先日一文人形の「諫鼓鶏」を作りながら、一文人形よりもひとまわりもふたまわりも大きいサイズの「諫鼓鶏」が今戸にあって、それから型抜きを重ねて一文人形になったのでは、という考えに至りました。そしてそれは他の今戸人形にもあるように伏見人形からの型抜きで今戸で作られるようになったのではないかと考えてみると、伏見系の滋賀県の「小幡人形」の「太鼓乗り鶏」が構図的に一文人形とほぼ同じで、それなら伏見が原作だろうと思いました。実際同じ型の伏見人形があるかどうかまで確認できませんが、太鼓を除いた鶏のモデリングについては伏見にあるものと小幡人形のとは同じようです。
そんなわけで想定として今戸にもあった伏見系の「諫鼓鶏」が型抜きの繰り返しによって一文人形になったものと仮定して作ってみました。
太鼓部分は裏表とも巴でよいのでしょうが、「諫鼓鶏」であることを強調したいので裏面には蔦が絡んでいるようなつもりで彫りを入れました。裏面は塗らないということがよくあるので、そんなら羽子板の裏絵的な感覚で、、、。本当は太鼓の胴部分に蔦を入れたかったのですが型抜きの関係でうまく彫りが抜き出せなさそうなのでこのようにしました。
12年前の酉年の2種類と最近起こした3種類で合計5種類の鶏です。時間も迫っているのでもっと案はあるのですが、他のものも作らなければならないし、最近起こした型のものも抜き貯めしていきます。いずれにしても早く色をつけてみたいです。
随分たくさんの種類の鶏を製作されているのですね。鶏はどこで販売されますか。浅草の羽子板市にも並ぶのでしょうか。羽子板市へは何度か行きました。吉徳の店でまるしめ猫も買いました。
丸〆猫など羽子板市でお求めくださりありがとうございます。干支の人形については、昔の今戸焼(最後の生粋の今戸人形作者だった尾張屋・金沢春吉翁(明治元年~昭和19年)以前に遡る古い時代)に十二支揃いで作られていたという形跡がみられず、遺跡からの出土品、伝世品ともども確認できない動物もあり、そのような場合は極力昔を想定したり、他の産地との関係を参考にするなど、また昔の民間信仰だとか風俗などを取り込んで創作するなどしています。来年の干支の酉(鶏)については、古い実物が確認できる「鶏のぴいぴい」や「一文人形の諫鼓鶏」についてはそのとおりに作りますが、「火の用心鶏」や大きな「諫鼓鶏」については実物の古いお手本は確認できていないので、上記のように創作しています。何となく昔からあるような雰囲気の人形にできたらと思います。羽子板市には並べられるよう現在進めているところです。お時間ございましたらおでかけいただければ幸いです。