ブログ、mixi、ホームページ上で様々な情報が飛び交っている。それらを読んだりして共感するとは、どういうことだろうか。共感のベースには同じ空間、同じ時間を過ごしているということがある。その空間や時間についてスケール感覚は皆違っているのではないか。今、仮に「町づくり」についてWeb上で議論しているとしよう。当然、読む人は具体的に例えば自分の住んでいる町、住んだことのある町、内外で行ったことのある町、専門家なら行って調べたことのある町などを思い浮かべながら議論に参加したり、読んだりするだろう。それで、若干「ベース」がずれていても許容範囲で共感の感情が生まれる場合もあるが、心底「本当だなあ」と思うためには、やはり最終的にはリアルな「町」を共有する以外にないのかもしれない。しかし、「都市、農村交流の必要性」などは農村経験のない都市住民にも是非、理解・共感して貰いたいところだが・・。放っておくと「我々から多くの税金を取って農村に回している」という感情が都市住民に起こりかねないのである。
まあ他に「岡目八目」ということもあるけれど・・。昔、西山先生から「住んでいる人より、旅行者がポイントが分かることがある。住んでいる人は当たり前と思っていることでも旅行者には新鮮に感じられることもあるからだ・・」と伺ったことがある。
まあ他に「岡目八目」ということもあるけれど・・。昔、西山先生から「住んでいる人より、旅行者がポイントが分かることがある。住んでいる人は当たり前と思っていることでも旅行者には新鮮に感じられることもあるからだ・・」と伺ったことがある。
この文章に対するコメントはmixiの私の日記にて。
こういうのはトラックバックってのをすればいいのかな。