JOSEISHI.NET 12/7(土) 10:40
世界最古の巨木といわれるカウリの木。ニュージーランドのみに分布するカウリの中でも、現存する最大級の木は「タネ・マフタ」と呼ばれ、その樹齢は2000年以上ともいわれる。先住民マオリが森の神として崇め、度々伝説にも登場する神秘的な存在。以前からタネ・マフタを見たいと思っていた俳優の上野樹里さんが、原始の森ワイポウアを訪ねました。
上野樹里 うえの・じゅり
俳優。1986年、兵庫県生まれ。2001年デビュー。映画『スウィングガールズ』(04)、ドラマ『のだめカンタービレ』(06)で人気を博す。以降もドラマ『監察医 朝顔』(19)、映画『隣人X 疑惑の彼女』(23)など多数出演。
先住民マオリが崇めたカウリ、森の神タネ・マフタの伝説とは

タネ・マフタは屋久島の縄文杉と『姉妹木協定』を締結している。生存競争を勝ち抜くため、自ら枝と樹皮を落としながら成長。上部のみに数百種の植物が着生、寄生する。
俳優の上野樹里さんがデザイン・ディレクターを務めるブランド〈TuiKauri(トゥイカウリ)〉。その名前の由来は、ニュージーランド先住民マオリの言葉で、固有種の青い鳥「Tui(トゥイ)」と巨大樹「Kauri(カウリ)」の2つの組み合わせからきている。12年ほど前に留学していたこともあり、土地からインスピレーションを受け、また上野さん自身の名前に「樹」を含むことから名づけたという。ニュージーランド政府観光局のキャンペーンアンバサダーを務めたこともあり、何かとこの地に縁のある上野さんが、今回訪れたかった場所が、カウリを見ることができるニュージーランド北島のエリアだ。
ワイポウアの森にある、樹高51.5メートルの巨木タネ・マフタの前で。
北島の原生林に自生する樹木の中でもひときわ大きく成長するカウリは、針葉樹の一種で、ナンヨウスギ科(アガチス属)の樹木。その起源はなんと約1億9900万~1億3500万年前、かつて恐竜がいたジュラ紀まで遡る。最大の特徴は、数千年もの時間をかけて、ゆっくりと成長する木ゆえ、長寿で巨大に育つこと。もっとも大きい木は、マオリ語で「タネ・マフタ」=森の神と呼ばれる。現存する最大のタネ・マフタの樹齢は2000年ともそれ以上ともいわれる。
今回目指したのは、オークランドから北に44時間ほど車を走らせた場所にある、ワイポウアの森。ガイドをしてくれたのは、マオリのヘニ・マティスさん。現在、カウリの木は保護対象になっており、一般公開されている場所は、柵や歩道で整備されている。歩いて55分も経たないうちに目の前に現れたのは、天に向かって伸びる巨大なタネ・マフタだ。
写真:上野さんが手がけるブランドの絞り染めのワンピース¥60500、Tシャツ¥13200(ともにトゥイカウリ/アルディム) パンツ¥23100(レッド カード プレ/トゥモローランド) ネックレス¥15950(ソワリー/ソワリー) その他(スタイリスト私物)
「現存する最大となります。地面から最初の枝までの高さは17.7メートル。幹の周りは13.8メートル。樹高は51.5メートル。ビル15階建てに相当する高さがあります」とヘニさんが教えてくれる。上野さんはしばらくの間このタネ・マフタを見上げて、ぽつり。
「とても神聖な空気が流れていますね」
それを聞いたヘニさんは頷いて、「そう、タネ・マフタはマオリにとって、神のような存在です。祖先から伝わる神話では『この世をつくった樹』といわれています。マオリの文化に密接に関わってきた木でもあるので、数多くの神話が残っています」
タネ・マフタの周辺には割れた球果が散っていた。
その言い伝えの一つ、有名な天地創造の神話では、タネ・マフタは、ランギヌイ(空の父)とパパトゥアヌク(大地の母)の2人の神から生まれた子どもだったそうだ。父と母は固く愛し合って片時も離れなかったので、大地と空はくっつき、世界は闇に覆われていた。息子のひとりでのちに森の神となるタネ・マフタは、空と大地の間で大きく成長するにつれて、父と母を引き離すようになった。すると強い光が差し込み、そこから新しく現在の世界が誕生した。森の神となったタネ・マフタは、生命を与えることができ、地上にいるすべての生き物は、タネ・マフタの子どもであるとされている。
Photo:Tomoyo Yamazaki
そう教えてくれたヘニさんは、ニコリとして「ホンギをしましょう」と、上野さんに鼻を軽く合わせるよう促す。ホンギは伝統的なマオリの挨拶で、「仲間になった証」として対面する2人が鼻と鼻を押し当てる行為。格式のある挨拶でもある。
かつては現在のタネ・マフタの3倍ほどの大きさのカウリも存在していた。写真はその年輪の大きさを示すもの。
マオリの人々によって、特別な存在として崇められてきたカウリの木の前に立ち、いま対峙していることに感謝を伝えるために、ヘニさんは透き通るような歌声で、“カラキア”という祈りを捧げ、伝承歌を歌う。その様子を真近で眺める上野さん。
年輪を見ると何千年もの時間をかけて成長することがわかる。
「ヘニさんがカラキアをしているとき、カウリがとても喜んでいるように感じました。私たちがここにお邪魔させてもらった感謝と祈りが伝わったのかな。私はこのタネ・マフタの長い歴史を知っているわけではないけれど、親近感と畏敬の念が交錯して涙が溢れそうになりました。その後の“ククパ”というバードソング、これはラブソングとのことですが、隣の木にいた、つがいの鳥が歌を聴いて、一緒に飛び立った。まるでカウリや鳥に、こちらの思いが通じているような、神秘的な時間でした」
Waipoua Kauri Forest(ワイポウア・カウリ森林保護区)
Waipoua Kauri Forest,Northland, New Zealand
The Kauri Museum(カウリ博物館)
住所:5 Church Road, Matakohe 0593,New Zealand
開館:9:00~17:00
無休(クリスマスを除く)
消滅していったカウリの森。 守るためにすべきことを考える
ワイタンギ・トリティ・グラウンド』では、ニュージーランドの成り立ちや先住民マオリの文化を知ることができる。マオリの部族が集まり、会合などを行う伝統的な集会場にて。
ワイポウアの森を後にして、カウリとともにあったマオリに触れ、その歴史をもっと深く知りたくなったと上野さん。次に向かったのは、ワイタンギ条約が締結された地として知られる『ワイタンギ・トリティ・グラウンド』。
写真:ベストのように着たドレス¥121000(バウト/ボウト) ノースリーブカットソー¥10450(ニコラ ジェンソン/リノウン) パンツ¥39600(ギャルリー・ヴィー/ギャルリー・ヴィー 丸の内店) ツーフィンガーリング¥40700(リューク/リューク) その他(スタイリスト私物)
2つの民族が一つの国を築く礎となったワイタンギ条約締結の地。旗竿は、1840年2月6日にワイタンギ条約が調印された場所を示している。
ワイタンギ条約とは、ニュージーランド初の条約として、1840年、英国の君主とマオリの間で締結された条約だ。同条約締結を機に、ニュージーランドは英国領となるが、マオリが有する土地や文化の継承は約束された。一方でこの条約には、締結以来、その解釈について今なお多くの問題が残されている。当時の英語版とマオリ語版の条文は、法制定の経験の浅い、もしくは全くない人々によって作成された翻訳だったことから、両者の間では解釈が異なることがあり、その論争は現代においても続いている。
近隣には森があり、散策することができる。
9世紀から10世紀頃、ニュージーランドの地に初めてたどり着いたのは、北のポリネシアからカヌーでやってきたマオリの人々と伝わる。彼らはカウリの木で生活に必要なものだけを作っていた。だが、18世紀末頃から、ヨーロッパ人が入植してきたことで、森林は次第に開発されていく。カウリは伐採され、羊や牛が放たれ、牧草地と化した。かつてニュージーランド北島には120万ヘクタールのカウリの森が広がっていたが、18世紀末から20世紀前半にかけて大量に伐採されたことで、今では7500ヘクタールまで大幅に減少。現在の分布は、ニュージーランドの北島北岸のコロマンデル半島、オークランド西のワイタケレ地域、ワイポウアとその周辺の森のみとなってしまった。
「この国に豊富にあったカウリの森が、ものすごいスピードで消滅していったことを知りました。かつてはマオリの人々がカウリの木を使って、立派な集会場や航海のためのカヌー、伝統工芸の彫刻を作っていた。そうやってマオリの文化は形成されてきた。一方で、入植によって、さまざまな環境が変わってしまった。もちろん土地の発展のために良い面もあったとは思います。2つの民族が一つの国を築くことになったワイタンギ条約締結の地を訪れて、今現在、両者はいがみ合っているわけではないけれど、カウリのことを考えると、やはり複雑な気持ちになります」
ガイドから野鳥の羽をもらう上野さん。
近年、カウリは「カウリ・ダイバック」という病によって、さらなる危険にさらされている。感染力が強く、病に感染している木の近くを通った人や動物を通して、さらに感染が広がってしまうという。
『ワイタンギ・トリティ・グラウンド』に隣接する『ワイタンギミュージアム』のエントランスにて。
「ワイポウアの森では、立ち入り禁止になってしまった場所もあると聞きました。今、カウリはマオリだけでなくニュージーランド全体で守ろうとしている。その取り組みや背景を知ることで、もっと木を守りたい気持ちになりました。『木や森を守ろう』とは言葉では簡単だけど、実際には何をしていいかわからないことが多い。」
ガイド付きツアーがあり、ミュージアム以外にもマオリ文化のパフォーマンスや儀式用カヌー(ワカ)を見学することができる。
「でもシンプルに、自分の目で見て、近くで木を『感じる』ことが大事なのかなと。大切にしたいと思う気持ちの積み重ねが、環境を守ることにつながるのではと、そんなふうに思いました」
Photo:Tomoyo Yamazaki
Waitangi Treaty Grounds(ワイタンギ・トリティ・グラウンド)
住所:Tau Henare Drive, Waitangi 0293
開館:9:00~17: 00、9:00~18:00(夏期)
無休(クリスマスを除く)
●情報は、FRaU2024年8月号発売時点のものです。
https://news.yahoo.co.jp/articles/f4090217424e7c4db042d6b02afc80f188323757