雰囲気があった。

 孫三娘(柳岩)は、夫も息子もいたのだが、身勝手な夫に息子を奪われ、離縁されてしまう。しかし東京で、風采は上がらないが誠実な杜長風と出会い、30歳で再婚の花嫁衣裳を着る。母親を追ってきた息子にも祝福されて新しい家庭を築く。宋引章(林允)は、はじめ商人に見初められ、趙盼児と孫三娘の反対を押し切って結婚するが、実は財産目当てだったことが発覚。法廷に訴え出て離婚を勝ち取る。東京では音楽好きの風流才子・沈如琢に言い寄られて心を許すが、これも利用されただけと分かる。楽伎という賤籍を脱したい焦りが、男たちに付け込まれてきたことを反省し、琵琶の技量に誇りを持って生きていこうとする。ちなみに三人のスポンサーとなる大金持ちの坊ちゃん・池衙内が最後は宋引章をデレデレと見守っていて、幸せな未来が想像できた。

 この池衙内(代旭)、大言壮語するだけで泣き虫の小心者なのだが、どこか憎めない。ドラマ『無証之罪』でサイコな殺人犯・郭羽を演じた俳優さんで、そのギャップにびっくりした。顧千帆の部下の陳廉は、細身の優男の上に兄弟は姉ばかりという設定で、女性たちとのフラットな付き合い方が巧い。いるなあ、こういう男子。陳廉は、趙盼児らの茶舗に拾われた招娣という元気な少女と相思相愛になるが、「招娣」も「盼児」も、女子より男子を望む気持ちを反映した名前であることが、ドラマの中で語られている。

 趙盼児は酒楼「永安楼」のVIP客のために、飲食だけでなく華麗なショーを提供する。大唐絵巻ふうのショーだが、ダンサーの中に女装した何四(胡宇軒=『将夜』の陳皮皮)が混じっていて笑った。このドラマ、かなり意識的にジェンダーの撹乱を狙っている。原作の古典劇『趙盼児風月救風塵』がどのように換骨奪胎されているのかは読んで調べてみたい。ちなみに導演の楊陽さんも編劇の張巍さんも女性である。全編美しく楽しいドラマだが、顧千帆と父親の蕭欽言(王洛勇)が最後に和解できたのかどうか示されないのが、私には物足りなかった。

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30年の歳月/映画・ジュラシック・ワールド新たなる支配者

2022-08-05 19:48:49 | 見たもの(Webサイト・TV)

○コリン・トレボロウ監督『ジュラシック・ワールド新たなる支配者』(TOHOシネマズ日本橋)

 話題作をさっそく見てきた。設定は、前作『炎の王国』から4年後。ロックウッド邸を抜け出した恐竜たちは、世界中に生息地を広げてしまった。バイオ企業のバイオシン社は、イタリアの山中に恐竜たちのサンクチュアリを設置し、保護と研究を進めていた。

 オーウェンとクレアは、カリフォルニア山中の山小屋にクローン少女であるメイジーをかくまって暮らしていた。森の奥には、ヴェロキラプトルのブルーと、ブルーが単性生殖で産んだベータが住んでいた。ある日、メイジーとベータは、ともに密猟者に拉致され、地中海のマルタ島を経て、バイオシン・サンクチュアリへ連れていかれる。オーウェンとクレアは、運び屋のケイラの操縦する飛行機でこれを追った。

 同じ頃、アメリカ中西部では、巨大イナゴの大群に穀物畑が食い荒らされる被害が多発していた。しかし、なぜかバイオシン社の品種だけは被害を受けない。疑念を抱いた古植物学者のエリー・サトラーは、旧知の古生物学者アラン・グラントに協力を求める。二人は、バイオシン社に在籍するマルコム博士の仲介を得て、サンクチュアリ地下の研究施設に潜入する。

 そして、二組の潜入者は、それぞれ目的を達するものの、サンクチュアリに大火災と大混乱を引き起こし、恐竜たちが大暴れする事態になる(お約束)。バイオシン社のCEOドジスンは、自分の利益だけを確保して逃亡しようとするが、恐竜に阻まれる(お約束)。

 メイジーは、バイオシン社で出会ったウー博士から、早世した母親シャーロットの話を聞く。シャーロットは優れた遺伝学者で、自分の遺伝病を修正したクローンであるメイジーをこの世に残した。巨大イナゴの災厄を創り出してしまったウー博士は、その誤りを修正するために力を貸してほしいと懇願し、メイジーはこれを受け入れる。ウー博士は、オーウェンらとともにサンクチュアリから退避。そして、悪人たちは一掃され、人類と恐竜が本格的に「共存」する世界が到来した。まあ、めでたしめでたしと言ってよいのか、ひとまず調和的な終わり方だった。

 私は、1993年の『ジュラシック・パーク』第1作を劇場で見た世代である。そんなに好きな映画ではなかったはずだが、繰り返しテレビ放映を見るうちに、このシリーズのファンになってしまった。今でもどちらかといえば『パーク』シリーズのほうが好きなので、本作に『パーク』のサトラー博士とグラント博士が登場したのはとても嬉しかった。当たり前だが、二人ともきちんと年を取っていた。第1作では、けっこういい雰囲気になった二人だが、その後は別々の人生を歩んできて、30年ぶりに再会という設定がまたよい。第1作では活躍の場が少なくて、なんのためのキャラクターか分からないという批判もあったマルコム博士が、ファンに愛され続けているのも面白い。

 しかし最終回答は、人類と恐竜の「共存」かあ…。第1作の恐竜は、完全に人智を超えた存在、善悪の彼岸の怪物(モンスター)で、人間が安全を保つには「住むところを分ける」以外の解決策はなかった。それが『ワールド』では調教可能になり、人間くさい表情を見せ、視聴者の感情移入を許すようになる。生臭い血の匂いのする恐怖シーンはすっかり減り、派手なアクション、高度なSFXを安心して楽しめる作品になってしまった。夢物語の「共存」で美しく幕を引くのは、いまの時代に人々が求めるものの反映かなと思った。私はもう一回、第1作が見たくなった。

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大都会・北京の片隅で/中華ドラマ『歓迎光臨』

2022-06-21 22:08:09 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『歓迎光臨』全37集(東陽正午陽光影視、三次元影業、2022年)

 平凡な人々の、小さな喜怒哀楽を大事に掬い上げたようなドラマ。毎回、大笑いしながら、最後には登場人物全てが愛おしくなっている。さすが安定の正午陽光作品である。

 北京の五つ星ホテルに勤めるドアボーイ(門童)の三人組、張光正、王牛郎、陳精典は、宿舎を出て部屋を借り、共同生活を始めることにした。主人公の張光正は東北出身、就職6年目。人柄の良さだけが取り柄で、特に夢も野望もない。引っ越し先では、サンルームを自分の専有スペースとすることができて大満足。ところが、窓の下の公園では、毎朝、近所のおばさんたちが集まり、大音響で「広場舞」を楽しんでいることが分かり、不運を呪う。しかし、幸運もやってきた。あるとき、ホテルの玄関で、正義感の強い美女と出会って一目惚れし、人生の目標を見つける。しかも、その「女神」は、広場舞のおばさん集団の一員、柳阿姨の娘の鄭有恩で、仕事は航空会社のCAであることが分かる。

 有恩と知り合うため、広場舞のメンバーに入り込んだ張光正は、性格のよさが幸いして、すっかりおばさんたちに気に入られてしまう。彼女たちの援助もあって、少しずつ有恩に近づく張光正。はじめは恐ろしい塩対応だった有恩も次第に張光正に心を開いていく。

 しかし気持ちが通じ合うと同時に、張光正は現実の厳しさに直面する。ドアボーイの収入では、有恩を養い、幸せにすることができない。経済的に自立した有恩に、気にする必要はないと言われれば言われるほど、悩みは深まる。ホテル内の昇格試験を受け、礼賓員(コンシェルジュ)さらには経理(マネージャー)を目指そうとするが、困難の大きさにくじけそうになる。

 張光正が「師父」と呼ぶ先輩の王牛郎は、すでに30代半ば。北京生まれで、幼いときに両親を失くし、親戚に育てられた。四六時中、人の行き交う賑やかな雰囲気が好きで、ホテルのドアボーイになった。焼烤店のウェイトレスである可憐な少女・九斤にずっと心を寄せている。クリスマスの晩、ホテルのダンスパーティに九斤を招待し、幸せなひとときを過ごすが、九斤は、郷里に戻って親の決めた相手と結婚することになったと告げる。九斤と別れたあと、有恩の同僚で離婚したばかりの佟娜娜と意気投合するが、自分に自信のない王牛郎は、佟娜娜の好意を受け止めることができない。

 最年少の陳精典は、大学卒業後、ドアボーイのアルバイトをしながら大学院進学を目指していた。同僚の豆子とは周囲も公認の仲。豆子は精典を受験勉強に専念させようと献身的にサポートするが、うまくいかない。精典は、成績の伸びない学業を放棄し、ネットの株取引で簡単にお金を稼ぐ方法を覚え、仕事もおろそかになる。一方、真面目で向上心のある豆子は、次第に職場で認められ、上海のホテルからヘッドハンティングの誘いも来るようになり、二人の間に隙間風が入り込む。

 「今日の中国」に生きる男子は、仕事も恋愛も大変だなあ、と思った。それでもドアボーイ三人組は、勇気を奮い起こして困難に立ち向かい、それぞれの幸せをつかむ。まとめてしまうとありきたりだが、そこは劇中でホテルマンの極意とされる「細節是魔鬼(The devil is in the details)」で、このドラマも細部が見どころなのだ。

 悩む若者たちを導く、人生の先輩たちは、みんな魅力的である。おしゃれでお茶目な柳阿姨は、有恩の父親と離婚し、夫の死後、娘を引き取ったが、実の娘にどう接してよいか分からず悩んでいる。広場舞のリーダー格・孫大姐は、夫の楊大爺と二人暮らし。楊大爺は少し痴呆も始まっているが、妻を愛する気持ちは失っていない。

 ホテルの総監(ゼネラルマネージャー)孫広庭は、口うるさい上司。精典は「鯰魚精」と仇名をつけて嫌っていた。しかし、部下を見る目は確かで、張光正や豆子がサービス業に適した資質の持ち主であることを見抜く一方、精典は違う職業を目指すべきだと考えて、彼の気持ちをもう一度、学業に向けさせる。孫総監は、若い頃からホテルに寝泊まりし、家庭も持たず、ひたすら仕事に打ち込んできた。ところが、癌が見つかり、せめて人生の最後に自分の家を持ちたいと願う。張光正ら三人組は、自分たちの部屋に孫総監を受け入れて一緒に暮らし、孫総監の容態が悪くなると、ずっと病院に付き添うのだ。こんな人間関係、ありなのか。幸せすぎる。岳旸さん、チョイ役で何度か見たことのある俳優さんだが、いい役を貰ったなあ。

 主役組は、恋する張光正(黄軒)がとにかくかわいい。陳精典(白宇帆)もかわいい。楊大爺役の畢彦君は『琅琊榜之風起長林』の荀白水など、これまで矍鑠とした老人役で見てきたのに、別人かと疑うような呆け演技だった。また、広場舞のシーンで流れる楽曲、孫大姐のお気に入り「瀟灑走一回」(1991年)と柳阿姨のおすすめ「好嗨哟」(2019年)は耳に残る。どちらの歌詞も、ドラマの主題と絶妙にリンクしているように思った。

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李(すもも)が倒れるとき/中華ドラマ『風起隴西』

2022-05-17 21:18:32 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『風起隴西』全24集(新麗伝媒、愛奇藝等、2022年)

 三国時代の諜報戦を描くドラマ。間違いなく後世に残る傑作だと思うのだが、登場人物の正邪が二転三転するスリルが醍醐味なので、ネタバレ抜きに紹介するのがとても難しい。

 物語の主たる舞台は蜀の国で、西暦228年の街亭の戦いに始まり、231年、李厳の失脚までを描く。隴西(甘粛省東南部)は、魏と蜀の勢力圏がぶつかる最前線だった。蜀の丞相・諸葛孔明を補佐する楊儀は、「司聞曹」という諜報機関を創設し、統括人に馮膺をあてた。司聞曹には、司聞司(敵国での諜報活動)・軍謀司(情報分析)・靖安司(国内の治安維持)の三部門が置かれており、主人公の陳恭は司聞司に属していた。

 街亭の戦いで蜀軍は魏軍に大敗を喫し、第一次北伐は失敗に終わった。孔明は責任を取って降格を願い出、蜀の宮廷では、孔明のライバルである李厳が存在感を増した。ところが、街亭の戦いの敗因は、魏軍の進軍ルートが誤って伝えられたためと判明する。この誤情報をもたらしたのは、コードネーム「白帝」として、魏の天水郡に潜入中の陳恭だった。司聞曹では、陳恭がわざと誤情報を流したのではないかという疑惑がささやかれる。

 馮膺は、陳恭の義兄弟である荀詡を派遣し、もし裏切りが事実なら陳恭を殺すように命じる。陳恭は、正しい情報を送ったにもかかわらず、どこかですりかえられたと主張する。「燭龍」と呼ばれる魏のスパイが、すでに司聞曹の内部に入り込んでいるものと思われた。陳恭と荀詡は、燭龍の正体を突き止めるため、行動を開始する。

 陳恭は、魏国と結託している武装宗教集団・五仙道に潜入する。祭主・黄預の側近く仕える聖姑は、早くから五仙道に潜入していた陳恭の妻・翟悦だった。人目を忍ぶ再会も束の間、翟悦は正体を気づかれ、黄預に殺されてしまう。一方、蜀国では、勢いづく李厳が、司聞曹から孔明の息のかかった人々を追い出そうと画策していた。馮膺は李厳に忠誠を誓って司聞曹に留まる。

 五仙道は蜀軍の新兵器・連弩の設計図の奪取を計画しており、陳恭はこれを指揮するフリをして、「燭龍」をおびき出すことに成功する。この件で、ひそかに陳恭と共謀した荀詡は、司聞曹で拷問を受け、瀕死の重傷を負うが、口を割ることはなかった。やがて陳恭の帰還により、二人は名誉を回復する。しかし、ここまでの全ては、魏国の諜報機関「間軍司」を統括する郭淮の計画の内で、このとき、より深く司聞曹の中枢に食い込んだ、新たな「燭龍」が誕生していたのである。

 以下、詳細は避けるが、諜報機関は、あらゆる手を尽くして敵国の諜報員の「内通」を誘う。老練な諜報員は「内通者」を演じることで、かえって敵国の機密情報を得て、祖国に貢献しようとするのだ。どこまでが真実の姿かは、本人にしか分からない。信じる大義のために、裏切者という罵声を浴び、末代までの不名誉を甘受しても、黙って刑場に赴く覚悟を決めている。本作には、そのようなクールな諜報員たちが描かれる。

 一方、そうでない者もいる。荀詡は、信義を重んじる、まっすぐな気性の持ち主。そのため、駆け引きに長けた陳恭への疑惑を深め、次第に両者は対立の溝に落ち込んでいく。陳恭は、智謀にも武術にも優れたスーパー諜報員として登場するが、最愛の妻を失って以降、自分が誰かの棋盤のコマに過ぎないことを悟り、コマであることを積極的に受け入れた上司・先輩たちにも心から同調はできず、死に場所を求めるような、遠い目を見せるようになる。陳恭を演じた陳坤は、実年齢は40代半ばだというが、この青年らしい繊細さ、瑞々しさがとてもよかった。誠実で、融通の利かない荀詡を演じた白宇も役柄に合っていた。

 演員は、馮膺(聶遠)、黄預(張曉晨)、郭淮(郭京飛)、いずれも代表作になるレベル。郭淮の甥の郭剛(董子健)は、苦い失敗を通して諜報戦の怖さを学んでいく。諸葛孔明(李光潔)は純粋さを失わずに大人になった稀有なタイプで、楊儀(俞灝明)が李厳を失脚させたことを全く喜ばず、逆に叱責する。

 本作は、視聴率的には成功しなかったようだが、重厚で複雑な物語を親しみやすいものにするため、いろいろ苦心の跡が見えた。馮膺の義理の弟・孫令という、原作には登場しないキャラを追加し(演じた常遠は伝統芸能・相声の演員でもある)、各回の最後に講談ふうに内容のまとめをさせたのも、その一つ。むかしの日本の大河ドラマを真似たのだろうか。なお、断片的な情報だが。このほかにも原作をかなり改編し、成功しているドラマである。

 各回のタイトルが「兵法三十六計」から取られているのも面白かった。最終回の「李代桃僵」は、調べたら、桃(もも=価値が高い果実)の木を守るために、李(すもも=価値が低い果実)の木が倒れるという意味だと知って、粛然とした。中国人のリアリストであることよ。

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家族の50年史/中華ドラマ『人世間』

2022-03-25 16:48:50 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『人世間』全58集(中国中央電視台他、2022年)

 中国東北地方の江遼省吉春市(モデルは吉林省長春市か)の陋巷「光字片」に暮らす周家の家族を通して、中国の現代史(1960年代~2000年代)を描いたドラマである。物語の始まりは1969年の春節。三人の子女の父親である周志鋼は「大三線」と呼ばれる大規模開発工事に従事するため、中国内陸の西南地区(重慶など)に旅立っていった。定年まで三年に一度の帰省しか許されない仕事である。老大(長男)の周秉義も江遼省建設兵団に入隊し、同省の山間部に赴く。老二(長女)の周蓉は文学好きの感受性豊かな少女で、尊敬する詩人の馮化成を追って貴州の山奥に出奔する。残された老三(次男)の周秉昆は、はじめ製材工場、のちに醤油工場で働き、母親と二人で家を守って暮らしていく。

 主人公はこの周秉昆(1952年生まれ)だが、実は兄と姉の生涯のほうがドラマチックかもしれない。兄の周秉義は、入隊先で知り合った郝冬梅と結婚する。郝冬梅は事故で子供を産めない体になってしまうが、周秉義は彼女を生涯愛し続ける。党の高級幹部である義理の父母との関係に悩み、職務精励のあまり健康を害しながら、最後は吉春市の市長となり、光字片の再開発を成功させる。姉の周蓉は馮化成と結婚して娘を設け、貴州の農村で小学校教師として青春時代を過ごす。文革終結後、兄とともに北京大学に入学し、夫婦で北京に出てきたものの、夫の馮化成は満足のいく仕事を得ることができず、夫との不和、娘・玥玥との関係に悩む。やがて馮化成が若い恋人と去った後、古い友人の蔡暁光と再婚する。

 周秉昆は、輝かしい学歴も社会的地位もなく、ただ地道に働き続けていくのだが、思わぬ運命に押し流される。製材工場の同僚・涂志强が殺人犯として処刑されたあと、謎の二人組から、涂志强の恋人の鄭娟へ生活費を渡すことを依頼される。周秉昆は鄭娟に一目惚れし、貧しい境遇の彼女を何とか助けようとする。やがて鄭娟は男子・楠楠を出産するが、その父親は涂志强ではなく、謎の二人組のひとり、駱士賓に強姦された結果だった。鄭娟の告白を聴いても、周秉昆の気持ちは揺るがない。二人は正式に夫婦となり、楠楠を実子として育てることにする。やがて二人の間にも男子・聡聡が生まれる。

 駱士賓は深圳で起業して成功した後、実子の楠楠を取り戻そうと画策する。真実を知った楠楠は駱士賓の接近を拒まないが、留学援助の申し出は断り、清華大学に合格して、自力で米国留学の資格を勝ち取る。しかし米国で拳銃強盗に遭い、命を落とす。周秉昆は、彼を責める駱士賓と掴み合いになり、押し倒された駱士賓は頭を打って死亡する。周秉昆は過失致死の罪で入獄。8年間の刑期を終えて出獄したのは2001年の春節の直前だった。周秉昆は、中国の変化に目を見張りながら、妻の鄭娟に助けられて、新しい生活を軌道に乗せる。

 日本のドラマとの違いを感じたのは、経済問題の赤裸々な描写である。工賃、医療費、住宅費、大学の入学金など、つねに具体的な金額をめぐって登場人物たちは悩んでいる。また住宅問題や仕事探しの切実さも身に沁みた。それでも貧しい人々がなんとか生きていけるのは、助け合う仲間がいるからだ。光字片の人々は、男も女も、すぐに大声で罵り合い、掴み合いの喧嘩も辞さない。この野蛮さは、ちょっと日本の視聴者には受入れ難いかもしれない。けれども誰かが困っていれば「助け合うのが当たり前」の社会でもある。そして、そういう人情に厚い社会だからこそ、周秉義のように行政の長に昇った人間が、弟の窮地や、弟の友人の陳情に臨んで、公平・公正の原則を曲げないことが、どんなに大変かも分かる。

 周秉昆には、醤油工場時代から「六君子」を名乗る五人の仲間がいる。二人は大学に進学して北京に行ってしまうが、残りの三人と妻たちとは、中年過ぎまでずっと付き合いが続く。社会が改革開放に向かい、貧富の差が大きくなると、自分(の家族)だけ豊かになりたいという率直な欲望や嫉妬が、数々の苦くて塩辛い悲劇を生むのも、このドラマの見どころである。また、言い古されたことだが、中国人にとっての「家族」の大切さ、特に周秉昆の父親世代にとっては、血のつながる子孫を残すことが何よりも大事だったこともよく分かった。

 周秉昆役は雷佳音。優秀な兄と姉にコンプレックスを抱えた気弱な末っ子を繊細に演じていた。アクションドラマ『長安十二時辰』のヒーロー張小敬と同一人とは信じられない! 鄭娟役の殷桃は初めて覚えた女優さん。引っ込み思案の鄭娟が、苦難を経験して、徐々に自分の意見を言えるようになっていくのがとてもよかった。馮化成役は成泰燊。このひとは何を演じても巧いなあ。馮化成が最後は貴州で僧籍に入るという結末も好き。そのほか、欠点も含めて魅力的な登場人物には事欠かない。衣服、住宅、食べもの、街並みなど、中国50年間の変貌をリアルに視覚化した映像にも驚かされた。

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少女たちの時間/中華ドラマ『八角亭謎霧』

2022-02-04 19:59:17 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『八角亭謎霧』全12集(愛奇藝、2021)

 2020年に『隠秘的角落』『沈黙的真相』などで話題をさらった「愛奇藝・迷霧劇場」シリーズの新作であるが、残念ながら、出来はいまひとつだった。舞台は江南地方の小鎮・紹武(ロケ地は紹興)。女子高生の玄念玫は、チンピラの朱勝輝につきまとわれていた。あるとき、朱勝輝の遺体が運河で発見される。

 玄念玫は祖母と両親の四人暮らし。父親の玄梁には3人の妹がいた。すぐ下の妹・玄敏は、玄梁とも親しい刑事の袁飛と結婚している。その下の双子の姉妹のうち、妹の玄珍は、18歳のとき何者かに殺害され、公園にある八角亭近くの水辺で遺体が見つかった。19年経っても犯人は不明のままである。事件後、姉の玄珠は家を出て、遠くの都会で暮らしていた。玄梁は、妹を守れなかった自責の念に苛まれ、次第に玄珍そっくりに育っていく娘の念玫を過剰に束縛していた。

 念玫の祖母が倒れ、入院したのをきっかけに、玄珠が帰宅する。念玫は叔母から、自分とそっくりだったという玄珍についての話を聞く。美人で、誰からも愛されることが当然と思っていた玄珍の存在は、地味で控えめな玄珠にとって、好ましい思い出ばかりではなかった。高校時代、玄珠は親しくなった男子の影響を受けて崑劇を習い始めたが、それを知った玄珍は、自分も同じ劇団に入門し、瞬く間に劇団長の寵愛を奪ってしまう。玄珍が殺害されたのは、それからまもなくのことだった。

 【ネタバレ】19年前の事件では、崑劇団の主宰者である丁団長が玄珍に異常な執着を抱き、誘拐して殺害したことが判明する。丁団長の妻の周亜梅が遺体遺棄を手伝っていた。丁団長は、玄珍そっくりの念玫を見かけて、再び魅入られ、彼女につきまとっていた朱勝輝を殺害したのだった。

 あらすじは以上のとおりである。19年前の事件の目撃証言で、容疑者が男性か女性かはっきりしなかったのは、丁団長が女装愛好者だったためとか、序盤のミスリードを誘う、念玫の担任で写真オタクの田老師とか、細かい仕掛けはあるのだが、あまり感心しない。すでに頭脳の働きが明晰でない丁団長の自白を引き出すため、念玫が玄珍の扮装をしてオトリになるというのも、警察が考える策としては現実的でない(ドラマの中でも批判されているが)。

 本作は、ミステリーとしては評価できないが、ミステリー風の味付けをした心理小説だと思えば許せる面もある。見た目も性格も正反対の双子姉妹、玄珠と玄珍の葛藤の描き方には、古い少女マンガの佳作、たとえば萩尾望都を思わせる味わいがあった。生き残った玄珠は、妹からあれほど残酷な仕打ちを受けたにもかかわらず、姉として妹を守れなかったことを悔やんでいる。ずっと玄珍と比べられてきた念玫は、自分も18歳で死ぬ運命ではないかと考えていたが、玄珠は、たとえ外見がそっくりでも人間の内面はひとりひとり違う、と語ってきかせる。念玫は叔母の言葉に勇気づけられ、成長期のアイデンティティの不安を抜け出す。また、他人に愛されることを諦めていた節のある玄珠も、最後は、自分の生活を立て直そうと旅立つ。

 念玫と玄珍の二役を演じた米拉(Mira)ちゃんは、この年頃の少女らしい自然な表情がよかった。少女時代の玄珠を演じた謝卓妮ちゃんも好き。ああ、どこかで見たことがあると思ったら『開封府』の健気な小青女だ。謎解きの主役は袁刑事(段奕宏)のはずだが、あまり見せ場はなく、新人刑事の劉新力(白宇帆)のほうが印象に残る。水路に囲まれた江南古鎮の風情と、崑劇の音曲は楽しめた。

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五月のタイムループ/中華ドラマ『開端』

2022-01-27 20:16:06 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『開端(RESET)』全15集(東陽正午陽光影視有限公司、2022)

 1月11日に配信が始まり、いま大反響を呼んでいるドラマ。いやあ面白かった! 若者好みのSFと見せかけて、ヒューマンドラマであり、犯罪推理劇でもある。しかし【ネタバレ】厳禁ドラマなので、未視聴の方は以下を読まないでほしい。

 2019年5月のある日、中国南方の嘉林市の女子大生である李詩情(趙今麦)は、いつもの路線バスで、うとうと居眠りをしてしまった。誰かの携帯電話の着信音(パッヘルベルのカノン)を聞いて目が覚めたと思った瞬間、乗っていたバスが引火爆発する。不思議なことに、李詩情は再び同じバスの同じ席で目を覚ました。続いてまた同じ着信音が聞こえ、バスが爆発する。三回目、目覚めた李詩情は走行中のバスから下りようとするが成功しない。四回目、五回目も失敗した李詩情は、六回目、隣に座っていた青年を痴漢呼ばわりすることで、なんとか下車に成功する。しかしバスは爆発し、乗客は全員犠牲となる。李詩情は警察の事情聴取を受けるが、タイムループ(循環)を体験したという奇想天外な告白を信用してもらえない。

 そして七回目にバスの中で目覚めた李詩情は、隣の席の青年・肖鶴雲(白敬亭)が、ループに入ってきたことを知る。バスの爆発は、飛び出してきたバイクを避けようとして、対向車線のタンクローリーに激突したことが原因らしいと見極めた二人は、運命の十字路で運転手に注意を促し、事故を回避する。バスは長い橋(跨江大橋)を渡り始めるが、その中ほどで、あの着信音が鳴り、爆発が起こる。タンクローリーとの衝突が主原因ではなかったのだ。ループでもとに戻った二人は、乗客の誰かが爆弾を持ち込んでいると判断し、下車して警察に通報するが、爆発は起きてしまい、かえって警察に疑われる身となる。

 深夜の取調室で眠ってしまった二人は、再びバスの中で目を覚ます。今度は自分たちで犯人を見つけ出そうと決意し、怪しい乗客に次々アプローチしていくが、ループの繰り返しの中で、一見怪しげな乗客たちに、それぞれの人生があり、家族がいることが分かっていく。何度もくじけそうになるが、李詩情は「(乗客たちは)もう見知らぬ他人ではないから」と言って爆発阻止をあきらめない。

 【本格的ネタバレ】そして二人は、ついに犯人を見つけ出すのだが、犯人にも人生と家族があった。犯人は、5年前、同じ路線バスで娘を亡くしていた。その娘・萌萌は、バスの中で痴漢に遭い、逃げ出そうとして跨江大橋の途中で無理やりバスを下り、後続車に撥ねられて死亡したのである。バス会社は真相究明をなおざりにして、賠償金でカタをつけた。ネットでは彼女を嘲笑する動画が今も流れ続けていた。犯人の目的は社会への復讐だった。

 李詩情と肖鶴雲は全ての行動を準備して、最後のループに臨む。バスの中から、電話とショートメールで警察に通報し、犯人の動機が、5年前の事件にあることも知らせる。乗客たちと協力して犯人を取り押さえ、抵抗する犯人に、李詩情は自分が5年間の事件の証拠を持っていることを告げる。踏み込んだ警察は、事件の再捜査を確約する。犯人から奪取した爆弾は河に投げ込まれ、間一髪、バス爆破は阻止された。翌日、李詩情と肖鶴雲はループを抜け出し、新しい一日を迎えた。勇気ある乗客たちは表彰され、それぞれの人生を歩み始めた。萌萌を死に至らしめた痴漢は逮捕され、相応の刑に服すことになった。

 結末は、冷静に考えると疑問もないではないのだが、何をやっても新たな困難が立ち現れる「無理ゲー」状態の中で、全員無事で終われたことに大きなカタルシスを感じた。いつの前にか私も「見知らぬ他人ではない」という気持ちでドラマを見ていたのだ。主人公の二人は、いかにも普通の若者だが、よく頑張った。しっかり者の李詩情に比べると、年上の肖鶴雲のほうが自分勝手で、はじめは自分だけ助かろうとするが、次第に李詩情に影響されていく。

 警察の面々、ベテラン刑事の老張(劉奕君)と息子のような部下の小江の関係性もよかった。老張は、李詩情の荒唐無稽なタイムループ話を黙って全部聴いてくれた。警察は真偽が不確かな通報にも対応してくれるのか?と聞かれて「する」と答え、実際に直ちに行動を起こしてくれる。実は最後の1つ前のループでは、バスの乗客は全員助かったものの老張が殉職してしまう。これで終わらないで!と祈るような気持ちだった。劉奕君さん、反派(悪役)のイメージが強かったのだが、こんな紳士役もできるのかと惚れ直した。

 バスの乗客のひとり、盧笛は、ACG(アニメ・コミック・ゲーム)オタクの青年で、ループと聞くと「8月でもないのに?」と反応する。肖鶴雲がめんどくさそうに「アニメでは一般にループは夏に起きるのさ」と李詩情に解説し、日本製アニメ映画のタイトルを次々に挙げる。本作の設定は5月なのだが、南方の厦門(アモイ)でロケがされていて、明るい陽光には夏の雰囲気が感じられた。

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父と息子の絆/中華ドラマ『雪中悍刀行』

2022-01-24 20:34:32 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『雪中悍刀行』全38集(新麗伝媒、企鵝影視、2021)

 架空の王朝・離陽王朝を舞台とする古装ファンタジー。かつて鉄騎軍団を率いて諸国を平定し、いまは上柱国の地位を得た北椋王・徐驍(胡軍)には二人の娘と二人の息子がいた。徐驍は長男の徐鳳年(張若昀)を後継ぎに考えていたが、当の徐鳳年は諸国遊歴から成人式のために戻ったところで、父の後を継ぐ気は全くない。武芸を学ぶことさえ断固拒否している。一方、次男の徐龍象(荣梓杉)は天性、優れた内力を備えており、家臣の中には、徐龍象こそ後継ぎにふさわしいと考える者もいた。徐驍は徐龍象を武当山へ遠ざけるが、徐鳳年は父の仕打ちに怒って、弟を迎えに武当山へ向かう。

 徐鳳年の遊歴中、苦楽を共にした馬夫の老黄は、実は剣九黄と呼ばれる剣客だった。老黄は、東海の武帝城に住む王仙芝に敗れて以来、武芸を棄てていたが、もう一度挑戦すると言い残して武帝城へ向かう。しばらくして徐鳳年のもとに老黄の死の知らせが届いた。徐鳳年は老黄の仇を討つために武芸を学び始め、武当派の掌門から強大な内力を授けられる。また、弟の徐龍象は、龍虎山の老道士が預かることになった。

 翌年、徐鳳年は再び遊歴に旅立つ。徐驍が従者として選んだのは、癖のある面々ばかり。侍女の姜泥(北椋に滅ぼされた西楚国の公主)、魚幼薇(同じく西楚国の生き残りの美女)、青鳥(護衛の女死士)、魏爺爺(徐驍の腹心)、寧峨眉(北椋鉄騎の勇将)、徐鳳年を狙う刺客と女剣客だった林探花/呂銭塘と舒羞。そして地下牢から呼び出された謎の老人は、剣神・李淳罡だった。

 その頃、離陽皇帝の私生児・趙楷は、天下に大乱を招いて皇位を奪う野望を抱き、各地の野心家をたきつけて、徐鳳年の命を狙っていた。それをひそかに支援するのは、趙楷が師匠と慕う宦官で武功高手の韓貂寺。また、宮廷の黒幕・宰輔の張巨鹿も北椋の勢力を削ぐために暗躍する。しかし徐鳳年は、仲間たちの助けを得て、数々の危機を乗り越え、武芸を磨き、人間的にも成長してゆく。弟王の支持者だった寧峨眉も次第に徐鳳年に心服する。姜泥は徐鳳年に惹かれる気持ちを自覚するが、西楚国の再興を志す曹長卿に出会い、公主の責任を果たすため、旅立っていく。

 さて徐鳳年の母親・北椋王妃は剣の達人だったが、徐鳳年が幼い頃、離陽城で亡くなっていた。徐鳳年は、王妃の剣侍だった女性に会い、母親が何者かに襲撃され殺された可能性があることを知る。武帝城で老黄の形見の剣箱を奪還した徐鳳年は、弟と二人の姉の協力を得て、真犯人を突き止め、ついに母親の仇討ちを遂げる。四人の兄弟姉妹は、再会を期して各々の住処に帰っていった。

 原作はもっと長い小説らしい。そのため、ドラマでは何のために登場したのかよく分からない人物もいるが、ロードムービー的に舞台が切り替わるので、登場人物が多いわりに混乱はなく、結末にも納得できた。特撮技術の進歩は驚くばかりで、達人たちが天空高く飛び上がる(ように見せる)戦闘シーンは爽快だったし、何百本もの剣を宙に浮かべたり、波涛に立ち上がったり、雲中に巨大な龍が出現したり、冒険ファンタジー好きの心が躍る場面が何度もある。伝説の生きもの・虎夔の登場など、ハリー・ポッター映画みたいな楽しさもあった(凶悪なパンダも登場w)。

 演者は、旬の若手とベテランの実力派が勢揃いしており、隙が無い。その中でも胡軍の演じる徐驍のタヌキおやじっぷりが最高にチャーミングだった。いつも息子にガミガミ言われているダメな父親のようで、息子はちゃんと父の偉大さと愛情を分かっており、だからこそ、それを超えていこうと決意している。主役の徐鳳年(張若昀)と二人でわちゃわちゃしている番宣ポスターのシリーズがとても好き。

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愛と怨みの行方/中華ドラマ『風起洛陽』

2022-01-01 18:48:29 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『風起洛陽』全39集(愛奇藝、2021)

 これから本作を見ようとする人に強く言っておく。ネタバレを踏まないよう、関連記事は一切読まないほうがよい。次々に繰り出される謎とスリルに身を任せ、手に汗握るほうが絶対によい。

 舞台は唐代(武周というべき?)の神都・洛陽。聖人(皇帝)として君臨するのは、武則天と思しき女帝であるが、物語は虚実を取り混ぜて進む。聖人が設置した密告箱(これは史実)に投書をするために上京した父娘が、神都で殺害され、投書も奪われる事件が起きた。検死人の高秉燭は、殺害方法から謎の組織「春秋道」の関与を疑う。

 高秉燭は、神都の低湿地帯「不良井」に暮らす不良人(賎民)を出自とする。かつて不良井の副管理人だったとき、弟分の少年たちを神都見物に連れ出した結果、春秋道による太子襲撃事件に巻き込まれ、七人の兄弟を死なせてしまった過去があり、仇討ちの機会を狙っていた。

 武思月(月華君)は、女性ながら内衛(近衛軍)の一員で、聖人から密告者殺害犯の究明を命じられ、聖人の特命の執行者であることを示す芙蓉牡丹令を賜る。内衛の上司でもある兄の武攸决は、正義感の強い妹の行動を案じる。

 その頃、工部尚書の百里延は、聖人のために巨大な天堂を建築する工事を指揮していた。次男の百里弘毅(二郎)は、父の懇願に負けて、幼なじみの柳然(七娘)と結婚することになったが、婚礼の晩、父が何者かに殺害されてしまう。神都で殺害された密告者は二郎と旧知で、銅山のある奩山から来ていた。銅の運搬を管轄しているのは百里家と柳家(七娘の叔父)である。百里延の殺害にも春秋道が絡んでいる疑いが濃厚になった。

 以下、本格的【ネタバレ】に入る。高秉燭・武思月・百里二郎の三人は、次第に連携を深め、疑惑の中心に迫っていく。高秉燭は、兄弟の命を奪った殺し屋・十六夜を特定するが、その正体は意外な人物だった。苦い仇討ちを終えたあと、真の仇敵である春秋道の首領を倒すべく、高秉燭は、聖人が設置した特殊情報組織・聯昉に身を投じる(こういう組織があったことも史実らしい)。しかし聯昉の一員となることは、生涯にわたって全ての情愛を断つことを意味した。高秉燭に好意を抱き始めていた武思月は動揺する。

 百里二郎は、銅のほかに春秋道が隠匿していた北帝玄珠(純度の高い硝石)を調べるうち、火薬の製法を発見する。春秋道は、銅箱に火薬を詰めた「伏火雷霆」によって、聖人が出御する天堂の爆破を企んでいると思われた。さらに春秋道の中枢に、死んだはずの兄・百里寛仁が関わっていることを知った二郎は、九族誅滅の罰を受けることを承知で、聖人に真実を告げに赴く。黙って二郎を送り出す七娘。

 しかし春秋道は別の意図を隠していた。真の首領が姿を現し、自ら皇位につこうとする野望を明らかにする。高秉燭・武思月・百里二郎の決死の行動と、不良人たちの協力により、神都の平和は守られたが、しかし…(以下自粛)。

 原作は『長安十二時辰』と同じ馬伯庸だが、ドラマ版だけの比較だと、『長安』が終始重苦しいのに対して、本作はアクション多めで展開が早く、疾走感がある。善悪を定めがたい複雑な登場人物もいるが、主役三人には裏表がなく、感情移入しやすい。私はどちらも好きだが、本作のほうが万人向けではないかと思う。

 王一博が演じた百里二郎は、戦闘能力ゼロで社会性にも乏しい、理系オタクの坊ちゃんとして登場するが、次第に人間的に成長していく。それを暖かく、いつも嬉しそうに見守る七娘(宋軼)は理想の伴侶。高秉燭役の黄軒は、走り回り跳び回るアクションも、笑いも、繊細な表情も全てよい。あと声が好きなのだ、この人は。武思月の宋茜(ヴィクトリア・ソン)は初めて知ったが、アイドル出身なのだな。とりあえず強くて可愛い女性を出しておこうという役どころでなく、地に足のついた大人の女性(少しおばさんっぽい)の雰囲気に現実味があった。『風起洛陽』の中文wikiに、高秉燭との関係は「歓喜冤家」と書かれていて、よくケンカするが愛し合っているカップル、みたいな意味だそうだ。高秉燭を助ける白龍を演じた蒋龍くんは、表情豊かで巧かったなあ。覚えておく。

 中国語圏の解説記事によれば、ドラマの晋王・武慎行の原型は武三思で、聯昉を統括する公子楚(東川王)は、楚王さらに臨淄王に封ぜられた李隆基(玄宗)、武攸决の原型は、建昌郡王・武攸寧、あるいはその弟の武攸暨という説があるそうだ。また唐初の煉丹家(不老不死の丹薬をつくろうとした人々)の文献に原始火薬の製法が見えることは、火薬の中文wikiに記載がある。こうした詮索も楽しいドラマである。

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