見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

近代中国の選択/中華ドラマ『覚醒年代』

2021-08-27 20:30:57 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『覚醒年代』全43集(北京北広伝媒影視股份有限公司他、2021)

 「慶祝中国共産党成立100周年」という冠詞つきで、1910年代の新文化運動から中国共産党結成までを描く。そんな「共産党お墨付き」ドラマが面白いのか、視聴者評価の高得点に驚いて、半信半疑で見てみた。

 主人公は陳独秀(1879-1942)と李大釗(1889-1927)で、日本留学中の李大釗が亡命中の陳独秀に出会うところから始まる。陳独秀は、帰国後「20年は政治を語らない」と宣言して、上海で雑誌「新青年」を創刊し、啓蒙活動に励む。北京大学学長の蔡元培に招かれて文科学長(文学部長)となり、「新青年」の拠点も北京大学内に移す。北京大の図書館主任(教授を兼務)となった李大釗、アメリカ留学帰りの胡適、小説家の魯迅と弟・周作人、そして毛沢東(図書館助理員として勤務)などが徐々に集結する様子にわくわくした。知らない名前があるとWiki等で確認していたが、見た目を実物に「似せる」度も、かなりのものだった。

 新文化運動グループと対立する保守派の描き方も好ましく、辜鴻銘や林紓には、知識人の矜持が見てとれた。陳独秀が「現在の保守派は過去の進歩派、現在の革新派も未来には保守派となる」と言っていたのが印象に残る(蔡元培のWikiにあり)。過激化する学生運動を取り締まり、陳独秀を投獄する警察庁総監の呉炳湘は「食えないヤツ」の感じがよく出ていた。

 新旧知識人のどちらからも慕われ、政治家とも渡り合う蔡元培は理想の学長である。「兼容并包」(どんな思想も受け入れる)を掲げ、温和で腰の低い大人物だが、若い頃は立派な過激派で、爆弾づくりに取り組んでいたことを序盤でちらりと語らせている。まあしかし北京大学の文科(文学部)が中国共産党の誕生にこれだけ深くかかわっているのでは、日本みたいに「文系廃止論」は出ないだろうな。それだけでも羨ましい。

 1919年、第一次大戦後のパリ講和会議で、日本が山東省の権益を主張したことから、五四運動と呼ばれる大規模な学生運動が起きる。北京政府は学生を捉えて大学構内に監禁し、蔡元培は大学を去り(辞職、のち復帰)、陳独秀は投獄される。なお、ドラマで悪役となるのは、日本に対して弱腰な政府とそのシンパたちで、日本そのものへの批判はあまり描かれない。このへん、規制があるのかなと思う。

 五四運動の終息後、出獄した陳独秀は、いま祖国に必要なのは啓蒙や教育ではなく実際の行動だと考えるようになる。北京大を離れ、上海で「新青年」の編集刊行を続けるが、その主張は政治性が強まる。同様にロシア革命こそ中国を救う道だと確信した李大釗と語らい、中国共産党の結成を構想する。ドラマでは、北京郊外の縹渺たる冬の平原で、極貧の流民の集団に出会った二人が、彼らに衣食住と人間の尊厳を取り戻すため、共産党の結成を誓う。武侠世界の英雄の盟約みたいだった。

 そして1921年、中国共産党の結党会議(二人は参加していない)の開催でドラマは静かに終わる。調べてみると、その後の陳独秀は、共産党を除名され、トロツキズムに転向、失意のうちに四川省江津に隠棲して、1942年に死去した。息子の陳延年と陳喬年(ドラマにも登場)が父親より先に、相次いで処刑・殺害されたというのも辛い。李大釗は、国共合作下の1927年、張作霖によって絞首刑に処せられた。ドラマの、希望に満ちた終わり方は何だったんだと思うような史実である。

 ドラマでは、中国はアメリカをモデルにすべきと考える胡適が、ロシア革命とマルクス主義こそ最善と考える陳独秀・李大釗と、ついに思想的に袂を分かつまでが、執拗なくらい繰り返し描かれている。共産党お墨付きドラマであるから、陳独秀・李大釗の選択こそ「正解」なのだが、正直、いまの中国人はこれをどう思って見たのか知りたい。

 また、五四運動の学生たちには、近年の香港民主化デモの若者たちが投影されているように思えてならなかった。愛国心にはやる学生たちは、自分たちが命を捨てることで民衆が覚醒すれば本望と訴えるが、陳独秀は大笑いして「何千年も奴隷的な封建制に慣らされた民族が覚醒するには幾世代もかかる」と言い放ち「だからお前たちは生きて戦え」と促す。この絶望と希望の交錯。共産党お墨付きドラマでありながら、様々な解釈を誘うところが実に面白かった。

 監督は『軍師聯盟』の張永新。出演者はみんなよいのだが、蔡元培役の馬少華さん、2003年のドラマ『走向協和』で孫文を演じた方と分かって懐かしかった。

 以下は蛇足のつぶやき。コロナ禍が終わったら、台北・中央研究院の胡適紀念館と傅斯年図書館に行きたい(傅斯年は北京大の学生としてドラマに登場)。胡適公園にある胡適先生の墓園にお参りし、台湾大学にあるという傅斯年紀念墓園にも行きたい。

 北京大学の図書館があった紅楼旧跡は、新文化運動紀念館になって一般公開されているそうだ。行きたい!(人民網:北京大学紅楼旧跡が一般公開再開 革命関連の貴重な文化財展示 2021/6/30

 魯迅と蔡元培の故郷である紹興にも、もう一度行きたいなあ。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 価値を生む競争関係へ/日韓... | トップ | 茶室「五庵」他を見に行く/... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

見たもの(Webサイト・TV)」カテゴリの最新記事